土は舞え。
風は散れ。
肉は始点で鋼は導線。
撃音と火花が幾重にも閃く中、対の騎士が交差する。
「お・お・お……ッ!!」
光すら刈り取る黒の三連撃。
縦、横、切り返し。
煌めかざる流星は烈波のごとし。
ただ一つへの接触でも致命は必至。
許された時間的、空間的間隙はどれほどか。
その瞬間、その場所、その安全圏へとその体を運べるか、否か。
問われるのは経験であり、反射であり、何より薄氷と言える刹那の読みへ一瞬の躊躇なく飛び込める度量の程であった。
「くっ……ああっっ!」
後ろ髪を流したままに激しく動く女騎士。
立ち合いとはすなわち陣取りなりと囁く者がいる。
いかに自陣を防御し、いかに敵陣を侵略するか。
いかに敵手の剣線を逸し、いかに自身の剣線を相手へなぞるか。
同じ事だ。
互いにただ一本の線を、あるいは一つの点を、相手の急所へ通す。
烈火の将、剣の騎士の白刃。
鋼の騎士、槍の騎士の黒刃。
より場を制するのはーーーー。
「薙ぎ倒せ、ナイトホーク!!」
『望みのままに』
翻る黒い刃。
一気呵成に攻め立てるゲルト。
シグナムのカウンターを見事に柄へ受け流しつつ、ナイトホークの連撃に次ぐ連撃。
確かに剣と槍との間合いでは槍の方に軍配が上がるのは道理ではある。
しかし、これだけか?
いや、まさか。
「シグナムが防戦一方に見えるけれど……」
「まさに、その通りです」
遠巻きに観戦するカリムの言葉へシャッハは頷いた。
ゲルトとシグナムの模擬戦自体はさして珍しい事ではない。
だが今日の戦いは些か常のそれとも違った。
「さらに腕をっ、上げたか!」
「いい経験ができてなぁ!」
辛くも凌ぐシグナムだが、渋面は隠しようもない。
斬、突、打を織り交ぜるゲルトの攻撃は精妙にして凶悪。
刀身のみならず柄も、足も、触れる全てが人体を引き裂く凶器そのもの。
通常、長物へは引き戻しの隙を突くが……。
それを相手が許さない。
またも戟音。
上段から斜めに入った刃をどうにかと受け流す。
レヴァンティンの上をグラインダーのように飛び散る火花。
隙を突くなどという余裕は微塵もなかった。
雪崩れのように叩きこまれる超重量の斬撃。
さらに続いて撃ち込まれた蹴撃がシグナムの体を九の字に折った。
「ぐーーぅーーっ!?」
地面を滑走しながら腹の痛みを逃がす。
膝にくる重い一撃。
それ以外のダメージとて無視はできないレベルだった。
斬撃を受け流したはずの腕は痺れ、刀身が悲鳴を上げる。
もしまともに受けてしまえば、例えレヴァンティンといえどもどれほど保つか。
守勢は悪手。
袋小路へと自ら進む事に他ならない。
流石、と言うべきか。
しかし。
だがしかし。
純粋な立ち合いでの不利を自覚しながらも、それでも。
「……来い!」
レヴァンティンを腰だめに控え、前傾に半身を倒す。
こんなものではないはずだ。
戦うほどに強くなるこの男が、高町なのはという才能とあれだけの戦闘を繰り広げ、この程度であるはずがない。
確信があった。
「お前の全てで掛かってこい!」
一人の騎士として、ゲルトは一流の騎士であると認めている。
一人の武芸者としても、彼は無二の好敵手であると定めている。
一人の局員としてなら、尊敬に値するとさえ思っている。
だからこそ、見せてくれ。
今この瞬間のお前の全て。
対等でありたいのだ、彼とは。
だからこそ!
「……失礼した」
ゲルトは言外の意味まで察してくれたらしかった。
殊勝に告げた彼はナイトホークを大上段に構えた。
見るからに攻撃に特化した姿勢である。
攻守両面、いかようにも対応するそれまでのものとは一線を画す攻勢の型。
かといって自棄になったようにも思えない。
「行くぞ、シグナム。
俺の全霊で」
つまりこれがゲルトの必勝の形という事。
さらに爪先へ体重が乗るのが見て取れた。
正念場だ。
「「カートリッジロード」」
薬莢の排出と同時、瞬間的に増大する魔力の波動。
正面の相手が敵だ。
全力を以て挑むべき、我が好敵手。
全力を以て破るべき、我が好敵手。
「「勝負!!」」
爆発。
そうとしか呼びようのない魔力の奔流。
両者の背後へ噴出する推進力は人体を木っ葉の如く弾いて飛ばす。
解き放たれた二本の矢。
神速の直線機動は常人なら消えたと錯覚するほど。
「はああッ!!」
意外にも先手を取ったのはシグナムだった。
速度を一杯に活かした袈裟の斬撃。
しかし予兆もなく現れたゲルトの障壁が難なくそれを弾く。
続く二連、三連の斬撃も現れては消えるそれらを突破することは叶わない。
気取られるほどの予備動作もなく、こちらの剣線に合わせ突如として発生するファームランパート。
たった数瞬の展開でシグナムの攻勢は完璧にいなされた。
まるで見えないもう一対の剣と太刀合うような錯覚。
どうやら先手は譲られたものであったらしい。
無為にレヴァンティンを振り下ろした無防備な彼女へ向け、ついに暴威が振り下ろされる。
「おおおおおッ!!」
目の前のファームランパートが消え去ると同時、シグナムの位置を空間ごと断ち割る漆黒の豪槍。
大上段からの一撃。
受けるな。
避けろ。
迷いもなく身をよじり、体を投げ出す。
シグナムらしからぬ全力での回避。
結果的にそれは正しかった。
「爆ぜろ!!」
爆発的な魔力が集中した刃はもはや斬撃という形に収まらない。
文字通り大地がめくれ上がり、吹き上がるように爆砕する。
離れて見るカリム達だからこそ、その桁外れな破壊力がよく分かる。
衝撃は地揺れの如く、響きは遠雷のそれ。
威力に至ってはまさに天災。
そしてゲルトはまだ動く。
「行け」
もう一歩踏み込んだ足を軸に半回転。
バットでも振るうかのように鎬で打った。
言葉にするとそれだけだが、落下する地盤が突如軌道を変えてシグナムを襲う。
視界を覆うほどの影。
人間を押し潰すには十分な大質量。
しかし所詮は土塊。
レヴァンティンの冴えの前には何程の事もない。
バターよろしく斬り分けるなど、いとも容易な――――
「ッ!!」
逃げる。
地面を滑走する姿勢からさらに跳躍。
直後だ。
間髪を入れず岩盤を貫いたナイトホークの切っ先が彼女の横っ跳びに避けた、まさにその場所を穿つ。
一寸にもならぬ距離。
やけにゆっくりと動いた景色の中にゲルトが見えた。
その手が、ナイトホークを掴むその手首が捻り込むのを見た。
破壊的威力の権化である穂先はそれだけで貫いた岩盤を散弾に変える。
「速い」
「そして迷いがありません。
自信を感じます」
固唾を飲んで見守るカリムらに意識を払う余裕もなく、シグナムは雨あられと襲い掛かる土砂をシールドで防ぎつつさらに下がる。
一歩、二歩。
大きく下がる大跳躍――――は、許されない。
「がッ!?」
不意に現れたファームランパートがシグナムの行き手を遮り、その体を弾く。
突然の衝突は彼女の呼吸を乱し、そしてゲルトに攻撃の機会を作った。
駄目だ。
主導権を取られるわけには……!
姿勢を崩す覚悟で跳躍。
身を投げ出す側方への投地。
恐ろしい速度で迫る横薙ぎの一閃を潜りながら、レヴァンティンは高速変形。
黒刃の通過に耐えかね、破裂した空気が頬を叩いた。
瞼が眼球を守る生理的衝動から閉じようとする、が。
冗談ではない。
どうにか強引にも見開き、刀身が伸び切るのも待たずに体の捻りから連結刃を放つ。
咄嗟の機転ではあったがシュランゲフォルムを手繰る手首の動きに淀みはない。
唯一ゲルトの護りを突破しうる蛇腹の剣。
狙うのは伸び切った腕だ。
ゲルトも防御はしなかった。
「流石」
敵手の見事な連携に感嘆の言葉が素直に漏れる。
なればこそ、己もこの程度で躓く訳にはいかない。
振り抜いたナイトホークの重量に逆らわず、むしろそれを利用して体ごと回転。
ぐるりと彼我の位置を入れ替えた。
辛くもレヴァンティンの攻撃から身を躱しつつ、すぐ間近で倒れ込んだシグナムの死角へ回る。
混乱など微塵もなく、ただただ鮮やかに続く連携。
台本をなぞるように最適解を選択し続けなければ即座に破綻する薄氷のワルツダンス。
瞬くほどの間に繰り広げられる幾重もの攻防劇。
まるで演舞のような理想的応酬の連続。
いずれも人間の身体構造、慣性を元にした物理法則、それらを熟知し反射のレベルで演算可能かつ実行可能な高度な頭脳あったればこそ。
次いで死角へ回るゲルトを牽制するようシグナムが振るう全周への薙ぎ払い。
肩から地面に倒れたシグナムであるが、戦意は些かも衰えた様子はない。
諦めもない。
そして鞭の特性を備えたシュランゲフォルムならば不安定な姿勢からでも所定の攻撃力を発現可能だ。
下段からの薙ぎ払いは両の足を巻き込み、抉り取ってしかるべきであったが、しかし何らの手応えもなし。
結論は一つだ。
跳んだ?
迂闊な。
そして愚かな。
例え一撃を逃れるに良しとしても、それは悪手。
今のレヴァンティンはまさに怒れる竜の尾であろう。
シグナムを囲むようにとぐろを巻いたそれはくまなく鱗に覆われ、哀れな獲物を打ち据えるどころか“削ぎ落とす”。
柔にして剛。
宙ともなればどうとでも。
「飛竜ーーーー」
身を翻したゲルトはいっそ無防備なまでに宙を舞っている。
こちらの頭上を通過する軌道か。
既にナイトホークは構えられ、真上から垂直方向へ薙ぎ払う姿勢。
なるほど、台風の目よろしく至近はシュランゲフォルムが苦手とする所ではある。
しかしどこかにでも触れればよいのだ。
そこからいかようにも絡め取ってくれる。
ではどうする?
どうするんだ、ゲルト。
「一閃!!」
引き裂かれた大気が金切り声を上げて吹いて散る。
意を受けたレヴァンティンが上方のゲルトへ猛然と押し寄せた。
砲撃級魔力の怒涛。
常ならば王手だ。
だがこの進化し続ける騎士ならば、とシグナムは思うのだ。
何か予想を裏切るような事をやってのけるのではないかと。
その予感は僅かの間もなく的中した。
※※※※※※※※※※
しなり、うねる、恐るべき蛇腹の剣。
シグナム渾身の魔力を込めて放たれたそれは無辺であるはずの空を瞬く間に鳥籠へと塗り替える。
例え飛行して逃れようにもそのような単調な動きなど周辺の空間ごと圧殺してのけるだろう。
控え目に言って絶対絶命の危機だろう。
しかし、
何だ、これは。
視神経を通じて全身に行き渡る電撃のような行動指令。
なんてことだ。
ああ、なんということだ。
「見える……」
辺りを囲みつつあるレヴァンティン。
その動きの、範囲の、結び目の、繋がれた一つ一つの刃の輝きの。
そのありえざる情報の全てが脳内を駆け巡り、ゲルトの意思をも超えて肉体が駆動する。
膨大な演算処理を行うに任せ、求める解はただ一つ。
「食い、破る」
飛行魔法が放物線を描くゲルトを持ち上げ、まだ閉じられぬ上方へと引っ張り上げる。
やおら釣り糸で引き上げられたように跳ねる体。
しかし黄金の瞳がじっと見つめるのは逃がすまいと伸び上がり、僅か開いた刃の渦の間隙の、その向こう側。
知らず蹴り出した足が体をその隙間へと捩じ込んでいた。
自身驚くほどの呆気なさで籠目の結界をすり抜ける。
今更のように直前にいた場所でファームランパートが霧散するのを視界に捉え、ようやく自分が何を蹴ったのかに思い至る。
だが、そのような済んだ事象に意味はない。
反転急降下。
飛行魔法がさらに体を加速する。
ようやくと気付いたシグナムがレヴァンティンを己の後背へ振り抜いたが、それも空を切る。
目についた全てを襲う広範囲の薙ぎ払いはしかし、着地したはずのゲルトの遥か下で地面を抉るのみ。
ファームランパートの盤上、空中に“着地”した彼の速度はマックスからゼロへ。
そしてまた加速。
つい先程足場にした障壁が今度は発射台だ。
墜落必至の速度を力任せに捩じ伏せ、彼は滑るように接近する。
いかん!
慮外の機動にシグナムの視線が追い切れない。
目の前に飛び込んで来るはずがテンプレートを利用してまたも軌道変更。
空を蹴ったゲルトは再び死角へ。
「くっ、レヴァンティン!!」
更に魔力を増した連結刃が這った地面から土砂を巻き上げさせる。
土色の逆瀑布。
砂利の混じった土が重力を忘れたように吹き上がる。
捉えられぬならばこうだ。
辺り一帯丸ごと打ち据える我武者羅なあがき。
それでも、
「斬ッ!」
一閃。
魔力を孕んだ黒の斬撃は空をすら割る。
視界一帯を覆った土砂の壁が引き裂かれ、残滓も残さず消滅。
それだけじゃない。
「速い!?」
垂直の上昇機動からいきなり水平に体が流れ、降りてきたかと思えば急停止。
ただ虚空を蹴り出したというだけの事が、ただ足場を空に作ったというだけの事が、消えたと錯覚するほどの欺瞞を生む。
なまじ強力な飛行魔法による推進力が囮となってシグナムの目を眩ませていた。
戦技披露会の時より、さらに洗練されてきている。
自分をして視界に捉えきれないとは。
空中跳躍と空中静止。
動と静。
それも極大から極小へ。
この組み合わせを近接戦に長けた猛者が振るえばどうなるか。
高町が手こずる訳だな……。
読めない。
むしろ読もうとするほどに裏切られる。
右なのか、いや。
「ーーーー左!!」
氷のように背筋を貫くのは恐怖か、畏怖か。
直感のみを頼りに剣を構える。
やむにやまれぬ防御の型。
血の気が引く感覚はいつ以来だろう。
火花が散ったのは直後の事。
黒と白の刃が噛み合い、交差の一点で結ばれる。
迂闊!
己の無力を吐き捨てる。
そうでもなければ防御など。
ゲルトの攻撃へ正面からまともに当たるなど愚の骨頂。
単純な力比べに一分の勝機もありえない。
常であれば万全であるはずのレヴァンティンによる受けですらこの際到底不足。
「く、かっ…………!!」
捻れる手首に軋む肘。
激突した鋼の擦過は音程を外した弦楽器のように不愉快な音色でシグナムの精神をかき乱す。
渋面に溢れた主同様、その愛剣もまた深刻な危機に瀕していた。
不協和音はつまるところレヴァンティンの苦痛の表れである。
あろうことか頑強で鳴らしたはずのベルカ式アームドデバイスの白刃が削れ、欠けて落ちるのが見て取れた。
それだけに留まらない。
レヴァンティンが……曲がる!?
耐えられない。
自ら引かなければ刀身は遂に限界を迎え、武器として致命的なダメージを被る事になっただろう。
無論、引くという事は押し負けるという事。
そしてあっさり押し切られた。
足が浮くやいなや全力で振り抜いたゲルトの思うままにシグナムの体が飛ぶ。
まるで投じられたハンマーのように強引に。
そしてそれで終わらない。
終わらせない。
もはやこの間合いはゲルトの居城なのだ。
獲物を捕らえた、厚く高くそびえる城壁の、その只中。
「かはっ!?」
強かに叩き付けられた。
空中に突如展開したファームランパートは再び勢いづいたシグナムの背を叩き、その衝撃はあまさず彼女の内臓へ襲い掛かる。
受け身を許さぬ攻性の障壁。
最硬を誇るテンプレートは僅かの勢いも吸収せず、全てシグナムへのダメージとなって返る。
押し潰された肺から空気が溢れ、闘志を繋ぐはずだった正常な呼吸を押して出す。
バリアジャケットを着込んでなお、これだ。
常人なら背骨をへし折られかねない危険な技。
しかしシグナムの頭に真っ先に浮かんだのはそれではない。
この距離はーーーー!!
ゲルトから二メートルも離れてはいない。
実際には押し切られても吹き飛ぶことすら許されなかったこの体。
次の瞬間に待つ未来は?
「ああああッ!!」
喉から迸る咆哮。
消えかけたシグナムの意識はスパークよりも早い速度で魔法を編んでいた。
正三角に剣十字を頂くシールド。
過たずその中央へナイトホークの切っ先が突き刺さったのはまさにそれと同時だった。
正面直突き。
もう半瞬遅ければ正中線を射抜かれていた事だろう。
だが間に合った。
武器を突き出したゲルトより、こちらの方が早い。
シールドの展開とほぼ同じく一瞬の遅滞なく右手のレヴァンティンへ巻き付く炎。
昏倒寸前とは思えぬ魔導の冴え。
「紫電一せーーーー」
呼吸同然に使い慣れた技。
ここぞという時はいつもこの一撃だった。
炎熱属性を付与された秘剣の威力は十二分。
そう、振り切れたならば今回の勝負の結果も違っていただろう。
振れていたならば。
「遅い!!」
「ーーーー!!」
レヴァンティンがその真価を発揮する事はなかった。
それより早くシールドを貫いたナイトホークの一突きがシグナムの臓腑を抉る。
見事に砕かれ、霧散するシールド。
憎い事にシグナムの背面を遮断していたファームランパートがそれと同時、彼女の膝下ほどの高さで再展開する。
勢いに押されてたたらを踏んだまさにその場所。
期する所は明白。
足払いだ。
「づぁッ!?」
今度こそ堪えることは出来ない。
完全に勢いに負ける形でシグナムは地面に倒された。
無防備極まる、最悪の状況。
間髪入れず豪槍が来る。
上段からの振り下ろしはさながらギロチン。
もはやシグナムに抗する術はなかった。
「――――そこまで!!」
勝負はついた。
誰の目にも明らかなそれを、立会人であるシャッハが宣言した。
それを合図にナイトホークの刃がピタリと止まる。
まさに首の真上であった。
攻撃に備えて強張った体が弛緩、喘ぐように吐息が漏れた。
「…………」
残心を解いた二人が呼気を整えるのに数秒。
荒い呼気がそれぞれの喉から漏れ出る。
目だけが物を言う沈黙の間。
先に口を開いたのはシグナムだった。
「……参った。
完敗だ」
差し伸ばされた手を借り立ち上がる。
人間一人分を引き上げても青年がぐらつくような事はない。
出会った日には利発な少年という出で立ちだったが、いつの間にか背丈も追い抜かれた。
気付けば彼を見上げるようになり、こうして手を借りるまでになった。
大きく硬い手の平。
武人の、男の手だった。
※※※※※※※※※※
ほぅ、と熱を帯びた息をつく。
シャワールームで土と汗に塗れた体を清めたシグナムは、己のロッカーを開けた。
待機されていた救護班によってシグナムの状態は問題ないまでに回復している。
濡れた髪を拭いながらシャツへ腕を通す。
洒落っ気のない簡素な私服。
しかし仄かに蒸気した肌と湿り気を帯びて艶めく長髪、そして仕合の余韻でか常より僅かに弛緩した気配はシグナムの女としての魅力を否応なく引き出していた。
同性でも頬を染めてしまいそうな色気を周囲へ放ちながら、しかし彼女の頭にあるのは先刻の仕合の顛末のみである。
こちらの手を取って引き上げた男の姿が脳裏に浮かぶ。
頭の中で形を取ったゲルトが記憶を確かめるようにあの一瞬一瞬を再現する。
彼が軽々と自慢の槍を振るう姿、体躯とは裏腹に素早く駆ける姿。
間違いなく、強くなっている。
ただの打ち合いでもデバイスを破壊できる豪腕。
状況に合わせて即座に先手が打っていける判断力。
暴走必至の魔力の奔流すら見事に抑えてのける制御能力。
硬度のみならず展開時間から発動位置の制御まで格段の進化を遂げた特異な防御障壁。
こちらの手を知られている事を思えば、
「もう、私では相手にならないか」
過去の残影たる己と、止めどない成長を続ける彼。
いや、もはやあれは進化の域か。
必然なのだろう。
今日の敗北も。
苦笑を漏らしたシグナムの、その背に人の気配。
「お疲れ様でした、シグナム」
「……騎士カリム。
それにシスターシャッハもですか」
振り返れば二人の女性が並んで立っていた。
カリムに、シャッハ。
ヴォルケンリッターにとっては恩人でもある。
そして主たるはやてを中心に新部隊設立が進む現在、彼女らは重要な上役でありスポンサーでもあった。
「レヴァンティンは大丈夫です。
教会の技術部が対応していますよ」
「そうですか、感謝致します」
刃の幾らか欠けたレヴァンティンであったが、修復は何とかなるだろう。
完全に力負けした証だ。
もしあれ以上打ち合っていたらどうであったか。
考えるまでもない事であった。
「今日、改めて確信しました。
やはりあいつは新しい部隊に必要な人間です」
その人間にする、これは陳情。
はっきりと口にした。
これはベルカの騎士としての言ではない。
時空管理局所属の局員としての発言である。
「所属柄地上の事情に詳しく顔も広いですし、技量は本物です。
あの腕ならば例え大幅に魔力を制限されたとして、それでも並みの魔導師では傷一つ付ける事すら不可能でしょう」
常になく饒舌に言葉が漏れ出た。
はやての望む新部隊。
発案者であるはやてやそれに仕えるヴォルケンリッター、同志であるところのなのはやフェイトは当然として、それだけで回るものではない。
部隊員のリストアップは水面下で着々と進んでいた。
いずれも若く、活躍の機会を窺う新世代の俊英達。
本部が首都クラナガンに置かれる事は既に確定しており、構成員は自然地上部隊所属の者が多くなる。
その中でシグナムが最優先で引き入れるべきだと考える人物。
今更あえて名前を挙げるまでもない。
「少数精鋭にならざるを得ない部隊の事情を鑑みても、あいつは完全に条件に一致します」
最前衛として、後詰として、あるいは捜査員として。
仕事はどれに当たらせてもいい。
しかもかつて研修中のはやてとは同僚だったという経歴もある。
その時から上官である主を立ててくれていたと聞く。
同年齢の上司の下につけるというのはプライドの高い人間にとって無用な反抗心を芽生えさせる事にもなりかねないが、奴に限ってその心配もあるまい。
能力と信用。
どちらにおいてもゲルトはシグナムの考える部隊員としての資質にこれ以上ないほど見事に合致していた。
そして、
「何よりあいつは“あれ”との交戦経験があります」
核心をつく一言にカリムが僅かに眉を顰めた。
新部隊は遺失物管理部の下で構成される事になるだろう。
当面の相手は既に定めていた。
ゲルトには因縁のある敵だ。
だというのに何故彼が未だに新部隊のメンバーとして起用されていないのか。
理由は明白。
「ですからどうか、ゲルトを勧誘する“許可”を頂きたい」
禁止されているからだ。
目の前の女性。
よりにもよってカリム・グラシアの手で。
それもかなり初期、まだ構想にしか過ぎなかった段からの事。
理由は陸士部隊からの強烈な反感が予想されるという事だった。
確かにそれは考えられるが、それを言うならば教導隊所属のなのはだとて同じ事。
「私としても彼の能力を疑っているわけではありません」
「ならばなぜ、あいつだけが特別のような扱いを?」
「…………」
解せない。
そもそも新部隊の設立にカリムが協力してくれているのはある予言によるものだ。
それは管理局システムの崩壊すら暗示させる不吉なもの。
他ならぬカリム自身が告げているものだ。
むしろその対策としてミッドチルダに強力で即応できる魔導師部隊を置いておきたいというカリムら一部高官の希望に主たるはやてが乗じたというのが根本の話。
「確かに引き抜きは周辺の反感も買うでしょうが所属そのものは地上部隊ですし、実験的側面もある組織だと言う事はご存知のはずだ」
あくまで一時的な部隊。
概ねの構成員についてもいずれステップアップしていく為の実績作りとして紹介している。
ゲルトにとってもいい機会になるだろう。
どうも奴をベルカ式の広告塔にしたがっている節もある教会にとっても悪い話ではない。
しかしそう思えるのは見方の問題だ。
「そう、失敗しても構わない実験部隊。
だから認められないの」
「……それほどまでにゲルトの存在は重い、と?」
カリムは曖昧に視線を逸らすだけだが、それは答えたも同じだった。
思わず二の句に詰まる。
今の言葉を聞く限り、カリム自身も完全に納得はしていない様子だ。
つまりは教会のもっと上からゲルトは注目されている。
いや、これほどの特別扱い。
最早庇護されていると言ってもいい。
頭が全く追いついてこなかった。
「ゲルトは聖王教会の所属でもない、ただの陸士部隊員ではありませんか」
「そうですね、でも彼の育ての親はベルカの自治領出身なんです」
ゼスト・グランガイツ。
彼は生粋の自治領生まれ、自治領育ちである。
魔法や戦法についても当然現在の常道にて教練されていた。
その継承者とあれば、これはもう身内も同然。
「しかし奴自身に教会への帰属意識など……」
「だとしても、彼はもうヒーローなのよ。
おとぎ話から今に蘇った、ね」
「それが私達にとっては大事なんです」
本気か。
騎士カリムも、シスターシャッハも、冗談を言うような顔ではない。
「騎士シグナム。
あなたには分かりにくいかと思いますが、もはや騎士団にすら“本物の”実戦経験者などほとんどいないんです」
シャッハのニュアンスは過たず伝わった。
ここで言う本物とは正真正銘命を賭けた争いの事だ。
勝てば生き残り、負ければ死ぬ。
自分が死ぬか、さもなくば相手を殺す。
非殺傷魔法の一般的になった現在、まずあり得ない事だ。
それこそ管理局員の実戦部隊でもそうは遭遇しない。
所詮は自警団の域を出ない現在の騎士団では無理もない事。
「彼は幼い頃からそんな苛烈な環境を生き抜き、部隊の全滅からも生還し、さらに今も戦い続けています」
「それに憧れる人は決して少なくないわ」
魔法形式として古代ベルカ式は名前の通り歴史が長く、つまりは現代に即していない。
当然だ。
殺し技に主眼を置いた流派など時代ではないのだ。
もはや戦乱の中、流血で磨かれた技など無用。
刃傷沙汰など例え法執行機関たる管理局でも軽々に許される筈もない。
結局、古式であろうが近代式であろうが魔力でカウリングした打撃攻撃に落ち着く事になる。
本来の武技を思えば至極無駄でしかない。
だからこそ騎士達の間での暗黙の了解がある。
生死を含めた真の戦いならば、我々こそが最強だと。
憧れる、とは控えめな表現だ。
聖王教会とて歴とした宗教団体である。
遥かな過去、この世の戦乱を終わらせた武の頂点こそが聖王。
我らこそその末裔。
この思いはまさに信仰であり、そして彼らの存在理由なのである。
ゲルトの鮮烈な半生はそれを肯定する。
己の実力を発揮する事もできない窒息しそうな平和の中、彼の勝利こそが教えてくれる。
死地においてベルカに勝るものなし。
寸止めも峰打ちもない、真の斬撃とはいかなるものか。
そこにベルカの真価がある。
そこにベルカの歴史がある。
あまりに時代錯誤な誇りの形。
「人斬りゆえの評価ですか」
「公に言えるような事ではありませんが、一面としてそれも事実です」
彼の経歴は、少なくとも戦闘機人関連を除き、秘匿されてはいない。
複数件に及ぶ殺人ももちろん記録されている。
それすらも、ベルカの視点で見れば汚点ではない。
殺す意思と能力を持った悪漢に屈せず、そして制圧した。
甘っちょろいお遊戯ではなく、本物の闘争を切り抜けた兵。
そういう考え方も出来る。
むしろ古い価値観に属するシグナムにも分からない訳ではなかった。
「彼の道筋に汚点を残しかねない干渉は許されません。
これは聖王教会としての決定です」
彼は希望だ。
例え一子相伝の魔法を修めようとそれを発揮する場などない。
例えシールドごと相手を斬り捨てられるとしてもそれを許されることはない。
例え一撃必殺の剣を得ようともそれは相手を気絶させるだけのなまくらに成り果てる。
一体どれほどの伝承者が苦悩し、幾つの流派が断絶したろうか。
結局の所、治安維持部隊の戦力としてミッドチルダ式が優れているのは間違いない。
聖王教会にとってプロパガンダは外だけでなく内に対しても必要な最大懸案事項なのだ。
宗教面のみならずこれは民族の問題でもある。
単純に強いというだけでなく実際に“斬れる”騎士など見逃す訳がない。
ただ彼が目のつくところに存在していれば、それでいいのだ。
陸士部隊で出くわす程度の雑魚相手ならむしろ安心。
そういう思惑もある。
「強さを認めておきながら危険な戦いから遠ざけようとは……」
額に手を当てて天を仰ぐ。
シグナムからすれば呆れるよりない。
実戦経験に乏しいのは何も騎士だけではないようだ。
「矛盾ですよね」
「せめて彼が士官であるならまた話も違ったかもしれませんが……」
シャッハの零した言葉こそ本音であろう。
現在ゲルトの管理局内での位階は准尉相当。
士官学校を出ていない下士官の中では最高クラスであるが、その隔たりは大きい。
一等空尉であるなのはや執務官であるフェイトらと比べると些か以上に見劣りする。
「なるほど、つまり肝心なのはそこでしたか」
「戦技披露会が少し、鮮やか過ぎたようです」
実戦部隊におけるミッドチルダ式の最高峰と争い、そして一歩も引かぬ結果を叩き出した。
地上部隊のみならず、ベルカ自治領内にもかなりの反響があったと見える。
もしゲルトをなのはの下に付けるとなれば、それこそあちこちから猛反発を受ける事になりそうだ。
実際、それぞれの階級を鑑みれば至って妥当な未来ではある。
並ぶならともかく、その下に就くのは我慢できないという訳だ。
ゲルト本人にその気は全くないだろうに、お節介な事である。
「でも……良かったと思う気持ちもあるの」
戦乱の時代を懐かしみながら、やっている事は平和に浸った発想そのもの。
それこそ十重二重の修羅場を潜ったヴォルケンリッターからすれば失笑ものだろう。
しかし、結局今が戦乱と大きくかけ離れた世であるのは間違いなく。
だからこそ、そのルールがまかり通る。
「彼は本当に強くなりましたし、それにいい子です。
だからこそ、出来るならガジェット関連に踏み込んで欲しくないというのも私の本音です」
弱く、小さく、空っぽだった彼を知っているから。
彼に穿たれた取り返しのつかないほど巨大な空洞を知っているから。
ついには笑顔を見せるまでになった彼の心を曇らせたくない。
これはカリム・グラシアの偽らざる気持ち。
「ですから、改めて明言します。
ゲルト・G・ナカジマ准陸尉の新設部隊への編入は認められません。
よろしいですね?」
「……承知しました。
主にもそのようにお伝えしましょう」
無念ではあるが、通らない人事を求めても仕方がない。
内心はともかくシグナムは神妙に頷いてみせる。
まさか教会におけるゲルトの重みがここまでとは想像してもみなかった。
「ごめんなさいね」
「いえ、我々の立場は分かっているつもりです」
聖王教会にとって主はやて含むヴォルケンリッターの面々な非常に複雑な存在だ。
古代ベルカ時代を体験している貴重な存在であると共に、公式には擁護しかねる骨髄の暗部。
例えゲルト以上の血風を纏った古兵達であっても、相手はそれこそベルカの同胞達や戦う術もなかった一般人なども多大に含まれている。
戦士との闘争ならともかく市民相手の虐殺では話が違うのは道理。
歴史的にどうかはともかく、騎士の価値観にはとても相容れない存在だ。
現在は贖罪に努めている建前であれこれと便宜を図ってもらっているが、いざとなれば切り捨てられるだろう。
その辺りがゲルトとの扱いの差か。
王道正道を切り開く、ただ在るだけで騎士達を慰撫できる英雄。
冥府魔道を体現した、ただ在るだけで怨嗟を呼びかねない劇物。
どちらを尊重するのかといえば答えは明白だった。
そう考えてみると、
もしや、私はあいつの箔付けのダシにされたか?
あまねく次元世界に恐れられた闇の書の騎士ですら、鋼の騎士には敵わず。
完全な邪推とも思えなかった。
今日のような展開を期待されていたとすれば度々貸し切りで演習場を使えたのも納得がいく。
ただ、別段シグナムとしても異論はない。
ゲルトがこちらを圧倒したのは事実。
これ以上の問答は無意味であった。
着替えを終えたシグナムは鞄を手に取った。
「では、ゲルトと食事の予定がありますのでこれにて失礼致します」
「そう、引き止めてしまってごめんなさい」
「お疲れ様でした、騎士シグナム」
目礼にて応じ、鞄を手にとって歩を進める。
扉に手をかけて、そこではたとシグナムは動きを止めた。
何かを考える素振りで数秒。
振り返った彼女は意を決したとばかりの目をしていた。
「一つだけ、ゲルトの友として一つだけ忠告を」
「?」
「あいつは……ゲルトはどんな過去も強さに変える事ができる、そういう男です」
探るように絞り出す言葉。
一つだけと言いながら己の思いを正しく表現する言葉が見つからない。
言ってやらねばという感情ばかりが先行する。
いや、
「男、そう」
それを自らの喉をついて出た一言でようやく再発見する。
ああ。
そう、そうだとも。
「ゲルト・グランガイツ・ナカジマは、男です。
もうあなたの知っている子供ではない」
一言がカリムの心へ突き刺さった。
「過ぎた言葉でした、それでは失礼」
それきり振り返ることもなく、彼女は去った。
後に残るのは無言のカリムとシャッハだけだ。
確かに正鵠を射ていたのだ、シグナムの言葉は。
カリムの頭の中にはいつも心の凍った少年の姿があった。
知らず哀れみの目線で見ていたに違いない。
それを見透かされたのだろう。
「痛い所を突かれましたね、カリム」
「ええ、本当に。
身につまされる思いだわ」
はぁ、と重い吐息が零れた。
あまり人には見せない姿だ。
「シャッハ、あなたは彼の部隊入りに賛成なんでしょう?」
「当然です。
彼ほどの才能を遊ばせておく方がどうかしています」
「やっぱりそう思う?」
「あなただって本当は分かっているでしょう。
彼は知れば恨みますよ、部隊外しの件」
因縁なればこそ、ゲルトは挑むに違いなかった。
シャッハにもそれくらいは分かる。
「ままならないわね……」
はぁ、とまたも大きな溜息が漏れる
幸せが逃げていかない事を祈るばかりだ。
「戦闘は専門外の私でも、彼の強さはよく分かったわ。
皆さんが熱を上げるのも無理はないですね」
騎士達のみならず教会関係者や自治領の市民ですら熱狂した過日の戦技披露会。
自分ですら何か熱く高揚するものを感じた。
今日の戦いもそうだった。
「まさかあのレヴァンティンを破壊するなんて」
「はい、恐ろしい槍の冴えです」
鋭く、そして重い。
教会の技術スタッフが修復処置にかかっているが、レヴァンティンの受けたダメージはもう少しでかなり危険な域だったという。
彼がフルドライブを使わなかったのも納得だ。
おそらくその威力で叩き付けられていれば刃先が欠ける程度では済むまい。
間違いなく無残にも砕けていた筈。
とはいえ、
これが模擬戦ではなく生死を掛けた文字通りの死闘なら、彼はどうしたろうか。
こんな風に考えてしまうのはベルカの悪い癖なのだろう。
そんな事態になりえない事をこそ喜ぶべきであろうに。
シャッハは話題を変える事を選択した。
「ちなみに、新部隊の準備は順調なのですか?」
「ええ、隊舎の目処も付いたし、設備もそれなりのものを用意できそうね。
あと問題なのと言えば肝心の前線メンバー二個小隊の選抜かしら」
「強すぎず、かといって弱すぎず、というのは難しいですね」
「隊長陣だけで保有魔力の上限は軽く超過してしまいますからね」
出来る限り精強な部隊を即応できるようにしておきたいが、如何せん一部隊に許された戦力には限りがある。
はやて、なのは、フェイトら規格外のオーバーSランク魔導師が三人など普通ならまずありえない。
さらに麾下にはヴォルケンリッターの面々も控えているのだ。
リミッターによる魔力の制限でどうにか捩じ込んでも、これ以上のベテラン加入は流石に問題があった。
そうなるとあとは成長段階の新人などを引き入れ、部隊内で使えるよう育成するより他はない。
ゲルトを排したのもその辺りの事情あっての事である。
「いい人材が見つかるといいですが」
「はやての人を見る目は確かよ。
きっと面白い子を見つけてくるわ」
「それもそうですね」
新設部隊は急速にその輪郭を表せ始めていた。
はやての理想実現の為。
最悪の予言を回避する為。
ゲルト・G・ナカジマには一切関わる事なくそれは進んだ。
幾人もがそれを望まなかった。
まだ誰も、本当には分かっていなかったのだ。
当事者であるカリムやはやて達ですらそうだった。
彼がそれに関わる事になったのはこの少し後のことである。
『応援求む!応援求む!
現在港湾地区の倉庫で戦闘中!!
持ち堪えられない、至急人を回してくれ!』
悲鳴じみた叫びが通信波に乗って駆ける。
広域チャンネルで飛んだそれは当然ゲルトの耳にも入った。
入ってしまった。
『急いでくれ、奴等には“魔法が効かない”!!』
運命はゲルトを離さない。