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No.899の一覧
[0] 食卓にエール酒はありません☆正義の味方篇[仮性悪魔](2005/12/17 02:38)
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[899] 食卓にエール酒はありません☆正義の味方篇
Name: 仮性悪魔
Date: 2005/12/17 02:38
「アーチャー、フォローお願い!」

校舎の屋上から飛び降りる凛。
学校に張られた結界を確認していた凛とアーチャーに声をかけてきたサーヴァントはランサー。
もしそのまま屋上での戦闘となれば、本来遠距離での戦闘を得意とするクラス・アーチャーである自分のサーヴァントは不利。
そう判断して、凛は宙へと身を躍らせたのである。

両足に魔力を通して強化、ほとんど同時に着地し、タイムラグゼロで疾駆する。
世界陸上の記録を凌駕する早さで校舎裏を駆け抜け、一足にグラウンドへと飛び出した凛の前には、しかしそれを上回る速さで先回りしていた蒼い槍兵の姿。

「――――――は?」

そして―――なぜか重りを身に付けてグラウンドを走る少年の姿があった。

「なぁ、アレは何をやってるんだ?」

毒気を抜かれた表情でランサーが聞いてくる。
が、そう聞かれても凛にだって分からないから困ってしまう。

「えっと……あれ、ひょっとして衛宮くん?」

目を凝らせて見れば、走っている少年の赤毛に見覚えがあった。
やや童顔ぎみの横顔は、10年ほど前にこの街に住み着いていたモグリの魔術師、衛宮切嗣の息子で、凛と同じくここ穂群原学園二年生である衛宮士郎に違いない。
同級生で、しかも魔術師なら問題あるまいと判断し、凛は彼が何をやっているのか本人に聞いてみる事にした。

「おーい、衛宮くーん!」

ブンブンと手を振って呼んでみると、ようやくこちらに気がついた士郎少年は少しスピードを上げて走る。
が、よほど巻きつけたウェイトが重いのかあまり走るのは早くない。しかもグラウンドの真ん中を突っ切ればいいものを、わざわざ大きく輪を書いてやってくるので、凛もランサーもしばらくマヌケに突っ立って待たねばならなかった。
待つついでによく観察してみれば、グラウンドには粉末石灰で大きく円環のラインが引かれている。
陸上競技のそれにしては珍しいまん丸なそれを、衛宮士郎は律儀に辿って走っているらしかった。

「あれ、なんだ遠坂じゃないか。こんな夜中にこんな所で何やってるんだ?」
「こんばんは、衛宮くん。それはむしろこっちのセリフなんだけど―――何をやってるの?」

こんな聖杯戦争が始まったような夜に、とは言わないながらも心配しつつそう聞く凛に、キョトンとした表情の士郎はなんでも無い事のように答える。

「何って、魔法を使う準備をしてるんだけど」
「――――――――――――――――――――――――は!?」

 *****

10年前、新都の火事に巻き込まれて大火傷を負い、家族も失った士郎。
そんな彼を引き取ると言って病室に現われたのが衛宮切嗣であった。
彼は士郎が引き取られることを承諾すると、嬉しそうに不器用な様子で荷物をまとめて退院の手続きを済ませると、なんでも無い事のように士郎に告げたのだ。

「僕はね、魔法使いなんだ」
「―――うわ、すげえな爺さん」

そうやって魔法使いの養子になった士郎は、そのまま魔法使いの弟子になったのだった。

 *****

魔法。
それはその時代の人間には絶対に実現不可能な奇跡である。
魔術師の使う魔術とは一線を隔絶する秘儀であり、むしろ魔法使いという存在自体が最早人間のカテゴリーから外れるとする向きもある。
現存する魔法はわずか5つ。
それを操る魔法使いも、世界中にたった4人しか存在しないとされている―――それが魔法なのだ。
が。

「何言ってるんだ遠坂。魔法使いってのは世界を動かす4つの力を操る者の事に決まってるじゃないか」

と、平然とのたまう衛宮士郎。

「世界を動かす4つの力?」
「ああ、今は弱い力と電磁力を統一する準備をしてたんだ。さて、次は強い力を統一しないと」

次の質問は無いと見て取った士郎は、再びグラウンドに書かれた円にそって走り始める。
途中で置いてあった重りを更に追加して巻きつけて走る姿は、たんなる陸上競技の選手か苦行僧にしか見えない。
間違っても、そして何処からどう見ても、凛の思い描く魔法使いの姿では無かった。

「なー嬢ちゃん、けっきょくアレって何してんだ?」
「知らないわよ―――あ、でもひょっとして」

呆然としていた凛の脳細胞に、ランサーの言葉が刺激になったのか天啓がひらめく。
ギリシャ哲学に端を発する西洋魔術師の理論体系では世界を動かす4つの力などと言われれば地・水・火・風の四大元素が思い浮かぶが、現代魔術理論では多くの場合四大に空を加える五大元素+第六架空元素を基本とした理論が選ばれる。
が、士郎の言っていた弱い力と電磁波、それに強い力と言えば量子力学の分野になってくる。
この世にある力は全て、弱い力・強い力・電磁力・重力の四つに分類される。
細かいところは割愛するが、本来別々の働きをするこの四つの力は途轍もない高エネルギー下になると同じ働きをするようになる、というのがかの有名な統一理論。
とは言え、理論上ですら弱い力と強い力と電磁力まで統一できるかどうかと言うのが現状で、かのアインシュタインも重力までは統一できなかったし、現代に至ってもできていない。
と、凛の見ている前で士郎は更に重りを追加して走り出す。
スピードは先ほどより更に落ち、随分苦しそうだが、しかし少年はめげる事無く走り続ける。

「まさか―――アレで重力まで統一するとか言うんじゃないでしょうね?」

それが可能なら何の役に立つのかはともかく、確かに現代の人間には不可能な奇跡―――って言うか、重力の統一にはビックバンに相当するエネルギーが必要だと言われているのだ。なにせ、その頃の宇宙では力は4つに別れていなかったと予想されているし。
しかしだいたい、4つの力を統一するのにオモリを担いでグラウンドを走っているのは何のためなのやら?

「はっ!? まさか!」

と、そこまで考えて今度はアーチャーの脳裏に天啓が舞い降りた。
天啓というより毒電波の方が近いかもしれないが。

「凛、あのトラックは円形、そして円形に4つの力と言えば加速器! つまりヤツは自分自身を加速器にしているのではないか!?」

ちなみに加速器とは円形の装置内に二つの粒子を逆方向に飛ばして衝突させて破壊、粒子より小さな素粒子を生み出す装置の事。
衝突の速度が速いほどに粒子は細かく破壊されて色々な種類の素粒子が生み出されるため、より粒子を加速できるように円周が長いほど良く、実際直径10キロなどと言う加速器も存在している。
そして、その粒子が崩壊する時には必ず大きなエネルギーが発生し、それもまたより強く衝突するほどに莫大なエネルギーが生じるのだった。

「でもアーチャー、加速器なんて言ったって、衛宮くんの走る速度はとても粒子崩壊がおきるような速度には見えないけど?」
「そこは逆転の発想だ凛。E=1/2mv2乗、この時速度vではなく質量mを増加する事でEの数値を上昇させられるはず。つまり、あの重りは途轍もなく重いと云う事に……」

緊迫した口調で解説するアーチャー。
となりのランサーは「いや、そこ緊迫する所違うだろう」と言いたそうなしらけた表情だがキニシナイ。

「ふー、準備完了」
「え? 今ので準備できたの?」

テケテケと走って戻ってきた士郎に拍子抜けした凛が聞く。
別に何かがビカーっと光ったり魔力がドバーっと放出されたわけでも無い。
傍目にはやっぱり単なる陸上競技にしか見えない光景だった。

アーチャーとランサーも何か物足りなさそうに士郎にうろんな目を向けているのだが、士郎は気にも留めず、重りを地面に降ろすと校庭に仁王立ちになり、天に向かって両手をあげた。

遂に魔法とやらが始まるのか。
固唾を呑んで見守る三人の前で、しかし士郎が苦しげに脂汗を流すだけで何も起こらない。

「あのー、つかぬ事を聞くんだが……なにやってんだ?」
「なにって、銀河の回転速度を上げてるんだよ」

遂に耐え切れず聞くランサーに、士郎は苦しそうな表情のまま当然の事のように答えた。

「は?」
「だから、この銀河系の回転速度を上げてるの」
「それって何か役に立つのか?」
「大事な事なんだぞ。えーっと、そうだな―――銀河の回転を、風呂の水をかき回した時に出来る渦なんだと考えてみてくれ」
「うん」
「回転の速度が落ちると渦は消えちまうだろ? つまり星が拡散しちまうから、銀河の熱量もエントロピーに従って拡散して宇宙が冷めてしまうんだ。逆に回転が速すぎても、星が銀河中心に密集しすぎで、今度は銀河の熱量が上がりすぎちまう。だから、そんな事にならないよう、俺達魔法使いはこうやって毎晩回転速度を調整してるんだよ」
「あー、えーっと、まぁその、なんだ―――お疲れ」
「ちょっと待って衛宮くん、俺『達』ってなに!?」

馬鹿みたいにスケールの大きすぎる話題に呆然としていた三人だったが、凛は言葉の中に聞き捨てなら無いフレーズを聞いて問いただした。

「だってほら、ここの他にも銀河はいっぱいあるし。この前なんか担当者がまとめて退職したからってエルペス銀河まで応援に行ってたんだぞ。まぁ若手が育ったってんで、お役御免になったけど。切嗣なんか管理職だから大変でさ、もう何年もポイント・ゼロ―――ビックバンの起きた宇宙中心地点に出張しっぱなしだもんな」
「へー。そりゃ大変ね」

先ほどの話から更に輪をかけて無駄にスケールの大きな話にもうついていけない凛。
士郎の言葉が本当だか単なる電波なんだか、判断もつけられない。

「まーそれじゃ頑張ってちょうだい衛宮くん」
「ああ。なんてったって銀河に住む全ての生命体のためだからな」

イイ笑顔で答える士郎に、なぜか憧憬を感じたような視線を向けるアーチャー。
それには気付かず、凛は溜め息一つついてからランサーの方に顔を向ける。

「で、アンタはどうするのよランサー。場所かえて続きをする?」
「いや、もーなんかどーでもよくなった。今夜は帰るわ」
「そっ? じゃあお休みなさい」

きびすを返すランサー。凛とアーチャーもその場を去ろうとする。
その背に。

「そうだ、遠坂、今夜の分の力が余ったから、ちょっといい物見せてやるよ」
「え?」

笑顔の士郎は、無言で空を指差している。
凛とアーチャーとランサーが見上げる夜空。
そこには、満天を覆う天の川と三日月だったはずの月が真円を描く姿が広がっていた。

それは。
月の位置、地球の位置、そして銀河系における太陽系の位置すら動かさなければ実現できない奇跡。

「てっ…………天体制御、それも、本気で銀河系単位で!?」

今度こそ、みじろぎも出来ないほど呆然とする凛達の様子も気にせず、「じゃ、俺この後バイトだからー」などと言って士郎は帰路につくのだった。

 *****

「それで、何もせずに帰ってきたと言うのか?」

ランサーの話を何一つ信用していない様子の言峰。
それは当然。こんなヨタ話をだれが信じると言うのか。

「うっせー。あんなデタラメ見せられて真面目に働く気になるか馬鹿。もう今日は酒飲んで寝る。ダメだっつっても寝るー」

駄々っ子のように言って冷蔵庫を漁るランサー。
しかし残念な事に教会の冷蔵庫には酒など入っていなかった。

「うわっ、エールの一つも無しかよ。くそー、もうテメーのワインで良いや。よこせ!」
「あ、コラ、何をするランサー!?」

マスター秘蔵のワインを戸棚からかっぱらって、最速のサーヴァントの名に恥じない動きで逃げ出すランサー。
今夜は教会の屋根の上で、月見酒としゃれこむ事にして。
三日月は冬木の街を照らし、こうしている今も銀河は平和に廻っているのだったとさ。
【終わり】

 *****

このオハナシはフェイトと「食卓にビールを~スポ根篇~」とのクロス、あるいはツギハギです。
小説「食卓にビールを」は現在富士見ミステリー文庫から5巻まで出ていて、個人的に「ねこたま」の頃からファンな小林めぐみ女史の作品で、脱力系のイイSF(っぽい)短編です。
興味が湧いたらご一読をオススメ。
「極東少年」とかも伝奇物を不真面目に書いていてステキですよー。


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