9歳の冬 2
風邪を引いたが、誰も見舞いに来てくれない悲しさを感じながら寝込み続けること三日間。風邪の熱が作用したと思われる筋肉痛のような間接痛のような症状を感じながら、のそのそと起きだして朝食の準備をはじめる。
寝込んでいる間に、ウォルフ達が狩って来たヘンネルを、捌いて煮込んでダシをとったスープに香草と塩で味付けしたスープは、滋養強壮になるといいなぁという気持ちで血も入れてあるので真っ赤なスープである。
煮込んだヘンネルは、塩を刷り込んだ後に肉の塊ごと鉄串に刺して暖炉で炙っている途中である。
煮込んで火は通してあるのでそのまま食べても問題は無いのだが、一手間かけるだけでおいしくなるのならばやるべきだというのが私の性分であるので、お腹を空かしたウォルフやウィフはクンクンキュンキュンと鳴きながら、鼻をピスピスさせて暖炉の前でお座りの真最中であった。
木材を削って作ったお玉でスープをかき混ぜたあとに味を確かめると、暖炉で炙っていた肉を一度スープに漬ける。
ウォルフやウィフに与えるのに、あまり熱すぎると舌を火傷してしまう可能性があるので、多少なりとも冷やすのにスープに漬けるのである。
炙った肉からは、冬の寒さに耐えるためにそれなりに脂肪分も含まれているので、炙って溶け出した肉汁をスープに落とすことも可能で二度美味しい。・・・・かもしれない
表面がスープで濡れた肉塊を、鉄串を持ってウォルフとウィフの真上でふらふらと右に左に動かす。
気化冷却させて少しでも冷やそうという親心である。
水分を含んだ物体は、蒸発するときに熱も一緒に飛ばしてくれる。
新聞紙に水分を含ませて、ビール瓶なんかを包んだ後に風が当たる所に放置しておくだけで随分冷たくなる。急ぐなら車を走らせて窓から手を出してビール瓶を風に当ててみると、よくわかるかもしれない(ただしそれで事故を起こしても作者は関知しない)
首を伸ばせば届きそうだけど、跳躍するほどでもないという距離感を持ってウォルフとウィフの鼻面あたりをフリフリと肉塊を振っているところに
「おはよう、ノルちょっといいかー?」と言いつつ玄関に張ってある布を捲り上げてずかずかと家に入り込んできたギムリにあっけにとられた隙に、止まった獲物に飛びついたウィフに肉の塊を奪われてしまった。
少し肉を削ってスープに入れようと思っていたのに・・・
我が家には家具という高尚なものは存在していないので、毛皮を繋ぎ合わせたものを藁に被せてソファー代わりにしているそれにギムリを座らせると、対面になる位置に適当に座ってギムリの話を聞くことにした。
「んで、何か用事?」
「あー・・・んとなー・・・ウチのカミさんがちょっとな」
そう言いつつ、両手を前で組んでピコピコと指を動かすギムリ
正直私の親と言われてもおかしく無い年齢の彼がそんな行動をしても、ちっとも可愛らしくないのでやめて欲しい。
「ムムルさんがどうかしたの?」
「ああ、なんか最近なんていうかその・・・変なんだよな。ちょっとしたことで怒り出したり、怒ったと思ったら際限なく落ち込んだりとかな・・・。もしかしたら変な病気か何かなんじゃないかとか心配になっちまってよぅ」
「ほー、大変だねえ」
「下手したら、あー・・・気を悪くしないで聞いてくれよ?お前みたいに何かに憑かれちまったんじゃねえかってな、思っちまってよう」
「精霊がどうとかって?其れは無いと思うけどなあ。僕が憑かれてるかどうかってのは僕自身は良くわかってないけど、それだと思うものは僕自身いるかどうかってのは分かるけども、多分それならそうで本人は判ると思うしね」
「わかるのか?今いるのかここに!?」
「今は居ないよ、大体夜になると現れるけども、何をするわけでもなく居るだけだしね。」
「そ・・・そうか」
「で、ムムルさんだけど、多分あれだよ」
「あれって?」
「初めての出産で動揺してるんじゃないのかなあと思う。それは多分ギムリさんもそうだと思うけどさ」
「動揺・・・ふむ」
「まぁお互い初めてなことだと思うからさ、そういうときはギムリさんがどっしり構えてムムルさんを不安な気持ちにさせないようにするとか、そういう気持ちであたってみたらどうかな?と思うんだけど」
「不安・・・かぁ、なるほどなぁ」
「っていうかさ、僕みたいな子供に諭されてどうするんだよ」そういって笑いかけると
「それもそうだな」そう言ってギムリは苦笑した
「まあナニカに憑かれてるとかどうとかって話は、まず大丈夫だと思っていいと思う。そんなに心配ならホラットさんあたりに聞いてみればいいんじゃない?」
「それはそうなんだが・・・その、もしもそうだったらムムルもお前みたいにその・・・な」
「あー・・・僕みたいに家族と別れて暮らすようにされちゃうかもってこと?」
「ああ、それにムムルはなんていうかこの村の出じゃないだろう?下手すると村から追い出されるなんて事になるかもしれないと思うとなぁ。いや、それならそれで俺も一緒に出て行くとは思うんだが、身重のアイツを連れて別の集落に移動するにしても、色々と問題があるかもしれんしな」
「ギムリさん体格に似合わず心配性すぎるよ、大丈夫だってそんなことにならないから。そんなに心配なら見に行こうか?」
「体格に似合わずってなんだよぅ。俺はあいつがほんとにほんとに好きでなぁ」
「あーもうわかったから、大丈夫だって。そんなんだと、どっしり構えることもできないでしょう?あんまり後ろ向きに考えずに、生まれる子供の名前でも考えて陽気に過ごすことを考えたほうがいいよ。男の子か女の子か産まれるまで分からないけどさ、両方の名前を二人で考えたりしたらいいよ」
「むう・・・そうれもそうかもしれんな。すまん、世話になったな」
「いや、気にしなくてもいいよ。どうせ暇だし、誰か尋ねてくることもほとんど無いしね。いい気分転換になるし」
「ところで、さっきからいい匂いしているが何だ?」
「ああ、スープ煮込んでたんだった。ギムリさんも飲む?」
「ああ、もらおうかな」
木のマグカップにスープを注いでギムリに渡し、自分の分を器に盛ると木製のレンゲを使ってようやく朝食にありつくことが出来た。ギムリと私で器が違うのは仕方が無い。そもそも我が家は一人暮らしなのだから。ペットはいるけど
「お、これはなかなか美味いな」
「それならよかった」
「ところでノル」
「なに?」
「最近食が細りがちのムムルにこの美味いスープを飲ませてやりたいんだが、少し貰ってもいいか?」
「うん、いいよ」
「おお!ノルはいい子だなあ!何か力になれることがあったら手伝うから、何でも言ってくれよ!じゃあ、その器を貸してくれ」
そう言って、飲み干し終わった私の器を手に取ると、スープを煮込んでいた幅広の土器から器にスープを注ぎ
「じゃあまたな!」と言いつつ土器を両手で掴む
「ちょっと!」と言い切る頃には、玄関の布をまくってギムリ出て行くところだった。
1日食べられるくらいの量を作っていたので慌てて追いかけようと玄関の布をまくると、スタコラサッサとばかりに駆けてゆくギムリの後姿が見えて
「それは少しじゃない!ほとんど全部っていうんだああああああああああ!」
と言う私の声が、早朝の澄んだディアリスの空気に木霊した