2001年12月24日月曜日日本標準時21:52 地球近海 日本帝国上空 日本帝国航空宇宙軍 軌道防空艦隊
無限に広がる大宇宙。
数万隻の大艦隊で銀河英雄的大戦争というのも興味深いところであるが、取り敢えず今の所は地球連邦軍で我慢をしている。
男のロマンである宇宙戦艦。
当艦隊は、旗艦アナンケⅡを含む三隻のマゼラン改級宇宙戦艦および、サラミス改級宇宙巡洋艦九隻で構成されている。
これだけで全人類の宇宙戦力相手に損害ゼロで圧勝可能なのだが、そういうことは趣味ではない。
この艦隊は、あくまでもBETAの着陸ユニットを確実に破壊することだけを目的としている。
別に対地兵装を用いれば地球上の任意の場所を好きなだけ破壊できるのだが、それは最終決戦まではお預けである。
BETAの急激な進化を促しかねない超兵器は、最終段階までは使用できない。
名前も知らない前任者たちの中には、超兵器で好きなだけ無双をした連中が何人もいた。
だが、そういった手合いは結局のところ、急速に進化を遂げたBETAたちによって逆襲されている。
ハイヴを宇宙から攻撃する宇宙戦艦に対向するため、衛星軌道上まで届くレーザーを発振する超重光線級。
高速で駆け巡る戦術機を補足し、破壊する対戦術機級。
洋上艦隊を襲撃する水上級。
それら全てが人類にとって致命的なダメージを与え、そして調子に乗っていた前任者たちを殺した。
幸いなことにポイントでそれらの情報を入手できた、正確に言うと、それらの情報を入手できることに気づいた俺は、注意深く戦力の向上を行うことにしている。
具体的には、これまでの概念を覆すような超兵器は出来る限り使用しない事にしたのである。
アームズフォートや第四世代戦術機、
<<国連宇宙艦隊より通報、日本本土へ向けて移動中のBETA着陸ユニットを発見。
方位、距離データ受信中。当艦隊の迎撃エリアです>>
<<各戦隊の展開完了。目標、BETA着陸ユニット。艦隊射程範囲まで20秒>>
<<マゼラン級改宇宙戦艦「アナンケⅡ」、目標を補足。精測データ各艦へ転送中>>
宇宙空間の防衛は、地球上の人類領域のそれに比べ、強大な戦力を必要としていない。
着陸ユニット迎撃用の核弾頭運用能力と、迎撃のための高軌道へ行って帰ってくる事ができるエンジンを持った航宙機があればそれでいい。
まあ、それでいいと限定したところで、日本帝国にはそれを作る能力はない。
もっと言えば、合衆国製の航宙機を言い値で買わされる以外の方法がない。
宇宙ロケットとは逸品限りの工芸品のようなものであり、購入の意思を示したところで、一日二日で実機を手にいれることはできない。
だが、8492戦闘団からの情報を日本帝国が吸出し、その後に全人類へ供給することを世界に認めてもらうためにはそれが絶対条件だった。
便利な連中が欲しいと言うならば、その分こちらの負荷を受け持ってくれ。
合衆国を中心とする国連上層部は、対価を支払えと言ってきたのだ。
無理なら無理で構わないさ、出来ないことを求めはしないよ。
ただ、それならば我侭は止めることだ。わかるね?
最初期から継続的かつ非公式に行われた複数回の交渉で、極めて高圧的かつ丁寧に言われた内容はそれだった。
顔を真っ赤にした外務省の担当者たちは、必要最低限の外交的儀礼を行いつつも、最大限国益を維持するための交渉を行い続けた。
しかしながら、国連、というよりも合衆国は頑なだった。
どう考えても実行不可能な宇宙艦隊創設による国際貢献か、8492戦闘団を帝国から切り離し国連による管理という名目で合衆国に渡すか。
初めからできないだろうという前提で出されたその条件は、確かに不可能だった。
日本帝国には様々な科学技術と優れた工業力があったが、対宇宙防衛を恒常的に実行できる艦隊を作るまでには至らない。
普通ならば。
まあそういう次第なので、困った外務省の官僚たちは、財務省および経済産業省、国土交通省へ相談を持ちかけた。
関連する全部署が不可能であるという認識を共有したあとで、更にその上に相談を上げる必要があるのだ。
しかし、そこで誰かが行った提案がこの先の展開を変えた。
8492戦闘団の連中は何でも持っているようだが、宇宙船関連の何かを持っていないのか誰か確認したか?
国家運営に直接関わる彼らが他所から来ている連中に頼むなど、待ったくもってお笑い話だ。
しかし、相手は理屈は分からないが確かな成果を出し続ける謎の武装組織である。
聞くだけは聞いてみる価値があった。
そして、その選択は間違ってはいなかった。
そういった次第なので、この宇宙艦隊は軌道上に展開していた。
<<目標、進路・速度に変化なし>>
<<全艦、惑星近傍空間(NPS)戦闘速度即時待機>>
<<全艦、NPS戦闘速度即時待機完了>>
<<全砲門開け、対進戦用意>>
<<全砲門開け、全艦対進戦用意>>
<<各マゼラン級宇宙戦艦、砲撃準備完了>>
<<各サラミス級宇宙巡洋艦、砲撃準備完了>>
AIたちが高速で戦闘準備を完成させていく。
彼らは純粋に俺に対するサービスで音声による応答を行ってくれる。
艦隊を戦艦1、巡洋艦3からなる三つの戦隊に分け、こちらへ直進し続けるBETA着陸ユニットに道を譲るように、敵の進行方向を開け、上方および左右へ展開する。
地球連邦軍艦艇は、基本的に前方へ最大の火力投射を行えるようにデザインされている。
互いが互いを進行方向に捉えての対進戦は、彼女たちの最も好む行為であった。
とはいえ、わざわざ破壊した敵のデブリに突っ込む必要はない。
そのための布陣である。
<<全艦撃ち方始め>>
<<撃ち方始め>>
その攻撃の様子は、まさに圧倒的の一言である。
マゼランの連装主砲が、サラミスの速射砲が、次々と砲弾を放っていく。
今後の面倒を避けるため、現時点では全艦があえて換装した実弾兵器を運用している。
メガ粒子砲やレーザー機銃は、使用すると同時にそれを分けてくれと世界中から要求されるという面倒な問題を発生させる。
そういった次第なので、実体弾兵器を搭載する代わりに、それを補えるだけの外見上は分からない超高性能な射撃統制システムを搭載させたわけなのだ。
無重力空間用大型無反動艦砲、姿勢制御機構搭載型自律誘導砲弾、レーザー・レーダー併用型射撃統制装置、光回路式高速演算ユニットなどなど。
はっきりいって、税金の無駄遣いだ。
まあ、我が軍には予算という概念が存在していないので、そのような事を考える事は間違っているのだが。
<<目標に着弾まであと五秒、四、三、弾着、今>>
<<目標に命中を確認。観測中。目標の破壊を確認>>
ジオン公国との全面戦争を経験し、さらにグリプス戦役、ニューディサイズの反乱を乗り越えた彼女たちは、控えめに言って強力だった。
高速で殺到するミサイルやロケット、モビルスーツを撃退するため、長距離精密砲撃および近接防空能力は非常に高いレベルに達している。
そこに更に改良が施されている今、反撃も回避もしない相手など、たった一斉射で十分だ。
<<デブリ破砕射撃開始。全艦近接防空システム起動>>
<<デブリ接近警報。近接防空射撃開始。回避運動自由>>
あまりにも圧倒的な、一方的な攻撃であった。
冗談のような相対速度で接近する着陸ユニットを一撃で破壊し、そのままデブリ破砕射撃を実施する。
彼女たちは別にスペースデブリなど無視して戦闘能力を維持できるが、人類が用いる人工衛星や軌道艦隊は別である。
迷惑を掛けるわけにもいかないため、取り敢えず危険度を下げるための射撃を実施する。
戦力としてカウントされていない、デブリ破砕のためだけに用意された化学レーザー輸送艦が、積載した化学レーザーユニットによる防空射撃を始めた。
これは、コストを度外視すれば直ぐに合衆国も用意できるものである。
極めてコストパフォーマンスの悪いレーザーが放たれ、大きい破片から蒸発させていく。
<<デブリ破砕射撃完了。戦闘終了。警戒態勢解除。艦隊は周回軌道へ帰還します>>
今日も地球は平和だった。
地球上の全戦線で今日も小競り合いが続いているが、少なくとも大気圏外からの攻撃に対しては平和であると言えた。
2001年12月24日月曜日アメリカ東部時間08:30 北米大陸 アメリカ合衆国 ワシントンD・C ホワイトハウス
「なかなかやるようだな」
報告書を受け取った大統領は、愉快そうにそう言った。
今回の高軌道迎撃任務は、合衆国の持てる全ての対宇宙監視システムを用いて観測されていた。
使用されている武器こそ非常識ながらも理解の範囲内だが、それを運用するプラットフォームおよびシステムは理解すら出来ないものだ。
「照準システム、あのような大量の物資を軌道に上げる手段、そもそもが搭載されている艦艇。
全てが非常に興味深い、とてもとても興味深い」
まさに感無量と言った様子で大統領は言葉を続ける。
日本人たちは、あの艦隊を宇宙に浮かべることで全てを免れたと考えている。
そんな事はないのだ。
人類の将来に責任を持つ合衆国は、ああいった技術をたくさん持たねばならない。
それが手に入る位置にある以上、遠慮は必要ない。
全ては人類の未来のため。
合衆国は、できるだけの事をしなければならないのだ。
それが、人類の未来を切り開く責任と権利を持つ、アメリカ合衆国が成さねばならない事である。
「対日オプションの第二項を実施するべきかね?」
ごく限られたメンバーだけが参加できるこの会議には、当然ながら合衆国の極めて上層部の人間たちが参加している。
陸海空三軍の司令官、各情報部門の長、主に対外的な国家戦略に関わる人々だ。
「準備は出来ておりますが、もうひと押しが必要ですね」
全世界の悪いことの原因と呼ばれるCIA長官は、いかにもアメリカ人らしいジェスチャーで肩をすくめつつ答える。
さすがにBETA襲来とユーラシア大陸失陥とポストが赤いことの原因だけは公式に否定しているが、今も少なくない人々が彼を疑っている。
ポストが赤いことは別にCIAの陰謀ではない。
そう告げた時に居並ぶ記者たちが疑いの表情を浮かべていた事には怒りを覚えたな。
彼はそんなどうでもいい事を思いつつ、言葉を続ける。
「対日オプション第二項であるレインボー第二号計画は、発動準備だけは完了しております。
しかしながら、8492戦闘団の戦力が首都近郊にある限り、作戦発動はオススメできかねます」
対日オプション、別名レインボー計画と呼ばれる対日傀儡化戦略は、幾度とない修正を繰り返して今日も準備され続けている。
その第二号計画とは、合衆国が信頼を置くことのできる指導者に率いられた帝国軍による武力蜂起である。
政府を物理的に破壊し、軍への信頼を失墜させ、合衆国がその後を受け持つ。
そういった計画だった。
森羅万象を司っているわけではないが、この件に関して言えば、確かにCIAは動いていた。
「あれはどうなんだ?パープル第六号だったかな?」
オルタネイティブ第四計画を実行する横浜基地への妨害は、有形無形を問わず常に実行されている。
地球脱出と全G弾の使用による地球上での時間稼ぎを行う第五計画の方が有効であると合衆国が判断している以上、第四計画は速やかに終了しなければならない。
合衆国の判断は、人類の判断である。
彼らは本気でそう考えていた。
文字通りの意味で人類を支える合衆国上層部の人々は、そのような傲慢極まりない思考が許される。
「パープル第六号計画は、いつでも実施が可能です。
工作員は制御プログラムの管理担当をしており、命令一つで直ぐに実験用捕獲BETAの開放が行えます」
パープル第六号計画は、実験用に捕獲されたBETAを全て開放し、横浜基地の人員機材に致命的な損傷を与えることを目的としている。
国連軍の一員として送り込んである現地工作員からは、基地守備隊の練度不足が繰り返し報告されており、一度実行となれば基地機能に致命的な打撃を与えられる可能性は大きい。
この計画で発生した被害を武器に、国連として資産を危険に晒した事を糾弾し、帝国内部の同調者たちからは首都の目の前でBETAを暴れさせた事を叩かせる。
これだけで十分な打撃を与えられるかといえば怪しいが、それでも火消しのためにしばらく香月夕呼の動きを封じることができる。
工作作戦の費用と若干の特殊機材だけでそれを達成できるのであれば、随分と安い投資だ。
「連中の、なんと言ったか、ああ、アオモリだったかな。
あそこへの破壊工作は進んでいるのか?」
日本人が聞けば確実に激怒する事を言い放ちつつ、大統領は質問を続ける。
「十五人も送り込んだんだろう?
流石に核爆発は無理だろうが、さぞかし愉快な事になっているんだろうな?」
期待を込めて大統領は尋ねた。
日本帝国は、自立などしてはいけないのだ。
合衆国国民が幸せに暮らしていけるよう、何時までも便利な大陸の防波堤でいなければならないのだ。
「ええ、全員に行動命令を出しました。
あと一時間以内に、複数の箇所で重大な事故が発生するはずです。
これで彼らの工事完了は、最低でも二年以上は遅れる見込みとなっています」
久々に実施される派手な陰謀に、CIA長官はいつになく燃えていた。
熱意を持って職務に励むことは良いことである。
2001年12月24日月曜日22:45 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地
「お話はわかりました」
文字通り朝から晩までの長きに渡る会議の最後を、俺はそう締めくくった。
官僚たちとの楽しい会談を終わらせ、日付の変更とともに指揮権を交代し、惰眠を貪り始めたと思ったらこれである。
俺の数少ない休日を破壊してくれた香月夕呼副司令閣下は、疲労の様子すら見せずに満足げにコーヒーを飲んでいる。
「それで、どうなのかしら?
お話はわかりました、っていうことは、そのまま素直にイエスとは言ってくれないんでしょう?」
たしかに長時間の会議ではあったが、たった一日の打ち合わせで合衆国の工作員を抹殺してくれないかと頼まれてもな。
そもそも、こちらにはそのような優れた人物はいないのだ。
「そういったお話は、先程勝手に入室してきた鎧衣課長にお願いすればいいのではありませんか?
貴方もそう思いますよね?」
振り返らずに帝国情報省外務二課長であり凄腕の情報工作員でもある鎧衣氏に声を掛ける。
大変申し訳ないが、敵意があろうとなかろうと、物理的に存在している以上、有象無象の区別なくPip Boy3000は見逃しはしない。
「おやおや、自己紹介の機会を奪われてしまうとは残念だ。
ここは代わりに、オオグンタマの貴重な生態についてご説明する事でご満足いただきましょう」
また凄い生き物がいる世界だな。
この様子では、機会があればキョギフ大統領の貴重な産卵シーンも見ることができるのだろう。
「それは大変に興味深いお話ですね。
ところで、せっかちな軍人らしい物言いで大変恐縮ですが、戦略研究会の皆様はいつ頃正義の戦いに立ち上がりそうでしょうか?
対人間の諜報活動はとても苦手でして、背後で暗躍する某アメリカ合衆国中央情報局の、所属はわかりませんが渡辺田中さんと、斉藤鈴木さんの行動が怖いのです」
二人のふざけた名前のCIA工作員の名前を口にした瞬間、鎧衣課長の雰囲気が一瞬だけ変わった。
Pip Boy3000の表示が、一瞬だけ味方もしくは無関係を示す緑から、敵を示す赤に変わった後に緑へ戻る。
このあからさますぎる偽名の二人はどうやら日系アメリカ人らしく、CIAの工作員として日本帝国内で怪しげな活動に従事している。
それはさておき、殺気も何も感じさせずに警戒態勢に入るとは、さすがは高名な鎧衣課長だ。
「私も随分と歳を取ったようだ。
最近の若者は、随分と成長しているらしい。
どうかね?娘のような息子、いや、息子のような娘がいるのだが、君ならばきっとうまくやっていけると思う」
思わず苦笑してしまう。
どうかねと言われても、詳しく知っているが会ったことも無い女性を勧められても困る。
それに、彼女は素晴らしき白銀ハーレムの一員だ。
俺ごときが許可もなく手をだすわけにはいかない。
「お義父様のお許しがあるとなれば、私としても吝かではありませんな。
それはさておき、15人も敵対工作員が消えたのです、そちらの行動も今後はより高いレベルを期待していいのですよね?」
国内の重要拠点に破壊工作を仕掛けることのできる熟練工作員を15人。
合衆国らしい大胆な大盤振る舞いに対し、こちらもそれなりの手段で反撃を行ったのだ。
とはいえ、こちらには諜報部員は存在していない。
そのかわりに、AIたちを用いて殲滅したのだ。
五人が突然動き出した重機に踏み潰され、二人が計算し尽くされた軌道で落下した建材に押しつぶされた。
一人は無警告で注水された貯水槽で水死し、四人が火災報知器の誤動作による二酸化炭素消火装置で窒息死。
残る三人は暴走した火災防止システムによって隔壁で閉じ込められており、死亡を確認するまでそのままとなる。
対外的に何かができる人材はいないが、こちらの管理下にある基地内においては全システムが強力な暗殺要員になる。
「いやはや、私などはあくまでもしがない管理職でして、優秀な部下たちの活躍にご期待下さい。
それはそうと、かの国上層部は随分と貴方を警戒しているようですね」
まあそれはそうだ。
合衆国はこの世界の秩序を維持する、言い換えれば支配する事が目的になっている。
彼らのコントロールから完全に離れた軍事組織など、許せるはずが無い。
「そうでしょうね。逆の立場であれば、私も同じ行動を取ると思いますよ。
だからと言って、彼らの精神的な健康に配慮してBETAに敗北するつもりはありませんけれども」
それにしても、基地周辺部だけとは言え、防諜を任されるというのはどうなのだろう。
原作でも随分と合衆国にしてやられている感が否めなかったが、今回はそれ以上に状況が悪化しているのだろうか。
何にせよ、Pip Boy3000経由で基地が知らせてくれた俺の危機を取り敢えず乗り切らねばならない。
パープル第六号計画なる対日諜報計画を、生きて乗り切らねば。
そう内心で決意を抱いたところで、基地中に警報が鳴り響いた。
<<緊急、緊急、コード911発令。全部隊は実弾を装備のうえ所定の配置につけ。これは訓練ではない。
繰り返す。緊急、緊急、コード911発令。全部隊は実弾を装備のうえ所定の配置につけ。これは訓練ではない>>
どうやら、今回は目の前の副司令官閣下の仕業ではないらしい。
その証拠に、彼女は我々の事はそっちのけで電話機相手に怒鳴り、デスクに収められた拳銃を取り出し、ドアをロックした上でバリケードを構築しようとしている。
「敵の謀略、という事でよろしいですね?」
腰に下げた拳銃を取り出しつつ尋ねる。
対する彼女は、日頃の冷静さはどこかへ飛び去り、必死にソファーをドアの前へ置こうとしている。
予想外だったのだろうが、ここまで取り乱すというのは解せない。
彼女は、よほどどうしようも無い場合でも、必要最低限の冷静さは持っているような人物だったはずだ。
「鎧衣さん、射撃の腕は?真面目な回答でお願いします」
仕方なく立ち上がりつつ尋ねる。
香月夕呼が言葉を発する間を惜しんでバリケードを構築しようとしているのだ。
つまり、状況は相当にまずい。
「拳銃ならば10m以内は何とかなる。
だが、9mmではBETA相手には役に立ちそうも無いな」
彼の口から真面目な口調が帰ってくるということは、相当にまずい状況のようだ。
まだ死にたくはないし、こちらとしても全力を尽くして事に当たろう。