その日が、サリンバン教導傭兵団の終わりの日だった事を悟ったのは、彼が名乗ってすぐだった。
サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。
グレンダンの名門ルッケンスの跡取り。
だが、今重要なのはそこではない、この人物のもう一つの肩書き、すなわち『天剣授受者』が重要だ。
「で、何しに来たさ」
「なに、単なるお使いさ」
不機嫌そのものという様子のハイアと、ある意味好対照なのがにこやかな笑みを浮かべるサヴァリスだった。
ここは、サリンバン教導傭兵団が集まる宿泊施設だ。
一応、彼らには独自の放浪バスがあるとはいえ、誰だって好き好んで放浪バスで暮らしたい訳ではない。確かに放浪バスは旅を快適に過ごす為に比較的一人一人に広い空間が割り当てられているし、休息を取るには何ら支障がない。
だが、所詮は乗り物は乗り物だ。
あのサイズの乗り物に載せられる量の物資は限られているし、その中でも特に面倒なのが水だ。
水。
人の生存に必須なこの物資は、しかし、嵩張る。
液体であるが故に折り畳む事も出来ず、かといって固体にすれば膨張の関係で余計に空間を取る。
飲む為の水、体を洗う為の水は何とか確保するものの、物を洗う水、所謂洗濯まではカバー出来ない。存外大量の水を使うのだ、洗濯という奴は。加えて、汗を流す程度の水ならば放浪バスに搭載されているレベルの浄化槽で飲み水に使えるレベルにまで戻せるが、さすがに洗剤をたっぷり含んだ水では、浄化も冷却水にさえ使用は不可能だ。
かくして、洗濯物は臭いを密封すべく袋に入れて、仕舞う事になる。
とはいえ、誰だってそれはずっと続くのは勘弁して欲しい。かくして、都市ではこうした宿泊施設に滞在して、放浪バスは管理を順番に行なうという態勢になる訳だ。
「お使い~?」
ハイアとて、今では天剣授受者という存在を理解している。
こいつらは出鱈目だ、と。
おそらく、自分が立ち向かった所で、試合ならば勝てる可能性はある。同じ錬金鋼を持って、やり合うならば、レイフォンにもそうそう一方的な敗北をしないだけの自信をハイアは持っている。
だが、試合ではなく、命を賭けた戦闘でなら……ハイアはレイフォンに勝てる気がしない。彼らは何かが違う。そもそも、自分達と同じ生物である事が信じられない程だった。
「そう、グレンダン女王アルシェイラ・アルモニス陛下からのね」
だが、その疑念の思いも、その言葉で吹き飛んだ。
「……つまり、そういう事さ?」
「ああ、そういう事だ」
そう言いつつ、正式な書簡をサヴァリスはハイアへと手渡す。
書簡の内容はある意味予想通りのものだった。
長年のサリンバン教導傭兵団の苦労を労うと共に、廃貴族を確保出来ずとも、グレンダンに措いてしかるべき報酬を払う旨の約束が為されていた。
あれこれ書いてはあるが、重要な点はそこだ。
それは引いては、これまでのサリンバン教導傭兵団の旅を終える時が来た、という事を示す指示でもあった。ハイアがショックを受けなかったのは、心のどこかで覚悟を決めていたからだ。
サリンバン教導傭兵団、その初代は廃貴族探索の命を受け、グレンダンを出た。
以後、或いは新たなグレンダン出身者を加え、或いは外で飛び出した者達を加え、或いは汚染獣との戦いで親を失った子を加え、これまでサリンバン教導傭兵団は戦ってきた。
そんな彼らだが、だからこそ、彼らには故郷がなかった。
故郷がない悲しさをハイアも理解している。それでも、ハイアは故郷がなくとも、仲間達と旅していたかった。家族である仲間達と共にありたかった。
だが、もう駄目だ。
故郷という場所を示された今、傭兵団は自然と崩壊していくだろう。皆が皆、自分のように若い訳ではない。むしろ年配の者が多い。それだけに故郷となる場所と報酬を示された時、彼らはそれに抗えないだろう。
突然にもたらされた情報に騒ぐ仲間達を置いて、ハイアは一人外へ出た。
放浪バスの上で佇むハイアの様子を伺う者が一人いた。
ミュンファはハイアと同じくサリンバン教導傭兵団に拾われた子の一人だ。
だからこそ、ハイアの気持ちが分かる。この傭兵団こそが家族であった、戻るべき故郷であった彼らには、サリンバン教導傭兵団がなくなる、という事自体が、故郷を失うに等しかった。
ミュンファもまた、覚悟はしていた。
彼女も、ハイアが体験入学を決めたのと同様、ツェルニに体験入学を決めた者の一人だ。
サリンバン教導傭兵団、それ自体を故郷としてきた武芸者にとっては、今回の一件はそのまま傭兵団の皆とグレンダンに向かうにはこれまでの思い出、想いは重すぎた。それが分かったからこそ、サリンバン教導傭兵団の皆も、彼らがツェルニに仮入学する事に何も言わなかった。
もし、割り切れるようなら、サリンバン教導傭兵団がこの街を離れるにはもう少し時間があるから、それまでに決めてもらえばいい。
仮入学する事でハイア達なりの道を見つけてもらえるなら、それでもいい。
とにかく、まだ若い彼らはサリンバン教導傭兵団の一同にとっては息子や娘も同然であり、それに彼らの気持ちも分からないでもなかった。……今生の別れとなると決まった訳でもない。今は、ただ時が必要だった。
そしてそれが分かるからこそ、自分も彼と同じ気持ちを持っていると思っているからこそ、ミュンファには今のハイアに声をかけられないでいた。
当のハイアはといえば、案外とさばさばした気持ちだった。
もっと、複雑なものが込み上げてくるかと思っていたが……。結局の所、どこかでこの結末を理解していたのだろう。
レイフォンに勝ちたいと思う気持ちもある。
けれど、レイフォンが全力を出せる状態にある限り、具体的には天剣がある限り勝てないとも思っている。……手加減してもらえれば、勝てるかもしれない。そんな勝敗に何の意味があるのか。
気になるのは、わざわざ新たな天剣授受者を送ってきた事だが……レイフォンが立ちはだかるなら自分達にはどうしようもない、そんな考えからではないだろう。レイフォンも天剣授受者である以上、女王アルシェイラの命には従う義務があり、そうである以上、必要ならレイフォン宛の手紙一つで片がつく。
まあ、レイフォンが天剣を失っていれば、そんな風に思う事もあったのかもしれないが……そうではない以上、十二名しか存在しない天剣をわざわざ二人もグレンダンの外へと出す必要はどこにもない。となれば、おそらくサヴァリスが送られて来たのは本当に何らかの別の意図があっての事なのだろう。
(或いは、当人が何か狙ってるのかもしれないさ~)
ふっとそんな事が頭に浮かんだ時、都市に警報が鳴った。
都市接近。
その報を生徒会長であるカリアンが聞いたのは、生徒会室に入ってすぐだった。
幸い、見通しの良い場所での遭遇であり、訓練で行なったような山岳地帯の陰になって、接近がギリギリまで感知出来なかったなどという事はなかった。おそらく、接触は明日早朝になるだろうと思われた。
「学園都市マイアス、か……どんな都市なんだい?」
さすがにカリアンといえど、全ての都市の名前を知っている訳ではない。
とはいえ、成績優秀だった学園都市ならば自然と名前が聞こえてきてもおかしくない処からすれば、そこまで突出した戦績を収めていた訳ではないだろう。
「……学園都市連盟の発表した記録では、二戦して一勝一敗という所だな。試合数も少ないし、そう特筆すべき戦闘をこなした、という訳でもないようだ……まあ、前回と今回では戦力も異なるだろうから、一概に言えんが」
「そうかい……で、彼は?」
「参加するそうだ」
そう告げて、ヴァンゼが苦笑した。
「今回に限っては、連中が気の毒になりそうな気がしてならんよ」
「同感だね」
おそらく、マイアス側もこちらの、ツェルニの情報を知っている筈だ。
前回の大敗も知られているだろうし、その分死に物狂いで来ると判断しているかもしれない。
だが、まさか想像すらしていないだろう……今、このツェルニにどれだけの戦力がいるか、など。
「ただ一人で、戦局を決める力など馬鹿げていると言うしかないし、そんなものに頼る事自体が業腹ではあるが……」
ヴァンゼの言葉も分かる。
普通ならばありえない。ただ一体で都市一つを滅ぼしうる汚染獣老生体、それと一対一で戦い勝利する存在がいるなど、現実を目の当たりにしている自分達でさえ未だ信じきれないという思いがある程だ。
ましてや、そんな相手に頼っての勝利などどれだけの価値があるのか、学生という様々な事を学ぶ立場としては微妙だ。本来ならば、敗北もまた勉学である筈、なのだが……。
生憎、そんな余裕は今のツェルニには、ない。
「仕方あるまい?今ツェルニに必要なのは誇りでも、経験でもない。勝利あるのみ、だよ」
そう、勝利こそが来年以降、自分達が卒業した後のツェルニの存続を決める。
ツェルニの保有するセルニウム鉱山は残り一つだけ。こうなった二年前の時点で、今の覚悟は決めねばならなかったのだろう。いや、より正確には、それに加えてレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフというある意味規格外な存在が入ってきた時からか……。
ヴァンゼもそれを理解しているからこそ、苦い表情ながらも自らも一小隊員として参加した二年前を思い、己を納得させ。
カリアンは変わらず、笑みを崩さなかった。
そして、翌日、予想通り早朝に互いの都市は轟音と共に、その巨大な足を絡ませるようにして接触した。
お互いにこれあるを予期して、接触点近くに待機していた生徒会長同士が面会し、戦闘協定書に署名をし合った。
戦闘協定書といっても要は確認に過ぎない。
一般の都市間で行なわれる戦争とは異なる、血の流れる戦争ではない事の確認。学園都市連盟の定めたルールによって行なわれる試合である事を宣言し、それを順守するという事を誓約し、ルールに誤認がないかを確認する。
そうして、この協定書は後に両方の都市から学園都市連盟に提出され、戦闘記録がつけられる事になる。
署名終了後、お互いの都市の大まかな地図が提出される。これによって戦闘地区と非戦闘地区が明確に区別され、非戦闘地区への侵入は禁止される。こうした区別がなければ、シェルターにも危険が及ぶ可能性があるし、状況によっては都市機能の維持に関わる部分に影響が出る危険もある。だからこそ、こうした部分への侵入は反則となり、逆に言えばそうした地域に追い込む事で相手を失格に追い込む事も可能となる。
これらとは別に、試合開始時間が設定される。その結果、試合開始は正午となった。
「良い試合になればいいですね」
カリアンはマイアスの生徒会長の背後に控える武芸者達を見ながら、そう言い、握手を求める。すでにカリアンの背後にもツェルニの武芸者達が揃っている。
「ええ、そう思います」
マイアスの生徒会長はカリアンの笑みにややのまれ気味になりながらも握手に応じた。
のまれ気味だったのは仕方がない。学生の段階でカリアンレベルの傑物はそうそう出てくるものではない。
「……どう思う?」
背後の武芸者達の所に戻ったカリアンは先頭に立っていたヴァンゼに意見を求めた。
「士気は高そうだな」
「そうだね。うちの戦績は向こうも調べただろうから。楽勝の相手と思われたかな?」
「そうかもしれん。だが、それだけではないかもしれん」
慎重なヴァンゼの意見にカリアンは同意した。
マイアスの生徒会長にはやや弱気な感があったが、それは性格的なもの。その、こちらをうかがうような眼の奥には確かに、勝てる、という強気が見え隠れしていた。
そして、ちょっと確認すれば、マイアスには外縁部において、幾つもの箇所で舗装が剥がれ、或いは何かしら重い物を動かしたと思しき痕跡……そう、例えば剄羅砲のようなものを動かしたような痕があった。
「最近、汚染獣と戦ったかな?」
「ああ、そして勝ったのだろうな」
それならば、あの士気の高さも頷けるというもの。
「ふん!それならこちらも負けてはおらん!」
そう、ツェルニもまた、汚染獣と戦い生き残った都市なのだ。
戦ったのが汚染獣の何期かは問題ではない。何より重要なのは、汚染獣という人の理解を超えた生物と生存を賭けて戦い、そして生き残ったという経験だ。
「では任せたよ、総大将」
「ああ、任せろ」
どのみち、ここからはカリアンに出来る事はない。
生徒会室に篭る事も出来ない。勝利条件は通常の戦争ならば、敵司令部の占拠となるが、生徒会棟に掲げられた都市旗の奪取が勝利条件となる。逆に言えば、敵武芸者も生徒会棟を目指して向かってくる訳で、しかもそこまで来ると最終防衛ライン上の激戦だ。周囲の事など配慮している余裕などないだろうし、武芸者の小競り合い規模でも一般人には極めて危険だ。
したがって、カリアンもまた、生徒会棟地下に設けられた司令部兼用のシェルターに篭る事になる。後は、そこで黙って見守るだけだ。
余談だが、これ以外にも都市最重要部である機関部を抑える、相手方武芸者全員を戦闘不能に追い込むという方法でも勝利出来なくもない。
まあ、前者は万が一の可能性だが機関部を破損させてしまう危険があるし、そうなれば都市の終わりだ。たとえ、その都市が全ての鉱山を失って、ゆるやかに死を迎えるだけだとしても、なんの罪もない一般市民を巻き込むような真似は後味の悪さを残すし、少なくとも自分達で直接的な止めを刺すよりは後味の悪さははるかに軽減されるので、通常の戦争を含め、まず実行される事はない。
後者は現実的にはありえないので、やる事はまずない。常に例外はいる事はいるのだが……例えば、グレンダンの数少ない戦争においてリンテンスがやってのけたように……。
そして、正午を告げるチャイムが鳴る。
常ならば、それは昼休憩を示すのどかな音だ。だが、今日ばかりはその意味合いは変化せざるをえない。
ツェルニ、マイアスで鬨を合わせる。活剄による威嚇術が織り交ぜられた数百人の武芸者による大音声は、大気そのものを揺るがし、激突した。
「かかれえ!」
双方の総司令が咆哮のような指示を下す。
共に先鋒部隊が前に出て、激突する。今回先鋒はゴルネオが率いている。次期武芸長となる可能性の高い彼を後方で指揮官として経験を積ませる事も考えたが、よくよく考えれば彼も五年生。次の武芸大会には、もういない。
それならば、と現在四年生や三年生の将来有望な若手を手伝いという形で司令部に置いている。本当ならば、ニーナ・アントークこそ置いておきたかったのだが、何しろ第十七小隊は潜入部隊だ。さすがにそれは出来なかった。
タイミングを見て、先鋒と第二陣を交代させる。その瞬間、ツェルニの策が動き出す。
そうして、タイミングを見計らい、第二陣が突撃をかける。それを迎え撃とうとしたマイアス側が……突如、動揺したかのように揺れた。その一瞬の隙を突いて、第二陣が切り込んでいくのをマイアス側も懸命に押さえ込む。
「始まったな」
ニヤリとヴァンゼが獰猛な笑みを浮かべた。
これより少し時を遡る。
戦場より離れた二箇所に武芸者が固まっていた。
「どうだ?」
「もうじき、第二陣が突入する」
それに合わせて、彼らもまた動く事になっている。
加えて、ここからはレイフォンとハイアは別行動に出る。ニーナ、ダルシェナ、シャーニッドらはそれに少し遅れてから続く事になる。
当初は五名が固まって動く事を想定されたのだが、レイフォンとハイアに派手に動いてもらう事で、敵の耳目を惹き付けてもらう手に出る事にしたのだ。
逆に言えば、レイフォンとハイアは危険度が増すのだが、二人はまるで緊張していない。
ちなみに、レイフォンには複数の錬金鋼が預けられているが、これは破損を前提としている為だ。天剣ならば話は別だし、レイフォンならば素手でも学生武芸者ぐらいあしらえるが、天剣は常に対汚染獣対策に殺傷設定だから武芸大会には使えないし、素手よりは武器があった方がいいのは確かだからだ。
「どっちが先に旗に辿り着くか、競争するさ~?」
「別にそんな事をする必要はないだろう。どっちが先でもいい。勝てばいいんだ」
ゲームを持ちかけるハイアと、汚染獣戦同様生き残った方が勝利、とするレイフォンでは旗に関する関心もそれぞれ違う。
まあ、この場合レイフォンにしてみれば、少々苛立っているのもあるのだが。
原因は周囲も皆知っている。レイフォンが現在酷く悩んでいる事を知っているからだ。
フェリ・ロスに始まり、リーリン・マーフェス、メイシェン・トリンデン。三人の少女からレイフォンは告白された。三人の少女達は互いがレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという一人の少年に惹かれている事を知った上で、自分達の気持ちを明らかにする道を選んだ。
その引き金を引いたフェリは、今も第十七小隊の眼と耳となり、静かに念威端子を周囲に漂わせている。
レイフォンが不誠実な男ならば、三人の少女と同時に付き合おうなどという事もしたかもしれないが、まあ、そもそもそんな男であれば三人が惚れたりはしなかっただろう。
シャーニッドも本気で惚れた女性と遊びの女性とを明確に区別している男だけに、この件に関しては沈黙を守っている。そもそも、シャーニッドとて未だ答えは出ていないのは同じだ。レイフォンと顔を合わせた時、「あれだけ女性と付き合ってきたのに、本気の女二人相手だとまるで答えが出せねえ、情けねえ話だぜ」と自嘲していた。
そうして。
第二陣が動くのに合わせ、レイフォンとハイアは突撃した。裏道など選びはしない。堂々と通りやすいメインストリートかそれに近い道を選び突撃していく。
当然、彼らの姿は後方に残された武芸者達にも目立つ。即座に迎撃が向かい……その全てが瞬殺された。
「よし、私達も行くぞ」
そちらに迎撃が向かいだしたのを確認して、フェリのサポートの元、第十七小隊の残る三名は、こちらは裏道を通り、旗へと向かった。
マイアスの武芸者達は混乱状況にあった。
最初は予想通りだった。
双方とも主力、内部防衛部隊、そして潜入して旗の奪取を目指す特殊部隊に分けていたのは同じだ。だから、潜入してきた部隊があったのにはマイアス側も驚く事はなかった。むしろ、余りに堂々と突っ込んできた為、気の逸った一部の暴走かとむしろ余裕を持って迎撃し、それは瞬時に想定外の事態に見舞われる事になった。
第二陣が激突するより僅かに前。
突進してきた二名を迎撃した五名が、瞬く間に返り討ちにあった。
後方を任されているのだ、彼らもまたそれなりの精鋭ではあったのだが……まず切りかかった一人目がレイフォンに一撃の元に吹き飛ばされた。次がハイアに武器となる槌をあっさりいなされ、がら空きになった胴に一撃を喰らった。その間にレイフォンは更に同時に襲い掛かってきた二名を迎撃している。
片方は刀で撃ち落す。もう片方は、無造作に空いた左手で掴み、剄で吹き飛ばす。
『外力系衝剄変化、爆導掌』
天剣授受者ルイメイの技で、本来は剄を体内に流し込んで、体を内側から破壊する技だが、今回まさかそんな事をする訳にもいかないので、体表面で思い切り手加減してのものだが、それだけでも学生武芸者にとっては意識を刈り取られるのに十分過ぎた。
その間に、ハイアも新たに一人を吹き飛ばしている。
この間、二人の速度は全く落ちていない。妨害など路傍の石とばかりに、疾走しつつ、しかし追いつけない程の速度は敢えて出さない。
このあまりにあっさりと撃破された様相は状況をなまじ伝えていただけに、マイアスの第二陣に動揺を与え、ツェルニの第二陣に切り込まれる原因となっている。
こうした状況の実況も汚染獣との戦闘から行なうようになったケースだったのだが……今回はそれが悪い方向に働いたようだった。
念威操者達も次第にレイフォンとハイアに掛かりきりになっていく。
残る武芸者達の内、二つの部隊を集結させて十名程が足止めに走るも、これもまた多少の時間と引き換えに撃破されてしまう。今度は少し手加減を緩めたのか、剄技も少し使った。
一塊になって突っ込んでくる相手に対して、レイフォンが突撃する。
『活剄衝剄混合変化 雷迅』
何時自身が覚えたのか分からない。そんな疑念を持つ技ではあるが、間違いなく有効だ。こうした集団に向けて使う剄技としては他にレイフォンが独自に開発した『飢蛇舞』もあるが、こちらは正直殺傷力が強すぎる。
この突撃によって吹き飛ばされ、戦闘不能が続出し、陣形はガタガタになって混乱する所へ前後からハイアと反転したレイフォンが襲い掛かる。
『外力系衝剄変化 焔蛇』
ハイアが前方から炎剄を纏った竜巻を放ち。
『化錬剄 気縮爆』
最近新たに使えるようになった化錬剄の実践とばかりに、レイフォンが以前に見たサヴァリスの技を放つ。
前後から炸裂した技に態勢を立て直せなかったマイアスの武芸者はあっさりと壊滅に陥った。
この時点で、マイアス側は既に総司令部は大混乱に陥りつつあった。
当然だろう、後方に配置していた武芸者のほぼ半数が既に撃破されてしまった。それも僅か二名の武芸者に一太刀も浴びせる事すら出来ずに、だ。
事情を知っている者達からすれば、むしろ当たり前であり、ヴァンゼなどがマイアス側総司令の傍にいれば、同情の眼差しと共に肩に手を置いて頭を振っていたかもしれないが、そんな事が起こる訳もなく。
だが、このままではたった二人に陥落させられると悟り、前線と予備部隊から何とか二十名を抽出し、残存の後方部隊の二十名と合わせての総力を挙げての迎撃を選択した。
念威操者らも懸命に彼らを捕捉し続けている。
何しろ、彼らは確かに目立つ道を駆けているが、同時に殺剄を併用している。活剄で身体を強化しつつ、殺剄で気配を消すという事は可能ではあるが、並大抵の武芸者には到底不可能な技術だ。
「……なんで、こんな奴らが学生なんだよ……っ!」
マイアス側の誰かが洩らした言葉が、マイアスの総意でもあっただろう。
一方、そのお陰で、第十七小隊の残る面々は全く妨害を受けずにひた走っていた。
問題は、迎撃を受け続けているレイフォンらと、全く妨害を受けていないにも関わらず、こちらが未だ若干遅れている、という事だろうか?まあ、道路の通りやすさとかも関係しているのだろうが……。
「……俺らって必要だったのかねえ?」
「「……言うな、シャーニッド」」
もっとも、駆けている当人達からすれば、自分達の存在意義に疑問を感じざるをえなかったのだが。
頭では彼ら二人にツェルニの命運を託す訳にはいかない、とか彼らが足止めされた時とかまあ、色々ある訳だが、この光景の前ではそれもただ虚しい。
ちなみに、マイアス側の潜入部隊も当初密かに行動していたのだが、ツェルニ側の余りに大胆な行動に焦ったのだろう。
何しろ、ツェルニの防衛側に気付かれないよう、こそこそ隠れながら距離を詰める彼らに対して、ツェルニの侵攻部隊は強引に突破してきている。普通ならば、そんな馬鹿な行動を取れば倍以上の戦力にあっさり潰される、のだが……それらをまるで薄紙の如く突き破り、全く速度を落とさず突き進んでいるとなると、マイアス側としても焦らざるをえない。
加えて、彼らは早々に見つかっていた為に、ツェルニ側は戦力を集結させて迎撃に向かってきた。
マイアス側のもう一つの想定外は、ツェルニの念威操者だった。
フェリ・ロス。
稀代の念威操者たる、それこそ経験さえ積めばグレンダンの新たな天剣を担える程の素質を持つ彼女がフルに活動していた為に、その活動はそれこそマイアスへの潜入部隊をカバーすると同時に、余剰分でさえツェルニを限定ながらカバーしていた。
まあ、これが汚染獣などが相手であれば、レイフォンらのサポートに専念せざるをえないのだが、老生体という汚染獣最強の存在とのレイフォンの激戦に措いて彼を、愛する人を支えたという経験はフェリを一皮剥けさせていた。
この結果として、潜入部隊が危機に陥ったマイアス側は焦って本隊を進めようとするが、何しろツェルニ側はレイフォンらが恐ろしい程順調に旗に向かって突き進みつつある事実も、残る第十七小隊の三人がそのお陰で全く気付かれる事なくこちらも進みつつある事も、ツェルニに潜入した部隊が既に捕捉、撃滅されつつある事も知っている。
焦る事なく、動きを揃え、マイアス側を押し戻す。
正に貧すれば窮す、というか、マイアス側は急速に劣勢に追い詰められつつあったが、それでも崩れないのはやはり、汚染獣との戦いが経験となっているのは事実なのだろう。
「……前回のツェルニもこうだったのかもしれんな」
とはいえ、全試合で無様を晒したのは言い訳のしようもなかった訳だが、とヴァンゼは戦況を冷静に把握しながら、呟く。
だが、劣勢になった時、崩壊を支えるのはそれまでの鍛錬であり、命を賭けた実戦を生き抜いたという自信だ。そして、前回のツェルニには後者の自信が圧倒的に足りなかったのだろう。無論、それは本来不要な事ではあったのだが、戦争においてはそうした差が非情なまでに露にされる。
「ようし!相手は焦っているぞ!落ち着いて、相手を押さえ込め!」
だが、ここで手を緩めてやる義理はない。
むしろ、ここは相手の焦りにこそつけ込んで、勝利を確実にすべく、ヴァンゼは激励の声を飛ばした。
その頃、第十七小隊隊長であるニーナらも遂に発見されていた。
どうしても旗を目指す以上は、次第に念威操者の索敵範囲も狭まるのは当然であり、如何にレイフォンらに耳目が集中していたとはいえ、完全にその網から逃れられる筈もない。
だが、マイアス側にとってはどうしようもなかった。
既に四十名からなる一大迎撃部隊はレイフォンらと激突し、その二十倍という数の優位にも関わらず劣勢にあった。
レイフォンの荒れ狂う膨大な剄の前に、陣形は容易く崩れ、そこからハイアが絶妙な連携を取って、仕留めてゆく。
別段連携の訓練を積んだ訳でも、互いが気に入っている訳でもないが、そこは経験豊富な武芸者二人であり、同じサイハーデン刀争術の達人同士であり、更にはハイアは連携戦闘を基本戦術とするサリンバン教導傭兵団の団長だ。組んだばかりとは思えない見事な連携で、正に問答無用とばかりにマイアスの武芸者らを蹴散らしていた。
とはいえ、足止めを受けた分、ここで第十七小隊の残る三名が前へ出た。
それでも何とか三人を更に劣勢にある部隊から抽出して、ニーナらの前に立ちはだからせたマイアスの努力は賞賛に値するだろう。
努力が常に報われる訳ではない事を除けば、だが。
フェリの支援の元、既にその動きは把握されていた。結果として、マイアスの武芸者らは三人の前に出た瞬間に見たものは、視界を覆いつくさんばかりの銃弾の雨だった。
ここぞとばかりに両手の黒鉄錬金鋼からシャーニッドが連射した弾丸を懸命に防いだのは誉めるしかないだろう。だが、続いての二人の突撃に対応する余裕は、それで完全に奪われた。
『活剄衝剄混合変化 雷迅』
『外力系衝剄変化 背狼衝』
ニーナとダルシェナによる二種類の突撃は、完全に態勢の崩れた三人のマイアスの武芸者らを吹き飛ばし、戦闘不能へと追い込んだ。
マイアス側は残る手段はこれしかないとばかりに念威爆雷で道を塞ごうとするが、その結果として念威による支援が手薄になった事から更にレイフォンとハイアに圧迫される事になる。
ニーナがマイアスの都市旗を手にしたのは、それから間もなくだった。
「まあ、こんなものかな?」
サヴァリスはその様子をツェルニの外縁部から眺めていた。
レイフォンの動きはやや訛っているのではないかと心配していたのだが、そんな事はなかった。これも欠かさず行なっているルイメイの真似をした鍛錬と、先だってやりあったという第二期以降、おそらくは第三期の老生体との戦闘のお陰だろう。そこに関しては、汚染獣に感謝しても良かった。
最後の四十名からに襲われた時はさすがに梃子摺っていたようにも見えたし、もう少し楽に片付けられるのではとも思ったが、あれも相手に怪我をさせないように気を配れば、自分でもあんなものかと思い直した。
「それよりも……」
どのみち同じ天剣ゆえに戦えないレイフォンより気になるのは、ハイア・サリンバン・ライアともう一人、ニーナ・アントークだ。
ハイアはなかなか美味しそうだ。あれはまだ未熟が目立つとはいえ、今後鍛え続ければ、グレンダンで揉まれるか、或いはレイフォンと共に研磨し続ければ、そこそこいくだろう。
とはいえ、まだ覚悟が足りない。
普通の武芸者には当たり前の事だが、荒れ果てた荒野に、ただ一人で汚染獣と立ち向かった事がハイアにはないのだろう。それ故に、汚染物質遮断スーツに傷一つついても駄目な世界で、ただ一人、誰も助けてくれない、逃げる事さえ自分で講じなければならない世界で戦うという経験がない。
まあ、本来そんな体験をして、生きている方が珍しいというか、おかしいのだが……。
(まあ、あちらは今後に期待という事で……)
そして、サヴァリスは更にニーナへと視線を向ける。
廃貴族をその身の内に宿した存在。
廃貴族は今回は表に出てくる事はなかった。廃貴族は汚染獣に滅ぼされた都市の電子精霊が、汚染獣への憎しみから変じたものだという。その性質上、こんな戦争には出てこないだろう、と思っていたが予想通りか、いや。
(それ以上に、使いこなせていないのでしょうね、彼女は)
もったいない、と思うと同時に彼女をどこまで引き上げられるのかという思いもある。
引き上げた時、彼女はどれ程強くなれるのだろうか?グレンダンは本当に退屈させない都市だが、今この時に限れば、このツェルニ程に面白い都市はそうはない。
レイフォンやハイアとの手合わせは当然として、彼女も育ててみるのも面白そうだ、とその場を立ち去りかけて、ふとニーナを見やって呟いた。
「妻にと望めば、案外簡単に連れ帰る事も許可されるかもしれませんね」
そうして、今度こそサヴァリスはその場を立ち去った。
【後書きっぽい何か】
当初計画では、先週土曜に、と思ってたんだけどなあ……
予想外にてこずりました
という訳で、マイアス戦をお送りします。その分、ボリュームは何時もの……1.5倍強ぐらいになりました
原作とは大分異なりました
何しろ、ニーナの転移が当に終わってるもんで、原作ほどフェリも苛々してませんでした
そして、レイフォン+ハイアに戦力と耳目を取られた分、更にフェリちゃんの支援が入った為にマイアスあっさり敗北です
しかし、ツェルニを世界の都市が敵と看做すって、上に住んでる人はどういう扱いになるんでしょうね?
学園都市なんだし、警告してさっさと出て行く事を勧告するのが妥当な気がするんだが…
なんだか、都市同士が出くわしたら、相手が学園都市とかお構いなしに戦争しかけてくる、みたいな展開が読めるんですよねえ
なんか、それって違わない?って思う今日この頃
学園都市なんだから、上に住んでるの皆さん、母都市があるんだから、立ち去るように言おうよ!って思います。まあ、放浪バスの関係上、時間がかかるってのもあるんでしょうけれど……