商業棟
そこはある意味で最も学園都市らしく、そしてもっとも学園都市からかけ離れた空間
外部の人間が学園内に入り込めるほぼ唯一の空間であり、そうであるが故に常に人で溢れ活気に満ちた学び舎
そこで販売されている物は《煉獄塔》で奪取された装備、道具、素材だけではなく
それらから街の住人によって作り出された薬品、魔法具、改良装備等の多種多様な―雑多という方が適正な―品物
この棟内で行われる売買は基本的に『自己責任』であり騙した方が悪いよりも騙された方が悪いとなる
が、下手な事をすれば一晩もかからず悪評が学内及び街全体に駆け巡り風評で店をたたまざる終えなくなるという一面もある
そして極々稀な例だが、周囲の手に余るほど悪質であれば《商工会》から適切な処置が行われる……
この棟と《商工会》とはアークライン特殊探索者養成学園内にありながらある意味で独立した組織となっているのだった
アークライン特殊探索者養成学園 商業棟前
そこは学び舎というよりも関所や城壁と呼ぶに相応しいつくりの施設であった。レンガが高さ7~8m奥行き5mほどのレンガ造りの壁が見える限りずっと続き、レンガ部分の上に人が住んでいるおぼしき簡素な建物が並んでいる。その建物は一切の窓が無く建物というよりもレンガと続いた壁のように遠目からは見えていた
「ここが商業棟だ。二人は入った事はあるか?」
「私はまだです。ノルンは?」
「ずっと一緒にいるのに私だけ入れる訳ないよ、ルナ」
「それもそうね」
「了解、二人ともこの中は《学園》とは別世界……そうだな《煉獄塔》と同じくらい危険な場所だと思って行動してくれ。ある意味ではこのアークラインで一番の危険地帯だから、そこら辺の露天で簡単に物を買わないように!」
「大げさだねぇ」
「……そんなノルンに少し小話をしてやろう。2792、これが何の数字か分かるか?」
「え? え? んーPTの数?」
「残念、この数はこの商業棟関連でアークラインを去らなければならなくなった修練生の数だ。一番多い理由は異性に貢いで学費が払えなくなった馬鹿。ついで詐欺で学費がなくなった阿呆。三番目がここでの取引で失敗してアークラインで暮らせなくなった外道だな」
「そんなにいるんですか?」
「そんなにいるんだ。ついで言うがこれは今年だけの数だからな!」
「今年だけで!? うわー……」
ジークの小話に聞き入っていた二人はその数を聞いて顔を見合わせる。そう簡単に自分達が詐欺にあったり貢いだりする事はないだろうとおもっているが、そんな人数がこの街で失敗を犯して逃げていくと聞いて驚愕の表情を隠せないようだった
「はは、脅かしすぎたか? まあこの中にある店でアークライン学園の校章を掲げている店では安心して買い物してくれてもいいぞ。そういった店舗の売買代金がだいたい現在の平均的な価格とみていいし、学園と《商工会》の公認店って証明だから変な商売は出来ないからな」
「そうですよね! 危ない店ばっかりじゃないですよね!」
「もう、怖がらせないでよー」
「ははは、まあさっきの例は本当だから気を抜きすぎないようにな。もっとも今日の目的地じゃあそんな店が集まる危険区域は通らないから、大きなバザーだと思って面白い物があれば買ってみればいいさ」
「ちょっと楽しみになってきました」
「ほんとだよね! 私達ってバザーは見た事はあるけど参加したことがないからじっくり見てまわりたいね」
「まあ《生徒会》の手が空く夕方近くまでは時間があるから中に入ってからゆっくり見ていけばいいさ」
そう言って壁のど真ん中にある大きな門へと歩み寄る。門自体は金属製で見るからに重厚なつくりなのだが、何故か学園側にカンヌキが設置されている。どうやらこの施設も学園創設以前の物らしく無駄に頑丈なつくりになっているようであった
「…近くで見ると中々凄いですね」
「まぁな。先輩によるとこの壁は《煉獄塔》封鎖時代に塔の周りをぐるっと囲んでいたものを改修して作ったらしいぜ。元々が対魔物用だから馬鹿みたいに頑丈で大戦争時代にこの《煉獄塔》の占拠目的で襲ってきた軍が門も壁も壊せずに逃げていったらしいからな。まあ逃げた理由は壊せないからじゃなくて、沸いて出た魔物に兵を喰われたかららしいけどな」
「今では考えられないことですよね」
「だな。その頃の資料は学園にもほとんど残ってないがそりゃあ悲惨な戦場だったらしいぞ、ここ。今でいう50階層ぐらいまでのモンスターが各エリアのボスに引き連れられて襲いかかってくるんだぜ? しかも対魔物戦術は殆ど構築されて無いし、モンスターのデータもなし、さらに使える装備は粗悪な鉄製の装備だけ……そりゃあ地獄とか煉獄って呼ばれるようにもなるさ」
「そんな昔話はいいから、早くいきましょ!」
「へいへい、全くせっかく雑学を披露したのになぁ…」
そう言ってノルンを先頭に門番が開けた扉へと入っていく三人。両側をレンガ造りの高い壁と壁の間を歩き門をぬけた其処には一つの町が存在していた。金属を鍛える甲高い音や何かの爆発音、各所から上がる細い煙と美味しそうな匂い、周囲をぐるりと囲む壁とその上の建築物によって遮られたここがアークラインにおいて《煉獄塔》の恵みを最も受けた土地《商業棟》であった。
はっきり言って場所はそれほど大きくないにもかかわらず人の賑わいが凄まじく、今も大通りには普通に歩けば肩がぶつかり合うほどの人が行きかい、小さいながらも馬車さえ行きかっていた
「ここが《商業棟》…《煉獄塔》の希少な資源が唯一外界とやりとりされる場所だな。知ってるかもしれんがここで商うことが許されているのは《生徒会》《教官室》《商工会》の三者が許可をだした者のみ、まあ一定以上の成績をとっている修練生ならば結構簡単に商売は許されるけどな。まあ興味本位で手を出してPT潰した奴もいるくらいだからあんまりオススメはできんな」
「すごい…王都の市場にも負けないぐらいの活気があるよね、ここ」
「ええ、学園内にこんな場所があるなんて…」
「ははっ、学内での物は購買で売買した方が楽だし安定してるからここにわざわざ入って商売する奴らは少ないぜ? それにここで商売するにはそれなりの成績と実績が求められるからなぁ…」
そう言って大通りを歩く三人。その周囲を雑多な服装の人々が行きかい、呼び文句が周囲に響き渡る。何処向いてものぼりや露天商と売買している人しかいない程活気と欲望が熱気をはらみ渦巻いていた。
両側に露天が立ち並ぶ大通りを抜けるとそこには中央に巨大な漆黒のモニュメントがある大きな広場についた。その広場からは今通ってきた通りを含め4本の大き目の通りが十字を描くかのごとく伸びている。また、それぞれの通りからも碁盤の目状になるかのごとく比較的小さな通りが張り巡らされていた。この商業棟を真上から見ることが出来るのならばこの広場を中心に通りが張り巡らされいることが分かるだろう
「さてさて、ここが今回の目的地、その名も商業棟中央広場―通称モニュメント広場って所だ。ここの広場に面している店は全て校章を掲げている店でな、この広場内ではお馬鹿な商売はしないっていう暗黙の了解があるんだ」
「…通称は中央広場いいんじゃないの?」
「突っ込むところはそこかよ。ったく、つまりだこの広場なら安全に買い物出来るんって事だ。二人はバザーとか露天とか来たこと無いんだろ? 試しに行って来い」
「あのジークさんはどうするんですか?」
「昔馴染みの店を幾つか周ってきて良い物があればキープしてくるつもりだ。その最終判断は二人にも手伝ってもらおうと思っているよ」
「でも、ジークさん一人に任せるのは…」
周囲の露天を無言のままキラキラした目で見回してるノルンと迷ってはいるがチラチラと露天を見ているルナ。そんな二人を微笑ましそうに見ているジークだったが、自分も初めてユリアン先輩に連れられて商業棟に来た時はもっと酷かった事を思い出してしまい顔を真っ赤にしてしまう。そんなジークの仕草を不思議そうにみるルナ…もっともノルンはそれ所ではない様子だが。周囲の人も三者三様の行動をとる絶世の美女二人と野獣一人に不思議そうな視線を送ってしまう。だがジークを知っているらしき数人の商人は頬を引きつらせてすぐに視線を逸らしていったが…
「どうしたんですか?」
「いや、俺が初めてここに来た時のことを思いだしただけだ。今思うと恥ずかしいが、それ以上に純粋だったなぁと思ってな」
「あの、純粋とは?」
「私達が世間知らずって言いたいんですか?」
「いやいやそうじゃない。ただ二人はそのままでいて欲しいなと思っただけだ。つまり、何と言うか…俺みたいに世俗の垢にまみれず、純粋にここを楽しんでいられる心を持って欲しいなぁ、とな。俺の精神衛生上それが一番癒されるんだ」
切実な表情で二人にしみじみと話しかけるジークに頬を引きつらせる二人。その表情に対してどう対応すればいいのか分からず顔を見合わせて互いにジークに話しかけろと目で牽制しあう。そんな二人に気づかないままジークはしみじみと頷きながら二人に対して語りかけてくる
「まあ、そんな感じだから二人を馬鹿にしたって訳じゃないよ。それじゃあ俺は店を回ってくる…二人ともこの広場内にいてくれよ? 下手に動かれると探せなくなっちまうからな…」
「え? あ、はい」
「う、うん分かった」
「じゃあ行って来る。1時間ぐらいで終わると思うからな」
そう言って二人に背を向け広場にある一番大きな建物に向かって歩き出した。その背中には《ぺナーテスの法袋》が風にあおられゆらゆらと揺れており滑稽だがどこか寂寥感をもかもし出していた。そんな背中を見送りながらルナとノルンは引きつった頬を互いに一度抓り、強制的に気を取り直し微笑みあう。そして一度うなずくとどちらからともなく広場の露天目掛けて歩き出していったのだった。勿論そんな二人をナンパ目的らしき男どもが見逃すはずもなく、撒き餌にくらい付く魚群の如くいっせいに群がっていったのだった。
アークライン特殊探索者養成学園 商業棟 商業棟中央広場北側 オークションハウス《千年の天秤》
その建物の豪奢な扉の脇には屈強な門番が二人並び、周囲を常に伺いながら入場者のチェックを行っていた。周囲では露天でのバザーが行われているのにその一区画のみは全く別の雰囲気をかもしだした。もっともそれの雰囲気さえジークには慣れたもので何のためらいもなく扉へと入ろうとする。
「お待ち下さい! 入館するには招待状かメンバーズカードを提出して頂きます!」
「えっと、俺も必要なのかい?」
「勿論です」
「んー、ジークフリート=フォートレスが来たって言ってもかな?」
「…関係ございません」
そう無表情で断言する門番。その顔を見ながら困ったように頭を掻くジーク
「とりあえず俺の名前を支配人に言ってくれないか?」
「しつこいですね。はっきり言いましょう、ここはオマエみたいな貧乏人が来る様な場所じゃないんだよ! うせろ!!」
「ほうほう、貧乏人ねぇ…まあ否定できないが、ここは修練生なら入館制限なかった筈だがな」
「しつこい! オマエのような貧乏人が入れる格の商館ではない。だいたいオマエみたいな奴が修練生かも怪しいしな。どうせロクな仲間も持たないドロップアウト組みだろ! これ以上手間をかけさせるなら実力行使で排除するぞ!?」
そう言って手に持ったハルバートを構えジークへと突きつける門番。左側にいる門番も同じようにハルバートをジークにへと向ける。その行動に貧乏人と罵倒されても微笑みさえ浮かべていたジークが目を細め睨むような顔になっていく。その表情のまま目の前にあるハルバートの穂先と門番を交互に見た後、《煉獄塔》での戦闘指揮をとっている時と同じ硬質な声で周囲にも聞こえる声で宣言する
「アークライン学園第57期修練生ジークフリート=フォートレス、修練生規約に従い自己防衛の為戦闘を行う! 異議があるならばこの地の管理団体《商工会》及び修練生上位団体《生徒会》へと届出よ! またこの戦いにおける怪我・補償に関する一切の責任は免除される事もここに合わせて宣言する!!」
「なっ…」
「おい、あれ見ろよ!?」
「喧嘩か? 武器持ち対素手かよ…」
声量は大きく無いがよく通るその声に引かれるように周囲の視線がジークへと集まる。その大半は野次馬目的であったが向かい合ってる三人を見た瞬間、つまらなそうな顔をする。それはそうだろう、完全武装の一流商店の門番―基本的に冒険者崩れが多い―2名対素手の修練生、装備も経験も差がありすぎるように見えるからだ。だが、次の瞬間彼らの目は驚愕で見開かれることになった。
「とりあえず飛べ」
「うわ…あ…」
「ありえないだろ、あれ」
流れるような足捌きで右門番が突きつけているハルバートの内側に滑り込み左手を支点、右手を力点、さらに足払いとその際の体重移動を利用し門番を投げ飛ばしたのだった。フルプレートではないとはいえ金属のチェインメイルと兜を装備した成人男子が軽々と浮き上がり野次馬のいる方向はへと飛んでいく。落下点にいる野次馬はあわててその場を飛びのきそのあおりを受けて転倒する者もでた。
そんな阿鼻叫喚を前に左門番はその役目を果たすべくそのハルバート振るいジークへと襲い掛かる。が、動揺が出ているようなハルバートの一撃をくらうようなジークではなく当たり前の如く回避する
「オマエも一応飛んどけ?」
「うわわわ」
大ぶりな振り下ろしの一撃を再度懐へ入り込み柄の部分を左手受け止めながら今度は上体が泳いだ左門番の肩口を右手でつかみ今度は横に投げ飛ばす。勿論その着地点には落下の衝撃で転げまわる右門番がおり、門番二人は見事に衝突し痛みから気絶へと逃避していった
「まったく手間かけさせんなよ。アンタもそう思わないか、トーマス?」
「……ハハハ、随分とご機嫌斜めなご様子ですが」
「ハァ? 教育されてない門番さんのせいで俺のご機嫌も急降下に決まってるだろ。つーかよ、《千年の天秤》程の規模の商会が仮にも《商工会》監査委員の名前を門番に伝えてないってのどういう事だ? ん? 俺が《金獅子》抜けたからって監査委員である事は変わりないし、権限もある。あんまり調子に乗ってると裏帳簿暴露して商会潰すぞ?」
「ハハ、これは失礼致しました。どうかお怒りをおさめくださいませんか」
何時の間にか開いた扉の向こうに姿を現した恰幅のいい中年の男性に《紅銀狼》の二人には見せたことも無い表情と口調で脅しをかけるジーク。基本的に事なかれ主義であるジークではあるが初対面の冒険者崩れの門番に自分だけではなく仲間まで罵倒され事で悪童だった頃の口調がでてきていた。
その迫力は百戦錬磨の商会の主であるトーマスでさえ及び腰になるものあり、さらに厄介なのが怒ってはいるが己の権力・権限・商会の弱点を最大限に活用してくる冷静さを忘れず保っている点であった。
「……まあいい。それより中に入らせてもらうぞ? 嫌とは言うまいな?」
「はい、ありがとうございます。どうぞこちらへ」
まるで主に仕える使用人の如く恭しくジークを案内するトーマスであったが、近くに居た使用人を呼ぶと小声で入り口で伸びている二人を回収にしておくように言いつけ、忌々しそうに門番二人を睨み付ける
そして憂鬱そうにため息をつくとゆっくりと女中に案内されて奥へと消えていく大きな背中を追っていく。その胸中に今まで見た事も無いほどの怒りを顕にしたジークへの恐怖を浮かべながら…
後書き
業者か荒らしか知らんがメンドイのがいるのでイライラして書いた。
反省はしているが、後悔はしていない。
管理人の舞様、お忙しいところ対応お疲れ様でした。