『くそっ……!』
外力系衝剄を乗せた黒鋼錬金鋼の一撃を見舞うが、ろくに効いた様子はない。精精その殻を僅かに歪ませた程度だ。
『何が、何百体いようがどうとでもなる、だ!』
ニーナは内心でレイフォンに文句を呟いていた。
ニーナ達は防衛線の一角を担っていた。
ニーナは前衛として前に立ち、シャーニッドが後方で砲撃部隊の支援を行っている。が、当然と言えば当然だが、レイフォンとフェリはいない。その分他の隊より武芸科の生徒は多めに配置されている。もっとも、フェリはこの場にこそいないが、念威によるサポートを続けてくれている。他の念威操者を遥かに上回るその精度にどれ程助けられた事か。それと共に生徒会長が嫌われてでも妹を武芸科に転科させた理由をその身で実感した。
実際、当初はフェリには地中の母体の探査に専念してもらう予定だったのだが、精度の低さに見兼ねたのか、途中からサポートに入ってくれたのだった。実際それからシャーニッドらの砲撃精度も増している。
現在、部隊は三名を一チームとした編成を取っている。
レイフォンは小隊戦という対人戦闘以外にも汚染獣と戦う際の話も訓練の合間合間を見て、してくれた。今、この場では使わないかもしれない知識かもしれないが、何時か戦う可能性の高い相手の話だ。皆真剣に聞いていた。
その時言われたのが、一対一で戦う事の愚かさとでも言うべき点だった。
複数でチームを組み、相手の注意を余所へと惹き付け、それによって出来た隙をついて他の者が攻撃を加える。基本はその繰り返しだ。要はどれだけ一点に負担がかからないようにするか、どれだけ危険を減らすか、そういう話だった。
実際、チーム制は上手く機能し、決して少なくない数の幼生体を仕留める事に成功している。
フェリの念威は戦場全域をカバーし、それぞれの小隊の状態をも求めれば教えてくれる。それによれば、ゴルネオの第五小隊や第十六小隊は素直にチーム制を組んでの戦闘を行っているようだったが、他の小隊は個別の武芸者ごとの戦闘に頼っているようだった。もっとも、こちらとて何時までこうした戦いを続けられるか……。それに何より厄介なのが。
『数が……多すぎるっ!』
そう、敵の数に対してこちらの武芸者の数が圧倒的に足りていなかった。
チーム制には利点と欠点がある。
利点は何といっても部隊の損耗を防ぎ、より確実に相手を仕留める事を可能とする。が、反面、今回のように三名を一チームとして編成すれば、当然ながら部隊全体で同時対応可能な敵の数は三分の一に減る。それでも最初の内は対応出来ていたのだが、如何にチームを組もうとも一撃で仕留められる訳ではない。むしろ牽制を繰り返して、弱った所へ全力の一撃を叩き込む、という形が主流となる。
だが、この戦い方はある程度の時間を取られる。
一を仕留める間に二が到着し、二を仕留める間に三と四が到着する。なし崩しに三を一名が足止めしている隙に四を残る二名が対応し、後はジリ貧だ。
何時しかニーナも当初組んでいたチームを崩し、小隊長である自身は一人で汚染獣に対応している有様だった。
ふと思う。レイフォンは『何百体いようが』と言った。或いはあれはグレンダンの基準だったのではないか、と。常に汚染獣との戦いを繰り返しているグレンダンではきっと幼生体ぐらい楽に屠れる武芸者が大勢いるのだろう。
未熟者の集団の集う学園都市の現実はどうだ。
まず、戦闘開始早々に他小隊で損害が続出した。ヴァンゼ率いる第一小隊は小隊員の引き締めと指揮下に入る武芸科生徒に対しても幼生体の攻撃の特徴などを伝えるだけで侮る事は言わなかった。むしろ、試合ではない、命を賭けた戦いなのだと告げた。
シン・カイハーンの第十四小隊は元々連携を得意とする小隊だけに、コンビを組む戦闘を当初から選んでいた。お陰で最初の接触時、油断はあったかもしれないが、まだマシだった。
逆に拙い状態に陥ったのがウィンス率いる第三小隊などだ。
こちらは小隊員からレイフォンの話す『何百匹集まろうがどうとでもなる最弱の汚染獣』という印象が武芸科の生徒に広がった。結果、最初の接触で予想を遥かに上回る手強さに怪我人が続出。死亡者も出た。慌てて戦線を再構築するも泥縄の印象は否めない。小隊員には死者は出なかったものの、腕を食い千切られたものが出た。
これには最初の迎撃による砲撃段階で順当に叩き落せた事も影響していたといえる。
第三小隊は最悪のケースだったが、他小隊も想像より遥かに厄介な幼生体に混乱と共に押し込まれている。
何より厄介なのがその数だった。
倒しても倒しても、次から次へと新しい敵が沸きあがってくる。フェリのお陰で総数は分かっている。僅かずつでも減りつつあるのも分かっている。だが、問題なのは僅かずつ、なのだ。各小隊ごとに対応する数は別に百も二百もいる訳ではない。それでも一匹倒すのに手間取るだけに、その数に絶望的なイメージを各人に与える。
「!ニーナ隊長!右から汚染獣が……!」
傍らで戦っていた者が気付いて、声を上げる。即座に念威を通して状況を確認。第十六小隊はまだマシな部隊だった訳だが、こちらが崩れたのではない。崩れたのは……第十四、第十五小隊か!そちらが崩れた結果として、左右に流入、結果、第十六小隊で捌き切れなくなった汚染獣がこちらにも流れ出した、という事らしい。
『拙い……!』
既に第三小隊は崩れてしまっている。ここへ更に二つの小隊担当戦域が崩れれば、雪崩れ込まれた第十四、第十六小隊とて何時までもつか……後は防衛線そのものが崩れ去る。
そんな時だった。
『レイフォン・アルセイフ!』『レイフォン君』
ヴァンゼ・ハルデイ。カリアン・ロス。二人の声が探査子から流れ出たのは。
フェリは都市外、地下にいる筈の汚染獣の母体を探査していた。
既に母体の位置は把握、後は人が侵入する侵入路の問題だった。
レイフォン自身は生徒会棟から早くも外縁部に向けて移動を開始している。生徒会棟にいた理由は単純で、そこはツェルニの中心部だ。たまたま穴が空いたのは現在小隊が防衛線を張っている側だが、母体がその下にいるとは限らないという。可能性は低いが地下を伝って、幼生体が現れていて、別の場所に母体がいる、というケースもない訳ではない。故にどちら方向へも移動出来るようそこにいた訳だ。
だが、それも穴が空いた方面に母体がいる事が確認された事により待機の必要はなくなった。
フェリは現状を見ながら、『ああ、レイフォンが言っていたのはこういう事か』とも思っていた。
現在のツェルニ、その地上で動いているのは武芸者と汚染獣、後は少数の一般人(カリアンら生徒会メンバーや医療科)ぐらいだ。ツェルニは学園都市とはいえど、その地上で繰り広げられる経済活動は通常の都市と何ら変わりない。
だが、現在その活動は何も見られない。
自身はあれから、念威操者とは別の仕事を探し、あれこれとアルバイトを試してきた。
そんな一つ、今やっている仕事も今は店長も他の店員も皆シェルターに避難し、店も周辺もガラガラだ。そして、汚染獣との戦いが終わるまで日常が戻ってくる事はあるまい。
『結局汚染獣が来れば、こうなってしまうのですね……』
自分が嫌がろうが、汚染獣はそんな事は気にしない。
撃退出来れば日常が戻ってくる。出来なければ、日常は消え去る。一般人はそこに介入する事は出来ない、彼らに出来る事はただシェルターで震えて、終わりを待つだけだ。自分はそこに関わる事で、日常を取り戻す事の手助けが出来る。自分がやりたい事を続ける為に出来る事がある。
ちらり、とそれを気付かせてくれたレイフォンに念威端子を通して視線を向ける。
まっすぐに前を見る姿。力強い視線でその目は都市の外へと向けられている。そこに迷いはない。
自分の選んだ道が誤りだとは思わない。だが、その道を決めた者故の強さは今の自分にはないものだ。ふとその姿を、その顔を見て、思った。
(いいな)と
『先輩、見つかりましたか?』
「まだです」
即座にレイフォンへの視界を破棄。一体自分は何を考えていたのだろうか、と羞恥心から顔が赤く染まる。幸いそれを見る者は誰もいなかった。今は母体への侵入路の発見に集中しなくては。だが、なかなか見つからない、正確には都市が落ち込んだ衝撃でかなりの崩落を見せていたり、幼生体が這い回っていて通るには適さなかったりだ。如何にレイフォンにとっては弱いとはいえ、通路にひしめいていては通れない。この辺りは単純に物理的な問題だ。
(あった)
「見つけました、誘導します」
遂に発見した母体へと通じる有効な通路、それをレイフォンに告げようとしたその時、ヴァンゼとカリアン、二人からの声は響いた。
『すまないが、母体へ攻撃を仕掛ける前にやってもらう事が出来たようだ』
同時に声が上がった事により、ヴァンゼは同じ意見と判断し、即座にカリアンに任せる。今は特にやる事のないカリアンに対し、ヴァンゼは何しろ今も戦闘中だ。カリアンならば現在の状況を把握しているだろう、という信頼もある。
「やってもらう事、ですか?」
『ああ、幼生体は他の面々で何とかしたかったが、生憎もうもちそうにない』
確かに、とレイフォンも納得する。
小隊ごとの担当戦域に差はあるが、既に防御柵を盾に何とか都市部への侵入を阻止しようとしている所まであるぐらいだ。崩れた部分が出たせいで、他小隊への負担も大きくなっている。このままではそう遠くない内に都市部へ侵入されるだろう。
実際、武芸科の損害は決して馬鹿にならない。
死者こそ片手で足りるが、重傷者は決して少なくない。
タン、と外縁部を見下ろせる近辺に着地する。
『そこからで大丈夫かい?』
「問題ありません」
そう、問題ない。手にする錬金鋼は天剣。幾度も使い、微調整を繰り返した錬金鋼だ。形状は刀。このツェルニで新規に調達した錬金鋼ならばともかく、これならば細かい攻撃も問題はない。フェリ先輩のお陰で戦域はその全てが把握出来ている。
『ああ、それからすまないが、何体か残せるかな?出来れば戦闘力は奪って』
「?何故でしょう?」
『どういう事だ、カリアン』
レイフォンとヴァンゼ、双方から疑念の声が上がる。
『なに、汚染獣の母体とやらは幼生体の反応が途絶えると他の汚染獣の救援を呼ぶのだろう?』
「ええ」
だから、幼生体の殲滅と平行して速やかに母体を仕留めねばならない。
『ならば簡単だ、全滅させなければいい。見た所、幼生体とやらは角を利用した突進が攻撃手段のようだ。顎は押さえ込んでから使うもののようだしね。ならば、脚と角を切り落としてもらえれば、無力化出来る。それらが暴れないよう見張る事は問題ないだろう?』
最後はヴァンゼへの確認だ。
『ああ、それぐらいならば……』
『決まったね、とりあえず第一と第五の二つにそうだね、多少余裕を見て、二体ぐらいずつ無力化したものを残してもらえるかな?』
カリアンが選んだのは比較的傷の浅い小隊だ。もう少し前までなら第十四、第十六なども可能だっただろうが、何しろ崩れたのがその二つの小隊の横手だ。今はその余裕が消えてしまっている。
ヴァンゼとゴルネオ双方から了承の返事が入る。
「……分かりました」
そういう手もあったか、とも思う。幼生体の殲滅と母体の殲滅双方を同時に行うのに手が足りないという事のついぞなかったグレンダンでは考えられない事だった。
一つ頭を振って、切り替える。
ここは最強の武芸者が集う槍殻都市グレンダンではなく、学園都市ツェルニだ。
剄の発生量を調節する。天剣が解けるようにしてその柄から刃が消える――いや、消えたのではない。剣身となる部分が目で確認するのが難しい程に遥かに細く長く無数に枝分かれしてしまった結果だ。
「いきます」
そして、レイフォンは天剣を振るった。
『後書き』
無双場面は次回にて
原作でもあれだけの戦闘なので、死者ゼロって事はないだろう、と多少の死者は出た事としました
母体の救援対策には今回このように
……微調整効かない原作でも、直接戦場に飛び込んで、無力化するって手はあったと思うんですが、どうでしょう?
感想でのご希望にあったフェリのバイトなど日常の話に関しては外伝として書いていく予定です
一応予定では、次の話でレイフォン無双と戦闘の締めで1巻部分終了の予定。その後に外伝として、書く予定です