突然だが、グレンダンには三つの王家がある。
一つはアルモニス。
一つはロンスマイア。
そして、最後の一つがユートノールであり、現在の力関係も実質この順に並ぶ。
ただ、より正確には最後の一つが他二つに比べ大きく離されているのだが。
無論、それには理由がある。
そもそものケチの着き始めは本来の後継者であるヘルダー・ユートノールに現在の女王アルシェイラとの婚姻が決まっていながら、他に惚れた女性が出来た事にある。
メイファーという彼女は当時のユートノール家に仕えていた侍女であり、ミンスにも彼女の記憶がある。目の覚めるような金髪の活発な女性だったと記憶している。
とはいえ、これだけなら然程問題ではなかった。
本来なら大問題になりそうなものだが、なにしろ当事者であるアルシェイラ自身が問題にしていなかった。王家である彼女彼にとって、互いの婚姻とは儀式の一つ。
二人とも顔見知りではあったが、別段熱愛関係という訳でもない。
要は武芸者の血の濃い跡継ぎさえ出来ればいい、という感覚であり、本来ならば表向きの妻、実質的な妻、で何ら問題は起きない筈だったが、ヘルダーが妻子……まあ、正式には違うが誰もそう呼んだ所で不都合も違和感もない、と共にグレンダンを突如として脱走しようとした事から問題が起きた。
何か逃げなければならない理由があった筈なのだが、何故、かが分からない。ただ、少なくともヘルダーが脱走を図ったのとほぼ時を同じくして起きた事件、メイファー・シュタット事件に措いて……彼女と名前が同じなのは何の偶然だ、と思ったものだが……とにかく、その事件を機にパタリと消息は途絶えた。
分かっているのは既に兄がこの世の人ではないだろう、という事。
先だって突然やって来たアルシェイラより伝えられた事態は二つ。
一つは兄の子がいた、という事実。
あの優しすぎる兄が、愛した女性と、その間に出来た娘を残して都市を去るとは思えない。ならば、そういう事なのだろう。薄々覚悟はしていた、事実、兄が既にこの世の人ではない、という事が事実だという事が確信出来ただけの話。
写真や映像を見せられたが、余り兄に似ているようには感じられなかった。
ただ、見る限り、メイファーには似ているようだ。活発な所もそうだし、顔の端々に彼女の面影がある。
まあ、それはいい。
兄の子だというなら、それは別に引き取るのも構わない。一番の結婚相手候補がレイフォンというのは思い切り気に入らないが、現在の自分の置かれている立場含め考えれば、仕方のない事と諦めもつく。王家の人間は確かに裕福な人生を送れるが、反面結婚に関しては統制されているからだ。
すなわち、王家同士による結婚か、或いは天剣となりうる人物との婚姻。その目的は来るべき日の為に武芸者という存在の血を高める事にある。当然ミンスも将来は王家の誰かか、天剣の誰かとの婚姻が期待されている。
王家を潰す訳にはいかないから、自身が婿に入る事は出来ない以上、二王家のいずれかか、天剣の誰かを嫁に取る、という事になるが、現状の力関係を考えると、他の王家から、というのは難しいかもしれない。
……実の所、ミンスの場合は乳母でもあった侍女頭が最近密かにアルシェイラと結託したのでは、という疑いを拭えないでいた。いや、心配して、というのは重々分かるのだが。何しろ、兄と自分がやらかしたバカのせいで、今、ユートノール家は建て直しに懸命だ。結果として、自分は女性に目もくれない生活が続いている。
乳母はミンスにとっては数少ない心許せる女性であり、母のような女性でもある。そして、それは彼女とて変わるまい。
そりゃあ、年頃の息子が女性に縁のない生活を続けてれば、母親としては心配しようってもんだ。何時汚染獣との戦闘で命を落とすか分からない、この世界では、特に。
さて、そうして婚姻相手として王家を見てみると、実はこれ、という人材がいない事に気がつく。
どのみち前述の通り、現在の力関係から下手に他の二王家から嫁を取る訳にはいかないが、実は現在王家はアルシェイラ、ティグリスに次ぐ、と言えるだけの力を持つ者がいない。
二人を除いた一番の実力者はクラリーベルだろうが、彼女とて、レイフォンにも完敗するだろう。ただ、それでも将来的には天剣を望める候補として期待はされているらしい。
逆に言えば、ロンスマイア家が彼女を手放すという事はありえない。
だが、武芸者の血を高めるという王家の目的を考えると……余り下手な相手と結婚という訳にもいかない。
そうしてみると、ミンスとクラリーベルの相手として可能性の高い、現在の天剣は十二名とはいえ……。
まず、カウンティアとリヴァースは外れる。
生真面目で恋人のいるリヴァースが命令としても、お見合いに出るとは思えないし、そもそも嫉妬深いカウンティアがリヴァースがお見合いに参加したというだけで、騒動を起こす事は今からでも目に浮かぶ。
天剣の中でも高齢の二人、ティグリスとデボネアも除く。
というか、男性同士であるミンスとティグリスという組み合わせもありえなければ、祖父と孫であるクラリーベルとティグリスという関係もありえない。
普段は殆どを寝て過ごす(体力的な問題で)程に体が衰えたデルボネだって同じ事だ。
リンテンスは可能性があるとしたら、むしろ女王アルシェイラとの間だろう、というのは衆目の一致する所だ。
妻帯者である二人、ルイメイとカルヴァーンも除く。
別に愛人を持っていけないという法はない、事実、ルイメイも正妻との間に子が出来ず、愛人の間に長男をもうけている。
だが、さすがに王家に入るのに、妻帯者は無理がある。
というか、王家の人間を側室、愛人にする訳にもいかないから、必然的に起きる『今の奥さんと別れて結婚しろ』、などという事態など言える訳がない。
そうすると残るは半数を切る五名。
男性はサヴァリス、トロイアット、レイフォン。
女性はカナリス、バーメリン。
リーリンとクラリーベルは男性三名の中から、ミンスは女性二名の中から選ばねばならない可能性は高い、というか現状突出した武芸者が王家に他にいない以上、まず確実にそれしかないだろう。
そうなると、リーリンとレイフォンという組み合わせは至極納得のいく組み合わせではある。好き嫌いではない。ミンス自身が王家の一人であるが故に認めねばならなかった。
……もっとも傍から見ても、クラリーベルもレイフォンに惚れているのは分かっている。彼女が周辺を巻き込みながら、自身もツェルニへの留学を決めたのは、その辺もあるのだろう。
ちなみにこの留学。ティグリスがクラリーベルの味方をした為に、最終的にGOサインが出ていたりする。
『とはいえ……』
リーリンがユートノール家の正当な直系だと認められた現状、自分がそこまで焦って結婚する必要もないではないか、とも思うのだ。
リーリンは武芸者ではない。当然ながら、汚染獣との戦いにも出ないから、戦死の危険はその分低くなる筈だ。
加えて、互いに想いあっている(と思われる)相手もいる。もし、自分が結婚しなくても、ユートノールの家が途絶える事はないではないか、そう思うのだ。
……もっとも、ミンスは乳母がそこら辺まで察した上で、だからこそ結婚を推し進めようとしている事には気付いていなかった。
そして、数日後。
ユートノール家には天剣授受者バーメリン・スワッティス・ノルネが訪れていた。
無論、その目的は見合いだ。
ただし、彼女が来た理由自体は女王アルシェイラからの命令だったが。当たり前だが、見合いなんぞという言葉は出ていない。ただ、ミンスと会って、お茶してきなさい、という事だけだ。
バーメリンにしてみれば、面倒ではあったが、仕事の一つと思えば、まあ苦労するというか汚れるような仕事でもない。まあ、暇つぶしにはいいか、とばかりにやって来た次第だった。
一方ミンスはというと、仮にも彼もまた王家である以上、何時までも見合いさえせずに独身のまま、という訳にはいかない。例え、その気がなくとも、現状リーリンの存在が各王家のトップに密かに伝えられた内容である以上、彼が当面はカバーとならざるをえない。
しょうがない、これも王家の仕事だ。
そう思い了承したミンスが、バーメリンを選んだ理由は簡単だった。
何度も繰り返すようだが、現在、ユートノール家の力は大きく衰えている。原因は一つは兄がアルシェイラとの婚姻を拒絶して都市を出ようとした為。
もう一つはミンス当人がアルシェイラの暗殺を企み、その結果として多額の出費を余儀なくされたからである……どう考えても後者の方が大きいので、ミンスには兄の事など何も言えないが。
これでミンス当人が天剣級というならばまた話も違ってきたのだろうが……現在ではミンスにも分かっている。自分には天剣となりうるだけの才能はないのだと……。
無能という訳ではない。
事実、ミンスは武芸者としては十分以上の水準を持っていると看做されているし、指揮官としては相当に優秀であると周囲に認められいる。ただ、比較対照となるアルモニスとロンスマイア、他の二王家のトップが非常識なだけである。
とにかく、現状、ユートノール家の力を一気に回復する、という手法がない以上、時間をかけて回復させていくしかない。
そうなると、問題となってくるのがリヴァネスである。
リヴァネスは元々王家亜流とされているように、各王家の中でも家を継げなかった者達によって構成された家であり、その格自体は三王家に継ぐ者がある。少なくとも、現王家のいずれかの血統が途絶えた時、それを継ぐのはリヴァネスである可能性は高いだろう。
ただ、そのリヴァネスが現時点であからさまな行動に出ていないのは、一つには頂点に立つ女王アルシェイラの絶大な力があるのが一つであり、もう一つが現在のリヴァネスの実質的なトップが女王への忠誠心分厚いカナリスである事にある。
立場上のトップは無論、リヴァネスに転がっている長老格などがいるが、彼らが何か言った所で、天剣授受者であるカナリスが無視すれば、それで彼らの動きは停止する。
彼らの力ではカナリスを倒す事など出来る筈もないし、かといって陰謀なりで排除すれば、リヴァネス自身の力を大きく削ぐ事になるのは必至だからだ。
さて、こうした要因を踏まえた上で、ミンスがカナリスと婚姻したらどうなるだろうか?
ユートノール家自体は建て直せるだろう。
王家亜流と称されるリヴァネスは、その成立がグレンダン成立初期であり、それ以後王家と異なり王家としての出費がなく、その一方で順次王家からの直系の血が入ってきた為に実力者にも恵まれ、現在も隆盛を誇る流派の一つであり、かなり裕福な家系である。ユートノールの現在の力に彼らが力を貸せば、容易に力を回復出来る筈だ。
だが、それはリヴァネスがユートノールを乗っ取るという事に等しい。
カナリスがどう思うかは問題ではない。どう行動するかは問題ではない。
貧乏な家に、裕福な格がほぼ同格の家から、その実質的な当主が嫁に入る、という時点でアウトなのだ。
という訳で、カナリスはミンス的にアウトだった。
なので、残ったのがバーメリンという訳だ。
……訳なのだが。
バーメリンは何時も通りの服装だった。
黒いビザールファッションに、全身に鎖をジャラジャラと下げている。
まあ、この鎖は仕方ない。
彼女の鎖はこれ全て錬金鋼である。
バーメリンは天剣唯一の銃使いであり、銃というものはその欠点として威力が決まっている、という点がある。
事実、彼女の天剣は砲とでも呼ぶべき銃となっている。
これは、彼女の剄力を全力で叩き込めるだけの容量を確保しているが、逆にこじんまりとした……幼生体などを相手にするには全く向いていない。完全なオーバーキルだ。
そこで弾丸を通常ファッションの鎖として携帯し、更に複数の錬金鋼を持ち歩く事によって、必要な状況に応じて錬金鋼を使い分ける、というやり方を通している。
天剣の本分が戦う事にある以上、彼女が常に臨戦態勢とでもいうべき、この鎖を用いたファッションであるのはむしろ当然の事だ。
服装に関しては……まあ、下手に豪華なドレスを着てきた所で、鎖が違和感を与えるのは確実だし、そもそも彼女は見合いと伝えられてきた訳ではない。
『そこはあんたの甲斐性よ』
とは、アルシェイラにも宣言されている。
普通に、ちょっとお茶に付き合いに立ち寄っただけなら、普段着で当たり前だろう。
……気まずい。
それがミンスの本音だった。
何しろミンスは少なくとも大きくなってから、女性と一対一でこうして話した事はない。……アルシェイラ?ミンスは彼女を自分と同じ生き物だと思っていない。
天剣三人がかりを瞬時に一蹴した、あの光景を見た時点でそんな考えは全力投球で彼方に放り捨てた。
子供の頃は放っておいても女性が寄ってきた。
まあ、今ではそれが王家の人間への繋がりとか、単純に見た目とかだけ、とかなのはよく理解している……無論、中にはそうでない本心からのも混じっていたのだが、全然ミンスは気付いてなかったりする。
さて、バーメリンを多少は落ち着いた頭で見ると、まあ、顔立ちは十分に美人の部類に入る。
少々お化粧とかで顔が妙に色白いようにも見えるが、この辺は人それぞれだろう。
とはいえ、最大の問題は……話すとっかかりがない。
「え、えーと……バーメリンさ…ん」
「ん?」
王家の人間が様づけする訳にもいかないし、けど相手は天剣授受者なのは間違いない訳で呼び捨てにするのもどうかと思い、結局妥協の産物として、さん付けにしたミンスだった。
「えーと……訓練とかはどのような事を普段されてるんですか?」
「………」
何言ってるんだ、こいつ、という目で見られている。
まあ、彼女からすれば、自分が銃使いでないのは一目瞭然なのだろう。なのに、何でんな事聞いてくるんだ?って所だろうか。
彼女の少々鋭い、というか鋭すぎる視線で見られていると、睨まれているような気がしてならないが、いや、案外本当に睨んでいるのかもしれない、が。
自分にはこれ以外に彼女に話しかけるきっかけが思いつかなかった。
ご趣味は?
なんて彼女に聞けません。
とにかく、このまま彼女に黙って帰られるのは拙い。
ミンスは『絶対にあのアルシェイラの事だから、この現場覗き見してる!』と確信していた。
何しろ、天剣授受者唯一の念威操者たるデルボネは、お見合いのお節介焼きでも有名だ。その彼女がアルシェイラ共々今回の自分の(一応)見合いを黙って見過ごす訳がない。
……下手したら、自分の乳母も一枚かんでるかもしれない。
そんな背水の陣の気持ちでもって、懸命に語りかけるミンス。
これに対して、バーメリンは、というと気のない返事を適当に返していた。
この辺は『カナリスさんの方が良かったかなあ』と思ってしまうミンスだった。
しばらく、そうして、会話とも言えない奮闘を続けていたミンスだったが……。
ふっとバーメリンが立ち上がった。
ごく自然に、無造作に立ち上がり、そうしてミンスに彼女は歩み寄る。
ぎょっとしたミンスだったが、既に立ち上がる機会は逸している。
そんな彼にバーメリンはずいっとばかりに顔を近づける。
バーメリンの顔が近づいてくる。
いや、落ち着け、自分は彼女の事など特に思ってはいなかった筈だ!
それでもミンスの心はドキドキと波打つ。
顔立ちそのものは整っている彼女の顔があと少し近づけば唇と唇が触れ合う程に近づいた時……。
「ウザっ」
それだけ口にすると、あっさりと離れ、そのまま身を翻して扉から出て行った。
「………は?」
呆然としたミンスが、我に返って、何時の間にか用意してあったお茶や茶菓子が全てカラになっていた事に気付いたのはそれからしばらく経ってからだった。
一方……。
「あーもー!なによ、なんであそこで押し倒さなかったのよ!」
『女王陛下、それは拙うございます。最初はこのような出会いでも少しずつ……』
「坊ちゃま、おいたわしや……」
デバガメ集団はユートノール家の別室で騒いでいたりした。
『後書きっぽい何か』
……時間がかかった
本当に難産だった……
いやあ、バーメリンって性格とか趣味とか全く分かりませんからねえ……ミンスのお見合い話を最新刊を読んで書くのを思い立ったはいいものの……全然進まない