アークラインの――いや、全ての学園都市の修練生にとってパーティーの繋がりは基本的に縦社会である
そもそも前代のパーティーリーダーの指名が次代のリーダーを決める為、どうしても縦の関係性が強くなってしまう
勿論、思春期真っ只中の年齢層である為、理性より色恋沙汰が優先されてしまいPT継承が途絶えたPTも数多くある
だが、それ以上に次代へと引き継がれていくPTが多かった
なぜならば、次代のパーティーリーダーが失敗をするとそれを指名した前リーダーにまでOBより批判をうけてしまう
つまり、指名とは前リーダーと次代リーダーがリスクと責任を共有する義務を持つ行為であった
その義務から逃れられるのは、新規PTを結成した初代だけであった
そうある慣例により、リーダー就任がOBによって取り消された《金獅子》という例外が生まれるまでは……
学園都市アークライン アークライン特殊探索者養成学園 第三大講義室
百人はゆうに入れる巨大な講義室の窓側最後尾、そこに《紅銀狼》の構成員三名の姿があった
壇上では教官が大声で開錠技術についての講義を行っている中、並んで座る三人であったがジークはうとうとと船をこぎ始め、ノルンに至っては夢の世界へと旅立っており、ルナも眠そうに小さく欠伸をしていた
「で、あるからして、30階以降の宝箱の鍵を開けるために………」
「いつの時代の話なんでしょうか」
「ん~、ふぁ、あの教官はアークラインの創立期に解除の技術の基礎を作り上げた人物らしいぞ。現在の各階層専用の開錠道具の基礎をつくったんで、そこに敬意を表して講師をしている訳だ。もっとも、教官も学生側からすればそんな古臭い話をきいたとしても、何の意味も無い事も知っているからとりあえず参加されば単位をくれるみたいだな」
「それでいいんですか?」
「良いも悪いもないさ。単位が貰えるから人気がでる、ただそれだけの事だろうよ。あ、そうそう講義が終わったらちょっと《教官室》まで付き合ってもらっていいか? 何かPTメンバー全員揃って来いってジム副教官長から連絡があったんだ」
「この時期にですか? ……分かりました」
「悪いな。その後、どっか場所をとって飯でも食べながら今後の予定を決めよう」
「いいですね。正直、50階層以上敵については噂程度しか知らないので、是非とも詳しく教えて下さい」
「くーーーすぴーーーーむにゃ、ルナ、人参は勘弁…して………くーーー」
気持ちよさそうに寝ているノルンの横で、ジークフリートとルナは顔を寄せ合いながら小声で話し合っていた。そんな二人の姿は傍目から見れば恋人同士が肩を寄せ合っていちゃついているしか思えないものであった
何より一月ほど前から学園の各所で噂されるようになった美女が親しげに髪もぼさぼさで無精ひげもそのままの男と仲よさげに話している姿は学園の男子の悔し涙を誘っていた
無論、白薔薇のような優雅で妖艶なルナには空気を読まず、勇敢にもアタックをかける男も居たが、大半がノルンに阻まれ、ルナと話せた少数もまともに相手にしてもらえず、すごすごと退散していくのみであった。稀に暴力に訴えようとした頭の悪い馬鹿や権力を使おうとする阿呆貴族もいたらしいが、《風紀委員会》によって即日捕縛され、翌日に停学になり、芋づる式に過去の犯罪暦を調べ上げられ3日後に退学となったらしい
裏でルナの実家であるカリストー公爵家が動いたとか、《風紀委員会》が一罰百戒とする為に処罰したとか、ジークフリートが己の人脈を使い陥れたとか、多くの情報がアークライン権力中枢に近い場所で噂されたが、結局その答えは出なかった
結果、ルナに手を出そうとする人物はほぼ皆無となり、周囲の男子修練生は唯一笑顔で対応されているジークフリートへの嫉妬の涙で枕を濡らす事となった
そんな周囲の視線などものともせず、というか故意に無視しながら話をしていると大鐘楼から授業終了を意味する鐘の音が聞えてきた。もっともこの鐘の音は正午から夜六時まで一時間に一度なる為、日々の生活の指標として使われて居たりするのだが…
「終わったみたいだな。さて、それじゃあ《教官室》へ向うか」
「ええ、分かりました。ほら、ノルンいい加減起きなさい」
「……ふにぁ、んっんんーーーーー! おはよう、ルナぁ」
「ほら、涎を拭いて!」
まだ眠そうに目を擦っているノルンの口元をハンカチで拭い、乱れてしまった髪の毛を整えるルナ。その姿を見ながら、世話焼きの姉と甘えん坊の妹というか、母親と子供というべきだよな、と考えてしまったジーク
「…………ジークさん、何か失礼な事を考えていませんでした?」
「ハハ、ソンナコトナイヨ? ホントダヨ?」
視線を横で眠気覚ましに背伸びしているノルンへとずらしながら答える。勿論、そんなジークをジト目で見るルナであったが溜め息一つ吐いた後、笑顔へと戻る
「全く…それでは《教官室》へといきましょう」
「了解」
「はーい!」
そう言って講義棟から学園中心部へと暫く行った所にある《教官室》へと三人並んで歩いていく
アークライン特殊探索者養成学園は学園都市アークラインの中央に位置する一大教育施設であり、学園都市の要でもある大施設である
そのアークラインの中心に聳え立つのが《煉獄塔》、その周囲には運動場・闘技演習場等の運動施設が取り囲み、さらにその周囲を囲むように《教官室》と《教官長室》がある教官棟、《生徒会》と《風紀委員会》が入っている生徒本部棟、《商工会》の運営委員会と彼らが運営する店舗が軒を並べる商業棟、アークラインに住まう者の生活の基準である大鐘楼、そして各パーティーに一室ずつ与えられるパーティールームがある拠点棟が並んでいる
そうこうしている内に教官棟へと辿り着いた三人
「失礼します。PT《紅銀狼》構成員3名、ジム副教官長からの呼び出しにしたがい、出頭しました」
「ああ、待っていましたよ。ん、ちゃんと3名で来てくれたみたいですね」
「ええ、念押しされていましたからね」
「ふふふ、そんなに警戒しなくてもいいぞ? 今回は依頼や処罰等ではないからな」
「……その言葉を信じられる要素がありません。今までの体験からその笑顔の時は何か裏がある筈です!」
《教官室》に入るなり表情を硬質のものに切り替えたジークにジム副教官長が笑顔で宥めるものの、それを一瞬にして切り捨てるジーク
その言葉にどこか面白そうな表情を見せるジム副教官長であったが、表情を真剣なモノに切り替えると机の引き出しより、書状と鍵を取り出し、ジークへと差し出した
「PT《紅銀狼》、パーティーリーダー ジークフリート=フォートレス、並びに同副リーダー ルナ=カリストー 同構成員 ノルン=ウルザンブルン、貴殿等のPTが50階層を突破した事を確認しました。この実績と修練規定によりPT《紅銀狼》にパーティールームを貸与する事とする。これがその貸与証明書と部屋の鍵である、紛失等についてはすぐに連絡してくるように」
「へ?」
「……ああ、そういえばそうだった。ありがたく頂戴致します」
「うむ。部屋は拠点棟の旧館2Fの一番奥になる。少々古いが清潔だし、メンバー3人のパーティーには勿体ない広さの部屋だ。………ここで言うべきでは無いかも知れないが、空いている部屋の内《金獅子》が入っている新館の部屋から最も遠い部屋を選ばせて貰った」
「………お気遣いありがとうございます」
言葉と共に差し出された鍵と貸与証明証を受け取りながら思い出したように呟くジーク。ルナは驚きで口元に手を当て、ノルンはぽかんとした表情でジークの背中を見る
当のジークは未だに警戒を解いていない表情であったが、ジム副教官長の言葉に苦笑しながら感謝の言葉を返す
「うむ。それではパーティールームの引継ぎがあるので、早速パーティールームへと向ってくれ。現地で担当の者が各書類と使用条件などを説明してくれるよう手配してあるのでな」
「今からですか?」
「うむ。何か用でもあるのかね?」
「いえ、無いですが…」
「ジークさん、私達の拠点を見に行きましょうよ」
「そうですね。担当の方を待たせるのも悪いですし……」
「わかった、わかったから引っ張るな。ったく、ノルンは行動が幼くなってないか?」
「ふふっ、素のノルンを見せ始めただけですよ。家族以外でここまでなついたのはジークさんが始めてかも知れませんね」
「君達、仲がいいのは分かったが《教官室》で見せ付けるのは勘弁してくれないかな。独身者の目の毒だよ……」
やれやれといった表情でじゃれあう《紅銀狼》へというジム副教官長。その言葉に反応して周囲を見回す三人、その視線とぶつかり合うように《教官室》の各所から嫉妬や懐古を含んだ生暖かい視線が三人へと注がれていた
「「「失礼しました」」」
その視線の意味を理解した三人は羞恥心から真赤になると誰とも顔を合わさないように、視線を下げいそいそと《教官室》から出て行った。その背中をしてやったりという表情で見ていたジム副教官長の視線に気づかないまま……
《教官室》から徒歩で約5分の場所にある拠点棟はアークライン特殊探索者養成学園内に現在残っている施設の中で最も古い建築物の一つであった。まだ《煉獄塔》が魔物が湧き出す魔の塔と呼ばれていた頃に監視用の砦として作られたのが拠点棟の始まりである。もっとも数百年を数える歴史の中で戦争で焼け落ちたり、天災で崩れ落ちたり、老朽化の為、建て直されたりしており、現在拠点棟は2つの館から構成されている
1つは新館と呼ばれる3年前に完成したばかりの5階層からなる巨大な館。ここには歴代の修練生によって引き継がれてきたPTが優先的に入居しており、《金獅子》《白銀龍》といった超名門PTもこの塔の5階に居を構えている
もう一つはジーク達が入居する事となった旧館と呼ばれる館。こちらは監視用の砦だった頃の建物とその後継ぎ足した増設部分が混在する建築物。もっとも砦時代の部分は過去の資料という事で保存が決定しており、立ち入り禁止となっている
「これが旧館か、初めて入るが思ったよりも綺麗じゃないか」
「そうですか? 傷も目立ちますし、ボロボロじゃないですか」
「そうね。漆喰もところどころムラが出来て来てますよ? ちゃんと手入れがされてないみたいですね」
赤レンガで造られた玄関のガラス扉を開けて入ってきた三人の初会話で意見が食い違った
この意見の差も普段生活を営んでいる住居の差が大きいのだろうな、と頭の片隅で考えながらジークは苦笑する。彼が住んでいる酒場の2階の安宿では漆喰が剥がれているのが当たり前で、入居した当初は窓もひび割れておりそれを修繕するのにえらく苦労した事を思い出し、さらに苦笑を深める
「まあ、古いんだから仕方ないだろう、そんなに怒りなさんな。それより早くパーティールームへ行こう」
「……別に怒ってません」
「私も怒ってはいませんよ。ただ、少し悲しかっただけです」
「悲しい?」
「ええ、この建物は外から見ただけでも戦乱期を含めて幾つかの時代の建築様式が合わさっているのが分かります。そんな建築物は帝国中探しても片手に満たないぐらいしか思いつきません。そんな貴重な物がぞんざいな扱いを受けているのが、悲しいのですよ」
「・……むぅ、建築様式が違っているのさえ分からん」
ゆっくりと玄関横の階段を昇りながら、眉根を寄せるノルンとルナに話しかけるジーク。ノルンのほうはジークの予想通り古い建物を宛がわれた事に対してわだかまりあるようだったが、ルナの理由は少し違っていた
ある意味で名門貴族らしいその理由にまた苦笑してしまうジーク。とりあえず住めればいい、壊れてなければいいといったジークの考えとは全く正反対の答えに育ちの違いを感じてしまった
「っと、この部屋みたいだな」
「扉が開いてるって事は、先に担当の方が来てるみたいですね」
「みたいだな。じゃあ、どんな部屋か拝見するとするかね」
「はいっ!」
目的地の部屋に到着するとそこの扉は半開きになっていた。どうやら先に担当の人が来ているらしいと見当をつけた三人は何の躊躇いも無く扉をくぐり、中へと入る
中は驚くほど綺麗で新しく塗られたらしい白い漆喰が窓からの光を弾いていた。急な光の変化に三人が目を細めながら、部屋の中央にたたずむ人影へと視線を注ぐと、どこか気障な雰囲気でその人影が振り向いた
「うむ、遅かったな、ジークフリート」
「……ユリアン先輩?」
「うむ、貴様の大先輩であるユリアン=クレイズだ。さて、《金獅子》脱退の件含め色々と話を聞かせてもらおうか?」
懐かしき先輩、というよりも天敵の蛇を目の前にした蛙の様な態度で硬直したジークにグレーの髪のユリアンと名乗った青年が声をかける
これが、ある意味においてジークフリートがもっとも苦手とする人物との1年半ぶりの再会であった
後書き
ごめんなさい、力尽きました