「どういうつもりだ」
レイフォンの声は冷たい。
学生相手ではない以上、抑える必要もない剄は、けれど静かに佇んでいる。それだけを見れば、或いは戦闘態勢を解いていると見えなくもない。だが、周囲にいるサリンバン教導傭兵団の面々は油断の欠片も見せない。
「言った筈だが?既にグレンダンは……」
「あんたの方が馬鹿さ、ヴォルフシュテイン」
レイフォンの言葉を遮って、ハイアが告げる。
「あんたは俺達の上役じゃないさー。上からの正式な命令もなしに『はい、そうですか』って奴がどこにいるさ~」
その意味を理解して、レイフォンも渋い表情になる。
確かにその通りだ。
少し考えてみてもらえば、分かると思う。
例えば、レイフォン自身に置き換えて考えるならば、レイフォンがアルシェイラに命じられて老生体との戦闘に向おうとした時、後ろから追いかけてきたサヴァリスに、「あ、老生体、僕に退治してこいって事になったよ」と言われたとしよう。
本当かもしれないが、だからといって、「じゃあお任せします」でレイフォンが帰る訳にはいかない。
レイフォンでも、アルシェイラに直接確認しに戻るぐらいはする。
同じ事がサリンバン教導傭兵団にも言える。
確かにレイフォンはグレンダンでも高い地位を与えられた天剣授受者だが、王ではない。そして、グレンダンの最高権力者は王であり、サリンバン教導傭兵団の任務は王から直々に与えられた任務だ。すなわち、サリンバン教導傭兵団が廃貴族の回収という任務を諦めるのは現グレンダン女王アルシェイラ・アルモニス自身から任務終了を告げられた時でなくてはならない。
「分かったら、そこをどくさ~」
「……断る」
だが。
同時にレイフォンはアルシェイラ自身からこう告げられている。
「僕もグレンダンを出発する際に、廃貴族に関しては陛下から告げられている」
そう、それは……。
「この件に関しては僕の思うように行動していいと」
廃貴族に関してはアルシェイラは関心がない。
それはあくまで、自分ではない、前の王が求めたものであり、他の手段で補う事に成功したアルシェイラには不要なものだから。
だからこそアルシェイラはレイフォンに告げた。
『もし、廃貴族に出会う事があれば、レイフォンの思うように行動していいわよ』、と。
サリンバン教導傭兵団は王からの命により、廃貴族を捕らえるよう任務を受けた。
そして、レイフォンは廃貴族に関しては、その後の状況変化の結果として完全なフリーハンドを与えられた。
故に現在のどちらの行動も正しい。
そう、廃貴族を宿したニーナ・アントークを捕らえようとするサリンバン教導傭兵団も。
それを納得いかないからと止めようとするレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフも。
共にその行動は王命に基づいた正当なものだった。
だからこそ、それに気付いたハイアも苦い表情になる。自分が主張した言葉をそっくりレイフォンに返されたようなものだから当たり前だが。
だが、今更引くという道はない。ならば……。
「分かったさ。……なら、後はというか、最初からこれしかないさ~」
最早言葉は不要。
ハイアは鋼鉄錬金鋼の刀を上げる。
周囲のサリンバン教導傭兵団の隊員達もまた、ニーナを鎖で拘束する者を除き、一斉に錬金鋼を構える。
そう、どちらも正しいのなら後は……力で勝利した方が全てを持っていくだけの事。
レイフォンもまた、その手にした天剣を構えた。
サリンバン教導傭兵団は総数四十三名。
うち、念威操者のフェルマウスと、それを守る為に三名。そして、成功した際に速やかにツェルニを離れる為に傭兵団の放浪バスで準備を行っている者と、その周囲で警戒している者が五名。ニーナを捕獲している鎖を操っている者が六名。
これらを除いた団長であるハイアを含めた二十九名。それが一斉にレイフォンに対して各々の武器を構える。
いずれもが歴戦の武芸者であり、その腕はツェルニのそれとは覚悟も力量もまるで違う。
だが。
一つだけサリンバン教導傭兵団もまた知らない事があった。
そう……天剣を手にした、錬金鋼の破損の不安なく、その全力を振るう天剣授受者が如何なる相手なのかを。
天剣授受者は、その武芸の腕もさる事ながら、一つ共通して求められる要素がある。
それは、全力を出した時、通常の錬金鋼、それが白金か黒鋼か青石か紅玉か碧宝か鋼鉄か軽金か重晶かは問わない。通常用いられる錬金鋼を手にして、全力を発揮した時錬金鋼が破損する程の剄。それこそが天剣に求められる要素の一つだ。
というか、真面目な話として。
そもそも、そこまでの剄の量がないならば、通常の錬金鋼で十分だ。わざわざ天剣を与えるのは単なる儀礼品以上のものではなくなってしまう。
或いは、それだけの剄の量がなければ、そもそも老生体と戦った時にダメージを与えられないとか、倒すまで戦闘を持続させられないといった意味もある。
無論、例外がないでもない。本来の継承を行う余裕がない時に行われる緊急の継承などはその最たる例だが、例外はあくまで例外。
当然のように、レイフォンもまた剄を全力で注ぎ込めば錬金鋼は破損してしまう。
そして、このツェルニに来てから、レイフォンはその全力を振るう機会は汚染獣との戦いを除けばなかった。
故にレイフォンが選んだのは鍛錬。
そしてその成果のお陰か、レイフォンの剄の流れは以前より更にスムーズさが増している。
その鍛錬の参考にしたのは……レイフォン自身にとっては内心複雑ではあるのだが、ルイメイのそれだった。
ルイメイの子が生まれた時に催された宴にはレイフォンもまた参加した。
これがルイメイの正妻であるメックリング夫人に出来た子というなら、何かと理由をつけて行かなかったかもしれない。いや、逆にそれなら素直に祝福できたかもしれない訳で……。だが、いずれにせよルシャ、嘗て共に孤児院で育った姉の子となれば話は別だ、祝わない訳にはいかない。当たり前のように、というか当たり前だろうがデルクを含めた孤児院一同も招待され……ちなみにルイメイは全く気にもしなかった……そうなれば、レイフォンも引っ張っていかれるしか残された道はない。マルクートと名付けられた子供の挨拶をした後、ふと庭に出たレイフォンはルイメイの鍛錬の成果を目の当たりにした。……彼がどのような鍛錬を行っているかは知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。
剄の量でなら負けていない自信があったが、果たして自分にここまでの精密なコントロールが可能だろうか?
正直、自信がなかった。単純な戦闘になった場合、それが勝敗を分けるかもしれない。
とはいえ、レイフォンはグレンダンではルイメイの真似をする事はなかった。……誰かの真似事をしなくても、グレンダンには天剣授受者が鍛錬する方法は幾等でもあったからだ。
だが、ツェルニではそうはいかない。
故に、やむをえずレイフォンはルイメイの鍛錬方法を真似た。六年後にグレンダンに帰還したら、腕が大幅に落ちて、天剣から陥落しましたなんて事になったら笑い話にもならない。
鍛錬方法は簡単だ。
大地を踏み固める。
そのまま流せば砕く事も容易い、いや、むしろその方が容易いであろうに、それをせず、圧縮を繰り返し別の物質に変えようかという程までに踏み固める。それを為すには威力を常に一定に保たねばならず、剄のコントロールが完璧である事が不可欠だ。
やってみて、その難度が分かった。とはいえ、ある意味仕方ない事でもある。
天剣授受者の一人へと昇りつめた実力者が何年も何年も重ねてきた鍛錬の成果。如何にレイフォンもまた同じ所に最年少で昇りつめた天才であろうとも、こればかりは重ねてきた年月が物を言う。
はっきり言ってしまえば、レイフォンのそれはルイメイのそれと比べれば、まだまだ甘さが多い。
それでも。
レイフォンは紛れもなく天才だ。
剄の量だけではない。
サイハーデンの刀術を幼くして修め、見ただけで剄の動きからその剄技をコピーしてしまう特技はレイフォン独自のものだ。そうして、賭け試合に手を出すようになってからはサイハーデン刀術を封印した上で、尚老生体にも勝利するだけの力を得た。何より、こうした刀術という技を封印しての戦闘の結果として、刀術に頼らない強さをも手に入れた。
そんな天授の武芸者が、それに奢らず地道に鍛錬を続ければどうなるか?
その結果が今、サリンバン教導傭兵団を相手に展開されていた。
サリンバン教導傭兵団は幾度となく、汚染獣相手の実戦を積み、勝利してきた。
レイフォンを一体の汚染獣と看做せば、常の戦い方の展開は可能であり、優れた連携はここでも存分に発揮されていた。拘束され、動けぬニーナなどはその動きを追うのがやっとだったぐらいだ。
だが、それでも。
レイフォンには届かなかった。
連携を取り、片方が囮となり、レイフォンに一撃を打ち込もうとする。その一撃をレイフォンは難なく技を振るうまでもなく、剄を込めた一撃で振り払った。
それだけで、剄に込められた剄が衝剄となって、相手を打ち据え、吹き飛ばす。
サリンバン教導傭兵団が老生体と戦っていたなら、また話は別だっただろう。
だが、老生体は汚染獣の中でも別格の存在だ。そして、同時に数が少ない……汚染獣に向って突撃するグレンダンは例外中の例外だ。あの都市は自らが汚染獣に向うだけでなく、その上で暮らす人々が他ならぬ汚染獣自身を呼び寄せるから、あれだけの遭遇率を誇る。無論、それに加えて、汚染獣との遭遇率の高い地域を(そして、それ故にグレンダンの歩く地域は他の都市の回遊ルートとは外れている)歩いているという点もある。
つまりは、サリンバン教導傭兵団が雇用される普通の都市は、極力汚染獣を回避しようとし、運悪く遭遇しても老生体と遭遇する事はなかった。サリンバン教導傭兵団自身も荒野での移動中に汚染獣に遭遇したからといって自分達から喧嘩を売るような馬鹿な真似はしない。やりすごせるなら、やりすごした方が楽だからだ。
さて。
一期から三期までの通常の汚染獣とは別格とされる老生体と一対一で真っ向やり合って、勝利する天剣授受者。
確かに手練れの多いサリンバン教導傭兵団は数がそれなりに多い事もあり、レイフォンもそれなりに梃子摺ったのは確かだ。
だが、それだけだった。
砂塵が戦場を覆い尽くしていようとも、レイフォンにはフェリが、サリンバン教導傭兵団にはフェルマウスという共に優れた念威操者がついているのだから、視界に問題は全くない。
そして、駆けて来た三名の傭兵団員が分かれ、三方からの連携を仕掛けてくる。
剣を持つ一人は右側面から。
槍を持つ一人は正面から。
斧を持つ一人は左側面から。
更に槍の後方、槍の使い手自身をブラインドとして、弓が放たれ、それは散弾となり、レイフォンに襲い掛かる。
四人からの同時攻撃。
しかも、レイフォンを汚染獣に見立てたその攻撃は決して無理をしていない。彼らの攻撃はあくまで牽制で、レイフォンの体力を削る為の一撃一撃であり、強引に相手を仕留めようという動きではない。
――そこをレイフォンに突かれた。
無理をしない、牽制、という事は同時にそれを受ける側にとっては気迫に欠け、一撃が軽いという事でもある。言い換えるなら、最初から腰が引けている。
それが間違っている訳ではない。
無理やりに相手を仕留めようとする強引な一撃を打ち込めば、もっと無意味な事になる事確実だからだ。
けれども結果から言えば、レイフォンは無造作に前へと出た。
言葉にすれば、それだけの事だが、それは穂先が生む弾幕の中へと自ら入る事でもある。間合いを取ろうとするなら、むしろ下がった方が良いぐらいだが、これで既に放たれた矢は無効化した。
一方、一瞬の躊躇いもなく、その場に足を止めた槍使いは弾幕の如き連続した突きを繰り出す。
けれども、その穂先による弾幕をレイフォンは何もないかのように無造作に突っ切った。
そう、槍最速のその動きをごく簡単に抜けてみせたのだ。しかも、すれ違い様に刀の背で叩き込まれた一撃は瞬時に槍使いの武芸者の意識を刈り取り、吹き飛ばしている。
更に、そのままレイフォンは前へと歩を進める。
後方にいた弓使いは、一瞬の空白が生まれ、その一瞬から我に返る瞬間には弓使いもまた意識を刈り取られている。
こうなれば、二人程度でレイフォンを止められる筈がない。
だが、そこはさすがにサリンバン教導傭兵団というべきか。
レイフォンが身を翻して、残り二人に襲い掛かる前に、残った両者は攻撃を断念して、後ろへ下がり、他の仲間と合流している。
そこでサリンバン教導傭兵団の攻撃が止まった。
止められた、でも大差ない。既に八名が戦闘不能となり呻いている。それもまともな戦闘とは言えない、ただ或いは交錯した瞬間に、或いは他が囮となって、大技を放とうとした所を、或いは先程のように連携のごく僅かな隙を突かれて。唯一共通しているのは、ただの一撃で全員が戦闘不能に追い込まれた事実だった。
傭兵団はこれまで培ってきた技術と経験を尽くして、戦っている。
確かにその連携は見事なものだし、一撃一撃もまた学生のそれとは比べるもおこがましい。
だが、届かない。
どんなに技巧をこらそうとも、レイフォンは誰が本命の剄技を放とうとしているかを正確に見抜き、潰してくる。防ごうにも、一撃一撃に込められた剄はインパクトの瞬間に衝剄となって目標を打ち、結果、戦闘不能に追い込まれる。
違うのだ。
彼らのこれまで培ってきた常識とは。
剄――汚染獣に例えるなら生命力など――で上回られる事は経験済みだった。
そのような場合、技と数で対抗してきた。
技――汚染獣に例えるなら技が通用しないケースなどだが――で上回られる事も少ないが、なかった訳ではない。
その場合、通じる者を主体に数で対抗した。
しかし、剄も技も通じず。
そして、数も通じない。
最後に関しては、より正確には、レイフォンという人の知恵とサイズによる所が大きい。
獣同然の汚染獣と比べ、若くして百戦錬磨のレイフォンは包囲に陥るのを避ける位置取りを繰り返し、更には一期でも全長が十メルトルに迫るか上回る汚染獣と比較して、人というサイズは一斉に大勢でかかるのには向いていない。
最高でも前後左右に上、ある程度攻撃側が剄技を発揮するだけの空間を維持しようとすれば、精々五人が限度。更にレイフォン自身の行動を合わせれば、先程から一度にかかれるのは三名が限度。これでは天剣授受者を抑え切れなかった。
結果、サリンバン教導傭兵団は手詰まりに陥っていたのだ。
そうなれば、最後に出てくるのはハイアしかいない。
ハイアが若くして団長に就いているのは、レイフォンが最年少で天剣になったのと同じく、伊達でも何でもない。汚染獣との戦が必須の武芸者、その中でも常に戦い続ける立場にある者達の中で上に立つのに必要なのは、ただ強い力、それだけだ。
そう、ハイアの力はこと刀術に関しては決してレイフォンに劣るものではなかった。
ハイアもまた、間違いなく一人の天才ではあったのだ。だが……それでも今回は相手が悪かったとしか言いようがない。
(幾等なんでも反則すぎるさ!)
声に出さずに呻く。
そう、決してレイフォンの刀術は高みにあれど、ハイアには手が届かない、という所にあるものではない。
だが、一つだけ。
一つだけ、決定的にハイアがレイフォンに劣るものがあった。
剄の量だ。
だが、それが現在の戦場を一方的なものにしていた。
レイフォンは至極無造作に軽く振っているように見える。だが、圧倒的な剄に裏づけされたその一撃を、ハイアには軽く流す事が出来ない。そんな事をすれば、よくて吹き飛ばされ、悪ければヴォルフシュテインの目前で態勢を大きく崩してしまう。天剣授受者が全力を出せない状況、そう例えば全力の剄に耐えられない普通の錬金鋼を使っていれば、話は全く違っていた。だが、今、レイフォンの手にあるのは天剣だった。
レイフォンの刀を振るう態度自体が計算されたものである事をハイアは既に悟っていた。
幾等何でも、レイフォンの刀術がこんな荒いものである筈がない。その気になれば、レイフォンはもっと洗練された刀術を、ハイアのそれさえ上回るであろう刀術を使える筈なのだ。
だが、それでは駄目だ。
レイフォンが真剣勝負をして梃子摺ってはならない事は当たり前以前の話だ。
ハイアが善戦すれば、例え敗北しようとも、サリンバン教導傭兵団の心は折れない。天剣の事を知る者は決して少なくないからこそ、善戦した事こそがサリンバン教導傭兵団に『手が届かない存在ではない』と感じさせるのだ。
だが、今現在、一瞬でハイアを倒すのは難しい。
レイフォンにとって不可欠なのは、サリンバン教導傭兵団の心をへし折る事だ。
その為に、レイフォンはハイアを利用している。
今のこの状況を傍目で見た時、どう見えるだろうか?
そう、至極無造作に、余裕を持って刀を振る天剣授受者たるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフと、隙だらけにも見える軽い一撃一撃を必死に捌き、反撃に出る余裕のないハイア・サリンバン・ライア。
そして、団員がハイアの実力を知っているからこそ――この状況を眼前に見せられては戦意も砕けようというものだ。
それが分かっていても、ハイアには何とかする道がない。
例え、今ハイアが、『そんな事はない、ただ単に剄の量がちょっと向こうの方が多いだけだ』と叫んだ所で単なる負け犬の遠吠えと大差なかろう。
今、ハイアがこの状況を打開出来るとすれば、それはレイフォンに対してそれなりの対応をさせる事。
それが出来れば苦労などしない。
剄を練って剄技を繰り出す?無理だ、そんな余裕などない。
ニーナは防御に専念し、剄を練った。
だが、それは相手の攻撃が軽かったが故の話だ。一撃一撃が軽いようで、剄によって渾身の一撃にも匹敵するような一撃になっている、この状況では試みるだけ無駄な話だ。
『これが天剣授受者さ』
尊敬する師さえ持っていなかった天剣。
厳しい師が誉める自身と同年代の天剣授受者、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。彼への妬みが根底にあった事は自覚していた。その相手に自身の力を認めさせたいと思った気持ちがなかったといえば嘘になる。
だが、結局どうだ。
以前は剄技の前にあっさり仕留められ、今は前よりも酷い状況で敗北しようとしている。
そして、その双方が計算ずく。こと戦いに措いては、レイフォンは恐ろしく鋭い読みをしている。
「あんた本当に化け物さ」
ようやく実感したが故の言葉を最後に。
ハイアはレイフォンに打ち倒された。
後は単純だった。
サリンバン教導傭兵団は最早これ以上の戦う気力を失っていたのだろう。
ハイアが破れると同時に、すかさずハイアを回収し、ニーナを解放して、砂煙が完全に晴れる前に撤収していった。これで、この砂煙の中で何が起きていたかを知るのは当事者とカリアンら沈黙を守れる者達のみで、一般生徒は何も知らない内に終わる。
そう、表に出たのは、週刊ルックンといった雑誌を見ても、ただ一つ。
第十小隊の敗退と、第十七小隊の勝利。
そして、第十小隊の隊長であるディン・ディーが無理をして体を壊した為に、しばらく入院する事になり、結果として第十小隊が解散する事になったという事だけだった。
「よう、元気か?」
そう何時もの調子で尋ねつつ、シャーニッドは病室を訪れた。
そこにはディン・ディーがいて、そしてダルシェナがいた。
ダルシェナがどこか寂しそうな理由は分かっている。
まあ、要はふられたのだ、ディンに。
実はシャーニッドはもう少し早めに来ていたのだが、部屋の中でディンが結局、ダルシェナの事をそういう対象として見れない、自分にはダルシェナを友として見る事は出来ても、女性としては見る事が出来ない。無論、彼女に魅力がないとかそういう意味ではなく……そんな返答をしているのを知り、故に空気の読める男としては、静かに殺剄をしてその場を離れていたのだ。
そして、そろそろ終わったかと見計らって、再び戻ってきたという訳だったが、どうやらこちらの予想もばっちり合っていたようだ。
「元気な奴が入院していると思うか?」
「確かにそうだな」
ディンの言葉に思わず苦笑してしまう。相変わらず真面目な奴だ。とはいえ、以前と異なり、ディンはシャーニッドに嫌悪感を向けたりするでもなく、ふう、と溜息をついてシャーニッドに告げた。
「まあ、当分はこのままだ。裏の事情に関しては問われないとはいえ、実質今度の大会からは外される事になるのは確定だからな」
そう、ディンは罪には問われない。
追放も為されない。
完治すれば、再び小隊を目指す事も可能だ。無論、今度は違法酒抜きで。
ディン自身が望まない限り、いかなる形であれ生徒会がディンを罰する事は事情を表沙汰に出来ない以上出来ない。第十小隊の解散もディンが無理をした結果、怪我をして、しばらく入院するから、なのだ。
一方、第十小隊で唯一違法酒に関わっていなかったダルシェナは、第十七小隊に入隊する事になっている。
これは、彼女の戦力を惜しんだ生徒会と、問題なく入れられるのが第十七小隊しかいない、という事から(人数だけでなく連携を今から彼女を組み入れて、組みなおせるかとかそういう問題も絡んでいる)、ディンからニーナへと頼んだ結果だった。
「だから、二年後。次の武芸大会で俺が参加出来ないなどという状況にするなよ?」
その言葉は。
間近に迫った武芸大会に出れないが故に託す言葉。
自身が六年生までにもう一度武芸者として、立ってみせるという気概と、目前の武芸大会で勝利を、二年後にツェルニが滅んでいるような事など起こすな、という事への想いの入り混じった言葉。
その言葉に敢えて『へいへい、分かってますって』などと軽い返事を返し、それにディンが怒る。
そんな様子にダルシェナが傍で笑う。
長らく忘れていた、心地よい三人の空間が再びそこにあった。
まあ、まだまだツェルニが落ち着いたとは言えない。
だがまあ、今は。
この一時だけは、友との穏やかな一時を。
『後書きっぽい何か』
かくして、このような結果に落ち着きました
ディンは違法酒によって無理はしたものの、廃貴族に乗っ取られなかった分、原作でレイフォンが予定していたのより若干無理をした程度のものに留まっており、結果として再起可能な状態になってます
サリンバン教導傭兵団に関しては、蛇足かと思い、省きましたが、一応設定ではカリアンがレイフォンをバックに交渉して、『グレンダンに確認の手紙を送る、その返信が届くまでは一旦ニーナに対して直接行動を控える』旨を約束させています
……まあ、カリアンにしてみれば、逆に言えば、傭兵団なので一旦交わした約束は守るだろうし、これで返答が届くまでは傭兵団はここに留まる可能性が高いから、お金はかかれどいざとなれば頼りに出来る戦力が、と一石二鳥以上の利点がありますので
次回はちょいと外伝を記したいと思っています
原作での、フリル一杯ついた服を大人しく着ていたニーナの、あのお話を、少しというか結構弄ったものにする予定ですw