廃墟と化した面々の視点から言えば、ニーナ・アントークは忽然と消えた時同様、おおよそ実時間で十五分の後、再び消えた場所と同位置に現れた。
即座にその情報はニーナの消息を探して飛び回っていた念威端子が感知。更に数分の後には両小隊の隊員達が駆けつける事となった。
当然ながら、シャーニッドらは彼女に何があったのかを尋ねたが、何しろニーナ自身にもよく分かっていない。まさか、いきなり別の学園都市に飛んだ、などと言う荒唐無稽なお話をする訳にもいかない。
どうしようか、と悩んでいた彼女に助け舟を出したのは、レイフォンとゴルネオだった。
二人とも、ニーナが混乱しているからと、ひとまずは翌朝にしよう、とにかくニーナが無事に戻ってきたのだからいいじゃないか、ととりなしてくれたのだった。
結局、こんな事件があった後でまともな調査が出来る訳もなく、彼らは翌朝早々に廃墟と化した都市を離れた。
とはいえ、それで単純に終わる訳もなく、ツェルニに帰還後、ニーナは早々に生徒会の調査に……呼ばれなかった。
いや、正確には確かに生徒会に呼ばれたのは確かなのだが、人払いが為され、そこには会長カリアン・ロス、武芸長ヴァンゼ、第五小隊隊長ゴルネオ、そして第五と第十七小隊の隊員のみだったのだ。
当初はより少数のみ、という事も考えられたのだが、結局当事者となった全員が集められたのは、情報不足のまま放置して下手な噂が流れるのも拙い、という事になったからだ。下手な憶測が飛び交うよりはまだ、真実を知った上で黙ってもらった方がいい、と判断された訳だった。無論、その代償としてこの場で明かされた話を外で漏らした場合はソレ相応のペナルティが科せられる事になっているし、彼らは少なくとも黙っておくべき事を黙っていられないような面々ではないと判断されたからなのだが。
「何が起きたのかを聞く前に、だ」
ちらり、とレイフォンにカリアンが視線を向ける。それに頷いて、レイフォンは。
「隊長、今廃貴族は隊長の中いるんですか?」
ズバリ直球で聞いてきた。
さすがにそう来るとは思っておらず、ニーナも思わず絶句する。廃貴族、その言葉に首を傾げていないのは、ゴルネオのみで、後は多かれ少なかれ疑問を感じているようではあるが。ただ、カリアンは廃貴族の意味は分からずとも、ニーナの様子から真実を悟ったようで。
「いるようだね」
その言葉にニーナは俯いた。
「あ~で、その廃貴族、だっけか?それって一体何なんだ?」
シャーニッドが訳分からん、と言いたげな様子で尋ねる。
その言葉に、もっともだ、という様子で頷いたゴルネオがレイフォンに視線を向けると、レイフォンは黙って頷いた。
「正直に言えば、僕も全部を知ってる訳じゃありません」
そう断って、幾つかの情報を明らかにした。
この情報に関して言えば、正直レイフォンにアルシェイラはただ単に「伝え忘れていた」のだろうと思う。
ティグリスとか、カナリスとか、カルヴァーンとかならレイフォンに情報がきちんと伝わっていないと知れば教えてくれただろうが、彼らもてっきり女王が既に教えたものと思っていたのだろう。
そして、他の天剣授受者がわざわざご丁寧に「おい、この情報は知ってるか?」なんて確認の為に聞いてくれるような性格でないのは言うまでもない。
無論、これらについては「あんたに任す」と必要なら与えられた情報の開示も認めてくれた、というか丸投げした女王の許可があればこそだ。そうでなければ、レイフォンとてさすがに聞かれようが黙っている。この辺りは廃貴族を重視したのが、十二本の天剣が揃わないが故にそれ以外の匹敵する力を求めた先代の王であり、現在の女王であるアルシェイラは出身を問わずに実力のみで天剣を選出する、という手法を採った、という面も大きい。
「廃貴族というのは、滅んだ都市の電子精霊のなれの果てです」
「なれの果て?」「あれが電子精霊?」
「ええ、自分の都市とそこに住む人々が殺しつくされた事により、本来なら消える筈の電子精霊がごく稀に汚染獣への憎悪から変異する事があるそうなんです」
そうして、何らかの形で人の中に入る事があるのだという。……いわば、汚染獣と戦う為の武器として。
無論、入ったからとて対象の身体を自在に操るという事が出来る訳ではない。精々、自らの憎悪を伝え、相手の思考を塗り潰すぐらいが関の山だという。
「いや、それ十分操ってるだろ」というシャーニッドの言葉は置いておいて、廃貴族が入った人は、その廃貴族の力を借りる事によって膨大な剄の力を操る事が出来るのだという。何しろ、元は一つの都市を動かしていたエネルギーの塊だ。確かにとんでもない出力を誇るようにもなれるだろう。
……制御出来れば、の話だが。
「何しろ自意識を持つ巨大な力の塊がいきなり入ってくるんです。しかも、その意識は隙あらば汚染獣との戦いに乗り移った相手を駆り立てようとするんですから……」
それを聞いて、全員が苦い或いは渋い表情になる。
軽自動車にジェットエンジンを搭載するようなものだ。それも何時勝手に動き出すか分かったものじゃないような代物を。
その載せられた軽自動車が実はジェットエンジンにも耐えられるような車でした、というのならばまだいいだろうが、普通は、この場合は剄脈が中を流れる巨大な力に耐え切れず破損する事になるのがオチだろう。
よしんば、耐えられたとしても、果たして制御しきれるかどうか疑問だ。
せめて、幾度か試す事が出来れば、また感覚も掴めるかもしれないが……。
『……無理だな』
ニーナは内心でその考えを却下する。
あんな力をそう何度も何度も引き出すなど出来ればしたくないし、廃貴族という力が自らの内にある事は分かっても、それを引き出す術は分からない。呼びかけてはみたが、反応する様子はない。眠っているという感じではなく、『今は自分が起きる必要はない』と決め付けているようだ。……これまでの話通りならば、廃貴族が起きるのは汚染獣が現れた時か、或いは……。
『あの狼面衆とかいう連中が現れた時か』
結局、その後ニーナは他の都市へと突然飛んだ事、そこで電子精霊を救った事は話したが、狼面衆やディックの事は黙っていた。……あれが現実の事か実感が分かない事もあったし。
それに、この話だけで皆は一様に混乱していた。当然と言えば当然の話だ。夢だったのではないか、と言いたい所だが、それでは念威操者でさえ見失った、あの空白の十五分の説明がつかない。何かが起きた、とは思うし、廃貴族などという初耳の存在も知ったが、レイフォンらとてその詳細を知っている訳でもない。
「……正直、信じられないような話だ」
ヴァンゼがそう呟いたのはもっともな話ではあった。
「だが、否定出来る要素もない」
だが、その言葉をカリアンがそう反論する。
誰もが分かっていた。何かしらが、自分達の想像を超えた所で起きた、そして今も起きているのだと。
「……事前に言った通り、今回の事は誰にも言わないように。いいね?」
これ以上は時間の無駄、そう判断したカリアンが念を押して周囲を見回す。皆黙って頷いた。どのみち言った所で信じてもらえないだろう、と思える話ではあった事だし。
結局それで解散とあいなった。
ニーナ自身は解散となり、何と無しに皆で道場へと向いがてら、考えていた事があった。
雷迅の事だ。
あの時、何とか使ってみせたとはいえ、それはディックの本来のものには遠く及ばない。
あの時とて、それまでの自分の一撃とは明らかに異なる破壊力でロイを打ち倒したとはいえ、不完全なものだった。当たり前だ、きちんと習った訳でもなく、ぶっつけ本番の見よう見まねだ。いきなりそれで出来るものなど……レイフォンなら可能かもしれないが……まあ、普通はいない。
あの技をきちんと完成させたい。
だが、果たして、今のままで可能だろうか?
正直厳しいのではないかと思う。いや、何時かは完成させられるだろう、だが早期に、そう、今年行われる武芸大会、そしてそこに至るまでの小隊戦。その前に完成させられるだろうか、具体的には最低でも一月以内。
……それには首を傾げざるをえないと思う。
自分は天才ではない。秀才ではありえるのかもしれないが、本物の天才を見ては、そう思わざるをえない。
「レイフォン」
「はい?」
とはいえ、尋ねたのは偶然というか、万が一の可能性に賭けたという程度だった。
あの男、ディクセリオ・マスケインはあの技をオリジナルだと言った。それならば技を見た事のないレイフォンが知っている筈がないと理性はそう告げていたが、直感とでも言うのだろうか、或いは何の気なしに、というか、その言葉は口から洩れていた。
「実は、私は攻撃力不足を感じていてな……調べていて、雷迅という剄技が自分に合いそうな気がしたんだが、知っているか?」
「ああ、それなら知ってますよ。そうか、確かに隊長には向いてそうですね」
自分から聞いておいてなんだが、驚いた。
レイフォンと「そうか、なら頼めるか?」「ええ、構いませんよ」、そう会話しながら、同時にニーナの脳裏では複数の可能性が交錯していた。
可能性としては幾つかある。
一つはディックが偽りを言ったという可能性。
本当はもっと一般的な技であるのに、嘘で自分だけの技だと告げた事。
一つはディックが知らなかったという可能性。
祖父から教わった技に自分なりに……そう言っていた。
では、その祖父の技とはどのようなものだったのか?
……独自の技があるのは知っている。だが、その祖父の技もそうであったとは限らない。或いは祖父とやらが、あくまでその技を得意にしていただけで、実は他にも使い手のいる技でディックの技はそうした派生系の一つに過ぎない、或いは祖父に他にも弟子がいて、その弟子がグレンダンに……。
念の為に話しながら確認してみたが、レイフォンが話す技の形は間違いなく、あの時ディックが見せたそれだった。
そうして考えてみると、矢張り後者が正しいように思える。
だが、何故かそれが違っているような気がした。
「……レイフォン」
「はい?」
「お前は雷迅を誰から学んだんだ?」
だから、そう問いかけた。
何故そんな問いかけをしたのかは分からない。
だが。
「えーと……あれ?」
レイフォンは首を傾げた。
「なんだ、誰から学んだか覚えてないのか?じゃあ、誰かから盗んだとかなのか?」
「いえ、それが……確かに自分は雷迅って技を知っているんですが……どこで覚えたんだろう?」
誰かから学んだかが思い出せないのではない。そもそも、雷迅という技をどこで覚えたのか。それが分からないという。
忘れたんじゃないか?或いはどうでもいい技だったとか、と言ってみるが、そんな事はない、技として学んだなら誰から習ったかどれも覚えているし、盗みたいと思った程の技なら忘れる筈がないという。雷迅だけが誰から学んだのか、或いは誰かが使うのを見て、習得した技なのか分からないのだという。
首を捻るレイフォンに軽口で応じながら、ニーナは内心密かな戦慄を覚えていた。
どういう事だ?
レイフォンは確かに学校の成績は決していいとは言えない……というか悪い。だが、成績が悪いのと頭が悪いのはまた異なる。加えて、レイフォンがその技だけピンポイントに何時どこで、誰から覚えたのか分からない、というのもまた疑念を誘う。
『どういう、事だ?』
自分は一体何に巻き込まれている?
いや、巻き込まれたのか?或いはこれは必然?
そんなニーナの脳裏にふとある考えがわき上がって来たが、それは頭を振って打ち消す。
まさか。
そんな思いがある。だが……。
『そんな事がある筈がない』
そう、まるで世界が整合を取る為にそう調節したなど、ある筈がないではないか……。
『後書きっぽい何か』
欝です
色々ありますが、欝になりそうな事が最近多いです……。
だから、って自分でどうにか出来る事でないのが一番辛かったり。
今回は事件の後話。
次回からは小説四巻相当のお話に突入します
……ええ、サリンバン教導傭兵団が、彼が出てきます
原作とは異なる展開を予定してますので、第十小隊とのお話も相当異なるものになる予定です
あ、でもその前に外伝を入れるかも……。