2002年2月13日水曜日10:00 日本国佐渡島 国連総軍第十一軍 第8492戦闘団司令部 中央指揮所
「報告します、国連総軍参謀本部との通信回線確立。
本日1400時よりの補給計画の打ち合わせは予定通り開催予定」
主モニターには地球規模で整えられていく戦争計画が具体的に映しだされている。
「合衆国軍は予定通り七個師団を遠征軍として派遣する模様。
本土全域で戦力の移動が確認されています」
事ここに及んで出し惜しみはなかった。
流石はアメリカ合衆国だ。
今まで手を抜いていたわけではないだろうが、それでも本気を出せば今までとの違いが明確にわかる。
現在のこの国は、決められた作戦発動時刻という明確な期限に向けて国家総動員令を発令している。
「第1海兵師団が移動を開始しました。
師団全力で日本本土へ向けて針路を取りつつあります」
あのアメリカ合衆国が、総力を挙げて決戦の準備を始めていた。
国内すべての工業地帯が全力稼働の準備に入り、予備役の総動員が発令されている。
あらゆるメディアが全人類に対する献身の大切さを訴え、全都市で戦争支援のための募金活動が開始された。
民需に向けられていた巨大な工業地帯から僻地の再生可能な廃工場に至るまで、ありとあらゆるすべてが投入されていた。
全土の募兵事務所では兵役につくことが可能な全ての年齢の人々が列を成して自分の番を待っている。
<<親愛なる合衆国国民の皆様。
私は今日、合衆国大統領としてではなく、人類の一員として皆様に語りかけております>>
今でも大統領の演説を思い出す。
それは衛星回線越しであっても想いの伝わる、実に見事なものだった。
<<私たちは、今日はじめて、BETAという邪悪な存在を打ち倒すことの出来る力を手に入れました。
国民の皆様の苦難と哀しみの日々は、終わりを告げようとしています>>
だから、最後の一押しのために力を貸してほしい。
もっと、ではなく、もう少しだけ。
大変に控えめな表現でそう告げた大統領閣下であったが、実際は違う。
作戦が大失敗に終わったとしてもリカバリー可能な保険を残し、全力投入を行う。
アメリカ合衆国が、陸海空に加え軌道降下兵団と海兵隊の全力を、南米諸国及びカナダも総動員した総力で投入する。
その力はその他の人類の総力を軽く凌駕し、予備戦力としては十分すぎる品質を誇っている。
海上輸送のために高速輸送船をダース単位で持って行かれてしまったが、些細な事だ。
「ヘヴィリフター37号機降下成功。
英国本土のプラント資材は全て搬入を完了しました。
以降はクレートの投下を行います」
全ての物資を佐渡ヶ島から送り込む訳にはいかない。
必要に応じて中間地点のデポに対して直接ヘヴィリフターやHLVを用いて投下を行うが、いくらなんでもそれだけで全てを賄うことはできない。
人類の英知を結集した後方支援組織はもちろん用意するが、それでもまだ足りない。
アームズフォートや陸上艦艇による非常識な輸送手段も用意したが、まだまだ不安が尽きない。
非常時に備えてダンマリでN2弾頭やG弾頭、融合弾頭(核弾頭にあらず)の戦略原潜も用意しているが、不安は尽きない。
「ネクストを最初から全機投入したとしたら、何個師団欧州に送れる?」
俺の言葉に、オペ子は驚いたような表情を浮かべた。
感情豊かに育ってくれて何よりだが、彼女はその表情の裏側で、凄まじい勢いで演算を繰り返している。
ネクストたちはハイヴ攻略にのみ投入する特殊部隊扱いをしているが、これを始めから遊撃隊として投入したらどうなるかを計算してもらうわけだ。
まあ、どう考えても役に立つことは明白だが、それだけでは根拠に薄い。
「1067億回のシミュレートを行いましたが、一つの部隊にまとめて運用することが一番有効です。
また、序列に組み込んで一部隊として運用するよりも、軍集団司令部直属の遊撃部隊としての運用が最も有効活用できるでしょう。
投入は、長距離を移動する北方軍集団が最適です。
その場合、七個師団までは欧州へ回すことができます。
北方軍集団をフォーク大佐かパエッタ大佐に任せた場合、十個師団送り込むこともできます」
二人共、元の世界では随分と悪評だったが、徹底的に、それこそ人生を何周もさせるほどの経験を積ませた後では、随分と役にたってくれる。
特価指揮官セットとかいうふざけた物を買っておいてよかったな。
だが、それでもワイアット中将とゴップ大将は未だに強化が終わらないというのが解せない。
政治力という面では最初から極まっていたのだが、軍事、それも作戦級の能力が最低限以下というのはどういうことだ。
それはまあ、前線で中隊や大隊を動かす指揮官と、後方から軍団を動かす将軍クラスに同じ分野の能力は求めないが、それにしてもあんまりだろう。
まあ、紀元前から宇宙世紀までの大規模戦闘フルセットを繰り返してもらっているので、あと数日中には何とか仕上がるだろう。
ひょっとしたら人並みレベルになるかもしれないが、その時はその時だ。
「しかしながら、国連総軍からの支援が五個師団を下回った場合、桜花作戦第四段階で戦力に不足が生じる可能性があります。
十四個師団以上送り込んだ場合には、第三段階終了までに70%以上の確立で戦力が不足します。
その場合、中国方面を担当する東方軍集団への支援が十分に行えません」
それも困った話だ。
これだけの規模の作戦になると、数個師団程度の転用であっても全体のバランスが大きく狂う危険性が高い。
そして、少しでもバランスが崩れれば、世界規模で戦略が狂う。
そうなればおしまいだ。
「東方軍集団の上陸地点を三つから四つに増やしたらどうだ?
その場合、四個無人師団と日本本土防衛軍の一個師団を追加して構わない」
無人機を有人機の盾に使うわけだ。
もともと8492戦闘団の方針はそれを徹底しているが、上陸拠点を追加する場合にはそれをより露骨にする。
「データが不足していますが、指揮系統が別の場合には作戦規模での機動に不安が残ります。
日本帝国軍に出向させるか、彼らに国連総軍の指揮下に入ってもらうか、いずれかが必要です」
まったく、俺を戦場に引っ張り出すために人間の指揮官がいないと全力を出せないとかいう設定を考えたんだろうが、他の人に迷惑をかけるのは感心しないな。
まあ、無人機だけで送り込んだとしても攻勢をこなせるだけの能力は発揮してくれるのだが、より多くの能力を発揮させる方法があるのであれば、それを選ばない手はない。
それに指揮系統にこだわる趣味はないしな。
「新潟要塞と佐渡島防衛隊から戦力を抽出しろ。
あそこの部隊は書類上は日本本土防衛軍のままのはずだ」
大規模な戦力の抽出は本来であれば慎まなければならない。
特に、BETAという非常識な連中の相手をする場合には、それはなおさらである。
だが、出し惜しみをして兵力の逐次投入をする事に比べれば、あとあと戦力不足で苦しむ方がまだマシだ。
「その場合、最低でも一個陸上艦隊も引き抜く必要がありますが、よろしいのですか?」
8492戦闘団の師団規模以上の部隊は、陸上艦隊による支援を前提として編成されていた。
もちろん後方の拠点から激戦区の最前線へ希望された銘柄のタバコを届けられるだけの兵站組織は作り上げたが、その程度ではBETAが蠢く大陸に部隊を送り込むことはできない。
激戦を繰り広げる師団規模の部隊に物資を届けるという事は大事業である。
これが人類を相手にしているのであればきちんと戦線を構築し、それなりの規模の護衛を付けて輸送部隊とデポを用意すればいい。
だが、BETAが相手となると、突然の地中移動による襲撃が懸念される。
補給を万全に行うには、従来の補給の概念を超えた何かがなければならない。
「わかっている。
逆襲があったとして、最悪の場合でも佐渡ヶ島に引きつけて玉砕させれば、新潟要塞で止められるだろう。
試作の陸上タンカーも投入して、軍として行動できるように整えてやってくれ」
陸上艦隊は、戦闘艦だけで構成されている。
アームズフォート、ビックトレー級陸戦艇、ヘヴィ・フォーク級陸上戦艦、ドレッドノート級水陸両用巡洋艦、そしてジェレミー・ボーダ級アーセナルシップだ。
無理やり詰め込めば補給部隊を丸ごと飲み込んだような輸送能力を持ってはいるが、戦闘艦は戦うための武器と装甲を持っている。
輸送専門の船に比べれば、呆れるほどに余剰の物資搭載能力は少ない。
だが、戦闘艦とはそういうものだ。
大型戦艦と、大型タンカーを比べて、前者が後者よりも積載能力に優れているわけがない。
搭載部隊以外にも物資を満遍なく提供するためには、どうあっても輸送専門の船が必要なのだ。
一纏めにして持ち込むとなるとそれが撃破された場合には一気に状況が不利になるという危険性があるのだが、これ以上の解決策がない。
「わかりました。
それでは師団長への連絡をお願いします」
随分と影が薄くなってしまった我らが第66師団長殿であるが、彼女は日本帝国と我々の間を取り持つ調整官として現在も活躍されている。
まあ、威力偵察を命じたのにハイヴへ強襲をかける我々のそばには置いておきたくないらしく、本土に置くように言われた師団本部でその任務を全うされているのだが。
それにしても、我ながら訳のわからない立場についたものだ。
所属不明部隊の隊長で、偽国連軍前線指揮官で、気がつけば国連と日本帝国両方の将官か。
「欧州派遣艦隊より報告。
藤堂少将が着任されました」
新しい艦隊指揮官殿は無事に到着したようだ。
彼には播磨級戦艦十八隻からなる艦隊がある。
きっと地上部隊を存分に支援してくれることだろう。
「南部軍集団より報告、スエズ絶対防衛線にてBETAによる襲撃を受けるもこれを撃退。
現在戦果拡張中」
何もかもがうまくいくわけもなく、アフリカ方面を担当する南部軍集団はBETAによる攻撃を受けていた。
作戦参加戦力は、当然だが作戦発動までは投入する訳にはいかない。
それは説明の必要のない当然のことである。
だが、彼らが受けたのは軍団規模のBETAによる襲撃だった。
原則は、想定を超える現実の前には容易く破られる。
「追加での戦力投入は必要か?」
現地の部隊はよくやってくれている。
だが、彼らがこのあとやらなければならないのは、一ヶ月単位での陽動と、複数のハイヴの攻略だ。
当然ではあるが、いくら戦力があっても十分ということはない。
「必要です」
中央指揮所のモニターに現在の状況が映し出される。
押し寄せるBETAを難なく撃退した南部軍集団は、アームズフォートまで持ちだして盛大な逆襲を実施していた。
何をどうやったのか地中海艦隊の支援まで取り付けつつ、防衛線開始位置を大きく越えて戦果拡張を実施している。
ただ押し返すだけでは作戦発動時に十分な進撃速度を確保できないという判断なのだろうが、それは全くの正解だ。
どれだけ増援を送り込むかにもよるが、彼らの行動のお陰でどれだけの増援を送り込もうとも、当初の想定よりも順調な旅が約束されるだろう。
「あそこの指揮官は、ああ、ワイルドボーン大佐か。
育てれば誰でも信頼と実績の指揮官に育つっていうのはずるいよな」
苦笑しつつそう言うが、常識的に考えれば成長しないほうがおかしい。
どんな人間だって、数十年単位で陸海空宇宙で戦争をし続け、何度死んでも狂えずに繰り返し続ければ人並み以上の能力ぐらい身につく。
「はい、ですが使える駒が増えることは良い事です。
しかしながら、戦力の不足を補えるレベルには至りません。
如何なさいますか?」
作戦指揮により既存の戦力を有効活用できたとしても、絶対数が不足していれば結局のところ押し負けてしまう。
以前であれば溢れんばかりのクレートを使っていくらでも戦力を用意してやるのだが、それはもうできない。
工場の増設はBETAの出現には繋がらないために可能だが、そこで働く熟練工の手配がつかない。
それに、それだけの工場を作った所で、輸送に時間がかかってしまう。
「ん?ああ、そういうことか」
その瞬間であった。
俺は気がついてしまった。
天啓と言ってもいいだろう、言い換えれば、自分の愚劣さに死を決意したくなる。
なんにせよ、今まで被されていた防毒面を一気に剥ぎとったような気分だ。
思考にかかっていた霧のような憂鬱な何かが消え去り、視界が一気に広がった様に錯覚を覚える。
「英国本土にもう一箇所と上陸海岸にも一箇所。
アフリカはジブラルタル方面とサハラ、それとスエズに一箇所ずつ。
朝鮮半島には三箇所、海辺に一箇所、カムチャッカに二箇所と前進に合わせて増設でどうか?」
ざっくり言っているだけなのに、メインモニター上の世界地図に光点が現れ、位置の微調整を繰り返している。
それに合わせ、各地の部隊の予測情報が目まぐるしく変わっていく。
さすがは神様印の超システムだ。
地球規模の作戦で、キロメートル単位の誤差で工場を建設した場合の変化をシミュレートしているらしい。
無駄ではない。
この演算によるシステム全体への負荷は10%を超えるものではないし、変数が変われば再計算を行うのは当然のことだ。
ましてやそれが、全人類の命を賭けた本番一本勝負ともなれば、ムダなどという言葉は絶対に出せない。
「それとだな、国連軍から一個師団だけ、歩兵でいいからもらえないか確認してくれ。
何なら治療費こちら持ちでいいから戦傷者でも何でもいいぞ。
ソ連と日本帝国にもだ。
ああ、合衆国にももちろん声をかけてくれ。
昨日志願したばかりの若者でも、復帰した予備役でも構わんとな」
新潟港から船団が出港を始めたという連絡が入る。
俺が何をやりたいのかを正しく理解してくれているようだ。
出来のいい部下たちを持てて俺は幸せものだな。
「司令、失礼しました、団長殿。
第66師団長閣下より通信が入っております」
幸せを噛み締めていると、本土から通信が入った事を知らされる。
恐らくは、急に出港を始めたあの船団について何かを聞きたいのだろう。
いきなり上位組織からではなく、きちんと指揮系統を通じて連絡するということは、変なことは言われないだろうな。
「メインモニターに出せ!」
時は来た。
無駄に気合を入れつつ、姿勢を正して敬礼する。
俺はこの一瞬を心待ちにしていた。
「映像、出ます!」
部下たちも俺の求めているところを正しく理解してくれたようだ。
うん、やはり大きなモニターがあるのだからこういうやり取りは大切だよな。
<<いきなり出港した船団について聞かせて、何をやっているのかしら?>>
モニターに表示された師団長閣下は、何かを言いかけたが敬礼して微動だにしない俺に不信感を抱いたようだ。
せっかく気持よく人が司令部ごっこをしていたのに、どうやらここまでのようだ。
どうでもいいが、上官と映像付き回線で話すのならば敬礼はそこまでおかしな事ではないと思うのだがどうだろうか。
「失礼しました。
船団の出港は新たな作戦案を採用したためです。
今決断したばかりのため、ご報告が遅れてしまい大変失礼いたしました」
形式上の謝罪はするが、それ以上は追求されない。
未だに有効な、帝国軍と俺とのお約束だ。
「まあ、貴方の船を貴方がどう動かそうと私達には関係ないけれど。
それで、今度はどんな作戦なのかしら?
人づてに聞いた話では、随分と大作戦をするみたいだけれど、それはまだのはずよね?」
8492が異常な組織であることは既に世界の常識になっている。
ある程度は包み隠さずに話してしまってもいいだろう。
「展開から3日程度で全力稼働まで持ち込める半自動工場を全世界に提供します。
費用も補給もこちら持ち。
桜花作戦に限って言えば、無限に生産が可能な施設です。
各軍集団にそれを最低二つ、出来れば三つ提供します」
佐渡ヶ島以降たまり続けているクレートを使う訳だ。
軍集団単位でCommand&ConquerのMCVを投入する。
こいつを投入できれば、平地さえあればRTS気分で基地や施設をどんどん追加することが出来る。
あのゲームでは全軍の資源を各工場が共有することになっていたため、今までの作戦で得ることの出来たクレートを地球規模で流用できる。
これがシステム構築の上での見落としなのか、あるいはハンデなのかはわからない。
だが、使えるのであれば使わない訳にはいかない。
<<ちょっと待って。
それはつまり、兵站拠点を前線に持ち込むということなのかしら?>>
何でどうやってではなく、ツッコミは設置場所についてだけか。
彼女もいい感じにこちらに染まってきたようだな。
「持ち込むのではありません。
増設です」
おお、ようやく最適位置を割り出したようだな。
しかし、欧州方面の上陸海岸に二箇所というのは本当に必要なのか?
ああ、別に直ぐに作らなくとも、戦果拡張に入った時に増設させてやればいいか。
<<それで上陸海岸ともどもやられてしまったらどうするのかしら?>>
彼女の指摘はごもっともなのだが、それ以前の話でもある。
「上陸海岸が陥落したら、遅かれ早かれは補給を絶たれて全滅です。
そうなれば、工業地帯の一つや二つ、壊滅したとしても気にする必要はないはずですよ」
そうなのだ。
工場がやられるやられない以前に、海岸が落ちるということは補給路が絶たれることを意味する。
持ち込んだ機材はもったいないことになるが、一個軍集団が全滅することを考えれば、その損失は誤差みたいなものだ。
<<たしかに、貴方の言うとおりね。
それで、私は何をすればいいのかしら?>>
話しの早い上官殿で助かる。
それにしても、よくこの異常な会話に着いてきてくれるものだ。
俺のような狂った奴の相手として選ばれただけあって、彼女の懐の広さは途方もないものだな。
「自分が師団長閣下に求めることは、兵たちと共に居ていただくことだけであります!」
丁寧な言葉づかいと共に敬礼する。
失礼なことに、彼女は俺の態度に失笑で答えた。
<<つまり、私もようやく最前線に出れるわけね。
それで、どれだけ連れていけばいいのかしら?>>
懐が広く、頭の回転もいい。
どうして彼女のような素敵な女性が、今まで誰とも結婚せずにいなければならなかったのかが理解出来ない。
これほどの人間的魅力の前では、片足が初期型の義体であることなどむしろご褒美みたいなものだろうに。
「一個師団をお願いします。
歩兵で結構です、傷病兵でもこちらで治療します。
そして、絶対に無駄死にだけはさせないことを誓います」
当然のことだが、B型デバイスやエンジェルパックに加工するわけじゃないぞ。
親御さんから預っている大切な兵士たちにそんな事が出来るものか。
再生医療か義体技術を用いて五体満足に戻した上で、高効率教育訓練センターで経験を積ませて前線指揮官にするだけだ。
戦術機が駄目でも陸戦強襲型ガンダンクに乗せる。
それが無理でもヴァンツァーだ。
それすら適正がなくとも戦車に乗せる。
戦車も難しければ機動歩兵なわけだが、こちらの提供する装備は戦車級の集団を相手に一人で大立ち回りを演じられるものだ。
先ほども宣言したとおり、絶対に無駄死にだけはさせない。
まあ、代わりに重要な局面にも投入はしないが、そこは我慢してもらうしか無い。
<<何を始めるのか気になるところだけれど、まあ、いいでしょう。
後で報告書を提出してちょうだい>>
話のわかる上官殿を持てて俺は幸せものだ。
「報告!北方軍集団より緊急報!」
表情を緩めたところで緊急の知らせが入る。
会話を遮って入るほどのものなのだから、よほど良くない知らせだろう。
「失礼します閣下。
読んでくれ、ああ、情報も来ているならサブモニターに出してくれ」
北方軍集団はここの司令部で担当している。
そこに協力するソ連軍は当然ながら国連総軍管轄なので別になるが、まあそういう役人的な話は今はいい。
「カムチャッカ戦線に多数のBETAが襲来、現在展開中の部隊で防戦中。
数量は少なくとも一個軍単位、なおも増加中です」
手元のモニターに状況が映し出される。
防衛線の直ぐ近くに出現したBETAたちは、奇襲とはいえ直ぐに開始された突撃破砕射撃を物ともせずに押し寄せている。
出現場所は一箇所。
防衛線のど真ん中である。
「いかんな、防衛線が両断されてしまうじゃないか」
思わず表情が苦々しいものになってしまう。
戦力の交代は未だに完了していない。
つまり、あそこにはソ連軍の部隊も少なからず残っている。
「続けて西方軍集団よりも緊急入電。
上陸海岸に向けて多数のBETAが接近中。
遣欧艦隊は全艦を持って防御戦闘の準備に入りました」
それはまあ、俺にはBETAの考えていることなどわからん。
だが、戦力を集中させていたのは確かだが、こいつは一体どういう事だ?
まるでこちらの動きを察して奇襲攻撃を仕掛けてきたようなものじゃないか。
2002年2月13日水曜日19:57 朝鮮半島北部 国連信託統治地域 ビックトレー級陸戦艇『リョジュン』 桜花作戦東部軍集団司令部
朝鮮半島の付け根に近いここには、東部軍集団の司令部が進出していた。
最前線に司令部を置くことは自殺行為に等しいのだが、8492戦闘団がその常識を覆してしまった。
司令部の周りには現在のところ数隻のビックトレーとアームズフォートが待機しているのだが、司令部自体もその一隻に座乗している。
本来であれば指揮のために一隻を使用不能にしてしまうのは愚策なのだが、陸上においてはそうとも言えない。
陸軍の司令部には何が必要か?
それは無数の部署であり、強固な陣地であり、しっかりとした通信設備や後方支援設備である。
確かにそういったものがなければ十分な指揮能力を確保できないのだが、BETA相手の戦争において、それらは非常時の足かせとなる。
かと言って十分な設備が用意できなければ指揮能力を存分に発揮できず、戦争どころではなくなってしまう。
この問題に対する答えを、8492戦闘団は極めて短絡的な方法で用意した。
司令部機能を持つ陸上戦艦を準備し、そこに指揮系統の全てを押し込んでしまう。
さらに長距離攻撃可能な艦艇で周囲を固め、前線よりやや後方で指揮と火力支援の両方を任せる。
今のところ、その策は成功していると言えた。
前線にいることだけではないが、指揮機能は遺憾なく発揮されており、反攻作戦に先立った進撃路の偵察が順調に行われている。
「なんてこった」
その司令部は、まるで通夜のように暗い空気で覆われていた。
「5000以上、7000以上、どんどん増えていきます!」
次々と連絡を絶つ戦場監視材から寄せられる情報は、絶望的な現実を正確に知らせていた。
地球規模でのBETAの全面反攻。
その情報に聞き入っている間に、気がつけばこの東部軍集団も敵の反撃に晒されようとしていた。
既に最前線の警戒陣地は交戦状態に入っており、そこから寄せられる情報は、速やかなる全軍の投入を繰り返し求めていた。
「全部隊に警報!補給作業中止、可動機は全部出せ!」
グエン・バン・ヒューは決して無能な指揮官ではない。
それは元の世界でも一辺の真実であったし、この世界においてはむしろ彼よりも有能な指揮官を8492戦闘団以外で見つけることは難しかった。
時間的余裕はまだあるものの、今は桜花作戦に向けて物資を溜め込んでおくべき時期だ。
使い込んでしまえば、BETAの反撃を撃退できたとして、世界規模で反撃の狼煙が上がった時に、この時の判断のせいで足並みが揃わなくなる恐れがある。
だが、彼は戸惑わなかった。
「佐渡ヶ島司令部に連絡。
東部軍集団は敵軍の大規模な攻撃に晒されつつある。
これより全力で反撃を開始する。以上だ」
探知されたBETAたちがモニターに映し出される。
その総数は現在もなお増加中だ。
旧中国方面より押し寄せるそれは、敵軍を示す真っ赤な面となってこちらへ迫りつつある。
「衛星を回してもらえ。
情報が足りんぞ。とにかく情報だ。
準備の出来た部隊から反撃に投入!照明弾上げろ!」
その命令と同時に、既に防御射撃を開始していた各地の部隊から一斉に照明弾が発射される。
打ち上げ花火にも似た背筋の凍りつくような音が連鎖し、そして闇に埋め尽くされた戦場に無数の閃光が発生した。
既に地上レーダーや地中聴音で探知はしていたが、照明弾に照らしだされた現実は、東部軍集団の将兵を打ちのめすのに十分な衝撃を持っていた。
「大群、じゃないか」
望遠映像であるにもかかわらず、司令部の中は静まり返る。
敵の数は少なくとも数万。
恐らくはもっといるだろう。
突撃級が、要撃級が、要塞級が、大地を埋め尽くしながらこちらへ向けて迫り来る。
まるで地平線がそのまま動き出したようだ。
「全艦、打撃戦用意。
砲兵は準備ができ次第突撃破砕射撃を開始。
戦車隊は大隊単位で行動させろ」
モニターの中で無人の防衛設備がぽつぽつと反撃を始めたことを確認したグエン大佐は、部下たちに行動を命じた。
もとより彼は、出し惜しみをするつもりはない。
「全艦打撃戦用意!」
彼の命令にいち早く立ち直った参謀が声を張り上げる。
それだけで十分だった。
「全戦術機部隊は直ちに迎撃戦用意」
警戒配置のままだった部隊が動き出す。
航空兵器に次ぐ素早い動きが戦術機の特長である。
そんな彼らが、命令が出ると同時に動き出せないはずがない。
「各戦車大隊は所定の方針に基づき、大隊単位での防御射撃を実施せよ。
強襲型ガンタンクは全機直ちに突撃、突撃級を叩け」
命令が乱れ飛ぶ間にも、東部軍集団は反撃を進めていく。
陸上艦隊のさらに後方に置かれた砲撃陣地から無数の砲弾と対地ロケットが飛び出し、夜空に軌跡を残しながら飛び去っていく。
閃光。
敵のさらに後方にいる光線級からの迎撃が行われ、多くの砲弾が任務を全うできずに花火となって散っていく。
「光線級確認、十八の集団に分かれています!
探知完了、主砲一斉撃ち方、撃ぇ!」
砲術参謀の決断は早い。
敵が迎撃を行ったこの瞬間こそが艦隊の火力を発揮すべき時である。
既に砲兵部隊も位置を探知して狙いをつけつつあるが、光線級相手の戦いは対砲迫射撃以上に時間の制約が厳しい。
毎分数発の砲を用いて、一秒単位での素早さが求められるのだ。
「主砲斉発完了、弾着まであと10秒」
巨大な陸戦艇を揺るがす一斉砲撃に欠片も動揺を感じさせず、砲術参謀は冷静に報告する。
直ぐに砲兵による反撃も行われるだろう。
遥か上空では別の任務に投じられていた偵察衛星が、防衛戦闘のために姿勢を変えつつある。
直ぐに洋上の艦隊からも長距離支援が開始されるはずだ。
8492戦闘団の戦略は、BETAが局地的にはともかく世界規模では全面攻勢には出てこないという前提に立っていた。
それ自体は何ら不思議なものではない。
だが、蓋を開けてみれば、人類は攻勢にも守勢にも備えが完了していない状態で反撃に晒されている。
彼らの長い夜は始まったばかりであった。