「勝負してもらいたいんだが……構わないだろうか?」
レイフォンによる訓練が行われる特設鍛錬室、通称アルセイフ道場は現在小隊員のみが参加している。
が、小隊員でない者にも参加する資格を得る方法はある。それがレイフォンに勝負を挑んで認めてもらう事だ。どうやらこの三年生、合同授業な事から挑戦してみる事にしたらしい。
「いいですよ、それで一人ずつですか?それとも……」
「……三人同時で頼む」
どのみち三人でかかろうが、一人でかかろうが結果は同じかもしれないが、少なくとも力を見せる、という意味ではまだ三人同時の方が一瞬で力を見せる間もなく、という事態は避けられると考えたらしい。
「……んでどうなったんだよ」
放課後、錬武館で、シャーニッドがレイフォンに尋ねる。道場とはまた別だ。各小隊ごとの訓練というのも必要なので、三日に一度はこうして各小隊ごとの訓練も行われている。
「失格ですね」
この辺、武芸に関してはレイフォンも容赦ない。
「三人同時に、と言ってもコンビネーションがガタガタでした。あれでは一対三ではなく、一対一が三回、です」
これまでまともにコンビを組んだ事も、鍛錬した事もなかったのだろう、とレイフォンは言う。要はレイフォンの道場に参加する為に今回に限り急遽組んだ連中だったらしい。おそらく、第十六小隊、第十四小隊戦でレイフォンが三人相手ならば一応手間取ってる様子を演じた事から、三人相手ならそういう対処をしてくれると勝手に思い込んだらしい。
もちろん、第十六小隊の時はともかく、第十四小隊の時は生徒会から正式発表された通り、事前に決められた通りの対応を取っただけなのだが。
それを忘れたかのように向かってきた彼らは無策で突っ込み、瞬時に上方へ飛んだレイフォンを見失った。
そのまま飛び上がったレイフォンは天井を蹴って今度は下方へ。
音に気付いて彼らが上を向いた時には既にレイフォンは背後に立っていた。後はどうなったかなど言うまでもない。
「あの時、彼らは全員同時に前から突っ込んできました。もし、彼らがコンビを本気で組んでいたなら、少し時間差をつけるべきだったんですよ」
そうすれば、レイフォンの着地は前と後ろの間になり、いきなり背後に立たれる、という事はなかった筈だった。そもそもレイフォンは彼らをぶちのめすのが目的ではなかったのだから。あくまで彼らの技量というかやる気というか……力を見たかった訳だから、あんな無策に突っ込まれては「道場に入れてください」と言われても「No」としか言いようがない。
そう言われてはシャーニッドとしても「成る程ねえ」としか言いようがない。
まあ、ナルキから頼まれた話に関しては、別に断る理由もなかったので了承したのだが。
そこへハーレイが入ってきた。
「ああ、いたいた」
「お、例の物出来たか?」
シャーニッドの質問に頷くと、ハーレイは二本の錬金鋼を取り出す。
「注文通りに黒鋼錬金鋼で作りましたけど、やっぱり剄の伝導率が悪いから射程は落ちますよ」
「構わね。こいつで狙撃する気なんて更々ないしな。周囲十メルの敵に外れさえしなけりゃ問題ない」
そう言われつつ復元された錬金鋼を見て、思わずレイフォンは呟いた。
「ごついですね」、と。
実際、その銃は無骨だった。
普段シャーニッドが用いている軽金錬金鋼のものとは明らかに違う。銃身は分厚く、上下は尖っている。銃口の付近にも突起があり、柄部分の内側には鉄環の防護がついていて、打撃を前提としているとしか思えないような作りになっている。
それを見ていて、ふと気付いたレイフォンは言った。
「銃衝術ですか?」
銃を使った格闘術。確かに銃は遠距離戦では圧倒的に優位な反面、接近戦に入るとナイフや短い剣に大きく劣る。それをカバーする為に生み出されたのが銃衝術だ。
「へえ、さすがグレンダン。よく知ってるな」
「や、グレンダンでも知ってる人は少ないと思いますけど……」
銃衝術ってなんだい?と問うてくるハーレイには銃を使った格闘術だと説明する。
「ま、こんなの使うのは格好つけたがりの馬鹿か、相当な達人のどっちかだろうけどな。……ちなみに俺は馬鹿の方な」
そう言ってニヤリと笑うシャーニッドを前に、レイフォンは達人の方を思い出していた。
天剣授受者の一人、バーメリン・スワッティス・ノルネ。天剣授受者の中で唯一の銃使いであり(最も現在の天剣はレイフォンが剣から刀に戻した事もあり、全員が武器の種類が違うのだが)、また銃という武器の性質上、少々他の天剣とは武器の扱いが異なり、通常の錬金鋼からなる銃も多数身につけている。正に歩く武器庫とでも言うべき女性だ、同時に極度の綺麗好きでもあるが。
「ところでさ……やっぱり……貸してもらう訳にはいかないかな?」
困ったような顔で頼んでくるハーレイに、さすがにちょっと、と断る。
先だって、天剣の整備を頼んでから、大体ハーレイはこの調子だ。
さすがに物が物なので、この整備の時はレイフォン自身も場に立ち会ったが、その時のハーレイとその時初めて会った同室の研究者キリク・セロンの二人は瞬く間に天剣に惚れこんでしまった、と言っても過言ではない。
これに関しては無理もない、としか言いようがない。
いずれの錬金鋼にも特徴がある。白金は剄の伝導率は高いが、他と比べるとやや脆い、という具合だ。逆に黒鋼はひたすらに頑丈だが、剄の伝導率が悪い。
しかし、天剣は違う。
白金、黒鋼、青石、紅玉、碧宝、鋼鉄、軽金に通常の錬金鋼とは異なる念威操者専用の重晶……その全てを併せ持っているのが天剣だ。如何なる武芸者が天剣に就こうとも、好きなように調整出来る。加えて、剄の保有量に限界がない。天剣授受者になる条件の一つに、通常の錬金鋼では受けきれない程の剄の保有量というのがある。そういう意味では、この天剣があって初めて彼らはその本来の力を全力で発揮出来るといえる。
彼らは協同研究の一環として新素材の開発を行っており、現在研究中の複合錬金鋼は正に複数の錬金鋼の性質を併せ持つ錬金鋼、という代物だ。そこへいわば究極の完成形が目の前に示されたのだ。これで興味を惹かれなければ、研究者ではあるまい。
が、さすがにグレンダン秘奥の錬金鋼だ。レイフォンとしても、現状でお好きにどうぞ、とは言えない。後で女王にしばかれるのは勘弁して欲しい所だし。
ハーレイとしても、キリクにしても、グレンダン秘奥の錬金鋼であり、グレンダンにも十二本しかない王家管理の錬金鋼と説明すると、それならやむをえない、と納得はしてくれた。納得はしたが、矢張り興味は失せないらしく、何とか少しの間でもいいから調べられないかと思って、時折ダメ元で頼んでくる。まあ、整備を頼んだ際に黙って調べたりしないのは彼らなりの理念からなのだろう。
「そうかあ」
と今回も溜息をついて、終わり。まあ、彼らは彼らで調べられないのは残念がってはいるものの、究極の完成形が示された事で『目指せ天剣』を合言葉に相当燃えているらしい。
「……遅れました」
そう言って入ってきたのはフェリだ。
「お、フェリちゃんも来たな。後は……ニーナだけか」
「珍しいですね」
生真面目なニーナは大抵一番に来て準備している。それが稽古の時間を迎えて未だ来ていない等、レイフォンが初めてここに来て以来初の事ではなかろうか。
「ああ、皆揃っていたか」
そんな事を考えていると、ニーナが扉を開けて入ってきた。
「遅いぜ、ニーナ」
シャーニッドが欠伸を噛み殺しながら答える。ちなみにシャーニッドがニーナを隊長と呼ばないのは彼女が彼より下級生だからだ。
その一方でレイフォンは内心首を傾げていた。何か違和感があったからだ。「調べ物をしていたら、時間がかかってしまった」、そう言いながらこちらへやって来るニーナの腰に下げられた錬金鋼の音、それが何時もと違う感覚を伝えてくる。それはすなわち、ニーナの歩き方が普段と異なる、という事だ。
先だっての試合で何処か痛めたのだろうか?だが、彼女にどこかを庇うような様子は見られない。
訓練場の真ん中にやって来たニーナは小隊の皆を見回しながら言った。
「今日は遅くなったので、もう訓練はいい」
「「「は?」」」
男三人揃って思わず声を上げてしまった。フェリでさえ大きく目を見開いて驚きを示している。
「そりゃまたどうして?」
年長者という事で代表する形でシャーニッドが尋ねた。
「訓練メニューの変更を考えていてな、今日はそれを詰めたい」
「へえ……」
先だっての小隊戦で何かしら思う所があったのだろうか。
個人での訓練は好きにしてもらって構わない、と言い残して立ち去るニーナの背を見送りながら、矢張り錬金鋼の音に何かしら不安を感じるレイフォンだった。
とはいえ、これ以上する事はない。
普段試合で使用している鋼鉄錬金鋼の調整もニーナが来るのが遅かった為に既に済んでいる。
自分も帰るか、と思った時、フェリから声が掛けられた。
「フォンフォン、ちょっといいですか」
「え?何でしょうか」
ちなみにこのあだ名、フェリせんぱ……フェリは平然と皆の前で言うものだから、最初はシャーニッド先輩には大笑いされたし、ニーナ先輩からは「まあ……人それぞれだしな」と微妙な顔で言われた。とはいえ、人は慣れるもので、今では誰も気にしない。
「ちょっと付き合って欲しいのですが」
「おお?フェリちゃんデートのお誘いかあ?」
耳ざとく聞きつけたのだろう、シャーニッドがフェリをからかう。
「……そういう話ではありません。兄がレイフォンに話があるそうです」
ちょっと顔が赤いのは気のせいだろう。
しかし、フェリのお兄さんという事は……生徒会長?うわあ、という顔になるレイフォン。まあ、気持ちは分からないでもない。海千山千の学生にして熟練の政治家としての貫禄を漂わせる、そしてそれだけの実力を持つカリアン相手だ。
まあ、別に弱みを握られているとか言う訳ではないが、武芸者とはまた異なった迫力のある相手だ。余り楽しい話題が出てくるとも思えない事もある……が、彼が話がある、というからには何かしら重要な案件である可能性がある。
という訳で行かない、という選択肢はそもそも存在しなかった。
帰り道の途中で、フェリが色々と食材を買い込み、フェリの寮へと着いた。
その立派さには溜息をつくしかない。
レイフォンも別にこんな家に住もうと思えば住めるだろう。天剣授受者に与えられる報奨金は孤児全ての生活を賄おうというならば到底足りないが、自分ともう一人ぐらいなら結構いい生活が可能だ。実際天剣授受者の一人、ルイメイは立派な屋敷を構えているし、カルヴァーンも屋敷と共に道場を構えている。
レイフォンも一年間貯めていただけに、その気になればリーリンと二人で結構優雅な生活、というのも可能だったのだが……生憎二人ともそんな生活をしようという考え自体が思い浮かばなかった。貧乏性と言ってしまえばその通りなのだが、二人とも幼少時よりの節約の心構えが身に染み付いている。
広々としたキッチンは殆ど使った形跡は……一杯あった。
「フェリは普段料理してるんですか?」
「……ええ、リーリンやメイシェンと」
へえ、と声を上げるレイフォン。包丁の音は多少危なっかしい所はあるものの、トントントン、とリズミカルな音を立てている。しばらく居間で待っていると、カリアンが帰ってきた。
「やあ、待たせたかな?」
「いえ」
そんな短い会話を交わしたカリアンとレイフォンだったが台所から響く音にカリアンがぎょっとした表情を浮かべた。
「……台所には誰が?」
「え?フェリ…先輩ですけど」
レイフォンがさすがに拙いかと先輩の言葉を付け加えたのにも気付いた様子はなく、カリアンはそっと台所の様子を伺い、そこに妹の姿を見つけ、血の気が引いたが、それでも覚悟を決めた表情で戻ってきた。
「すまないね、どこか食事に行こうと思っていたのだが……」
青褪めた会長の様子にどこか悪いのだろうか、と内心首を捻ったレイフォンだった。
「食事の後にしようかと思ったのだが、先に見てもらった方がいいだろう」
そう言って、カリアンは幾枚かの写真を取り出す。そこへフェリが料理を持って、やって来た。
「兄さん?何ですか、それは」
「……先だっての反省から、無人探査機を飛ばしてね。その内の一つが発見したものだ」
機械式で念威操者は関わっていないらしい。画像はかなり荒いものだった。大気中の汚染物質の為に無線通信はかなりの阻害を受ける。何とかなるのは念威ぐらいなのが現在の世界の有り様だった。
「これはツェルニの進行方向500キルメル程のところだ」
そう言って、山肌をなぞると、後は沈黙した。余計な先入観を持って、レイフォンの判断を迷わせたくないのだろう。フェリも今は黙って様子を見ている。
しばらく黙って写真を眺めていたレイフォンは顔を上げるとカリアンの顔を見て告げた。
「ご懸念の通りかと」
「フォンフォン?」
どういう事か、と確認するようにフェリが尋ねる。カリアンは妹のレイフォンの呼び方に一瞬ピクリと眉を動かしたが、今は言うべきではないと判断したらしく何も言わなかった。そして、レイフォンはこの場で唯一意味が分からないでいるフェリへと告げた。
「汚染獣ですよ」
『後書き』
さて、フェリはまともなご飯を作れるようになったのか
それはまた次回にて