8歳の冬 3
その日は良く冷えた日だったので、霜柱ができていた。
霜が凍りつき畑土が盛り上がるように凍りついたそれをパキパキと踏んで遊んでいた朝のこと、私の前に一人の少年が立ちはだかった。
「その狼達をよこせ!」
と、長さ60cmほどの棒切れを私に突きつけるように構えながらへっぴり腰で脅してきたのは、ファーガス君(10歳)であった。もちろん名前しか知らない。ディアリスの民で多く見られる栗色の毛をし、ヒョロリとした痩せ型の印象を受ける少年だ。
私自体はケンカは好きではないし、無駄に傷を作るのも作るらせるのも望む所ではないので、静かに手を後ろに伸ばし、カバンの蓋に重石代わりに吊るしている鉈を皮で作った鞘から引き抜くと
「落ち着こう、まず落ち着こう。とりあえず木の棒は捨てよう。それを使われると僕もコレを使うのはちょっとイヤだけどどうしてもそれで殴りかかってくるのなら使わざるを得ない」
そう言って逆に鉈で彼を脅した。
途端に涙目になった彼がブルブルと震えながら木の棒を投げ捨てたので、私も鉈を元に戻す。
「まず、僕にあんまり敵意を向けないほうがいいよ。ウォルフとウィフがどういう行動に出るか予想もできないから。下手するとキミに襲い掛かりかねない。現に今体勢低くして身構えているし。ウォルフ、ウィフ。伏せ」
ウォルフとウィフは私の言葉に素直に伏せをする。それでも目線をファーガスから剥がさず、伏せた手の位置はいつでも動けるように土に爪を突き立てているように見えた。とりあえず最悪の事態にはならなさそうだとため息をつくとファーガスを見る。
何もできなくなったファーガス君は、ポロポロと涙を流しながら
「僕は嫌だったのに・・・・うわぁぁぁぁぁん」と、その場に座り込み泣き出した。
なんだろうこれ、私が悪いのか?と思いつつ彼に事の次第を問い詰める。
彼は年上の少年に私が飼っている狼を奪って来いと命令されたのだそうだ、命令したのは未成年男子の現在リーダー格のガト少年と、その取り巻きのドランとマイルという少年で、少し前からウォルフとウィフを欲しがっていたとの事。
グループに所属?している他の男の子達も乗り気だったようで、誰が私に「ウォルフとウィフをよこせ」と言いに行くかという話になり、気弱そうに見える彼に矛先が向いたということらしい。
ウォルフとウィフを男の子達で飼うのだ!と、取らぬ狸の皮算用で盛り上がった彼らは、何を言ってももう止まらない雰囲気で、嫌な役を押し付けられた彼はイヤイヤながらも私の元に現れてここに至るという話を、ベソをかきながらポツポツと語る彼の言葉を辛抱強く聞き遂げ、私は呆れて言葉を発するのも億劫になってただため息をついた。
奪って飼うという話は流石に許容できないが、触りたいだけならそう言えばいいじゃないか?と問うと、年下の私にお願いするのはちょっと・・・。という感じの無駄なプライドをガト少年他が持っているらしく、前日に辛抱たまらなくなったガト少年他がさっさと私に言いに行け!と焚きつけたとかで、仕方なく着たけれどどうにもならないしこんなことになったら男子グループに戻るのも気が引けるし等とメソメソ泣くファーガス少年に、問題があったら私に言いに来るか、もしくは私と遊べばいいじゃないかと適当に慰め帰らせた。
それにしても変な話である。要求があったら自分で言いにこればいいのに、なんていうか下っ端に任せて高みの見物とはいい身分ではないか、ガト少年。
呆れて怒りも感じないが、今後彼らから何らかの接触はあるのだろうな。と、心の片隅に置いて、ウォルフとウィフのゴハンを釣りに川にいった。その日は何事も無く過ぎた。
次の日、ウォルフとウィフを連れて川釣りをしていると、茂みをガサガサと掻き分けてファーガスが現れた。
何事か?と思いながら「何か用?」と聞くと、男の子達のグループから追い出されたと言う。彼は半泣きだった。
未成年の男の子達の高年層9~14歳くらいの少年達で構成されたガト少年達のグループは10
人くらいの人数で、これはその年代の全ての男の子が所属している形になる。
そこから弾かれたファーガスは、頼る相手が元々一人で過ごしている私くらいしか居なかったようだった。逆に言えば8歳以下の少年達はまだ話の内容に着いていけるほどではないだろうし、頼るにも頼りなさ過ぎるであろうことは考えなくてもわかる。そもそも年下の男の子に頼るのもなんだかおかしいし。
ぶっちゃけ私も年齢的には8歳だし、ファーガスが私に頼るというのも見た目からしたらそれもどうよと思わなくも無いのだが、昨日何かあったら言いにおいでと言質を貰ってしまったファーガス少年は、それを信じて私の元に来たという話だった。
「そーなのかー」と呟きながら釣りあげた魚を適当に投げる。最近ウォルフとウィフはムーンサルト半捻りキャッチという妙技を習得し、どんどん芸達者に育っている。教えても居ないのに。
うまいことキャッチしたボーラタを一度地面に置き、ピチピチと跳ねるそれを両足で抑えたウォルフは、その腹にガブリと食らいつく。その様を膝を抱えながら座ったファーガスはまじまじと眺めていた。
無言のまま釣りを続け、次に釣れたボーラタを「エサあげてみるか?」とファーガスに聞くと「うん」と頷いた彼にボーラタを渡し「適当に投げてやればいいよ」と言って、次の魚を釣るために釣竿を振った。
後ろから「わぁー」という歓声が聞こえたので、恐らくエサをうまく投げ与えることに成功したのだろうと思うと、釣る作業に集中する。
浮きも重りも無い毛鉤釣りは、何度も水面に投げなくてはいけないのだ。川の流れに沿うように何度も流してやるのがコツである。そのうち、フライフィッシング用の簡単なリールでも作りたいなぁと思いながら適度に集中しつつ釣りをして、その後ボーラタを釣るごとにファーガスに渡し、結果4匹釣り上げて本日の狼達のエサ終了となった。
その後、ファーガスを連れてウロウロと散策し、野草の類を探しながら彼と話をした。
彼はやや内向的で押しが弱いタイプのようだった。長男で弟と妹がいてよく面倒を見ているとか、今度兄弟も紹介するよとか話しをした。
しばらく野草を探したりしていると、ウィフが野兎を捕まえてきた。
ヘンネルと呼ばれるウサギに良く似た耳長のげっ歯類だが、全長半キュビットほどの大きさに成長するそれは、ディアリスの肉系蛋白源としてよく狩られる種である。普段は薄茶色っぽい色をしている毛皮だが、冬の間だけは白い毛色に変化する。
畑の作物を食べに来ることもあるので、ある意味害獣と呼べなくも無いのだが、ウサギの種類にしてはその動きは遅いほうなので、狩猟をする際に目標とされることが多いとか、ハイエナ達の主食になっている、という話をギムリに聞いたことがある。
毛皮をアエーシアさんの所に持ち込むと喜ばれるので、もしウォルフやウィフが捕まえたら毛皮を剥いで持ってきなさいと母と祖母に頼まれていた。
息絶えている兎の耳を掴んで肩に担ぐと河原に行き、鉈で切れ目を入れて毛皮を剥ぐ間に焚き木を拾ってきてくれとファーガスに頼んだ。河原には乾燥した潅木等も良く流れ着いているので、焚き木拾いには困らないだろうと思われる。
流石に皮を剥ぐのは力が要り、私の非力な腕力では毛皮をなかなか剥がすこともできなかったので、鉈の先を毛皮と肉の間に差し込んで少しでも剥ぎやすいように切込みを入れていくのだが、細かい作業をするには向かない鉈で、さらに私の体格に合っていない取り回しづらい鉈を使用しているのだから時間がかかる。
四苦八苦しながら毛皮を剥いでいると、半分も剥ぎ終わっていないうちにファーガスは焚き木を拾い終えたようで私の横でその様子を眺めていた。
そのまま見させておくだけなのもなんなので、2人居ると作業を分担できていいなぁと思いながら兎の毛皮をファーガスに引っ張ってもらい、私は鉈を当ててゆく。
しばらくすると兎は毛皮が剥げて丸裸になった。
腹を裂き頭を落とし、川で洗って内臓は心臓以外すべて川に流した。そのうち魚のエサになるだろう。
カバンから火打石とグリモリ草を出して焚き木に火をつけ、兎に木の棒をぶっ刺したそれを、火に当てないように焚き火の近くに据えて、遠赤外線でじっくり焼けるのを眺める。
途中、棒が焼けて焚き火に兎の生焼けが落ちて、その拍子に燃えている小枝がウォルフの毛皮に落ちて若干毛が焼ける等のハプニングもあった。ジリジリと焼けてゆく肉の匂いにウォルフとウィフが「フン!フン!」と鼻息荒く匂いを嗅ぎ興奮していたり、ヨダレをダラーンと垂れさせるウォルフに苦笑したりといった一幕もあったのだが、それら以外は特に何事もなくしばらくして兎の丸焼きは完成した。
鉈を焚き火に翳して消毒したことにし、少し熱いそれをヒラヒラと振って熱を逃がすと、
丸焼きの後ろ足のモモに切り込みを入れてそれを2本作り、片方をファーガスに渡してもう片方は自分の口に咥える。
ジュルジュルと肉汁溢れる残りの丸焼きを、ウォルフとウィフの前に置いて「よし!」と言うと、待ってました!とばかりに食いついた2匹は、肉の熱さにびっくりして肉から口を離した。
それを見て、ファーガスと二人で笑った。ひとしきり笑うと、モモ肉を食べながらファーガスがポツリと呟いた
「ノル君ってさ、なんというか・・・そう。逞しいよね」
「そうかな?もうちょっと身長も筋肉もほしいけどなあ」
「そういう意味じゃないよ」そう言って彼は苦笑した。
男の子の友達ができた、そんなある日の出来事。