今回の都市警察への協力要請はナルキから割かし素直に全容が語られていた。
これが何も知らない一年生、という事だけならばフォーメッドとしても便利に使い倒す、というような事を考えたかもしれないが、生憎相手は現在ツェルニ最強の呼び名も高い怪物新入生。ならば、下手に小細工をするよりも、正面突破と判断し、事情を全て説明した上で協力を求めた次第だった。
とはいえ、ナルキには知らない事や説明し忘れた事も案外あったので、細かな説明は現場でフォーメッドが補足した次第だが。
結局、予想通りというべきか、交渉は破綻した。
宿泊施設の扉を突き破って怪我をした交渉役の二人も転がり出てきた。それについてくるかのように、五人が悠然と姿を現す。
その五人のいずれもが剄の輝きを身に纏っている。ぱっと見た所、それなりの手練。
宿泊施設を囲む機動隊員からもまた五人が前に出る。
泥棒となった企業社員の五人はそれぞれに錬金鋼を取り出す。それらは剣であったり、槍であったり、曲刃であったりといずれも近接型の武器。これに対して、機動隊員の武器はいずれも非殺傷設定の打棒。本来ならば、刃を持つ武器で人を傷つけた事のある側と、人死にのない戦いを経験してきた学生とではそれ故に決定的な差が出る筈だった。
だが、ここで先日の経験が活きた。
つい先日、ツェルニは汚染獣の襲撃を受けた。無論、汚染獣と人とは違う。だが、間違いなくそこには命を賭けた生存の為の戦いがあった。刃を向けられ、一瞬身体を固くしたものの、それでも立ち向かったのだ。それには少々泥棒側も戸惑ったのだろう。
だが、結局の所荒事も経験してきた武芸者とまだまだ未熟な学生とでは頑張りだけでは埋めれない差がある。
「ぎゃっ!」
一人が切り裂かれて倒れる、それとほぼ同時に他の四人も地面に倒れこんでいた。が、彼らは立派に時間を稼ぐ事に成功した。
五人が手間を取らせやがってと思いつつも今は時間が大事と走り出す前に立ちはだかる影が一つ。
たかが一人と先行する形で、データチップを収めたケースを持つ者の露払いとばかりに飛び出した一人は――次の瞬間には突っ込んでいった以上の速度で彼らの横を逆方向に飛んでいった。無論、自分の意志ではない。それどころか一瞬で意識を刈り取られ、錬金鋼を砕かれ吹き飛ばされていた。
一瞬呆然としたその間だけで事足りた。
影――レイフォンが瞬時に間合いへと突っ込んでくる。その姿に我に返った彼らはそれでも歴戦の武芸者ならではの反応で振るわれた鋼鉄錬金鋼の一撃をかわせた、かに見えた。
「あっ――!?」
無論実際はそこまでレイフォンは甘くはない。その一瞬でデータを収めたトランクケースは取っ手から断ち切られ、レイフォンの足元に転がっていた。そのケースを足で後方に蹴り飛ばし、静かに彼らに告げる。
「泥棒は感心しない」
気圧され……彼らは内心で叫ぶ、『何故たかが学園都市にこんな奴がいるんだ!?』と……。だが、今更後には引けない。ならば、ケースを回収し、放浪バスへと逃げ込むしか、そう考えケースを確認しようとした彼らはそれが消えている事に気付き、ぎょっとした顔になった。その視線に気付いたレイフォンがこれ見よがしに彼らから視線を外し、上へと視線を向けるとつられて彼らもまたその視線を上へと向ける。その先には捕り縄でケースを回収する一人の少女の姿……ナルキの捕縛術だ。
「くそがああああああああああっ!!」
破れかぶれとばかりに突っ込んでくる四人だったが、一人はレイフォンへと到達する前に無造作に振るわれた刀から放たれた針剄によって吹き飛ばされた。更に。
『サイハーデン流刀争術、円礫』
突っ込んだ彼らの眼前で衝剄が巻き起こり、彼らを吹き飛ばす。
更にそこへ何時の間にやら練られた粘性の剄が巻き付き、三人の動きを封じる。
『天剣授受者カルヴァーンの剄技、刃鎧』
本来の使い手たるカルヴァーンのそれには及ばずとも、元々が汚染獣の頂点、老生体を相手どれる剄技だ。更に質より量とばかりに、不足する技量の差は相手との剄の量で補う。逃れようともがくも、締め上げられた彼らは次々と苦鳴の呻き声と共に意識を失った。
余りに圧倒的すぎるその光景に呆然としていた他一同だったが。
「よくやってくれたっ!」というフォーメッドの声と共に我に返り、動き出した。
次々と服を切り裂き、それこそ文字通りの意味で丸裸にしていく。服にデータチップを縫い付けている可能性もあると考慮してのものだから遠慮はない。夜空の元裸にされた彼らからさすがに年若い女性であるナルキが顔を赤くして目を逸らす。
後は囚人服を着せ、罪科印を着けたら、所持品の内水と食料だけ返却して放浪バスに押し込んで一丁上がり、だ。
その光景を横目にナルキからフォーメッドがトランクケースを受け取り、中を確認する。中身は保護ケースに収められたデータチップがぎっしりなのを見て、「これだけのデータ、どれだけの値がつくかな?」と嬉しそうに言うフォーメッドにレイフォンも一瞬呆れたような顔になる。
とはいえ、その顔を見て、フォーメッドが言った通り、通信が各都市間で繋がるなら彼らが通ってきた都市に連絡を取って、盗難事件がなかったか、といった問い合わせも出来るだろうが、生憎このレギオス世界は放浪バスが唯一の交通手段で汚染物質により都市間の通信は断絶している。つまりは、どのデータが正式な売買の元手に入れたデータで、どのデータが今回同様盗まれたものなのか分かる筈がない。 となれば、もしこれらのデータチップに盗まれた品が混じっていたとしても、元の持ち主に返却する等不可能で、結局の所方法は二つ、彼ら盗人のものとして持たせて追放か、ツェルニが自分のものとするしかない。そして前者がありえない以上、必然的に後者が選択され、それはツェルニのものとして売買される事になる。
まあ、分かっていても、ここまであけすけに堂々と語られると苦笑するしかないのだが。陰性というものがないのだろう、だからフォーメッドがこんな事を言っていても周囲は苦笑するぐらいで済む。
レイフォンもグレンダンにいた頃、都市警察からの依頼で動く事はあった。というより、天剣授受者も頼まれて暇なら特に何か言うでもなく普通に出動していた。殆どの面々は暇つぶしぐらいの気持ちだったろうし、まあ、ルイメイなんかは無理だったが。
だが、グレンダンで動く時は周囲に天剣授受者というグレンダンの頂点に立つ武芸者への感情があった。少なくとも、こんな風に親しげに話しかけてくる奴なんていなかった。それはある意味当然だが、その差異がレイフォンには新鮮だった。
そんなどこか穏やかな空気は、しかし、突然壊れる。
ふとレイフォンの視線が流れた。
空中によく見慣れたものを見た気がしたのだ。見間違いではなく、そこには見慣れた花びらが一枚……とはいえ普通の花びらではない。念威端子のそれだ。思わずレイフォンは向こうも気付いたのだろう、寄って来た花びらへ呼びかける。
「フェリ?」
隣でその言葉を聞いたナルキが妙な表情になるのに気付く事もなく花びらからフェリが告げる。
『隊長が倒れました』
時間は少し巻き戻る。
ニーナの様子が変だと気付いたのはレイフォンだけではなかった。いや、レイフォンのように錬金鋼の触れ合う音という事には気付かなかったが、純粋にニーナの態度で第十七小隊は全員が気付いていた……気付かなかった方が不思議だが。
そして、密かに殺剄で尾行したシャーニッドの前でニーナが鉄鞭を振るっている。正確にはニーナが鍛錬を行うのを隠れて見ている。
「……無茶しすぎだぜ」
忌々しげに呟く。
シャーニッドはこう見えて、気配りが出来る男だ、というかそうでなければ女性にもてない。第十七小隊を考えてみれば、フェリは奇妙には思っても他人の事情に口出しはしないだろう。レイフォンは……まあ、気にしてはいたが、あのへたれっぷりだ。女性の後を尾行するという行動は余り期待出来ない。……誰かに引っ張られてならありえるのだが……例えば、あの三人娘の一人とか。あと、ハーレイは幼馴染だけに気にかかってはいると思うが、一般人である彼では武芸者についていけない。ちょっと走り出すだけで撒かれてしまう。
かくして……。
「俺もお節介だねえ……」
とはいえ、本来ならば尾行なぞする気はなかった。
だが、機関掃除のバイトから出てきたニーナを偶然ながら遠目に見つけてしまった。こんな遅い時間にシャーニッドが外を歩いていたのは別段女の子と遊んでいた訳ではなく、ただ単に未だツェルニが向かっている汚染獣対策の為の都市外装備を準備していた為だ。レイフォンはグレンダンで使っていたものがあったので、そちらの整備だけで済むが、シャーニッドやゴルネオはそうはいかない。が、これまでツェルニは都市の外での戦闘という事を考慮してこなかったので、戦闘に耐える装備を急ぎ調整している。その合わせの為に遅くなったのだった。狙撃手という役割上、内力系活剄の内でも視覚の強化はお手のものだ、遠目ながらニーナの横顔に色濃い疲労の翳りが宿っていた……となれば放っておく訳にもいかない。
かくしてシャーニッドは自身でも似合わないと思いつつも、尾行した訳だが……明らかにニーナの様子はおかしかった。確かにシャーニッドの殺剄はそのポジション故に優れたものを持っているが、だからといって余りにニーナが無防備に過ぎた。
まったく……
シャーニッドは今無心に鉄鞭を振るうニーナの姿を都市外縁部の一角で見ている。
活剄に問題がある訳ではない。強くなりたいと願う気持ちに問題がある訳ではない。一人で悩み、鍛錬する事に問題がある訳ではない。
だが、同時に休む事も重要だ。あの様子ではおそらく暇さえあればこうして鍛錬を繰り返しているのだろう。授業、小隊訓練、機関掃除のアルバイトも休む訳にはいかない。あの様子だと下手をすればまともに寝ていないかもしれない。
「身体壊すぜ、あのままじゃあ……」
しかし、どう言って止めるか。
分かるのだ、シャーニッドにも。ニーナの焦りが。何故、こうまで鬼気迫る鍛錬を繰り返すのか……。
レイフォン・アルセイフ。
たった一人の武芸者。第十七小隊に入ったばかりの新入生。自分達だって彼が入った当初彼にそこまで多大な期待は抱いていなかった筈だ。だが、気付いてみれば、先だっての汚染獣との戦いでは都市そのものが彼に頼り、今では幾人もが彼に師事している。
強すぎるのだ、彼は。
なまじ自らより年下な故に追い求めてしまう。もっと強く、もっと先へ。もっと、もっと……。自分はもっと強くなれるはずだ。だが、今のニーナはシャーニッドには昔語のイカロスにしか見えない。天空高くに浮かぶ太陽を目指したイカロスは、けれど果たせず、天より落ちて死んだ。同じ事だ。
「まあ、今の情勢も原因じゃあるんだろうが……」
さて、どうやってニーナを鎮めるべきか……そう考えていたシャーニッドは先程まで流れていた剄が止まっている事に気付いた。
「ん?」
終わったのか?そう思って物陰から頭を出したシャーニッドは倒れているニーナを発見し、慌てて駆け寄った。
後は簡単だ。
病院へと担ぎ込み、ハーレイに連絡を取ると共に、フェリに連絡を行い、レイフォンへの伝達を頼む。
その間に仮眠を取っていた当直の医師がやって来たが、簡単な診察の後にすぐに誰かを呼ぶように看護師に、点滴の準備を行った。
レイフォンがやって来た時には、呼び出された剄の専門医がニーナの背中に針を埋めていた。
治療の終わりを待つ間にやって来た一同はシャーニッドから状況を聞いていた。
「……って訳だ」
簡潔に行われた説明の後、ハーレイは安堵の溜息と共にシャーニッドに礼を言い、フェリは不機嫌そうにぶつぶつと文句を言っていた。そしてレイフォンは。
「……何故隊長は倒れるまで無茶をしたんでしょう」
そう呟いた。
それと共にあの錬金鋼の音の変調の原因はこれだったのか、と思う。そんなレイフォンにシャーニッドは重い雰囲気を振り払うように軽い声で答えた。
「まあ、隊長も色々悩む事ありき、って事さ」
「はあ」
気のない返事をするレイフォンの顔を見て、シャーニッドは少し真面目な顔をして言った。
「少し俺らの状況考えてみな?」
状況?首を傾げたレイフォンにシャーニッドは告げる。
「今密かに準備されてる戦闘で、レイフォン、お前は言うまでもなく主力。俺援護、フェリちゃんは念威で補助やって、ハーレイはお前の錬金鋼の調整。第十七小隊は隊長以外全員総がかり、一人役割がない隊長が自分の役割ってのに悩んでも仕方ないんじゃねえか?」
『後書き』
ニーナ倒れる
今回はシャーニッドに年長者としてアレコレ動いてもらいました
どうしてもレイフォンが目立つので、他の人達もちょこちょこ動かしていきたいと思います
次回はリーリンとメイシェンを~