荒野を二台のランドローラーが走っていた。
運転をしているのはゴルネオと医療担当の両名だ。残る二人、レイフォンとシャーニッドはサイドカーに乗っている。理由は無論、レイフォンは体力温存の為、シャーニッドは万が一戦闘になった場合、運転しながら撃つ訳にいかないのだから、最初からサイドカーに乗っている訳だ。
今回のメンバーは医療担当も含め全員が武芸者だ。
汚染獣、それも老生体のような相手との戦いは長引く。レイフォンとて一週間戦い続けた事もある。そして、今回の同行者は最悪その間ずっと待機を続けねばならない。で、あるのに一般人を連れて行っては単なる足手まといになるのがオチだ。
医療を勉強している武芸者自体は案外いた。
武芸をしている以上、鍛錬で怪我をする者もいるし、汚染獣と戦って怪我をする者もいる。そうした中で、自分があの時医療の技術を持っていれば、といった思いであったり、無論単純に誰かを助けたいと願ったり、まあ理由は色々だが武芸者且つ医者というのは案外両立している。ただし、今回はそこにランドローダーの運転が出来る事、という条件も加わり、しかも向かう先は汚染獣との戦闘とあってはなかなか立候補が出なかった、という事は意外となく、むしろ数名の立候補が出た。結局彼らも先日の汚染獣との戦いで色々と思う所があったらしい。
さて、今回は各自がそれぞれに武器を持っている。
ゴルネオは何時も使っている紅玉錬金鋼を。
レイフォンは天剣に加えて、万が一喪失した場合に備え、青石と鋼鉄の二つの錬金鋼を。もっとも、青石の方は入っているデータは鋼糸のみで、こちらは完全にサポート用と割り切っている。
医療担当者自身も自分の錬金鋼を持ってきている。
シャーニッドが持ってきたのは何時も使っている軽金錬金鋼に加えて、もう一つ。複合錬金鋼製のものがあった。
軽金錬金鋼+碧宝錬金鋼。この二つを組み合わせた二重複合錬金鋼として生み出されたそれは元々の銃器としてのサイズが通常シャーニッドが使うものに比べ大型だ。アンチ・マテリアル・ライフル、そう呼ばれる類の代物で、しかも複合錬金鋼の関係上重量は倍。内力系活剄で身体強化を行わなければ、まともな銃器として扱うのは難しいだろう。
本来ならば、紅玉錬金鋼も組み合わせて、爆裂効果も持たせる事も検討されたらしいが、これはシャーニッドから却下された。更に重量が増えるのは有難くないし、何より化錬剄をシャーニッドは使った事がない。今から覚えた所で役立つレベルのものになるとは思えない、という事で結局二重複合に留められたのだった。
さて、都市の外というのはただひたすらに荒野が広がっている。
何時からなのか、何故なのかは分からないが、汚染物質に汚染された大地からは嘗ての恵みが失われて久しく、専用の装備を着用せずして、人は生き残る事は出来ない。汚染物質は大地のみならず、人の皮膚を焼き、内臓を焼き、短時間で死に至らしめるからだ。
ただひたすらに荒涼たる大地と岩が転がる単調極まりない風景は、だが同時に楽を意味しない。
念威操者が前方を探り続けてくれるならば話はまた異なるだろうが、今回はフェリは念威端子を事前にランドローラーに積み、本人は戦闘直前まで休息を極力維持する方針になっている。
とにかく、最高最大の戦力であるレイフォンとそれを直接サポートするフェリの負担を戦闘開始までは最低限に留める、というのが基本になっている。これらによる体力の温存が生む効果は数%程度の誤差に留まるかもしれない。だが、命を賭けた実戦に措いてはその誤差が生死を分ける事があるのもまた事実だ。
「なんつーか、味気ない食事だよなあ」
シャーニッドがぶつくさ言うようにチューブ方式の食事は食べているというより栄養補給の為という感覚しかしない。とはいえ、こればかりは仕方ない。何しろ場所が場所なので、火を熾して物を温めるという事がし辛いのだ。
無論、簡易の休める場所はある。
折り畳み式のテントのようなもので、汚染物質を防ぐ事が出来る。これがあれば、都市外装備を脱いで横になる事も出来るのだが……テントの中で火なんぞ使える筈がない。
今回の一件を教訓に火を使わずとも温かい物が食べれるように出来ないか技術科、養殖科、農業科を巻き込んだプロジェクトが進みつつあるらしい。まあ、完成したらしたで『野外でも温かく食べられる』商品として売る予定らしいが。
が、今回は間に合わず旧来の味気ない食事だ。
「まあ、こんなものですよ」
レイフォンからすれば慣れがある。どうせ汚染獣との戦闘に入ったら食事を取るにした所でゆっくりと食事を温めている余裕などない。加えて、下手に熱い料理を作ってしまうと短時間で一気に食べてしまうという事も難しい。
そんな事を説明すると、「成る程ねえ」とシャーニッドから頷かれた。
現在彼らは目的地の手前、あと数時間という位置で最後の休息を取っている。後方からツェルニが順調に(?)接近中なので余りのんびりはしていられないが、疲労を抱えた状態で突入というのはもっと有難くない。
まず、運転手であるゴルネオらが休息を取り、ついでレイフォンとシャーニッドが休息を取っている。この後は一直線に汚染獣へと向かい、レイフォンを降ろした後、三人は退避する事になっている。
「しっかし、何でツェルニは汚染獣に気付いてねえんだろうなあ」
これまでツェルニは学園都市だけに汚染獣と出くわさないよう細心の注意を払ってきたのだろう。ところが、先だっての汚染獣の幼生体に引き続き、今回のこれだ。つい、愚痴も出ようというものだ。
「汚染獣は脱皮に入る前仮死状態になりますからね。多分死んでいると判断してるんですよ」
「……前回は地下で感知できず、今回は仮死状態で感知できねえのか、運が悪いよな」
運が悪い。
結局の所、この世界における汚染獣との遭遇はそういう事だ。
だが、人はそう運が悪かったからとて諦める生物ではない。だからこそ、彼らは足掻く。
仮眠の後、移動を再開。遂に彼らは目的地へと辿り着いた。
目標まで2km程となり、ここからはレイフォンは歩きとなる。既にその巨体は汚染物質故に視界が悪い中でさえ、うっすらと姿を浮かび上がらせている。
「……さすがに迫力あるな」
シャーニッドの口も重い。ゴルネオもいま一人も、ここからでさえ感じる圧倒的な迫力に息を呑んでいる。
実際彼らが相対した経験のある汚染獣は幼生体だけな訳だが、今回のそれは幼生体とは比べ物にならない。
特に今回は都市の外だ。以前の時と異なり、人は今着ているスーツが僅かに破れただけで緩慢な死へと至る。その事実が嫌が応にも緊張感という名の強張りを高める。
その中で一人常の通りの平然とした態度を崩さないレイフォンだが、レイフォンとてこの状況を好んでいる訳ではない。ただ、慣れているだけだ。
「――時間だ」
ゴルネオがそれでも几帳面さを示し、時間を告げた。その言葉と共にランドローラーへと積まれていた念威端子が一斉に目覚める。これまでフェリはツェルニで休息を取っていた。通常ならば、念威端子をここまで飛ばすのだが、それではフェリがずっと動きっぱなしになってしまう。それでは疲労が溜まる為に日程と時間を決め、それに合わせて念威端子を起動させる事にしていた。実の所、先の休息にはそうした時間の調整としての意味合いもある。
『どうやら時間内に到着出来たようだね』
繋がった事によって響いてきた声はカリアンのものだ。
「ああ、目標地点に無事到着した」
ゴルネオが今回の作戦の隊長役としての立場から答える。
『さて、ツェルニだが、相変わらず気付かずそちらに向かって進行中だ』
その言葉に一同は厳しい表情になる。
万が一の可能性だが、ここに至るまでにツェルニが汚染獣に気付いて方向転換を図る可能性もあった。その場合は敢えて汚染獣と戦う必要もない、という事で迅速に撤退する予定だったのだが、残念ながらその可能性は絶たれたようだった。
「ならば、予定通り実行、という事だな」
そう答え、ゴルネオがレイフォンを見る。
『そうなるね……申し訳ないが、レイフォン・アルセイフ君。頼む』
一つレイフォンは頷くと腰から二つの錬金鋼を取り出す。
天剣と青石錬金鋼だ。
「レストレーション01」
その言葉と共に天剣は刀へとその姿を変え、青石錬金鋼は無数の糸へと分裂する。天剣も鋼糸とする事は可能だが、当然ながら予想通り敵が老生体であれば、レイフォンの力では鋼糸は相手に通用しない。となれば、天剣は極力攻撃に回せるようにすべきとして、移動手段として青石錬金鋼が用意されたという訳だった。あくまで移動手段と割り切るならば、剄の注ぎ込みすぎで錬金鋼が破損する危険性が低い、という事もある。無論、動きを拘束する場合は、天剣の鋼糸モードを使用する事になる予定だ。
「いきます」
鋼糸を伸ばし、一気に空を舞うようにしてレイフォンは移動してゆく。それに念異端子の花びらもまた追随する。その姿を見送って、ゴルネオは残る二人を見やる。
「我々も行くぞ」
レイフォンが鋼糸を用いた移動を行えば、キルメル単位の移動も然程時間をかけずに可能だ。だが、敢えてレイフォンはゆっくりと移動した。何かを確認するかのように。
それでも十分程の後、レイフォンは汚染獣の近距離へと辿り着いていた。
『これが汚染獣か……この状態で倒す事は出来ないんだったね』
カリアンがどこか残念そうに言う。確かにそれが可能ならカリアンとしても気が楽だっただろう。
「ええ、残念ながら」
だが、汚染獣は休眠時は他の汚染獣の餌食とされない為なのか、活動時のそれと比べても甲殻が極めて硬い。結果、武芸者が攻撃しても無駄に終わる。あくまで勝負は脱皮が行われてからだ……そして予想通りならば、その時は近い。
汚染獣が何時目覚めるか、それは何度も検討された。
そして、一番可能性が高いのが、ツェルニが汚染獣の捕捉範囲に脚を踏み入れた時以降と判断された。とはいえ、その正確な感知範囲は分からない。何しろ、この時点では汚染獣が本当に老生体なのか、或いは雄性体なのかもわかっていなかったのだから当然だが。
その為、迅速に移動してここまで来たのだった。
もし、このまま動きがないならば、フェリは他の念威操者に一時念威端子の制御を預け、自身は休息再開、レイフォン自身も待機になる予定だった。
だが、レイフォンはこの時点で一つの恐るべき事実に気付いていた。
至近距離、そう呼べる程の場所からレイフォンはその姿を見上げていた。
まだ距離がある。それでもそれはそうする事が必要な程の巨体だった。
明らかに雄性体というレベルを超えている。それに……。
巨体を見上げながら、レイフォンは念威端子を通じて聞いているであろう面々に向けて語りかけた。
「……老生体が二期以降、それぞれに異なる形態へと変わる、という事は話した事があると思いますが……」
『うん?』
突然語り出したレイフォンに疑念の声が念威端子から洩れる。この声はカリアンだろうか。
「例えば、以前に僕が戦った老生六期のべヒモトは言うなれば超小型の汚染獣の集合体でした。斬っても砕いても終わらない。当然ですよね、相手は斬ったつもりが本当は殆ど斬れてないも同然なんですから」
『一体何を……』
今度はヴァンゼか。
「加えて、奴は最大の塊から離れると爆発する。中の武芸者は持ち堪えれても、スーツが破れてしまうから戦闘は都市外縁部で行いました」
『おいおい、レイフォン突然なんなんだ?』
この声はシャーニッドか。
けれども、レイフォンはその声を無視するかのように語った。自身が今まで戦った老生体だけではない、他の天剣が戦った老生体。物理的な攻撃以外で襲ってきた例、それこそ全てを伝えようとするかのように。
「フェリも気をつけて下さい。フェリは確かに念威操者として才能がある。けれど、経験が足りない。情報過多となった時思考力が低下して、ただ相手から求められる情報を与えるだけの、自分で考えて重要な事項を伝えるだけの余裕をなくしてしまうんです」
『……フォンフォン?』
フェリの疑念の中に不安を込めた声が響く。
「遺言になるかもしれない言葉です」
『待て、レイフォン・アルセイフ。何を言っている?』
天剣授受者のその言葉はゴルネオにも疑念を抱かせたらしい。だが、その言葉に答える事なく、レイフォンは眼前の巨体を眺める。
のっぺりした、羽のない巨体。
その外見は巨大な殻とでも言うべきものに覆われており、それは分厚く硬そうだった。外見的に一番近いのはダンゴ虫が近いかもしれない。長さから言えば、ムカデといった所だろうか。その一方で脚と見えるものは存在しない。その姿は他の面々にも見えている筈だ。
『ッ!?羽が、ないだとッ!』
どうやら、ゴルネオが気付いたらしい。
そう、眼前の汚染獣には羽がない。
汚染獣はすべからく羽を持つ。
幼生体は短時間のみの飛行の為だが、それでも昆虫のそれに似た殻の下に羽を持つ。それは一期、二期、三期といった雄性体であっても変わらない。
それから外れた形状を持つ汚染獣はただ一つ。
「ニ期以降の老生体……」
休眠状態に入る前の段階で既に羽が見られないとなると、更にその先、おそらくは三期以降。
ピシリ、と。
レイフォンの、その言葉を合図としたかのように何かが罅割れる音が響いた。
『後書き』
※ラストが不評なので一部改訂しました
シャーニッドの狙撃銃はアンチ・マテリアル・ライフルの錬金鋼版です
湾岸戦争やイラク戦争で米軍が使用したバレットM82というアンチ・マテリアル・ライフルは重量12.9kg。錬金鋼の重量がどれだけか分かりませんが、レイフォンが原作で用いた大剣からしてそう鉄の塊と大差ないとすると最低でも複合錬金鋼製の対物狙撃銃の重量はこの倍、26kg近く
こんなの持って走り回るのは難しいですよね……
そして、遂に汚染獣出現。次回戦闘です