2002年2月14日木曜日13:14 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 ソビエト連邦陸軍カムチャッカ防衛区第198狙撃連隊第一大隊第二中隊 主力陣地
「いやあ、BETAには困ったものですなあ」
余裕を感じさせるニヤニヤ笑いを隠そうともしないゴップ准将は、戦域モニターに映し出された戦場を眺めた。
横一列になって攻め寄せるBETAに対し、この地を進む人類は同様に長い戦線を作って抵抗している。
攻勢作戦において前進を止められたという意味では最悪の状況であるが、今のところ後退までは強いられていないため、挽回の余地はいくらでもある。
「ソビエト軍の砲兵部隊は弾薬不足により後退します」
またひとつ、部隊が戦力を失った。
後方に下がり、確かな整備と十分な補給、そして僅かながらの休息を取れば再戦力として使用できるが、今使えないという事実は変わらない。
「准将閣下、どうされますか?」
この数時間ですっかりと8492戦闘団のやり方に馴染んでしまった中隊長は、当然のように指示を求めた。
ゴップは押し寄せるBETAの大群に対し、的確な指揮で全てを跳ね除け続けていた。
大隊が押されれば側面から中隊を突撃させ、中隊の衝撃力が失われれば大隊を前進させる。
簡単に言えば押したり引いたりを繰り返しているわけだが、膨大な量の砲撃支援があるとはいえ、BETAの大群相手にそれを冷静に行える指揮官は少ない。
「クォックス01より緊急連絡、エリアB-12付近に要塞級157体が出現、小型種も多数。砲撃支援要請です」
オペレーターが冷静な口調で報告する。
要塞級の100体を越える集団。
それは絶望的な破壊力を持っている。
「付近の前衛部隊は全て後退、他のエリアからもかき集めて突撃破砕射撃を実施。
それと、司令部に対し予備兵力の投入を要請して下さい」
中隊長を始め、指揮所内の誰もが息を呑む。
刻々と変化する状況に対し、所定の方針に拘り続ける事は敗北を意味する。
今回の作戦は地球規模であるため、一部の部隊だけであっても所定の方針を捨てることは許されないのだが、それでも何らかの手を打たなければならない瞬間はある。
今がまさしくそうだった。
ソビエト陸軍の担当地域を抜かれる事は、北方と東方の軍集団が分断される事を意味し、つまりは桜花作戦の破綻へと繋がる。
とはいえ、予備の投入とは戦闘ではなく作戦の最終段階において検討すべき事項だ。
既に師団予備兵力の全力投入が伝えられて久しいことからして、ゴップの求めている支援とは上級部隊、つまり軍司令部や軍集団司令部に対するそれを指している。
「8492戦闘団司令部より入電、日本本土より北方軍集団に対し追加支援が決定されました。
六個戦術機甲師団、二個戦車師団、陸上艦二個戦隊です。
追加支援相当の部隊が軍集団予備から当地域へ、先発して抽出されます」
明るい知らせに指揮所内の空気は緩んだ。
六個戦術機甲師団?二個戦車師団?陸上艦隊が二個戦隊?
日本帝国が何をどうしてそんな戦力を本土から出す気になったのかはさておき、増援だ。
やってくる連中が全員訓練未了の半人前であったとしても、ここまでの戦力となると数自体に価値が生まれる。
「反撃には十分ですね」
ゴップは笑みを浮かべた。
それはとてもとても、楽しそうな、嬉しそうな、笑みだった。
「全ての砲兵に命令。
砲身が焼けるまで撃ち続けるように伝えなさい」
彼は笑顔のまま命令を続ける。
この時、既に攻撃中だった部隊も含め、砲兵戦力は18個大隊が三つの陣地に布陣して攻撃中であった。
自走砲、牽引砲、自走ロケット砲、地対地誘導弾発射機。
およそ思いつく限りの装備を詰め込んだ彼らは、整備中の友軍や、全弾射耗の上に疲労困憊で後退したソ連軍には構わず、前線への砲撃を継続し続けている。
「再編成の終わった戦術機部隊は?」
モニター上に無数のアイコンが追記される。
一つ一つは戦術機甲中隊を意味しており、恐るべきことに五個大隊が戦線復帰を待つ予備兵力として温存されていた。
これらに加え、軍集団予備から抽出された大部隊が増援として合流する。
この戦線への割当がごく僅かだったとしても、十分に戦い続けることができるはずだ。
「五個大隊、随分と減らされたものですねえ。
まあいいでしょう、中隊単位で最前線と交代、戦車隊はこれを援護。
ガンタンクはどうか?」
近距離戦闘から長距離砲撃までを単独で行えるガンタンクは、その有用性ゆえに全部隊で渇望されていた。
ゴップはその権限を存分に発揮し、あちこちの部隊からその兵器をかき集めさせていた。
代償として戦車二個中隊と一個戦術機甲大隊を変わりに差し出す結果になっているが、彼の中ではこれでも差し引きでプラスだ。
「あと一個小隊の整備で戦闘準備が整います。
整備完了している機体は今すぐ戦闘に投入できます」
勇将の下に弱卒なし。
名言とは、常に真実を言い表しているからこそ名言と呼ばれる。
「ありがとう、今出さねば意味がない。
敵の圧力が強いところに全て叩き込みなさい」
BETAの一番恐ろしいところは、圧倒的物量が高速で押し寄せてくる事による衝力だ。
どんなに強固な陣地を築いても、高性能な兵器を揃えても、現在の人類ではこれに対処する事が出来ない。
それは8492戦闘団においても同様であり、だからこそ物量を揃え、高性能な兵器を集め、それでも戦術が必要とされている。
「地雷の敷設はどうか?」
戦術機が飛び回り、陸上戦艦が吼え、戦車が高速で走り回る戦場において、対BETA地雷の有用性は些かも減じるものではない。
作戦初期のような速度戦においては使い所がなかったが、敵を迎え撃たねばならない今、地雷は前線部隊の頼れる友だ。
「既に目標の80%以上を敷設しました。
現在は進撃路側面の防御割り当て分を設置中。
設置済み個数と残数の誤差はありません」
決算時の在庫確認も真っ青の精度で管理されている設置カウントは、誰もが満足できるだけの品質を維持している。
1年後にここを突撃級の背に乗って走り回れと言われても、誰もが笑顔で了承できるほどだ。
「撤退中のクォックス01より緊急電。
偵察部隊がBETAの地中侵攻を観測しました。
54秒前までのデータを送信後、通信途絶。クォックス01に同行した偵察部隊は全滅した模様です」
モニター上の周辺地図に出現予測地域が記される。
生き残っている偵察部隊からの情報が統合され、想定される出現規模が算出された。
「予測される増援の規模は複数の軍団規模です」
誇張なしに緊急事態であった。
ただでさえ作戦の遅れが気になっているところに、戦力の不足と敵の大規模な増援のセットである。
「もうすぐモニュメントが見える距離だというのに」
中隊長が思わず声を漏らしてしまうのにも無理はない。
ハイヴを象徴する巨大構造物であるモニュメント。
それを視認できる距離にまで到達するという事は、人類の今までの状況からすれば奇跡としか言いようがない。
だが、見えたとしても、それだけでは何の意味もない。
周辺を征圧し、内部へ突入し、反応炉を破壊し、そして残敵掃討を終えたところで初めて勝利なのだ。
「やれやれ、こんな序盤で降下が必要になるとは困りましたなあ」
ゴップは笑みを崩さずに小さく呟いた。
降下。
その言葉の意味を中隊長が理解する前に、作戦は次の段階へと移行する。
「軍集団司令部より広域帯での至急電を受信。
エリアA全域に対して軌道爆撃警報発令」
ソ連軍オペレーターが通信内容を全員に伝える。
それが終わるのと同時に、8492戦闘団のオペレーターが口を開く。
「艦隊より入電。
軌道変更中、第一波攻撃開始位置まであと15分。
当方の戦力は対地攻撃艦32隻が6セット、全機が88セルの多弾頭宙対地攻撃誘導弾を装備。
攻撃方式は一撃全弾投下、最初の二波はAL弾を使用。
第四波以降は攻撃開始一分前までに攻撃位置の指定が可能、座標は地上部隊のものを使用されたし。
以上です、弾着予想範囲を表示します」
BETA優勢を示す赤と人類の優勢を示す青で塗り分けられた周辺地図に、新たな危険地域が次々と追加される。
エリアAとは、H26エヴェンスクハイヴ直近の地域を指している。
合計で十二個戦隊が六波に分かれて一撃全弾投下。
その後に損害に構わず四個戦術機甲師団が降下を実施し、ハイヴ周辺に空挺堡を確立する。
既に隣接するエリアBまで攻め寄せている以上、そこに部隊を送り込むことに意味はあるだろう。
だが、まず間違いなくそこに送り込まれた部隊は多大な損害を覚悟しなければならない。
どう好意的に考えても、投入される四個師団の大半は失われると考えるべきだ。
「閣下、今の状況で軌道降下が行われるというのですか?」
中隊長は尋ねずにはいられなかった。
徹底した攻撃が行われることはありがたいが、今の状況で送り込まれる連中は、全体のための死を求められるということだ。
ソビエト軍人としてはおかしい感情なのかもしれないが、一人の人間として、数万人の人間に必死の行動を取らせるということは余りにも非人道的に感じられたのだ。
「君の言いたいことはわかりますよ」
ゴップは笑みを浮かべた表情のまま言葉を続ける。
「しかしね、将校というものは、必要な時に必要な犠牲を出させなければならないのですよ。
中隊指揮官をやっているのであれば、それはわかることじゃないのかね?」
中隊長は、数の大小という幼稚な根拠で言い争うつもりはもちろん無い。
だが、それでも承服しがたい何かを隠しきる事はできなかった。
「ハイヴ一つを落とすこともできずに敗退することはできません。
それに、降下する部隊の大半は無人機。
貴方の人間性には敬意を表しますが、気に病んで頂く必要はありませんよ」
ゴップは、階級が示している通り将軍だった。
将官にとって、戦略的な意味のある結果とは、人命に勝る価値がある。
2002年2月14日木曜日14:37 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 ソビエト連邦陸軍カムチャッカ防衛区第198狙撃連隊第一大隊第二中隊 主力陣地
「第一波飛来まであと20秒、18、17」
長距離までをカバーする戦域図には、多数の空中移動目標が表示されている。
カウントダウンが続く中、主力陣地では慌ただしく移動の準備が進められていた。
別に撤退をするわけではない。
増援の陸上艦隊が接近してきたため、合流の準備をしていたのだった。
「飛来まであと10秒、BETAの迎撃行動開始を確認」
カウントダウンが途中で遮られ、ハイヴの方向から大量の光線が飛び出す。
光線たちは青空の彼方へと吸い込まれていき、そして、空が爆発した。
「誘導弾第一波94%が迎撃されました。
BETA第二次照射の兆候を確認、照射、誘導弾第一波全弾迎撃されました。
重金属雲発生中、長距離通信に障害が出ています。
誘導弾第二波到達まであと50秒、49秒、48秒」
航空戦力を事実上無力化させたBETAの対空迎撃能力は、健在であった。
32隻の対地攻撃艦から放たれる1隻あたり88発の誘導弾。
そして一発の誘導弾が分離して4発の弾頭を発射する。
ようするに一波あたり11,264発の宙対地誘導弾を、BETAたちは一瞬と形容しても誇張ではない短時間で迎撃してしまった。
当然であるが迎撃を予測していないわけがなく、全てはAL弾なのだが。
「潜水艦隊よりSLBMの発射開始、軌道爆撃第二波に遅れ5秒差で危険空域に到達予定。
弾頭は全弾がMk.4改再突入体です」
複数の目標を探知したことを示す短いブザーが鳴り、広域地図に移動目標が追加される。
その数240発。
一発ごとに数千本のタングステン製ロッドが収められ、それらは約280平方mに十分な『効果』を発揮させることができる事を考えれば、弾数に不足は感じられない。
まあ、あくまでも遠方に照準を向けさせるための嫌がらせであり、全弾迎撃されたとしても予定通りレベルの話なのだが。
「軌道爆撃第二波飛来中、弾着まであと20秒。
BETAの迎撃エリアに入ります」
再突入ルートと弾着予定地域が表示される。
BETAの迎撃が再開されているが、放たれたレーザーは全て重金属雲に吸い込まれていくばかりである。
「重金属雲の濃度十分、敵の迎撃を無効化しています。
第一次迎撃ゾーン突破。
弾頭が第二迎撃ゾーンに差し掛かります」
遙か上空に飛行機雲らしきものが見える。
その数は迎撃前の第一波と変わらず、11,264発だ。
「再照射始まります。
落下破片に注意。迎撃来ます」
光線級たちの再照射が始まる。
爆発、爆発。
遥々軌道上からの旅路を楽しんでいた宙対地誘導弾たちは、容赦のない光線に貫かれて次々と空中へと散っていく。
こうして彼らは職務を全うした。
「重金属雲第二波発生。
現在の天候状況では第四波までの安全が確保されました。
第四波の半数が弾頭を通常へ交換作業中」
作戦はスピーディーに、そして順調に推移していく。
呆れるほどの物量と大規模な陽動でなんとかなると考えられていた当初よりは悪いが、最悪とまでは行かない。
そのような、なんとも表現に困る状況であった。
「軌道爆撃第三波、爆撃航程に入る。
降下部隊は軌道へ入りつつあり。
作戦に変更なし」
指揮所内は静かな興奮に包まれていた。
先程までの劣勢はどこかへと消え去り、まるで新米将校を相手にした図上演習のような状況だけが眼前に広がっている。
振動を感知したかと思えば戦車大隊の進撃。
対地レーダーの反応に目を向ければ戦術機甲連隊。
撤収の準備をすすめる本部小隊の動きにも心なしか活気を感じる。
「第三波発射。
飛行順調、敵の迎撃は無効化されています」
極限まで単純化された力押しの作戦と、それを実現出来るだけの物量。
この2つが噛みあうと、恐るべき破壊力が生み出される。
「ふんふん、なるほどなるほど。
それでは降下部隊を現地で出迎えてやりますか」
ゴップの言葉に中隊長以下全員の表情が引き締まる。
彼らは単なる歩兵中隊。
200人程度が自動小銃と僅かな重火器を装備しているに過ぎない。
しかし、人類の一員であり、軍人だ。
つまりは同僚。
所属する組織も階級も、生まれも異なるが、どこまで行ってもBETAと戦う同僚でしかないのだ。
「陸上艦隊と合流後、みなさんには補給を受けて頂きます。
ああ、最初に言いましたが、間違えてソ連軍装備を運び込んでしまっているので、全部持って行ってください。
ごまかし方は任せますよ」
彼らには言ってはいないが、補給は今すぐ第3次世界大戦を始められるだけの量がある。
戦車、装甲車、重迫撃砲、対BETA誘導弾、指揮車輌、強化外骨格、もちろんそれらを運用するための補修部品もてんこ盛りだ。
これだけの装備をプレゼントしてあげれば、多少は戦えるだろう。
「あとは撤収するだけですし、こちらの指揮所要員も撤収作業を手伝うように」
そう言い添えつつ、ゴップは副官が持ち寄った対戦車級自動ライフルを受け取る。
戦車級を撃破出来ればそれでいいという男らしい設計のそれは、強化外骨格無しでは抱えることさえ困難なシロモノである。
だが、十分な訓練を受け、最悪の場合は攻めこまれた指揮所から脱出できるようにと全身義体化手術を受けた彼には、ちょっと大きいライフルでしかない。
「まだ時間はあります、ここも引き払いましょう。
私はちょっと、運動をしてきます」
彼は太った外観をしているが、別に運動ができないわけではない。
元々の世界とは異なり、デスクワーク一辺倒の単なる官僚というわけではないのだ。
まあ、彼が最前線で銃を担いで戦う必要は。あるかないかで言えば皆無なのだが。
2002年2月14日木曜日14:58 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』
「データリンク完了、BETA集団、方位2-9-0より接近中」
CICのモニターには、接近中のBETA集団が映しだされている。
僚艦と共に戦域を進む彼女は、陸上兵器としては異常といえる火力を有していた。
「左砲撃戦用意、突撃破砕射撃、全砲門一斉撃ち方、第三射以降は副砲以下で対応せよ」
艦内にブザーが鳴り響き、巨大な主砲塔が旋回を開始した。
前線部隊の報告から軌道上の衛星から寄せられる観測データまで、あらゆる要素を計算した微調整が行われる。
「左砲撃戦用意、主砲全砲門一斉撃ち方」
「主砲全砲門開け、一斉撃ち方、装填急げ」
「砲撃準備完了」
号令と報告が入り乱れ、準備が整ったことを示すランプが灯る。
「撃て」
砲撃を告げるベル、閃光、衝撃、轟音。
艦内という至近距離だけで許される独特の順番で、全ての砲が攻撃を行ったことを強制的に知らされる。
「砲兵陣地も攻撃開始。戦力は三個連隊、15分後にニ個連隊が参加します。
射耗済み軌道攻撃艇はまもなくBETA迎撃ゾーンへ突入。
軌道降下第一波の降下はスケジュール通り」
CICの一角を占める巨大モニターに軌道降下の状況が表示される。
先陣を切るのは、射耗により廃棄される宙対地攻撃艇たちだ。
彼女たちは決められた時間に決められた場所に全力攻撃を行うという目的で設計されており、本体の使い回しは初めから想定されていない。
したがって、攻撃の後には高価な囮としての役割しか持たされていない。
本命は、その後に控える軌道降下兵団だ。
「全再突入艇はスケジュール通り移動中、まもなく第一波が再突入、カウントダウン開始」
軌道降下艇の見事な舞踏は、概略だけが記された戦術地図上からでも容易に見て取れた。
彼女たちは一分の狂いもなく見事な軌道を描き、再突入を継続している。
「警報、重光線級の増援を確認。
総数2000以上、なおも増加中、囮弾一斉発射」
毎度おなじみの唐突な敵増援が始まる。
安全を確保していたはずの地域が次々と赤く染まっていき、様々な警報が鳴り響く。
当然ながら、人類はそれを黙って見ているわけではない。
BETA名物対抗塗り絵大会の始まりだ。
対空脅威増大時に備えて温存されていた全ての誘導弾が火を噴く。
大半は単なる対BETA赤外線画像誘導弾頭だが、一定の割合で含まれるロケット推進UAVが僅かな時間ながら敵情を把握する。
「照射来ます、迎撃率69%、UAV全滅、残弾はなおも飛行中。
第二照射の兆候を探知、SEADニ個大隊が突入成功、BETAが混乱しています」
わざわざ自分たちの位置をライトアップしてくれる親切な光線級に対し、返礼すべくSEAD任務部隊が四方から襲いかかる。
その数ニ個大隊。
使い捨てと考えればあまりにも多すぎるように感じるが、彼らのお陰で砲爆撃が行えると考えればむしろ効率的な投資と言える。
全速で突進するSEAD専用機たちは、ただ一つの目標を達成すべく進撃を続ける。
一撃で倒せる位置にいた突撃級を無視し、戦車級の群れを飛び越え、進路上でどうしても邪魔だった要撃級に射撃を実施。
微かに開いた穴を強引な軌道修正で通りぬけ、分厚いBETA戦線を突破した。
ニ個大隊72機の重武装戦術機がこの時間に上げた戦果は、要撃級が3体と流れ弾で薙ぎ払われた戦車級が少々。
しかし、8492戦闘団が彼らに与えた任務からすれば、この結果は特段の問題はないと評価される。
戦線を突破した各機は、照準に光線級や重光線級の集団が入ったことを確認した。
無人戦術機にはG.E.S.Uの技術が応用されている。
この場にいる彼らは僅かにニ個大隊。
だが、彼らが『我々』と認識できる個体は、この惑星内だけでも100万を超える。
狭い範囲で個体数が増えれば人類などの有機生命体に匹敵する知性を獲得するこのネットワークAIたちは、歴戦の衛士も舌を巻くほどの見事な戦闘を繰り広げた。
光線級たちを射程に捉えてから1分。
その僅かな時間で、彼らは必要十分な戦果を上げつつつ、それを拡張しつつある。
「第二照射を確認、迎撃率は21%、敵迎撃能力の大幅な減少を確認」
その報告にCIC内部で微かな歓声が上がる。
これだけの砲爆撃を行える戦力を持っている状態で、光線級の脅威を事実上排除できたのだ。
喜ばないはずがない。
「SEAD部隊の損耗70%を突破するも自爆によりB-20からB-25にかけてのBETA戦線の一部が崩壊。
第881および882、883ガンタンク大隊が戦果拡張のために突入しつつあります」
遅れを見せていた進捗率が前進を見せる。
戦車が、戦術機が、そして歩兵たちが、ありったけの弾薬をバラ撒きながら前進する姿は、味気ない戦術地図上から容易に幻視できた。
「再突入中の対地攻撃艇第一波は迎撃を受け全滅、続いて第二波再突入」
未だに続く軌道爆撃。
そして際限なく放たれる砲撃の合間を縫って、廃棄される対地攻撃艇たちが全速力で地表へ向けて突入していく。
当然ながら、それ自身の破壊力もさることながら、曲がりなりにも宇宙機であることから単なる砲弾とは比べ物にならないほどの電子機器が詰め込まれている。
光線級たちは対地攻撃艇を狙ってもいいし、狙わなくてもいい。
どちらにせよ、待っているのは致命的な打撃である。
「軌道降下第一波は再突入を開始、敵増援に備えSEAD一個大隊が待機中」
軌道から割り出された降下予定地点が表示される。
光線級達の懐に飛び込んだSEAD部隊からの要請が入る。
瞬発的な機動力と火力に重点をおいて設計されただけ有り、既に継戦能力を失いつつあるらしい。
だが、その戦果は十分なものである。
「使い潰すなら今だ。
全機突入させろ、パンジャンドラムはどうか?」
指揮官の言葉に答えるようにモニター上に発進準備を整えるパンジャンドラムたちが映し出される。
「弐式パンジャンドラム・スーパー改後期型Bタイプ、全64機、発進準備完了。
進路クリア、付近の全部隊に警告完了」
燃料気化弾頭重迫撃砲四発、3,500kg爆弾一発。
近接防御用35mm単装機関砲四門、重地雷十八発、対戦車級散弾発射機、
5,800馬力ガスタービンエンジン一基、姿勢制御スラスター多数。
これは、戦線を崩すために改良された決戦兵器である。
パンジャンドラムは、地上という比較的安全な場所を進撃し、敵軍に強打を加える事を目的としている。
軌道上からの支援砲撃が降り注ぐ中、前線の各隊は増援を受け取りつつ攻勢へと移りつつある。
砲撃の後には軌道降下が待っている。
これだけの準備が整えられる中での進撃。
パンジャンドラムの、そして人類の勝利は動かしがたい。
何がどうなっても、本作戦は成功するはずである。