ゲルトがゼストに初めて一本を取った日から数日。
ゼスト隊は近々突入捜査を行う予定の施設の内偵に明け暮れていた。
出資者の背景、運び込まれる資材、消費電力、人の出入り、務めている研究員の身辺、エトセトラエトセトラ。
考え得るあらゆる観点からの調査を繰り返し、出た答えは……限りなく、黒。
どう計算しても申告とは食い違っている部分や不審な点が存在しているのだ。
ほぼ間違いなく人造魔導師ないし戦闘機人の研究を行っているものと思われる。
どこまで信用できるかは分からないが見取り図も入手し、捜査の方は一段落。
後は蓋を開けてみるだけだ。
開けた先に鬼が出るか蛇が出るか、それは分からない。
ただ今回の件が生命操作技術に関する一連の捜査に大きな進展をもたらすに違い無いと、隊の全員が確信していた。
そんなある日の事。
「ゲルト君、隊長が呼んでるわよー。
隊長室に来てくれって」
「ちょっと待って下さい。
今保存してるんで」
クイントが資料を纏めていたゲルトを呼びに来た。
どうもゼストが彼を呼んでいるらしい。
とりあえず今まで片づけた分を保存しておく。
ゲルトのデスクは紙資料の使用頻度が下がっている事もあってかよく整頓されていた。
現在のミッドチルダでは重要書類を除いて基本的に電子化が進んでおり、普段の仕事ではあまり使う事はない。
デスクの上には今さっきまで格闘していたキーボードと幾つかのバインダー。
私物と言えるのは飲みかけのコーヒーが入ったマイコップとフォトフレームに入った3枚の写真くらいだろうか。
1枚はゼスト隊前線メンバー全員が写った写真。
中央にゲルトとゼスト、その両隣にクイントとメガーヌ、そしてそれを囲むように他の隊員達が並んでいる。
2枚目はルーテシアを抱きかかえたゲルトを中心にメガーヌ、クイント、ゼストが写っている写真。
そして3枚目は遊園地でナカジマ一家と撮った写真だ。
皆カメラに向かって笑顔を向けている。
「よし、とできた。
クイントさん、隊長室ですよね?」
「うん、そうよ。
早く行ってきなさい」
何の用だろう?
呼び出しの内容を考えながら廊下を歩く。
突入捜査も控えているし、やはりその事なのだろうか。
しかしもう大方の調査も済んだし、今更自分1人を呼ぶというのは何なのか。
理由の見当は付かないが、オフィスと隊長室はさほど離れていない。
もう扉が見えてきていた。
まぁ、もうすぐ聞かされるわけだし考えるだけ無駄かと考えを放棄。
「ゲルトです」
「ああ、来たか。
入ってくれ」
「失礼します」
軽く2回ノックして、名を告げる。
すぐに中から返事が返ってきた。
タッチ式のスイッチを押すとドアが横にスライドして部屋への道を開ける。
部屋の奥、窓際のデスクに座っているゼストの所まで歩いていった。
「やっぱり例の施設の件ですか?」
「いや、違う。
それとは関係の無いごく個人的な用だ」
「はぁ、個人的……ですか。
それは一体?」
「ふむ、……それなのだが……」
珍しくゼストが言いよどんだ。
普段なら良くも悪くもズバッ、と言う人なのだが。
捜査には関係が無く、個人的な内容で、かつゼストが口にし難い程の事。
ますますもって呼ばれた訳が分からない。
「お前……名前は欲しくないか?」
「は?
名前ならゼストさんに頂きましたが……」
「いや、姓の事だ」
「姓、ですか?」
確かに、ゲルトというだけで家名は無い身ではあるが、それに不便を感じた事は無い。
元々は名すらも無かったのだし、あまり気にした事は無かった。
欲しいかと言われてもどう答えればいいのだろうか?
「ああ、すまん。遠回しになったな」
答えに窮するゲルトを見てゼストが言い直す。
「つまり、俺が言いたいのはな……ゲルト。
お前……俺の、息子にならないか?」
「い、今なんと……?」
聞き間違いか?
今、ゼストさん……俺を息子に、って。
「俺の子になる気はないか、とそう言った」
聞き間違いじゃ……ない?
じゃあ、本当に俺を……?
「い、いいんですか?
俺、まだ執行猶予中だし、それに……」
そんなに何もかもをもらっていいのだろうか?
ゼストは何も持たなかった自分に自由も、名前も、居場所も、力も、戦う為の目的もくれた。
その上家族まで……父親にまでなってくれると言う。
「そんな事を気にする必要は無い。
お前は……「ピピピッ!」……何だ?」
ゼストの話を遮るように電子音が鳴った。
ゼストの前にウインドウが開く。
「お話中すみません。
レジアス中将がお見えになっています」
「レジアスが?
……分かった。すぐに行くと伝えろ」
しばし悩んだゼストだったが、結局レジアスの下へと行く事にしたようだ。
すぐに行くと連絡してしまった。
「すまん。用事ができたようだ」
ゼストは申し訳なさそうな顔で言うと席を立った。
ただ、扉の方へ向かう前にデスクの引き出しから何かの紙を取り出して手渡してきた。
ゲルトが困惑しながらその紙の内容に目を落とす。
「こ、これ……」
養子縁組の申請書類だ。
既に各所が書き込まれている。
あとはゲルトがサインをして然るべき所へと提出すれば問題なく発効するだろう。
「これは、お前に預けておく。
すぐに答えを聞く気はないから時間をかけて考えろ」
それだけ言うとゼストは部屋を出て行った。
カシュッ、と空気が抜けるような音を立ててドアが閉まる。
そいて部屋にはまだ呆、としたままのゲルトだけが残された。
家族、親、父、息子、子供…………
頭の中をグルグルとそんな単語が回る。
家族……か……。
突然の話には驚いた。
自分がゼストの子供に、なんて。
だが。
ああ、そうだ。
だが、だ。
助けてもらえたあの日から、訓練と任務に明け暮れる今でもずっと。
いつだって前に立つあの人の背中を追ってきた。
あの人と共に歩みたい。
あの人のように強くなりたい。
あの人のように誰かを救いたい。
その思いでここまでやってきたのだ。
ゼストはこちらの人生に関わる事だからか、よく考えろと言っていた。
しかしゲルトには彼の子になる事について悩む理由も、ましてや断る道理など何も無かった。
よし、明日一番に返事をしよう。
流石に今すぐとなるとゼストは心配するかもしれない。
もしかして追い詰めてしまったのではないか、など。
あれでゼストは周りに気を遣う方だ。
だから一応返事をするのは明日という事にしておこう。
**********
「突入捜査の予定を早める?」
「そうだ。決行は今夜にする」
ゼストが来客の対応から戻ってすぐ予定の変更が告げられた。
今夜例の施設に突入捜査をかけるらしい。
急な変更に前線メンバーも混乱している。
「随分急ですね。
何かあったんですか?」
「ああ。
急な話ですまん。だが、早く決着を着けなければならなくなった」
流石に疑問を感じて質問するが、ゼストははぐらかして何も語らなかった。
多分よほどの理由があるんだろう。
クイントとメガーヌだけは終始表情を変えていなかったから何か知っているのかもしれない。
ただそれとは別にゲルト自身はこの事に何ら不満は無い。
もしそこに仲間がいるのなら早く助けられた方がいい。
「すぐに準備を始めてくれ」
「了解」
それにこの件は隊長の決定だ。
それ以上口を挟む者はいなかった。
ゼストの命令に応じて突入の用意をするべく隊員達は動き始める。
**********
「ドクター、侵入者のようです」
「侵入者?
ふむ、おかしいね。
首都防衛隊が来るにはまだ少し早いようだが……」
ウェーブのかかったロングヘアの女性がドクターと呼ばれた男へと報告を行う。
どうやらゼスト隊が施設へ接近するのを察知したようだ。
ドクターが首を傾げて不思議そうな顔をする。
口振りから察するに首都防衛隊の動きは彼らに読まれていたのか?
「申し訳ありません。
どうやら予定が前倒しになったようで」
「レジアス中将にも困ったものだ。
下くらいはしっかり押さえていてもらわないとねぇ」
やれやれ、と多少大げさに呆れた仕草を取って肩をすくめる。
台詞とは裏腹にあまり困った様子は見受けられない。
「施設の移動はどうなっているかな?」
「現在7割が完了しています」
「ふむ……まぁ、その位なら構わないか」
「では現時点を以て施設は廃棄いたします。
向こうのトーレ達にも戻るように連絡を――――」
「いや、いいよ。ウーノ。
丁度いい機会だ。
ここは彼女達のお披露目といこうじゃないか」
ドクターがウーノの言葉を手を振って遮り、口を開いた。
その口調は穏やかであり、また子供のような無邪気さも湛えている。
「よろしいのですか?
最高評議会の方々からは目立つ行動は控えるように、との事ですが」
「構わないさ。
今回の件はレジアス中将のミスで、私が独断で彼らを招いた訳じゃない。
それに彼らとしてもレリックウェポンには興味が有る筈だよ」
クククッ、と口端を釣り上げて笑う。
ドクターはこみ上げる笑いを抑えきれないようだ。
ゼスト隊は特秘任務による行動中。
たとえ全滅したとしても詳細は明かされず、騒ぎになる事もない。
積極的な交戦は禁じられているが、予定よりも早く突入されたのなら迎撃も致しかたないだろう。
「承知いたしました。
捕獲対象はゼスト・グランガイツ、メガーヌ・アルピーノでよろしいですね?」
「ああ。
だが、ついでにもう1人加えておいてくれないかい?」
「と、いうと」
「そうだよ。彼さ」
ウーノにはそれが誰なのか、心当たりがあるようだ。
ドクターも薄笑みを浮かべて同意した。
彼らの前にはウインドウが浮かんでいる。
そこに映し出されているのはゼスト隊の隊員達のプロフィールと顔写真だ。
中でもゼスト、メガーヌの欄にはマーキングがなされている。
“レリックウェポン適合素体”
マークには赤文字でそう書かれていた。
そしてゲルトの欄には、
“戦闘機人、タイプ・ゼロ:ファースト”
とある。
「本当についてるねぇ。
まさか向こうの方から出向いてきてくれるなんて。
彼女らはオーバーSランク騎士にどこまで通用するかな?……ククッ」
ついに限界に達したのか、ドクターが身を反らして笑いだした。
壁に反響してその笑い声は施設中にエコーしていく。
ドクターは……否。
稀代の天才科学者ドクタースカリエッティは、おかしくてたまらないといった風に止まる事なく哄笑を上げる。
「ハハ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
しかし彼の瞳は、濁った狂気に満ち満ちていた。
(あとがき)
引っ越しの準備に追われて今週中に投稿するつもりが間に合いませんでした。
とりあえず2つに分けて先に投稿する事にしましたが、期待してくれてた方には申し訳ありません。
できる限り早く続きも出すつもりなのでご容赦下さい。