9歳の春
冬が去り春が来て、いまだ風はやや肌寒いが、日差しは暖かなものに変わり始めている。
この時期になると、ウージの林ではドスンドスンとその実を落とし始め、ディアリスの民はこれを指して春の神様の足音と呼ぶ。
勿論、ウージの実が落ちる音がそれほど遠くまで聞こえるわけではないのだが、近くにいれば落ちる音は聞こえるし、夜皆が寝静まった頃に落ちるソレは、大地を振動が伝わり寝床で寝ていると落ちたのが判る事もあるのだ。
またひとつ年を重ね、一年前に身長を測った時よりも、3cmほど背が伸びていた。
しかし3cmである。成長期のはずなのに3cmしか伸びないというのはいったいどういうことなのだろうか?ただでさえ同年代と比べて身長が低いほうであるというのに、このままでは大人になっても小さいままになってしまうのではないか?と、無駄に心に重石をのせたような気持ちになる今日この頃である。
肉食べているのに・・・骨すら齧っているのに・・・・
春になる直前に赤土の荒野へモルド爺さんの応援に行っていたイグルドさんは帰還したのだが、今度は塩を交換に行くのだと言って休む間も無く出て行った。
長に聞いたところ、エニシダよりもさらに北東の寒風吹きすさぶ谷の中に、フェアウロウフォアという塩の泉が有るという。その谷の近くに集落があり、その名をフェアウロウフィーアと言うのだが、去年は凶作だったらしく交易で作物を主に持ってきて欲しいとの連絡があったそうで、それを聞いた長が帰ってきたばかりのイグルドさんに作物を持って早めに行ってきてくれとの要請を出し、彼は休む間も無く出て行ったのだ。交易隊は大変そうである。
ちなみに、フェアウロウフォアというのはウロウ神の涙という意味だ。
話を聞いた限りだと、風吹きの谷と呼ばれる地域のある場所に塩で出来た泉があり、その泉は海の神様であるウロウ神が涙を流してそれが乾いたから出来たのだ。と、信じられているらしい。
実際は、海が閉じ込められて出来た湖が、火山活動等によってそれを残したまま地盤ごと移動し、なんらかの原因で水分が飛んだ結果、塩が大量に残ってそれが泉に見える。といったところだろうと推測している。
風吹きの谷はその名のとおりいつも強風が吹いているような土地という。
谷の間は数百キュビット程度で、谷を形成する断崖の高さは80キュビットほど、谷の長さは4千ランビットほどと言われている。ちなみに4千ランビットは50km程度と解釈すればよい。
人が住むには厳しい土地だと思うのだが、ウロウ神を信仰する民が集落を形成しはじめてできたのがフェアウロウフィーアという所で、この意味はウロウ神の麓という意味を持つ。
ウロウ神を信仰する民は、どちらかというと海際の集落に多いという話のついでに聞き及んだのだが、フェアウロウフィーアの民はウロウ神の涙をもって日々の糧にするのだ。
という精神で、風吹きの谷の入り口近辺に集落を形成し、塩を採取しながらそれを交易しているらしい。もちろん作物も育てているのだが、それが不作だったのだろうとのこと。
ウロウ神の涙からできた塩を交易品にするあたりは、ウロウ神の信者?としてはいいのだろうか?という話も長に尋ねたのだが、かの集落の民はその塩をウロウ神からの贈り物だという認識だそうで、贈り物を交易に使うのは彼らの裁量である。ということになっているらしい。
ウロウ神の塩を売ろう と、前世の言葉を使ったダジャレが浮かんだが、誰にも語ることの無い、そして誰も理解できない私だけのベストヒットになったのは秘密である。
毎日ファーガスを伴って近くの林中を駆け巡っていたおかげか、コルミ婆さんに届けていた野草や木の実の類は半年分程の量があるらしく、薬草の倉庫に入りきらないからしばらくは持ってこなくて良いと言われてしまい、私は手持ち無沙汰だった。
もっぱらウォルフとウィフの狩りの腕を上げるために獲物を探してウロウロすることはあるが、林や畑に出没するのは大きくても猪くらいのもので、猪は強敵すぎて今のウォルフやウィフでは勝利が難しい。
なのでヘンネル等の小~中型の獲物を狙うことになるのだが、これらだと彼らは割合簡単に狩猟してしまうので狩りの腕が上がっているのかどうかの判別はつきにくい。
林に居た猪と遭遇したことはあるのだが、タイミングの悪いことにその猪は子持ちで、子供を守るためにその親猪が奮戦し、その分厚い皮下脂肪のせいでウォルフやウィフの牙や爪もほとんどの効果を得られぬままに逃走するほか無かった。
以来、猪を見るとウォルフやウィフは威嚇するだけで襲い掛かることは無くなった。
野生動物は健康が命綱なのである、怪我をして狩りができなくなれば、それは死ぬことと直結する。若干悔しそうに唸るウォルフとウィフを撫でて慰めた。
燻製も何度か挑戦してはいるのだが、薫蒸した肉を焼いて食べると美味いことを知った姉やメリスが、家で煙が立ち上っているとほぼ毎回現れるようになり、薫蒸中の肉と私を見詰めてキラキラとした期待する目を投げかけてくる。
毎回それに負けて、彼女達と肉を食べることになるのだが、結局燻製が完成するのがいつになるか私には検討もつかない。
どちらにせよ、私が目指しているのはビーフジャーキーのようなカリッカリに乾いたものなので、塩が貴重な現在ではおいそれと作れない。いつか交易で塩を大量輸入できるようになったら、挑戦してみたいものである。
ちなみに燻製肉の煙が上がっていると、メリスとトニ&メルが見つけた場合、双方に知らせずに現れる。人数が増える分食べられる量が減ると思っている彼女達は、双方が現れるか、メリスだけ、もしくはトニ&メル。下手するとトニとメルのどちらかが現れるといった事もあり、燻製を作っているときに誰が最初に現れるのか?そして今日は誰が来ないのか?といった賭けをファーガスとしているのが、近頃の楽しみである。
ちなみに姉は煙が上がると一番最初に現れて、誰かが来れば自分が食べれると思っているようだ、だから彼女は賭けの対象にならない。
そんなこんなをやっているうちに、モルド爺さんが帰還した。
台車に詰まれた鉄のインゴットは数百キロ程の量、今まで持って帰ってきていた鉄の量の凡そ10倍の量である。
レンガで造った炉は、何事も無く稼動したそうで、今後もこのように鉄を精錬して帰ってこれるならば、いつしか交易品に鉄製品を並べることも可能になるかもしれないなぁ、等と長と話して笑いあっていた。
モルド爺さんに粘土が無いので取ってきてほしいと言うと。
「任せておけ!」と言ってくれたので、そのうち取りに行ってきてくれるだろうと思われる。
そんな春の日々
次回から本腰をいれてレンガ作りに入る予定
しかし予定は未定