8歳の春
特筆するような出来事も無く私の誕生月を迎え、私は8歳にになった。
何か変わったことがあるわけではないのだが、1年前と比べて幾分背が伸びただけである。
寝室の壁に誕生月を迎えると身長を測る傷をつけるであるが、大体半ビット程身長が伸びていた。喜ばしい限りである。
1ビットは、大体大人の小指と人差し指を目イッパイ伸ばした時のその間くらいの長さだ。
手の大きさは兎も角、大体12cmくらいになる。半ビットというのは6cmくらい。1年でそれだけ伸びたのだ、子供の身長の伸びは何は無くとも喜ばしいことであり、それが私自身のことであるならばその喜びはなにをいわんやである。
ディアリスにおいて、長さの基準になるのは ビット キュビット ランビット等がある。
ビットは言わずもがな、キュビットはビットの10倍 ランビットはキュビットの10倍。
普段の生活で使う長さの単位は大体がキュビットまでであり、ランビットを使うことは少ない。
ちなみに、私の身長は1キュビット弱である。
仮に1ビットを12cmと仮定して、1キュビットは120cm。私の身長は1キュビットに足りていないので120cm弱。ディアリスに住む同じ年に生まれた子達と比べて私はいくらか背が低い。
背の高さは体力を測る目安にもなりえるので、背の高さは魅力のひとつにもなりえる。
背の低いチンチクリンは女の子にモテナイというのは、私の前世も今のディアリスにおいても変わらないのが面白い、と私は思う。
女の子にモテナイのが悲しいというわけではない。身長の高さは、見た目からして子供らしさを強調するのであり、大人として認められるためにはそれなりの体力があることも必要なのであるからして、何は無くとも身長が伸びることは私の悲願なのである。
ディアリスは体力嗜好主義であり、何は無くとも生活力は体力に比例すると思われている節があるから。
それでも1年前と比べて確かに成長していることは嬉しい事だった。
私の成長もさることながら、子狼達の成長も著しい。
最初は私の膝よりも低かった頭の高さが、膝を越えて腿に達するほど育っており、私が彼等に噛まれたらそれはもう死亡一直線であろうと推測している。
すくすくと育つ彼等の成長を喜ぶと共に、言うことを聞かなくなったらどうしようという心配もしている今日この頃である。
ウォルフとウィフ。彼等にも性格の違いのようなものがあり、ウォルフは活発で好奇心旺盛。何が危険であるとかお構い無しに突き進み、痛い目にあって危険なものを判断するという飼い主としてはドキドキしてしまう性格をしている。正直、もう少しおとなしくなってくれと心で祈る男の子だ。
ウィフはどちらかというとウォルフの後をついていき、ウォルフが興味を示したものに同じく興味を示すのだが、最初は近寄らずウォルフが行動を起こすのをじっと見ている。
ウォルフが近寄って、特に危険は無いと判断すると同じように近寄っていきフンフンと匂いを嗅いだりする。
ウォルフが何か痛い目にあったりすると、彼に構わず私のところにすっとんできて私の後ろに隠れたりするので、ウォルフに何かがあったと判断するのは簡単なのであるが、同じ種族というか兄弟なのだから助けてあげないのか?と、思わざるをえないそんな女の子だ。
狼の特性について私が覚えていることといえば、彼らにはリーダーというものが存在するということくらいであろうか。
雌はともかく、雄は群れのリーダーを掛けて争いをする。
リーダーに喧嘩を売り、負けたほうが群れを離れて1匹狼になるとかそんな話だった気がするが、もしかするとこの2匹にとっては私がリーダーなのかもしれない。
そうすると、ウォルフは必然的にいつか私に襲い掛かるのであろうか?と、夜も眠れぬ日が3日ほどあった。
が、いつも私の後をついて周り、キャッキャと兄弟で遊んでいる彼等を眺めるうちにとりあえず今は考えないことににしようと自己完結したことがある。
何か事があれば、何かが起きたときに考えればいいのだ!と、深く考えないことにして、問題になっていないことを問題にしようとしない事なかれ主義の私であった。
年をひとつとった私に、何か変わることがあったか?と言われれば特に何も変わることは無い。
いつものように水を汲みに行き、子狼の餌を釣りに行き、たまに家族の作業を手伝い、ディアリスをウロウロと散歩するといった具合である。
ふと気がついたことであるが、今のところ村とか町とかいった概念がないらしいという事に気がついた。
言葉に無いものは概念にはならないのは当然の事だし、ディアリス以外の民の集落の事をあまり知らないというのもあるが、集落にはそれぞれの名前があり、村や町とかでそれを区別することも無く固有名詞でそれを呼んでいるからである。
かといって、それぞれの集落の人口を知る由もないからして大きさがどうとか考えることもなく。そもそも村と町の違いを述べよと言われたとして答えに窮するだけのことであり、
気にするだけ無駄なことだと言わざるをえない。
そもそもディアリスは一言で言えば『The 農村!』といった雰囲気で、どこかに税を納めるとかいった事も無く、地域を治める王制のようなものも敷かれているように見えない。
文化的には、かなり昔といえばいいのだろうか?むしろどれくらいの昔なのかもわからない。
食うものに特に困らない程度に農業をしているし、文化的な何かを行なうといったものも見受けられない。
生活を楽にする道具の発達というものが伸びていないような気がするのである。
例えば、穀物の貯蔵といった概念である。
もちろん穀物貯蔵庫はあるのだが、麻で編んだ袋に穀物を詰めて穀物貯蔵庫に入れておくといった具合で、必要性を感じていないから陶器が発達していないといった感じだろうか?
食事するときに汁物を飲むとすれば深皿等があるのだが、陶器ではなく木製のカップだったりする。
水瓶から水を取るときも、木製の柄杓のようなものを使用するし、大概はその辺にあるもので代用できてしまうから発達しなかったのかな?と考えている。
ならば、何かやってみようと思い立ったわけである。
丁度春だし、何かやるにしても区切りが良い。そう考えた私は、前述にある陶器を開発してみようと思い立った。
思い立ったは良いものの、陶器に必要な物を考える。
陶器を作るには釜で焼く必要があったような気がする。
↓
釜を作らなくてはならない。
↓
釜を何で作るか。
↓
土では脆すぎる、耐熱性があって頑丈でといった事を考えると、レンガがいいかもしれない。
↓
レンガは粘土と水と型枠があれば作れる気がする。
↓
粘土を捏ねるにしても水がなければ話にならないが、水は川に汲みに行く必要がある。
というわけで
水を汲みにいくのは問題ではないが、何事にも効率というものがあることは当たり前で、粘土を捏ねるにしても何にしてもそうそう何度も水を汲みにいくのは効率が悪い。
そこでまずは井戸を掘ってみるということから始めることにした。
井戸を掘る。と、簡単に言ってはみたものの、水脈があるかどうかが問題であるのだが、家の周りでもディアリスの居住区域にしてモッサリと生える植物や木等を見て、水脈はあるはずだと当たりをつけた私は、古来から水脈を探すために仕様したと云われるダウジングを試してみることにした。
振り子式ではなく、両手に枝を持って行なう方法を試してみることにする。
ディアリスにおいてダウジングの概念というものは存在しているのかどうかは知らない。コルミお婆さんや、カルト等に聞いてみれば占い方法のなかに似たものはあるかもしれないが、どちらにしてもオカルトである。
2別れした枝を持ち、今にも跳ね上がるように力をいれて、枝の先端が跳ね上がればそこに何かがあるのかな?みたいなニュアンスだったかと思う。
曖昧な記憶で曖昧な行為を行なったとして、それが正しいか?なんて全く思いもしないのだが、何もしないよりは何かすることがあったほうが生活に張りがでるというものはあるのだ。・・・ということにしておく。
そうして何度も枝が振りあがってはその地点に目印の枝を刺したり、調査を行なうこと3日間。
その辺に適当に掘るわけにもいかないので、家の周りの土地で探してみた結果。家の裏手の場所に掘ってみる事に決定した。
作業1日目
掘る。とりあえず掘る。鉄製のスコップ等あるわけもないので、先を尖らせた木で突き崩して集めた土を横に出す。
終わる頃には手に水ぶくれができていた。水に冷やして養生する。
家族には新しい遊びかなにかだと思われている模様。
何をしているのか?と、問われたので、土を掘っているとだけ答える。
深さ半キュビット弱
作業3日目
もくもくと掘っていると、ついに水ぶくれが潰れる。かなり痛かったので、コルミ婆さんに聞いた傷に良く効く草の葉を適当に傷に被せてその日の作業は終了。
深さ4分の3キュビット
家族に再度何をしているのかと聞かれる。
もちろん土を掘っているとだけ答える。
作業7日目
意外と簡単に掘れていた気がしたが、柔らかい土の層を抜けたようで作業効率が落ちる。
土に小石や石が混ざるようになった。
穴の深さは私の身長を超え、降りるのに木製の丸太を削った梯子を使用。
掘るのに微妙に邪魔なのがネックだ。イライラが募る。
この辺りから家族が私を見る目が微妙に可哀相な子を見る目に変わる。
深さ1と4分の1キュビット
作業10日目
手は傷だらけ、流石に手が痛いので布の包帯のようなものを巻いているが、血が滲んで痛々しい。それでも掘る。何かに憑かれているように掘る。
一旦、縦に掘るのは止めて穴の形を整えることにする。
長さ1キュビット半ほどの棒を用意し、その広さで正方形になるように穴を広げることにした。
意外と土は重いので、布袋に持てるだけ土を入れて穴の外に出す。
気軽に井戸を掘ろうと思いつくべきでは無かったと思った。
意外とキツイ。というか、8歳児のこなす作業ではない。ということに今更ながら気がつく。しかし後の祭りであった。
作業12日目
井戸掘りの穴の周りにこんもりと溜まった土を移動しないと危ないことに気がつく。
一日かけて、土を移動。アホの様な量であった。
作業15日目
穴の中は微妙に蒸し暑い。春先なのに、汗がダクダクと流れて連日私は真っ黒である。
しかし気にしない。家族の見る目がさらに可哀想な子を見る目に変化していることも知っているが気にしない。
子狼達は、穴の周りでクンクン泣いている。構ってほしいのだろうか?
指が微妙にゴツクなってきた気がする。
あと、家族どころかディアリスの住人からも可哀想な子を見る目で見られている事に気がついた。非常にやるせない気持ちになった。
深さ大体2キュビット
作業20日目
ついに父からお叱りを受ける。
いったい何をしているのかと問われたので、穴を掘っていると答えたら拳骨をくらった。
仕方無しに、穴を掘ると水が出るかもしれないと言う。
信じようとしない家族だったが、家の裏手で水が出た場合の利便性を語り、出たら楽じゃないかと話をした。
それでも止めろという父と喧嘩をする。
何を言っても、暴力言語を繰り出しても屈しない私についに父は折れた。
止めもしないが協力もしない。それが譲歩であると父は言い放った。
もとより協力を期待していたわけではなかったので、私はそれを承諾。
さらに掘ることにする。
作業30日目
小石が混ざる層を抜けた。硬いが土だけの層になった、少し作業効率があがる。
深さ3キュビット弱。穴から出るにも一苦労するほどになってきた。
あえていうが、子供のする作業ではない。
作業40日目
穴の崩落を避けるために、1ビットほどの太さの丸太を穴の4隅に配置し、それを起点にして斜めに半ビットほどの太さの丸太を入れてゆく。
土を外に出すのも苦労をするようになった。作業効率どころではない話である。
なぜ私が穴を掘るのか、それはそこに穴があるからだ。
もう、何も考えないことにした。
深さ3キュビット半
作業60日目
ついにこの時が来た。
家族に『もうだめだ、こいつなんとかしないと』みたいな目でみられること数十日。
自分でもなんでこんなムキになって掘っているのか疑問だったが、もはや井戸を掘るという目的ではなく、穴を掘ることが意地になってきた。
そして、近頃水分を含んだ土が出始めたと思っていた。
その時、突き崩した土を布袋に入れようと掬ったら、じわりと水が沸きだしているのを見たのである。
歓喜であった。思わず叫んでしまったほどに。
叫び声に何かあったのかと母が呼びかけてきたが、私は
「でたよ!でたんだ!やったぜ!はっはー!」
等とずっと叫んでいた気がする。
母に手伝ってもらい、土を穴から出す速さが少し加速した。
すでに水はでてきているが、なんにせよもう少し深さがないと汲み上げるのも不便である。
母は、水気をたっぷりと含んだ土を見て驚いていた。
深さ4キュビット強
作業61日目
父を駆り出し、土を出す作業を手伝わせる。
水は滾々と湧き出し、今は穴の底にいる私の膝上あたりまで沸いてきている。
水気を含んだ土は掘りやすいが、持ち上げるには私では力が足りない。水分を含んだ土を、水中で布袋に詰めて、あとは父任せで麻布のロープで引き上げてもらう。
そんな作業をすること5日、ついに井戸は完成した。
あとは水を汲み上げる容器とロープとバケツがあれば、いつでも水を汲むことができる。
汲みやすいように矢倉を立てるのも良いかもしれない
なんにせよ、私の苦節する2ヶ月もの日が終わったのだ。
まさに感無量である。しかし今更ながら言うが、子供のする作業ではない。確実に、むしろ作業を完遂しきった私の努力と根性と可哀想な子を見る目で見られ続けた忍耐をどうか分かって欲しい次第である。
子供に無茶をさせてみるシリーズその1
今回はいつもより長めの話なのに、会話全くなし!(笑)
自分でも書いててこの作業はどう考えても無理だよな。と、思わざるをえない
サブタイトル「子供が5m穴を掘る話」