9歳の春 2
モルド爺さんに粘土を頼んで数日。
モルド爺さんが粘土を掘りに行くのに私は連れて行かれた。
朝食を取っているときに、フラリと現れたモルド爺さんとミケーネ。
「ちょっと坊主借りてくぜ!」とモルド爺さんが言うと、朝食のパンを咥えていた私にミケーネはスルリと近寄り、屈んで何をするか?と思いきや私の腰に腕を回してそのまま持ち上げた。
拉致同然に小脇に抱えられて私が連れ去られるのを、家族は呆然とみていた。
そして私は台車の上である
舗装もされていない道なき道を進むために車輪はちょっとした段差に跳ね、衝撃吸収のスプリングのようなものも当たり前のようについているわけもなく、私の尻を突き上げるようにゴツゴツと響く振動は、長時間座っていたら下手すると痔になるのではないか?という危機感を覚えるほどのものであった。
ディアリスを出て、朝から歩いて約半日。太陽が中天に差し掛かる少し前に採掘現場に到着した。
川沿いにある粘土採掘場は、丘が削れたような形状で断層が顕になった面白い地形だった。
恐らく川が増水したときにこの丘にぶちあたり、元の流れに戻っていく過程で削れた丘が、古い地形を表面に出したような地形で、私はそれを見た時恐竜の化石もでるかもしれん!と、妙に興奮したものである。
丘が削れて出来たと思われる断層が、緩やかに曲がる川沿いに数キロ続いており、川が増水していないときは断層沿いに入っても川は採掘するところまでは来ないそうである。
5mほどの高さの断層の中腹に粘土層があり、それを削って持ち帰っていたという話をモルド爺さんと交わしながら、鍛冶職人4人衆が器用に断層を登って粘土層を削りだしているのを私は眺めていた。
粘土を台車に山盛りにして、全員でそれを押しながらの帰り道
「なあ坊主。わしらこれからしばらく忙しくなるから粘土が無くなってもそうそう取りにいってやることはできん。じゃから、今度からは自分で粘土を取りにいけ」と、無茶をいう爺さんに
「僕の体力で粘土持ち帰るのはちょっと無理じゃないかな?」と、台車の後方を押しながらそう言うと
「なに、量を減らせばなんとかなるじゃろ・・・・たぶん。台車もしばらくは使わんから好きに使えばいいしな」
「いや、いま運んでいる半分の量でも多分無理じゃないかな?」
「そうかのう・・?まあ代わりと言ってはなんじゃが、持ち帰った鉄は相当量あるから欲しいものがあったら作ってやらんでもない。それか、自分で鉄叩いてみるか?」
なんという魅力的な取引だろうか。
もちろん欲しいものなどいくらでもある。
ナイフ、斧、木材加工用の様々な道具、フライパン等の調理道具や、肉を焼くときに便利そうな鉄串等、まさに夢が広がる。
そして私は、後の事も考えずに提示された条件にほとんど躊躇いも無く肯いた。
粘土を積んだ台車とともにディアリスに戻ると、もはや日が暮れかけた頃だった。
次の日からファーガスを巻き込んでレンガ量産体制に入った。
持ち帰った粘土を使い、一日50個強のペースでレンガを作っていく。私は粘土に水と砂を加えて練り上げ、煉りあがった柔らかなそれをファーガスが型に入れて形を作り、日の当たらない場所に置いていく形で進められたそれは、2週間もたった頃粘土が枯渇してしまったほどのハイペースだった。
もちろんレンガの形を作ったとしてもすぐに使えるようになるわけでもなく、最初に作った頃のレンガが丁度良く乾燥されていたので今度はそれを火にかけて焼き締める工程に移る。
ウージの林を避けながら私とファーガスは焚き木拾いに駆け回り、レンガ作りを始めて30日ほどたったその日、出来上がったレンガの総数はなんと700個に達した。
そしてこれを使って窯作りに入ろうと、昨年整地したがほったらかしになっていた窯作りをしようと思っていた場所は、春の芽吹きを感じられるといえばいい言葉であるが、雑草が繁茂し、風雨に晒された切り株が湿ったまま転がり、昨年食べたウージの実の殻がいくらか落ちているという見ていると悲しくなるような光景であった。
いや、わかってはいたのである。狩りをしているときや散歩をしているときもこの場所の近くを通りかかることは良くあった。
いつか整理しないとまずいな、まずいな、と思いつつも、先が見えない窯作りの為におろそかにされていたその場所を、とりあえず片付けることから始めないといけないことは判りきっていて放置していたのだ。
何をするのか良くわかっていないファーガスと、場所の片付けを始めて3日。
最近体力がみるみるついてきたファーガスを伴い始めた場所の片付けは、私がひとりでやっていた頃よりも数倍の速さの効率で場所を整理することができた。
次の日、さぁレンガを運んで窯作りに入ろうじゃないか!と、意気揚々と鍛冶工房の隅に置いてあるレンガを運ぼうとしたら、作ったはずのレンガが半分以上喪失していたという現実に突き当たり、私は凹んだ。
「なぜだー!」と叫んでいると、私の声に気がついたのかモルド爺さんが工房から現れて
「レンガもらったぜ!」と、満面の笑顔で語る
原因はモルド爺さん他鍛冶工房の職人達である。
今までよりも持ち帰ることが出来た鉄の量が増え、鉄に十分な余裕ができた彼らは、それまではアシストを主な仕事としていたミケーネとテグサにも本格的に鉄を打たせることにし、それならば鉄を溶かす炉を新たに据えるか!という話になった所で、それもレンガで造ればいいや、と出来上がったばかりのレンガを使い、炉を作りましたとさ。
そして私の趣味の窯作りは、3歩進んだかに見えたが実際はその後に2歩下がるといった結果に至ったというわけである。
私が欲しいと思っている道具等は、練習も兼ねてミケーネとテグサが作るということになっているらしいので、全体的に見れば後退しているわけではないのだが、テンションは駄々下がりだ、思わず
「モルド爺ちゃんのあほおおおおおおおおおおおおおお」と叫びながら日の暮れ掛けたあぜ道を走った。
ファーガスをその場に残して。
何事も一朝一夕ではまま成らぬものであると判ってはいるのだが、いつになったら私は窯を据えることができるのだろう?と、窯を作るために整地した場所で膝を抱えながら思った。
ほんのり涙目の私を、ウォルフとウィフが必死に慰めようとして体を擦り付けたり顔を舐めたりしてくれてたのが、少しだけ心和ませるひと時であった
そんな春の出来事