ロイ・エントリオは決して弱くはなかった。
狼面衆の他は、突如参戦してきたディクセリオが相手どっている。どうやら、彼らとの間に深い因縁があるらしく、一旦始まったら両者ともこちらに意識を向けたりはしなかった。いや、狼面衆に比して、ディクセリオが強い為、狼面衆にはこちらに手を出す余裕がなくなったというべきか。
「どうしました?」
とはいえ、こちらの状況は余りよろしくない。
ニーナには『これ』という攻撃型の技がない。
防御に関してはレイフォンから学んだ金剛剄があるし、基本的な剄技は当然ニーナも扱える。しかし、攻撃より防御を主体としてきたニーナには一撃必殺、というべき技も、得意とする攻撃の型もない。万能というには本当の意味での万能を知ってしまった今言えない。彼女は基本、防御に徹し、相手の隙をついての一撃を打ち込む、というのが基本なのだ。
「確かに貴方の一撃一撃は重いですが……」
振るわれた一撃を手にした長剣型の錬金鋼で弾く。
真っ向から受け止めるのではなく、側面を叩く形で逸らすのだ。
「遅い」
いや、無論ニーナの一撃とて十分に早い。
だが、それが同レベルの相手との対戦となった時、どうしても武器の重量による差が出来てしまうのだ。
考えてみれば、当然だ。
如何に堕ちたとはいえ、ロイ・エントリオとてこの学園都市マイアスにおいて、一つの部隊の隊長を務めていた。そんな彼が凡百の武芸者である筈がない。……事実、故郷でも彼は汚染獣に恐怖を抱き、逃げ出すまでは同年代でも随一と褒め称えられていた。
そう、彼は人を相手にしている限りは、十分に手強い武芸者であった。
彼の戦い方は基本に忠実だ。
疾影で動きを惑わし、或いは鋭い一撃を。或いは閃断で遠距離から仕掛けてくる。
最初の数撃でニーナが防御が固いタイプと見抜き、消耗戦を仕掛けてきているのだ。確かに、防御にも剄を使う上、長期戦になれば武器の重量差が顕著に出る。長剣一本を使うロイと、二本の鉄鞭を使うニーナとではただでさえ、一本の鉄鞭の方が長剣より重いのだ。体力の消耗はより激しいものとなり、速度にますます差が出る。
ニーナはガトマン・グレアーの事を思い出していた。
ロイの戦い方は彼と同じ、じわじわと相手の力を削いでいくというものだ。これが試合ならまた違った形になる。
試合の場合、時間制限があるから、長期戦には持ち込みづらい。長期戦に持ち込むのは、自分が相手の足止め役となった時ぐらいだろう。それならば、自身の役割は相手に勝てないまでも、その場に相手をとどめればいいのだから、時間がかかろうが構わなくなる。
とはいえ、そのようなシチュエーションなどそう毎度毎度ある筈もなく、結果、ガトマン・グレアーは実力そのものは評価されつつも(彼の性格的なものも多々あったろうが)小隊員に選ばれる事はなかった。
だが、ここは違う。
今求められているのは、確実に勝利する事。時間がかかろうが、無様だろうが、恥知らずだろうが、ただ勝利だけが全てを決める。だからこそ、ロイはより確実に勝利を得る為の戦い方を選んでいるのだろう。
腹はたたない。
卑怯な、などと罵るのは挑発なりの目的があっての行動ならともかく、悔し紛れのそれは情けない。
以前にレイフォンが色々な戦い方をしてみせてくれた事がある。
本当は彼にも苦手な戦い方も混じっていたのだろうが、何しろ実力差がありすぎて、拙い部分を突くなどという事が出来る筈もなく、相手をしている立場からはいいようにしてやられたという印象だったが、それでも何を伝えたいのかは分かった。
一口に攻撃型、防御型と言っても本当に色々な戦い方があるのだと。
それぞれの行き着く先、攻撃と防御を二人の武芸者が分担し、それぞれがそれに特化した武芸者というのも存在するという。
『天剣授受者の内の二人で、カウンティアさんとリヴァースさんって言うんですけど』
一撃一撃が必殺。けれど余りの威力に自らのスーツがもたず、都市外での戦闘では十回しか攻撃を放てないカウンティア。
天剣でさえ盾の形状を持ち、ただひたすらに防御に特化し、攻撃を放たない。けれども誰もが認める金剛剄の使い手リヴァース。
正に対極的な、一つの頂点を極めた形だ。スレンダーな長身とぽっちゃりの小柄。女と男。体型から性別さえ反対とも言えるこの二人が熱い恋人同士だというのだから、世の中は面白い。
そうした彼らに対し、レイフォンはバランス型だ。
バランス型の中でも攻撃に偏っているのがレイフォンとするならば、防御に偏り気味なのがニーナだ。
そうした戦い方は型に嵌れば強いが、反面状況の打破は難しい。
攻撃型ならば怒涛のラッシュや搦め手の攻撃を仕掛けて、要は自分から仕掛ける事が出来る。その結果として、それを凌がれて負ける事はあるだろうが、ここで重要なのは自分からそうした攻撃を仕掛ける時というのは何らかの事情で決着を求める時だという事だ。
不利な状況からの逆転でもいい、時間に迫られてのいちかばちかでもいい。勝つにせよ負けるにせよ自分から動けるのが攻撃型の強みと言える。
反面、防御型は自分から仕掛けるには余り向いていない。
例え不利であろうとも、そこを凌ぎきるのが防御型の戦い方だ。亀を考えてもらえば、分かるだろう。手足首を引っ込めて甲羅の内に閉じこもっている時、例え甲羅が割れそうだからといってもだからと言って、甲羅から出て攻撃を仕掛けるなどありえない。ただ、ひたすらに耐えて甲羅の耐久性に賭けるしかないのだ。
安定はしているが、自分から動くには物足りない。それが防御型の弱みだ。
何が言いたいのかというと、こうした不利な膠着状態、このままいけば敗北が見える状況を変えるにはニーナには手札が足りない、という事だ。
「おや?ちょっと苦戦気味かい?」
そこへ降って来た言葉は……。
「…ディクセリオ……先輩?」
何と呼べば分からなかったので少々戸惑ってしまったが、とりあえず無難な呼び方を選ぶニーナ。
ちなみにロイはディクセリオが飛び込んできた時点で、警戒して距離を取っている。
「防御は得意みたいだが、受身ばかりじゃどうにもならないって時もあるからな。攻撃は最大の防御って言葉もある」
別段、彼の方は不利になったから離脱してきた、という訳ではなさそうだ。ただ、単に相手に攻撃していたら、偶々自分の所にやって来たという印象を受ける。そして、それは事実なのだろう。
「いいだろう、同じ鉄鞭なんてもんを使ってるのも何かの縁だ。俺のとびっきりの技を教えてやる」
次の瞬間。
ディクセリオの姿が消えた。
「!?」
ロイもまた驚きに目を見張っている。瞬間、向けた視線の先にディクセリオがいた。こことその位置の間にいたのであろう狼面衆が消えていく所だった。
その消える様に驚く間もなく、再びディクセリオが戻ってくる。
「どうだ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、ニーナを見やる。
「雷迅と名付けた。祖父さんの教えを基に俺が作った技だ」
殆ど見えなかった。
ニーナに見えたのは残像ぐらいのものだ。
「もう一度やってみせてやる。よく【見てろ】」
鉄鞭を構えたまま、ゆっくりと腰をおろす。今度は見えるようにゆっくりとやる気だ。ロイはというと、明らかに自身より上の相手が間近に来た事で混乱している。とはいえ、ディクセリオの矛先はそちらへは向いていない。
『そいつはお前の獲物だろう?』
そんな声がニーナにも聞こえてきそうだ。
レイフォンに教えられたように瞳に剄を注ぎ、何とかディックの剄の流れを見ようとする。
剄脈のある腰、そして鉄鞭を中心に剄が波紋を描いて大気に広がっていく。だが、それは拡散しているわけではなく、ある一定の距離まで離れると新たな流れを作って剄脈から鉄鞭へ、鉄鞭から剄脈へという無限循環を作り上げていた。
肉体の内と外で作り上げられた剄脈回路は、疾走する活剄を強化し、同時に衝剄を鉄鞭に凝縮させてゆく。
「己を信じるならば、迷いなくただ一歩を踏み、ただ一撃を加えるべし」
唐突にディックが呟いた。
「俺に武芸を教えた祖父さんの言葉だ」
その言葉と同時にディックの姿が再び消えた。
今度はギリギリまで感覚を研ぎ澄ませて、何が起こっているのかを見た。
無限循環を作っていた剄の流れが引き千切れるように形を変え、脚と鉄鞭に吸い込まれるようにして消えた。脚に吸い込まれた剄は旋剄に近いものがある、移動用だろう。鉄鞭へと吸い込まれた剄は確認出来なかった。
次の瞬間には、更に軌道上にいた狼面衆が纏めて消えた。
ニヤリとその視線の先でディックがワラウ。
やってみろ、と言わんばかりに。
いいだろう、ならばやってみせよう。
剄を練り上げていく。レイフォンの教えに従い、生真面目に剄息で日常生活を送ってきたお陰だろう、慌てて思い出したかのように剄息を行い、剄を練り上げていくロイより断然ニーナの方が早い。あの瞬間でさえ、ニーナは自然と剄息を使っていた。
ただ、それでも何分初めて使う剄技と、使い慣れた剄技の差だろう。ニーナよりも早くロイが剄技を完成させ、閃断を放ってくる。
それは防いだが、折角練った剄は拡散してしまった。
今度こそ、そう思い、再び剄を練る。
どこかしら焦ったように攻撃を仕掛けてくるロイだが、それを凌ぎ、次第に剄技を見よう見真似で練り上げていく。最初は防御の瞬間に霧散してしまったが、幾度も繰り返す内に次第に感覚が掴めて来る。ロイの動きに乱れがあるのも効を奏した。
実の所、ふと周囲を見回せばどんどんと数を減らす狼面衆の姿に、次は自分が彼と対峙するのかという焦りをロイが実際に生じさせていた為だった訳だが、集中するニーナにそれは視界に入らない。
そして遂に。
剄がまだ歪ながら、循環を始める。
状況は先程までと変わらないように思える。
攻撃を仕掛けるロイ、耐えるニーナ。だが、鉄壁のガードの向こうで一撃必殺の威力を秘めた一撃が練り上げられていく。違うのは、そのただ一点。だが、その違いが、ロイの焦りを益々大きなものとし、それは攻撃に雑さをより混ぜてゆく。
そして、連撃を放ったロイが瞬間、態勢を整える為に間を取ったその瞬間。
それは放たれた。
『活剄衝剄混合変化 雷迅』
放たれた一撃は慌てて防御しようとしたロイの防御を弾き、その体を吹き飛ばす。
身体に痺れを感じつつも、取り落とした武器へと手を伸ばそうとして、けれどロイは瞬時に追撃をかけ、迫ったニーナに気付く。
慌てて、立ち上がって逃げようとする、そこへトドメとばかりに鉄鞭が叩き付けられる。
「痴れ者が!」
今度こそ、ロイは鉄鞭の直撃を受け、そのまま意識を失った。
向こうでも決着がついたのだろう。錬金鋼を戻し、軽く拍手をしながらディックが近づいてくる。
「いや、見事なもんだ」
まだまだ荒いし、未熟な部分は多いが、それでも初めてにしては上出来だ。そう評価するディックに、ニーナも頷く。
その後、はた、と気付き、慌てて鳥篭に駆け寄る。
籠の中の小鳥型の電子精霊は弱っているのだろう、底でぐったりとしている。
「早く戻してやらねえとな」
覗き込んできたディックの言葉に頷き、共に駆ける。
ちなみに、籠はディックが持った。理由は単純で、彼が持った方が早かったからだ。矢張りこの辺は双方の疲労の差だろう。
基本的な構造はツェルニと似通っていたからだろう。問題なく、機関部へ、更にその奥の電子精霊の核へと至る。不思議な事にここに至るまで全く人の姿を見かけなかった。
「ほら」
そっと籠から取り出された電子精霊をディックが渡してくる。
そのまま巨大な水晶塊とも見える、その場へと電子精霊を両手で持ち、近づき、そっと伸ばされた手の上にある電子精霊の羽が水晶塊に触れた時、ニーナの視界が急速に歪んだ。
虹のようにも見える不可思議な光景に、けれどその中で唯一揺らがず立つディクセリオ・マスケインに視線を向ける。
「戻ろうとしてるんだよ。お前さんの役割が終わったからな」
貴方は何を知っているんだ、その言葉にそう叫んだつもりだったが、声は出なかいままに、その姿は消えた。
「じゃあな、オーロラフィールドの彼方で……また会わねえのがお前さんの為か」
そう呟いたディックもまた姿が揺らぐ。
どうやら時が来たようだ。幸い、マイアスとの縁は結ぶ事が出来た。不敵な笑みと共に、ディックもまた姿を消した。
【学園都市マイアス詳報】
『一時、学園の電子精霊が機関部より姿を消し、都市が脚を止めるという異常事態が発生。都市全域での捜索をかけるも電子精霊の発見に至らず。
幸い、停止より二時間後に電子精霊の復帰と、都市の移動を確認。
一時的な都市の不調と判断される。
ただ、この停止により汚染獣に感知され、襲撃を受ける。死傷者が出るものの、都市の防衛には成功。
今後このような事が起きないよう、徹底的な原因の解明が求められるものである』
尚、ロイ・エントリオという学生がマイアスに在籍したという記録は残っていない。
【後書きっぽい何か】
久方ぶりの投稿です
間が空きました……早い話、疲れとする事が多すぎて、手がつけられなかったというのが正しいんですが
お休みが欲しい
次回は、ニーナが再びツェルニに復帰です