8歳の夏 4
最近釣針のストックが心細くなってきたと思っていたところに、鍛冶親方達が帰ってきたという話を聞いて、いつも釣針を作ってもらっている工房に顔を出すことにした。
朝食を終えて川に釣りに行き、狼達のエサを与えてそのまま鍛冶師達の仕事場である工房に向かう。
工房はディアリスの中心区から少し離れた場所に建っている。
纏わりつくように私の体にその体を摺り寄せてくる狼達をあやしながら歩いていると、やがて工房が見えてきた。
工房に隣接して繋がるように立てられた倉庫に、鉄鉱石を積んだ4輪の台車が2台置いてあった。
倉庫側から工房に入ろうと思い倉庫に入ると、幾人かの笑い声が聞こえてきた。おそらく酒盛りをしているに違いない。
ディアリスの鍛冶師達は、年の3分の1ほどはディアリスにいない。
川を渡って西に数日進むと、ディアリス近辺の気候とは一変して赤土の荒野と呼ばれる地域になる。文字どおり赤い土が広がるサバンナのような気候らしいということは聞いたが、そこに入ってまた数日進むと赤黒の岩山と呼ばれる場所がある。
そこで鉄鉱石を採取することができるそうなのだが、鉄鉱石を掘るために数人係りでそこまで行き、掘り出した鉱石を運ぶ。
つまり彼らは、鉄鉱石が無くなるたびに掘りにいかなくてはならず、鉄鉱石に含まれる鉄分の含有量も1割含まれていれば良いほうだというが、毎回何百kgという量を持ち帰ってくるのだ。
釣り針も様々な鉄製品を加工した後のくず鉄を分けてもらって作ってもらっているというのに、あれば便利だろうと思う道具を作るにしても、少ない鉄を私が思うような道具を作ってもらうために分けてもらうというのは心情的に憚られるので、彼らにそれを作ってくれと打ち明けにくいのだ。
工房に入ると
「おっノルエンじゃねーか!今日も釣り針作って欲しいのか?」
と、シアリィの入っていると思われる木のジョッキを掲げたモルドという男が声を掛けてきた。
彼は鍛冶師を纏める親方である。
荒野を歩いてきたためか、赤黒く日焼けした体は、ギムリにも負けないほどの筋肉が張っており、これで御年53歳という年齢が信じられないほどに漲る覇気が、凄まじい威圧感を感じさせるハッスルジジイである。
彼に続いて「おーす」やら「ワッハッハ」やら言っているのは、モルドと同じく鍛冶師のキープ(42)とダルセン(38)。彼らもモルドには劣るものの、その鍛えられた肉体はそこらの一山いくらの男達に負けぬほどの力強さを感じさせる。
ぶっちゃけ暑苦しい集団である。彼らに囲まれると、あまりの暑苦しさになぜか汗の匂いの幻臭が感じられるほどに。
彼らの後ろでヒョイッと片手を上げたのはテグサ(21)シアリィのジョッキを傾けたまま、片手で挨拶する彼は、鍛冶師の中では一番若い。
あと一人、ミケーネという人もいるのだが、彼は昨年結婚したばかりのうえ、鉄鉱石採掘に行っていた間に奥さんが出産しているので、恐らくそちらについているのだろうと思われる。
彼らに追加の釣り針の作成をお願いして、今回の鉄鉱石採掘の話を聞いてみることにした。
すると、荒野を横切る際に野牛を仕留めてそれを皆で食べたはいいが、テグサが内臓の処理が甘かったとかでハイエナの群れに囲まれて焦った。とか
グーシャナという馬鹿でかい生き物の群れが行進していて、半日その場で立ち往生したとかいう話を聞いて盛り上がった。
彼らの話は、ディアリスから遠出をしたことが無い私にとってはとても面白い。
彼らは私が来る前から酔っ払っており、呂律は怪しいしその話が真実かどうか分からない部分もあるが、それでも楽しめる話を聞けたことに満足しながら、ふと横目で鉄を精錬する炉を見て思いついたことがあった。
1回の採掘で、数百キロの鉄鉱石を運んでくる彼らであるが、300kgの鉄鉱石を運んだとしても30kgほどの鉄にしかならない。
もっと人数がいれば、持ち運べる量も増えるのだろうが、ディアリスの人口を考えるに恐らく数年以上先にならないと人の数は増えないだろうし、鍛冶師の人数も増えないだろうということが考えられる。
ならば、精錬を鉱山近くで行い、鉄だけを持ち帰ることは不可能なのか?ということである。
それとなく聞いてみると
岩山で鉄を抽出することができれば、そりゃ持ち帰ることは可能だが、炉を作るのに適した材料が取れない。ということだった。
荒野の辺りは、岩山から湧き水が出ているので飲み水に困ることは無いが、土がザラザラの荒い目のものらしく、草は生えているが木が少ないために燃料にも困るということらしい。
それを聞いて考えを纏めていた私は、思いつく事があった。
レンガである。耐火性に優れ、規格がある程度統一して作られているために炉を作るのに適しているのではないか?
問題は燃料だが、それこそ行くときに薪を大量に運べば、ある程度の作成も可能になるだろうと思う。
そこで私は
「モルド爺さん、ちょっとウチに来て?」
「なんだ?やぶからぼうに。あとジジイいうな」
と言うモルド爺を引っ張って我が家の裏庭に連れ帰った。
裏庭に積んで放置してあるレンガを一つとって、モルド爺さんに渡し
「これ、炉を作るとしたら使えないかな?」と、聞いてみると
酔っ払って赤ら顔だったモルド爺は、それをコツコツと叩いたりその辺りに落ちていた石を拾ってガンガンと叩いてみた後に、真剣な顔をして
「ちょっとこいつ借りていくぜ」といって、そのレンガを持ったまま引き換えしていった。
太陽が中天を超え、私が薪を割りながら過ごしていると、モルド爺さんが現れた。
日焼けで真っ赤なその顔は、酔っているのかいないのか傍目では分からないが、その目は真剣で
「こいつをどうやって作ったんだ?」と、積んであるレンガを指して聞いてきたので
粘土を練って型枠にいれ、それを陰干ししたあとに焼いたもの という説明をすると、腕を組みながらその製法を聞いていたモルドは
「もしかしたら作れるかもしれんな・・・」
と、呟いた。
「作るならこれ持っていっていいよ」と、積んであるレンガを指して言うと
「じゃあ貰う」と、答えたモルド爺さんに
「炉を作るにしても、一度こっちで作ってみるでしょ?作るところ見学していいかな」
と、聞くと
快く了承をもらえたので、近々炉を作るところを見学して、窯を作るときの参考になれば良いな。と、思い私も嬉しかった。
もしも炉を作ることができたのならば、ディアリスに回る鉄製品の量もきっと増えることだろうと思う。
しいては、私が欲しい道具を作る分くらいの鉄も確保できないものだろうか?と、幾分腹黒いことも考えている私であった。
布告通りにチラ裏からオリジナル板に場所移動しました。