「……で、ここが…………」
既に訓練場は後にしている。
皆が解散した後は仕事の簡単な説明を受け、前を歩くメガーヌが隊舎内を案内してくれているが……正直あまりゲルトの耳には入っていなかった。
「ゲルト君、聞いてる?」
「あ、はい!
すみません、ぼーっとしてて」
「もしかして、模擬戦の事気にしてるの?」
「……分かります?」
「それはねぇ」
やっぱり顔に出てたか。
「まったくクイントは何をやってるのかしら。
余計に落ち込ませてどうするのよ……」
メガーヌは額に手を当て、やれやれと呆れたように言った。
「あ、違いますよ?
別にクイントさんに負けた事を悩んでる訳じゃなくて、その……」
「隊長に良い所見せられなかったから?」
「う……まぁ……そうです」
我ながら少し恥ずかしいが、メガーヌが指摘した通りだ。
自分が役に立てるという所をゼストに見せたかったのだ。
それが勝負には負け、ISに頼りすぎと欠点を指摘されて落ち込んでいた、という訳だ。
「もう少しやれると思ったんですけどね」
「いえ、あれだけやれたらかなりのものよ?」
「でもクイントさんには敵いませんでしたし、ゼストさんも……」
ゲルトは肩を竦めて呟く。
「あのね、クイントはウチのフロントアタッカーよ?
それが新人の子供相手に負ける訳にいかないわ」
「それは……そうでしょうけど」
「自信を持って。
並の魔導師ならそもそも隊長と打ち合いなんてできないし、クイントも一撃で決めてるわ。
それにここだけの話だけど……」
メガーヌは内緒話をするようにゲルトの耳に顔を近づけた。
「隊長も褒めてたのよ、あなたの事。
いずれはいい騎士になる、って」
「え……?」
でも、さっきは……。
「隊長はいつも言葉が足りないから……。
もし隊長が本当に役に立たないなんて思ってるなら君をウチには入れないわ。
訓練だって隊長直々に、なんてあんまり無いのよ?」
一呼吸置く。
「……だから君は期待されているわ。
むしろそうやって落ち込んでる方がみっともないわよ?」
メガーヌはにっこり笑ってゲルトの鼻先を突いた。
「は、はい……!」
答えるゲルトの顔は赤い。
今までこんな風に励ましてもらった事など無く、初めて接した包容力のある“大人の女性”に頬が熱くなる。
「俺……明日の訓練頑張ってみます」
「そうそう、その意気よ」
なんだかやる気が出てきた。
明日の訓練ではうまくやれるような気がする。
自然、手に力が入った。
「あ、いたいた。ゲルトくーん!」
「クイントさん?」
ようやく自信を取り戻したその時、模擬戦の後に別れていたクイントが現れた。
どうもゲルトを探していたようだ。
「ゲルト君、今日の夜って空いてる?
よかったらウチで晩御飯食べていかない?」
「特に用は無いですけど……いいんですか?お邪魔して」
「もちろんよ。
ギンガとスバルも喜ぶしね」
クイントはゲルトの了承が得られると破顔して言った。
ギンガもスバルも大事にされてるんだな……。
本当に、この人達に助けられてよかった。
改めて自分達の幸運を感じる。
そして何かで返さなければ、という気持ちも。
やっぱり明日からはもっと頑張らないと。
メガーヌさんの言う通りだ。こんな事で落ち込んでてどうするんだよ。
「それじゃあ、また後でね。
ちょっと休憩で出てきたからまだ結構仕事残ってるのよ」
「あ、はい。
頑張って下さい」
「メガーヌもゲルト君お願いねー」
言いながらクイントは現れた時と同様に風の如く去って行った。
「本当に慌ただしいわね……」
「あはは……」
残された二人は乾いた笑いを浮かべている。
「まぁ、でも本当に元気は出たみたいね」
「はい。メガーヌさんのおかげです」
「ふふ、そう。
案内した甲斐があってよかったわ」
ふわり、と浮かぶ笑みにまたゲルトの心拍数が上がった。
胸が締め付けられるような感覚と共にその笑顔から目が離せなくなる。
う、なんかまた胸が苦しいような……?
「そういえばゲルト君、クイントが引き取った子達とも知り合いなのよね?」
「ええ。俺が施設を移されるまではよく一緒に居ましたから。
二人とも妹みたいな感じです」
「仲がいいのね」
「手もかかりましたけどね。
特にスバルはすぐ泣くんであやすのが大変でした」
「しっかりお兄さんじゃない」
微笑みながら聞いてくれるのが嬉しくて、ゲルトはそれからも二人との思い出を話し続けた。
初めて会いに行った時、スバルに大泣きされた事。
ギンガと二人で必死になだめて、気付けばお兄さんと呼ばれるようになった事。
それから何度も通いつめてようやくスバルも笑ってくれるようになった事。
しかしこうやって思い出すと施設も辛い事ばっかりじゃなかったな。
この思い出があったからこそ自分は壊れずに済んだのではないか、という気さえする。
だとすれば恩人の欄にギンガとスバルも加えておくべきなのだろう。
俺もギンガとスバルに助けられてたのか……。
**********
「たっだいま~!」
「お邪魔しまーす」
「おう、待ってたぞ」
「おかえり。母さん、お兄さん」
「おかえりー!」
日も傾きだした頃、約束通り俺はナカジマ家へとやって来ていた。
事前に連絡していたからか、ゲンヤさん達がドアを開けて出迎えてくれている。
スバルなんかは玄関から飛び出して抱きついてきた。
一緒に家に入る。
「すみませんゲンヤさん。急に押しかけて……」
「なーに気にするな。
俺もお前さんとはゆっくり話してみたかったからよ」
「ありがとうございます」
「ギンガもスバルもお前が来るって聞いたら代わる代わるまだか、まだ来ないのかってうるさかったしな」
「もう、父さん!」
ゲンヤさんが二ヤ、と悪戯っぽい笑みを浮かべてからかうとギンガが真っ赤な顔で声を荒立てた。
大人しいギンガにしては珍しい。
ゲンヤさん達にも気を許しているんだろう。
ギンガやスバルもこの家によく馴染んでいるようで安心した。
**********
「さ、遠慮せずいっぱい食べてね」
「…………」
こ、これは……。
クイントさんがキッチンに消え、二人やゲンヤさんと和んでいたのも束の間。
食卓に着いた俺を待っていたのはテーブルの一面に並べられた白い皿と、その上に彩られた控えめに言っても“超”大盛りな料理の数々だった。
模擬戦とかやって確かに腹は減ってるけど、これは違うんじゃ……。
とてもじゃないが普通5人で食べる量ではない。
流石に同じ施設にいたからギンガやスバルがメチャクチャよく食うのは知っている。
二人のあまりの食いっぷりにこっちはむしろ食欲を削られたものだ。
ただ、それにしても量が多過ぎる気がする。
まさか、クイントさんやゲンヤさんも……?
冷や汗が流れるのを感じつつ恐る恐る二人の方を見た。
クイントさんは当然といった風でもう自分の皿に料理を取り始めている。
ギンガやスバルも同じだ。
「いっただっきまーす」と大量の食べ物を笑顔で腹に収めていく。
ただ一人ゲンヤさんだけが俺と同じように、見ているだけで胸焼けがしそうな料理の山を複雑な顔で見つめていた。
ふと、ゲンヤさんと目が合う。
ゲンヤさんには魔力が無いって聞いていたけど、間違いなくこの瞬間俺達の間に言葉は不要だった。
目が全てを物語っている。
多分二人を引き取ってからはいつもこんな感じの食事だったんだろう。
クイントさんやギンガ達はまだ一向にペースを落とさずに食べ続けている。
俺やゲンヤさんも食べてはいるが、3人の勢いに気圧されて既に満腹だ。
こんなのを半年近くも……?
『苦労されてるんですね……』
『……分かってくれるか』
これからはちょくちょく来るようにしよう。
心で通じ合いながら、ゲルトはあまりにも不憫な食事情を抱えるナカジマ家の大黒柱に同情せずにはいられなかった。
**********
「あー、お腹いっぱい」
「美味しかったね」
「うん!」
「「そ、そうだな……」」
事実クイントの料理は量だけでなく、味それ自体も中々の物だった。
恐らく弁当かなにかであれば二人とも喜んで食べただろう。
……が、いかんせんここの女性陣と一緒に食べるとどんな料理も味なんて分からなくなってくる。
ゲルトもゲンヤも揃って引きつった笑みを浮かべて答えるのが精一杯だった。
「そ、それでゲルトは今日が初出勤だったんだろ?
どうだった部隊の感じは」
「え?あ、ああ!
良かったですよ。皆親切にしてくれましたから」
食事の事から話題を反らしたいゲンヤが少し強引に話を切り替えた。
ゲルトも同じ心境だったので慌てて話に乗っかる。
「あとは、クイントさんと模擬戦しましたね」
「ほぅ。でどうだ?ウチの女房は」
「……強かったですよ。
あっさり負けちゃいました」
「あはは。
でもゲルト君本気出して無かったでしょ?
フルドライブ使ってたら分からなかったわ」
「いやいや、加減利かないしフルドライブなんて模擬戦で使えませんよ」
使ったが最後、相手のデバイスかまたは……相手そのものを破壊してしまうだろう。
それだけの威力があるからこその切り札なのだから。
「お兄さんって強いの?」
「そうねぇ。
多分そこらのミッド式魔導師じゃあ勝負にならないんじゃない?」
子供ならではの好奇心からかギンガもゲルトの腕前に興味があるようだ。
その質問へのクイントの答えも妥当なところと言える。
恐らく遠距離攻撃に徹してもISで攻撃はほぼ全て弾かれ、消耗してきたところを近付かれて一撃。
無理に接近すればフルドライブで防御ごと叩き斬られる、というのがオチだろう。
これが古代、近代ベルカ式の魔導師ならまた別だろうが、ミッドチルダ式はとかく射撃にこだわる所があり、近付かれると脆いという事が多い。
そういう意味であの絶対的な防御力はかなりの強みになる。
「へー、お兄ちゃん凄いんだ……」
クイントの評価にスバル達も感心したようだ。
ミッドチルダ式が一般的な今の世界でそれならかなりのものだ。
「ははは、まだまだですよ」
「謙遜するじゃねぇか。
コイツがここまで言うんだ。もっと自信持っていいと思うぜ」
「いえ、力不足を痛感しましたから。
だからクイントさん、明日からはよろしくお願いします」
「いいわ。
私が教えられるのは体術くらいだけど、ビシバシいくから覚悟してね」
ゲルトがクイントに顔を向け、頭を下げて頼みこむ。
彼女は二つ返事で快く引き受けてくれた。
「はい。ありがとうございます」
「いいわよ、これくらい」
「ゲルトよぉ、コイツに稽古つけてもらえるなら安心だぜ?
なぁ、“お前”?」
「もう、あんまり誉めないでよ“あなた”」
はっきりと空気が変質した。
先程までの真面目な雰囲気はどこかへと去り、クイントとゲンヤは甘い空気を発散している。
二人はゲルトそっちのけで見つめ合い、延々と惚気続けていた。
最初はゲルトも仲の良い夫婦なんだと微笑ましい気持ちで眺めていられたのだが、二人は止まる所を知らずに熱を上げていく。
ギンガやスバルは見慣れていると見えて特に気にした様子もなかったが、初見のゲルトは延々と砂糖を吐くような気分に襲われた。
結局その日は夜も遅くなってしまいナカジマ家へと泊る事にしたのだが、とにかく色々な意味でお腹一杯になったゲルトであった。
**********
ナカジマ家に泊まった次の日からの訓練はクイントが言った通りの厳しいものとなった。
まずクイントの指導で基本的な体捌きから入り、ゼストによる古代ベルカ式の魔法、槍術などの修練。
更にISを用いた訓練ではクイント戦での敗因を考え、目を瞑らないトレーニングと並行で行われたのだが、それは顔のすぐ前に発生させたテンプレートへゼスト隊の隊員達が魔力弾を撃ち込み続けるというスパルタ極まるものだった。
しかも徐々に撃つ距離を縮めていき、目を瞑らなくなってきた頃にはクイントがリボルバーナックルで殴ったり、全く別の方向から不意打ちが入るようになっていった。
当然、非殺傷設定で行われているので魔導師、いや騎士であるゲルトなら最悪“目”に当たったとしても問題は無い。
とはいえ顔面目掛けて飛んでくる攻撃魔法は十分に脅威だ。
今の所ISが破られた事はないが、ゲルトは毎度寿命が縮む思いでこれに臨んでいた。
しかしそんな連日続く過酷な訓練の中でもゲルトが音を上げる事はなかった。
これまでの施設での訓練とは違う。
義務ではなく、己が望んで、目的の為に力をつける。
今まで感じた事のない覇気がゲルトの身を包んでいた。
そんな訓練が始まって1ヶ月程も経過した頃、とある部屋にゼスト隊のフォワード陣が集結していた。
隊員達が真剣な面持ちで見つめるウインドウには研究所と思しき施設とその周辺の地図が映し出されている。
その横にはゼストが立ち、ポインターで各所を示しながら説明を下していた。
「以上が今回の作戦の概要だ。
繰り返すが目的は人造魔導師の研究機関と思しき施設の制圧。
空戦可能な者が先行して降下し、地上部分を押さえた後陸戦部隊と合流して内部に突入する。
……質問がある者は?」
「はい」
「何だ?ナカジマ」
「ゲルト君はどちらに?」
「当然、降下部隊だ。
……やれるな?ゲルト」
「はい!」
挙手をして質問するクイントにゼストはにべもなく答えた。
ゲルトにも一言尋ねたが、少ない言葉の中に信頼が込められているのが分かる。
ゼストからの期待を感じたゲルトもまた、きっぱりと答えてみせた。
「ではこれでブリーフィングを終了する。
今の内に仮眠を取っておけ。解散」
(あとがき)
大学休校になったはいいけど下手に外に出たら白い目で見られそうで怖い……。
大人しく家でこれ書いたりゲームでもやっとこう。