Fate/stay night -SAVE OUR SHIPS-第1章 シーフォート・サーガ第1話 始まりの伏線わが主の紀元2212年 イギリス・ランカスター・新ベネディクト修道院にて「魔方陣ですか? 宇宙戦艦が恒星間航行をするこの時代に?」思わず声を出した私にライソン修道院長は頷いた。「私も驚いている。この教会の地下であんなものが見つかるとは思いもよらなかった。それも今の時代になってだ」彼がそう言うのも当然だ。西暦二千年台初頭に起こった核戦争の後、疲弊した各国に代わって国連が全世界を束ね始めた時代、カトリックとプロテスタントは奇跡的な統合を果たした。それ以来数百年に渡って異端は駆除され続けている。今や魔法や魔術などという怪しげな概念は完全に物語の中だけの存在となっていた。そんなこの時代に、魔方陣などというものが見つかるとは。だが、この修道院は西暦一桁台から存在しており歴史はとても古い。ましてや地下の洞窟ともなれば、その全容すら把握されていないのだ。何があってもおかしくは無い。「仮にも主が住まうこの場所でオカルト関係の遺跡を放っておく訳にはいかない。近日中に撤去する。だが、貴重な文化価値があるかも知れない以上、むやみに独断で壊す訳にもいかない。その為、ブラザー・ニコラス、まずは君に記録をとっておいて欲しいのだ」私は頷いた。「記録は修道院の名で大学に送り、本格的な調査をすべきか判断してもらう。それで良いかな」私はもう一度頷く。先日、深刻な問題を抱えた旧友が修道院を訪れた。彼の同胞を救うため政治的な活動をして欲しい――そう私に頼みに来たのだ。私はその頼みを断ったものの、今もその話で悩んでいた。ライソン修道院長は、そんな私の気晴らしとなるようにと、この仕事をまわしてくれたのだろうか? そんな事を思う私だった。そして今、私は魔方陣の前にいる。もしもこの魔方陣が人間の血、それも他人の血で作られているとしたら、私は製作者を軽蔑するだろう。私が私自身に対して想っている様に。だがこの魔方陣は血ではなく、幾多の石(宝石? それともガラス玉か?)を敷き詰めて作られていた。魔方陣の各所には、これまた宝石(?)を加工して作られたアクセサリーがある。本物の宝石だとしたら、これほどまでの量をどうやって調達したのだろうか?もしかして魔方陣を作ったのは貴族や富豪なのだろうか? オカルト的な意味ではなく、己の財力を自慢する為に……?いや、考えるのは後だ。まずは仕事をしよう。私は歩き回り、魔方陣や構成する石の外観を用紙に丁寧に記入していった。それが終わったら、確認作業に入る。作業は何事もなく終わりかけ――、終了寸前にして中断した。いや、させられたのだ、魔方陣中央部に足を踏み入れた直後、地面から発した光によって。光が溢れ漏れるそれを目の前にして私は驚愕する。――馬鹿な。いくらこの世に魔術が実在していたとしても、こんな年代物が作動するはずがない――それともこれは幻覚なのか? 私の狂気はこんなものを見る所にまで来ていたのか?その疑問が浮かんだ瞬間、私の意識は暗転した。西暦1991年 日本・冬木市・新都正に煉獄だった。私が気付いた場所は。何人もの老若男女が火に焼かれ、炭となり、灰となって死んでいく。その光景が目の前で繰り広げられていた。声にならない悲鳴が幾多も聞こえる。人の肉が焼ける匂いを覚える。そんな場所に私はいた。罪人たる私の死にはふさわしい場所かもしれない。だが、無辜の人々がその人生を終わらせて良い場所ではない。断じて!私はこれが現実の世界か、それとも夢なのかを分からないまま、自分の出来る限り人を救おうとした。そしてほんの僅かだが救う事ができた。それぞれの手に子供を二人抱え、背負って一人、口に咥えてまた一人。合計四人の子供を助け出せた。私は少しでも早く彼等をこの地獄の外へ運ぼうと足を進める。いや、もう一人いる。私のすぐ前を歩いている少年だ。この光景にショックを受けたのだろう。少年は何も言わず、ただひたすらロボットの様に私の指示に従って歩いていた。その酷い火傷でショック死をしないようにと、脳がその思考を止めているのかもしれない。時間が経った今でも火災は勢いを弱めていない。だが、まだ助け出せる人達がいる。いる筈だ。しかしその為には、いま連れている子供達を託す人が必要だった。そして、誰かいないかと助けを欲した時、あの声が聞こえた。「誰かいないか!? 誰か!」それは懐かしい感じがする声だった。いや、声を出した人物を私が知っている訳ではない。その声に含まれている感情――後悔と苦痛――が、私が常に抱え込んでいるものと同じだと感じたのだ。彼はこの地獄と関係があるのだろう。私には分かる。彼はそれに苦しんでいるのだと。私は既に敗北者だ。堕落した存在だ。そして失った多くのものを取り戻す事はできない。だが、彼は違う。私が助けたこの子供達がいる限り。私は足を速めて少年の前に周った。少年に目で合図をして口に咥えていた幼児を渡す。少年はぎこちなくも受け取ってくれる。そして、私は肺が痛む危険を顧みず、焼けた空気を吸い込む。「どうか、誰か――」繰り返し発せられる叫びの声に対し、私は可能な限りの強さで応えた。「ここにいるぞ!」私の声に人影は足を止めた。「ここにいるぞ! 助けてくれ!」もう一度と叫ぶ私の声に、人影は近寄ってくる。男は我々を見て、少年を見て目に涙を浮かべた。そして、呟く。「よかった……」それが『衛宮切嗣』と私の、そして運命の子『士郎』との出会いだった。西暦2000年2月2日 日本・冬木・衛宮邸衛宮切嗣には一人の養子がいる。名は『衛宮士郎』。彼は養父が目指していた『正義の味方』になると決めていた。彼はその為に毎日、家の土蔵に篭って訓練をしている。訓練の内容は『解析』と『強化』。それは『魔術』と称される技だ。たった二つの魔術しか使えない――それも滅多に成功しない――けれども衛宮士郎は『魔術師』なのた。彼は家に一人で住んでいた。養父・切嗣が死んで以来、広い武家屋敷にたった一人で。だが、その屋敷にいるのは常に彼一人だけではない。士郎の『姉』を自認する高校の英語教師、士郎の『料理の弟子』として来る後輩の少女。二人は屋敷に朝夕と来て、士郎の日常に変化を与えてくれていた。そんな彼女達の、前者の名前は『藤村大河』。後者の名前は『間桐桜』といった。そんなある日の朝、いつもの通り衛宮邸に来た桜は玄関の前に佇む一人の男性を見かけた。男は外套を羽織り、大き目の帽子を被り、トランクを一つ手にしていた。そして玄関を見ながら何か考え事をしていた。桜は戸惑いながらも、先輩の家に何か用かと声をかける。物語はその時より始まるのだった。