ミッドチルダ首都、クラナガン。
数多の次元世界を統べる時空管理局も地上本部を置く、言わずと知れた魔法の都。
現在主流となっている魔法形式、ミッドチルダ式発祥の地であり、また魔法文明のみならず科学技術においても先端医療技術センターを始めとして最先端を誇り他世界の追随を許さない。
それほどまでに進んだ街である。
当然、多種多様なニーズに応える為の娯楽施設も充実していた。
クラナガンにほど近い郊外に建てられたここアンサラーランドもそうしたアミューズメントパークの一つである。
定番のジェットコースターにコーヒーカップ、メリーゴーランド、観覧車、フリーフォール、エトセトラエトセトラ。
訪れた誰しもを子供から大人まで、世代を問わず魅了するアトラクションの数々。
そんな夢の国、お伽の世界への入口で両手を振って叫ぶ青い髪の親子がいる。
「皆早くーー!」
「ほらほらアトラクションが逃げちゃうわよーー!」
彼女らが呼ぶ方向。
人ごみの向こうから中年の男と少年、そして彼らの歩調に合わせて隣を歩く少女が現れた。
男達は両手に一抱えもある大きな包みを提げており、その歩みは遅い。
「ゲンヤさん……。
これって確か俺の初出動達成記念、じゃなかったですか?」
「……言うな、ゲルト。
男なら荷物の1つや2つ、笑って持たにゃならん時もある」
季節は既に夏。
照りつける日差しは路上に陽炎を揺らめかせ、荷物を抱える2人にも容赦なく降り注いでいた。
それは不満の1つも漏れるだろう。
「はぁ、スバルはともかく母さんまで……。
お兄さん、やっぱり私も1つ持とうか?」
隣を歩くギンガがさっさと先に行ってしまった母と妹に呆れながらもゲルトに申し出た。
ゲルトとゲンヤはまだ遊園地にも入っていないというのに額からダラダラと汗を流して足取り重く歩いている。
流石に気の毒な有様だ。
「うん?ああ、ごめんごめん。
俺はまだまだ大丈夫だよ。
ありがとなギンガ」
だというのにギンガの前ではやせ我慢をしてみせるのだ。
ゲルトは「よ……っ!」と気合を入れると、曲げていた背を無理やり伸ばして早足で歩き出した。
平気じゃない事など一目でバレバレだというのに。
「おお、格好いいぞ少年」
「もう、変な意地張って……」
**********
「きゃーーーーーーーーーーーー!」
「あはははははははははははは!」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!?」
アンサラーランドの見世物の一つ、優に時速100㎞を超えるジェットコースター“スクリームサイクロン”。
その自慢は何と言っても最高点からの急降下後に訪れる螺旋回転だ。
360°高速で回転しながら駆け抜ける様は圧巻の一言に尽きる。
天地の境も曖昧になる宙返りの中、迸る歓声も絶叫も全てはその速度の為に後ろへと吹き飛んで行った。
「面白いね!このジェットコースター!」
「ああ! 自分で飛ぶのとまたちょっと違ってイイな!これ」
「そ、そうか……そりゃ、良かった……」
コースター乗り場のすぐそばのベンチにゲルト達が座っている。
ゲルトもギンガも初めて乗ったコースターに余程満足したようだ。
興奮冷めやらぬ様子で語り合っている。
ゲルトは元より単独飛行が可能で、かつ飛行中のヘリからの自由落下まで経験しているからこの程度で音を上げる事はない。
ギンガの方はクイントの遺伝だろうか?
あの高速滑走、急回転にも堪えた様子は無く、けろりとした顔をしていた。
一方のゲンヤはそんな2人とは裏腹に全くの死に体である。
ベンチに背を預け、濡れタオルを顔にかけて途切れ途切れの声を絞り出すので精一杯といった有様だ。
「スバルも大きくなったら一緒に乗ろう!面白いぞー?」
「私は、いいよ……。
アレ恐そうだもん」
「うーん、あの良さが分からないのは勿体無いなー」
「いいもん!
それより次はアレ!アレに乗ろうよ!」
クイントと一緒に荷物番をしていたスバルはあのジェットコースターをお気に召さなかったようだ。
それよりも左手に見えるメリーゴーランドの方が良いらしい。
キラキラと目を輝かせて指さしている。
「そう。じゃあ母さんと一緒に乗ろうか?」
「うん!」
「あなた…………は、無理そうね」
「俺はいけるぞー」
「あなたまで意地張らないの。
ゲルト君とギンガはどうする?」
「そうですね……」
スバルが乗りたがっているメリーゴーランドに目を向ける。
見るからに子供向けだ。
スバル位の年の子供達を乗せ、スピーカーからファンシーな音楽を流してぐるぐると回っている。
ちょっとあれは恥ずかしいかな……。
……と、右袖をクイクイッと引かれた。
振り向けば淡く頬を染めたギンガがそこにいる。
「あ……えっと、お兄さん。
あっちのミラーハウス……に……行かない?」
ギンガが示す先にはシンプルにミラーハウスと銘打たれた建物がある。
正直あのメリーゴーランドに乗るのは御免なので渡りに船だ。
「ああアレか。
そうだな一緒に行こうか」
「う、うん!」
ゲルトの承諾を受けたギンガが顔を綻ばせた。
花の咲いたような笑顔だ。
う……こいつギンガ、だよな……?
思わずゲルトの顔が熱くなる。
いつかメガーヌに感じたのと同じような感覚だ。
普段から見慣れている筈のギンガがやけに綺麗に見えた。
その笑顔から目が離せない。
「あらあら見つめ合っちゃって。
ゲルト君も隅に置けないわねー?」
「か、母さん……!」
「あ、いや、これはその……」
まじまじと見つめ合う2人を見たクイントが喜色満面でゲルトの顔を覗き込む。
からかわれたゲルト達は慌てて視線を逸らした。
「い、行くぞギンガ!」
「あ……!」
気まずくなったゲルトがギンガの手を取って走りだす。
2人は一目散にミラーハウスへと向かっていった。
「あらら、ちょっとからかい過ぎたかな?
……でもま、ギンガには役得だったみたいだし、いっか」
ゲルトに手を引かれて走るギンガの視線は繋がれた手に注がれている。
恥ずかしそうな顔をしているが、口元は緩んでいる。
内心の嬉しさは隠しきれないようだ。
「お母さん早くー!
もうすぐ順番だよー!」
「あ、うん今行くわー!」
クイントが列に並んでいたスバルの呼びかけに振り返って答えた。
もう一度だけミラーハウスの方を見た後スバル達の下へと向かって行く。
**********
まったく、クイントさんにも困ったもんだ……。
先程の顛末を思い出す。
いや、俺もどうかしてたよなー。
メガーヌさんはともかくギンガは妹みたいなもんだろうに。
隣のギンガは周りを物珍しい目で見回しながら歩いている。
流石にもう手は繋いでいない。
「お兄さん、ここも凄いね?」
「ああ。
まるで万華鏡の中に居るみたいだ」
辺りは壁から天井まで鏡に覆われている。
色の付いたガラスが動けばゲルトの言うように万華鏡のような神秘的な模様を描き出した。
「スバルも連れて来た方が良かったかな?
これなら恐くないだろうし」
「……私は2人っきりの方が……」
「ん?
何か言ったか?」
「あ、ううん何も!」
ギンガが何か言っていたようだが小さ過ぎてよく聞こえない。
ゲルトが聞き返したが、ワタワタと顔の前で手を振るギンガにはぐらかされてしまった。
それからも2人で話しながら歩いていくと外からの光が見えてきた。
どうやらもうお終いのようだ。
「あ、もう出口か……」
「楽しかったからかな?
あっという間だったね」
「じゃあ皆と合流するか?」
「うん」
2人が出口をくぐるとゲンヤ達がミラーハウスを出てすぐのベンチで待っていた。
傍らにはあの包みも置いてある。
「お、出て来たな」
「2人共、そろそろご飯にしましょう」
どうやらあの重たかった包みは全て弁当だったようだ。
風呂敷を解いて露わになった重箱のフタを開けると美味しそうな香りが漂い出す。
「それじゃあ、皆揃った事だし……」
『いただきます!』×5
手を合わせて皆で言う。
ミッドチルダでは見ない事だがゲンヤの家に伝わる独特の決まり文句らしい。
ゲルトも最近はこの家で夕飯を御馳走になるのが半ば習慣化しており、特に違和感なくそれに従っていた。
もはや首都防衛隊の隊舎で食事する時にもこれが出るようになっている。
「おいしー!」
「今日は朝から気合い入れて作ったからねー。
ゲルト君もどう?」
「本当めちゃくちゃ美味いですよ」
「ああ。
いつものも美味いが今日のは格別だな」
「んふふふ、ありがとう。
頑張った甲斐があったわ」
クイント達は相変わらず凄い勢いで料理を平らげていく。
その様に最初の頃こそ面食らったゲルトだったが流石にもう慣れたものだ。
ゲンヤの方も仲間が出来たからか少しづつ食べる量が増えてきていて、今では純粋にクイントの料理に舌鼓を打てるようになっていた。
『ごちそうさまでした』×5
「ふ~、食べた食べた。
次何に乗るー?」
「まぁ、適当に歩いて探して行こうや」
「そうねー、あんまり計画立てていっても面白くないしね」
**********
昼食の後も5人は遊園地を大いに楽しんだ。
皆で迷路に入ったり。
池を一周する遊覧船に乗ったり。
園内を練り歩くパレードを見たり。
マスコットキャラクターと写真を撮ろうとしたが、スバルが着ぐるみを怖がって泣き出したり。
スバルとクイントがコーヒーカップを滅茶苦茶に回してゲンヤをダウンさせたり。
だがそんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、既に日も傾き始めていた。
「もうすぐ暗くなるわね。
名残り惜しいけど、そろそろ最後にしようか。
3人は何に乗りたい?」
「んー、アレなんてどうです?」
クイントに聞かれたゲルトが指をさしたのはランドのどこからでも見る事ができる巨大な観覧車だ。
直径は120メートルを超え、一周にはおよそ20分ほどもかかる。
「私も乗ってみたいな」
「私もー」
「そうねぇ、遊園地に来て観覧車に乗らずに帰るのも何だしね。
じゃあ最後はアレにしましょ」
そうして本日最後のアトラクションは観覧車に決まった。
乗り場の前で10分程も並んだだろうか?
ようやく彼らが乗るゴンドラがやってきた。
「せっかくだし、ギンガはゲルト君と2人で乗ってきなさい」
「え、え?
母さん?」
「ちょ、クイントさん!?」
目の前でゴンドラが止まると、クイントがギンガとゲルトを押しだして先に乗せた。
クイントの目くばせを受けた係りの人も笑顔でゴンドラの扉を閉めていく。
「私達は後のやつに乗るから、楽しんできなさいよ~!」
徐々に離れていく地面からクイントやスバルが手を振っていた。
**********
ああ……、気まずい。
ゴンドラが上り始めて数分。
ミラーハウスの一件のせいでギンガの顔がまともに見れない。
さっきまではなんとか気にしないようにしてこれたが、こんなに狭い所で2人きりにされたらどうにも意識してしまう。
向かいに座るギンガも同じのようだ。
さっきから一言も利かずに俯いている。
落ち着け、相手はギンガだ。
顔位いつも見てるだろう。
とはいえこのままゴンドラが下に着くまで何十分も黙っているわけにもいかない。
すぅはぁ、と深呼吸を繰り返して覚悟を決める。
……よし!
「あのさギンガ……」「あの、お兄さん……」
「「…………」」
間の悪い2人に先程よりなお重い沈黙が下りる。
だが一度口を開いてしまったからには、もうこの静寂には耐えられない。
ぎこちないのは承知の上で言葉を紡ぐ。
「きょ、今日は楽しかったな」
「う、うん。そうだね」
話題の切り出しの当たり障りの無い言葉だが、素直にそう感じてもいた。
ギンガやスバルも心から笑っていたし、施設にいた頃には名前しか知らなかったが想像以上の場所だ、遊園地とは。
「本当に、母さんに助けてもらってから幸せな事ばっかりだよ。
母さんも父さんも大切にしてくれるし、もう会えないと思ってたお兄さんにも会えたし」
「俺もだ。
ゼストさんに助けられてから毎日充実してる」
毎日の訓練も苦には感じないし、確実に力が付いてきているのを感じている。
先日はついに実戦にも臨んだ。
思う所はあったがあれ以来悪夢にうなされる事は無くなったし、今はそれでいいと考えている。
実際問題として前線に立つならいつまでも腑抜けているわけにはいかないのだから。
「やっぱりお兄さんが魔導師になったのって、恩返ししたかったからなの?」
「……ああ。
幸い俺には戦うための力があったし、な」
一瞬返答に詰まる。
ギンガはこちらの答えを聞いて何やら考え込んでいるようだが、悟られなかっただろうか?
嘘は言っていない。
しかし決してそれだけというわけでもないのだ。
ゲルトが管理局で働く事も決めた理由は複数ある。
それは自分で見出した物もあれば外部から持ちかけられた物もあった。
1つは今言った通りのゼスト達への恩返し。
最近はなんとかゼストにも力を認められるようになってきた、と思う。
2つ目は単純に待遇が良いという事。
基本的に管理局は人材を求めている。
嘱託魔導師という制度も優秀な魔導師を確保する為のものだ。
ゆえに実力があり、かつ無闇に力を振るう事はないと判断された者は例え犯罪者であってもスカウトされる事がままある。
ゲルトの場合は5年の執行猶予期間満了の後に正式に入局すれば、最低でも一士相当で迎えられる事が約束されていた。
3つ目に同胞を助けたいという事。
今ゼスト隊が追っているのは生命操作技術の第一人者だ。
間違いなくそこには自分と同じように生み出され、戦わせられている者がいるだろう。
彼らに今日のような素晴らしい外の世界を見せてやりたい。
そして最後が5人を手にかけた罪を不問にする代わりの社会奉仕という……罰。
しかしギンガにその事、特に最後を話す事はどうしても憚られた。
自分の中でどう決着を着けようと他人には――――
否、違う。
そんな難しい事じゃない。
そうだ。
ただこの娘達には醜い事など知らず、聞かず、このまま幸せに生きていって欲しいだけなのだ。
ところが。
「私もね、魔導師になろうって思ってるの」
「本気、なのか?」
先程まで何やら思案していたギンガが顔を上げてきっぱりと告げた。
自分も魔導師になり、管理局で働くと。
思わぬ話に動揺するゲルトの問いにも頷いて肯定を示した。
「どうしてだ?お前は……」
「うん。
私はお兄さんやスバルみたいなISは無いよ。
でもリンカーコアは有るから魔導師にはなれるし、私も何かしたいの!」
ギンガが席を立ち、胸に右手を当てて宣言する。
ギンガにはゲルトやスバルのようにISが備わらなかった。
その為スバルが生み出された訳だが、確かにギンガにもリンカーコアは有る。
クイントをモデルにしているのだから恐らく鍛えれば一角の魔導師にはなるだろう。
「もう母さんと父さんには話してあるよ。
母さんが稽古をつけてくれるって」
「……いいんだな?それで」
「うん。
私も私にできる事をする」
ゲルトも立ち上がり、再度本当にいいのかと、後悔はしないのかと確認する。
だがやはりギンガは躊躇いなく答えた。
強引にでも止めるべきなのだろうか、とも思う。
しかしギンガも本気のようだ。
思いつきでこんな事を言い出したはずはない。
ゼストさんもこんな感じだったのかな?
内心で苦笑を漏らしながら、以前自分とゼストも同じような問答をした事を思い出す。
あの時自分は引き下がるつもりだったか?
答えの決まりきった自問に思わず笑みが零れる。
そんなはずは無い。
何としてもこの人の力になると心に決めていたはずだ。
真剣に自分の思いを伝えるギンガの目を見据える。
するとギンガは決意の表れか、視線を逸らす事無く真正面から見返してきた。
ギンガも今まさにあの時の自分と気持ちを胸に灯しているのだろう。
ならばここで幾ら言葉を重ねようとも同じ事だ。
こいつも結構頑固なトコあるしな。
止めようと思っていた筈なのにどうにもそういう考えが浮かばない。
本当に困った妹分だ。
「……わかった、もう何も言わない。好きにしろ」
「え……?」
葛藤の末、嘆息交じりにゲルトが認める言葉を口にする。
だがギンガは気が抜けたような様子で聞き返してきた。
まさか認められるとは思っていなかったのだろう。
「だから!
魔導師になるなり、管理局で働くなり勝手にしろ!
ただ一度決めたんなら途中で折れるなよ?」
「うん……うんっ!
ありがとうお兄さんっ!!」
「わっ、バカ!
いきなり抱き付くな!」
ゲルトが半ばやけっぱちな気分でそう言うと、ギンガの表情がみるみる輝いていく。
涙が滲み出した時には喜びを抑えきれなくなったのかゲルトの胸へと飛び込んできた。
だがギンガの突然の行動に押されてバランスが崩れる。
一歩下がって体勢を立て直そうとしたが狭いゴンドラの中だ。
引いた足が座席にぶつかる。
足元が急に不安定になり、ゲルトはギンガを支えきれず重心が後ろへ傾いていく。
座席に尻餅をつくように倒れ込むと同時、ギンガもそのまま上に覆い被さってきた。
「危なっ……!」
慌てて抱き止めた。
しかしゲルトは座ったまま。
ギンガは飛び込んできた姿勢のままだ。
必然、ゲルトから見てギンガの頭の位置が少し高くなる。
その状態で受け止めた事でギンガの体は止まったが頭が前に出る。
そして――――
「んうっ……!?」
2人の唇が重なった。
視界にあるのは驚きに目を見開いたギンガの顔のみ。
腕の中にある華奢な体の柔らかさと温かさを感じる。
カッと頭の中が熱くなった。
自分なのかギンガなのか、それともその両方のか、早鐘のような鼓動も聞こえてくる。
まずい。
何かはわからないけど非常にまずい。
パニックに陥りながらも頭を退き、抱き合ったままの身を剥がした。
ギンガの方は呆然とした様子でゲルトの膝にへたり込んでいる。
ちょっと惜しいような気も…………イヤイヤイヤ。
ありえない発想に至りかけ、即座にツっこみを入れる。
そんな不埒な事を考える前に言うべき事があるだろうに。
「そ、そのスマン!」
「う、うん……」
混乱しつつ即座にギンガへ謝罪する。
ギンガは未だゲルトの膝の上だ。
真っ赤な顔で己の唇に触れている。
白く細い指が唇をなぞるのを見る度、さっき触れあった唇の感触が蘇ってきた。
ゲルトの顔も耳まで朱に染まる。
「えっと事故、だよね……?」
「そ、そうだな。
うん、事故だ」
ようやく膝から下りてゲルトの隣に座ったギンガが俯いて尋ねた。
いや、どちらかと言うとそう自分に言い聞かせている?
ゲルトも天井を眺めながらそれに追従した。
お互いにまだ気恥かしくて顔は合わせられない。
それきり2人の間から言葉は消えた。
だが不思議と嫌な沈黙ではない。
気まずいのとは少し違う、くすぐったいような暖かいような、そんな穏やかな空気だった。
観覧車は回る。
街を茜に燃やす夕日が差し込む中、それでもなおはっきりと分かる程に顔を紅潮させた2人を乗せて。
ゆっくりと、静かに。
**********
「ふふふ、やっぱり疲れちゃったのね」
「そりゃ……~っ、あんだけはしゃぎゃぁな」
帰りの車内だ。
助手席に座っているクイントが後部座席を振りかえって微笑んでいる。
ゲンヤは欠伸を噛み殺して運転しながら相槌を打っていた。
後部座席にはゲルト、ギンガ、スバルの3人が流石に遊び疲れたのだろう、寄り添い合って眠っていた。
真ん中がゲルト、そして両脇を固めるようにギンガとスバルがその肩へともたれかかっている。
全員が全員あどけない年相応の安らかな寝顔だ。
「また皆で来ましょうね?」
「ああ、そうだな」
クイントが笑顔のままで顔を前へ戻す。
彼女らにとっても今日は思い出深い日となった。
もともと子供の生まれなかった2人にとってはこういう家族の団欒は夢でも有ったのだ。
まさか一気に3人も子供ができるとは思わなかったが、今夫婦は確かに待ち望んだ幸福の中にいた。
穏やかに彼女達が幸せを味わう後ろ、後部座席で何かが動いた。
ギンガだ。
眠っているのか目は閉じられたまま、手だけが少し動いてゲルトのそれへと重なる。
笑みを深めた彼女は更にゲルトに擦り寄って行った。
(あとがき)
ザ・ベタな話。
でもそういう王道大事だと思います。
どうもどうもNeonです。
前の更新から随分間が空いてしまいました。
これはひとえに作者の未熟と、唐突に「そうだ、GUNGRAVE見よう」とか思いついて全話見直したのが原因です。
ブランドンの兄貴にボロ泣きした挙句、ガンダムXまで見出したモンだからもう……。
更に“境界線上のホライゾン”とか“乃木坂春香の秘密”まで新刊出るし、いやもう執筆スピードがガタ落ちで。
>冥狼様
このssでギンガがセカンド、スバルがサードと呼ばれているのはオリキャラのゲルトが割りこんだので順番がずれたからです。
タイプゼロ・ゼロとかだとどんだけ試作品なんだよ、と思ったもので。
一応ゲルトが彼らを作った研究所での完成体一号です。
ですから番号的にゲルトが タイプゼロ・ファーストとしています。
流石にリクエストについてはノーコメントで……。