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No.8823の一覧
[0] じゃぷにか闇の日記帳 【A's再構成】【完結】[男爵イモ](2009/11/19 05:15)
[1] Nachthimmel 1[男爵イモ](2009/05/22 17:24)
[2] Nachthimmel 2[男爵イモ](2009/06/18 02:30)
[3] Nachthimmel 3[男爵イモ](2009/06/18 02:31)
[4] Nachthimmel 4[男爵イモ](2009/06/18 02:32)
[5] Nachthimmel 5[男爵イモ](2009/06/18 02:33)
[6] Nachthimmel 6[男爵イモ](2009/06/13 16:52)
[7] Nachthimmel 7[男爵イモ](2009/07/26 05:27)
[8] Nachthimmel 8a[男爵イモ](2009/06/21 10:24)
[9] Nachthimmel 8b[男爵イモ](2009/07/26 05:28)
[10] Nachthimmel 9[男爵イモ](2009/07/06 20:26)
[11] Regenwolken‐a[男爵イモ](2009/07/26 05:28)
[12] Regenwolken‐b[男爵イモ](2009/07/26 06:08)
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[8823] Nachthimmel 4
Name: 男爵イモ◆16267a69 ID:23e52052 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/06/18 02:32


「はやてちゃん?」

「え……?」いつの間にか下に向いていた視線を、はやては持ち上げる。彼女の主治医が首を傾げてこちらを見ていた。「あ、はい、なんでしょう?」

「なんでしょうって、もう……」石田医師は小さく肩を落とした。それからすぐにいつもの表情に切り替わる。

 それを見たはやては、かっこいいなぁ、と心の中でつぶやいた。
 やはり、できる女はどこか違うのだろうか。
 美人の女医。
 脚のことを抜きにしても、自分ではなれそうもない。将来美人になれる可能性がないという意味ではないし、女ではないから女医にはなれないという意味ではもちろんなく、なにかを目指す意志とか熱意とか呼ばれるものを、はやては持っていないのだ。努力という炎を燃え上がらせるための燃料がない、とでもいうべきか。それとも、燃料はあっても着火するための火種がないのかもしれない。
 なににせよ、爆発的な推進力が生まれないことはたしかだった。

「いま話していたのは、次の診察日について。これはいつも通りで大丈夫?」

「えっと、すいません。はい、大丈夫です」

「怒ってるんじゃなくて、心配してるのよ」柔らかい声と微笑みのセットだった。「前回の診察のときも、その前のときも、上の空というか、心ここにあらずだったでしょう?」

「そうでしたでしょうか?」心当たりがあったので、自然と防御的な受け答えになった。

「なにかあった?」石田医師は優しくきく。

「……あったというか、ないのが問題というか」目を閉じて黙り、はやては喋ることをまとめた。「その……、最近、今月の初め頃に、友達ができたんです。前の診察のときまでは、夜遅くまで喋ってたりで、それで寝不足やったんですけど」

 なるほど、と頷く石田医師。どうやら睡眠不足は見抜かれていたらしい。そして、今日はそうではないということも。

「今日は違う?」

「ちょっと連絡つかんようになってて、それが心配で」

 などというやり取りがあった昼過ぎの診察。診察室から出るや否や、はやてはバッグを開いたが、闇の書はまるで本のように沈黙を守ったままだった。
 昨日からずっと、暇さえあればページをめくってたしかめている。その度に、彼女はがっかりすることになった。
 まだ一日経ったか経たないかという程度なのに、どうしてこれほどもどかしいのか。年がら年中、来もしないメールを求めて携帯電話をポチポチやる人そのものだ、と自分でも思った。おかげで、帰りに寄ったスーパーマーケットで下手な買い物をしてしまったり、レジでお釣りだけ受け取って帰ろうとしたり、タクシーの料金をぴったり支払ったつもりが足りなかったり、日常生活にも影響が出ていた。
 なんという打たれ弱さか。
 自分は持っていない、自分では手に入らない、という事実を受け入れることには慣れていたが、手に入ったものが指の隙間をすり抜けていくかもしれないという経験は、振り返ってみれば、ほとんどしたことがなかった。そのあたりは、脚と同じくすっかり麻痺した感覚だと思っていたから、自分の意外な一面を見つけたようで少しだけおかしかった。もっとも、それが慰めになるかといえば答は否だ。むしろ、彼女の気分はますます沈み込む。このままでは、しばらく浮かび上がってきそうにない。潜水艦みたいなはやての心である。

「ただいま」薄暗い玄関でつぶやいてみる。返事はない。

 屋内の空気は肌に張り付いてくるようだった。雨と汗で肌がわずかに湿り気を帯びており、また外と違って風が吹かないので、なおさらそのように感じる。
 さっそく闇の書を確認するが、変化はない。雨雲と同じくらい湿っぽいため息を漏らしてから、はやてはリビングに向かった。そこでバッグと闇の書、羽織っていた薄桃色のカーディガンを置いて、キッチンに向かう。
 食材と冷蔵庫はパズルだ。あまり出歩きたくないこの時期、たくさんのものを買い込むので、その難易度は高まる。しかし、はやてはあっさりと全てのピースをはめ込み、これであと一週間は戦える、と考えながら額の汗をぬぐった。それから、グラスに注いだ透明な水で、ずっと我慢していた喉の渇きを潤した。
 一息ついたはやては、スカートをぱたぱたと扇ぐ。しかし、座りっぱなしで篭もった熱がなかなか空気中に逃げないので、再びリビングに戻り扇風機のスイッチを入れた。
 彼女は生まれた風を闇の書に当てて、ページが自然にめくれる様子を再現してみた。
 とてもむなしいのでやめた。

「あ゛ー」はやては車椅子の上で上半身を前方に突き出し、扇風機の前で声を出した。「うぼあー、うぼあー、うぼあー」

 もっとむなしくなったのでやめた。

「ちらっ」闇の書を見る。変化はない。

 しばらく、はしたなくもスカートを持ち上げて風を招き入れ、十分に涼んだ後、彼女はリモコンを操作してテレビをつける。時刻は三時をすぎたところ。あまり面白い番組はやっていない。それでも、つけたままにしておく。番組を視聴するためではない。娯楽を求めて行動するなら、最初から自室で本を開いている。だから、これはしんと静まりかえった部屋に一人でいるよりはいくらかましだ、という判断だった。雑踏の音に包まれて安心できる人間がいるのと同じことである。あるいは、ちょうどいま聞こえる、本のページが擦れ合って生まれる紙の音を心地良いと感じるのにも近い。眠気を柔らかい羽根でくすぐられたら、きっとこんな脱力が訪れるに違いない。ぐぅ。

「―――って、闇の書!」タイムスリップのような睡眠から覚めたはやては、目を見開いて、バネ仕掛けに勝る勢いで跳ねた。その勢いで車椅子からドングリのように転がり落ちる。

 スローモーションで近づいてくる床。視界の端に映る窓の外は既に暗い。彼女は手を体の前に差し出そうとする。しかし、動きが鈍い。対照的に速い思考で、間に合わないと理解する。
 だが、お池にはまってさあ大変、ということにはならなかった。全身が何ものかに支えられたのだ。
 なにが自分の体を支えているのか、はやてには見えない。けれども、世界には、見えなくてもわかることがたくさんある。
 魔法だった。
 彼女のすぐ傍に、彼女と同じように闇の書が浮かんでいる。





『きっと天狗のしわざです! shamal』思ったよりも遙かに長い時間がかかった理由である。

『ほんとはシャマルがミスっただけ。 vita』さっそく告げ口するヴィータだった。

『シャマルはご苦労さまでした。それに、助けてくれてありがとう。みんなもお帰りなさい。 はやて』ペンを握る感覚が、はやては嬉しい。「あぁ、よかったぁ……」たった一度の安堵のため息で、色々とたまっていたものが体の外に押し流された。

『心配させてしまってごめんなさい。 shamal』

『ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。 signum』

『ただいま。 vita』

 三連続で言葉が続き、わずかに間が空く。
 はやてはじっと闇の書を見つめた。

『ただ今戻りました。 zafila』空気を読んだか、あるいは無言の圧力に負けたか、ザフィーラが遅れて発言する。

「はい、四人ともおかえりなさい」よくできました、と頷くはやて。『そういえば、ポストはどうなった? はやて』

 その書き込みの後、再び返事が滞る。また具合が悪くなったのかもしれない、とはやてが心配したとき、返事が来た。

『とても言いにくいのですが、失敗してしまいました。本当にすみません。 shamal』

「ちょ……」はやてはむせた。

 実に酷いオチだった。
 が、シャマルの文字がどことなく萎れている気がして、呆れやその他諸々の感情よりも先に同情が生まれた。彼女の性格を考えるに、きっと酷く恐縮していることだろう。
 そんなシャマルとは反対に、はやてはヴォルケンリッターを待ちわびる間に、個人宛メッセージ機能のことを綺麗さっぱり忘れてしまっていたため、落胆はない。あったとしても、皆の帰還によってもたらされた喜びは、それを消し去って余りあるものだったに違いないのだから、シャマルがはやてのことを思って落ち込むのなら、それは落ち込み損である。

『気にしないで。みんなが帰ってきてくれただけで十分です。 はやて』

 三度目の間が空く。
 五秒ほど、はやては反応を待った。

『なんかシャマルとシグナムが感動してるみたい。 vita』

『ヴィータちゃんも。 shamal』素早くシャマルが指摘する。

『もったいないお言葉です。 signum』

 騎士たちこそが自分にはもったいない、とはやては思ったが、口には出さなかった。
 最近独り言が増えた彼女は、考えを声に出すと固体になって心の底に長く沈殿することを知った。だから、できるだけ嬉しいことだけを声に出そうと決めていた。

「さーて、みんなが戻ってきて元通りになったことやし、私は晩ご飯作ろかな」同じ内容を、闇の書に書き込む。

 はやては皆に見送られながらキッチンに向かった。
 もう遅い時刻なので、手早く作れるメニューをいくつか選んで完成を目指す。昼頃までとはうって変わっての上機嫌だった。包丁とまな板を使い、ノリノリでリズムを刻んでみる。豆腐がペーストになった。
 その晩のご飯はとても美味しかった。
 自分の幸福でメシが美味い!





・6月29日 火曜日 雨
 診察日。石田先生には、新しく友達ができたということにしてみんなのことを少しだけしゃべった。
 図書館で知り合ったという設定。自分で忘れないようにここに書いておく。
 個人宛のメッセージ機能はできなかったけれど、みんなが帰ってきてくれたのでうれしい。シャマルもあまり気にしないでください。

 p.s.ベルカには天狗がいたのですか? 天狗ポリスとかもいたのでしょうか?






 翌朝はやてが見た返信より抜粋。

 p.s.ベルカには存在しなかったように思います。少なくとも私は見たことがありません。
 p.s.もしかしたらいたかもしれません。
 p.s.ここ何十年かは管理局ポリスが張り切っててうっとうしいみたいです。
 p.s.人面犬ならいたかもしれません。




【残り547ページ】
 


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