山間部の上空を一機のヘリが高速で飛行している。
首都防衛隊の兵員輸送ヘリだ。
その内部、光源といえば赤いランプだけというキャビンでゼスト隊の隊員達が作戦開始の時を待っている。
「第1陣降下ポイントまで2分。
空戦魔導師隊、降下準備!」
パイロットからの報告と同時にヘリのハッチが開放。
開いていくハッチの隙間から突風の形で外気が入り込んできた。
空戦魔導師達が席を立ち、ハッチの方へと歩いて行く。
その数は4人。
ゼストを先頭に全員の降下準備が完了。
あとはゴーサインを待つばかりだ。
「頑張って、ゲルト君」
「あんまり気を張りすぎないようにね」
空戦適正が無く、後発組のメガーヌとクイントがゲルトに声をかける。
恐らくは折角解放された彼をまた戦場に赴かせる事に対する罪悪感もあるのだろう。
極力明るく話しかけてはいるが、やはりその声には心配の色を隠せない。
「はい、大丈夫です」
ゲルトは彼女達を安心させるように微笑んで言うが、その言葉に偽りはなかった。
懐かしいという程の感慨は無い。
しかし間違いなく数ヶ月前までは慣れ親しんだ空気だ。
今、それを感じてゲルトの心は驚く程に澄んでいた。
かといってかつてのような無感情というわけでもない。
では一体以前のゲルトと何が違うのか?
それは気構えだ。
もうゲルトは己を殺さない。
自分の意志で戦い、自分の腕で敵を倒す。
そこが今までとは決定的に違う。
「降下まであと10秒!」
もう間もなく出撃のようだ。
深呼吸を2回。
呼吸を整えるうち、ふと思い立って前を見た。
皆の先頭に立つゼストの背中を。
自分を救ってくれた恩人にして、力の使い道を教えてくれた師。
自分が目指すべき人。
そうだ……俺は、もう機械じゃない。
ならばと己を再定義する。
戦って戦って戦って、それでも只の装置にはならぬと決めた今の自分を形容する言葉は――――
騎士。
そう、騎士だ。
ゼストも名乗るその称号。
自分にとっては未だ古代ベルカ式を使うというだけで付けられた名ばかりの物に過ぎない。
自らそう名乗るにはまだまだ役不足というものだ。
しかしいずれは相応しい魔導師になる。なってみせる。
だから、俺は……!
ゲルトがキッ、と金色の目を見開く。
瞳にははっきりと意志の光が灯っていた。
「空戦魔導師隊、降下開始!」
時間だ。
ランプが緑に変わり、降下の指示が下る。
『いくぞ』
念話でそう言うとゼストは気負う事もなくヘリから飛び降りて行った。
他の隊員達も後に続いて次々と降下していく。
『行きます!』
ゲルトもまた、戦場へと続く夜闇の中へと身を投じていった。
**********
吹き抜ける風がバリアジャケットをはためかせ、腰から先の裾が翼のように翻る。
降下した魔導師達はヘリのローター音が聞かれない距離から自力で飛行し、今眼下に問題の施設を捉えていた。
流石に警備は厳重のようだ。
何人もの警備兵が見える。
『屋上に2人見えます』
『外にも最低5人はいるようです』
『お前達で屋上を片づけろ。
ゲルトは俺に付いて来い。下をやる』
『『『了解』』』
ゼストの指示で全員が行動を開始。
まずは屋上を任された2人が同時に魔法を発動。
ミッドチルダ式の射撃魔法が屋上を警備していた敵の頭部に命中し、一撃で昏倒させる。
だが流石に魔法光で襲撃がバレたようだ、下の敵の動きがにわかに慌ただしくなった。
「敵だ!!」
「上だ!
空戦魔導師だぞ!!」
「早く撃ち落と……グァッ!?」
「畜生!他にも……ガッ!!」
敵が上ばかりを気にしている内にゼスト達が下を掃討していく。
魔力でカウリングされたデバイスが光の軌跡を描いて敵を捉えた。
ゼストは橙色、ゲルトはそれより少し赤味を増した赤橙色だ。
二つの影が縦横無尽に駆け回り、その手の槍が振るわれる度に敵が次々と打ち倒されていった。
「くっっそがぁぁぁぁ!」
ようやく2人を確認したらしい敵がデバイスを向ける。
瞬く間に無数の小光球が男の前面に発生した。
「むっ」
早い。
なかなか腕の立つ魔導師のようだ。
みるみるうちに光球の数が増えていく。
優に20は超えているだろう。
「死ねええぇぇぇぇ!!」
明確な殺意を込めた叫びと共に、生み出されたそれら光球が一斉に撃ち出された。
視界を覆う魔法弾がまるで流星のように風を切って2人へと殺到する。
「ここは俺が」
だがそれを目にしてなお動じた様子もないゲルトがゼストの前に立ち、左手を掲げる。
途端、2人の前にIS“ファームランパート”のテンプレートが展開した。
断続的にドッ、ともボッ、とも聞こえる着弾音が鳴り響き、炸裂時の爆煙が視界を覆う。
しかし間断無く魔法を叩きつけられる中でもテンプレートの光は翳りもしない。
燦然と輝く障壁は撃ち込まれた光球の悉くを受け止め弾き、1発たりともその脅威を2人の下へ届かせる事は無かった。
「なっ……!?」
攻撃の全てを防ぎ切ったゲルトが粉塵を突き抜けて飛び出す。
風を纏う疾走で敵へと接近。
相手は驚愕の表情で硬直している。
今が絶好のチャンスだ。
「おおおおぉぉぉぉ!!」
数十メートルの距離を高速で走破。
敵をナイトホークの間合いに捉えた。
左足の踏み込みから始まり、腰の捻りを利用して腕を前に出す。
足が硬質の地面を踏み抜くと同時、ナイトホークの矛先が目標へと吸い込まれていく。
「――――――――!!」
体を落とす動きも加え体重の乗った刺突が敵の鳩尾に突き刺さった。
とはいえ刃は魔力でカウリングしてあるので本当に刺さったわけではない。
だがその分通常は刺さる事で緩和される筈の衝突エネルギーは全て、相手を破壊する方に回る。
男にとってはどちらが幸せだったのか。
ナイトホークを握る両手に骨を数本砕いた感触が伝わってくる。
想像を絶するであろう激痛に、男は声にならぬ悲鳴を上げて悶絶。
気を失うまでに力なくナイトホークを掴みはしたが、そのまま白眼を剥いて倒れ伏した。
「……あ……」
男が倒れるのを見る視界にノイズが走る。
デバイスを掴んで頽れるその姿は初めて殺した男を幻視させるものだった。
いつかの悪夢がフラッシュバックする。
――――目の前にあの男が現れた。
あの男は保護された頃からまた頻繁に夢に出るようになっていた。
――――夢と同じ、あの時の姿で……
訓練が始まってからは再び減ってきていたが、いつか決着を着けなければならないと思っていた。
――――その口から呪詛を吐き出し……
今がその時なのだろう。
――――血に塗れた両手を伸ばして……
でなければただ皆の足手纏いになるだけだ。
――――こちらの首を絞め上げ……
そんなのはイヤだ。
そんな事は断じて認められない。
「く……っ」
俺はもうあの頃とは違うだろう!
悪夢の再生に脱力する体へ喝を入れる。
恐れぬと決めた筈だ!
戦うと誓った筈だ!
あの人に!あの娘達に!!
脳裏をよぎるのは3人。
1人は師と仰ぐ恩人、そして2人の可愛い妹分達だ。
「俺は……!」
ギリ、とナイトホークを握る手に力が籠る。
焦点の外れた瞳にも光が戻り、はっきりと男を見据えた。
「騎士、なんだぁぁぁぁっ!!」
男の胸に刺さっているナイトホークを一息に引き抜く。
「AAAAaaaaaaaaaa!!」
男は両膝をついて背を仰け反らせ、常人であれば精神が侵されるほどの叫びを上げる。
喉が張り裂けんばかりの絶叫と共に、槍を引き抜かれた胸からは大量の血が迸った。
噴き出す血飛沫が辺り一面を真っ赤に染め上げていく。
目の前に立つゲルトは荒い息を吐きながら全てをその身に受け、流れ落ちる血は涙のように頬へと跡を残した。
「aaaa、aa…………」
徐々にその叫びは衰え、男の輪郭が崩れていく。
その姿は闇に溶けていき、遂には影も残さず消滅した。
最後まで見届けたゲルトはただ黙祷を捧げる。
俺は、これからもこの道を行きます。
思い出されるのは今再び葬った男を含め、5人の顔。
いずれも皆自分の手で命を奪った者達だ。
今こそ、ずっと避けていた、背を向けてきた過去と向き合い、そして……決別する。
だから――――
「さよなら……」
**********
「こっちは片付きました」
「ああ。
ひとまずこれで終わりのようだな」
現実に戻ったゲルトが後ろから歩み寄るゼストに言う。
ゲルトを苛んだ幻覚も実際には数秒の事だったらしい。
当然ナイトホークは血に濡れていたりはせず、目の前には気絶した男が倒れているだけだ。
既に敵の反撃は止んでいる。
倒した敵の数は屋上と合わせて9人。
下の制圧も完了したと見ていいだろう。
「大丈夫なのか?」
周辺の安全を確認し、ヘリの到着を待つ間にゼストが声をかけた。
再び戦いへと投入されたゲルトを気にかけていたのはクイント達と同じのようだ。
訓練と実戦は違う。
それに結局の所、アームドデバイスとは凶器だ。
カウリングを施しても本質的には変わらない。
それを人に向けるというのは、安易に非殺傷設定が使えるミッドチルダ式の魔導師には分かり辛いプレッシャーがあるものだ。
特にゲルトのような場合はなおさらだろう。
彼は人殺しの道具としての力を、振るう側として、振るわれる側として、実際に経験しているのだから。
「はい。心配しないで下さい」
「しかし……」
「確かに、ちょっと昔を思い出しはしました」
「…………」
ゲルトが遠い目をして呟く。
およそ子供に出来るとは思えないほど深みのある仕草だ。
「でも大丈夫です。
俺は、もう恐れません」
次に浮かんだ決意の表情は、迷いの無い瞳は、あの時、首都防衛隊に入ると告げてきた時と同種のもの。
そして身に纏う雰囲気は戦士のそれだ。
ふっ……、どうやら杞憂だったようだな。
「そうか。
ではこれからも頼むぞ、ゲルト」
「はい。任せて下さい」
丁度その頃、待っていたヘリが独特の爆音を鳴らして接近してきた。
目を開けていられないような風を巻き起こしてホバリングする機体から、更に6人の魔導師が飛び降りてくる。
第2陣が合流を果たし、ようやくゼストの前に全員が集結した。
「皆揃ったな。
これより3班に分かれ、施設内部に突入する」
編成はゼスト率いる空戦魔導師陣のA班。ゲルトもそこだ。
B班にクイントとメガーヌ。
残りの隊員達4人でC班だ。
組み分けの完了を確認してゼストが後ろを振り返った。
施設の入口が厚い隔壁で閉鎖されている。
一応隊員がロックを解除するため警備システムに侵入しようとはしているが……芳しくないようだ。
とはいえこのままたかが隔壁一つに時間をかけているわけにもいかない。
「ゲルト、手伝え。
この隔壁を破壊する」
「はい」
ゼストは隔壁の破壊を選択した。
命令に応じ、前に出たゲルトがゼストの横に並ぶ。
2人は同じようにデバイスを大上段に構えた。
『ロードカートリッジ』
ゼストの槍がメッセージを告げる。
発声機構の停止されたナイトホークはただコア部分にメッセージがスクロールするのみだ。
両者のデバイスの石突きがスライド。
金属の擦れる音が響き硝煙と薬莢を吐き出す。
「「はああぁぁっっ!!」」
一閃!
咆声と共にデバイスから無色の衝撃波が迸る。
地を抉り進む二条の暴威が隔壁に激突!
爆裂する魔力が腹に響く爆音を轟かせて隔壁を打ち砕き、内部への道をこじ開けた。
衝撃波の直撃を受けた部分は完全に破壊され、それ以外の部分も大きくひしゃげている。
最早侵入者の行く手を阻む能は失われた。
「道は開いた。中に入るぞ」
ゼストが先頭に立ち内部への突入を開始。
幾つもの駆け足の音が施設の床を鳴らした。
迷いなく、力強く。
それ以降も事は万事問題なく進んだ。
突入したゼスト隊は予定通り3班に分かれて内部の制圧に当たり、1人の犠牲者も出す事なく任務を完遂した。
ゲルトも他の隊員に負けぬ活躍を見せ初出動を見事に飾る事ができた。
だがしかし目的を果たせたかと言えばそれは言葉を濁さざるを得ない。
そこに肝心の違法研究者の姿は無く、また実験体を保護する事もできなかった。
素体培養器がある事からしてここで人造魔導師、または戦闘機人の研究が行われていた事は間違いないのだが、既に移送された後らしい。
一足遅かったようだ。
ただ、敵の見当はついた。
なぜか?
簡単だ。
踏み込んだ研究室のウインドウ全てにその名が残されていたからだ。
即ち「ジェイル・スカリエッティ」、と。
違法研究その他の罪で広域指名手配中の特一級次元犯罪者。
思わぬ大物がかかったと言える。
まさかあのマッドサイエンティストがミッドチルダに居たとは……。
勿論こちらを撹乱する為にその名を騙っている者がいる、という可能性もあるが、研究内容を考えると本人の公算が高い。
なにせ彼こそは生命操作技術の第一人者であり、戦闘機人に適合する素体を生み出す為のクローン技術を生み出した張本人なのだから。
少なくとも施設の規模を見る限り、彼本人か同程度の技術を持っている者がここにいたはずだ。
残念ながら今回の作戦で得られた情報はこの程度だ。
彼を支援している組織についても何一つ掴む事はできなかった。
よってゼスト隊はこれ以降ジェイル・スカリエッティを主眼に据えて捜査を行っていく事になる。
これよりおよそ2年半の後、ゼスト隊が壊滅の憂き目を見る。その日まで。
(あとがき)
あっという間にチラ裏の更新速度に呑まれたのでとらハ板に移動しました。
今回は今までに無い難産でした。
でもまぁ、ゲルト初出動はさらっと流していいものじゃないと思ったので話を足しては消し、足しては消し……。
そのせいで所々纏まりがおかしくなったような気もしないでもないですが。
それとゼスト隊壊滅イベントまではもう少しかかる予定です。
折角首都防衛隊に入ったんだから“あのキャラ”もちょっとは出しとかないと……。
そんな訳でsts本編までは更にかかります。