7歳の秋
秋の収穫が終わり、無事に作物を取り終えた事を神に感謝する祭りをディアリスで開催されている頃、私は村はずれの林でクルミに良く似た鬼カウイという木の実を拾っていた。
祭りに参加しないわけでもなく、先ほどまで家族と過ごしながら、年に何度も無いことであるが家畜として飼っている豚を解体し、肉料理を味わっていた所なのであるが、鬼カウイの実をすり潰して木の実和えを作ってみようと思い立っただけの事である。
鬼カウイの実は、クルミとは違い実の大きさは約10cmほどと大きいがその殻は脆く、乾燥しているものなら足で少し踏む程度でパキリという音とともに半分に割れる。
乾燥した実は、乾燥したためによる実と木の枝を繋ぐ蔕の劣化かなにかによって落ちるものであろうとは想像できるのではあるが、乾燥してはいるが落ちてはいない実を落とすために2m弱ほどの適当に拾った木の枝で叩き落したりもしていた。ついでに、ウニの実も落ちていたのでそれも拾う。ウニの実は、まんま栗である。ウニである、海栗ではないがウニなのだ。分かると思う。これを焼いたのもホクホクして好きなのだ。もちろん踏んで中身を露出させ、それを採取する。
鬼カウイの割れた実の中身を指でカリカリとほじってやると、クルミに似たあの形状の中身が手に入るというわけだが、クルミの中身のアレと比べて、それもまた10倍ほど大きい、味はクルミと遜色ない味わいであり、塩を振って炒ったらさぞかし美味しいことだろうと思うところではあるのだが、ディアリスにおいて塩は結構な貴重品である。
塩を手に入れる方法は、いくつか考えうるところではあるのだが、現状は物々交換で手に入れるくらいしか入手先は限られているようで、それも岩塩だった。
どうやらもっと山側の奥地に、塩湖が干上がった土地があるようで、その近辺に住む住民と作物と交換するようだった。
大体、手軽に手に入れる方法としては海水を煮詰めてうんぬんが一番簡単なのであろうとは思うわけだが、ディアリスは海に面した土地ではなく内地であり、海までの距離は歩いて1週間ほどかかるらしい。
わけもないことをつらつらと考えながら、鬼カウイの木のたもとにポツポツと落ちている木の実を踏んではほじり、叩き落しては踏んではほじりを繰り返した。
それを祖父母の作った布で適当に作った肩掛けカバンのような袋に詰めてさぁ帰ろうかといったところで、林の奥から子犬の声が聞こえてきた。
昔、といっても前世のことではあるが子供の頃に犬を飼っていたことはある。
そしてそれは、小さな犬が何か悪いことをして叱った後にすがりつくように許しを請うかのような甘えた鳴き声であり、どうしようもなく気になってしまった私は、様子を見に林の奥へと入り込んでいった。
鳴き声を頼りに草をかき分けて進み、そこで見たものはボロボロになり体中に血の滲んでいる、元は美しい毛並みだっただろうと見ただけで分かる白銀の毛を持つ狼らしきものと、その足元に縋りつくおそらくその狼らしきものの子供が2匹、そしてそれに対峙する3匹の灰色ハイエナと、すでに事切れている数匹の灰色ハイエナという状況だった。
ちょうど白銀の狼の後ろから私が現れた格好であり、ガサガサと草を掻き分けて現れた私をみた灰色ハイエナ達は、私を見て警戒心を顕にこちらを睨みつけていた。
その時の心境は、これは終わったかもしれない。といったネガティブなものである
来なけりゃよかったと思っても後の祭り、目の前には獲物を見つめて唸る灰色ハイエナと、それから目を離さずに唸り続ける白銀の狼。
どちらから見ても、私はエサになりうる獲物に映るのではあろうが、白銀の狼がいることで三つ巴となり、膠着状態に陥った状況とみていいのだろうかこれは?
白銀の狼はこちらをチラリと一瞬見て、すぐに灰色ハイエナに目線を移した。どうやら脅威とは思われていないようだ。
悲しくもあり、少なくとも白銀の狼から敵意を受けてはいないことに安堵した。
兎に角、生き残るために何をしたらよいかである。
もちろん踵を返して脱兎の如く逃げ帰るのが最良ではあると思うだが、それに反応してハイエナたちが獲物変更とばかりにこちらを追い始めたら確実に負けるのは自分であるのは確定事項で、分の悪い賭けにでるわけにもいかないし、手に持っているのは木の枝1本である。
何をしろというのだ・・・・
カバンの中身を考えてみても、持っているのは糸と釣り針と火付け石と鬼カウイとウニの実。木の枝があるから釣りができる!
・・・だからどうした。現実逃避はバッチリだった。
こちらに敵意を今現在は持っていないとはいえ、白銀の狼に近寄るわけにもいかず、ハイエナ達も敵意を持って睨み続ける白銀の狼を見つめて動くこともできず、7歳児の自分が何をするべきかなんてことも分からない。
ここは勇気をもって突貫するのが、どこやらの世界やディアリスでも語られる英雄じみた物語の主人公の有るべき姿ではあるのだろうなあと意味も無く思い浮かべたが、あえて言おう。
無理。とりあえず無理、そんな度胸無い。大体成長期ですらない小さい身長に、動きにくい林の中、木に登るという選択肢も無いではないが、登っている最中に襲われたら終わり。まず、登るのも遅いしね!どうしようもなくなった私が行なった選択は、逸れた思考を元に戻そうと行なった空気突っ込みであった。
待て!といった思考とともに右手を横に繰り出したその突っ込みは、右手にもった木の枝とともに空気を切り裂くような素晴らしい音とともに、近くにあったウニの木に直撃した。
思わず身がすくむような音が「ピシャーン」と鳴り響き、ハイエナや狼もこちらを見ていたが、一番びっくりしたのは自分である。思わず「ウヒャッホイ!?」と、飛び上がりそうになってしまったくらいだった。
ここからはダイジェストで起こったことを並べていこうと思う。
まず。私がびっくりした、自分でやった木を叩く音に。
そしてウニの実が落ちてきた。木に当たった枝の衝撃とかで落ちるわけも無いと思うのだが、実際落ちてきた。
そしてそれが私の頭を直撃。
刺さった。本気で痛かったから叫んだ。
「いてえええええええええええええええええええええええええ!」
刺さったそれを掃う私、声に驚いてこちらを見るハイエナ達。無視してハイエナを見ている白銀の狼。
ハイエナの思考がそれたのをチャンスと見たのか飛び掛る白銀の狼と、慌てて掃い落としたウニの実を踏んで滑って転ぶ私。
あっけにとられて注意を私に向けていた1匹のハイエナが、喉笛を噛み切られて死んだ。
転んだ拍子に、滑ったウニが背中に刺さってさらに叫ぶ私と、狼に意識を移したいが大音量で叫ぶ俺にも注意を向けざるをえないハイエナ
そしてもう一匹のハイエナが白銀の狼に飛び掛られ、首を折られたのかゴキリという音とともに崩れ落ちる飛び掛られたハイエナ
そして白銀の狼と1対1で対峙せざるをえなくなったハイエナは、逃走。
崩れ落ちるように体を横たえた白銀の狼とそれに走り寄るその子供2匹。
背中が痛くて悶える私。
以上、状況終了。幸運なのか不運なのか。
助かった分の幸運を、不運によって賄った気がしてならない。助かるのは良い、そして誰も見ていなくて良かった。そうして辺りを見わたした。
ボロボロの血だらけで奮闘した白銀の狼は、まさに命の火を燃やしつくさんとしていた。
子供達を生かすために戦ったのだろうか?どこか安堵したような目で子供達を見つめる倒れ臥した狼。いや、脅威的度合からしたら私もハイエナもどっこいどっこいのような気がするのは自分で言うのはおこがましいだろうか?確実に狼と比べて私は異種であるわけだし。と、思わないでもなかったが、狼は私を見ようともせず、ただただ子供達を見詰めて最後にポツリと「ゥォン」と泣いた。
私は善人ではない。
しかし悪人でもない。
理由も無く、今まさに息絶えた、家族を守りきったその元は美しかっただろう毛並みを持つ狼の子供を、殺そうとは思わない。いつか脅威になるからという理由をつければ、殺してしまうのも一つの選択肢であったことは認める。考えなかったわけではない。
しかし、しかしである。
生存競争という自然界のルールにおいてではあるが、家族を守りきったその狼の気持ちや、死ぬまでに戦い抜いたその姿は、私を少なからず感動させたことは確かだ。
ならばその死に報いなければならない。私もついでのように助けられた身ではあると思うのだから。
例え死した狼が私を守る気などカケラすら持ちえなかったとしても、助けられたという思いを私が思った時点で、それは私にとっての真実だった。
狼の亡骸から離れようとしないその子狼を見て、私の身長よりも遥かに大きく体重も重いその亡骸を、背負って村に戻った。
途中何度も転んだが、かの亡骸を引き摺って運ぼうとは少しも思わなかった。例えそれが楽な方法だと分かっていても、それはしない。何度も背負いなおし、もくもくと歩いた。
子狼達は、私が彼らの親を奪っていくと感じたのか、何度も私の足に噛み付いてきた。
生まれてそれほど経っていないと思うその子狼の繰り出すソレは痛かった。
だが、それを蹴り飛ばすわけにもいかず。ただ噛むに任せて歩いた、親が守った子を、同じく守られた私が傷つける道理はあるはずもなかった。