再び、夜になる。
今回は昨夜のメンバーに加え、太公望と四不象も同行している。
士郎は痛みはまだあるものの、傷は完治していたし、セイバーも魔力不足ながらも行動不能とまではなっていないようだ。
しかし戦闘が満足にできるほどでもないらしい。
実質、戦力は太公望のみということになる。
『士郎とセイバーは屋敷で待機』という案も出たけど、「それでも連れて行く」と太公望が断固として譲らなかったため、結局行動を共にすることになったのだった。
「……それにしても派手にやったものだ。 見る影もないのう」
山門へと向かいながら、太公望はボロボロになった山道の感想をこぼした。
ランサーとセイバーの戦いによって、石段は一部を除いて破壊し尽くされている。
おかげで上るだけでも一苦労なのだ。
……やがて、山門へと到着した。
「着いたっスね。 罠があるかとヒヤヒヤしてたっスけど、何もなくてよかったっス」
「………」
四不象の言葉に、皆が沈黙した。
そう言えば、何故罠がなかったのか?
昨日はランサーが門番をやっていたが、セイバーにやられた今、門番も罠もないというのは明らかにおかしい。
これじゃまるで誘いに乗せられたみたい……。
「凛」
「……え?」
考え込むわたしに、太公望が声を掛けてきた。
「あまり深く考えすぎても仕方がないぞ? もう少し肩の力を抜くのだ。 緊張していてはいざという時に素早く対処できぬからのう」
「……ええ、そうね」
わたしは頷き、山門をくぐった。
この先に、キャスターが待ち構えている。
ひょっとするとマスターもいるかもしれない。
警戒しつつ、歩みを進めた―――――――。
「よく来たわね。 そろそろ来る頃だと思っていたわ」
柳洞寺の中心に待っていたのは予想通りのキャスターと……
「―――――――ほう。 遠坂に衛宮か。 お前たちもマスターだったとはな」
「―――――――っ!」
……予想外の、顔見知りだった―――――――――。
紫のローブを纏ったキャスターと、その一歩前に佇む長身痩躯の男。
見間違えるはずがない。
なぜなら……
「葛、木―――――!?」
……なぜなら、彼はわたしが毎日顔を合わせている、担任教師なのだから。
「ま、さか……。 あいつが、葛木がキャスターのマスターだってのか?」
傍らの士郎もまた驚愕に立ち尽くしていた。
そんなわたしたちに、太公望が首を傾げながら言う。
「む? 知り合いか、二人とも?」
「………」
太公望の問いに、わたしたちは無言で頷く。
士郎は幽鬼のように佇む葛木をキッと睨んでいる。
その葛木はというと、いつもと変わらない様子で腕を組み、目を合わそうともしなかった。
だがそれは罪の意識からという感じではなく、単に興味がないだけとでもいうように見える。
「凛、士郎。 色々とあると思うが、ここはわしに任せるのだ」
そう言うと太公望は四不象から降り、前に出る。
その時、小声で太公望はわたしたちに向かって言った。
「―――――何かあったらすぐにスープーに乗って脱出するのだぞ?」
キャスターに悟られないように、わたしは太公望の眼を見ることでそれに答えた。
前に出た太公望は、キャスターではなく葛木の方を向いて口を開く。
「さて、キャスターのマスター……葛木といったな? おぬしは何故この聖杯戦争に参加しておるのだ? 見たところ魔術師でもなんでもないようだが」
太公望の問い。
それはわたしや士郎が最も知りたい情報だった。
「理由……か。 そんなもの、私にはない。 偶然にもキャスターと契約したが、私は聖杯とやらにも興味はないのでな。 聖杯戦争については全てキャスターの好きにさせている。 キャスターが何をしているかなど、私の知るところではない。 ……だがマスターとなってしまった今、敵のマスターは私の命も狙うことだろう。 大人しく殺されてやる程、私もお人よしではない。 私は私を阻む者を排除するのみだ」
壇上で授業をする時と変わらぬ口調で、葛木は言った。
そこに嘘は見られない。
葛木の言葉は、本心からのものなのだ。
「………」
士郎はそれを歯を食いしばって見ていた。
葛木の言っていることは「他人が犠牲になろうとも関心はない」ということなのだ。
士郎の性格からすれば反発してもおかしくない。
「なるほどのう。 ……では次はキャスターに訊きたい。 わしがアサシンに襲われた時はランサーに助けるように言ったらしいが、あれはどういう意図だったのだ?」
続く問い。
確かに妙な話だ。
ランサーに士郎を殺させたり(それがランサーの独断なのか定かじゃないけど)、街中から魔力をかき集めたり、太公望を助けたり……。
一体どんな目的でそんなことをするというのか。
「もっともな疑問ね。 ……端的に言えば貴方と貴方の宝具に興味が湧いたから、といったところかしら? 真名の解放無しで神秘を行使し、宝具を無効化する宝具を持つ英霊……。 私でなくても興味が出て当然でしょう?」
微笑を浮かべてキャスターは言った。
「ふむふむ。 つまりわしに、おぬしのサーヴァントになれと言いたいのか?」
「ええ、その通りよ。 物分りが早くて助かるわ」
キャスターは微笑を絶やすことなく言う。
その余裕も当然だ。
ここ柳洞寺はキャスターの陣地、まさしくテリトリーそのものなのだ。
膨大な魔力が貯蔵され、さらにそれを使用するのがキャスター……。
どこの英霊かは分からないけど、それがどれだけの脅威となるかは言うまでもない。
「悪いがその提案には頷けぬのう。 おぬしに従う理由などどこにもない」
「……そう、交渉決裂ね。 大人しく従ってくれれば痛い目に遭うこともなかったでしょうに。 残念だわ」
拒否する太公望に、キャスターはまだ諦めていないような言い回しで返した。
つまり、戦いが終わった後に弱った太公望を強制的にサーヴァントにするか、宝具を奪うか……。
そんなことが可能かどうかは分からないけど、相手は最高の魔術師キャスターだ。
ブラフと判断するのは浅慮というものだろう。
……どちらにしても、この戦いは負ける訳にはいかないのだ。
と、セイバーが太公望の方へと進んでいった。
その身には、いつでも戦闘ができるのだと言わんばかりに鎧を纏っている。
「ハーミット、やはり私が出ます。 キャスターの相手なら対魔力の高い私の方が……」
額から汗を流しつつ、セイバーは太公望へと言った。
だが、太公望は強い口調でそれを拒絶する。
「いや、ここはわしがやる! キャスターの余裕さはおぬしにも分かろう? 満足に戦闘のできぬおぬしでは、それこそあやつの思うツボだ。 ……それに、おぬしばかりが活躍してはわし威厳が保てぬからのう。 これはいい機会だ。 わしの強さ、とくと見せつけてくれようぞ!」
「本当に大丈夫なのですか? キャスターはこの陣地に溜めた魔力を惜しげもなく使ってくるはずです。 対魔力の低い貴方では……」
「心配無用だ。 セイバー、おぬしは皆と一緒に観戦しているがいい。 わしのこの宝具も、活躍を望んでおる!!」
そう言うと、太公望は懐からあの教鞭みたいな宝具を取り出した。
そしてそれを掲げ、高らかに言い放つ―――――――!
「わき上がれ天! 轟けマグマ!! 炎の男爵ハーミットまいる!!!」
くわわっ、と血走った目をヤバイほどに見開き大口を開ける太公望。
……一体何がしたいのだろうか。
はっきり言ってちょっと恐い絵だと思う。
さらに―――――――
「わーーーーーーっはっはっはっは!!」
などと馬鹿笑いをしながらすっ飛んでいく。
そこに華麗さは微塵もない。
また、緊張感も欠片もない。
うん、「ひらりらり~」みたいな擬音語がものすごくマッチしそうな感じだ。
「御主人がこわれたっス……」
「……見りゃわかるわよ」
四不象の声に、思わず返してしまうわたし。
しかし呆れるのはまだ早い。
自分の強さを見せつける、などとのたまった太公望が向かう先はキャスター……ではなかったのだ――――――――!
「―――――宗一郎様……!」
「え゛……?」
そう、向かう先にいるのは葛木。
こともあろうに、太公望はキャスターを無視してマスターである葛木に攻撃するつもりなのだ。
これを卑怯と言わずして、何を卑怯というのか。
完全に予想外な展開に、キャスターは対応しきれない。
太公望は手にした宝具を振りかぶる。
まぁアイツのことだから、葛木を殺すなんてことはしないだろう。
特に心配することはなく(呆れてはいるけど)、わたしはそれを傍観していた。
宝具は完璧に葛木を捉えている。
この一撃で、戦いが終わったのだと、その場の全員が確信した。
「―――――――侮ったな、ハーミット」
――――――標的である、葛木宗一郎を除いて……。
「んなっ――――――!?」
その行動に、太公望ですら驚愕の声を上げる。
あと僅かで振り切るはずだった宝具を持つ左腕は、葛木の拳によって弾かれていたのだ―――――――!
風は放たれることなく、沈黙したまま。
そして間を置かず、葛木が太公望へと迫る―――――――!
「―――――」
繰り出される拳打。
それはまるで蛇のような動きで獲物に食らいつく。
葛木の拳は紙一重で躱そうとも、突如その軌道を直角に変化させていた。
確実に対象を砕くであろうその拳は……
「うひゃ―――っ!」
……という太公望の声とともに避けられたのだった。
気にする様子もなく、葛木は攻撃の手を弛めずに猛攻を続ける。
だが……
「どひぇ―――っ!」
やはり太公望はそれを躱していく。
紙一重で避け、軌道の変えられた蛇までも悉く回避していく。
これがもしセイバーであったなら、葛木の隠し持っていた卓越した格闘技に反応できなかったことだろう。
もとより剣とは一足一刀の間合い(ショートレンジ)にて行われるものなのだ。
太公望がギリギリながらも対応できているのは、あいつもまた格闘技を身につけているからなのだろう。
接近戦(クロスレンジ)に慣れた者だけが、この戦闘についていくことができるのだ。
また、太公望は己の耐久力の低さを補う回避スキルがある。
相手が蛇を繰り出してくるというのなら、こちらはそれ以上に軟体さを持つ蛸で対抗するのみ――――――!
「ごひゅ―――っ!」
……しかしこの掛け声はなんとかならないものだろうか。
折角すごいことをしているというのに、これでは台無しである。
そもそも蛇と蛸ではイメージに差がありすぎる。
もちろんイメージの悪いのは後者、太公望の方なんだけど。
「疾ッ――――――」
と、太公望が宝具を振るった。
しかしそれは葛木に向けたものではない。
そんなことは誰よりも葛木自身が許さないだろう。
「くっ――――――!」
巻き上げられる砂埃。
そう、太公望が放った先はなんてことのない地面だったのだ。
葛木の視界はそれによって遮られる。
そして次の瞬間、太公望は「しゅたたたた!」と全速力で走り出した。
その逃げ足、まさに神速……って情けないわね!
「はあっ、はあっ……」
「―――――今度の油断は私だったか。 ここで逃がしてしまうとはな」
荒い息の太公望はそっちのけで、葛木は冷静に言う。
対する太公望はというと……
「だ、だまされた! 葛木のくせに強いではないかっ!」
「あのね……」
反省の色はおろか、責任転嫁をするというダメっぷりを遺憾なく発揮していたのだった。
「やはり私が出た方がよかったのでは……」
「セイバー、言わないでおいてやれ。 それは遠坂が一番思ってることだろうからさ」
「………」
……近くで、話し声が聞こえた気がした。
「大丈夫っスよ、凛さん」
「え?」
気がつくと、目の前に四不象が少し申し訳なさそうな笑顔を向けていた。
「御主人はあんまり強くないけど、戦いには大体勝つっスよ!」
思えば、四不象はいつも太公望のことで頭を抱えているわたしを元気付けてくれていた。
少し、ほんの少し、目頭が熱くなっていく感じがする。
四不象は続けた。
「そう、戦いには大体勝つっスよ! セコイ手を使って!!」
「………」
―――――――――――四不象。 それ、トドメの言葉になったわ………
【あとがき】
ちょっと疲れた……。
何気に書くのに手間取った二十三話『炎の男爵』でした。
葛木やキャスターと太公望が話すシーンなんかは、ちょ~っと説明くさくなってしまいましたし(汗)
あと、格闘スキルを持つ者同士での対決。
セイバーですら初撃はまともに食らったにも拘らず、太公望は見事に避けて見せました!
しかし反撃できる余裕は皆無。
まぁ避けれただけでも頑張った頑張った!
今回のお気に入りのシーンは「だ、だまされた! 葛木のくせに強いではないかっ!」という所。
いいねえ、太公望はそーでなくては!
それからスープーのラストのセリフ。
一番キツイお言葉でした……(笑)
次回はVSキャスターです。
今度はちゃんと戦ってもらいたいですが、まぁ太公望ですからね~。
それでは、感想を心待ちにしております。