柳洞寺山門。
月明かりだけが辺りを照らす。
そんなおごそかな雰囲気の中、それとは不釣合いな男がそこに佇んでいた。
「………ふぅ、偵察の次は門番とはな。 ったく、人使いの荒いマスターだこと」
誰にともなく、一人ごちる。
男はランサーと呼ばれる騎士だった。
現在、彼はキャスターのサーヴァントとしてこの山門の守人としてここにいる。
何故正規のサーヴァントである彼がこのような状況下にあるのか?
「ま、仕方ねえか……」
ランサーは夜空を見上げながらその時のことを回想していた。
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話は二週間程前、某所に始まる。
ランサーのマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツは魔術協会のハンターである。
今回の任務は聖杯戦争の参加。
そしてそれに勝利し、聖杯を獲得すること。
ルーンのピアスを媒介にし、彼女はアイルランドの大英雄クー・フーリンの召喚に成功していた。
あとは七騎全てが揃うまで情報収集等、戦いの準備をするのみ。
……優秀なマスターに最速のランサー。
他のマスターやサーヴァントがどれほどのものかは分からないが、彼女なら最後の三人くらいまでには残ることだろう。
―――――いや、その『はず』だった……
「がっ――――……!!」
「すまないな、バゼット。 しかし私にも手駒(サーヴァント)は必要でな」
背後からの無慈悲な一撃。
……元戦友の裏切り、だった。
「バゼット―――――!!」
――――間一髪。
己がマスターの左腕が断たれる寸前だった。
しかしそこは最速と名高いランサーである。
彼は戦闘よりもマスターの命を優先し、その場から離脱した。
その、神父の背後に佇む黄金のサーヴァントに不吉を感じながら……。
「はぁ……はぁ……」
マスターの息は荒い。
当然だろう、本来なら致命傷なのだ。
それでも生きているのはバゼット自身の生命力とランサーのルーン魔術のおかげだ。
「くそ、傷が深い……!」
しかし、それは僅かに延命しているに過ぎない。
それほどにバゼットは重傷だった。
「すまねえ、オレにはこれ以上の治療は……」
「はぁ……はぁ……」
唇を噛むランサーに、マスターからの返事はない。
今にも消え入りそうな命の灯火。
病院に運んだところで無駄だろう。
あと数十分もすれば、彼女は……
「―――――助けてあげましょうか?」
「っ――――――!」
突如、背後から声がかけられる。
ランサーの振り向いた先には、紫のローブを纏った女が立っていた。
「テメエ、キャスターか……?」
女は微笑み、それを肯定する。
警戒しながらも、ランサーはキャスターに言った。
「助ける、とか言ったな。 何が目的だ?」
本来倒すべき敵のサーヴァント。
それを何故助けるなどというのか。
しかしキャスターがここで嘘をつく必要はないと思われた。
今、ランサーを倒したければ、それこそ有無を言わさずにマスターごと魔術で吹き飛ばせばよいのだから。
そうして、キャスターは訝しげな表情を浮かべるランサーに答える。
「―――――単刀直入に言います。 私のサーヴァントになりなさい。 その代わり、貴方のマスターを治療してあげます」
「………」
キャスターの申し出は実にシンプルだった。
そして、それは今ランサーがもっとも必要としていること……。
主を見殺しにする性根など、彼は持ち合わせていない。
何よりも、気に入った女を死なせたくはない。
返答など考えるまでもなかったのだ。
「――――いいだろう。 主の命と引き換えに、お前のサーヴァントになってやるキャスター」
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その後、キャスターは確かに約束を守り、バゼットを完治させた。
また、バゼットには強力な暗示がかけられた。
……聖杯戦争が終えるまでは冬木市に近づくな、と。
事実上、バゼットはこれで聖杯戦争をリタイヤしたことになる。
しかし、ランサーはさして悲観していなかった。
もともと死力を尽くした戦いを求めて召喚に応じた身である。
主との契約を断ったことは多少心残りではあるが、命を助けたのだからそれでチャラだと考えることにする。
「―――――」
と、山門に迫る何者かの気配……。
ランサーはその手に槍を出現させ、口元を歪める。
キャスターにとっては招かざる客だが、ランサーにとってはそれこそ待ちわびた上客である。
現れたのは黒衣を纏った長身の女。
「―――――悪いな、ここは通さねえぜ?」
……嬉々とした表情で告げ、ランサーはその身を翻した――――――。
【あとがき】
まあそういう訳です、はい。
な、なんとぉ! ランサーがキャスターのサーヴァントだったとはぁ!?
おそらくランサーVSアサシンでほとんどの人が分かっていたでしょうが……(汗)
次回はまたほのぼの。
衛宮邸に、『ヤツ』が到来する……!