秋の収穫祭 2日目
収穫祭の2日目も1日目と変わらず、皆で寄り集まって飲んだくれるのは変わらない。
1年でどれだけの量のシアリィが消費されているのか私は知る由も無いわけであるが、縦3キュビット幅2キュビットほどもあるタルが、2つほど広場の片隅にデンっと置かれ、蓋のついた木の容器にザバザバと注がれたシアリィは各テーブルに配られているし、足りなくなったらそこに貰いにいけば良いのだ。
私の家族の座るテーブルのシアリィの容器が空になったので、私に取りに行ってきてくれと言われたので、容器をもってそこにいくと、タルの横に置かれたテーブルについて飲んでいた酒職人のアモットさんに「おっちゃん、シアリィくださいな」と、言った。
「おーう」と言ったアモットさんは、フラフラとした足取りでタルの横に据えられている梯子を上ると、タルの蓋をずらして馬鹿でかい柄杓のようなものを入れる。ザバっという音と共に取り出されたそれを、私が地面に置いた容器に注いだ。
それを2度ほど繰り返し、容器にイッパイになったので蓋を閉める。容器の口には布をロウジーという木から出る樹脂に染み込ませたものが付いていて、これは弾力があって柔らかく。蓋の淵にも同じものがついている。それを合わせて蓋についている金具でしっかりと締めれば、ゴムパッキンのように擬似密封状態になるのだ。シアリィに含まれるアルコールを逃がさないための知恵である。
その容器は完璧に密封状態を保てるわけではないのだが、その日飲む分に関しては十分な保存力を保っているのだ。
しっかりと金具を締めて、さあ持ち上げようとしたところ、私の筋力では持ち上げることができなかった。私の腕で一抱えほどもあるその容器は、中身を入れれば20kg弱ほどにはなる。8歳児の私に、それを持ち上げろというのも酷な試練であるのかもしれない。
ありゃ?と思いつつ、どうしたものかと考えていると、アモットさんは苦笑しながらそれを持ち上げ、私の家族のテーブルにそれを運んでくれた。
「ありがとー」と言って、戻っていくアモットさんに手を振り、家族に向き合うと
「ノルは貧弱だな!」とか「体力無しはモテんぞ」やら「肉を食べなさい、肉」等、酔っ払い達に煽られて、酒の匂いで常時酔っ払い状態の私は、膝を抱えて落ち込んだ。
大体子供に持たせる重さじゃないさ。とか、いいもん僕の友達はウォルフとウィフだけでいいもん。とか言いながら、ウィフの首筋に顔を押し付けるようにして抱きしめ、そのモフモフ感と獣の匂いに癒されていると、昨日と同じように首の後ろの服ををガツリと掴まれてグイッと引っ張られ、私は宙釣りになった。
また酔っ払った母かしら?と思ったのだが、母はテーブルに座って肉を手で裂いていたし、父も祖父もシアリィの入ったジョッキを片手に呂律の回っていない宇宙言語?で会話をしている。祖母はコックリコックリと船を漕ぎ、ノエルはウォルフに肉を翳し、椅子の上に立ってジャンプさせて遊んでいた。
どちらさん?と後ろを向こうにも、体勢が体勢なので振り向くこともできず、酔っ払った頭で困惑するのだが、考えが纏まらなくてまあいいや、と考えを放棄して、されるがままに任せた。
「そんじゃ、坊主は借りていくぜー」という声が発せられ、私は一度降ろされると、その人の脇に抱えられて運ばれる。どうやら、私を連れ去ろうとしているのはモルド爺さんのようだった。
「モルド爺さん何か用?」と聞くと
「おーう、ちっと付き合えや」と言うので、なんじゃらほいと思いながらもされるがままに運ばれる。
連れ去られた先は広場の一角。集会所の前に設営されたテーブルで、そこにはディアリスの長や各工房の長、昨日踊りを魅せてくれたピエフのホラットさん達が座っている。
まさしくディアリスを運営する者たちの席である。私としては場違いも甚だしい
微妙にホンワカしていた頭も途端に正気に返ったが、何故私をモルド爺さんが連れてくる必要があったのかわからずにどうしたらいいのか迷っていると、テーブルに据えられているベンチ型の椅子にモルド爺さんはドカリと座り、私は彼に抱え込まれてしまった。
左手で逃げられないようにガッチリと体をホールドされた私は、彼の軽石のようにゴツイ右手の平を頭に載せられ、撫ぜられることはなかったがそのゴリゴリとして硬い手のひらが、彼が身じろぎするたびに感じられるという色んな意味で地獄のような状況にほうり込まれたのである。
どんな地獄かと言うと。
まずモルド爺さんのむくつけき肉体の感触が背中と尻に感じられ、微妙に硬いその体を押し付けられても全く持って嬉しくない。できればホラットさんに抱きしめられたい。
その日のディアリス全体に言えることだが、シアリィの酒気が立ち込めるその場において尚酒臭いモルド爺さんに押さえつけられて、彼から発せられるアルコールの匂いで普段の私なら確実に酔うのにその場の状況が地獄すぎて酔うこともできない。
長や各工房長等の好奇の視線が微妙に痛い。
そしてモルド爺さんの右手の平がゴリゴリと痛い。といった状況である。
混乱が混乱を呼ぶ私にとって混沌と化したこの状況。逃げ出したくてもガッチリとホールドされた体は、身じろぎすると頭をゴリゴリされて微妙な痛みを与えてくる。
もはや涙目である。
色んな意味で可哀相な目で見られていた。
「それでモルドよ、なぜノル坊やをここに連れてきたのかね?」
と聞いたのは、ディアリスの長のゼン爺さんである。
簡単に言うと村長とか町長とかそんな役回りを思い浮かべてもらうと良い。ディアリスの様々なものを取り仕切る最終決定権を持っているのがゼン爺さんだ。
今年で58歳。ディアリスの平均寿命からみると、そろそろ逝ってしまってもおかしくない人である。健康でそんなそぶりは全くもって見えないが。
「うむ、関係ないといえば無いが、あるといえばあるかもしれんのでな」と、モルド爺さんが言うと
長は「そうか」と言って「それでは」と前置きを置くと
「今年も何事もなく収穫がうまくいった。来年もこうであると良いが、それはそれとして来年に向けての話し合いをはじめようかの」と、言い出した。
この場に居るのは、まずディアリスの長ゼン、鍛冶工房長モルド、木工工房長ヨイサ、製布工房長アエーシア、交易兼輸送グループの長イグルド、猟師頭ボーダ、酒工房長マル、そしてピエフのホラット。
一人一人は話をしたこともあるし、各工房を散歩ついでに見学に行ったこともあるので、ほとんど皆に私は顔を覚えられているとは思う、話をしたことが無いのはこの中ではイグルドさんくらいのものだ。
それにしてもこの状況はどうみてもディアリスの今後を決める会議であり、私は場違いも甚だしすぎる。
別段彼らに見出されるほどの何かをした覚えもないのだが、何を思ってモルド爺さんはこの場に私を連れてきたのか理解が及ばない。とりあえず逃げようと思うのだが、がっちりと掴まれた私の体は腕や足をバタバタさせるだけで精一杯である。
うっすらと私の瞳に涙が篭り始める。もちろん泣くわけではないのだが、理解不能の事態に頭が考えるのを止めて幼児退行を引き起こしそうな勢いだった。
そんな私に関係なく会議が始まり、長が今年収穫された作物の量を述べ、今年は大豊作とは言わないが、そこそこ豊かな実りを得られたとの事を言う。
「とりあえず従来どおりに余りそうな分の穀物や野菜は交易に回すとして、何か意見が有るものはおるか?」
それに意見を述べたのがモルド爺だった。
「今年は・・・来年もだが炭を交換してくる量を増やして欲しい」
と言った。
「炭か、従来の量では足りなくなる見通しでも立っているのか?」と、長が問うと
モルド爺は説明を始めた。
「まず、2倍から3倍の量は欲しい。何から説明すれば良いのかはわからんが、まずこれを見てくれ」
そう言ったモルド爺さんは、私の頭に乗せていた右手を腰元に伸ばし、そこに巻くように装備してあった皮でできたポーチからあるものを出すと、ゴツっという鈍重な音とともにそれをテーブルの上に置いた。
レンガである。
「これはこの坊主が作ってたものなんだが、まあとりあえず見てくれ」
そういうと、長が手を伸ばしてレンガを掴む。
「なんじゃこれは?」といいながらそれを両手で持って眺めたが、話が見えない長はそれを他の工房長らに回しながら、モルドにそう尋ねた。
「うむ、それは粘土を練って作られているものなのだが、固いわりに割りやすく、熱にも強い。
坊主がウチの工房に釣り針を貰いに来たときに、ちょっと話をしてこいつのことを知ったんだが、それを分けてもらい、それで炉を作ってみようということになってだな、それを使って炉を据えてみたのだが使い勝手が良くて重宝している。
その炉をだな、これを持っていけば鉱山のほうにも炉を据えられないか?という話になってな。
今までのように、鉱石を持ち帰って精錬する必要が無くなれば、持ち帰られる鉄の量も増えるというわけだ。
つまるところ、鉱山のほうにも炭を持ち込んで、あっちで精錬しようってことなのだが、それをしようと思うと従来の炭の量では全く量が足りない計算になる。
しかし、それができれば持ち帰ることができる鉄の量は10倍くらいに増えそうなんだよな」
それを一気に言い切ると、喉が乾いたのかシアリィを飲んだモルドは
「だから炭が欲しい」
そう言った後に
「それにこれは、炉以外にも使い道が色々あるような気がするしな」
と言って締めくくった。
目を閉じ、腕を組んで内容を吟味していたかにみえた長は、ゆっくり目を開くと
「ノルエン、これの作り方を教えよ」
と、やたら威厳の篭った声で私に問いかける。
私はほとんどパニック状態である。遊びで作っていたレンガが大事になりつつあるのだ。
「あー・・・」「えーと・・・」と、うまく口が回らず難儀していると、モルド爺さんの右手が私の頭に再び乗せられ、ゴリっという音が頭蓋骨を振動して私の耳に伝わった。その骨を伝わる音と痛みになんとか私の頭は回りだす。
「粘土を水で練って置いておくと、硬くなるの。だから、いろんな形を整えておいて置くとそのまま固まって面白かったから、そうやって遊んでたんだけど、乾燥して固まったあとに火に当ててやると、もっと硬くなるみたいで、これで何かできないかなーと思って・・・」
なんとか子供らしく聞こえそうな言い訳を、無理やり搾り出した。
若干回り始めた私の頭脳は、できるかぎり最適の回答を述べることに成功したかにみえた。
「して、何故この形で作ったのじゃ?」
なんという答え難い問題をだすのだ!何か作るのに規格を統一したほうが作りやすいからなんて答えられるはずも無い。
「な・・・なんとなく?」
「これまでに、いくつコレを作ったんじゃ?」
1000個以上作った。何を作るか決めていないとこの量は普通作らない。もはや遊びの量を超えていると私ですら思うのに、下手なことを言えない。
「えっと・・・た・・・たくさん?」
そう答えると、長は「ふー」と息を吐き出し
「お主は子供なんじゃが、どうも子供に見えん事があるのう。その顔、どこか嘘をついてすっとぼけているドグラのヤツにそっくりだわ」
そういわれて、私の顔は盛大に引きつった。もう自分で判るくらいに顔が強張っているはずである、無論無理やり笑顔を浮かべようとして失敗している顔とも言える。
ちなみにドグラは祖父の名前である。
「しかし炭か、炭なぁ・・・確か川上のエニシダの集落で作っているんだったかの?イグルド」
「そうさなあ、エニシダ以外でも作っているところはあるにはあるが、遠いからな。近いところならエニシダが一番効率が良いかもしれんな」
「ふむ、ディアリスで炭は作れんのか?」そう聞かれた木工工房長のヨイサは
「ディアリス付近には炭を作るのに適した木が少ないからなあ、あれは高冷地にしか生えないグスコー木が良いらしいが、ここらにゃ生えてない。寒い所の木は密度の高い良い木が生えるというがここらでだとなぁ、ウージやノボセリは水気が多すぎて炭にするには適さないと聞くし、他に生えてる木も似たようなもんだ」と、答える
「それではディアリスで炭を作るのは難しいか・・・」
そう言って長を含む全員が考えを纏めるためか黙考し始めた。
私には何が問題なのかわからなかった、だから
「川上で炭ができるなら、川上には炭にしやすい木があるんだし、伐採してイカダを組んで川を下ってこれば問題ないんじゃないの?」
と言った。
私の発言を受けて全員が顔を上げ
「「「「「「「その発想は無かった」」」」」」」と、異口同音で言われた。
あまりの迫力に目をつぶり「うひぃ」と悲鳴を零したが
「そうすると、木を切りにいく人物の選定をしないといかんな」
「その前に炭を作るやつも誰か選ばないと」
「そもそも炭の作り方知ってるやつがいるのか?」
喧々諤々と口論しはじめ、私は置いてきぼりである。
モルド爺さんはそれをみて私を拘束していた腕を緩めると、小声で「もういいぞ」と言ったので、さっさとその場を退散することにした。
モルド爺さんは結局、炭を手に入れるための口実として私を使いたかったのだろうと思うが、私としてはある意味迷惑な話であった。
多分この話の流れなら、炭を必要分確保することはいずれにせよ決まったようなものだろうと思う。それに気がついたから、モルド爺は私を解放したのだろう。
ただでさえ変な子みたいな目で見られていたのに、恐らく彼らの見る目が今後変わってくるのではないかという危機感を抱かざるを得ない。
私は知識はあるが、できることは限られてくるし、未だに少年の身の上だ。
保護者に保護されてなんぼの年齢の私に、過度な期待を寄せられるような事態はゴメンである。
一度死んだはずなのにもう一度生きているという事実だけでお腹イッパイの私は、有限だけどできることは無限なこの人生を、自由に適当に生きたいだけなのだ。