2002年1月1日火曜日10:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地
「やれやれ、今年が始まってから半日もたっていないというのに、また出撃か」
続々と出航していく潜水母艦たちを見送りつつ、思わずぼやきが漏れる。
今は有事であることは承知しており、日本の西方の防衛を担当する者としての責任も自覚している。
なのだが、どうも納得がいかない。
「第七大隊搭載艦は移動を開始しました。
本艦の離岸まであと30分の予定です」
薄暗いCICの中で、俺はため息をついた。
現在の我々は、本土防衛大綱に基づく部隊移動を行おうとしている。
一体いつの間にそのような計画が立てられていたのかは知らないが、とにかくそういうことらしい。
BETAから奪還したばかりの佐渡島は、100年前から人類の最重要拠点であったかのような巨大な軍事基地となっている。
常設で一個軍団、三個艦隊、六つの陸軍基地と二つの海軍基地。
そしてハイヴ跡地に建てられた調査基地。
これらに、先の佐渡島奪還作戦で増産された二個軍団が行き場を無くして保管されている。
保有する部隊の重量だけで地盤沈下が起こりそうな有様だ。
まあいずれは大陸で消耗し尽くす予定の先遣隊なのだから、それ自体は別にどうでもいい。
重要なのは、普通の人間であれば激怒を通り越して決起するような命令が届いた事である。
発 :本土防衛軍司令部
宛 :第8492戦闘団団長
本文:第8492戦闘団は、2001年●月●日(日付の部分は消されていて読めない)承認の本土防衛大綱に基づき、以下のとおり作戦行動を実施せよ。
第一項.第8492戦闘団は、保有する戦力のうち三個師団以上を新設の国連平和維持協力軍に供出せよ。
なお、供出する戦力は最低でも六個戦術機甲連隊以上とする。
委細は国連軍より出向の調整担当官と折衝を行われたし。
第二項.第8492戦闘団は、第一項に記載の本土防衛大綱に基づき、保有する戦力の全国平均化への協力を実施せよ。
技術工廠より出向予定の調整担当官と折衝を行われたし。
第三項.佐渡島全域を第8492戦闘団管理区域に設定する。
これに伴い、2月1日までに神奈川県全域の保有する戦力・施設・その他資材は全て撤収せよ。
それ以降に同県内に残存する戦力・施設・その他資材は全て本土防衛軍が接収する。
第四項.第一項に記載の本土防衛大綱に基づき、保有する戦力を用いて鉄源ハイヴに対する威力偵察を実施せよ。
投入する規模は最低一個師団であり、上限は無いものとする。
支援船舶等は自由に保有戦力を使用されたし。
備考:第一項および第四項は、国連軍よりの強い要請に基づき実施される。
なお、国連軍の 『 ご好意 』 により提供された上陸支援全般の通信統裁を行う艦艇の 『 支援 』 を受けよ。
極度に緊張し、そして俺が怒りだしたらどうしようかと恐怖に震える帝国軍の連絡官から命令書を見せられたとき、思わず笑ってしまっても仕方が無いだろう。
こんなふざけた内容の紙っペラ一枚で、他国の軍隊に通信の全てを任せなければならない作戦を実行せよ?
俺は自他共に認める温厚な人間のつもりだが、いくらなんでもこれは酷い。
だいたい、その第一項に記載の本土防衛大綱とやらはどこに書いてあるんだよ。
だが、軍の正式な命令書にわざわざ半角スペースを入れて手書きで二重括弧まで入れてもらっては、苦笑しかできない。
BETAが反応するギリギリまで接近して、連中が動き出した途端に一発も撃たずに逃げ帰ってやろうかな?などと思ったとしてもバチはあたるまい。
国家間の主導権の奪い合いに価値があることに異論は無いが、振り回される側としてはたまったものではないな。
「ルーデルを呼んでくれ」
「準備は出来ております。閣下、ご命令を」
内線で従兵に伝えたばかりだというのに、彼は隣室から現れた。
おそらく、帝国軍の連絡官が来たことに何か感じるところがあったのだろう。
「鉄源ハイヴを落としたいのだが、戦力はどれくらい必要だ?」
ハンス=ウルリッヒ・ルーデルは、努力の人である。
そんな彼が、いつか必ず命じられるはずの鉄源ハイヴ攻略に備えていないわけが無い。
「強襲上陸に一個師団と二個艦隊、周辺防御に四個師団、突入に三個師団。
あとは閣下の陣頭指揮と、私に出撃許可を与えていただければ十分です」
答える姿には自信しか見られない。
絶望が溢れている1944年から45年の東部戦線を生き抜き、この世界においてもオリジナルハイヴ攻略の陽動で単機特攻をしている。
その彼が、ログを見る限りでは高効率訓練センターに表の時間で四日も入って各ハイヴの攻略演習を行っていた彼が、できるというのだ。
疑う理由などどこにも存在しない。
「突入部隊は任せる。
私は周辺の防御を固めよう」
傍から聞いていれば酷く聞こえる話だが、目の前の黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章を受章したドイツ国防軍軍人は、満面の笑みを浮かべた。
彼にとっては、戦況の優劣はさておき、必要な装備と戦力を必要なだけ与えられ、自分の腕を自由に行使できる状況というのが一番のプレゼントなのだろう。
見ていろよ国連軍、いや、合衆国軍のお偉方の皆様。
涙目にしてやる。
「第十二大隊搭載艦は移動を開始しました。
本艦の離岸まであと5分の予定です」
報告に意識を戻す。
この作戦のために用意した新型艦であるリムファクシⅣ以下八個師団と二個艦隊で、命令どおり鉄源ハイヴに『威力偵察』を仕掛けてやる。
偵察とはいえ、可能ならば落としてしまっても構わんのだろう?
「ところで、師団長閣下はまだ通信室から戻らないのか?」
気を取り直して今のところ一番気になっていることを尋ねる。
艦隊の出港準備が整ったあたりで彼女は本土からの緊急電で呼び出され、今に至るまで戻ってきていない。
「参謀長、このまま出航でもかまわないが、どうしますか?」
参謀団エリアで困り果てている参謀長に声をかける。
本艦は潜水艦でありながら指揮機能を有しており、一個軍程度であれば十分指揮可能な司令部設備を持っている。
「あー、いや、本土からの緊急電であるから、我々がそれを妨げるわけにはいかないだろう」
実に使えない回答である。
入室の許可を求めるなどして通信を妨害する方法などいくらでもあるだろうに。
「では、私の権限で作戦を遅延させるよう通達を出しますね」
俺の言葉に一同は安堵した様子を見せる。
8492戦闘団しか動いていないとはいえ、作戦決行に遅延が生じれば責任問題に発展しかねない。
だが、彼らは責任など負いたくない。
彼ら全員より価値があると見なされている司令官閣下に責任を押し付けることも出来ない。
そんな中、親愛なる指導者である副司令官閣下が御自ら責任を取ってくれるというわけだ。
彼らが喜ばないわけが無い。
「副司令より各員。あー、所定の作戦に基づき、行動を実施する。
忙しいところ済まない、以上だ」
名乗りを上げたところで司令官閣下が入室されたのだから仕方がないが、随分と意味のわからない放送となってしまった。
それはさておきだ。
「何か本土で大問題が発生したようですね」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる師団長に尋ねる。
何も返してこないところを見ると、よほど腹に据えかねる事を言われたようだな。
「本土防衛軍司令部からよ
今の今になって司令部が艦隊と共に敵地へ赴くのはどうなんだと難癖をつけてきたわ」
なるほどなるほど、お飾りではあるものの、逆に言えば飾るだけの価値がある人物が艦隊特攻とは好ましくないというわけだな。
別に特攻をするつもりはないし、この艦は水中にいる限りは安全だ。
なんなら作戦中は通信ブイだけ浮上させてずっと水中にいてもらっても構わないのだが、それでも心配な人間がいるのだろうな。
まあ、こちらも嫌がらせで作戦発動二秒前に計画書を提出したので、作戦の概要を掴みきれていないのかもしれないが。
「それでは師団司令部は帝都に置いて、米軍の通信中継艦・本艦・佐渡島・新潟・師団本部と通信を中継させましょう。
場所さえ貸してもらえれば、帝都城の玄関先に衛兵付きで天幕でも張って司令部を設営させますよ」
あまりにもあまりな俺の言葉に、師団長閣下は表情を歪ませる。
だが、それは怒りや侮蔑ではない。
「それは面白いわね。やりましょう」
どうやら、師団長閣下は思っていたよりも愉快な思考をされているらしい。
子どもじみた露骨な嫌がらせを実施することにより、公衆の面前で本土防衛軍の一部勢力に恥をかかせてやるつもりだ。
そのためならば自分の評価などどうでも良いと開き直るあたり、彼女は自身の置かれた立場に諦観の念を抱いていることがよく分かる。
さらに、不敬極まりない提案に対し笑顔で答えるあたり、精神の状態はあまり良好ではないようだ。
だが、不敬罪に問われるおそれはない。
その前に、状況は次の段階へ移行するからだ。
「参謀長!我々は直ぐに上陸する!
一分で準備をなさい!」
大声で参謀団を艦内から追いだそうとする彼女の背中を見つつ、俺は内心で呟いた。
ご安心ください閣下。こちら側にいる限り、貴女にもいい目を見せて差し上げますよ。
「至急だ」
慌ただしく荷物を纏めている参謀団を眺めつつ、傍らのオペ娘に話しかける。
「師団本部に一個歩兵中隊を追加。
基本武装はカプセル降下兵。
武装はカリフォニウム弾以外無制限、技術レベルは恒星系間戦争レベルまで」
正しく大盤振る舞いである。
近距離用核分裂弾以外無制限とは、要するにこの世界の一個師団が全力で攻めこんできても対処可能であることを意味する。
使用する技術を恒星系間戦争レベルで持たせるということは、その師団が四個戦術機甲連隊編成であっても対処可能でもある。
「交戦規則はどの状態にいたしますか?」
内蔵無線で指示を出しつつオペ娘は尋ねる。
「交戦規定は専守防衛、ただし武器使用自由だ」
専守防衛で武器使用自由。
つまり、最初の一発を受けるまでは抵抗せず、拳銃弾一発でも受ければ使用する全ての兵器を使用して速やかに全力で眼前の敵を殲滅する。
帝都に派遣する護衛に出すべき命令ではない。
「よろしいのですか?」
不意にかけられた声に視線を向けると、難しい表情を浮かべた鹿内が立っている。
新潟から帝都までは高速鉄道が走っている。
いつでも大陸へ侵攻できるように駐屯している歩兵中隊を司令部に随行させることは簡単だ。
つまり、師団本部が帝都に到着したとき、駅では歩兵中隊が閲兵式の準備を整えていることを意味している。
彼らが持っているのは、今からハイヴに殴り込みをかけるような兵装である。
日本帝国側の反発は想像するまでもなくある。
「よろしい。君たちの『2001年12月度後半 帝国情勢の回顧と展望』は読ませてもらった。
むしろ戦術機甲大隊を付けなかった私の自制心を褒めて欲しいくらいなのだが?」
諜報機関は設立から時間が経てば経つほどその能力を増していく。
マイナス面での要素もあるといえばあるが、時間経過に伴って上昇していく対外情報収集能力と分析力は、それを補って余りある。
だが、後藤田長官率いる第66師団第8492戦闘団国際情勢検討委員会は、自分たちのできる中での最善を尽くしていた。
「それでしたら、帝都城に派遣される部隊はせいぜい一個歩兵大隊と二個戦術機甲中隊が限界であるとお分かりだということですね?」
こちらの正気を疑う目をしているな。
失礼極まりないが、無理もないな。
2002年1月1日火曜日10:38 日本帝国 帝都某所
「8492の連中は行動を開始した模様です。
多数の艦艇を従えて朝鮮半島を目指して移動中、何故か師団本部は本土へ向けて移動中のようです」
薄暗い室内で狭霧大尉は報告した。
帝国政府から酷い裏切りを受けた彼らは、それでも黙って従っていた。
まるでそれ以外にやるべき事を知らない奴隷のように。
「閣下。準備は整っております。
CIAの傀儡となった愚か者たちも、少なくとも役割だけは完璧に果たしてくれるようです」
別の大尉が報告する。
現在の日本帝国には四つの勢力が存在している。
一つ、帝国軍から与えられた任務だけを行う軍人。
二つ、CIAを中心とする諸外国の意向に従って行動する売国奴。
三つ、憂国の念を抱く烈士たち。
四つ、強大な戦力を持ち、ただ日本帝国のために死地へ赴こうとする第8492戦闘団。
最大戦力は言うまでもなく第四の8492戦闘団である。
しかし、国際的な謀略に巻き込まれ、大陸反攻作戦を強要されている彼らは、帝国本土に限れば僅かな機動戦力しか持っていない。
決起が起これば動きを止めるであろう通常の帝国軍も戦力としてはカウントしがたい。
彼らはまず、事前に与えられている本土防衛という任務を行わなければならないからだ。
そして、第二と第三の勢力である決起軍は、現時点においては帝国内で最大の戦力を持っている。
「動くのは、今しかありません。
諸外国の目が外を向いている今、8492戦闘団の横槍を最小限に抑えられる今、放っておいても売国奴どもが行動を起こしてしまう今。
今しかないのです。閣下、ご決断を」
血気に逸る将校たちに詰め寄られた男は、苦渋に満ちた表情のまま口を開いた。
「このような事態は何としても避けたかった。
だが、もはや言葉で物事を解決する時期は過ぎた。
全ての同志に伝えろ。我々は、帝国を救うため、行動を開始する」
新年早々、日本帝国を取り巻く状況は一気に動き出そうとしていた。
行動を決意した決起軍。
帝国内を暗躍する諜報機関。
鉄源ハイヴへ進軍する8492戦闘団。
複数の思惑が交錯する中、二つの戦いが始まろうとしていた。