9歳の秋 収穫祭 5
その日、私の家族の親族が集まるテーブルは静かだった。
向けられる視線は忌避であったり恐れであったり、あるいは同情や哀れみ、少数であるが安堵らしきものも含まれていたように感じた。
私は彼らに向けられる視線に対して有体にいうなれば諦観していた。
精霊信仰に対する人の有り方。それは自然災害に対抗する人間という図式を当てはめてみると分かりやすい。
人はいつ起こるとも知れぬ災厄に対して無力である。
そしてそれを精霊の仕業であるということにして、精霊に静まってくださいと祈りを捧げたり、その土地における繁栄や豊作などを祈願する。
今回印がつけられたという私は、ある意味で生贄に近いものがある。
印をつけられた者は、寿命が短くなるとホラットに宣告された。印をつけられるものに見られる条件とはなんだろうか?
印がつけられたものは早死にするらしいが、それはいったいどんな死亡なのだろう?
私は考える。それは孤独と強迫観念によるものも大きいと
コルミ婆ちゃんと会話していた時に精霊について聞いたことがある。精霊は強いものもいるが、生きるものの意志に負けるものも多い。と
私ではない印を受けたものが居たとしよう。その者は今の私のように忌避や恐れを含んだ瞳で見られることとなる。
あるいは彼らに禍が及ばぬように近づくことすらしなくなったとしたら、印をされたものに待つのは孤独である。
人は一人では生きられぬものだ。集団で過ごす人間は、役割を分担することで生きる。
集団から弾かれ、唐突に一人で生きることを余儀なくされた印を受けた者が、外から受ける哀れみや恐れを含んだ視線と、夜の闇を一人で過ごす孤独に耐えうる者は少ないと思われる。
そうして次第に積もるストレスや、それを起因とする心の病。もしくはそれに順ずる何かが印を受けたものの寿命を削り取っていくとしてもおかしくは無い。
精霊が本当に印を受けたものを殺すのであれば、印をつけられたものはすぐに死ぬはずなのだ。
精霊が死にゆくものを眺めるのが好きだとかいう倒錯的な嗜好を持っている場合は別だが。
父と祖父は朝の出来事が終わるとすぐに動き始めた。
収穫祭で私達家族の親族が集まっていたテーブルにおいて、私が精霊に印を受けたことを説明し、そして私が住まう家を作るために手を貸すことを要請した。
当初、精霊に目をかけられるのが嫌だと渋った者もいたが、私がその家を作るのを手伝わない限りは大丈夫であろうという言質をその場に着いてきていたホラットから貰うと、祖父はすぐにヨイサに会いに行くといってテーブルを離れる。
私は父とホラットに連れられて、長のゼン爺さんに会いに行った。
ゼン爺さんは当初にこやかに挨拶をしてきたが、やってきた私達がその理由を話すにつれてその柔和な顔が次第に真剣になってゆく。
簡単に言うと、一人で生活しなくてはならなくなった私に家を持たせることについての許可を取りにきたという話だった。
家を建てる許可は問題なく受けることができたが、どこに建てるのかという話になったので窯を作った場所の横に空いている空き地に作って欲しいと父に頼んだ。
家が出来るまでの期間をどこに住むのかという話になり、その間はホラットさんが預かろうという話になりかけたが、私は辞退した。
ウォルフとウィフが私についてくるだろうということはほぼ確定事項であり、外で寝ても狼の毛皮があれば寒くないであろうということ、野生動物などが来たとしてもウォルフとウィフが追い払うだろうということ、幸いにしてこの時期は雨がほとんど降らないので特に問題は無いだろうということを力説したのだ。
私は私の問題に、これ以上ホラット達を巻き込むことを由とはしたくなかった。
その代わりと言ってはなんだが、とりあえず1年の間はディアリスから配給という形で穀物等の食べるものを配給してくれるということになった。
一人で暮らさなくてはならないとはいえ、9歳児の私では生活が出来ないだろうというゼン爺さんからの提案である。
私ひとりならば木の実やなんかを集めればどうとでもなると達観してはいたが、配給が受けることができるのであれば貰っておくに越した事は無いので、その提案はありがたく受け入れた。
帰り際にゼン爺さんに止められ、なんじゃらほい?と足をとめて話を聞くと、先日作った大きい鎌を此度の小麦の収穫に使ってみたところ、大変効率が良いのでいくつか量産してみることにしたという報告を受けた。
正直に言うと、それどころではない心境だったので「そうなのかー」と思っただけだったが。
昼まで広場で過ごし、たらふく食い物を食べる。
途中、私が家を出なければならない事にたいして文句を言いながらボロボロと泣いていたノエルを宥めたり、親族たちが私に向ける眼差しに唐突にキレて言葉にできないけど気に入らないと叫んだノエルを宥めたり、テーブルをガンガン叩いて喚き散らすノエルの言葉になんとも言えない罪悪感を感じたのかシュンとする親族達を宥めたりした。
「仕方ないさ」と何度も繰り返した、言葉で、心で
どうにもならないことなんていうものは、世の中いくらでもある。
例えば、誰かが野生動物に襲われて死んでしまったとしても、襲った野生動物を退治することは出来ても死んでしまった人は生き返ることがないように
自然の脅威のおおよそは、人がどうすることができないように
今回のこれも、あるいはどうにもならないことだろう。
ただ、ノエルの葛藤や怒りも理解できるのだ。
だからこそとは言わないが、この印を受けた人間が必ずしも死ぬわけではないと、抗ってやろうと思うこの気持ちは、きっとノエルが爆発した、いやしてくれたおかげで持ちえたものかもしれない。
家に戻り、いつも使っているバックに必要な物を詰め込んだ。
ナイフや火打ち石、自分用の大工道具、着替えと細々とした道具類。
皮の水筒や釣竿、鉈等の家族共有の物については、家に居た祖母に確認をとって貰えるものは貰うことにする。
部屋に積んである木の実等は、暇を見て持ち出せば良いだろう。
寝床の藁に被せたシーツ代わりの布を剥ぎ取り、藁を手作業で窯まで運び込む。
家族はそれを手伝おうとしてくれたが、精霊がうんたらと面倒なので一人でやったほうがいいだろうと説得した。
細かくなった藁を背負い籠に入れて運ぶこと数時間。日が暮れようとしている頃にその作業は終わった。
家が完成するまでの短い期間は、とりあえず窯が風雨を凌げる家代わりである。
窯の奥に纏めた藁に、布を被せて寝床の完成だ。
一息ついて窯から出ると、夕日に照らされて赤く染まった丘の稜線が次第に消え行く所だった。
ふと家の方向を見ると、夕日に照らされた家の前に家族がそろって立っているのが見えた。
次第に闇に包まれてゆく
家族の姿が見えなくなると、ホロリと涙が一滴こぼれた
ウォルフとウィフが『帰らないの?』と聞くかのように「ワフン?」と鳴いた
窯の外で、いつか使おうと窯の中に少しだけ置いてあった薪に、藁を火口にして火をつける
かばんの中から、収穫祭の広場から奪ってきたプレイムファローの肉の塊を取り出して、炙りなおす。
それをウォルフやウィフと分け合って食べて腹がくちくなった所で、焚き火を見ながら今後どうしようか、どうなっていくのだろうか?等と埒も無いことを思索していた。
ふと、焚き火の向こうに何かが居る気配を感じで顔をあげる
そこには、あの黒い鳥がいつのまにか佇んでいた。
私はソレを睨みつけた
さて、別にどってことのない次回!何の話にしようかね?w
若干変な話になっちゃったなーって気がするけど簡便な!