2002年2月11日月曜日10:00 日本帝国佐渡島 本土防衛軍第66師団本部 第二テレビ会議室
「本日はお忙しい中、各国代表の皆様および国連軍総司令部の皆様にご出席いただき誠にありがとうございます。
詳細につきましては、今ほど各地の秘書官より資料をお配りさせていただいておりますのでそちらを御覧ください」
俺の言葉に全員の視線がこちらを向いた。
この長い会議は今回で終わらせたいところだ。
「前回は途中となってしまいましたが、我々の考えております最終決戦についてご説明させていただきます」
アメリカ軍大将閣下が明らかにいらついた表情を浮かべているな。
とりあえず、この人は表情の抑制についてもう少し訓練が必要だ。
あるいは力強く全てを引っ張るマッチョマンを演じているのかもしれないが、この場でそれが良いと判断しているのであれば脳味噌の改造が必要だ。
「最終決戦ね、随分と心躍る言葉じゃないか。
何をしようというのだね?」
表情についてはともかく、彼の質問は当然のものだ。
最終決戦とは、要するに『最後の』『決戦』である。
「それでは作戦を説明させていただきます」
今回の説明用にわざわざ新調させた巨大なモニターを背景に、笑みを浮かべた俺は言葉を続けた。
照明が消され、資料が全員の手元に配布される。
実のところ、これはテレビ会議なのだから背後のモニターに特に意味はない。
それにしても、俺は画面の向こうの参謀本部や会議場に行ったほうがいいんじゃないか?
古い人間と言われればそうなのかもしれないが、3Dホログラム投影機を使おうが、VR式リアルタイム通信システムを使おうが、生身の人間が顔を向け合って話し合う程の効果は望めないと思うのだが。
いやまあ、俺はどちらも使ったことはないがな。
「鉄原ハイヴ攻略は、我々が策定した作戦『桜花』のために決行しました。
本作戦の目標はただ一つ」
ここで俺は言葉を切り、カメラを、その先にいる人々の目を見た。
カメラ越しにも視線が集中していることを感じる。
最終決戦とまで言い放ち、俺はどんな作戦を言い出すのか。
誰もが注目せざるを得ない。
「それは、人類がこの戦争の主導権を握るということです」
野次も、質問も、うめき声すら聞こえない。
今まであらゆる不可能を可能にしてきた、常識を超えた位置にいる俺の言葉に、居並ぶ将官たちは言葉を発する自由を持たない。
「我々8492戦闘団のすべての戦力を投入し、全面攻勢に出ます。
防衛作戦ではない、間引き作戦でもない、敵の殲滅を目的とした、純粋な攻撃です」
人類が主導権を握る。
カシュガルでの敗北以来、常に受動的な立場に立たされ続けた人類には馴染みのない言葉だ。
それだけに、居並ぶ首脳陣に与えた衝撃は大きかった。
誇大妄想とも言える、冒険主義と糾弾されてもおかしくない言葉。
それに対し明確な意味を持つ言葉が返ってこない事から、人々に与えた影響の大きさがわかる。
「本作戦は五段階に分けられます」
質問や異議が入らないことを良い事に、俺は説明を続ける。
作戦室の主モニターに単純化された戦域が表示される。
アラスカ、太平洋北海域、北海道、朝鮮半島から友軍の進撃を示す矢印が伸びていく。
「第一段階はH25とH26ハイヴを攻め落とすことです。
作戦参加部隊はニ十一個師団、十二個陸上艦隊、そして三個水上艦隊を投入する予定ですが、万が一の逆侵攻に備え十個師団を予備兵力としてカムチャッカ半島に待機させるつもりです」
いきなりの大作戦にモニターの向こうからはうめき声が漏れてくる。
これだけの戦力を一度に叩きこむのは今の人類には不可能だ。
確実に各地の戦線が崩壊するし、奇跡が起こってそうならなかったとしても、戦略予備を失って相当に苦しい思いをする事になるだろう。
「我々の試算では、これだけの戦力があれば二つのハイヴを落とすことは不可能ではないとなっています」
特に反論は起こらない。
まあ、空前の大軍団をもって二つのハイヴを連続して攻略するなどという狂った想定は、今の人類には考えるだけ無駄として想定すらされていないはずだ。
とはいえ、これだけの戦力を用意できれば我々を除いた人類でもハイヴ攻略は用意だろう。
「ハイヴ攻略自体は、国連軍より頂戴した情報の他に、二度のハイヴ攻略の実績があります。
以後の作戦に転用する前提とはいえ、かなりの予備戦力も用意しておりますので問題はないと考えております。
さて、ハイヴ攻略後ですが、最低限の警戒部隊を残し、他の部隊は全力で陸上侵攻を継続します。
どこまで進めるかはBETA次第ではありますが、最低でもH23オリョクミンスクハイヴおよびH24ハタンガハイヴおよび付近までは軍を進めます」
戦域を表示していた地図が縮小され、ユーラシア大陸が映し出される。
カムチャッカ戦線から伸びる青い進撃路は、H25、H26ハイヴを乗り越えて進軍し、進撃路上に存在するH23と北に位置するH24ハイヴへ向かっていく。
「合計四つのハイヴの攻略完了をもって作戦は第二段階へと移行します。
第二段階、それはユーラシア大陸周辺の全ハイヴに対する一斉攻撃です。
地上部隊、軌道降下をあわせて九十八個戦術機甲師団、作戦行動中のものも含め三十五個陸上艦隊、二十個洋上艦隊、それらに加えて8492戦闘団航空宇宙打撃艦隊による合同作戦です」
大陸各所に配置されたハイヴに対し、人類を示す青の戦力記号が進軍しているさまが表示される。
北海道およびサハリン島からH19ブラゴエスチェンスクハイヴへ、朝鮮半島からは二部隊に分かれ、H16重慶ハイヴおよびH18ウランバートルハイヴ。
東南アジア方面からはH17マンダレーハイヴ、北欧方面からはH08ロヴァニエミハイヴ、そしてアフリカ方面ではH12リヨンハイヴおよびH09アンバールハイヴ。
まさに全面攻勢であった。
「特殊兵器は使用しませんが、犠牲を問わず、とにかく力任せにハイヴを叩きます。
欧州方面はこの時点では陽動としての意味合いが大きいですが、現在防戦中のものとは他に、もう一つ大陸への海岸堡の確立を行い、進軍を開始します。
アジア方面のハイヴ攻略と欧州およびアフリカ方面での海岸堡の確保ができ次第、作戦は第三段階へと移行します」
おびただしい数の敵増援を示す記号が各戦線へと向かっていく。
一方で人類の攻勢を示す矢印も進んでいき、アジア方面のハイヴが次々と攻略を示すバツ印で潰されていく。
「第三段階は戦線を押し進めることに目的があります」
モニターの表示が切り替えられる。
各ハイヴの攻略戦単位で点在していた戦線が徐々に繋がり、西では欧州の外郭を覆うような曲線が、東では北極海からベンガル湾まで縦断するような曲線が描かれる。
「この時、恐らく最大の危険があると予測されます。
皆様に改めてご説明するまでもない事ですが、欧州以外の全戦線で各個撃破の危険があり、最悪の場合では攻勢開始地点まで押し戻される可能性があるでしょう」
どれだけの戦力を有しているか不明の相手に対し、衛星軌道からも容易に把握できるような長大な戦線を構える。
8492戦闘団の非常識極まりない生産能力と技術力をもってしても、正気を疑いたくなるような作戦だ。
だが、結局のところいつかはやらなければならないことである。
「しかしながら、これを乗り切れば、全ての戦線を連結させ、一気に残るハイヴ全てを包囲することが可能です。
H16、H18、そしてH19ハイヴの制圧をもって軌道降下を実施、この時点で攻略中の全ハイヴを制圧。
その後、地上部隊を進めて残るハイヴの攻略を開始します」
極東方面の部隊は一つに統合されてH14敦煌ハイヴへ、H24ハイヴを落とした部隊はH10ノギンスクハイヴへ、H17ハイヴを落とした部隊はH13ボパールハイヴへと向かっていく。
さらに、激戦を意味しているらしい遅い動きだった欧州及びアフリカ方面の部隊がH04ヴェリスクハイヴ、H05ミンスクハイヴ、そしてH11ブタペストハイヴへ進撃する。
そこまで表示が進んだ時が、戦線が最も広がっている状態だった。
もし一箇所でもハイヴ攻略に失敗すれば、東西どちらの戦線も作戦継続が困難になる。
BETAの大群を前にして進退窮まればどうなるかは、この場にいる誰もが知っていた。
「さて、ここまで作戦が進むと、あとは戦線を縮小していくだけです。
北方の部隊はH07スルグートハイヴおよびH15クラスノヤルスクハイヴへ、欧州方面はH03ウラリスクハイヴとH07への助攻、アフリカ方面はH02マシュハドハイヴへ攻撃を行います。
アジア方面ではH15への助攻と、第四段階に備えてH01カシュガルハイヴの間引きを開始。
この時点で、無傷で残るのはH06エキバストゥズハイヴだけになります」
机上の空論と言ってしまえばそれまでであるが、この時全ての戦線は連結されており、BETAを完全包囲していた。
H06ハイヴは無傷で残っているが、北方から攻め寄せる部隊が目前に迫っており、さらに戦線が狭まることから欧州方面の部隊も直ぐに攻撃に参加できるだろう。
H13ハイヴ方面の戦力が少ないことは気になるが、別にBETAは海上輸送路は必要ないし、機械的に接近する部隊に迎撃を行うにとどまるはずだ。
「H06ハイヴへ北方および欧州方面の部隊が取り付いた時点で、作戦は第四段階です。
第四段階はH06ハイヴの攻略と、縮小した戦線の確立となります。
この段階で、攻撃部隊は攻勢限界に達します」
陸上艦隊という非常識な存在で支援される8492戦闘団といえども、ここが限界となる。
H01ハイヴ、つまりオリジナルハイヴを目前にした部隊はいずれも損耗し、防戦すらも危うい状況のはずだ。
「我々が戦線を縮小するということは、それだけ狭い地域に集まった大量のBETAを相手にするということになります。
恐らく、測定不可能な規模の大軍団がここに撤退してきていることでしょう。
そして、奴らは必ず周囲にハイヴを作り直すために反撃、という表現が正しいのか、とにかくそのような行動に出るはずです」
次々と攻略されるハイヴから撤退するBETAたちは、比喩ではなく大地を埋め尽くす勢いでオリジナルハイヴ周辺に溢れかえっているだろう。
もちろん軌道上から遠慮無く撃ちまくればかなりの戦果を望めるが、それで軌道に対する反撃を学習されては勝ち目が失せる。
直接見に行けない場所を直接撮影できる偵察衛星は、それだけの価値があるのだ。
通信衛星が破壊されれば全軍の連携は取れなくなるし、打ち上げすら妨害されるようになれば飛来するハイヴの破壊ができない。
光学的な観測手段はもちろん存在しているが、大気圏内から行われるそれと、大気圏外で行われるそれの効率は全く異なる。
「H06ハイヴを落とし、周囲の部隊がある程度立ち直った段階で最終段階へと移行します。
桜花作戦、最終段階。
つまり、H01カシュガルハイヴおよび包囲した全BETAの殲滅です。
残る全軍を投入し、どれだけの損害を出そうとも反応炉を破壊、制圧します。
以上をもちまして、作戦の説明を終わります」
回線の向こうは静かだった。
人類が主導権を握るためという抽象的な目的の説明で始まった説明は、地球規模での全面攻勢を経て全ハイヴの攻略という形でようやく具体的に終わった。
全ハイヴの攻略。
BETAの殲滅。
それは人類が長年に渡ってみてきた夢だ。
実際にはハイヴ一つを落とすのにも人類の総力を結集した一大決戦が必要であり、あとは間引き作戦という防衛作戦しか取れない。
資源は減り続け、環境は汚染され続け、終りが見えない。
いずれ、ではなく、十年単位で予測できる範囲で、人類は滅亡する。
いかなる新技術も、どのような画期的な作戦も、戦果を上げるではなく、損害を減らすという程度の役にしか立たない。
その絶望しかない世界に現れた、この世界の常識を覆し続ける8492戦闘団が言うのだ。
許可をくれれば世界を救ってみせると。
国連総軍の指揮権をよこせではなく、自分たちの指揮権だけ確保させてくれればそれで良いというのだ。
「随分と壮大な作戦案だが、今の説明では全く何もかもが不足している。
このままでは、我々は同意できない」
沈黙を破ったのはソビエト連邦軍陸軍元帥であるスタニスキーだった。
非常に不愉快そうな表情を浮べている。
「全く!抜けているにもほどがある。
一体何を考えてこの作戦を立案されたのか理解に苦しみますな!」
続いて発言したのは、欧州連合の将官だった。
彼もまた、不愉快そうな表情を隠そうともしていなかった。
「ソビエトの方に便乗するわけではないが、我々も同じ意見だ」
今度は東欧州社会主義同盟の将官である。
「我々は、この作戦案は受け入れられない。
理由は恐らく、他国の人々と同じでしょうけどねえ」
統一中華戦線の書記長は、目だけが笑っていない柔和な笑みを浮かべてそう述べた。
「先ほどの案には我々も同意できない。
どうか再考をお願いしたい」
大東亜連合の評議員が異議を唱える。
「申し訳ないが、我々も他国の人々と同意見だ」
止めとばかりにアフリカ連合の将軍が首を横に振る。
つまり、この作戦案には日本帝国と合衆国、そしてオーストラリアを除く全国家がNOを突きつけている。
まあ、厳密に言えば彼らはまだ発言していないだけなのだが。
「さて、ここは民主的に行きたいと思うのだが」
合衆国軍大将閣下は表情を引き締めてこちらに声をかけてきた。
「話の流れを見たところ、君の作戦案は議決を取るまでもなく認められない。
さすがに見るべき点がない、とまでは言わないがね」
どうみてもこちらに友好的ではない方向で動いている。
ソ連と欧州とは事前に話をつけておいたじゃないか。
やり方を任せてくれるのであれば大丈夫だというから信用したのだが。
利害関係で結ばれているからといって、信用しすぎたのか。
「まあ待っていただきたい」
突然口を開いたのは、またもやスタニスキー元帥だった。
「我々は作戦自体に無条件で反対しているわけではない」
何もかもが不足しているとまで言い放っておきながら、何を言い出すのだ。
彼に視線が集中する。
こちらはカメラ越しだが、彼は参謀本部内で視線の集中砲火を受けているはずだ。
だが、彼の口元には笑みすら浮かんでいる。
将軍をやっている人間が、視線が集中した程度で狼狽えるわけがないので当然といえばそうだが、ここまでの流れをどうにか出来るのだろうか。
「これだけの作戦を、我がソビエト連邦軍抜きで考えているという点だけが賛成できない理由だ。
母なる祖国をBETAどもから取り返すのであれば、私も含めて全将兵が喜んで最前線に身を投じるだろう」
彼は手元の資料をこちらに向けた。
「見れば、北方を担当する部隊は担当する戦域に対してあまりにも予備戦力が脆弱だ。
連邦軍は全盛期に比べれば随分と数が減っているが、それでも遠征に師団を送り出す程度の数はある」
その言葉を、俺は唖然とした表情で受け止めた。
海岸堡の防衛には確かに協力を求めるつもりだったが、そこまでしてもらうわけにはいかないぞ。
いや、もちろん真っ当な軍人であれば祖国奪還に参加したいというのは当然の気持ちではあるが、防衛部隊をそのままに師団を遠征に出したら予備戦力が皆無じゃないか。
「いや全く、ソビエトの方とここまで同じ意見とは意外ですな!
我々欧州連合軍は総力を投入して本作戦に参加を希望します。
もちろんこれは、東欧州社会主義同盟の皆さんも同じ意見であると確信していますよ」
欧州連合の将官はさらに大きな事を言い出した。
残る領土の防衛もあるというのに、総力は誇張した表現だとしても、まとまった戦力を出してどうするというのだ。
「確かに、我々も同じ意見だ。
祖国奪還は我らが悲願。
祖国に今も忠誠を誓う国民たちに、そして祖国のために散っていった同志たちのために、黙って見ていることはできない」
いきなり話を振られた東欧州社会主義同盟の将官は、硬い表情と表現でありながら、大変に熱い思いを表明した。
祖国奪還。
それは艱難辛苦を乗り越えてでも掴みたい希望であるということは俺もわかる。
だが、触れなくともいい危険に自ら身を投じてまでも関わりたいというのか。
「聞けば我々の祖国は激戦地ではありませんか。
一兵でも多くあれば、それだけ戦争は楽になるはずでしょう。
統一中華戦線は、来るなと言われても参加させてもらう」
それはそうだ、確かに戦力は多ければ多いほどいい。
特に我々のようにいくらでも補給物資を手配できる異常な組織であればなおさらだ。
だが、この作戦は全部が激戦区であり、全てが決戦なのだ。
どれだけの頭数があろうとも、全てを使い潰す覚悟が必要なのだ。
そして、人類はこれ以上減ってはいけないんだ。
どうしてこれがわからない。
「ボパールハイヴでは多くの友人達が私たちの帰りを待っていましてね。
せっかく会いにいける機会なのですから、衛士の資格が失効する前に行かせてもらえませんか。
ああもちろん、これは私個人の感傷ではなく、大東亜連合の総意と取っていただいて構いません」
再考を求めてきた大東亜連合の評議員が静かな、しかし確かな決意を込めて告げる。
気持ちはわかる。
わかるのだが、H13ボパールハイヴといえば並み居る激戦区の中でも特筆すべき場所だ。
オリジナルハイヴを望みつつ、中国方面から後退してくるBETAの脅威に晒され、さらにハイヴ自体もフェイズ5なんだぞ。
「ジハードが宣言されて久しいですが、聖戦は今もなお継続中。
中東連合軍は既に存在しないに等しいですが、輸送車両を運転できるものもいれば銃を撃てるものもいます」
そんな決意はやめてくれ。
BETAを全滅させてから宗教的熱意を持って祖国を復興すればそれでいいじゃないか。
こちらで全て何とか出来るんだ、どうして任せてくれないんだ。
「支援のお陰で、スエズ戦線は大変に安定している。
我々アフリカ連合は欧州を始めとして世界から支援を受けてきた。
今こそ、我々が返す番だ」
何を言っているんだ。
工業地域の受け入れ、天然資源の輸出、食料の生産。
確かにそこから利益を得ているかもしれないが、アフリカは既に人類に貢献しているじゃないか。
どうして自分から進んで血まで流さないといけないんだ。
「我々オーストラリアは戦術機甲師団の同行を条件に、この作戦案に同意します。
これ以外の条件は認められません」
今まで沈黙を保っていたオーストラリア大使が口を開く。
ようやく発言したと思えばこれだ。
こう言ってはなんだが、オーストラリアはこの作戦において何の関係もないはずだ。
彼らの祖国は今も保たれており、オセアニア方面以外からのいかなる脅威も存在しない。
むしろ、大東亜連合に戦力を使われてしまっては困るはずだ。
それが、そこに加えて自国軍も投入するだと?
何がどうなっているんだ。
「横浜、新潟、そして佐渡ヶ島。
我が国の危機は常に他国の力を借りて乗り越えてきました。
そこに不幸な出来事もあったことは確かではありますが、過去は過去。
今こそ、我が国は他国の人々のため、立ち上がるべき時です。
これは小職の個人的意見ではなく、煌武院悠陽殿下よりのお言葉と、日本帝国政府の公式見解であります」
おいおい、確かに一番力を入れて協力した以上、日本帝国にある程度の余裕ができていることはわかっている。
だが、だからといってそれを全部吐き出すような大作戦に参加してしまっていいわけがないじゃないか。
作戦を実行に移すための政治的な工作は十分にしたつもりだが、なんだこの結果は。
補給の手間がどうとか、指揮権がどうしたとか、そんな小さな話で腹を立てているのではない。
指揮権はともかくとして、物資の補給は何の問題もないのだ。
兵器の支援まで含まれると苦しいものがあるが、それだってなんとでも出来る。
だが、人間は、人命だけは、補給も補充もできない。
人間の形をした戦闘マシーンは文字通り量産できるが、夫の、妻の、息子の、娘の代替品は作れないんだ。
ああ、こんな思いをするのであれば、もっとゲーム感覚でこの世界を受け入れておくべきだった。
そうすれば、駒が増えることに純粋な喜びを感じるだけで済んだのに。
俺がこの戦争に参加するにあたり、自己完結した組織で独立状態に近い形を創り上げたのは、別に趣味ではない。
もちろん独自の兵器を持ち込む以上、生産や補給の関係から独立部隊である必要はあるのだが、それは主たる理由ではない。
独立状態に近い最大の理由、それは気が遠くなるような時間の経験と訓練を積んだ所で、俺はどこまで行っても平成の日本人であることを辞められなかったという事にある。
たしかにそのお陰で敵対者の排除には鈍感になれた。
工作員の排除については何も感じなかったし、クーデター軍を殲滅した時もそれほど良心の呵責は感じなかった。
人間を部品として扱う生産ラインを眺めていても、驚くほど衝撃は小さかったのだ。
だが、これはいけない。
もちろん、彼らは自国の利益を最優先にして考えているはずだ。
BETA戦後も政権を守るため、国際的な影響力を維持するため、経済的な何か、あるいは現在の力関係を変えるため。
そういったドロドロとした色々なものが蠢いているのは間違いない。
だが、自分たちも部隊を出すと言ったその言葉が、まだ微かに残っていた何かに作用する。
この人達と共に戦う一兵卒に至るまで、この狂った世界でせっかく今日まで生き延びてこれた全ての人々が、これ以上危険に晒されてはいけない。
冗談じゃないぞ、俺はこれ以上のこの世界の血が流れないように8492戦闘団を作ったのに、これでは何の意味もないじゃないか。
何のために積極的な接触を控え、どうして世界規模で自己完結した組織を作ったというんだ。
こんな展開になってしまわないよう、利害関係と政治的な都合以外で関わらないようにしてきた結果が、これかよ。
救え、人類を。護れ、人々を。
それこそが、それだけが自分の存在意義だ。
大のために小を捨てろ。
人間らしい感情の全てを捨て去れ。
全体の奉仕者となれ。
戦え、闘え。
我は人類の醜の御楯。
義務を果たせ、任務を遂げろ。
それが我の唯一の存在価値。
戦え、最後まで。
「意見は、出尽くしたようだな」
合衆国軍大将閣下は、議論の終了を告げる言葉を口にした。
傍目から見れば、これは俺の優れた政治力とやらのお陰に見えることだろう。
何しろ、作戦案は全人類による支援を受けるという形で修正されるのだ。
それにしても妙に頭が重い。
誰かと話していたような気がしないでもないが、しかし通信のログはないし、疲れているのだろうか?
「国連総軍、そして我が合衆国軍はもちろん、全人類の総力を挙げ、BETA殲滅作戦『桜花』を実施する。
8492戦闘団は作戦内容を修正の上、改めて参謀本部に提出するように。
他に異議がなければ会議を終えたいが、何かあるかね?」
まったく、この世界は本当に『あいとゆうきのおとぎばなし』というわけだな。
支援がありがたくないわけがない。
まともな戦闘能力を持っている以上、どの部隊も十分活躍してくれるはずだ。
別にハイヴ攻略が独力でできなければ必要ないというわけではない。
周囲の警戒部隊でもいいし、輸送部隊の護衛でもいい。
宿営地の歩哨ですら、いればいるほど助かる。
輸送能力が異常なことになっている我が軍は、そういう贅沢な思考ができるのだ。
「はい閣下。いいえ、自分に異議はありません。
直ちに作戦案の修正にかかります。
諸外国の皆様に、心からの感謝を」
ふと我に返ると、自分が恥ずかしい。
今にして思うとどうして俺はもっと助力を受けようとしなかったのだろうか。
考えてみれば、どの国にも歴史と事情があり、誰もが歩んできた人生がある。
それをたった一人が配慮したつもりになって全部を任せろといった所で、どこかに穴があり、そして受け入れられなかったとしてもなんら不思議はない。
大切なのはここからだ。
事態が動き出した以上、俺は出来る事を出来るだけやらなければならない。