管理局の保有する最先端技術を応用――無駄遣い――した遊具が設置された広場。
至る所に魔法技術を応用した新機軸の遊具――たとえば、無重力空間を発生させて空戦魔導師の飛行魔法を体験できるシリンダー型アトラクション――が設置され、“箒”の試乗会などが行われている。このチャリティーイベントのためだけに開発された遊具の数々には、巨額の経費がつぎ込まれているらしい。
協賛企業の筆頭は、モルゲンシュテルン・ファウンデーション。官民癒着ではない、たぶん。
「フェイトさん」
「あ、二人とも、巡回の途中?」
「「はい」」
ここの監視員、バリアジャケット姿のフェイトに声をかけるスバルとキャロ。銀髪の女の子は二人から離れ、近くにいた黒髪のおとなしそうな男の子――その瞳はヴィヴィオと同じ、虹彩異色症(オッドアイ)だった――のところに向かっていった。
「にぎわってますね、ここ」
「うん、そうだね。みんな元気いっぱいで、たいへんだよ」
言葉とは裏腹に、フェイト自身が楽しんでいるようだ。子ども好きここに極まれり、である。
それからキャロは、引率らしい優しげな老婆や顔見知りの子どもたちと挨拶し、彼らにスバルを紹介する。屈託のない笑顔を満開にさせてまとわりついてくるちびっ子パワーに、スバルはたじたじだった。
どうやらキャロは子どもたちにとても懐かれているようで、すぐさま囲まれて土産話をねだられている。同世代から年下まで、のべつまくなしだ。
「きゅるるーーっ!?」一部のちびっ子たちに追いかけられら逃げ回るフリードリヒ。小さな身体ではあまり高くは飛べないようで、逃げきれない。
子どもというのは動物を触るときにも容赦がないので、彼も必死だった。
「ふふ、追いかけっこして……フリードもみんなとなかよしね」
しかし、飼い主は明らかに逃げているのがわかっていて放置を決め込んだ。案外、手の掛かるやんちゃ坊主たちの気を逸らす、イケニエにしたのかもしれない。
微苦笑しつつも自分より年下の子どもたちの相手をする桃髪の少女。フェイトや、引率の先生たちにも負けず劣らずの面倒見っぷりだった。
「へー……、キャロ、けっこうお姉さんしてんじゃん。なんか、意外な一面って感じ」
「スバルさん」
「エリオ」
小さな同僚のらしからぬ感心していたスバルを、もう一人の小さい同僚が呼び止める。
やはり彼もバリアジャケットを身に纏っていた。
「スバルさん、キャロのつきあいですか?」
「うん、別に案内の仕事が忙しいってわけじゃないしね。……エリオ、友だちには会えた?」
「えっ、あ、その、えぇと……はい」
不意に言われて、エリオがはにかむ。さきほどデバイスを見せていたのは彼の友人なのだろう、と薄々感じていたスバルの直感は正しかった。
「前いた施設の仲間に……会えました……」
尻すぼみに恥ずかしがる様子を見て、スバルはニヤニヤといたずらっ子な笑みをこぼす。
「ちゃんと“お兄ちゃん”ってカンジだったよ」
「そ、そうですか?」
赤毛の少年は指摘に頬を赤らめ、しかし嬉しそうだった。
と、そこに子どもたちの相手から解放された――逃げてきたともいう――キャロがやってくる。ぐったりした銀色の仔竜を抱えていた。
「ふー、ひどい目に遭いました」
「あっ、キャロ、おつかれ〜。あと、フリードも」
「きゅるる……」
出迎えるスバル。酷い目に遭ったのは自分だ、と仔竜が思ったかどうかは定かではない。
ふと、目をやる。
依然、子どもたちに囲まれて、しかし嫌な顔一つせず相手を続ける金髪の上司のスタミナと我慢強さには恐れ入る。スバルはとてもじゃいけど真似できないと思った。
「それにしても、ちっちゃい子がたくさんいるよねー。今日って平日のはずなんだけど」
「みんな、学校の遠足なんかで来てるみたいです。今回はとりあえず、クラナガン近郊の小学校と施設の子たちを順次招待しているそうですよ」
「とりあえず?」
エリオの端的な説明に首を傾げるスバル。
「行く行くはミッドチルダ全土の子どもたちを招きたい、とフェイトさんが言ってました」
はぁー、とスバルは声を上げた。なんともまぁ、壮大な構想である。
しかし、彼女の――あるいはこのイベントを企画した人物の――意図するところもわからなくもない。いくらキレイゴトを連ねても所詮管理局は武装組織、その在り方に是非を問う声は止むことがない。凶悪な次元犯罪が横行していても、“冥魔”という明確な驚異を前にしても、無知で無辜なる市民たちは謳うのだ。
――「戦いは野蛮だ」「管理などけしからん」と。
ただ闇雲に権利を強請り、主張を押しつけるばかりで、義務を果たすことも現実を直視しようともしない――世の中にはそういう無自覚な悪意を撒き散らす人種も確かに存在する。むしろ大多数の市民がそうだろう。
誰もが自らのできることを自覚し、それに邁進していけるとは限らない。六課で、あるいは管理局で懸命に働く人々のようなヒトは極少数だ。
――次元の海は広い。
だからこそ、一般市民と直に触れ合う機会を設けて、時空管理局のことをもっとよく知ってもらい、理解を広めていく宣伝活動も、現場で直に人命を救うことと同じくらいに大切である。否が応でもメディアの矢面に立たなければならない機動六課に所属して、三人はそれを学んでいた。
「「無駄とも思える草の根活動が数年先、数十年先、いつかの平和を創る」――、ししょーの受け売りですけど」
「ふーん、でもなんかわかるなぁ……」
スバルはキャロの言葉をしみじみと頷く。何やら彼女なりに思うところがあるようで、神妙な面もちで語り出す。
「私が前にいた災害救助部隊でのことなんだけどね、建物の構造上の欠陥や耐用年数の超過が原因の事故って、けっこう多いんだよ。あと、防災設備の不備とかもあったっけ。
要するに、事故とか犯罪をなくすには対処療法をしてるだけじゃだめ、構造そのもの原因そのものをどうにかしなきゃなんだよね……って、なにそのお化けを見たような顔」
自身の経験を下地にした解釈を述べたスバルは、自分を見上げるエリオとキャロの何とも言えない間抜けな表情に眉を顰めた。
「だって……」「ねえ?」と顔を見合わせるちびっ子たち。
「スバルさんから、その……そんな哲学的な発言が出るなんて、思わなくて」
「ティアナさんが言ったならわかるんですけど」
「ひどっ!? 私一応陸士訓練校主席なんだけどっ!?」
言われてみれば、と二人は手を打って納得顔をした。
普段のキャラのせいで忘れられがちだが、スバルは訓練校を首席で卒業できるくらい頭の出来も悪くない。頭脳労働より、身体を動かす方が好きなことも事実だけれども。
「正直、知的なキャラじゃないです。シスコンこじらせて、鈍器振り回してるほうがそれっぽいですよ?」
「そうだよね、メガネとか三つ編みとかも似合わなそうだし」
「それ関係ないよねっ!? 二人とも、なに言ってるのかわけがわからないよっ!?」
純真だったエリオも、相方の毒舌にすっかり毒されて。酷い言われように憮然とし、再び明後日の方に視線を移すスバル。
向こうでは、フェイトがたくさんの子どもたちに囲まれてとても幸せそうにしている。さっきよりも子どもの数が増えているように見えるのはなぜか。
と、さっきの銀髪の子とオッドアイの子がフェイトに甘えている。その様はさながら母親にじゃれつく子犬のようだ。
「へー、なんかほほえましいなぁ、ちいさなカップルって感じで。幼なじみとかだったりするのかな?」
「……マリーと、それから隣にいる黒髪の男の子、管理外世界に作られた違法研究施設をししょーが襲撃したときに保護されたんだそうです」
「……え?」
「人体実験の被検体――、詳しいことは教えてもらえませんでしたけど、そういうことらしいです」
「っ!?」
唐突な、淡々としたキャロの語り口にスバルは絶句せざるを得ない。傍らで聞いていた赤い髪の少年が苦虫をかみしめたように、盛大に顔をしかめた。
「いまでこそああいうふうに笑ってますけど、初めて会ったときは人形みたいな子たちでした。たぶん、まとも(・・・)な扱いを受けてなかったんでしょうね。それこそ、実験動物みたいな」
思い返すように、少女は語る。静かな声色は、感情を押し殺そうと努めているようで。
スバルは以前、黒い青年と話した会話を連想した。
――――今この瞬間にも誰かが飢餓により死に、誰かが病により死に、誰かが貧困により死に、誰かが誰かに害されて死ぬ――――
ニュースなどで報道される事象は、“世界”全体のごく一部……とても狭い範囲でしかない。
広大な次元の海――、時空管理局が観測している宇宙は約百数十、管理――正確には同盟と表現すべきなのだろうが――する世界は五十を少し越えた程度。一説には、次元宇宙とは遙か昔どこか一点より枝分かれた並列世界(パラレルワールド)であるともされ、それこそ無数に存在し得る。可能性とは無限大なのだから。
ヒトの営みがあれば、そこには闇が――“呪い”が生まれる。
ヒトは生きていくために、他者から奪わなければならない。そして、ヒトは様々な理由から同族を殺す。ヒトが、生き物である限り逃れられない自然の摂理――、呪いにも似た習性が生み出していくものは自明だろう。
ヒトの世の負の側面。
小さな悲劇、大きな悲劇。ありふれた悲劇、理不尽で不条理な悲劇――――
全ての不幸から、あらゆる人々を救うにはどれだけの労力がかかるのだろう。たとえ一つの惑星ですら絵空事であるというのに、それを広げれば幻想妄想の類にほかならない――すなわち、不可能であるということ。
神ならぬ身では――、否、神ですらも不可能なことなのかもしれない。でなければ、この世界はこんなにも悲劇と絶望が蔓延るはずがないはずだから。
「――……フェイトさん、僕らと同い年くらいのころに虐待を受けてたんです。それも、実の母親から」
「!! それって……」
絞り出すようなエリオの声。
“二つのファミリーネーム”に秘められた意味。美しさと知性、優しさと慈悲に満ちあふれた、ある種理想の女性である彼女の生い立ちは、きっと壮絶なものだったに違いない。そしてその辛い経験と記憶が、内面の魅力を磨いたのだろう。
キャロはすでに知っていたらしく、沈痛な面もちであるが特に驚いた様子はない。
エリオが続けて口を開く。一瞬走った痛みを認めたのはキャロだけだった。
「だからなんでしょうね――、“あの人”が慈善事業、それもとくに子どもの福祉に関する活動に熱心なのって。フェイトさんみたいな子どもを生まないように、救えるように」
「そうだね……でも――」
どこか含みを持たせ、キャロが同意を示す。濁された言葉に込められた意図を汲み取って、エリオは眉を伏せた。
「……」「……」「……」
一同の間に、しめやかな空気が流れる。
シリアス極まりない雰囲気に堪えかねたスバルは、三度フェイトの方に視線を送る。
ひどく可憐で綺麗な美人が子どもたちに囲まれている光景はとても微笑ましいけれど、彼女の事情の一端を知った今はまた違った風に見えた。
「…………」
スバルは母の形見に包まれた右の手のひらをしばしの間じっと見つめ、そっと拳を固める。
初めて夢見た憧れの先――その手に何を掴むのか。漠然と感じていた、あるいは見えていなかった何かが少しだけ垣間見えた気がして。
そしてきっとそれが、明るい未来なのだと信じて――――、スバルは決意を新たにした。