さて、入学式。
レイフォンは武芸科、リーリンは一般教養科だ。ちなみに二人とも奨学金に関してはAを貰っている。
こういう学校の入学式というものにレイフォンは縁がなかった。幼い頃から少しでも園にお金を、と汚染獣戦に参加し、試合に参加し、気付けば武芸者の頂点たる天剣を得ていた。
それだけに緊張して、昨夜はろくに眠れなかった。この点、リーリンはぐっすり寝たらしく、朝会った時に呆れた様子だったが。
そんな折にすぐ傍で騒ぎが起きた。
ぼうっとしていたレイフォンであったが、余りの騒々しさと体が当たった事により『五月蝿いな』と思った時には身体が動いていた。至極無造作に騒ぎを起こしている両名の腕を掴むと投げ飛ばしたのである。無論、誰かが怪我をせぬよう一瞬で確認した上で。
そこではっと目が覚めた。
一瞬の静寂とその後のざわめき、それを聞いてもレイフォンは「あ、つい手が出ちゃった」ぐらいにしか考えていない。周囲に一般人がいる状況で武芸者が騒動を起こすという事はそれだけ危険だからだ。と、周囲を確認していたレイフォンはふと一人尻餅をついている女の子がいる事に気がついた。
「大丈夫だった?」
そう言って、手を伸ばす。少女は真っ赤になりながら、「あ、だ、大丈夫です……」と手を握った。
ざっと見てみたが、どうやら大丈夫そうだ。
「良かった、どうやら怪我もないみたいだね」
怖がらせまいと、笑顔を向けてみたのだが、ますます真っ赤になって俯いてしまい、さて、どうしたものかと思った所でどうやら彼女の友達らしい武芸科と一般教養科の制服を纏った二人が駆けつけた事で二人に少女を託し、その場を離れる。
どうやら騒ぎが元で入学式はこの時点で中止になるようだ。それがレイフォンには少し残念だった。
「メイっち!大丈夫だった!?」
心配そうに聞いているのはミィフィ・ロッテン。その傍に立つのはナルキ・ゲルニ。メイシェン・トリンデンとは交通都市ヨルテムから来た幼馴染、という関係だ。大体は突進するミィフィ、引きずられるメイシェン、止めるナルキという関係だが、仲は良い。
「う、うん、大丈夫……」
「まったく、あいつら都市間の揉め事は学園都市ではご法度なのに」
学園都市は複数の都市から生徒がやって来る。その度に学生が喧嘩をやらかしていては……特に武芸者の生徒が喧嘩した場合酷い事になりかねないので、都市の事での喧嘩は厳禁だ。とはいえ、来たばかりの生徒ではなかなかそれもままならず、通常は武芸科の小隊からの有志が警備として就いている。
が、今回は彼らが動く前に事態は終わってしまったようで、喧嘩を起こした生徒二人の捕縛に当たっている。おそらく彼らは退学になるのだろう。
そんな事を考えていたミィフィはメイシェンがきょろきょろと周囲を見回しているのを見て、ふっと悪戯心を起こして聞いてみた。
「ん~?どしたの?ははあ……」
「なっ、なに?ミィちゃん」
ぎくっとしたメイシェンににんまりとした笑みを見せて囁く。
「ズバリ、さっきの人に一目惚れ?」
半分冗談だったのだが、あうあうと意味不明の言葉を漏らしながら真っ赤になって俯いてしまったメイシェンを見て、『あらら、こりゃマジ?』と、どうやらズバリだったかと判断した。そうなると少々状況は異なる。ミィフィは確かに悪戯好きというかからかったりするのは好きだが、気持ちは読めるし、何より友達思いなのは本当なのだ。この可愛い友人の恋、見過ごしてなるものか!
「そっか……ふふふ、ならこのミィちゃんに任せなさい!ばっちり彼が誰か調べてあげるから!」
ごおおお、と燃え上がるミィフィの背後で、おお、とぱちぱちと拍手するナルキと、どうしよう、とでも言いたげな様子でけれど止める様子のないメイシェンだった。
一方、その頃レイフォンはゴルネオに連れられて、生徒会室へとやって来ていた。
入学式が中止になると連絡されてすぐに、ゴルネオが現れて、ちょっと生徒会長が会いたいと言う旨を伝えに来たのだった。ちなみにゴルネオはレイフォンらがツェルニに到着して早々に挨拶に来ていた。当初は生真面目な性格なのかレイフォンにも堅い口調だったのだが、レイフォンが今は貴方が上級生だから、このツェルニでは普段どおりでお願いします、と頼んだお陰でしばらくは堅いままだったがここ数日で大分普段通りになった、らしい。
当初は、さてはさっきの騒動!?と思ってぎくっとした顔になったレイフォンだったが、ゴルネオから、あれはむしろ被害が周囲に出る前に鎮圧してくれて感謝していた、今回は別件だ、と聞いて明らかにほっとした顔になっていた。
「会長」
どうやら着いたらしく、コンコン、と扉をゴルネオがノックする。
『ああ、待っていたよ、入ってくれたまえ』
すぐそう声が返ってきた。
「はじめまして、私がこの学園都市ツェルニで生徒会長を務めるカリアン・ロスだ」
「レイフォン・アルセイフです」
二人の初顔合わせはごく普通に挨拶から始まった。
「それで一体自分に何の用なんでしょうか?」
レイフォンにしてみれば、生徒会長が一体何用で、と思う。
「いや、実の所用件というよりはお願いでね」
「お願い、ですか?」
「ああ、実は君に小隊に入ってもらいたい」
小隊?はて、汚染獣を倒すチームの小隊、という事だろうか?首を傾げるレイフォンに大体何を考えているか予想がついたのだろう、ゴルネオが補足する。
「小隊というのは、ツェルニの中ではエリート扱いされている連中の事だ。都市戦における中核部隊、他の武芸者を率いる指揮官や切り込みを行う特殊部隊の総称だと思えば分かりやすい」
ああ、成る程、と納得するレイフォンにカリアンが補足をしていく。
「実の所、このツェルニはここの所都市戦で負け続けていてね。私がここに来た頃には3つ所有していたセルニウム鉱山はもう1つしか残っていない。次に負ければ、このツェルニは滅ぶ」
特に前回は酷く、作戦を完全に読まれているとしか思えない完敗、ボロ負けだったという。それを聞いて、レイフォンは首を傾げた。
「つまり、次の都市戦で僕に戦って欲しいと?」
それぐらいなら別にどうでもいいが。大した事でもないし。ああ、でも手加減が難しいかな?そんな事を考えているレイフォンだったがカリアンの返答は少々異なっていた。
「いや、確かに次の都市戦では戦力として当てにさせて貰いたいが……小隊戦では手を抜いて欲しいんだ」
「……手を抜く?」
カリアンの説明によると、確かにレイフォンに全面的に頼れば楽ではあるだろうが、それでは他の生徒が頼り切ってしまい成長しない危険性があるのだという。それではレイフォンが卒業した途端に元の木阿弥だ。汚染獣との遭遇という事態になった場合は別だが、そうでない場合は極力抑え気味……せめて同時に二人ぐらいを相手にしたら抑えられてみせて欲しい、というものだった。
「はあ」
正直レイフォンは困惑気味だ。
「申し訳ない。私が望むのはツェルニの武芸者自体の底上げであり、出来れば君にはその為の起爆剤となって欲しいんだよ」
「まあ……人相手の手加減自体は何度もした事ありますからそれは構いませんが……」
そう、試合で本気を出せば相手を殺してしまいかねないから、手加減せざるをえなかった。グレンダンでの現状最後の人相手の試合となったガハルドとの戦いでもとにかく苦戦しているように見せる為に結構苦労していたのだ。
「そうか、それはありがたい。とりあえず君に入ってもらう予定の小隊だが……ん?」
カリアンの視線がレイフォンの腰の錬金鋼に向かった。視線に気付いたレイフォンが軽く抑え、ゴルネオも密かに警戒する。本来新入生は錬金鋼を持ち歩く事は出来ない。だが、これは別だ。
槍殻都市グレンダンが秘蔵する十二の天剣。その一つ。これを置いて、のこのこと外を出歩く訳にはいかない。如何にここが閉じられた世界だとしても、だ。
「それは……グレンダンで君が使っていたものかい?」
だが、カリアンは責める様子はなさそうだ。
「ええ……」
「ふむ、申し訳ないが、試合では別の錬金鋼を使ってもらえるかな?代わりといっては何だが、その錬金鋼についてはすぐ携帯許可を出そう」
このカリアンの言葉には逆にゴルネオの方が不安になった。
「いいのですか?」
「構わんよ。……試合や訓練に刃引きしていない錬金鋼が使われるのは困る
が……この都市は余りに脆弱に過ぎるからね」
カリアンのその言葉が意味する所は……。
「汚染獣の襲撃の可能性、ですか?」
「ない事を願っている。実際、私がここに来て、未だこの都市は一度も汚染獣の襲撃を受けた事はない。だが……それは将来もない、という事を意味している訳ではない」
だから、申し訳ないが切り札と計算させてもらうよ、と悪びれる事なく告げるカリアンに二人も苦笑せざるをえない。カリアンが想定しているのは、急な襲撃だ。カリアンもレイフォンの錬金鋼を見て、思い当たったが、この都市は汚染獣に対する警戒が余りになさ過ぎる。幾等長い間汚染獣との遭遇がなかったからといって、警戒をしないのはまた別なのではないか……?そう考えたのだ。
刃止めを施された錬金鋼は解除するまでは、相手を殺さないような処置が施された単なる鈍器に過ぎない。
だが、もし、気付かず至近距離まで把握が遅れた場合、全員の刃止め解除処置が間に合わなければ……?その時、目の前にいるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフならば……一人でも汚染獣を食い止めてくれるのではないだろうか?その為にはグレンダンでの愛用の錬金鋼の一つぐらい見逃そう、という思考がある。まあ、どのみち彼がゴルネオが言う通りの相手ならば、錬金鋼の一本や二本封印しようがしまいが、大して変わりあるまい、という諦めもある。
……それにゴルネオの様子から判断しても、何やらあの錬金鋼は重要なものの可能性がある。或いはあれは天剣と呼ばれるものなのかもしれない。確かに自分があの時遠目にではあるが見た物と色は似ているようにも見える。もし、そうだとしたら下手に手を出す事は彼らを敵に回す事にもなりかねない。それは最悪だ。
そうした思考を笑顔のポーカーフェイスの下に隠したまま、カリアンは最終的に先の決断を下したのだった。
「さて、話がずれてしまったね。とりあえず、君に入ってもらう事になる小隊の隊長を呼ぶから…」
さらさらとレイフォンの錬金鋼の所持許可証にサインしつつ、通信機のボタンを押そうとしたカリアンだったが。
その前に派手な音を立てて、会長室の扉が開かれた。
「会長!」
そこから飛び込んできたのは一人の少女だ。顔立ちは整っているが、化粧っけはない。金髪をショートカットに切り、服装は武芸科のそれだ。見るからに活発そうな印象を与える少女だった。
その彼女が入ってきて最初にした事は。
「彼を私に下さい!」
そうレイフォンを指差す事だった。
「「はあ?」」
思わず振り返って、何を言うんだこいつは、という表情を浮かべるレイフォンとゴルネオの向こうで、カリアンはだが驚く様子もなく、笑顔を浮かべてこう言った。
「ちょうど良かった。レイフォン君、彼女が君に所属してもらう小隊、第十七小隊の隊長ニーナ・アントーク君だ」
「「「はっ?」」」
今度はニーナも含めた声が上がった。
『後書き』
今回レイフォンの行動ですが、メイシェンには原作より精神的に余裕があるので、更に垂らしっぷりを展開してます
もっとも、レイフォンはこれでメイシェンを落とそうとか全然、全く、欠片も考えていませんけれど。全部素です
また、このレイフォンは武芸を捨てようとは全然考えてないので、最初から武芸科で入学しています
カリアンは原作では結構汚染獣に対する警戒が実際に襲われるまで薄かったような覚えがありますが、こっちではちょっと早めに意識してもらいました