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No.8635の一覧
[0] 鋼の騎士 タイプゼロ (リリカルなのはsts オリ主)[Neon](2009/09/21 01:52)
[1] The Lancer[Neon](2009/05/10 10:12)
[2] I myself am hell[Neon](2009/05/10 20:03)
[3] Beginning oath[Neon](2009/05/13 00:55)
[4] From this place  前編[Neon](2009/05/17 23:54)
[5] From this place  後編[Neon](2009/05/20 15:37)
[6] 闘志[Neon](2009/05/31 23:09)
[7] 黄葉庭園[Neon](2009/06/14 01:54)
[8] Supersonic Showdown[Neon](2009/06/16 00:21)
[9] A Wish For the Stars 前編[Neon](2009/06/21 22:54)
[10] A Wish For the Stars 後編[Neon](2009/06/24 02:04)
[11] 天に問う。剣は折れたのか?[Neon](2009/07/06 18:19)
[12] 聲無キ涙[Neon](2009/07/09 23:23)
[13] 驍勇再起[Neon](2009/07/20 17:56)
[14] 血の誇り高き騎士[Neon](2009/07/27 00:28)
[15] BLADE ARTS[Neon](2009/08/02 01:17)
[16] Sword dancer[Neon](2009/08/09 00:09)
[17] RISE ON GREEN WINGS[Neon](2009/08/17 23:15)
[18] unripe hero[Neon](2009/08/28 16:48)
[19] スクールデイズ[Neon](2009/09/07 11:05)
[20] 深淵潜行[Neon](2009/09/21 01:38)
[21] sad rain 前編[Neon](2009/09/24 21:46)
[22] sad rain 後編[Neon](2009/10/04 03:58)
[23] Over power[Neon](2009/10/15 00:24)
[24] TEMPLE OF SOUL[Neon](2009/11/08 20:28)
[25] 血闘のアンビバレンス 前編[Neon](2009/12/10 21:57)
[26] 血闘のアンビバレンス 後編[Neon](2009/12/30 02:13)
[27] 君の温もりを感じて [Neon](2011/12/26 13:46)
[28] 背徳者の聖域 前編[Neon](2010/03/27 00:31)
[29] 背徳者の聖域 後編[Neon](2010/05/23 03:25)
[30] 涼風 前編[Neon](2010/07/31 22:57)
[31] 涼風 後編[Neon](2010/11/13 01:47)
[32] 疾駆 前編[Neon](2010/11/13 01:43)
[33] 疾駆 後編[Neon](2011/04/05 02:46)
[34] HOPE[Neon](2011/04/05 02:40)
[35] 超人舞闘――激突する法則と法則[Neon](2011/05/13 01:23)
[36] クロスファイアシークエンス[Neon](2011/07/02 23:41)
[37] Ready! Lady Gunner!!  前編[Neon](2011/09/24 23:09)
[38] Ready! Lady Gunner!!  後編[Neon](2011/12/26 13:36)
[39] 日常のひとこま[Neon](2012/01/14 12:59)
[40] 清らかな輝きと希望[Neon](2012/06/09 23:52)
[41] The Cyberslayer 前編[Neon](2013/01/15 16:33)
[42] The Cyberslayer 後編[Neon](2013/06/20 01:26)
[43] さめない熱[Neon](2013/11/13 20:48)
[44] 白き天使の羽根が舞う 前編[Neon](2014/03/31 21:21)
[45] 白き天使の羽根が舞う 後編[Neon](2014/10/07 17:59)
[46] 遠く旧きより近く来たる唄 [Neon](2015/07/17 22:31)
[47] 賛えし闘いの詩[Neon](2017/04/07 18:52)
[48] METALLIC WARCRY[Neon](2017/10/20 01:11)
[49] [Neon](2018/07/29 02:18)
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[8635] 遠く旧きより近く来たる唄
Name: Neon◆139e4b06 ID:0731d059 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/07/17 22:31
星が高い。

空は広い。

月明かりは夜道を照らすに不足。

孤独を感じずにはおれぬ闇。

街の光も届かぬ山中である。



「…………」



臆さず。

語らず。

その中を二つの影が行く。

背の高い男と、まだ年端もいかぬ少女。

瞳の行く先には警備員らしい男。

数は同じく二。

デバイスは杖状。

標準的なミッドチルダ式魔導師か。

感じる魔力はBランク程度。



「ここで待っていろ」



前に出たのは男だった。

共に歩いていた少女を制して、街灯の下へその身を晒す。

その辺りで向こうもこちらに気が付いたらしい。



「おい、ここは私有地だ。
 すぐに立ち去れ」



一人がこちらを見た。

持ち上げられたデバイスがこちらを向く。

その前に、



「は――――?」



斬った。

有無を言わせぬ断絶。

行く手を塞ぐように立ちはだかった魔導師をなで斬り。

防御の暇も与えず斬り捨てる。



「何だ!?」



振り抜いた刃を再度構えるよりはそのまま突き出す方が速い。

二人目の男は倒れる男の影から伸びた刃が貫いた。

急所を射抜かれた男は声を漏らす事すらできない。

無意識で行えるほどの修練のみが可能とする一瞬の連続高等技芸。

瞬く間に二人の男が倒れ伏す。

完全に無力化したのを確認した男はようやくに残心を解いた。

彼の得物は槍であり、そして長刀でもある。

傷んだコートのその下は強固なバリアジャケットが控えていた。

明らかにベルカの流れをくむ騎士。

それも相当の高ランク。

場馴れもしている。



「……ここだな」



門番が守っていたのは何かの研究施設らしかった。

明らかに人目を避けられた建造物。

その門扉を前に得物を大上段に構えた。

男の目的はたった二つ。

秘匿されているかもしれないロストロギア、レリックの確保。

そしていま一つ。



『灰燼に帰せ』



下された密命。

だからそうする。



「始める」





**********





目につく物は全て破壊する。

もう何度目だろうか。

騎士たるその誇りも投げ捨て、兵器としての能力を発揮する。

通りを覆う火の手も気に留めず、隔壁も研究設備も全て砕く。

燃えろ。

吹き飛べ。

何もかも砕けて消えろ。



これは正義か?



違う。

自問するまでもない。

かつて望んだ正義はこんなものではなかったはず。

友と語った正義はこんなものではなかったはず。

それでも騎士はここにいる。

槍も止めぬ。

歩みも止めぬ。

亡霊の足取りにて、この地獄を進む。



『今月に入り早くも三件目。
 流石に首都防衛隊、手際がいい』



こんな事を男はもう何度も繰り返してきた。

死に損ない、蘇った男。

ゼスト・グランガイツはここにいる。



『やはり高ランクの魔導師というのは違うな。
 むしろ、制約がない今の方が動くには易かろう』


報告は通信にて直接評議会へ。

スカリエッティと決別したゼストはレリックを追い求め、放浪の生活を送っている。

しかし個人でできる調査活動などたかが知れていた。

管理局でもろくに確認できていないロストロギアの所在を追うなど砂漠で針を探すのと変わらない。

現実的に考えるなら在るところから奪うのが一番効率的だろう。

無論、レリックの研究をしているなどと公称していれば最高評議会やスカリエッティが即座に手を打っている。

ならば怪しい所をしらみ潰しにするしかあるまい。

経験則と勘に従って、非合法な研究機関や犯罪組織を片端から叩いて回る。

時には最高評議会から情報の提供がある事もあった。

情報の確度はともかく当てがない以上はゼストに無視するという選択肢はない。

ただしその場合、一つだけ条件付けられている事がある。

それが、



『灰燼に帰せ』



基本的に首都防衛隊期の任務と同じではあるが、その根本では全く違う。

破壊の為の破壊。

研究員、研究内容、研究成果、全てを焼き払う為にゼストは投入される。

建物という建物を薙ぎ倒し、立ちふさがる者は斬り捨てる。

何の制約もなく、タブーもない。

管理局部隊の接近は逐一報告されており、それまでに撤収する程度の事。

相対するのは一線級の実力を備えた魔導師であったり、悠長な査察では逃げ切られてしまうような犯罪組織であったりと、見事に正確な“使われ方”をしているように思う。

解せない事であった。



「なぜだ」



ある日のゼストは遂に口に出してそれを問うた。



『なぜ、とは?』

「なぜ研究施設まで破壊する』



指示通りに目に付く建造物は軒並み破壊し尽した。

必要なのはレリック、ただ一つきり。

それ以外は破壊だけが求められる全てだ。

腑に落ちない事であった。



『おかしな事を言う。
 明確な違法研究を行っているのだぞ』

『その通りだ。
 残しておく意義を認められない』



無論、その通りではある。

ゼスト自身としてもそれ自体に異存はない。

だが、彼らの目的が分からない。

微塵も残さず破壊する今のやり方で得るものは何もないはずだ。

つまり研究成果の乗っ取りが目的という線も考えがたい。

何を狙っている。



『どうにも誤解があるようだな』

「誤解だと?」


そうだ、とその声は口をそろえて首肯した。



『お前は我々を犯罪組織か何かと思っているのではないか?』

「……」

『違うぞ、全く違う』



声には些かの失望が混じったように感じた。

そして、憤りも含まれているように思えた。



『犯罪組織にとって法を破る事は目的だ。
 正確にはそこから生まれる利益だろうが、どちらも我々には縁のない事』

『悪、それ自体は目的達成に至る手段の一つであるというのみ』

『時に正道よりもそれが効率的であると理解しているに過ぎない』



声は一致した。

違法とは常人に手の伸ばせる範疇外の事。

需要と供給が生まれればこれほど利益を生むものはない。

だからこそビジネスとしての犯罪が成り立つ。

しかし声の主達はその意思はないと言い切る。



「では俺にさせている事はなんだ」



そうだ。

法に依らぬただただ一方的な破壊。

何の利を生むはずもない無益な行為。



『無論、治安維持の一環だ』



声は徐々に熱を持ち始めたように思えた。

物わかりの悪い子供を相手にするようでもある。



『我ら最高評議会の目的は元より唯一つ』

『次元世界の安寧と発展』

『それ以外、何もない』



一瞬、ゼストは言葉を失った。

何と言ったのだ、こいつらは。

彼にとってそれは思いつく限り最悪の答えだった。



『邪道外法は承知の上』

『しかしこの至高の目的を前に、一切の躊躇はない』



よりにもよって。

言うに事かいて。

最悪の犯罪者たるスカリエッティを擁する者達がそれを言うのか。

幼い子供を人質にするという手段も、自分にさせるテロ行為も、効率の一言で済ませるつもりか。

その目的が安寧だと?

発展だと?

冗談だとしても許す事はできない。

その戯言だけは、決して。



「ーーーーふざけるな」





**********





知らずゼストの口調は激していた。

それはゼストにとって慮外なほどの怒りであった。

内で抑えることができない程の激烈な感情。



「末端を一つ二つ潰したくらいで何が変わる」



こんなものは対処療法に過ぎない。

場当たり的な対応だ。

撲滅への効果など知れたもの。

こんな事を幾ら繰り返したとてどうなる。

わざわざ畜生道にまで身を落として、それでする事がこの程度なのか。



「首魁は地下に潜り、悪はその濃度を深めるだけの事だ」



警戒した連中の尾を掴むのは容易ではない。

拠点を動かされてしまえば調査も一からやり直しだ。

だからこそ長い時間をかけて調査し、根本まで一気呵成に揉み潰さなければ意味がない。

分からないはずがあるか、そんな単純な理屈が。



「その程度で根絶できるなら誰も苦労はしない。
 この程度で平和となるなら誰も悩みはしない」



簡単だ。

全力で力を振るえばいいだけの事なら何程の事もない。

管理局になど頼らず、法に依る事もなく、最初からそうしている。

何となればこの身が先頭を切っても構わない。



「こんな事では何も変わらん」



呆れるほどの鍛錬を繰り返しても、溢れるだけの魔力を備えても、世界を動かす事など到底できない。

そう考えたからこそ自分は管理局に身を投じたのだ。

そう考えたからこそ語り合った友の夢に賭けたのだ。

ただ力しか持たない自分では無理だと、そう考えたからこそ、俺は……!



「ましてお前達には正義がない」



自らの口を衝いて出たとは思えぬ安っぽい言葉だ。

しかしそれを自らに課すだけの信念なくして、どうして治安だの平穏だのとのたまう事ができる?

確かに非効率なのかもしれん。

危険を伴う事も当然だろう。

それを覚悟して自分はこの世界に足を踏み入れた。

見知らぬ誰かの盾たらんと、この身をかけると誓った。



「例え偽善だとしても、そう思考せぬ者に語れる幸福があるものか」



そうではないのか。

ぶつけあい、語り明かした夢はなんだったのか。

ゼストが訴えかける相手は顔も見せぬ評議会の面々か、それとも……。

心の丈を吐き出したゼストの口からは熱い吐息が漏れる。

答えてみせろ、と瞳は何も映さぬディスプレイを睨めつけた。

悪を以って善となす、そう言い切るつもりなら答えてみせろ。



『ほぅ……』



間があった。

特に焦りや怒りは感じられない。

いや、むしろ逆。



『流石に首都防衛隊、素晴らしい回答だ』

『まさしく我らの理想そのもの』

『それこそ我々の働きが無駄ではなかった証明になる』



つまりは、



『お前の語る非効率な正義』

『その火を守り、育む』

『それこそ我々の存在理由だ』





**********





「…………」


分からない。

ゼストには評議会の言う意味が分からない。



『そしてもう一つ認識の齟齬を正しておく』

『魔法文化という枠組みの中、既に世界は平和に‟なった”のだ』

『魔導師が戦闘のほぼ全てを担う事で、な』



何を馬鹿な。

ゼストは見当違いの言葉を一蹴した。

その魔導師偏重の結果として今の人材不足があるのではないか。

今現在も魔法による重大犯罪は深刻な問題だ。

中でも強力な魔導師によるテロ活動となればその察知は難しく、そして制圧も困難である。

ゼストはその脅威を長年に渡って肌で感じ、耳に聞いてきた。

局員の殉職も少なくない数で発生している。

それを知らぬとでも言うのか。



『ああ確かに魔導師による事件も起こっていはいる』

『テロの脅威というやつだな』

『しかしそれと平和とは対立しない』



平和とは何か。

何を以てそう呼ぶのか。



『我々は旧暦の時代、あの地獄の世紀を戦い抜いた』

『質量兵器が躊躇いもなく乱用され、攻撃とは殲滅を意味する時代だった』

『殺人が許容される時代だった』



知識としては知っている。

各国家間、各次元世界間で繰り広げられた際限のない泥沼の闘争。

街を焼き、星を砕いた争いだ。

それもたかだか百年前の事。

その当時、戦わぬという事は殺されるという事である。

自衛の為、侵略の為、どちらにしても戦わないという選択肢はなかった。



『そんな時代では誰しもが戦争参加者であり、戦争被害者だった』

『我々も数えきれぬほど多くを殺し、また多くを死なせた』



それは前線か後方かなどは関係ない。

戦場にいたかどうかも問題ではない。

誰しもが戦争というものを我が事として捉えていた、という事が重要なのだ。

社会の空気が、時代の流れがそうさせた。

そうでなければ生き伸びられなかった。



『だが、今は違う』



一つに質量兵器の撤廃。

魔導師にのみ戦力を限定した管理局システムの構築。

これにより時代は変わった。



『文民統制において魔法文明は理想的な社会構造だ』

『おかげで大多数の市民にとって争いは遠い別の世界の出来事になった』



政治権力と武力が合致した過去の世界では脅威でしかなかった魔法という力。

しかしそれも管理され、むしろクリーンなものとして受け入れられた。

結果として戦う者と、その力のない者が明確に分かれた事になる。

それでいて魔法の素養が社会的ヒエラルキーを左右することはない。



『力は個人に依存してよいのだ』



何よりこの魔法が質量兵器と比べて決定的に優れているのは責任の所在が明らかな点だ。

個人にしか依らぬその力は、行使者の顔をはっきりと浮かび上がらせる。

悪人ならばただその一人を押さえればいい。

それで全てに決着がつく。

早期の事態収拾は治安維持に必要不可欠である。



『さらには非殺傷設定などというものまで普及した』

『重犯罪者までもがそんなものを使い始めた時、我々がどんな喝采を上げたかお前に分かるか?』



無論その為の法整備を進めたのは彼らだ。

魔法の種類で殺意の有無が明確に判断できるのだから見逃がす手はない。

情状酌量なら犯罪者でも管理局で働けるという大甘の措置がそれだ。

形の上では社会奉仕という名の罰則であるものの、最終的に正規雇用となる例は珍しくない。

犯罪者側としても決死の覚悟で抵抗するより程々のところで投降すればいいのだと考えるだろう。

転じて市街戦の激化を抑制し、局員の負傷も回避する事ができる。

当然、この管理局の対応について魔導師贔屓であると根強い批判の声もあった。

そんなことだから魔導師による犯罪がなくならないのだと言われている。

それは管理局設立時から付き纏うお定まりの論点だった。

だが、それでいい。



『戦いそのものが無くなっても困るのだ』

『争いなき時代に過ぎたる力は弾圧される』

『旧暦の時代の戦争も、元はそれが原因だった』



魔導師は危険だが必要だからこそその存在が認められる。

その前提がなくなった時、魔導師の存在は悪だ。

争いがなくなればまた別の争いが生まれる。

それはリンカーコアを持たぬ人間対魔導師となるだろう。

しかしそれは評議会が許さない。



『敵は悪人だけでよい』



確かにその時だけ反省を口にして、心の中で舌を出すような輩は多いだろう。

だが反逆するなら反逆すればいいのだ。

その時こそ遠慮もなく徹底的に叩き潰せばいいだけの事。

そういうどうしようもない悪だけが敵でいい。

イデオロギーや人種の違いでの殺し合いなど馬鹿げている。



『世界に悪の帝国は必要ない』

『確固たる明確な敵国家集団は、容易に総力戦へと転がり落ちる』

『それだけはさせぬと新時代の幕開けに我らは誓った』



地獄の末に残った全てへの誓い。

勇戦した友の亡骸、残された遺族、焼け焦げた大地、今もなお残骸の残る宇宙。

全てに誓った。

もう二度とこの地獄を繰り返してならないと。

ようやく訪れた平和を決して崩させはしないと。

そうして評議会の面々は動き出した。

魔導師を中心に据えた管理局システムによる徹底的な軍縮。

肥大化した組織が暴走せぬように植え付けられた海と陸という対立構造。

末端の軍閥化を防ぐため操作された慢性的な人材不足。

効率化と非効率化を使い分け、そうして築き上げたのが今の世だ。



『ようやく殺さずともよい時代がきた』

『我々の待ち望んだ世界の到来だ』



それが平和だと声は言う。

得難い幸福だと。

しかし、



「それは欺瞞だ」



ゼストは断言した。

なるほど確かに魔導師が戦闘を担うからこそ戦わずにすむ人間もいるに違いない。

国家間の武力衝突というのも収まったのだろう。

だがそれとは裏腹に、望まずも戦わされる人間がいるのも確かなのだ。

特に、



「覚悟のない子供までも戦場に立たされる現実をどう言い繕う」



脳裏に浮かぶのは背の小さな幼子の姿。

不釣り合いに大きな槍を構え、無機質な瞳で立ち尽くす少年の影。

望まずに生まれ持つ力の為に戦う宿命を強いられた存在。

それは見ぬふりか?



『ふむ、確かに少年兵は旧暦の時代でも最も悲劇的な問題だった』

『それが戦争なら許しがたい事だ』

『しかし、だからこそ魔導師がいい』



そもそも少年兵とは使い捨ての道具だ。

動いて銃が撃てればそれでいいだけの肉盾。

幾らでも替えの効く安価な労働力である。

だから扱いが悪く、だからこそ末路は惨いことになる。

ところが管理局で働く幼年の魔導師達はそれとは全く違う。



『彼らは力があるからこそ求められるのだ』

『求められるという事は必要だと認められる事に他ならん』



使い捨てなどとても出来ない貴重な存在なのだ。

凡百の大人を幾人集めるよりも効果的だから必要とされる。

それだけではない。



『現実、彼らにも力の使い方を学ぶ場所は必要だ』

『でなければ安全装置のない爆発物と変わらんからな』

『それはクリーンとは言い難いだろう?』



何かの拍子で暴発した力は本人とその周囲に取り返しのつかない悲劇を生む事だろう。

前提として制御の訓練は必須。

とはいっても力を求められぬ環境で満足な訓練など許される訳もない。

切実に魔導師が求められるからこそ彼らは公然と力を制御する訓練が受けられ、それを発散する場も得られるのだ。



『そして子供達は前に立つ背中に希望を持って生きる。
 彼らのようにならんと』

『大人達はその期待を背負い、応えんと努力するだろう』

『その連鎖が世界を良き方向へ導くと確信している』

『お前にも覚えがあるはずだ』



脳裏に訓練に励む小さな背中が過ぎった。

自分の幼い頃によく似た面持ち。

こちらを見上げるその瞳に憧憬の光を見た。

彼の期待を裏切れぬと思った。



『世を正すのは英雄の勝利などではない』

『圧倒多数の心に宿った小さな良心だ』



だから。

そう、だから。



『我らはその為の悲劇を演出する』

『その為の不自由を演出する』

『その為の希望を演出する』



誰もが平和を求めるからこそ世は治まる。

満ち足りた平和の中、それを自覚させてはならない。

足りぬから人は求めるのだ。



「その為にスカリエッティを支援しているのか」

『そうだ』

『ジェイルは実にいい駒だ』



明確な敵。

分かりやすい邪悪。

言い逃れようもないパブリックエネミー。

期が満ちれば管理局の正義の下に裁きが下されるだろう。



『安心するといい』

『お前が戦ったあの戦闘機人達も、いずれは管理局に所属する事になる』

『そして手本となる大人達の下で生きる意味を知るだろう』



それでいい。

地獄を経験しているからこそ、彼女らは誰よりも平和を求める。

その価値を、尊さを知る。

守る事に必死になる。

あの哀れな少年、ゲルトのように。

しかし、だとするなら。



「茶番だというのか、全て……」



あの約束も。

これまでの戦いも、あの輝きも、全て。

そんな筈はない。

そんな筈は……。



『そんな筈はない』



そう、そんな筈はない。

魔導師がどう戦おうと、そこに生き、笑う人間は現実だ。

それこそ守るべき全てだ。



『お前達が今日という現実を守れ』

『未来という幻想は我らが守る』



守り続けていく。

これまでも、そしてこの先も。



『さっきお前は茶番と言ったな』

『しかしそれだけにしか思えないなら、お前は知らんのだ』

『人が生きるという事が、いかに奇跡的なのかを』





**********





そうして今日もゼストは巧妙に隠されていた施設を襲撃する。

砕き、壊す。

襲われる側からすれば、まさに天災でしかない。

ここは古代ベルカの遺産を秘密裏に研究しているとの事だったが。



「レリックの気配はないな」



施設の中心付近まで侵入してなお何も感じない。

膨大な魔力を貯蔵しているのがレリックだ。

近付けばその所在の大凡は分かる。



「外れか」



最後の隔壁の前に立つ。

警護の魔導師も防衛設備も、今や殆ど機能していない。

大上段から放たれた剣圧はしごくあっさりとその道を拓いた。

奥にあるのはこの研究施設の要。

何が出るものか。

建材を踏みにじり、その先へ。



「これは……」



まず目についたのは十字架だった。

紫電を弾けさせるコードも、吹き上がる火柱もそよ風のごとく受け流して歩み寄る。

間もなくそこに磔にされた存在に手が届く距離まで来た。

少女、というにも小さ過ぎる体。

鮮やか過ぎる程に赤い髪。

意識も判然としていないのか、瞳の焦点は定まっていない。

ゼストの知識には‟それ”の正体があった。

現存しているとは驚きだ。

まさに古代ベルカの遺物。



「融合騎、か……」





**********





覚えているのは白い壁。

覚えているのは白い天井。

覚えているのは白い人間達。

全て白色の世界。



「頭を上げろ」



白衣を着た人間が首筋に何かの注射を刺した。

多分強制的に魔力を放出させる類の薬だ。

限界時の出力でも測っているのか、それともただ自分を弱らせたいのか。

制御を超え、無理やりに引き出された炎が体を炙る。



「あ、うっ、ああっ、あアアぁァ!?」



感じたのは痛み。

喉を切る叫び。

暴走する炎。

果てのない実験が体を、心を侵す。

何時からここにいるのだろう。

どうしてこんな事をされているのだろう。



「アタシ、は……」



確かに生まれた訳があった。

存在理由が、果たすべき使命があった。

自分という器のあるべき形があった。

誇り高き古の血脈。

騎士と並び、騎士を覆い、騎士を護る。

その名も称して貴き融合騎。

烈火の剣精、アギト。

誇るべき我が字名。

しかしそれを果たせず、こうして飼われ続けるくらいなら――――。



「燃や、せ」



この身も。

この心も。

この白い世界も。

全て焼き尽くしてくれ。

何もかも。

そう何もかも



「燃やせ……!」



か細い声で命ずるも弱り切った体ではマッチほどの火を灯す事もできない。

これは呪いであり、祈りであり、願いである。

壊れかけた人形の妄想。

しかしその夜、望みは突然に叶えられた。



「爆発……?」



夜半近くだったと思う。

衰弱の極みにあった融合騎も流石に目を覚ました。

近い。

建物の中だ。

無機質な目で自分を見ていた白衣達が慌てて逃げ去るのが見える。

しかしそいつらも皆新たな爆発が飲み込んだ。

火にあぶられた壁、煙が覆う天井。

彼女を囚えていた白い世界はごくあっさりと壊れて消えた。

視界を覆うのは炎だ。

赤い炎だ。



「火の、匂い……」



炎を司る自分だからこそ分かる。

これは破壊を目的とした爆発だ。

事故によるものではない。

するとなにがしかの襲撃か。

ここの陰険な連中の事、それはそれは恨みも買っているだろう。

今度はあいつらが虫のように踏み潰される番だ。



「へっ、ざまぁ……みろ……」



自分を拘束していた台座も吹き飛んだ。

終わる。

ようやく、終われる。

これで最後だ。

何もない人生だったが、あの白衣達の末路が見れただけ、いいか。



「くそぉ……」



ジワリと目尻に浮かんだのは何だったか。

騎士と対になるべき融合騎。

心の通った主に捧げる筈のこの力。

その一生もこれで終わり。

零れ落ちたその涙も新たな爆発が吹き飛ばす。

ついにこの部屋の壁も崩れ落ちたのだ。

床に伏す彼女の耳には別の音も聞こえていた。



足、音……。



ここを襲った奴か。

走るでなく構えるでなく、何の感情も見せぬ足取りが近付く。

足音はすぐ目の前で止まった。

光の消えかけた眼にもその姿は否応無しに映った。



「あ……」



男。

脚甲、手甲で四肢を覆った男。

揺らめく炎に佇んだ人影。

その手にあるのは武器だ。

槍なのか、長刀なのか。

だが確実に分かる事がある。



騎士。



間違いない。

夢にまで見た、ベルカの騎士。

漏れ出る魔力すら桁違いだ。

その手が自分に伸びるのすら身動ぎもせず見つめている。

ひどくゴツゴツした、大きな手のひら。

あれなら自分の細首など一息に縊れるだろう。



「くっ……」



喉を絞って悲鳴を殺す。

泣き言なんて言うものか。

命乞いなんてするものか。

絶対に、絶対に。

言うものか。

言うものか!



「――――?」



しかし覚悟したその瞬間は一向に訪れず、その手はアギトを包み込んだのみ。

気付けば施設の外にいた。

燃えている。

あの地獄に思えた研究施設が、まるで焚火のように。

こんなに小さかったのか。

あっけない。

どのくらいそうしていたのか、見上げる先にいるのは二人。

一人は自分を拾い上げた騎士。

もう一人は外で帰りを待っていたらしい少女。

騎士はこちらに背を向け、構わず行こうとしていたが……。



「置いてっちゃうの?」



連れらしき少女がこちらを掬い上げた。

長い紫の髪が記憶に残っている。

小さく温かい手の平を覚えている。

運命が変わった瞬間を覚えている。

自分も、連れて行ってくれるのか。

叶えられるのか。

諦め切っていた願いを、遂に。



騎士と共に歩む。



それが実験体としての日々の終わり。

それが融合騎としての日々の始まり。

烈火の剣精、アギト。

それが彼女の始まり。





**********





「では融合騎の件、構わないんだな?」

『先程も言った通りだ』

『全て前に任せる』

『一層の働きを期待している、とだけ言っておこう』



音声のみの通信に、いつものように報告を行う。

最高評議会はさして興味もなさげに追認するのみだった。



『何度でも言うが、我らは特別非道を好む訳ではない』

『存在しない筈の亡霊にしかできない事があるというだけの事』

『そう我々や、そしてお前のように』



亡霊。

一度死に、仮初の命を与えられて蘇った。

ただ土に還る時を待つだけの屍。

今の自分はまさに亡霊だ。

しかし、



「お前達も亡霊だと?」

『我らは旧暦の戦争の時代で既に世界を左右できるだけの権力を得ていた』

『まともな方法で今のように活動できると思うか?』



声には苦笑が混じっているように思えた。

懐かしむようにも感じられる。

確かに、旧暦の戦争に参加していたという彼らの言を信じるなら少なくとも百数十、あるいはそれ以上の高齢の筈だ。



『家族と呼べる者も、友も、地位も名誉も何もかも遥か遠い過去に置いてきた』

『かつての誓いのみが今も我々を動かしている』

『死してなお蠢く、我らもまた亡霊よ』



肉を捨て、過去を捨て、縁も捨て。

折れぬ意志だけが、燃え立つ信念のみが彼らを動かしている。

だから挫けない。

だから躊躇もしない。

全ては一日でも長くこの勝ち取った世界を守り抜く為。



『務めを果たせ、ゼスト・グランガイツ』

『理解できぬお前に平和の為動けとは言わん』

『ルーテシア・アルピーノの為、お前が死なせた部下達の為に……』



闇夜を這え。

汚泥を飲み、腐臭を吸え。

生者の為の魁として、




『行け、亡霊』



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