8歳の初夏 2
私には、知りたいことがいくつもある。
その中でも一番知りたいことは、ここはどこなのだろうか?と、いうことだ。
死んだはずなのに生まれ変わって生きている私は、今住んでいるディアリス近辺の植生や生態系、文化を鑑みるに、確実に私が生きていた地球の時代とは違うことは判っていた。
私が生きていた地球において、手の入っていない地域というものはほとんど存在しないといっても等しいはずであり、それならば何かしらの文化の接触が成されていないとおかしいし、ディアリスの様な気候も良く土地も悪くないのに人が少ないということも結論づける理由の一つである。
私が生きていた地球の過去の可能性と、すべてが滅び去った後に生き永らえた人間が復興しようとしている可能性。そして、ここは地球ではなく別の場所である可能性。
考えても仕方が無いことではある。どちらにせよ私が生きている場所はディアリスであることは間違いなく、私が生きていた場所に戻ることは不可能だろうと達観もしている。
私が何故ここに前世の記憶を持ったまま生きているかという不思議も、いつか知ることができれば良いなとは思うが。
基本的にネガティブだった前世の記憶もあるが、私はどちらかというと楽観主義だ。起こったことは仕方が無い、それに私はここの生活を気に入っている。
空気も美味しく、住民は朗らかで、その日の糧を得ながら自由に悠々自適な生活は、いつしか前世の私という記憶を持つ私という少年の遠い思い出として消化され、今を生きる私の糧となっているだけなのだ。
最近、トニとメルの双子は私の家の裏庭に毎日のように遊びにくるようになった。
今日も遊びに来て、粘土と井戸を掘ったときに余った土を使って泥団子を作って遊んでいる。
懐かしい遊びである、私の前世の幼少の頃は、如何に美しい泥団子を作ることができるか競争したこともあった。
湿り気を帯びた土を丁寧に丸めて、細かい砂で磨きながらひたすら丸く美しく光沢がある団子を作れるか。という遊びは、子供の頃の私を魅了したものである。
今日も今日とてレンガ作りに精を出していた私は、キリが良いところでそれを止めると、彼らと一緒に泥団子を作る遊びに参加していた。
3人で泥団子作りに熱中していると
「トニー!メルー!」と、叫ぶ声が聞こえてきた。
そうすると双子は立ち上がり
『おねーちゃーん』と、声が聞こえてきた方向に両手をブンブン振って答える。
そうしてやってきたのは、健康的に日焼けしたメリスという少女だった。
髪を首元で縛った尻尾がこちらに駆けてくる時に揺れていた。
綿で作ったパンツを履いて、胸元を長い布で巻いている彼女は、一目で成人していないことが分かる。
確か歳はノエルのひとつ上だったはずだ
ちなみに、男の子はパンツと腰元に布を巻く。夏は上半身裸でいることが多い。
彼女は現れるなり
「んもう。探したわよ?こんなところで何してるの?」と、言った。
「こんなところとは失礼な」と、苦笑しながら返すと
「ん・・・そうね、ってここノエルちゃんの家じゃない」
「そうそう、僕は弟なんだよ。僕はノルエン、大体ノルって呼ばれるからそれでいいよ」
「ああ、変わり者の弟だって聞いてるよっノエルちゃんに。私はメリス、よろしく」
姉も私からみれば随分変わっていると思うので苦笑いだった。
ウォルフとウィフは、初めて会う人にトニとメルの匂いと似ていることに気がついたのか、彼女の足元に座って匂いを嗅いでいた。
「あら、ウォルフとウィフだっけ?触っても大丈夫?」
と、言いながら恐る恐る手を伸ばしていた
「大丈夫だよ。・・・たぶん」
そう言うと「たぶんってなによたぶんって」と、言いながならウォルフの背を撫でた。
彼らは問題ないと判断したらしい。
「毎日服を泥だらけにしてトニとメルが帰ってくるから、私が何して遊んでいるのか見てきてってお父さんとお母さんに頼まれちゃったの。それに、いつも楽しそうにしているからお父さんもお母さんもあんまり叱る気になれないみたいでさ」
「あー・・・確かにいつもドロドロになるくらい遊んでるね」
「うん、洗濯するのは私じゃないからいいんだけどね。それで、なにしてるの?」
「泥で団子つくって遊んでるね、今は」
「泥で団子?面白いの?」
そう言いながらトニが作っていた泥団子をヒョイッと手に取ると、団子を持った手をくるくると回しながらそれを観察していた。それをトニがジャンプしながら「かえしてー」と呼びかけていた。
その時、彼女は団子を手から滑らせて落としてしまった。
私と彼女は、その瞬間そろって「あ」と、呟いたが、無常にも泥団子は元の形状を保つことなくグシャリと潰れてしまった。
・・・沈黙である。
はっ!と気がついてトニを見ると、その目元にはこんもりと涙が貯まり始め
「おでぃじゃんがおどじだぁぁぁぁぁぁ」と叫びながらワンワンと泣き始めた。
メルもそれに釣られたように目元がウルウルしはじめている、ウォルフとウィフは泣き声に困惑したのか、トニとメルの周りをクルクルと回っていた。
「あー・・・」と呟きながら彼女をみると、若干引きつった顔で困惑していたが
「ご・・・ごめんね?お姉ちゃんが同じの作ってあげるから許して?」と、トニとメルをあやし始めた。
スンスンと泣きながらそれでも泣き止みはじめた双子の背を撫ぜながら
「それで・・・どうやって作るの?」と、聞いてくるので
「それじゃ、見てて」と、言いながら泥団子をはじめから作るところを彼女に見てもらうことにした。
その後、泥団子同士をぶつけて割ったほうが勝ちというルールの遊びを始め、彼女の作った泥団子を粉砕したところ、彼女がトニの為に作った泥団子で勝負を仕掛けてきたが見事に私の作った泥団子が崩し、またトニが涙目になるといった一幕があったり、逆上した彼女が何度も団子を作っては勝負を挑んできたりという事があったが、省略することにする。
最終的にトニとメル以上に泥だらけになった彼女が、帰ってから両親に怒られたかどうかは、私が知る由も無いことである。