8歳の秋2
収穫祭が数日後に迫り、ディアリスの民が皆忙しそうに立ち回っているのを集会所の建物の軒先で、コルミお婆さんに秋のおいしい木の実について実物付きで教えてもらっていた。
鬼カウイやウニの実については前述したとおりのものなのだが、他にもホイホイと持ち出してくる様々な木の実。コルミお婆さんとそれをオヤツにしながら「収穫祭楽しみだねー」とか、「カルトは再来年には成人じゃのう」とか、取りとめの無い話をしながらゆっくりと流れるディアリスの風景を、ボンヤリと眺めていた。
いくつか教えてもらっていた木の実の何種類かを、炒って砕いて煎じると風邪薬になるとかいう話を聞きながら、実演で炒っていた木の実を炒った先からポリポリと食べていたら「こりゃ!」と、怒られてしまった。
仕方ないと思う。香ばしい匂いには勝てないのだ、なぜか秋はお腹が減る季節であるし。
薬を調合する分まで食べてしまっていたらしく、変わりに木の実を取ってきなさいといわれて、木の実がある場所を教えてもらった。
引退したとはいえ、コルミお婆さんも元ピエフである。今も薬の調合等は行なっており、薬になる草木の場所はほぼ把握しているといっても過言ではないだろうと思われる。
そんな彼女に、彼女の秘密の採取場所をこっそり教えてあげる。と、言われて私は少し嬉しくなった。交換条件として、木の実をいくらか持ってくるように。とも言われたが、お安い御用というものである。
現在64歳という彼女はディアリスの平均寿命からしたら結構な長生きの方なのだが、最近は移動するのも億劫になってしまったと、ボソリと零したのを私は以前聞いたことがある。
腰も曲がりはじめているのか、歩いている姿は常に猫背ではあるが、意識は矍鑠としているようで、昔ほど思うように動かない自らの体に、多少の寂しさを覚えているようだったのが印象的だった。
それでもその知識は健在であり、今ディアリスで使われている薬の凡そ半分は、彼女がいつもいる集会所の軒先でコツコツと作られているものだということを私は知っていた。
もちろん、現代医学のような人体の生理に基づいて作られているわけじゃなく、漢方薬のようなものなのだが、処方されたそれを飲んで元気になっている人も沢山いるわけで、私には本当に効いているのか、はたまた単なるプラシーボ効果的な効能なのかは良くわかっていないというのが本心であるが。
ピエフはディアリスの民にとっては絶大な信用を勝ち取っているという観点から見るに、プラシーボ効果で病気が治っても、それはそれで悪いことじゃないよな。と、自己完結している次第である。
人間信じたものの価値がすべてなのだ。
歌と踊りで病気を治すなんとやらという部族がいた。とかいう話も、昔聞いた覚えがすることであるし。
それはさておき、次の日の私はコルミお婆さんに聞いた木の実の場所を探していた。
木の実の他にも取ってきてほしいと言われた野草も探して林の中をウロウロと彷徨う。
去年は一人で鬼カウイの林に入って、狼達を拾うなんていうハプニングがあったわけだが、今回は狼2匹をお供につれて、のんびりと散策も兼ねて木の実拾いである。
ガサガサと茂みを掻き分けて野草や木の実を探し、カバンに詰め込みすぎて重く感じるようになった頃、ディアリスの民から長老の木と呼ばれる大きな木に到着した。
長老の木とは言っても俗称で、実際は馬鹿でかいドングリの木である。
高さ数十メートルを超えるその木は、実の大きさもハンパではない。
アーシャの木と呼ばれる種類のその木は、木の樹齢に比例するかのように大きな実をつけるようになる。
なぜそんな事になったのか推測もできないが、あるものはあるのだから仕方ないと納得するしかないというのが私の感想だ。
樹齢何年であるか創造もつかないその大木は、木の円周の長さだけでも大の大人30人手を伸ばして届くかどうかといった長さを誇り、それに比例するかのようにでかく育つそのドングリの大きさは、椰子の実の大きさを想像してもらうと分かりやすい。
アーシャの実は解熱作用のある薬をつくる材料になるとかで、これも採ってきてほしいと頼まれたのだが、若いアーシャの木のドングリをコツコツ拾うのもなんなので、長老の木のドングリを1個拾って帰ろうと思って最後にここに来ることにしたのだ。
家の外から見ても森の屋根から突き出すように生えているその大木は、目の前にすると遥かに雄大で、ディアリスの民が長老の木と呼ぶのに相応しい威容を誇る。
長老の木の周り50mには、他の木はなぜか生えていない。
あまりの大きさに他の木が近くで生えることに恐れを抱いているのだ。と、コルミお婆さんは言っていたが、実際に近くでその威容を見るとそんな話も信じられてしまうのが不思議なものだ。
そのあまりにも圧倒的な光景に、しばし絶句して巨大な長老の木を眺めていると、木の袂で静かに佇んでいる少女に気がついた。
私に背を向けて大木に向かって祈るように手を組んでいるように見える。ディアリスで女性が着ている衣服に身を包んでいるので、恐らく知っている人だろうとは思うのだが、後姿ではさすがに判別はできない。
誰だろう?と疑問が浮かぶと、私の視線に気がついたのか彼女は振り向いた。
果たして彼女は、カルト嬢だった。
「なにしてるの?」と、聞いてくる彼女に
「それはこっちのセリフだと思うけど、あえて言うならドングリを拾いにきた」と言うと
「ふーん、そう」
「それで、お姉ちゃんは何してるの?」
「長老の木にお祈りだよ」
「お祈り?」
「長老の木はね、この辺り一帯の神様みたいなものなの。今年も豊かな恵みをありがとうございますっていうお祈りだよ」
「そっか、じゃあ邪魔しちゃいけないね」と、踵を返そうとすると
「ううん、もう終わった所だよ。私ももう帰るし」と、言って長老の木の盛り上がった根の上にいた彼女はポンとジャンプして、私の隣に降り立った。
足元にあった一抱えほどもあるドングリを拾うと、「はいっ」と言って私に手渡し、それじゃ行こうか。そう言ってすたすたと歩き始めた。
なんとも強引というか自分勝手なお嬢さんである。見た目はとても可愛らしいのに、中身は下手すると男の子と変わらないのではないか?と、思うほどのその在り方はいっそすがすがしい。
私が言うのもなんなのだが森はそれなりに危険な生き物もいる、私は狼達の護衛があるし、彼らは危険な生き物の気配を察知したらすぐ教えてくれるので、私はそれに注意しながらその上で警戒して森や林の中を散策しているというのに、彼女はすたすたとただ歩くのみである。
ピエフの彼女には何かそういうものを寄せ付けない加護みたいのものがあるのかね?と思いながら、リスに似た小動物を見つけて嬉々として追い掛け回していたウォルフとウィフを呼ぶと、彼女の後を追って駆け出した。
そんな秋のある日のお話。