第十七小隊に割り当てられた訓練場。何せ創設されたばかりで、しかも正式なそれはまだ、という小隊だからまだここで訓練を行ったというよりは、各自の自主訓練といった方が正解だ。何せ、前衛一名、後衛一名、念威操者一名という編成だから、模擬戦さえ出来ない。
そういう意味では遂に動き出せるという期待で、ニーナは燃えていた。無論、新隊員が入る予定という事でシャーニッド、フェリ、それに錬金技師であるハーレイ・サットンもこの場にいる。何しろ、『強すぎるから』という意味で、会長から彼には手加減するよう伝えた旨を直々に言われた程だ。どれだけ強いのかと内心期待していた。
「さあ!武器を取れ!ああ、それとも腰の錬金鋼を使うのか?」
これにレイフォンは少々考えた。まあ、もちろん天剣を使う気は更々ないが、カリアンから最初に強い事を見せるのは構わないと聞いている。それなら……。
「いえ、このままでいいですよ」
「………ふざけているのか?」
ニーナが言うのも当然だろう。何しろレイフォンは無手のままなのだ。ニーナの両手には黒鉄錬金鋼の鉄鞭が片手に一つずつ。この状況で勝てる、というつもりなのか?正直腹が立ったが、生徒会長直々に手加減を命じられる実力とやらに対する興味が勝った。
「……いいだろう、だが怪我をしても知らないからな」
「おいおい、幾等何でも無茶だろう?」
壁に寄りかかるようにして、呆れたように呟いた。シャーニッド・エリプトン。ニーナより一つ年上の四年生であり、狙撃手。以前は第十小隊で最強の三人組と呼ばれる一角を形成していたが、突然脱隊。その後請われて、この小隊へと入隊していた。
「なあ、フェリちゃんはどう思う?」
「……知りません」
不機嫌そうなフェリ・ロスだったが、実際彼女は不機嫌だった。まあ、その理由は言うまでもあるまい。おまけに今回新しく連れてきた相手も相当に腕の立つ武芸者で兄に頼まれて入ったのだという。それも脅されてではなく、純粋な意味で頼まれて。
『何で、そんな武芸者である事を当然という顔で受け入れられるんですか』
そんな思いで彼女の内面は渦巻いていた。
「……いくぞ」
「ええ、思い切り来てもらって結構です、その程度であれば怪我もしないので」
さすがにカチンと来た。
「……言ってくれるな」
手加減するつもりだったが、やめだ。言われた通り、全力で行ってやろう。剄息を行い、剄を整え、一気に踏み込み、鉄鞭をレイフォンに向け振り下ろした。しかし、レイフォンは全く動く様子はない、回避どころか腕で受け止めようとする風情さえない。
『何のつもりだ!?』
直撃する!そう思った次の瞬間、ニーナの意識は暗転していた。
「……なあ、おい。今何やったんだ?」
シャーニッドが顔をしかめて、誰に聞くともなく言った。とはいえ、武芸者でないハーレイには今何があったのかなんてさっぱりだし、後は……。とフェリに視線を向けたシャーニッドだったが、フェリもまた首を横に振った。見てはいなかったが、念威で確認はしていた。だが、彼女の念威を持ってしても、ニーナが攻撃を仕掛け、全く動きを起こそうとしないレイフォンに直撃すると思った瞬間、ニーナの鉄鞭が何かとてつもなく硬いものに当たったかのように弾かれ、ニーナ自身も吹き飛ばされた、という事しか分からなかった。
ニーナが吹き飛ばされたのは衝剄かもしれない。だが、攻撃を弾いたのはどうやったのか……。というか、特に武器を振るうでもなく衝剄を狙った対象に放つというのもどんだけ剄が有り余っているのだか……。
そんな事を考えている内に、ニーナが意識を取り戻したらしく、頭を振りつつ立ち上がった。
ニーナにしてみれば、自分の本気の一撃だったというのに、素手の相手に、それも今見てみれば分かるがレイフォンは寸毫も試合開始から動いていなかった。ただ、じっと立っていただけで自分に勝ったというのか?それにゾクリとした怖気の走るような何かを感じた。こいつは一体どれだけの強さを持っているのだろう?会長は強い、と言っていたが、これは本当にただ強いという範疇に入るのか…?
とはいえ、口にしたのは別の事だった。
「……今、何をやったんだ?」
まあ、そう自分の手を明かしてはくれないだろうと思いつつ。
「ああ、金剛剄で弾いて、後は衝剄で弾いただけですよ?」
あっさりと答えてくれた。
「……なんだ、その……金剛剄、というのは?」
あっさり教えてくれた所によると、活剄による肉体強化と同時に衝剄による反射を行う、という原理そのものは簡単な技なのだという。確かに聞く限りでは簡単そうで、私にも出来るかな?と言ったら、出来ると思いますよ、との事だった。教えてもらったが、確かに最初はゆっくりと動かされた鉄鞭(片方貸した)を反射するぐらいだったが、この辺は後は慣れだろう。
この剄技は確かに簡単だが、強さに上限がないのだという。グレンダンでは、この技一つで汚染獣の牙すら弾く猛者もいるという。
「……私にも出来るかな?」
「出来るかどうかは……この技の難しい所は技自体ではないですから……」
「どこだ?」
しばし考えていたレイフォンだったが、一つ頷くと言った。体験してみるのが分かりやすいだろう、と。その意味を理解する前に。
目の前のレイフォンが鉄鞭を振り上げ……。
疑念に思う間もなく、濃密な殺気が自身を包む。死を意識した肉体が硬直し、迫り来る死として振り下ろされる鉄鞭をただ目を見開いて凝視していた……。
「どうですか?」
殺気に当てられたのだろう。硬直して目を全開に見開いているニーナの鼻先寸前で鉄鞭は止められていた。周囲もいきなりの殺気にシャーニッドもフェリも、ハーレイも硬直した状態にある。
「……隊長?」
さっさっとニーナの前でレイフォンが手を振るとそれを合図にしたかのように腰が砕けてニーナは床に座り込んだ。
「……あ」
「今のが金剛剄の難しさです」
どうやら気付いたようだと判断するとレイフォンは言った。そう、金剛剄の最大の難点はそこだ。ただ自身の剄だけを頼りに汚染獣の牙にも突っ込んでいかねばならない。如何なる時においても目を逸らさず諦めない強靭な精神力を持つ、それこそがこの剄技の重要な点であり、難点でもある。そして、老生体と相対して尚それを行いうるからこそ、リヴァースは天剣授受者なのだ。
と、そこでレイフォンは気付いた。やりすぎた。
完全に腰が抜けてしまったニーナをお姫様抱っこで運んだ事で、思い切りシャーニッドにはからかわれるわ、フェリからは冷たい凍えるような目で睨まれるわ、事情を聞いて物凄いいいタイミングでやって来たリーリンにも同じような目で睨まれるわで散々だった。
その晩。
初めての機関掃除のバイトにレイフォンは参加した。別に参加せずとも生活はしていけるのだが、この辺レイフォンもリーリンも貧乏性というか、ただ貯めたお金を使って生活していく、というのがどうにも慣れない。結果、レイフォンは単純に何も考えずに体を動かせる仕事というか掃除が好きだし、給金もいいからと機関掃除のバイトを(毎日ではなく、一日おきぐらいの予定だが)、リーリンは弁当屋でバイトを始める事にしたのだった。
割り振られた場所を聞き、共に行くのは誰かと確認していると。
「れ、レイフォン?」
「隊長?」
相手はニーナだった。
ニーナは正直、気不味かった。
あの濃密な殺気……中てられた時、腰が抜けてしまっていた。あの一瞬、自分はただ振り下ろされる鉄鞭を呆然と見ていた。教わったばかりの金剛剄で防ぐどころか、避けようとする意識さえ吹き飛んでしまっていた。……気付いた時にはもう至近距離に……。
ぶるり、と体を震わせる。
果たして、自分にあの金剛剄を使いこなせるのだろうか、そう思う。
確かに教わり、使う事は出来た。だが、果たしてそれを実戦で使いこなす事は出来るのだろうか……。
「……隊長?」
む?って…。
「れ、レイフォン、なんだ?」
「いえ、隊長こそぼーーっとしているからどうしたのかと……」
覗き込まれていたのに気付いて、その思わぬ至近距離にぎくりとすると同時にドキドキする。気付けば、もう休憩時間になってしまっていた……しまった、もう狙っていたサンドイッチは過ぎてしまっているじゃないか。
どうしよう、と思った時、レイフォンが誘ってくれた。何でも幼馴染が作ってくれたお弁当があるのだという。……ありがたくご一緒させてもらう事にした。情けない……。
食べてみると、実に美味しかった。ご馳走になるだけでは申し訳ないのでこちらからはお茶を提供した。美味しいと言ってくれてちょっと嬉しかった。
「あの、隊長……すいません」
待て、何故いきなり謝る。
「いえ、あの時いきなり過ぎたと……」
そうレイフォンは謝ってくる、まあ、確かに普通金剛剄を使う時というのは心の準備をした状態で、だからあれは、とも言えるが……。
「いや、あれは私の未熟が原因だ。……結局の所覚悟が出来ていなかったという事だろう」
生真面目なニーナが純粋に善意から行われた行為で、それを悪しく言う訳がない。そう、ニーナはきちんと理解していたのだ。あの時のあのレイフォンの行動がきちんと考えての行動だったという事は。百聞は一見に如かず、という言葉がある訳だが、あの一撃は如何なる言葉よりも雄弁に金剛剄を使うに必要な心構えを教えてくれた。
と、そこへ誰かが駆け寄ってくるのに気付いた。
「ニーナ!また逃げ出したみたいなんだ、頼めるか!?」
顔見知りの男子生徒の一人だった。時折ある事とはいえ、事が事だから焦っている。
「分かった、それじゃ私はあちらを探してみる」
「ああ、頼む!」
そう言うと、彼自身も慌てて別方向へと走っていった。
「……何ですか?」
何が起きたか分かっていないのだろう、レイフォンがきょとんとした顔で聞いてくる。あの時のレイフォンとはまた違ったその姿にくすり、と笑みを浮かべてしまう。と、その時周囲がほんのりと明るくなった。これは、と記憶にある現象にふと空を見上げるとそこには。
「ツェルニ!」
え?とレイフォンがつられて見上げている。そこには幼い少女の姿をした電子精霊の姿があった。彼女は一目散に飛んでくるとニーナの胸に飛び込んでくる。その体をふわり、と軽く抱きしめてやると気持ち良さそうに甘えた様子で頬をすり寄せてくる。と、その時ふっと気付いたようにツェルニが訳が分かっていない様子で立ち尽くすレイフォンに視線を向けた。
「レイフォン、この子がツェルニ、この都市を動かす電子精霊だ」
そう笑顔で告げると共に、ツェルニにも「こいつはレイフォン、新入生だ」とツェルニにも教えてやる。ふわり、とニーナの胸から飛び立って、レイフォンの前に子供のような好奇心で見詰めるツェルニをそっとレイフォンが撫でると気持ち良さそうにしている。
「ほう、気に入られたようだな。気に入らない相手だとその子の雷性因子が相手を貫くからな」
え?と思わず硬直するレイフォンと手が止まって不思議そうな様子で見上げるツェルニ。手が止まったせいか、再びニーナの所へと戻ってきたツェルニを抱き寄せ、彼女に笑顔を向け撫でてやりながら、ニーナは気持ちを新たにする。
『そうだ、私はこの子を守りたいんだ……その為になら』
レイフォンにちらり、と視線を向ける。おそらくは自身より遥かな高みにある強者であるレイフォン。今はへえ、この子が……とちょっと恐れつつではあるが、近寄ってきて改めてツェルニに視線を向けると共に頭を撫でてやっている。
『こいつから吸収出来る事は片端から吸収していってやる』
金剛剄もまた然り。……何時しかあの時の恐怖はどこかへ行ってしまっていた。
『後書き』
えーと、レイフォン自身は訓練場とか都市外装備とか作戦の勉強とか頼みません
理由は単純で、レイフォン自身がそんな事が重要だ、っていう勉強した事ないからです
現実世界からの転生者とかであれば、そういう事もお願いすると思うのですが……とはいえ、今後自分が訓練する場所がないのに気付いてお願いしたりはする事になっていくとは思います
とはいえ、その辺改善していかないといけないとは思うんですよね。という訳でまだ先ですがそういう人は出てくる予定です
リーリンは……うう、次回か次々回にて登場+活躍予定ですのでもう少しお待ち下さい