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No.8635の一覧
[0] 鋼の騎士 タイプゼロ (リリカルなのはsts オリ主)[Neon](2009/09/21 01:52)
[1] The Lancer[Neon](2009/05/10 10:12)
[2] I myself am hell[Neon](2009/05/10 20:03)
[3] Beginning oath[Neon](2009/05/13 00:55)
[4] From this place  前編[Neon](2009/05/17 23:54)
[5] From this place  後編[Neon](2009/05/20 15:37)
[6] 闘志[Neon](2009/05/31 23:09)
[7] 黄葉庭園[Neon](2009/06/14 01:54)
[8] Supersonic Showdown[Neon](2009/06/16 00:21)
[9] A Wish For the Stars 前編[Neon](2009/06/21 22:54)
[10] A Wish For the Stars 後編[Neon](2009/06/24 02:04)
[11] 天に問う。剣は折れたのか?[Neon](2009/07/06 18:19)
[12] 聲無キ涙[Neon](2009/07/09 23:23)
[13] 驍勇再起[Neon](2009/07/20 17:56)
[14] 血の誇り高き騎士[Neon](2009/07/27 00:28)
[15] BLADE ARTS[Neon](2009/08/02 01:17)
[16] Sword dancer[Neon](2009/08/09 00:09)
[17] RISE ON GREEN WINGS[Neon](2009/08/17 23:15)
[18] unripe hero[Neon](2009/08/28 16:48)
[19] スクールデイズ[Neon](2009/09/07 11:05)
[20] 深淵潜行[Neon](2009/09/21 01:38)
[21] sad rain 前編[Neon](2009/09/24 21:46)
[22] sad rain 後編[Neon](2009/10/04 03:58)
[23] Over power[Neon](2009/10/15 00:24)
[24] TEMPLE OF SOUL[Neon](2009/11/08 20:28)
[25] 血闘のアンビバレンス 前編[Neon](2009/12/10 21:57)
[26] 血闘のアンビバレンス 後編[Neon](2009/12/30 02:13)
[27] 君の温もりを感じて [Neon](2011/12/26 13:46)
[28] 背徳者の聖域 前編[Neon](2010/03/27 00:31)
[29] 背徳者の聖域 後編[Neon](2010/05/23 03:25)
[30] 涼風 前編[Neon](2010/07/31 22:57)
[31] 涼風 後編[Neon](2010/11/13 01:47)
[32] 疾駆 前編[Neon](2010/11/13 01:43)
[33] 疾駆 後編[Neon](2011/04/05 02:46)
[34] HOPE[Neon](2011/04/05 02:40)
[35] 超人舞闘――激突する法則と法則[Neon](2011/05/13 01:23)
[36] クロスファイアシークエンス[Neon](2011/07/02 23:41)
[37] Ready! Lady Gunner!!  前編[Neon](2011/09/24 23:09)
[38] Ready! Lady Gunner!!  後編[Neon](2011/12/26 13:36)
[39] 日常のひとこま[Neon](2012/01/14 12:59)
[40] 清らかな輝きと希望[Neon](2012/06/09 23:52)
[41] The Cyberslayer 前編[Neon](2013/01/15 16:33)
[42] The Cyberslayer 後編[Neon](2013/06/20 01:26)
[43] さめない熱[Neon](2013/11/13 20:48)
[44] 白き天使の羽根が舞う 前編[Neon](2014/03/31 21:21)
[45] 白き天使の羽根が舞う 後編[Neon](2014/10/07 17:59)
[46] 遠く旧きより近く来たる唄 [Neon](2015/07/17 22:31)
[47] 賛えし闘いの詩[Neon](2017/04/07 18:52)
[48] METALLIC WARCRY[Neon](2017/10/20 01:11)
[49] [Neon](2018/07/29 02:18)
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[8635] The Cyberslayer 前編
Name: Neon◆139e4b06 ID:8cd3e7e2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/15 16:33
白い人型が立っている。

開けた地面の上、それも幾つも幾つも。

とはいってもどうにか人らしく見えるのはシルエットだけで、それだって随分おざなりなもの。

そもそも立体感どころか厚みもない。

頭らしき丸が胴と思しき長方形に乗っかっただけの、ただのハリボテ。

それが今、



「ぅおおぉぉぉぉぉっ!!」



見事に砕け、割れて散る。

ハリボテを突き抜け飛び出したのは、まず重厚な手甲に覆われた拳。

響いたのは幼さすら残す少女の咆哮だ。

続いてようやく彼女の体が前に出て、その素顔が白日の下に晒される。

破片を弾いて現れたのはペイルライダーを装備しバリアジャケットを纏った、完全武装のスバルである。

後ろでリボンのように結ばれた白い鉢巻きが波打つように棚引いていた。

そして、肝心のペイルライダー。

それは水色を基調とし、回転式カートリッジの埋め込まれた手甲一対、脚甲含むローラーブーツ一対と、ペイルホースと同じ四器一体の複合デバイスである。

見た目で分かるペイルホースとの大きな違いで言えば、踵にあるブレーキ部だろうか。

本来魔力制御によって車輪の一つ一つに制動を掛けられるローラーブーツに特別ブレーキ用の装置というものは必要ない。

最速を誇るペイルホースですらそうだ。

つまりは、これがペイルライダーの独自機構なのである。



射出Drive



炸薬式の射出音と共に打ち込まれる鉄杭。

右足の踵から地面へ突き立ったそれを軸に、スバルの体は回転する。

摩擦などよりよほど効率的に、そしてより直接的に速度を殺す装置。

パイルバンカー。

それが回答だった。



「やああぁぁっ!」



流れるような動きで繰り出された後ろ回し蹴りが隣のターゲットも粉砕する。

ローラーブーツの重量に加え、回転速度も乗った蹴撃は防御の上からでも容易く大の大人を打倒し得るもの。

所詮ハリボテごときに止められるものではない。

横一文字に裂けた上部が勢いのままに削ぎ飛ばされる。

さらに、



「ウイングロード!!」

術式呼び出しCall



勢いを逃がすように足を戻しながら唱えるスバル。

一旦静止した状態から再加速。

ペイルライダーのデータバンクからオートロードされた水色の仮想道路を駆け抜ける。

始めて動かすローラーブーツの感想は、爽快。

それに尽きた。



「いいよペイルライダー。
 凄くいい!」

『当然』





**********





そしてシュートレンジ。

設定は幾つかの曲がり角を含めた一本道のコースを、まっすぐゴールまで進みながらターゲットを撃破していくというベーシックなコースだ。

開始位置で待つティアナの前。

空間に投影された数字が秒読みを始める。



「ふー…………っ」



瞳を閉じ、深い吐息を一つ。

緊張と高ぶりを鎮める為の簡単な儀式。

目を開いたティアナはゆっくりとデバイスを握り直した。

左右一対の二挺拳銃。

銃身下部のマウントレールに装着されているのは手製デバイスから着想を引き継いだアンカー射出機である。



「行くわよ、ハンティングホラー」

『イエス。
 マスターのお望みのままに』



ふっと笑みを浮かべたティアナ。

そしてその時はまもなく。

カウント0。



――――来るッ。



まず飛び出した円形のターゲットは二つ。

距離は目測七m。

左右から同時に現れたそれらは外円10点、内円20点、中心30点が割り振られている。

ティアナの目は動体に反応するよう訓練されてきたがゆえ、的の位置に惑う事はなかった。

点ではなくエリアとして捉えた目標の位置が脳裏にも展開される。

と、同時に跳ね上がる両腕。

一連のプロセスは今更言うまでもない。

照準、構え、弾体収束、弾殻形成。



――――っ!?



しかしそこで違和感が。

例えるなら胸の内側から何かが押し上げるような感覚。

それが魔力弾の形成に干渉し、普段形成している収束度のさらに数段上まで持っていく。

銃口で固定化された魔力が目に見えて圧縮されれば疑う余地もない。

しかしそれすら一瞬よりさらに短い間の事。



すごい。



シャープシュートの威力は弾殻強度、注入魔力量、弾速、命中箇所などによる。

例え総魔力が低かろうと、制御能力によってそれを補う事は可能だ。

それをするのが魔導師の能力でありデバイスの機能ではあるが、それにしてもはっきりと分かる程のこの収束補助。

まして忘れてはいけないのが、今ティアナは同時に二発の魔力弾を形成しているという事。

二つの魔法を並列処理している上で、これだ。



「これが、専用機……!」



サポートに逆らわずにそのまま放つ。

発射までの流れだけで軽く人生の最速記録を叩き出した。

両腕の延長線に目標があるのは確認するまでもない。

二つの目標は同時にも見える僅かな時間差で弾けた。

やった、とそう思うより早く。



「次っ!」



言うが早いか、続いて別の物陰から二つの標的が現れ出る。

すっと流れたティアナの目は逃さずそれら全てを把握した。

あとは先程の再現だ。

雨後の竹の子のように湧いて出るターゲット。

それらがただただ弾けて散る。

止まらない。



走る!



自らにそう言い聞かせてティアナは走る。

設定されたバリアジャケットはやや防御に重きを置いた袖長のもの。

簡単に言えば普段のそれにプロテクター装着のコートを羽織っただけだが、ゲルトの意匠をベースにしている為か、あちらこちらでベルトが服を固定している。

腰から下の裾こそスカートのようにはためいているが、ティアナの動きに邪魔にはなるということはなかった。

的の数が増えるごとにティアナの速度もまた加速していく。

目標は前に、隅に、後ろに、上に、あらゆる場所から湧いて出るのだ。

そして。



「――――っ」



最後に現れたのは長方形の的だった。

立った状態の人間を模しているのだろうが、それが左から出て右方向へと緩やかに平行移動していく。

点数は広い枠の範囲にて20点。

その意味するところは明白だ。



「ぁあ――――っ!」



吼えたティアナは撃つ。

狙いは程々に、ひたすらに連射。

銃声、銃声、銃声。

自らの腕を叩く反動すら心地いい。



「ああああ!!」



撃ちながらも駆け出したティアナは目標へ接近。

不安定な射撃姿勢ゆえ何発かは外れるものも出てくるが、距離が詰まればそれも関係ない。

火を噴いた二挺拳銃が、瞬く間にターゲットを蜂の巣へ変えていく。

しかしまだだ。

もっと、もっと。



もっと速く……!



脳内を幾重にも駆け巡るシャープシュート術式。

魔力を吐き出し続けるリンカーコア。

加熱していく歓喜が心根を震わせる。

ティアナは衝動に任せ、撃って撃って撃ちまくった。



「仕上げぇぇ!」



既に目標は至近。

この距離ならば銃撃よりも、いっそ。

思うが早いか、バシン、と弾けるような音とともに両のチェンバーから薬莢が飛び出した。



『格闘戦へ移行。
 モードシフト』



ティアナの意図を汲み取り、ハンティングホラーが搭載された接近戦用ルーチンを起動する。

それは形状の変化という目に見える形で表れた。

執務官は繊細な案件を取り扱う観点から単独での作戦行動に踏み切る事も少なくない。

その為、あらゆる距離や状況に対応できるようにと装備された、ハンティングホラーの格闘用ショートエッジ。

オートロードされた魔力の刃がトリガーガードを覆い、銃床から緩やかな曲線を描いて伸びる。

傍目には丁度逆手にナイフを握ったような状態で固着した。

前方には銃撃を。

さらに状況に合わせて側方、後方、下段へも魔力刃が睨みを利かせている。

前後左右、そして遠近同時攻撃可能な死角なき戦闘術。

これがハンティングホラーの強さである。



「――――はぁぁっ!」



そうしてティアナは顕現した刃を一閃。

さらにニ閃。

初撃は脇から入って斜め上に胸を裂き、続くニ撃が首から腰までを一気に切り裂いた。

否も応もなく×の字に切り裂かれた人型が四つに分かれて崩れて落ちる。



「っはぁ…………!」



全ターゲットクリア。

陽気な音楽と共に空間投影さえたディスプレイがコースの終了を告げる。

それを確認し、残心をといたティアナが喘ぐように息をついた。

汗も滴のようにキラキラと輝いて飛散。

だがそこに疲れたような様子はない。



「想像以上ね、ハンティングホラー」

『ご期待に応えられたようでなによりです』

「あんまり楽するようになるのも私としてはよくないんだけど、ね」



器用に空になった弾倉を入れ替えながらティアナは苦笑いを浮かべた。

銃床を覆っていた筈の刃もあらかじめ設定されていた通りに刃の形を変え、装填の邪魔にならないように退いている。

金属が擦過し、カートリッジの交換が完了。



「もう一回最初からいくわ。
 大丈夫よね?」

『これくらいであれば何度でも』

「言うじゃない。
 好きよ、そういうの」





**********





そんなデバイスとの出会いから一月足らず。

それぞれの習熟も一定のラインに達したと見るや、ゲルトとクイントは二人に対しより連携を重視した訓練を課すようになった。

的の撃破や型稽古のようなただの戦闘訓練ではない。

例えば今日などは、



「私が、ティアナさんを乗せて走る?」

「そうだ。
 想定状況としては負傷した要救助者を発見。
 現場は崩落の危険あり――って所だな。
 ティアナを抱えて、まずは三分走ってもらおうか」

「……それだけ?」



ゲルトが言い渡すメニューにしては優し過ぎないだろうか。

スバルはきょとんとした目で問い返す。

しかしもちろんそれだけで有る筈がなかった。



「走るのはギンガの敷いたウイングロードの上だ。
 人間一人分の重りを抱えながら先行するギンガを追う」



つまり自分のペースでは走れない。

全てはギンガの用意するルート次第。

もちろん、平面を走れるというような甘い期待はしない方がいい。

急カーブくらいは当然あるだろう。

自分一人ならまだしも要救助者を抱えてとなればその難度は格段に跳ね上がる。

重心バランスの変化はもちろん、速度制御や振動の抑制など、共にいる人間を慮った走行をせざるをえないからだ。



「……もしも、ギン姉を見失ったら?」



考えなしに言葉が漏れる。

言ってから馬鹿な質問をしたと思った。

返すゲルトも呆れたような嘆息混じりだ。



「そこまで遅れてどう脱出するつもりだ?
 崩落に巻き込まれ、隊員、要救助者もろとも消息不明」

「また一からやり直しね。
 とはいっても手は抜かないわよ?」



言葉を継いだギンガはにべもなく言い切った。

こと訓練に関してはゲルト同様、彼女もそれなりの厳しさをもって接するのが常だ。

これは意外にハードなトレーニングになるかもしれない。



「が、頑張ろうね。
 ティアナさん」



やや頬を引き攣らせたスバルは同意を求めて隣のティアナに視線を巡らせた。

が、当の彼女はそんな不安などどこ吹く風と手中のハンティングホラーをいじっている。



「頑張るのはいいけど、私を振り落さないでよ?
 アンタ集中すると他が見えなくなるんだから」

「だ、大丈夫だよ。
 私だって成長……してるし?」

「ハイハイ期待してるわ」



はぁ、と溜息をついた彼女は転じてゲルト達へと向き直った。



「それで、私は重りをやっていればいいんでしょうか?」

「いや。
 お前はお前で別のメニューをこなしてもらう」



そうだろう。

この人は無駄を好まない主義だ。

妹だからといってスバルだけを贔屓するような性格でない事も承知している。



「何をすればいいでしょうか」



だからこそティアナは僅かな高揚を隠して尋ねた。

今度は何を課せられるだろうか。

それを一つ一つ超えた先に、必ず自分は強くなる筈なのだから。



「別に大した事じゃない」



しかしゲルトは構える事もなく言ってのける。



「いつも通り、的を狙ってただ撃つ。
 ……いつも通りにな」





**********





轟、と風が耳をなぶる。

激しい震動に揺さぶられながらティアナは目を見開いた。

全ては前方を行く青い影――ギンガを捉える為である。



もう少し……。



ゲルトはいつも通りにと言ったが、とんでもない。

今のティアナは走行状態のスバルに横抱きにされ、加速するギンガを追っている。

照準をズラす震動、距離をボカす相対速度、さらにはこの不安定な姿勢。

全てを考慮に入れ、数発の発射軌跡から修正をしながら狙いを付ける。

もう少し。

だが、



「っ!?」



消えた。

どこへ、と問う前にティアナの首が動く。

残像を追い、視線を巡らせた彼女は見つけた。

捻れたウイングロードを利用し、直角にも近い角度で無理やりに慣性をねじ曲げ走るギンガの姿を。

驚くより何より考えるのは一事のみ。



この姿勢からじゃ狙えない……っ!



高速で左へと流れていくギンガを視認する為、ティアナは体を起こす。

この横抱きの姿勢からではあまりに視界が狭過ぎる。



「しっかり支えててよっ!」

「えっ、ティアナさん!?」



全体重を預けたスバルに一言だけ告げ、ギンガの軌道予測にだけ神経を集中する。

今こそ絶好機だ。

左方に流れていく彼女は、上体を起こしたティアナから見て前に進んでいるだけ。

距離こそ開くが二次元的な平面を進んでいるに過ぎない。



「…………!!」



呼吸すらも止めて撃つ。

両のハンティングホラーによる猛連射。

左はギンガの行く末を。

右はギンガの現在地を。

殺到した弾丸に耐えられず抉れていくウイングロード。



行け。



いざや駆けろ。

もうあと半瞬で届く。

届くぞ、あの影に。



行けっ!!



その最中に、ギンガが僅かに振り返る。

翻る青に混じった金。

黄金色の瞳。



「――――」

「――――っ」



ティアナとの視線が交錯したのは一瞬だ。

つい、と首を戻した彼女はただ前傾の姿勢をさらに深める。

再加速の予備動作か。

実際にその直後、叩き上げるようにギンガはスピードを上げた。

ただ、それだけじゃない。



「嘘……っ!」



回る。

円筒型に捻じれ、ループする輪の中をぐるりと回る。

本人には斜面を駆け上がるが如き感覚だろうが、先程は強引に捻じ伏せた慣性を今度は逆利用。

左手の壁を伝い、天井を駆け、何事もなかったかのように元の位置へと舞い戻った。

その間にもスピードを上げていく様からは執念すら感じる。

あまねく万物に科せられた重力ですらギンガを、そしてペイルホースを縛る事はできないのだ。

無論、回避しようもなかった筈の弾丸は空しく空を切るのみ。

翻ったギンガの長髪をかする事すらできない。



「っ、まだ!――――わっ!?」



とはいえそれくらいでへこたれるティアナではない。

なおの事気炎を燃やした彼女は再度ハンティングホラーを構え、だが直後に無理やり元の位置まで引き戻された。

戻したのは無論のことスバルである。

体を倒したまま、ティアナは頭上の彼女を睨みつけた。



「なに邪魔を!」

「ご、ごめんなさい!
 でも前、前っ!!」

「はぁ?……って!」



見た。

そして思い出した。

自分達は今ギンガの道の上にいるのだと。

つまりは今からあの馬鹿げた急カーブを、あの捻じれたループを潜らなければならないのだと。

単身で身軽なギンガと違い、こちらは重心も不確かな二人組である。



「ちょっと我慢して!」

「うぅぅぅぅ!?」



さらに言えば単純にスバルの練度もまだまだギンガの域にはない。

あるいはギンガならば抱えた人間への負担も最小限に曲がり切れたかもしれない。

あるいは、ティアナの射撃によってそこいらに開いた穴につまづくような事も。



「――――あ」

「へっ?」



思ったよりその瞬間はゆっくりと訪れた。

苛烈なカーブを超え切ったかと思った直後。

くぼみに足を取られたスバルは姿勢を制御しきれない。

体は勢いのままに空へと引っ張り込まれ、呆気なくも宙を舞った。

無論、ティアナも一緒にだ。



「わっ、わわわっ!?」

「は、え、ちょぉぉぉっ!?」



混乱に陥ったのは一瞬後。

重力に引かれ始めたのも同じ。

掴むものもない空中で何かを求めるよう必死で手を伸ばす。

スバルは驚きから手放してしまったティアナを、ティアナもまたその手を求めて。

だが、それでどうなるというのか。



「――――全く」



悲鳴染みた叫びを上げる二人の耳に、しかしその言葉が届かないという事はなかった。

風に乗った呟きが二人の体を掬い上げる。

ティアナを掴み、スバルを拾ったのは黒い影だ。

見覚えのあるコート。

力強い両腕。



「ゲル兄!」

「ゲルトさん!」

「情けない声を出すな」



脇に抱えられスバル、腕を引かれたティアナがほっと一息をついたのも束の間。

頭上からは僅かに苛立ちを含んだ声が。

気の緩んだ二人を委縮させるには十分に過ぎた。



「スバル」

「はっ、はい!」

「要救助者を放り投げたな?」

「っ――――ごめんなさい!」



殊更あらげる訳でもない口調が、なおのことスバルの心胆を直撃する。

額と背筋に別種の汗が流れるのもまざまざと感じ取れた。

だが生憎とゲルトはそんな些事に頓着したりはしない。



「後悔するのはお前で、失われるのは他人の命だ。
 ……二度とやるな」

「はい……」



項垂れるスバルからは目線を外し、ゲルトはティアナへその首を巡らせた。



「ティアナ」

「はい」

「わざわざ付けたアンカーは何の為だ?
 重りでも欲しかったのか?」

「いえ、違います」

「なら無駄にするな。
 お前に教えたのは悲鳴の上げ方じゃないはずだ」

「っ、はい!」



ゲルトが頭を上げる。

Uターンしたギンガが戻って来るのが見えた。

遠目ではあるが彼女に疲労した様子は窺えない。



「もう一度、最初からだ」



その日一日、ティアナ達が何度となく宙を舞う事になったのは言うまでもない。




**********





訓練は続く。

またある時は廃棄都市区画などを利用し、追跡、待ち伏せなどといったテクニックの訓練を行う事もあった。

これはどちらかといえばティアナの今後を見据えたものである。

根本的には鬼ごっことそう変わりのない訓練であったが、相手がゲルトとなれば訳も違う。



「ゲル兄が逃げて、私とティアナさんが追いかける」

「ゲルトさんを三十秒以上見失ったら負け。
 二分以上攻撃をしなくても負け」

「今回ゲル兄は空を飛ぶ事はしない」

「一発でも攻撃を当てれば私達の勝ち。
 十分後、どちらかが立っているだけでも私達の勝ち」



条件を確認し合った二人が顔を突き合わせた。



「どうする?」

「どうするっていわれてもね……」



崩壊したビルの隙間から通りの様子を窺う。

そこには二人の師匠がいる。

いつも通りの黒衣に身を包んだゲルトだ。

その手には相棒たるナイトホークもまた握られていた。

それだけを確認するとさっと首を引っ込め、再びしゃがみこんで相談に戻る。



「ともかくあんな広い所にいられたら不意打ちも何もないわ。
 何とかこっちまで引っ張り込まないと」

「それって……」



真正面から正直に戦って、どうにかなるような相手ではない。

二人がかりだろうがなんだろうがそれは同じ事だ。

もうここ数ヶ月何度も何度も地面に打ち据えられればそれ位、否が応でも分かる。



「どっちかが囮にならないと、無理でしょうね」



おおよその作戦案は固まっていた。

まずは状況設定、そして思考誘導。

つまる所ナイトホークの振り抜きにくい閉所へおびき出し、どうにかゲルトの死角を衝いて一撃。

それしかない。



「それなら私が――――」

「ダメ。
 アンタ行って一瞬でも持つの?」

「うっ……」



不可能だ。

威勢よく飛びかかった瞬間に叩き潰されて終わりだろう。

そしてティアナが一対一で勝ちを拾える可能性など、歯がゆいながら露ほどもない。

勝機があるとすれば二人がかりでの奇襲しかないのだ。



「私が仕掛けてこっちまで引き摺り込むから、アンタは絶対に出てこないで。
 いい?」

「……分かった」



さて。

スバルが定位置についたのを確認。

ハンティングホラーの銃把を確かめるように握り直し、ティアナはタイミングを計る。

出来る限りゲルトに悟られにくい方がいい。

となれば、彼の視線が外れた時が、機。



「キツイわね……」

『弱気ですね、マスター』

「アンタはいつもいつも自信満々で羨ましいわ」



自分はそうまで楽観視できない。

幾らハンティングホラーが高性能で、どれほど自分に有利なフィールドであってもだ。

ただ、



『負けるのは好きではありません』

「……私もよ」



そこだけは気があった。





**********





「……ようやく来るか」



そんな彼女の葛藤も知らぬゲルトは気配を肌で感じ取っていた。

あてもなくただ進めていた足を止める。

と、



左――――



突如の動きで身を仰け反らせたゲルト。

一瞬遅れてその位置には弾丸が殺到する。

風を裂いて連続するそれらは一発、二発、三発。

四発目では流石に体で避けた。

身を捻るようにして射線上から退避。

研ぎ澄まされた彼の動体視力はスレスレを通過するそれらの軌跡はもちろんオレンジの魔力光まで見て取った。

発射点を確りと視界に収めた段階でゲルトは駆け出す。



「あそこか」



並び立つ廃ビルの隙間。

行けば罠でも待っているのは明白だが、それでも意に介さずゲルトは行く。

それを食い破り、二人に未熟を思い知らせるのが彼の役目であるからだ。

通りを駆け、細道に飛び込むまでは滑るように。

魔力光と同じオレンジの髪を追う。

薄暗く狭い四つ角を右に消えたその影。



ここだな。



経験的にゲルトは確信した。

ここで二人は仕掛けてくる。

あの通りへ誘導したいという意思がありありと感じ取れる。

さて、どうするか。



「どう、もないな」



ゲルトは一切の躊躇もなく街路へと身を投じた。

用心の為に様子を窺うこともせず、身を倒して転がり込む事もない。

素人のように無警戒に、ただ誘いに乗る。

果たして踏み込んだ通りの中ほど、少女の後ろ姿を見とがめた彼は悠然と構えた。





*********





足を止めたゲルト。

絶好の機を得たティアナは躊躇わずに銃口を向けた。

抜き撃ちはひたすら反復した通り。

半ば勝手に腕が動く。



狙い通り、だけど……っ。



いつもより風を感じる。

一瞬の機に備え、感覚が研ぎ澄まされているのが分かった。



「スバル!!」

「はいっ!」



返事と共に屋根の上に隠れていたスバルも強襲をかける。

ティアナが前面より弾丸を浴びせかけ、その隙をついて二方向からの同時攻撃。

ゲルトの力を封殺して一方的に攻撃する。

勝機はそこにしかない。



「ぅぉぉぉぉおおお!!」

「はああああぁぁぁ!!」




頭の片隅に過る引っ掛かりを押し込め、ティアナは撃つ。

マルチタスクを一杯まで利用した複数同時魔法行使。

ハンティングホラーが休む間もなく弾丸を吐き出し続ける。



届け!



狙点はゲルトの胴体中央から腹部にかけて。

それ位であれば彼は何なりと凌ぐだろう。

だからこそ弾丸の殺到に先駆けてスバルが足を引き止める。

ニ重三重の仕掛け。

……それでも。



「はっ」



薄笑みを浮かべながらもゲルトは逃げない。

構えを変じた彼はナイトホークすらも仕舞ってしまう。

接近戦、どころか零距離戦への備え。

逃げる必要などないのだ。

“盾”がわざわざ向こうから来てくれるのだから。



「こらえろよ」

「えっ」



スルリと動いたゲルトの手が直上から襲い掛かるスバルに絡みつく。

運動というものを理解しきったが故の鮮やかな柔術。

力の在り所を見失ったスバルの拳は巻き込まれ、逸れる。

息を飲む間もあればこそ、気付けばスバルの体はゲルトの前面に引き出されていた。

それは同時にティアナの前、という意味でもあり。



「スバルっ!?」

「~~~~!?」



身代りにされたスバルへと魔力の弾丸が襲い掛かる。

ゲルトを撃つのにティアナは一切の加減など行ってはいない。

訓練を行う上での指示にてバリアジャケットは厚めに構成してあるが、それでも防ぎ切れるものではない。

慮外の激痛がスバルの喉から声にならぬ悲鳴を絞り出す。

が、



「誤射くらいでビビるな」

「っ、しま――――っ!?」



まだ終わらない。

ゲルトの目は既に呆然と立ち尽くすティアナへと向けられている。

やはりスバルは押さえたまま、一歩を踏み出す。



「あっ、くっ……!」



進む。

進む。

ティアナは撃てない。

銃口を向ける度、ゲルトが巧みにスバルを盾にするからだ。

撃たねばとは思えどフレンドリファイアの恐怖が彼女を縛る。



「固まるな!」



言いながらスバルを蹴り飛ばす。

ティアナの方へ突き飛ばす形だ。



「うわっ!?」

「きゃあっ!?」



まともに受け止める事もできずに激突した二人はもつれ合って地面に倒れ伏した。

かなりの衝撃があったようで、どちらもすぐには起き上がれない。

呻き、もがき、這いつくばるだけだ。

速く復帰したのは比較的ダメージの少ないティアナだったが、それでも致命的なまでに遅い。

慌てて上げた頭の先には、いつのまに抜いたのか刃の切っ先が付き付けられている。



「……二人、死んだぞ」



下から見上げる姿勢ゆえに、その圧力は普段にも増して重い。

一瞬状況を掴み損ねたティアナはぼんやりと刃先を見つめ、しかしようやく理解したのか悔しげに顔を伏せた。



「参り、ました……」



その後に続くのは失点の指摘だ。

何が良く、何がいけなかったのか。

ゲルトの戦闘方針は徹底している。

有意よりなお速い無意。

無意よりなお速い有意。

考えるよりも早く動く体に、反射へも滑り込む意識。

思考と運動の高速化。

手足への権限移譲。

無駄の削減。

躊躇や混乱はもちろん、なにより結局判断を下せない事をこそゲルトは嫌う。

今日は長くなりそうだった。





*********





またある日の事。

連続する発砲音。

滾るエンジンの胎動。



「っ!!」

「うわっひゃぁぁぁっ!?
 ティアナさんちょっと手加減!手加減っ!!」

「ないわよそんなもんっ!
 ていうかアンタそろそろ当たりなさいよ!!」



ティアナの銃撃を躱さんが為にスバルが走る。

円周状に回り込もうとするそれを妨害するようティアナも左右の射撃で囲い込むような包囲を作り出すが、それでもスバルは避ける。

時には体を捩り、身をかがめ、器用に魔力弾を捌いて行く。

高速移動中の身体操作も随分板についてきたらしい。

ティアナにしても二挺のデバイスをそれぞれ別個に駆使する術理について体に染み込み始めてはいるようだった。

そんな彼女の弾丸がスバルを捉えたのは、それから暫く後の事だ。



「ティアナさんは凄いねー」

「……突然なによ」



流れた汗を拭いながらスバルが言う。

世辞を言うには変なタイミングだった。

不審げなティアナもまずは半目で返す。



「だってあんなに沢山魔法が撃てるんだもん。
 ゲル兄だってやってるの見た事ないよ」

「あんなの、ただバラまいてるだけよ」



古代ベルカ式とミッドチルダ式で同じような戦い方をするわけがない。

それを言うのであれば魔力の収束や出力の分野などでは彼の足元にも及ばない訳であり、同目線で比べる事自体が論外だ。

的外れな賛辞に溜め息が漏れる。



「ええ~、そんな事ないよ。
 だってこう、なんて言ったらいいのか分からないけどティアナさんの魔法って凄く“嫌な”所に食い込んでくるっていうか、よければよける程どんどん追い込まれるような感じがするっていうか……。
 あ、もちろん“嫌な”っていうのは私から見てで……」

「あー、はいはいどうもありがと」



このまま延々と一人で喋り続けそうなスバルに先回り。

投げやりな返事で話を終わらせる。



――――馬鹿言わないでよ。



しかしティアナの内心は全く別だ。

さっきのスバルの動きはこちらの想像をことごとく超えてくれた。

当たるはずの弾丸が外れる。

予想した進路はかわされる。

それにこちらの攻撃を食らった筈の今もピンピンしている。

今の彼女を包むのは迫る畏怖。

そして照り付ける焦燥である。



私はハンティングホラーのおかげで魔法にも余裕が出来た。
でも、アンタは。



気付かれぬよう眉間を寄せたティアナが呻く。

別にスバルを侮っていた訳ではない。

多少どんくさい所があるにしても訓練に打ち込む姿勢からは気迫のようなものを感じることもあった。

本格的な訓練を始めたのは本当にここ最近の事という話だが、うかうかしていては追い付かれるかもしれないと、そう思う時もあった。

だがよもやこんなにも早く喉元まで攻め込まれるとは。



教え方の差?



確かに魔法体系の違いはあるが、どうだろうか。

面映ゆい話ではあるが、いつの間にか家族同然の扱いをされている。

訓練の効率も兼ねてナカジマ家に泊まる事ももっぱら。

最近では自分の家に戻る方が珍しいぐらいである。

同じ食事を取り、同じ屋根で眠り、同じように叱られる。

師であるゲルトからもクイントからも、ないがしろにされているような感じを受けた事はない。

で、あればこれは単純に伸びしろの、いやもっと直接的に。



才能の……差。



歯噛みする

認められない。

そんな一言で割り切れない。

魔導師として。

戦闘者として。

そして“鋼の騎士”の教え子として。

自分は年下の、つい最近訓練を始めたという少女に劣っているのだ。

しかしティアナはまだ分かっていない。

真なる才能というのがどういうものか。

持って生まれたものというのがどういうものか。

それを突き付けられる日は、もうすぐそこ。





**********





近頃ティアナは焦っていた。

いつまでもゲルトへ一矢報いる事もできない完敗続き。

余裕を持っていたスバルとの実力差もほとんど無いに等しいまで接近され、成果に焦っていた。

その逼迫感をスバルも感じ取っていたのだろう。

自身の能力についてネガティブな彼女の事、ここ最近の訓練について、自らがティアナの足を引っ張っているという認識でも得ていたのか。

そしてゲルトもまた、漠然とした苛立ちを抱えていた。

彼らの悩みはどれも同じ所に端を発している。

スバル達の訓練校入学が近づいてきていたからだ。



「あと……一ヶ月」



ハンティングホラーを握り締めながらティアナはその時間を噛み締める。

寮生活の準備なども含めると実質もう二週間程。

既に仕上げに入らなければならない時期だ。

無論、得た物は大きいと思う。

かといってこうして、ただゲルトに打ちのめされるだけでどうするのか。



勝つ。



今度こそ。

決意を新たにしたその時、念話が入った。



『ティアナさん、ゲル兄が来る』

「分かった。
 スバル、アンタは合図するまでその場で待機」

『了解。
 今度こそ勝とうね』



もちろんだ。

ティアナはカートリッジを連続ロード。

複数回の魔力ブーストで瞬間的に彼女の出力は跳ね上がる。

今日こそ、一矢報いる。





**********





状況は以前と変わらない。

細い路地にゲルトは誘い込まれ、足を踏み入れた。

罠があるのも承知の上だった。



「ん」



橙の髪が視界の隅を過る。

であれば行くのみだ。

別にこちらが逃げてもいいし、実際そうやって訓練を積ませてもいるがもうそんな悠長な暇はない。

ゲルトが教えられるのが戦い方である以上、こうするより他ない。



「もう少し器用ならな」



十字の角を曲がる。

そこにいる筈だと飛び出した。

ナイトホークを有効に振るうには適さない場所だ。

やるとすれば突くか、また己の肉体でどうにかするか。

それも相手あっての事ではある。



…………いない。



そこにティアナの姿はなかった。

消えた訳ではない。

ティアナは幻術の心得があるそうだが、それとて戦闘機人の眼を誤魔化す事はできない。

と、すると



「――――っ」



背後に気配。

風切り音から高速移動する飛翔体。

数は三。



魔力弾か?



状況認識の間にも動いた手はナイトホークを根元深く握り直し、直撃コースの一発を薙ぐ。

肩越しに振り向き、目視で微調整。

残り二発はもとより当たる軌道にはない。

勝手に両の壁面へ逸れ、弾けて散った。



この粗さは……。



遠隔操作マルチショットだ。

ティアナは後ろにもいない。

では?



「上か――――っ!」



動け。

今いる位置より飛び退いたゲルト。

一瞬も置かずその場を弾丸が貫いた。

一発ではない。

避けたゲルトを追うように何発もその後を続く。

上方からの攻撃だ。

そそり立ったビルの壁面にアンカーを打ち込んだティアナが腕一本でぶら下がり、そこから斉射。



「いいぞ、ティアナ」



一方的に攻撃されながら、ゲルトは満足気な笑みを漏らす。

高低差の確保、意識を逸らしての奇襲。

息つく暇を与えぬ連続攻撃。

相手に考える暇を与えない事。

教えた事をよく実戦している。



「撃て!もっとだ!」

「はいっ!」



狭い路地の中でゲルトは器用に弾丸を捌き続ける。

首を捻り、体を捻り、しゃがみ、どうしようもない物は切り捨てる。

間断ない銃撃だが、息切れは早かった。



「っ、ちっ……!」



カートリッジの効果切れだ。

慌てて追加のロードを行うも、それは露骨な隙となって現れた。



「温いっ!」

「――――!」



ゲルトがそれを見逃す筈も無い。

最後の弾丸を切り裂く動きに偽装して衝撃波を射出。

押し流した弾丸もろともティアナの張り付いた壁面を爆砕する。

パターン化した通常の動作に紛れこませた一撃。

不意をつくには十二分である。

これで終わりでも成長はしているだろう。

もちろん、些か残念ではあるが。

だがティアナは嬉しくも予想を裏切ってくれる。



「い、った!」



寸前で飛び降りた彼女は破壊の直撃を免れたのだった。

アンカーで固定されたハンティングホラーを捨てた思い切りはいい判断だ。

着地さえ上手くいけば、なおさら。

明らかに着地を失敗したティアナは痛みに涙を滲ませつつ、しかし残りの一挺を油断なく構える。

反応としては上々。



「そうだ、気を抜くな!」

「速っ――――!?」



ナイトホークを前面に突き出し、突進するゲルトの動きは迅速だ。

まっすぐ来るかと思いきや壁面を利用した三角飛びでティアナの射線を掻い潜る。

視線のフェイント、足首のフェイントを当然のごとく織り交ぜた高々度の体術の結晶。

ゲルトは僅か五歩でティアナを射程に収める。



「おぉぉっ!!」



宙に身を躍らせながら、ゲルトは大上段にナイトホークを振りかぶる。

縦に、であればナイトホークは如何なくその威力を発揮する事が可能だ。

意識の死角を突いた最高の状態。

だからこそ、



――――これで決める!!



そう“ティアナは”思った。



『今よスバルッッ!!』

「応ッッ!!」



至近で爆発。

再びの粉塵が彼らの姿を覆い隠した。





**********





「いいタイミングだ……!」



粉塵でティアナを見失ったゲルトは、しかし感嘆も混じった感想を漏らしていた。

意表は突かれたものの混乱はしていない。

建物の中に潜んでいたスバルが、ゲルトが飛び込む瞬間を狙って壁を破壊した。

目くらましと奇襲を同時に行う為だ。

ずっとこの時を待っていたのだろう。

ティアナが接近戦に持ち込まれるのは織り込み済みという訳だ。

しかもこれで一対二。



悪くない。



これで畳みかけるもよし。

あるいは一旦距離を取るのもいい。

時間稼ぎでも目標は達成できるからだ。

優勢な敵と相対した場合、応援の到着まで凌ぎ切るのも全く正しい戦略である。

その為、タイムアップは勝利条件の一つとして提示してある。

――――が、どうやらそちらは選ばなかったようだ。

粉塵の中で何者かが動く気配。

危険、とゲルトの直感は判断した。

直後に飛び出す刃。



「!」

「っ、ティアナか」



勘任せに防御したが、飛び込んできたのはオレンジの刃――ハンティングホラーの格闘戦モード。

ナイトホークの柄で受けたゲルトと押し合いの形。



「くっ、ぐく―――っ!」

「…………」



乾坤一擲、という風の彼女に対してゲルトは涼やかなものである。

所詮力のぶつかり合いでは勝負になろう筈も無かった。

しかしこちらは囮に過ぎない。

本命は、



「でやぁぁぁぁぁぁ!!」



鍔競り合うゲルトの左手からスバルが吶喊。

これが狙いだ。

両手は塞がっている。

足も止まっていた。

この状態では如何なゲルトでも一撃もらうのは確実。

是非も無し。

一呼吸でゲルトは決断した。



「IS発動」

「!?」



ゴーン、と鐘楼の鳴るような重々しい音が響いた。

展開される赤橙色のテンプレート。

過去ゲルトを幾度も救ってきた超硬度障壁、ファームランパート。

それが初めてスバル達へと使用された。

極力魔法も使わずにいた姿勢を崩してまで、である。

それほどこの局面、追い込まれたという証明だった。

しかしスバルにはそれどころではない。



ゲル兄がISを使った!?



拳を叩きつけたままの姿勢で目を見開くスバル。

手甲に覆われた拳は完全に受け止められていた。

どれだけ体重をかけてもビクともしない。

それもそのはずである。



……ダメだ。



気弱な自分が告げる。

これは兄の切り札中の切り札。

破れる訳がない。

その堅牢さたるや次元航行艦の艦砲に耐えるとすら噂されるほど。

で、あれば。



むしろゲル兄に使わせただけ、よくやったよね?



それは事実上、敗北を認めるという事だった。

仕方ない。

仕方ないだろう?

むしろ今まで魔法も殆ど使わなかったゲルトにそれをさせたという事は、それだけ自分達が強くなったという証明。



そうだよ。



握った拳が緩む。

体から力が抜けていく。

いつかのように、諦めが心を支配する。

それがスバルという人間の本質。

それが自分という人間の限界。

それが……、それが――――!



――――違うッ!!



スバルは顔を上げた。

そして目前で未だゲルトに挑むティアナを見た。

毛筋すら諦観を感じさせぬ強い瞳。

空港が燃えたあの日、あの時に現れた人と同じ瞳。

憧れたあの瞳。

そうだ。

そうじゃない。



そうじゃない自分になる為に、今!私はここにいるッ!



「ペイルライダー、フルドライブ!!」

『了解。
 パラディン正常起動中』




両腕のペイルライダーから薬莢が弾けて飛んだ。

更に振り被る左手のスピナーも超回転。

滾る魔力は常の比ではない。



「!」



一息にティアナを押し切ろうとしたゲルトも、その気配に思わず振り返る。

そこにいたのは彼の知る小さく、臆病な妹ではない。

目が、全てを物語っていた。



「リボルバーァァァッ、キャァノンッッ!!」



再び遠雷のように轟く打音。

それも連続する。

目前の障壁へありったけの力を込め、ただ無心に拳を叩き込み続ける。

打音。

打音。

打音。



硬い……!



それでも諦めない。

この力尽きぬ限り、打つ。

打つ。

打つ。



「うぅぉぉぉおおおおお!!!」



喉から絞り出すような絶叫。

衰えるどころか、一発一発ごとに拳打の威力も上がっていくようにすら思える。

それでもまだ足りない。



もっと、もっと……!



足を開き、腰を入れた拳打。

何発も、何発でも。

訓練の始めにティアナと話し合った事を思い出す。

絶対に勝つ、と。

ならば。



もっと、もっと、もっと……!!



力。

力。

目の前の障害を、何もかもを。



「壊せる力――――!」



それを望む。

それを欲す。

そして、それを叶えるのがデバイスに課せられた使命である。



『了解』



ゆえに、ペイルライダーはそうした。

己に叩き込まれた最高の手段によって。



「え――――?」



四肢から流れ込む何かが、自分を変える。

スバルは感じていた。

急速に、そして確実に自分が変わる。



変わる?



いや、この感覚は記憶にある。

遠く擦れてしまった記憶の彼方に。

戻る。

それは傍目に、瞳の変色という形で表れた。

力を示す……黄金色の瞳。



「ペイルライダー!?」

『“ファームランパート”の固有波形を照合。
 ……該当一件』



ペイルライダーの根幹理念はごくシンプルだ。

どこまでも単純な言葉の羅列。



調律開始Tuning



潰せ。

そして。

壊せ。

そして。



破壊せよ――――!



その瞬間、ありえざる事が起きた。



「何っ!?」



ファームランパートが。

あの無敵の守りが。

そうまるでガラスのように。

それも粉微塵に。



砕けて散った。










(あとがき)


大変……大変長らくお待たせ致しました。

そして遅れながらあけましておめでとうございます。

これでどうにか訓練編もクライマックス。

ようやくとまた次の時間へ移動できそうです。

見放さずにお待ちいただけた方々には感謝に堪えません。

ご期待には本編の投稿を持ってお返しする所存です。


それではまた次回!

Neonでした!


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