学園都市ツェルニ。
その最上部、生徒会が置かれている建物の更に奥まった場所、生徒会長室に二人の姿があった。
一人はカリアン・ロス。
三年の長きに渡り生徒会長を務める傑物であり、名実共に学園都市ツェルニの統治者とでも言うべき存在だ。
今一人はヴァンゼ・ハルデイ。
ツェルニの武芸長であり、現在十七ある小隊の内、第一小隊の隊長を務めてもいる。
「レイフォン・アルセイフは第十七小隊に配属……しかし、良かったのか?」
強い、そう聞いている。
しかし、カリアンの下した判断は新設された第十七小隊への配属。確かに、あそこは人数が不足気味で、レイフォンが入ってようやっと最低限の人数を満たす事になる。ちなみに、彼らは当初からレイフォンの小隊入りをレイフォンがツェルニ到着以前である今から決めている。まあ、仕方ないだろう、今ツェルニに残されたセルニウム鉱山は残り一つ。今は少しでも戦力が必要なのだ。
「ああ、仕方ないんだよ、彼は『強い』んじゃない、『強すぎる』んだ」
「……まるで知っているかのような言い方だな?」
知っている。
自分は流易都市サントブルグからこのツェルニに到達するまでにグレンダンに寄る機会があった。そこで見たあの光景は今でも忘れられない。だが、口を突いて出てきた言葉は別の言葉だった。
「……このツェルニにも彼と同じグレンダンの出身者がいる。ゴルネオ君だ」
「第五小隊の隊長である彼か」
ゴルネオ・ルッケンス。化錬剄を操る第五小隊長であり、副隊長を務めるシャンテとのコンビネーションは極めて高い攻撃力を誇る。
「その彼曰く、『自分とシャンテの二人がかりならば足止めぐらいは出来るでし
ょう』との事だよ」
驚きの声を漏らすヴァンゼに何時もと変わらぬ笑みを浮かべた表情の裏でカリアンはゴルネオとの会話を思い出していた。…実際はそんな甘い言葉などゴルネオは言ったりはしなかった。
「天剣授受者レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ君がこのツェルニに来る事になった」
ゴルネオを生徒会長室に呼んで最初に告げたのがその言葉だった。
「……会長は知っているのですか?」
天剣授受者、その言葉を知る者はこの世界では殆どいないだろう。個々の都市が独立し、連絡さえままならぬこの世界では各都市固有の存在は如何にそれが驚愕する程の力を秘めていようとも、他都市に知られる事は滅多にない。グレンダンの名が知られているのも、都市の外に出ているサリンバン教導傭兵団の存在のお陰だ。
「このツェルニに来る際に私はグレンダンに寄る機会があってね。そこで天剣を決める試合を見る事が出来たんだよ」
自分の都市の武芸者ならば見た事があった。
ロス家は流易都市サントブルグにおいて情報を扱う裕福な家だ。サントブルグの近隣には2つの都市があり、都市戦を戦う為に仲が悪く必然的にサントブルグは他都市との交易に活路を求め、その中でロス家は情報を扱う事でサントブルグでも有数の裕福な家となっている。
サントブルグの武芸者のレベルは決して低いものではない、と確信している。これはある意味当然の話で、仲の悪いライバル都市がすぐ傍に2つもある状況下では武芸者の質が下がる事はそのまま都市の衰亡に繋がりかねないからだ。
だが、それでも。
それでも、グレンダンに比べれば遥かに劣る、と思う。グレンダンは都市が相手なのではない。同じ人間相手ならば如何に仲が悪いといえどそこには一定の規律がある。無闇やたらな破壊は行われないし、敵の武芸者は皆殺しなどという真似も行われない。あくまで都市戦は如何に激しくとも一種の試合なのだ。が、グレンダンが相手どるのは汚染獣、そこに規律はない。ただ、相手を全滅させるか自らが全滅するか……ただそれだけだ。
そしてその汚染獣の襲撃を他都市からすれば信じられない程に頻繁に……日常的に受けつつ、その全てを砕き続ける都市、それが槍殻都市グレンダンだ。そんな中では質の劣る武芸者などという者が前線で生き残る余地はない。必然的に実戦で磨き上げられた武芸者達は他都市であればトップクラスの力を当たり前のように持ち、その中で更に最強を誇る者、それが天剣授受者だ。その試合を始めて見た時には震えが走った。
「あの実力ならば、小隊に一年より入れても問題はない。そう思わないかい?」
ゴルネオ・ルッケンスにとってレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという人物には多少はわだかまりがある。
とはいえ、別段怨む気も憎む気も、嫌う気もない。
ガハルドには世話になった。しかし、天剣を脅して奪おうとしたのには首を傾げてしまう。とはいえ、彼は別段再起不能になった訳ではない、怪我はしたようだが、天剣と戦って無傷という方がおかしい。特に問題のあるような怪我もなく、武芸者としての復帰もそうかからないだろう、という事が記してあった。
ガハルドはおそらく魔が差したのだろう。
彼が兄に憧れていたのは知っている。その隣に並び、共に肩を並べて戦いたいと願っていた事も。それ故に思わずやってしまった事なのだろう、と思う。そういう思いを抱かせてしまったレイフォンの行動にわだかまりがない訳ではないが、その金は如何なる為に行われていたのか、そしてグレンダンの孤児達がどのような暮らしをしていたのか……自分は知らなかった。ルッケンスという武門の名門故に食料危機に措いても飢える事もなく、寒さに震える事もなく生きてきた。
だが、想像は出来る。もし、友が、幼馴染が、仲間がそんな目に遭っていたら……果たして自分は何かをせずにいられるだろうか?
だから、レイフォンを嫌悪する気持ちはない。
ましてや女王(実際はカナリスが書いて、アルシェイラがサインだけした)からの書状にある通り、彼は天剣を持ってこの都市を訪れるという。すなわちそれはグレンダンからの正式な命として行動している事を証明している。生真面目なゴルネオにとって、その書状にもあった通り、必要ならば天剣のサポートを行え、という事に否やはなかった。
とはいえ、天剣授受者を小隊に入れても問題はない?そんな言葉は軽すぎる、会長は所詮抑えられた力を見たに過ぎない。自分は素の天剣の力を知っている。兄、という家族の一員という形でその天賦の才を見てきた。試合では手加減しないといけない、という愚痴を聞いてきた。下手に小隊に入れれば、それだけで戦力のバランスなぞ崩壊してしまう。
だからゴルネオは会長の間違いを正すべく発言した。
「天剣は違う」
しかとその視線を会長へと向けて断言する。
「自分とシャンテ、二人がかりでかかった所で相手が本気ならば暇潰しの相手にさえならないでしょう」
「……それ程かい?」
ゴルネオとシャンテ、第五小隊の最前線を担うアタッカーの実力は高く評価されている。化錬剄によって繰り出されるその技は変幻自在できちんとした流派を修めたゴルネオと自由奔放なシャンテ二人のコンビネーションの前ではヴァンゼでさえ太刀打ち出来ないだろう。しかし、ゴルネオに言わせれば……。
「いや、天剣が本気になれば、この都市全ての武芸者が束になってかかった所で彼一人に敵うものではない、それが天剣授受者だ」
それは冗談ではない。
グレンダンはその汚染獣を求めて動くかのようなその行動故に危険地帯を闊歩し、それ故に都市同士で戦う事は滅多にない。だが、以前に戦った折、その時天剣授受者達はジャンケンをしたという。彼らは一人が出れば十分だと判断し、そして実際その時出たリンテンスは五分とかからず一つの都市とその武芸者全てを一人で陥落させた。
多対一を得意とし、現在の天剣最強と謳われるリンテンスより他の天剣は時間はかかるかもしれない。だが、所詮多少の時間の差でしかない。同じ事をどの天剣も為す事が出来る。それが天剣授受者なのだ。ましてや、このツェルニは学園都市。その武芸者の質は低い。自分の実力なぞ、グレンダンではまだまだ卵の殻を尻にくっつけた子供だ。だが、その自分でさえこのツェルニに措いては最強の一角と看做されている。
ゴルネオの飾る所の一切ない本気を感じ取ったのだろう。「それ程か……」と会長も真剣な表情で考え込んでいる。
「……分かった、それも含めて考えてみよう。……とはいえ、彼には小隊には入ってもらうのは決定事項だと思ってくれ。我々に彼程の戦力を遊ばせておく余裕はない」
それは分かっている。ゴルネオは頷くと、会長室を退室した。
……そんな事を思い出しつつ、カリアンはヴァンゼに告げる。
「したがって、彼を入れるという事は大幅な戦力アップに繋がる反面、彼に頼りきってしまう危険もある。何より彼を手に入れた瞬間に現段階ではそれなりのバランスを保っている小隊間の戦力が一気に偏りかねない」
互いの切磋琢磨。それが小隊戦の意味であり、小隊を組む理由だ。小隊長と副隊長を合わせた程の、それも小隊長の中でも強い部類に入る相手の、戦力をいずれかの小隊に入れては、それだけで小隊戦の意味合いを崩壊させかねない。……第十七小隊を除いて。
この小隊は三年のニーナ・アントークが是非、と願い設立した小隊だ。本来ならば、小隊員である彼女をそれまでの十四小隊から離脱させて、新たな小隊を作らせる意義などなかった……実際ヴァンゼ含め武芸者からは反対の声が上がった。
それを抑えて小隊を設立させたのはカリアンだ。だが今現在十七小隊は正式に設立してはいない。第十小隊より突如離脱した四年生のシャーニッド・エリプトン、強制的に転科させた妹、類稀な念威操者であるフェリ・ロス。合わせて3名。小隊の設立は最低4名からだから未だ人数は不足している。そして、設立したばかりの小隊にほいほい入ってくれる実力者などいない。ニーナは駆け回って頼んでいるものの、未だ納得いく戦力は入隊していない、という状況だった。そこへ高い戦闘力を持つ武芸者が入学してくるのだ、しかもまだ他の小隊が手付かずの。是非に、と願ってくるであろう事は目に見えている。そして、一年生の有望な生徒を小隊に入れたとしても、第十七小隊ならば他の小隊より驚きは少ないと見ているのもある。
「……お前、ひょっとして、いや間違いなく元からその為に第十七小隊の設立にGOサインを出したな?」
眉を潜めてヴァンゼがカリアンに言う。それには常と変わらぬ笑みを浮かべて「さてね」と答えるにとどまる。
ああ、その通りだ。
自分はこのツェルニを守りたい。その為ならば如何なる手であろうとも取ろう。守りたいと願っていた妹に怨まれるのは悲しい話だが、それもやむをえない。……確かにこのツェルニは大多数の学生にとって、一時的に属する場所であり、この学園都市がセルニウム鉱山全てを失い滅びるとしても、自らの都市に帰ればいい、と考えている者もいるかもしれない。
だが、一時的な場所であっても守りたいと願う者は間違いなくいるのだ。
カリアンもそうであり……彼がニーナに最終的に味方して設立許可を与えたのも、彼女の目に同じ気持ちを認めたからだ。
そもそも妹が念威操者になると定められていた自身の将来に疑念を感じ、それ以外の自身を探す為にこの都市に来たと知りながら、それを無視してでも小隊へと入れたのは、レイフォンがこの都市に来ると知ったからだ。具体的にこのツェルニを救う手立てに目処がついた、だから彼は動いた。そして、今十七小隊を底上げしておけば……自身が卒業した次の都市戦では中核となってくれるだろう。
そうして。
放浪バスがツェルニへと到達した。
降り立ったその瞬間から、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフとリーリン・マーフェスのツェルニでの生活は始まったと言える。しばらく施設に滞在した後、寮を決める。
一年の間にレイフォンは『あんたの学費は自分の出撃費を貯める事!今後一年は孤児院に使うの禁止!』と学園都市留学が決まった時点で女王から言い渡されていたお陰で多少は余裕がある。……十人を超す人間の生活費としてならともかく、二人が、それも贅沢とは縁のない二人が六年過ごすには十分な額だから。まあ、それでいて尚何かしらバイトをするつもりな二人なのだが。
さすがに兄弟姉妹でもない男女二人が同じ部屋という訳にはいかず、レイフォンは男子寮へ。リーリンは吟味した上で不便ではあるが、家賃が格安で住宅物件の内容そのものは上物、という所を選んだ。
そして互いのこれから住む場所も決まったのを見計らうかのように、入学式の日を迎える事になった。
『後書き』
ツェルニ到着
そして、リーリンはニーナの学生寮へ
この世界では、レイフォンも原作程というか、レイフォンは原作でも奨学金のお陰できついバイトをする必要もない訳ですが…たくわえもあります。けど、この二人、どうやってもやっぱり節約してしまいそうで……
この世界のゴルネオはレイフォンを怨んでません
上で書いていますが、矢張り、ガハルドが再起不能の重傷とかになってないのが大きいです
感想でフェリちゃんを嫁にしたら、というのがありましたが……実の所厳しいですよね
原作ではレイフォン、グレンダンを追放されたから恋人になった相手の余所の都市についていっても問題はありませんでしたが、この世界では追放になってないので、黙って余所の都市に行く訳にはいきませんし、フェリちゃんもニーナもそれぞれの都市ではお嬢様ですからレイフォンについてく訳にも……この辺り追放と表裏一体なんですよね
あと、感想でのに返信がてら……私はニーナは実家から縁を切られたんではなく、早く戻って来いって意味合いでお金出してもらえないんだと思ってます。お金なければ、早々に戻ってくるだろう、と。今はもう意地の張り合いな気がしますが
※追伸、誤字修正しました、ありがとうございます