風が鳴く。
遮蔽物もないこの環境では潮風ですら目を覆う程に強い。
ミッドチルダを遠く離れた沖合の上空である。
規格外魔導士の決戦場として大会運営部に選ばれたのがここだった。
見渡す限りに建造物はなく、当然ながら人の影もありえない。
終わりのない空と果てのない海とが天地にあるだけ。
表向きには局員が建造物を破壊する、というような市民に無用な不安を与える事態に配慮した結果との事。
しかし遮蔽物もなく、地に足も着かないこの環境がミッドチルダ式とベルカ式、どちらに有利なのかは言うまでもない。
『ナカジマ准尉、間もなく指定地点です。
……ご用意を』
「了解」
念話による操縦士の声に応じて席を立つ。
歩みの先は空へと続くハッチだ。
脚甲の底が金属の床を叩く。
肌を打つ強風に目を細めつつ、ヘリの縁に足を掛けたゲルトは気負いなく息を吸った。
焦りはない。
なすべきをなすのだという意思がある。
『降下まであと1分』
ハッチから吹き込む空気の冷たさ。
顔を叩く風の圧力。
懐かしい。
空挺降下は首都防衛隊期以来か。
あの頃からは何もかも随分変わった。
周囲も、そして自分自身も。
『兄さん』
新たな念話チャンネル。
相手を間違えようはない。
『頑張って。
見てますから』
返事も待たずに義妹は念話を切った。
変わらないものもある、らしい。
妹分の増えた事でもある。
あいつらも見てる、か。
兄貴分として、格好の悪い所は見せられない。
そうとも。
この体を支えてきたのは、いつだって。
「準備はいいな、ナイトホーク」
『イエス。
いつなりと、どこなりとも』
瞳を伏せながらも頷いたゲルトは青い世界へ踏み出す。
命綱やパラシュートなどもちろん無ければ、海上にピックアップの手段もない。
道理に従って指定高度までの自由落下。
気負いもなく体を重力に委ねながら、しかしある地点からその速度も目に見えて緩やかに。
そして、止まった。
「……待たせたな」
コートを煽る風の強さを感じながらもゲルトは笑った。
送る先は青い世界の中にぽつんと浮んだ白い影。
「ううん。
私も今来たところだから」
愛嬌のある面立ちには彼と同じく笑みが浮かんでいる。
黒と白。
男と女。
騎士と魔導師。
全てにおいて相反する二人の出会いは実に五年前。
あの絶望の中、あの苦痛の中、あの病院の、あの庭で。
「お前には、感謝してる」
自分は立ち上がった。
闇の中にぽつんと開かれた光が彼女だった。
その光は一度ならず、二度までも彼の絶望を払ってみせた。
自分だけでは間に合わなかったあの空港ですらそうだった。
「だから……」
そう、彼女は天使だった。
彼にとってはきっと運命の担い手だったのだ。
だからこそ、
「本気でいくぜ?」
最大の恩義に最大の礼で返す。
返答は必要ない。
そうするのだから。
しかし彼女ならば、
「……うん」
彼が愛槍を構えると同時、彼女もまた得物を掲げた。
「私もだよ」
一片の迷いもない瞳がこちらを貫いている。
それでこそ、だ。
駆け巡るように体を走った痺れが合図。
「“鋼の騎士”ゲルト・グランガイツ・ナカジマ。
お相手仕る」
「高町なのはです。
よろしくお願いします」
**********
時はそれより数日遡る。
「んで、やっぱ出るのかよ?
戦技披露会」
陸士108部隊、隊長室。
問いかけるゲンヤの声音にはやや非難めいた色も感じられる。
が、返す側は至って平静。
「はい。
もう返事も送っています」
「相手は、あれだろ?
高町の嬢ちゃんなんだろ?」
「そうらしいですね」
「らしいですね、ってなぁ…」
ゲンヤでも航空戦技教導隊のエースオブエースの勇名は聞き及んでいる。
うちの息子も大概ではあるが、あっちは本物のエリートだ。
踏んだ場数も修羅場の質もここ陸士部隊とは雲泥の差であるのは間違いない。
さらに言うなら、彼女はゲルト本人の友人であるばかりかスバルの恩人でもある。
このイベントが局内の下らない縄張り争いやお偉方の面子に端を発しているのは明白。
勝っても負けてもしこりが残りそうなものだが。
気にしないだろうな、こいつなら。
内心で嘆息しながらも自らの想像を肯定する。
「まぁ、お前が構わねぇならいいんだが……多分こっちに相当不利な条件になるぞ。
だいぶあちらさんのメンツを潰してきたからな」
ゲンヤとしてはいい迷惑だ、と付け加えておく。
そもそもゲンヤは息子達の異常なまでの出撃頻度に頭を悩ませている側だ。
確かにそれで被害も少なく収まるわけだが、ゲルト達の負担は大きくなる一方である。
特にギンガに至ってはゲルトに比してまだまだ青い所も目立つ。
ゲルトと一括りの扱いをされていてはいずれその期待に押し潰されるのではあるまいか。
その辺りも気になる上、今回の武装隊の目的はゲルトに一敗地につかせることにあるのだ。
「出る杭は打たれる、ってな」
「杭の方から引っ込んでやる道理もないでしょう」
嬉しそうに笑うな。
どうにもこのバカ息子は困難な状況を楽しむようなところがある。
それも、実戦で負う苦労を訓練で済ませられるならそうすべきであるから、との事だ。
その思想自体は至極もっともである。
切り分けも見事なほど徹底していた。
実際この騎士は伏撃闇討ちに抵抗はないようであるし、それを特に気にした様子もない。
実戦においては徹底してリスクを省きたいからこそ、それ以外の場面で自分を危険に慣らしておきたいのだろう。
考えてみりゃ、コイツが本気で戦える場所も相手もそうはないんだしな。
地上部隊においては突出し過ぎているのだ。
ギンガでも、いやさ部隊総出で掛かろうとも“本気”のゲルトが心底梃子摺るとは思えない。
それを思えば今回は格好の機会といえなくもないか。
わざわざ舞台まで整えてゲルトに見合った練習相手を用意してくれるというのだから。
それに、
負けたら負けたで緊急出撃が減るかもしれないしな。
で、あれば。
「まぁ、精々楽しんでこい」
「ええ、勝ちに行ってきます」
それを譲るつもりはない。
誰が相手だろうとも。
**********
「なのは、まだ起きてるの?」
一声を掛けたフェイトは部屋の照明を入れた。
やや呆れたような声が出るのも仕方ない。
無心にディスプレイを見つめるなのはの姿がそこにはあった。
「うーん、もう少し」
「もう。
一時間前にもそう言ってたよ?」
横から覗き込んだフェイトが前髪をかき上げる。
シャワーでも浴びてきたのだろう。
艶を持つ金髪が微かに上気している。
「どう?
ゲルトの事、何か分かった?」
「うん……まぁ、少しね」
端末に繰り返し流れているのはゲルトの戦闘の様子だ。
ゲルトの勇名のもとになった教会騎士団との連続戦闘。
連戦となるシグナム戦。
幾度か放映された現場における騎兵隊のコンビネーション。
なのははある一点を捉え、巻き戻して指し示した。
「ここ、分かる?」
「うーん、と……?」
それは、魔導士の集団に飛び込んだゲルトの映像だった。
ギンガや他の隊員へ目が行かぬよう、囮になる為の行動だったのだろう。
四方から飛び交う魔力弾をものともせず、彼は圧倒していった。
前面の攻撃を障壁で防ぎつつ右の敵手を突き倒す。
首の傾きだけで頭部への直撃弾をかわす。
かと思えば半身を逸らして後ろへ回り込んだ男を蹴り飛ばしていた。
「あっ」
フェイトも何かに気付いた。
今のシーン、繰り返し。
「これ……」
「うん、見えてない」
明らかに死角から迫った相手に対して反応している。
それも一人倒したのとほぼ同時のタイミングでだ。
デバイスを引く動きが、既に蹴撃の予備動作になっている。
反応の早さもさることながら、目を引くのはその体術の完成度である。
「多分、体が勝手に動いてるんじゃないかな。
私もたまにあるけど、フェイトちゃんもそういう事ない?」
「うん、覚えはあるよ」
「ここと、それにここもそう。
こんな無理に動いてるのに、まるでそういう型があるみたいにきれいに繋がってる」
「けっこう感覚で動く方なのかな」
近接型にはそういう人間が多い。
瞬間の事態に対応するのに、どうしても感性は必要だからだ。
フェイト自身、そういった部分は自覚していた。
「どうだろう。
でも後の動きでリカバリーできるならそれ自体は突破口にならないかな」
「結局無傷で制圧しちゃったね」
映像には死屍累々転がる様が映し出されている。
誰もが叩きのめされ、呻きを漏らして倒れている。
その中心に立つのがゲルトだ。
身の丈以上の槍を携え、既に落ち着いた呼吸を保っているように見える。
彼の底を測るには参考になりそうもない。
「シールド強度もすごいみたいだね」
「そこも気になる所かな。
レアスキル認定されるほどだから、かなりのものだとは思うんだけど……」
見る限り、まだ“これ”は攻略できる。
やりようはあるだろう。
しかし、
これだけじゃあないはず……。
瞬きも忘れたなのはの目はゲルトの姿を映し出す。
それは彼の魔法を、彼の体技を、彼の呼吸を捉えんが為。
夜は更けていく。
**********
そうして時は今へ帰る。
『さーて始まりました。
折々の魔導師達が特級の腕前を見せつけます、戦技披露会!』
モニター越しに陽気な声が響き渡る。
民家のテレビから。
街角の大型ビジョンから。
『司会は私ミラン・ミルドリア、解説は元教導隊のグリッド・ゴールドマンでお送り致します。
ゴールドマンさんよろしくお願い致します』
『ゴールドマンです。
こちらこそよろしくお願い致します』
画面に映ったセットは大会本部のもの。
鮮やかなクロスの敷かれた卓上にマイクが二つ。
ついに、始まったわね。
映像一つきりに視線を集中させたティアナは心中でのみ呟いた。
通常のメニューを変更し、この時間の候補生達のカリキュラムはメディアルームでの戦技披露会の観戦となっている。
いずれあの場に参加できるよう今のうちから見ておけという事だ。
どうせ今日一日は試合が気になって訓練に身が入る訳もなく、これは素直にありがたい。
『彼らの訓練は私達の今この時間を守る為。
今日はその成果を存分に発揮して頂きましょう!』
そうして映像は中継へと切り替わる。
数十にも及ぶ監視型スフィアによるミッドチルダ沖合いの様子だ。
そこにあるのはただ二つ。
何てことのないように空中へ浮んだ相似の影。
『そしてまずは彼らを紹介せねばなりません!』
対峙する男女こそ、この舞台の主役。
まずアップで映ったのは杖型デバイスを携えた女性の姿。
白い衣に身を包んだ文句なしの美少女であるが、彼女こそ腕利きの集う武装隊における精鋭中の精鋭である。
『皆様お待ちかねでしょう。
本日の一戦目を飾ります、本局武装隊は航空戦技教導隊所属!
“エースオブエース”こと、高町なのは一等空尉!!』
わぁ、と会場内のボルテージも否応なく高まる。
バストアップと共に並んだ彼女の恐るべきプロフィールもそれを助長した。
魔法文化自体が存在しない管理外世界の出身でありながら、僅か8歳で大規模次元犯罪の解決に尽力。
その後も外部協力者として複数の事件に関わり、入局後も目覚ましい活躍を続ける。
現在はエースを指導する戦技教導隊に籍を置く、掛け値なしの大魔導師。
対して、
『そして今回、このエキシビションマッチの為に武装隊外からの特別参加!
地上陸士108部隊所属、“鋼の騎士”ゲルト・G・ナカジマ准尉!!』
黒槍を携えた長身の男。
精悍な顔付きは既に青年と呼んでさしつかえないだろう。
あえて陸士部隊に身を置き続ける事で名の知れた地上のエース。
希少な真正古流のベルカ式魔法を用いる騎士であり、近年結成した義理の妹とのタッグは“ 騎兵隊 ”の異名を取るほどの活躍を見せている。
「ゲルトさん……」
紛うことなき恩師の姿。
勝って、と声を上げるのも気が引ける。
しかし注目という点では今更どうしようもない。
時折同期生から寄せられる意味有りげな視線は、ティアナの素性を誰も彼もが知るが故である。
やめてよね、私の柄じゃないんだから。
こんな時はスバルの脳天気さが羨ましい。
あの子にとっては義兄と恩人の一騎打ちである。
「アンタはどっちを応援するつもり?」
そう尋ねた時、スバルは最初悩む素振りを見せた。
首を捻って、頭を抱えて、呻きを上げて。
しかし今にして思えばあの子は答えを考えていたのではない。
答え自体は至極シンプル。
「……どっちも!」
満面に喜悦を湛えた笑みは爽やかだった。
ティアナが頭痛のするほど呆れ返ったのは言うまでもない。
万が一という事もある。
ゲルトが負けたらどうするのか。
『空、陸を代表する魔導師の共演!
どちらともに若く、それでいて評価された魔導師としての階級は驚愕のSSランク!!』
愚直な訓練だけで到達できる域ではない。
全魔導師総数の内で実戦レベルに達する者、さらに少数のエースと呼ばれる者、さらに針の目ほどのストライカーと呼ばれる者。
一騎当千とはまさに彼らの事を言う。
そんな二人が激突するのだ。
『過去例がないほど豪華な組み合わせとなっております今回の戦い、ゴールドマンさんはどう見られますか?
局内の熱もかなり高まっていると聞きますが……』
『もちろん、かくいう私も今日を楽しみに待っていた一人です。
オーバーSランク魔導師同士の戦いなんていうのはそうそう見れるものじゃありませんからね。
後に続く本戦出場者には申し訳ないですが、ここが今日一番の見所になるのは間違いないでしょう』
司会や解説の声にも力がこもる。
撮影設備も万全だ。
持ち込まれた撮影用サーチャーの数は数十機に及ぶ。
一片も見逃すまいとの執念が感じられる構成だった。
『ちなみに今回の勝負のルールについてなのですが、制限時間は10分。
お二人の魔力なども考慮に入れ、ダメージポイント制が導入されています』
過剰攻撃による職務への影響に配慮した特設ルールである。
持ち点は4000ポイント。
受けた攻撃に応じてダメージ計算がなされ、先にポイントを失った方の負けとなる。
『特に今回の勝負でポイントになるのは二人の魔法形式の違いだと思いますね』
『射撃系中心のミッドチルダ式と、接近戦主体のベルカ式、ですか』
『そうです。
恐らく試合の最初の段階はいかにナカジマ准尉が高町一尉を間合いに捉えるか、が鍵になるでしょう』
戦開始位置は高度50m、距離200m。
到底一息で踏込める間合いではない。
つまり先手はほぼ確実になのはが取ることになる訳だ。
『なるほど。
しかし海という舞台の性質上、ナカジマ准尉には飛行技能の優劣が大きく試合内容へ関わってくるかと思いますが……』
『ええ、そうなります。
しかし……その点の心配はいらないでしょう』
見て下さい、と解説は合図を待つゲルトを指した。
画面上の彼は微動だにせずその場で静止している。
『不規則な風の吹く海の上で実に見事なホバリングです。
意外に思われるかもしれませんが、浮遊というのは飛行と比べても難易度が一段上とすら言われています。
それだけ、彼が飛行制御に長けている証だと言えましょう』
極論、重力に優る推進力さえ得られれば空は飛べるのだ。
ベクトルとしては一方向に集中すればいいわけで、それ自体は適正さえあればさほど難しくはない。
しかしこれがその場で浮遊するとなると話は随分変わってくる。
落ちもしないし浮きもしない、ということは重力と拮抗した出力を常に維持し続ける安定性が必要だという事。
そういう微細なコントロールが出来ているなら空中機動の幅も無限に広がるのは言わずもがな。
だからこそ航空隊の訓練の中でも重要視される技能の一つに指定されている。
『まして彼は一対一に定評のあるベルカ式です。
面白い勝負が見られそうですね』
さて、どうだろうか。
実際に不利なのは事実であった。
それでもゲルトに負けるつもりなど毛頭ないだろう。
『期待の一戦に解説席もヒートアップしております。
さぁ、刻々と時間も迫って参りました!』
マイクを握る司会自身が最も興奮しているのだろう。
定刻まで、あと僅か。
決戦が始まる。
『空の高町一尉か』
空戦の専門家。
幾つもの修羅場を踏み越えたミッドの魔導士。
『陸のナカジマ准尉か』
陸戦のエキスパート。
遥けき古来よりの戦法を継承するベルカの騎士。
『試合……』
誰もが息を飲んだ。
解説も。
会場の観客も。
テレビの前のティアナにスバル。
隊長室で見つめるゲンヤも、リビングで洗濯物を畳んでいたクイントも。
フェイトにはやて、カリム、シグナムにそして……。
「…………」
会場の貴賓席には当然在るべき人間がいた。
本局武装隊の威を見せつけ“られる”べく招待された重要人物。
地上本部総司令にして防衛長官。
レジアス・ゲイズ。
『始めッッ!!』
合図と同時に二人が動く。
数多の瞳を釘付けに、戦いの火蓋は切って落とされた。
**********
初手の動きはそれぞれに分かれた。
ゲルトは突進。
なのはは動かず、迫るゲルトへ照準を絞る、が。
「やっぱり速い」
陸士部隊だから飛行には慣れていない?
馬鹿な。
ゲルトの飛行は引き絞った弓矢のように速い。
僅かな溜めから一息に加速を行う。
飛行に苦労する様子は微塵も感じられない。
分かってはいたけれど、そんなに甘くはないか。
……撃つ。
レイジングハートの先端に集中する魔力光。
桜色のそれは連射の形でゲルトへ放たれた。
速いとはいえ、こちらへ直進する相手を見失う訳がない。
それに、
フェイトちゃんより速いって訳じゃない。
その事実が彼女に落ち着きを与えた。
そうすれば見えてくるものもある。
怒涛といえる魔力弾の烈波を易々とかい潜るゲルトの姿だ。
それを一言で表せば、
「巧い……!」
全体の動きは最小限。
身の捻りと僅かな軌道修正のみで突破する。
それは友人の雷光のごとき機動とは方向性において全く違う。
言い表すなら飄々と風に乗る木の葉の揺らめき。
だからこそ最短距離、最短時間で距離を詰めることができる。
お手本のように鮮やかな空戦機動である。
だからこそ、
突破される。
なのはは直感した。
のんびり構えていられるような猶予はないと。
だからこそ、早々に札を切った。
カートリッジを連続ロード。
「シューートッ!!」
光輝く十連弾。
尾を引く桜色の光芒が空を貫く。
迫るゲルトへ殺到する魔弾の群れ。
展開速度、同時展開数。
この時点で既に並の魔導師が一生かかっても到達できない位置にある。
さらにゲルトは気付いた。
こちらへ向かう全ての弾道が直線軌道にない。
細かに修正してこちらへ向かってくる。
まさか、とは思いつつ確信する。
全弾、誘導か……!
ゲルトは素直に感嘆を評した。
ここまでの数を同時並列で展開しつつ、その動作についてすらマニュアル操作を行っているのだ。
それでいて魔力弾は一糸乱れぬ正確な軌道でこちらを追ってくる。
恐ろしいまでの空間把握能力。
信じられぬまでの魔法制御技術。
だが、足は止まったな。
薄く目を閉じたなのはは魔法の制御に全神経を集中しているようだ。
大きく右へ迂回。
十の魔弾を全て後ろへ流す。
なのはを中心に大回りしつつ、上下の機動で揺さぶりをかける。
接近を諦めはしない。
無論カートリッジを利用した加速の中だ。
慣性の反発も馬鹿にはならない。
左半身に縄でもかけられたがごとき抵抗。
振り切るのは無理か。
それでもこちらの飛行速度と弾丸の飛翔速度とでは僅かに向こうへ軍配が上る。
制御に狂いも見受けられない。
逃げの一手ではじき追い付かれるだろう。
あと二秒か、三秒か。
それでいい。
気配にて魔弾を至近と捉え、ゲルトは反撃へと思考を切り替えた。
誘導弾に追われるこの状況は最も恐れたパターンの一つ。
当然、対策も立ててある。
ゲルトの唇が小さく動いた。
「IS、発動」
口ずさむのはあの言葉。
ゲルトが真に頼む奥の手の一つ。
発生は後方至近。
足が通り抜けるのを皮切りに、空間を断ち切る赤橙の障壁が顕現する。
直径にして五メートルを超える大型シールドだ。
「おお……!」
その唸りは観戦する全ての人間の間を駆け抜けた。
突然目の前に現れた障壁に十の魔弾全てが激突する。
止めようのないタイミング。
その一瞬でゲルトは既に突撃の姿勢に入っていた。
視界に映るのは目を伏せたなのはの姿のみ。
客席のどよめきは止まらない。
「ーーーー!」
それは風の音だったのか。
それとも魔力の気配であったのか。
電撃のように走った危険信号は緊急を要していた。
それこそ状況の判断すら許さぬほど。
別に構わない。
分からずとも彼の肉体は駆動する。
突撃を中断してでも動いたナイトホークが閃く。
背後の空間を一薙ぎ。
物体を切断する確かな手応えがある。
斬る感触から確信した。
さっきの誘導弾か!?
背後から襲いかかる魔弾の内、より危険な三発を割断できた。
振り抜きの捻りで更に二発を回避。
元より直撃コースにない牽制弾が三発。
「ぐっ……!」
そして、二発がゲルトの体に食い込んだ。
手甲に包まれた腕と腿。
計十発。
なのはが新たな魔法を使った様子はない。
先程ファームランパートに衝突し、霧散した筈の誘導弾で間違いない。
ゲルトの持ち点が300ポイントダウン。
つまりはバリアに衝突してなお壊れもせず向かってきたという事。
ふざけた硬さだ。
恐るべき弾殻強度に悪態吐きながらも姿勢は既に整っている。
ダメージは最小限。
動作にも問題はない。
が、それで脅威がなくなった訳でなく。
素通りした誘導弾が再度方向転換するのが見えた。
「息つく間もなしか」
反転した誘導弾が襲い掛かる。
三発。
一息に切り払われぬよう左右に広がって迫る。
が、
「その程度はっ」
動揺を感じさせぬ片手の握りで一閃。
剣線で結ばれた二発がほつれて消え、残りの一発は、
『な、なんと……!』
司会も解説も言葉を飲んだ。
テレビの前の誰しももそう。
ナイトホークを逃れた最後の一発。
それは、
『な、ナカジマ准尉がキャッチ……』
ゲルトの空いた左手に。
何でもないよう無造作に突き出された左手の中に。
荒れ狂う弾丸が常識外の握力に押し込まれ、ついにその限界を迎える。
「そら」
一息に握り潰した。
障壁へ激突しても壊れなかった弾丸が、いとも容易く。
『ダメージ判定もありません。
これは一体……』
『恐らくは手の平に魔力を固め、防御しながら押し潰したのでしょうが……』
破裂時に撒き散らされる威力すら全て封殺してのけた。
魔力の凝固を得意とするベルカ式ならでは、ということだろうか。
『と、とにもかくにもまず高町一尉が先制しました』
『自慢のバリアが通じない。
ナカジマ准尉としては辛いところですね』
ナイトホークを構え、なのはへ再び向き直った。
彼女も彼女で様子を窺うようにレイジングハートを腰だめに構えている。
不思議な間があった。
互いに期を待って二呼吸。
「流石に、やるな」
誘導弾はファームランパートにとって最大の鬼門。
平面防御力場は全方位からの脅威に対して無敵足りえない。
回り込まれる事などは始めから警戒していた。
それを承知で罠に嵌めた筈が、さらにその一枚上をいかれた訳だ。
この自分と同格。
あるいは格上の相手。
「こうでなくちゃあな」
いい。
苦境を打開せんと思考がどこまでも高速化していく。
この緊張感がさらに自分を研ぎ上げるだろう。
こうでなくてはならない。
「そうでこそ、全力で戦える」
ゲルトの意を汲み、ナイトホークがさらに一発カートリッジをロード。
しかし今度はブーストが目的ではない。
ゲルトが正真の自分自身で戦う為に。
「いけるな、ナイトホーク」
『パラディン正常動作中。
存分に』
心得たと相棒は答えた。
ならばよし。
一拍も置かず、魔力を燻らす薬莢が弾け飛んだ。
生じた紫煙も海風に吹かれ、消える。
委細、問題ない。
「フル、ドライブ」
(あとがき)
前編投稿完了!
後編についても7割方完成はしているので、さほども時間はかからないかなと思います。
イメージ自体は随分前からあったんですが、文字に起こすのはやっぱり難しいですねー。
しかしながら対なのは戦も大詰め。
次回お楽しみに!!