8歳の夏
コツコツとレンガを作り貯めてきたのだが、気がつくと約600個ほどの量が出来上がってしまっていた。
裏庭に作り貯めてあるそれを眺めるのは壮観である。高さ1キュビットを越えるレンガで造られた山が二つ。どどんと鎮座しているが、なぜこれほど作ったかというと・・・窯を作るのが面倒でレンガ作りに逃げていたというのが正しい。
窯を作ると簡単に言っても、もちろん薪を燃やす以上煙がでることは当たり前であり、家の近くにそれを作るのは憚れる。
様々な点を考慮して、窯を作る場所はもう決めてある。家の裏手を出ると、我が家で開墾した畑が広がっており、その畑を越えた先にムージ林の丘がある。その丘のなだらかな傾斜を利用して上り窯を作ろうと思っているのだが、窯を作るといっても整地する必要があるのは当たり前だというのは分かってもらえると思うが、それが面倒なのだ。
井戸を掘ることで、恐らく数年分は穴掘り力を消費したと思っている私は、穴を掘るという作業が億劫なのだ。
ちなみに、穴掘り力というのは畑を耕す事とは別である。畑を耕すことは生産力に直結するが、井戸を掘るにしても窯を作るために掘るにしても、結局のところは私の趣味の範疇を越えないのだから。
ムージの木は、杉に良く似た真直ぐに生える針葉樹である。高さ10mを越えるものも少なくはなく、屋根材として使う木の皮はこれから採取されたものだ。杉と違うところはその繁殖方法。種の入った殻が長くて重くて先が尖っていて、春頃になると落ちてきてその重さで土にぶっささり、そこから根を張るところである。
こういう植物はマングローブの種類に多く、泥炭土の比較的地面が柔らかい所に根付くもののはずなのだが、このムージの木の種はそのありえないほどの大きさによる重さで無理やり地面に刺さるのだ。危険極まりない。春のムージ林は野生動物すらそうそう近寄らない危険地域である。
危険といっても、ムージの木の下に行かない限りは当たることもないし、1つの木が1年で1つしか種をつけないので一度落ちてさえいればそれほど危険ではない。
1年に一つしか種を作らないとは非効率的な、と思うかもしれないが、実際この種は重さ30kgほどにはなる。長さ半キュビット、つまり60cmほどの種は、ほぼ確実に地面に刺さるのだ。そして刺さった種が根を伸ばしそのまま木に成長する。逞しい木である。
話を戻そう。窯を作ろうと決めたのはムージ林の一角。そこは前年に新たに家を建てるために伐採した跡地であり、ちらほらと切り株が残っている場所だった。
ムージの木は真直ぐなので梁を作るのに適している。相応の量が伐採された跡地は、開墾するのに適していたということだ。切りやすい場所を選んで伐採されていたために、そこはムージ林の端であり、その横は平地ではないがこれまでに伐採された後で何もなく、物資を集積する程度の広さもあって都合が良かった。
これからの作業を考える。
まず、邪魔な切り株を掘り出さなくてはならない。
窯を据えるために整地しなくてはならない。
とりあえずこんなものだろうか?窯を作るためのレンガは相当量確保していると思っているが、窯ができるまでどれほどの日数が必要なのか先が見えなさすぎて困る。
例えるならば、夏休みの宿題に似ている。
どちらも共通項は、やりはじめるのがツライということだ。
毎日少しずつコツコツとやる人はまずいないだろうと思う。そして最初に手につけるのが早かろうが遅かろうが、膨大な量のやらなくてはならない事に対して一歩目を踏み出すことのなんたる難しいことか。判る人も少なからずいるはずだ。
意味もなく目的を決めて窯を作ろうと思い立ったことを私は後悔していた。
とりあえず、切り株を掘り出すことからはじめることにしよう・・・。
そうして私は、窯作りのために第一歩を踏み出したのだ。
私が切り株を掘り出している間、ウォルフとウィフは林の中に入り込んで遊んでいる。ムージ林の近辺は、危険な動物は巣を作ることもないので割と放置気味である。
たまに何かを捕まえて私のところに持ってくることは変わらないが、大物も捕まえてくることもたまにあるようになってきた。そういうときは我が家の食卓にお肉が追加されるようになって嬉しい。
最近の彼らは、生肉も好きだが焼いた肉のほうが好きらしいことが分かった。
私のところに持ってきていたのは、焼いて欲しかったのだろうか?と、思い悩む日々である。