2001年12月25日火曜日17:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地 第四格納庫電子部品整備室
諜報活動という言葉がある。
政治や治安、経済や軍事上の目的などのために、相手国や対象組織の情報を収集する活動だ。
これを行うには、三つの必要なものがある。
よく言われるヒト・モノ・カネだ。
まずはヒト。
組織とはある程度一般的な能力を持った人々が作り上げる集合体であるが、中核となる人物はやはり必要だ。
特定個人の能力に依存しているようでは三流もいいところであるが、立ち上げ時期である今はそうせねばならない。
モノとは、例えば電波を傍受する施設であり、入手した情報を処理するための装置だ。
映画でしか見たことのないスパイ秘密道具や、特殊仕様の装備品もここに入る。
プラントと無人兵器そしてG.E.S.Uたちのおかげで、これについては反応動力航空母艦だろうがなんだろうが、必要なだけ手配可能なため問題ない。
そしてカネ。
優れた機材、豊富な人材。
それらが揃ったところで、全てを有機的に連携させ、最大限の効率で動かすための資金が必要だ。
とはいえ、俺達にとって予算という概念は存在していない。
絶対の忠誠を誓う洗脳済みの人材と、必要なものを必要なだけ出現させられるプラントがある。
あとは工作資金であるが、通貨偽造などせずとも青森に建設している工業地帯が稼働を開始すればいくらでも準備できる。
原価ゼロの工業製品など、チートにも限度がある。
「面倒ばかり増えるな」
基地内に帝国軍の人間が増えてきたことから、執務室でチート的行動を取ることが難しくなってきた。
いつ盗聴器や隠しカメラが仕掛けられるかわからない。
そういった清掃を行える人材がいない以上、この部屋のように文字通り創り上げたクリーンな環境をその都度用意して作業を行うしかない。
それにしても、自分の基地で周りに気を配りながら作業しなければならないとは、なんともおかしな話である。
だが、合衆国が本気を出してきている以上、こちらとしてもそれなりの体制を作り上げるまでは油断するわけにはいかないのだ。
「さて、お仕事しますか」
端末を起動し、ポイントで購入するべき項目へカーソルを合わせる。
情報関連人材セット。
気になるお値段は50,000ポイント。
「こんな所にいたのか」
奇襲は突然だった。
いや、もちろん奇襲とは相手にとっては唐突に始まらなければならないのだが。
とにかく、我が親愛なる司令官閣下が、ノックもせずに入室してきた。
防諜用に帝国から提供された人材は、本来の任務通り俺の動向の確認もきちんと行っているようだ。
「これは司令官殿、何か御用でしょうか?」
まったく、ずっと帝都でお家騒動を楽しんでくれていればいいのに。
内心で呟きつつも笑顔で尋ねる。
「参謀たちが君を探していたよ。
そんな事よりも、私にも居場所を告げずにどこかへいってしまうというのは、随分と冷たいじゃないか?」
にこやかにそんな事を言い放ってくれる。
これがラブコメな世界であればこんなに嬉しいことはない。
しかし、俺の内心を除いてシリアス全開で展開されているこの世界において、彼女の態度は欠片も嬉しさを感じさせない。
「ああ、それは申し訳ありません。
どうしても一人で集中できる環境で研究を進めたかったものでして」
会話を続けつつ画面を切り替える。
今映しだされているのは、何の変哲もない大陸反攻作戦の個人的研究に過ぎない。
洋上移動可能な陸上艦隊を、軌道降下部隊の支援に回すには何が一番効率的かを調べるためのものだ。
もちろん、個人的研究とは言っても、この世界の全てのスーパーコンピュータを対象にしても勝負にならないほど高性能なこの基地のメインフレームを用いて行われる、図上演習そのものであったが。
「あら、上官たる私を放っておいて研究に勤しむなんて、勤勉ではあるものの、誉められたものではないわね?」
妖艶な、という形容詞がふさわしい笑みを浮かべて司令官閣下は仰られる。
帰郷してからどうにも様子がおかしいとは思っていたが、俺を篭絡する任務を与えられていたとはね。
電子情報化された情報ならば何でも手に入る俺は、それが彼女に与えられた任務の一環で行っているに過ぎないと知っている。
日本帝国に俺が無条件で従うべき理由など何一つとして存在せず、洋上の巨大浮体構造体群が順調に建設されようとしている今、国籍剥奪のうえ国外追放されたとしても俺は困らない。
もっと言えば、合衆国あたりと話をつけ、無数の無人兵器軍団で日本本土を占領し、新たな国家元首として君臨することだって不可能ではない。
金も地位も効果がなさそうとあれば、女、というか人間の情に期待するぐらいしかなかろう。
俺を排除するという選択肢が選びたくても選べない日本帝国の情報関係者に同情しつつ会話を続行する。
「それも私の職務でして。
日本帝国本土防衛軍少将でありながら国連軍准将を兼務しつつ新潟地区防衛担当者にして兵站の要職であり宇宙艦隊の司令官を努めつつ戦略拠点の建設責任者をやりつつ先端技術の主任技術者というのは、なかなかにして難しい立場ですね」
文字で表記するとえらい事になっている俺の立場は、増えることはあっても減ることはない。
例えば俺の上官たる目の前の彼女は、日本帝国本土防衛軍中将として第8492戦闘団の司令官となってはいるが、実際には俺に命令という名の要望を出す程度の権限しか無い。
帝国政府と軍上層部、それに国連安全保障理事会の間で非公式の了解が出ており、彼女は嫌でも君臨すれども統治せずを実行しなければならない。
まあ、そう言ったところであくまでも軍籍簿上の君臨であり、文字通りの意味でのお神輿なのだが。
「そんなに嫌ならば全部を受け継いであげてもいいのよ?
私はこんななりをしているけれども」
彼女はそこで自分の足を指し示した。
「それなりには優秀なんですから」
顔には自嘲的な表情が浮かんでいる。
これが全て計算ずくの仕草であるのならば、彼女は相当に嫌な人間だ。
そして、彼女は嫌な人間だった。
「失礼します」
どう返そうかと悩んでいると、つい数時間前に作ったばかりのこの部屋に、新たなる入室者が現れた。
やれやれ、この部屋はどれだけ多くの人間に監視されているんだ?
そんな事を思いつつ、俺は入室者に視線を向け、凍りついた。
「第8492戦闘団副司令官閣下、着任の挨拶に参りました。
後藤田正晴であります」
そこに立っていたのは、とある世界で日本国公安調査情報庁長官を務めていた老人である。
北日本と南日本にわかれた世界で、超大国に翻弄される二つの日本のうち片方を影から支えてきた男であり、モデルとなった史実の人物もかなりの功績を残している。
「鹿内君も来ているとは知りませんでしたが、まあよろしい。
これからよろしくお願いします」
そう言って敬礼する彼は、見るからに一筋縄ではいかない人物だ。
後に続いて入室してきた人々も、顔は見たことがないが誰かは直ぐに認識出来る。
「矢上美智子陸将補であります。
後ろの二人は浅岡二佐と広瀬一尉です」
顔を見たこともなければ声も聞いたことも無いのに人物を把握できるというのは、俺がチートで呼び出した人々に共通していることである。
どうやら、慌てて画面を変える際に、誤ってクリックして購入してしまったらしい。
「遅れました。自分は小林陸将補で、彼は佐藤三佐であります。後ろの」「遅いぞ!このボケっ!」
賑やかに入ってきたのは頭部が禿げ上がった将官と太目の三等陸佐、そして彼に小突かれている三等陸曹だ。
なるほど、今回のポイントで購入できたのは、日本人の諜報関係者たちらしい。
“征途”の公安調査情報庁長官である後藤田正晴、“平壌クーデター作戦”の矢上美智子陸将補、浅岡二等陸佐、広瀬冴香一等陸尉。
“OMEGAシリーズ”の小林陸将と佐藤大輔三等陸佐、中村正徳三等陸曹と、日系勢揃いだな。
「この格納庫の外には、オメガとSASの精鋭たちが整列しております。
閣下、是非彼らにも一言」
オメガとSASって、特殊作戦から非正規戦闘まで何でもござれの人材じゃないか。
いったい何が始まるんです?
この世界において彼らが必要なのかはわからないが、とりあえず破壊工作をしなければならない場合に備えておくとしよう。
誤って購入してしまった情報機関セットに含まれていたということは、そのうち必要になるということだろう。
それに、オメガと一緒に来るSASということは、人間砲台マクミランやモヒカン野郎ソープなど愉快な人材でいっぱいだろう。
頼もしいことだ。
「アクション担当も来ていますよ」
佐藤三佐がその顔面に刻まれた傷跡を歪めつつ笑う。
「アクション担当?ああ、なるほど」
一瞬疑問符が付くが、手渡されたリストに記載されたメンバーを見て納得する。
ジェームズ・ボンド、ソリッド・スネーク、ケイシー・ライバックか。
それとチャック・ノリス。
チャック・ノリス?
いいぞいいぞ、俺はそういう無茶が大好きだ。
米軍の秘密基地や偽装組織を吹き飛ばすことには大変興味があるが、人類の戦力を削るわけにはいかない。
いかないのだが、そんな俺の考えに則さない存在である彼らがいるということは、つまりその種の工作が必要となる事態が起こるのだろう。
そうなのであれば、彼らは非常に役に立つ。
文字通りの意味での一騎当千に限りなく近い役割を果たしてくれる創作物の主人公たち。
彼らには申し訳ないが、早速働いてもらうことになりそうだな。
「それと、情報本部には既に事務員一同がきております。
彼らのための宿舎と福利厚生施設の建造は急務ですな」
凄い要約の仕方だな。
後藤田から手渡された分厚い書類を見ると、そこには“事務員”たちの名前と所属が書かれていた。
その数は二千八百六十七人。
名前については明らかに適当に決めたであろう文字が並んでいる。
例を出してみよう。
名前:太郎・S
所属:施設清掃課防諜係対人処理担当
すごいね太郎さん。
平凡そうな名前からは想定できない危険な担当をされていらっしゃる。
きっと不慣れな敵対工作員さんを優しく土の下にお連れするような仕事をしているのだろう。
どうでもいいが、もう少し個性的な名前をつけてやってもいいだろうに。
「私は確か貴方の上司だったけれども、こんな人達を見たのは初めてね」
いやいや、分かりますよ閣下。
私だって生で見たのは今が初めてですから。
ただ、私の上官としておられるのであれば、こういう状況には慣れていただかないと困りますな。
「申し訳ありません閣下。
存在をお伝えすることをすっかり失念しておりました」
全てはこの言葉で済ませる。
日本帝国政府と俺との間での大人の約束だ。
「あら、それじゃあ今度から気をつけて欲しいわね」
大人の約束は偉大だ。
双方に利益が確約されている限り、それを下回る不利益は全て無視される。
長期的な視野で見込める利益が多いならば、短期的にはどのような不利益も双方の努力で無かった事になる。
実に便利だ。
「情報本部、ということは、これで夜中に基地に迷い込んでしまった外国人ご一行を外へお連れする事も減るのかしら?」
司令官閣下の仰る通りである。
真っ当な将官ならば、軍事情報の重要性を理解出来ないわけがない。
何かと世界中から注目を浴びる第8492戦闘団には、この手の人材がいくらいても足りないという事はない。
むしろ、今までその主の人々が全て外部委託という状況こそが異常だったのだ。
「そうであって欲しいと願っておりますよ。
もちろん、彼らの能力に不安など覚えているはずもありませんが」
こと日本国内においては史実でも空想の世界でも完璧の一歩手前を歩いていた人々だ。
彼らの採用自体は事故だったが、事故でなくても採用を決断していた人々である以上、俺はもう少し眠れるようになるんだろうな。
2001年12月29日土曜日23:57 北米大陸 アメリカ合衆国 ワシントンD・C ホワイトハウス
今日という日が終わろうとしている中、ホワイトハウスには合衆国の上層部の面々が揃っていた。
誰もが深刻な表情を浮かべ、陰鬱な声音で報告を行っている。
「日本帝国に配置した全ての工作員および拠点と連絡が取れません」
全てを素直に報告するCIA長官の声は今にも泣き出しそうな悲痛さに溢れていた。
この時日本帝国に配置されていた工作員は、一線級の人材である。
それを支えていた人々も、かけがえの無い有能なものを当てている。
優れた科学技術と合衆国に及ばないにしてもそれなりの工業生産力。
対BETAの太平洋の防壁。オルタネイティヴ第四計画の本拠地。
合衆国のコントロールを受け付けない恐れのある政府。
日本帝国は、彼らが望まなくとも合衆国の重点攻略対象だった。
先の大規模破壊工作の失敗以来、攻略のために用意した全てが失われようとしている。
「大東亜日報社は謎のテロ組織の襲撃を受けて壊滅。
人材も施設も全て失われました」
それはマスコミの形を取った諜報組織である。
合法的な情報収集や情報操作、世論誘導など、表の世界から工作員たちを支援するためのものである。
これが破壊された。
偶然生き残った記者(彼は表向きの仕事のために採用された普通の民間人である)は、警察の取調べにこう答えている。
「ポニーテールの男性が正面玄関から乗り込んできた。
警備員が声をかけようとした途端、いきなりその腕をねじり上げた。
発砲し、増援の首を捻り、格闘技らしいものを繰り出しつつ駆けつけた全員を殺害した。
あれは人間じゃない。ニンゲンジャナイ」
その人物はたまたま怪我をして動けなかった彼を施設の表玄関から外へ放り出し、施設自体は発破解体した。
まるで魔法のように、大東亜日報社はその本社を綺麗に叩き潰され、主要な構成員全てを殺害されて機能停止となってしまった。
「グローバル・トランスポート社、つまり航空運送会社の形を取った物資供給ルートも潰されました。
人相もつかめていない白人らしい男性によって空港ごと整備施設、航法支援施設、倉庫、車両、人材の大半が吹き飛ばされています。
再建は不可能との分析部の見解です」
誑し込んだ社長令嬢の手引きで施設に侵入したその男は、派手な銃撃戦や警備主任との殴り合いを繰り広げた挙句、いつの間にか仕掛けていた爆薬で全てを破壊してしまった。
死者八百四十名。
被害総額は算出したくもない数値が予測されている。
「奴らが何かをしたのは間違いのない事実です。
単なるテロ組織がこうも完璧にこちらの戦力だけを破壊することなどできるわけがありません!」
この会議に参加する事を許されている空軍の中将が怒鳴る。
先の航空運送会社壊滅により、少なからぬ空軍の出向者が死傷しているのだから無理もない。
養成に時間と費用がかかる上、BETAに制空権を握られている今、彼に損失を埋める手段は存在しない。
そして、彼の怒りは全く正当なものであり、一インチも的を外れてはいない。
手元の報告書がそれを証明していた。
ポセイドン・トランスポート社。
海上に浮かぶメガフロート海港に侵入した“誰か”によって、秘密兵器である二足歩行型核砲弾発射機を含む全装備・施設を破壊されて漂流中。
オムニ・ヘヴィ・インダストリー社。
奪取した無人兵器を研究していたこの会社は何者かにハッキングされ、製造中の無人兵器が暴走。
東海岸全域に秘密裏に警戒警報が流れるほどの大騒ぎの後に、全兵器の相互破壊によって施設は全壊。
全ての研究データおよび研究員も全滅。
ご丁寧にも物理的に切り離して設置されている予備のサーバの内部も、前回のバックアップ時に仕込まれていたウイルスで全滅している。
スカイネット・インタラクティブ社。
謎のウイルスによる攻撃を受け、全データ消失。
開発中だった戦域ネットワークの経路を伝って広まったウイルスにより、八つの空軍基地で防空システムが暴走。
一連の騒ぎで分散疎開中だった研究員たちと貴重な資材を輸送機ごと全滅させてしまった。
「これはもう、明らかな破壊工作です。
我々は速やかに反撃し、二度とこのような事が起こらないようにしなければなりません」
ポセイドン・トランスポート社に偽装派遣していた、二個中隊および特殊兵器研究チームを全滅させられた陸軍中将が力強い口調で進言する。
裏の仕事につかせていた有能で忠誠心の高い将兵を失った彼には、責任者として敵に代償を支払わせる義務があった。
「誰に?どうやって?」
大統領の言葉は、彼を絶句させるのに十分な重みを持っている。
どう考えても8492戦闘団に関わる何者かの仕業なのだが、証拠がない。
ある程度以上の規模を持った集団の攻撃ならば、そのパターンや使用装備、侵入経路や目撃証言から絞り込みが行える。
しかし、一連の事件は全て単独犯の犯行であり、使用された装備品も確認が取れている範囲では全て鹵獲品と思われる合衆国の装備だ。
数少ない目撃証言はいずれも日本人ではない人種であり、特をするのは日本だけという限りなく黒い状況でありながら、決め手となる他の証拠が存在しない。
つまりお手上げなのである。
彼らは頭を抱え、陰鬱な会議を続行した。
2001年12月30日日曜日17:00 日本帝国新潟県佐渡市1-1 日本帝国本土防衛軍佐渡島基地 第一会議室
国内の大半の人々が休んでいる日曜日の夕刻。
俺は例によって来客に拘束されていた。
ホワイトボードの脇に立った参謀は尽きることのない要望を延々と述べ続けており、それはようやく最後の結びに入ろうとしていた。
「以上の通り、我々は時間を手に入れ、人的資源にある程度の余裕を持ち、軍の再建に着手することができました。
しかしながら、再建するべき軍は大陸派遣の失敗から続く損耗により、今までと同じものを同じだけにはできません。
編成や指揮系統などはもちろんのこと、抜本的な修正が必要です」
最寄のハイヴを事実上8492戦闘団の戦力だけで攻め落とせただけあり、日本帝国には随分と余裕が出来ていた。
しかし、それは今までに失ったものを全て取り返せるほどのものではないのだ。
人類の一員としての国際貢献、荒廃した国土の復興、軍全体の再建、国民生活の再構築。
ハイヴが近くにあることで先延ばしにされていたこれらの事項が、佐渡島ハイヴ殲滅を受けて駆け足で解決を求めて迫ってきているのだ。
「次の大規模戦闘は着上陸侵攻の水際阻止か、あるいは大陸での反攻作戦。
いずれも今まで以上の火力を部隊に持たせる必要があるが、戦術機を根幹とした部隊数増加は衛士適性の問題から困難であり、違うやり方が必要である。
なるほど、お話はよくわかりました」
昼過ぎから五時間にわたって続けられた長い会議の果てで、俺はようやく相槌以外の言葉を発した。
生存競争を繰り広げているだけあり、この世界の人々は非常に真面目だ。
手伝う側としてはそれは大変に好ましいのだが、こちらの休みを無視して毎週押しかけられるのは流石に困る。
「我々の使用する兵器や技術の帝国への提供。
了解いたしました。
それらを運用するための教導部隊の育成。
これも了解しました。
教導部隊が完成するまでの期間、各師団から大隊規模の研修部隊の受け入れ。
直ちに準備にかかります」
要望を全面的に受け入れる旨を俺は伝えた。
正直なところ、その申し出を待っていたのだ。
単なる提供では、俺が全能の神様になるだけである。
あくまでもこの世界の人々が俺を利用しようとし、頭を使い、依頼してきてこなければ困る。
きっと彼らならば黙って見ていても何とかしてくれる。
それがどのような結果を生むのかは、俺の前任者たちが身を持って事例を残してくれている。
「うん、なんだろうか?」
第14師団の師団長閣下は不思議そうな顔でこちらを見てくる。
先程まで師団側の要望を読み上げていた参謀は不安そうな顔をしている。
「ご要望自体は理解できたのですが、これは第14師団としてのご要望なのでしょうか?
お受けしたとしても、上層部がそれを無条件で承認するとは思えないのですが」
師団長直々の来訪で寄せられた要望は、とてもではないが師団単位でどうこうできるものではない。
本土防衛軍全体の、いや、資源をどのように分配するべきかという国家戦略上の問題である。
「いやいや、心配には及ばないよ。
了解をもらえ次第、全師団長の連名で嘆願書を出すことになっている。
本土防衛軍司令官であっても断ることはできんよ」
これだから政治力に長けた人は頼もしい。
横浜基地の一件を調べ、こちらの保有兵器を日本軍全体に導入した場合を想定し、そして根回しを済ませて依頼に来たわけだ。
もちろん、過去の経緯から俺が断る可能性は極めて低いと見積もった上でだ。
この様子だと、承認経路についてはほとんど事前調整は済んでいると見るべきだろう。
「それを聞いて安心いたしました。
陸上戦艦、半人型強襲車両、多砲門戦車、個人用装甲機動服などなど。
艦艇は流石に現物のみですが、それ以外のものについては関連するテクノロジーもご提供できるでしょう」
俺の言葉に参謀たちは笑みを浮かべる。
遥かに進んだテクノロジーの完成形が、その成果とともに入手できるのだ。
長期的な視点で見ればこれは技術的な自殺を意味しているのかもしれないが、彼らには知った事ではない。
まずは目の前のBETA、次はその向こうのハイヴ、そしてその先にそびえ立つオリジナルハイヴ。
近視眼的と罵られようが、彼らはまずそれだけを見なければならない。
この日、日本帝国軍は、第8492戦闘団に運用されている一部の技術情報を購入することを発表した。