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No.8635の一覧
[0] 鋼の騎士 タイプゼロ (リリカルなのはsts オリ主)[Neon](2009/09/21 01:52)
[1] The Lancer[Neon](2009/05/10 10:12)
[2] I myself am hell[Neon](2009/05/10 20:03)
[3] Beginning oath[Neon](2009/05/13 00:55)
[4] From this place  前編[Neon](2009/05/17 23:54)
[5] From this place  後編[Neon](2009/05/20 15:37)
[6] 闘志[Neon](2009/05/31 23:09)
[7] 黄葉庭園[Neon](2009/06/14 01:54)
[8] Supersonic Showdown[Neon](2009/06/16 00:21)
[9] A Wish For the Stars 前編[Neon](2009/06/21 22:54)
[10] A Wish For the Stars 後編[Neon](2009/06/24 02:04)
[11] 天に問う。剣は折れたのか?[Neon](2009/07/06 18:19)
[12] 聲無キ涙[Neon](2009/07/09 23:23)
[13] 驍勇再起[Neon](2009/07/20 17:56)
[14] 血の誇り高き騎士[Neon](2009/07/27 00:28)
[15] BLADE ARTS[Neon](2009/08/02 01:17)
[16] Sword dancer[Neon](2009/08/09 00:09)
[17] RISE ON GREEN WINGS[Neon](2009/08/17 23:15)
[18] unripe hero[Neon](2009/08/28 16:48)
[19] スクールデイズ[Neon](2009/09/07 11:05)
[20] 深淵潜行[Neon](2009/09/21 01:38)
[21] sad rain 前編[Neon](2009/09/24 21:46)
[22] sad rain 後編[Neon](2009/10/04 03:58)
[23] Over power[Neon](2009/10/15 00:24)
[24] TEMPLE OF SOUL[Neon](2009/11/08 20:28)
[25] 血闘のアンビバレンス 前編[Neon](2009/12/10 21:57)
[26] 血闘のアンビバレンス 後編[Neon](2009/12/30 02:13)
[27] 君の温もりを感じて [Neon](2011/12/26 13:46)
[28] 背徳者の聖域 前編[Neon](2010/03/27 00:31)
[29] 背徳者の聖域 後編[Neon](2010/05/23 03:25)
[30] 涼風 前編[Neon](2010/07/31 22:57)
[31] 涼風 後編[Neon](2010/11/13 01:47)
[32] 疾駆 前編[Neon](2010/11/13 01:43)
[33] 疾駆 後編[Neon](2011/04/05 02:46)
[34] HOPE[Neon](2011/04/05 02:40)
[35] 超人舞闘――激突する法則と法則[Neon](2011/05/13 01:23)
[36] クロスファイアシークエンス[Neon](2011/07/02 23:41)
[37] Ready! Lady Gunner!!  前編[Neon](2011/09/24 23:09)
[38] Ready! Lady Gunner!!  後編[Neon](2011/12/26 13:36)
[39] 日常のひとこま[Neon](2012/01/14 12:59)
[40] 清らかな輝きと希望[Neon](2012/06/09 23:52)
[41] The Cyberslayer 前編[Neon](2013/01/15 16:33)
[42] The Cyberslayer 後編[Neon](2013/06/20 01:26)
[43] さめない熱[Neon](2013/11/13 20:48)
[44] 白き天使の羽根が舞う 前編[Neon](2014/03/31 21:21)
[45] 白き天使の羽根が舞う 後編[Neon](2014/10/07 17:59)
[46] 遠く旧きより近く来たる唄 [Neon](2015/07/17 22:31)
[47] 賛えし闘いの詩[Neon](2017/04/07 18:52)
[48] METALLIC WARCRY[Neon](2017/10/20 01:11)
[49] [Neon](2018/07/29 02:18)
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[8635] 疾駆 後編
Name: Neon◆139e4b06 ID:013289b5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/05 02:46
「スバル、どこ!
 返事して!」



切羽詰まった少女の声が響く。

未だ火の手こそ迫っていないものの、煙の方は既に天井を覆いつつある。

さほど大きくもない通路だ。

いずれ這ってでもなければ進めなくなるだろう。

ただひたすらにスバルの名を呼び続ける。



「スバル!」



彼女が走る度、青く長い髪や胸元のペンダントが揺れる。

ギンガだった。

今の彼女には行方の分からなくなった妹を見つけ出し、外へ連れて行く。

それが最も重要な事である。

スバルを守るのは物心ついた頃から当然の責務だったし、それを苦と思った事はない。

小さな頃から見続けてきた、血を分けた姉妹だ。

疑う余地もなかった。

それに、約束もある。



兄さんと。



あれはまだ自分がギンガ・ナカジマではく、タイプゼロ・セカンドだった頃。

兄もゲルト・G・ナカジマではなくタイプゼロ・ファースト、あるいは“お兄さん”だった。

その時の約束だ。



(俺は、いつも一緒にはいられない。
 だからごめん。
 あの子を守ってくれないか?)

(うん。
 私はお姉さんだもん)



実際ゲルトとギンガ達姉妹はずっと一緒にいた訳ではない。

それは全て研究所のスケジュール次第だった。



(その代わりお前の事は俺が絶対守る。
 絶対守るから)



そうして指切りをした。

それは絶対の約束だった。



スバルは、私が守る。



そして早く母と合流しなくてはならない。

早く。

何より速く。

その為の“足”はある。



「…………」



待機状態のペイルホースへ目を落とす。

使うべきだろうか。

その方が速度が上がるのは間違いない。

だが、空港の中で魔法の使用を……?



「ううん」



ペイルホースを手の中へ握り込む。

必要なのは迷う事じゃない。

それに今の自分は陸士候補生。

逃げ遅れた他の人達も助けなくては。

その為にも。



「ペイルホース、セットアップ」

『了解』



瞬時に組み上げられていくバリアジャケット、そしてペイルホース。

足から響くエンジンの脈動が心地良い。

姿勢は自然とクラウチングスタイルへ移った。

空転する車輪が猛然と唸りを上げる。



「行きます」



殴り飛ばすような速度でギンガの体が走り出す。

疾走ならぬ文字通りの爆走。

その姿は瞬く間に遠のき、ついには消える。

通路には歓喜に猛るエグゾーストの咆哮のみが木霊した。





**********





続々と空港に集結する輸送車、指揮車、消防、救急。

その中の一台がはやてらの詰める指揮車へと接近していく。

車体側面に描かれたエンブレムは“Ground Armaments Service‐Battalion 108”

路面を擦過するブレーキ音が合図にもなった。



「はやてちゃん、応援部隊の指揮官さん到着です!」



指揮車の上のはやてがリインフォースの呼びかけで振り向いたのは、丁度男が車両から出てくる所だった。

ドアを開け、降りてきたのは白髪の男。

徽章が示すのは一尉であるはやてよりも上の階級、三佐。

それははやてが待ち望んでいた相手だった。



「すまんな、遅くなった」

「いえ、助かりますナカジマ三佐」



この人が、ゲルト君のお父さんか……。



マルチタスクの弊害か、はやての脳裏にふと無用な思考が浮かぶ。

108のナカジマといえば一般的にはゲルトを指すが、本来ならば部隊長である彼を現すべき名である。

今も続々と降車しているゲンヤの部下達は統率の行き届きを知らしめる機敏な動きで行動を始めていた。

こうして直に言葉を交わすのは初めてだが、優秀な人だろうと判断するには十分に思える。

少なくとも、この統率力は自分には無いものだ。



「陸士部隊で研修中の本局特別捜査官、八神はやて一等陸尉です。
 臨時で応援部隊の指揮を任されてます」



そんな胸の内とは別にはやての体は動いていた。

足を揃え略式の敬礼を奉じる。

ゲンヤもそれに応じたラフな礼で返した。



「俺の事は知ってるらしいな、108部隊のゲンヤ・ナカジマ三佐だ。
 ウチの陸曹長が先行してる筈なんだが……もう中か?」

「はい先程。
 それでナカジマ三佐、部隊指揮をお願いしてもよろしいでしょうか」

「……?
 ああ、お前さんも魔導師か」



怪訝そうに眉を寄せたゲンヤだったが、その一瞬後には成程と得心がいったように声を上げた。

はやての首から下がっているシンボル、十字を円で囲んだそれはただのアクセサリーではない。

待機状態にあるデバイスに他ならなかった。

ゲンヤの推察を肯定するようにはやても頷く。



「広域型なんです。
 空から消火の手伝いを――――」

『はやてちゃん』



その言葉を遮るように通信が入った。

相手はなのはだ。

はやての傍に開いたウインドウには飛行中と思しき彼女が映し出されている。



『指示のあった女の子一人、無事救出。
 名前はスバル・ナカジマ』

「!?」



驚いたのはむしろはやての方だ。

ゲルトから二人の妹の名前を聞いた事がある。

スバルといえば、確か四つ下の妹だったはず。

それはつまり目前の男の実の娘という事で。

リインフォースも目を見張っているが、当のゲンヤは特に動揺した素振りも見せてはいない。

ただ少し肩を竦めてみせただけだ。



『さっき西側の救護隊に預けたよ。
 でもまだお姉ちゃんとお母さんが中にいるんだって』



まだ家族が中にいる。

“あの”空港の中にだ。

彼はその事を知っていたのか?



「三佐……」

「ウチの女房と娘だ。
 部隊に遊びに来る予定だった」



はやてが何か言う前にゲンヤが答えを挟んだ。

言外にみなまで言うなとメッセージが込められている。

全ては了解の上だという事だ。

恐らくゲルトも知っているのだろう。

ならば、自分が口を出すべき事などはない。



「……ではナカジマ三佐、指揮をお願いします」

「ああ、任せろ」



今は行動だけが全ての価値を握る時。

誰もが強くあらねばならない。



敵わんな、ほんま。



バリアジャケットを纏った彼女は駆け出した。

彼女の空へ。



「テイク、オフ!」





**********





「はぁー……はぁー……」



クイントの口から荒い呼吸が漏れる。

空港の中、可燃物の無い廊下の角で彼女の他3人の女性達が救助を待っていた。

彼女らを覆う半球形の青いシールドは無論クイントが展開しているものである。

だが彼女の呼吸の不規則さは間違いなく何処かを悪くした人間のそれ。

今にも崩れ落ちそうなバランスを必死に保ち、何とか現状を維持しているのがありありと見えた。



「―――ッ、ゴホっ!ゴホっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」



堪らず咳きこんだクイントの背をさすり、慌てたように女性が声をかける。

手で制するようにして問題無い事を告げるが、実際片肺のこの体には厳しい環境だ。

別に展開中のシールド、その機密性に問題はない。

一線を退いたといえ、仮にも元首都防衛隊の主力メンバーである。

だが、人を集める時に少量とはいえ煙を吸ったのが悪かったのだろう。



ホント、肝心な時に言う事聞いてくれないのよね。



不自由な体を嘆くような、自嘲的な思考がよぎる。

いや、思う事は他にも山ほどあった。

爆発の前にはぐれてしまったスバルは無事なのだろうか。

追っていったギンガは見つけられただろうか。

救助が来るまでここの人達を守れるだろうか。

ああ、助けといえば4年前を思い出す。



「ふ、ふ……」



内側から衝いて出る咳に体を折りながら、クイントの口元に浮かんだのは笑みであった。

そうだ。

4年前と同じに自分は動けず、この場にはタイムリミットも迫っている。

少なく見積もっても最悪だ。

全くもって最悪。

でも――――



「こういう時は……王子様が、来てくれるもの……でしょう?」



それこそ、あの日のように。

何せ我が家の王子は最高のナイトだ。

多分もう空港に向かっている―――いや着いていてもおかしくない。

きっとウチの人も一緒だろう。



なら、大丈夫。



もう来る。

すぐ来る。

もう、そこにまで来ている。



「――――ほらね」



爆発。

突然クイント達を守るシールド、その十数メートル先の壁が吹き飛んだ。

分厚い構造材ですら何程の事もない。

通路を隔っていた壁は、直径およそ二メートル半ばに渡って完全に破壊された。

閉所強襲時に行う爆破侵入の手口である。

そして向こうから現れる影。

それは長物を手にした人の形をしていた。



「管理局の者です!
 皆さんご無事ですか!?」

「って、あら?」



姿を現したのは金髪を両側で纏めた少女だった。

手にはハルバードのようなデバイスを携えこちらへと駆け寄ってくる。

管理局員ではあろうが、当然ゲルトではありえない。

しかしクイントは初対面の筈のその少女を知っていた。

ゲルトの友達で、いつぞや一緒に遊園地へ行ったという、あの子。



いえ、今はそうじゃないわね。



彼女は管理局員で、ようやくたどり着いた助けである。

今はそれだけが重要なのだ。



「私はちょっと煙を吸ったから肩を貸して欲しい……んだけど、ここの人達に怪我は無いわ。
 ただ私の娘二人の行方が分からないの。
 確認……してもらえる?」

「はい、勿論です。
 お子さんの名前と特徴を聞かせて頂けますか?」



切り替えたクイントの答えは肺を衝く咳で途切れ途切れではあったが、十分に的確といえる内容と言えた。

少なくとも救出に来た金髪の少女はすんなりと受け入れられた。

傍に来た彼女の肩を借りて立ち上がったクイントは言葉を続けていく。



「名前はスバル・ナカジマと……その姉のギンガで、年は11と13。
 二人共私譲りの青い髪でスバルがショート、ギンガがロングよ」

「え……?」



一瞬、少女の体が固まる。

クイントを見る彼女の目は大きく開き、言葉を確かめるように瞬いた。

もっとも二度目にはそれも止まり表情すらなりを潜めたが。

この時において、間違いなく彼女も公人であったのだ。



「いえ失礼しました。
 通信本部、救助者の確認をお願いします。
 スバル・ナカジマ11歳とギンガ・ナカジマ13歳、共に女の子。
 二人の母親――――ええと、失礼ですがお名前は?」



ふとそこで自分がナカジマ家の母の名を知らない事に気付いたのだろう。

少女は通信から意識を外してクイントへ頭を向けた。



「クイント。
 クイント・ナカジマよ」

「クイント・ナカジマさんを保護しました。
 至急でお願いします」

『了解しました。
 少しお待ち下さい』



そこで一旦通信が切れた。

結果がすぐに出る訳ではない。

それはクイントとて重々承知の上である。

何より今は一刻でも早く外に避難できるよう、歩みを止めない事こそが肝心だった。



「ナカジマさん、お体は大丈夫ですか?」

「おかげさまで……なんとかね。
 ありがとう」



金髪の少女が心配そうに声を掛けてくれるが、クイントとて虚勢を張っている訳ではない。

実際クイントの歩調は後ろに続く一般人に比べてもそう遅い訳ではなかった。

リハビリを終えてより後も習慣として続けてきたトレーニングは無駄では無かったという事だろう。



やっぱり人間、最後の最後は体力よ。



果たして持論の正しさが証明された訳だ。

片肺の今、鈍った肺活量などでは本当に動けなくなっていた可能性が高い。



『確認がとれました』



と、その辺りでついに通信本部からの連絡があった。

向こうの言う事にはスバルは無事救出されたらしいが、ギンガは未だ消息不明との事。

クイントが最後にギンガが向かった方向を告げた所、すぐさま近辺の魔導師を向かわせると伝えてきた。

だが、その魔導師について通信本部が詳しく話す事はない。

服務規程に則ったごく当然の対応である。

しかしながら偶然にもクイントはそれを知り得る機会を得た。



「わお」



それは彼女らがようやくエントランスに出ようかという頃。

火の壁が道を隔つ、その向こうに揺らぐ何かを見つけた。

いや、揺らいだのは炎の方だったかもしれない。

文字通り疾風と化して中空を駆ける黒い影が横切ったのである。

クイントの動体視力がどうにか捉えたのは若い男であろう骨のある体躯と彼の手にある長槍、それだけだ。

それだけだが、十分だった。



「やっぱり王子様はお姫様の所へ、ね」

「?」



金髪の少女は首を傾げている。

クイントはそれがおかしくて更に笑みを深くした。



「もう何も心配いらないって事よ、“フェイトさん”」



今度こそ少女は目を丸くし、クイントは体の事も考えずに吹き出した。





**********





風の音が、聞こえる。



空港内部を高速で飛行するゲルト。

ろくろく減速もせず内部に突入した彼の視界は常軌を逸したものと化していた。

壁が、天井が、森羅万象目に映る六景全てが象を結ぶ間もなく後ろへと吹き飛んで行く。

行く手を阻む炎など眼中にもない。

バリアジャケットと防風障壁に守られた今ならば一瞬の接触など恐るるに足らず。

ゲルトは躊躇もなくその只中へ飛び込んで行く。

火の囲みを突き破り奥へ、更に奥へ。

と、



「――――」



左へロール。

強引に体を回すゲルトの肩を掠めるような至近をコンクリート製の柱が通り過ぎた。



「――――」



間も置かず弾かれたように高度を下げ、床スレスレまで下降。

横倒しになったモニュメントが頭上を素通りする。



おかしい。



誰もがそう思うだろう。

炎の壁を抜け、そのコンマ秒後に立ち塞がる障害物。

どうしてこうも躱せるのか、躱し続けられるのか。

もはや反射などという生易しい言葉では形容できない。

既に予知などという半ばオカルトの領分にまで片足をつけているのではあるまいか。

加えて数センチ単位にまで至る完璧な飛行制御は本家の空隊ですら舌を巻く精妙さであった。

神業。

まさにその類の所業である。

ところが諸人が溜息をつくようなアクロバットをこなした当の本人は眉も動かしてはいなかった。

実を言うとゲルト自身には躱したという意識すらない。

己の頭を駆け巡る情報の速度は、とうの昔に自分の理解できる範疇を超越している。

思うよりも、考えるよりも早く体が動く。

指先の一本までも誰か別の人間に操作されているようだった。



だが、良し。



先に進めればいい。

何より速く動ければ、それでいい。



『マスター』



とはいえ、何時までも飛んでいられる訳ではない。

地図上では次の通路は狭くなる上に入り組んでいる。

如何なゲルトでもこの先を凌ぎきるのは不可能に思えた。



「っは」



という判断すら実の所行動よりも遅く。

ナイトホークの声が掛かった瞬間には既に推進力を切っている。

突如として放り出される体。

等速直線の浮遊。

その中でゲルトは姿勢を組み換え、強引に足から着地する。



「ぐ――――っ」



勢いのまま背を丸め、前転として着地の衝撃を逃がす。

一回、二回転。

遠心力で血が逆流しそうになるのを耐え切り、曲げた足の底を地に叩きつけた。

これは本来受け身に使う技術であり、体術としては最も基本になる動作である。

それをもって過剰な力のベクトルを逸らし、更にはこの瞬間を狙って足を蹴り出す。

さすれば背を押す慣性は追い風となって。



「前へ……!」



今自分のいるここが最後にギンガが発見された場所だ。

通信本部からの情報ではここから中心部方向へ進んで行ったとされている。



どこだ、ギンガ。



公人と私人との目的が合致するならば遠慮もいるまい。

スバルは既に外。

母さんも助けられたという話だ。

なら今はギンガの事だけを考えていればいい。



そうしていれば、俺は。



思うゲルトの右腕が閃く。

それは何もない筈の空間を割った訳だが、現実には彼の頭上から落下した天井プレートを一撃の元に裁断していた。



俺は死んでも死なん。



二つに裂けたプレートは轟音を立てて突き立ち、ゲルトにその道を譲った。

片腕一つで切り開いた彼は結局、無傷のままにその間を駆け抜ける。

その瞳は金色。

今の彼を止められるものは何も、何処にも存在しえない。



『ペイルホースの反応を捕捉。
 距離およそ190、三階層下の二番通路です』



ナイトホークがペイルホースの反応を捉えたのは、その僅か30秒後だった。





**********





『魔導師接近中。
 識別反応該当一件――――ナイトホークを確認』

「兄さん!?」



ペイルホースがナイトホークを捕捉したのも全く同時である。

ギンガは反射的に体を横滑りにする事でブレーキをかけた。



『電信文受信』

「開いて!」



何故ここに。

どうして兄さんが。

何かの間違いでは、とも疑いながら、ギンガは自身意外なほどの素直さでそれを受け止めていた。

もしかしたら分かっていたのかもしれない。



『スバルと母さんは無事だ。
 そこを動くな、すぐに行く』



あえて直通回線を使わなかったのは混線を厭うての事だろう。

飾り気もそっけもない電文だが、それでもそれは兄の文章だった。



「良かった……スバル、母さん……」



足を止めたギンガが大きく安堵の息を吐く。

それと一緒に強張った体からは緊張とか無用な力とか言ったものもすっ、と抜けて行ってしまったようだ。

代わりに胸へ吹きこんでくるのは春風のように暖かい思い。

それはただの一言で。



来てくれた。



たったそれだけの事がそう、ギンガを何より救ってくれる。

何の冗談かあの兄は正真正銘火の中にまで飛び込んで来てくれたらしい。

いつもそう。

自分が傷つくのも気にせずに、なんてまるでお伽話のようで。

本当はそんな無理をして欲しくはないけれど。

でも。



「そんな兄さんだから、私は…………」



その先の言葉を、ギンガは飲み込んだ。

音には漏れず、ただ唇の動きだけが続きを象る。

口にするのを恐れた訳ではない。

ただ、まだ自分はそれには不足だと思った。

何もかも足りない。

まだまだ、まだまだあの背には。



「これからね、何もかも」

『最速こそ誉れ。
 届か不る無し』



いつものように不遜な態度を貫くペイルホースに微笑みかけ、頭を上げる。

レーダー上のナイトホークはすぐ直上にまで来ていた。

今更のようだが久し振りの再会だ。

出来れば綺麗な笑顔で迎えたかった。

手すりに近づいたギンガが身を預けて上階を見やる。



ピシッ。



それがいけなかった。



「――――!」



足元から聞こえた不穏な音にギンガが意識を向けた瞬間。

何が起こったのか把握するより前に事態は起きた。

床が、ギンガの体重を支えていた足場の全てが崩れ去ったのだ。



「――――ウイングロードッッ!!」



悲鳴を上げなかったのは我ながら上出来だった。

代わりに頭を走るのは既に自動化された、ギンガの最も得意とする術式。

通路が崩れ、何も無い空間に青く輝く道が敷かれていく。

乱れは無い。

展開速度を見ても十分に誇れるレベルと言えた。



「っ、とと」



結局落下したのは僅かに二メートル程。

ウイングロードに着地し、バランスを取るように膝を折る。

衝撃自体はサスペンションでほぼ吸収されていたが、なにぶん突然の事で姿勢はかなり大きく崩れる事になった。

が、ともかくも生きている。



「は、ふ」



ひとまずの無事を確認したギンガの口から不規則な呼吸が漏れる。

危険に反応して変化した金の瞳で下を見れば崩れた階が更に下の階を巻き込み大規模に崩落している。

巻き込まれていれば、如何な戦闘機人でもひとたまりもなかったろう。

つまり死だ。



「手、震えてる……」



へたりこみこそしなかったがショックは大きかった。

今になって指が震え、汗が噴き出す。

驚き、とはまた違った。

何と言えばいいのか。

突発的とはいえ、つまりはこれがギンガにとって初めての経験だった。

命の瀬戸際、本当に生きるか死ぬかという、その境界線をくぐった事の。



「危なかった、けど」



だから彼女には認識が足りていなかったのかもしれない。

死線を越えた――――いや、越えたと“思ってしまった”事が、彼女の頭から当然の警戒すら奪っていた。

今この空港に安全な場所など、どこにもない。



『緊急回避!!』

「え?」



ペイルホースの警告も頭に入ってこない。

一種の虚脱状態にあったギンガにはどうしようもなかった。



頭上から落下してくる“上の通路を見ても”、何の反応も出来なかったのだ。



視界一杯を覆う超重量のコンクリート。

先の崩落が二度目の決壊を誘発したのだろう。

死神の鎌が切り返される、がこれは――――



躱せない――――!?



近付く。

迫る。

一秒が十秒か百秒にも思える。

上階が落ちてくるのははっきりと見えていた。

それでも体は動かない。

動かない。

動かない。

動かなくて。

出来たのは、



目を瞑る事、だけ。










「ギンガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」










**********





瞼を閉じる。

固く目を閉じたギンガに感じられるのは暗闇だけ。

しかし。



…………生きて、る?



ぼんやりと、霞がかかったような頭で思う。

どうだろうか。

時間もあやふやだ。

でも考える事は出来た。

考えることだけは出来た、かもしれないが。

しかし考えられる事が生きている証明になるのだろうか?

誰も死後の事なんてわからないではないか。

むしろ死んだのかもしれなかった。

何故か安らげる鼓動が聞こえるし、それに。



それに、どこも痛くない。



嘘だ。

体は痛い。

凄く。

あちこちが締め付けられるように痛い。

しかしこれ位ではこの体を叩き潰すには到底足りない。

多分骨も折れていないだろう。

有り得ない事だった。

それとも戦闘機人の体は自分の予想より遥かに頑丈で、やっぱり自分は生きているのだろうか?

だとしても生体部分まで無事とは思えない。

体は無事でも色んな所が削げて見るに堪えない姿になっているのではあるまいか。



もし、兄さんに見られたら。



駄目だ。

体を別の震えが走る。

想像もしたくない。

そんな姿を見られる位なら死んでいた方がいいのかもしれない。

ガレキに埋もれていれば誰にも発見される事なく終わる事もあるだろう。



やっぱり私は死んだんだ。



でも良かった。

最後に声が聞けた。

幻聴だって構わない。

呼んでいた。

叫んでいた。

愛しい人が。

自分を。

それだけで、ギンガは満足だった。



「行くな」



しかしそれを許さない声がある。

それもまた兄の声をした幻聴で。



「行くな……!」

「――――!?」



耳元から聞こえた声が、更に強くなる締め付けが、忘我の境にあったギンガを引き戻す。

そうしてようやく自分を取り巻く状況に気が付いた。

場所は相変わらず空港の中で、下にはウイングロードもある。

ついでに自分の足も。

どうやら本当に生きているらしい。

では、体を締め付けるものは何か。

耳を叩く鼓動は何なのか。

この温もりは、匂いは。



誰かに、抱き締められてる?



誰か、ではない。

隠すように抱き込まれているせいで顔こそ見えないが、間違える訳が無かった。

頭上では赤橙のテンプレートが輝き、落下したテンプレートをまとめて支えているのだ。

手を伸ばせば届いてしまうギリギリの所で。

こんな桁外れの強度、ファームランパート以外に考えられない。

つまり。



「兄、さん……」



きゅ、と目前にあるゲルトの服を掴む。

喉から出た声は蚊の鳴くように小さかった。

色んな感情がない交ぜになってどう言うべきか分からない。

それを隠すように、ギンガはゲルトの胸へと額を預けた。

もしかして兄が顔を見せないのも同じ理由なのだろうか。



「行かないでくれ。
 お前まで、俺の前で……」



彼が喋る度にその胸が震えているのを感じる。

触れ合う事で分かった。

彼の怯えが、恐れが、体を通して伝わってくる。

決して自分達には弱い所を見せまいとしていたのに。

それは何故か。



私が、死ぬかもしれなかったから。



あの四年前の極限まで衰弱した状態ですら強固だった彼の自制が、今明かに揺らいでいる。

それほどの心配をかけてしまった。

申し訳なく思うべき所だ。

何時もなら顔向けも出来ないだろう。

だけど、今は。



「…………」



ギンガは無言で腕を伸ばした。

すぐ目の前にあるゲルトの首へ両腕を通し、こちらから身を委ねるように。



「ギン、ガ……?」



それで兄もようやく気が付いたらしかった。

頭を引き、体を締め付ける力も弱まる。

まだ少し呆、としたゲルトの金の瞳に、同じように金の瞳をした自分の姿を見つける事ができた。

二人の距離は互いの息遣いも感じられる程に近い。



「大丈夫よ、兄さん
 大丈夫。
 私は大丈夫だから」



口調は自然と優しくなった。

睦言を交わすように、或いは子供をあやすように。

湧き上がる思いの全てがそうさせた。

愛おしい。

この人が愛おしい。

癒してあげたい。

守ってあげたい。

何者からも、彼自身からでさえ。



「ありがとう。
 兄さんのおかげで、私は今生きてる」

「お前…………」



ギンガが知る由もない事であるが、それは何時かのクイントと同じ言葉。

ゲルトがそれをどう受け取ったのかは分からない。

ただ兄が肩の力を抜いた事は確かだった。

はぁ、と嘆息したゲルトが改めてこちらの顔を見つめてくる。



「怪我は、無いんだな?」

「うん」

「痛む所もか?」

「うん」

「そうか…………良かった」



呟きは、味わうように目を瞑ったゲルトの喉から漏れた。

心底そう思ってくれているのがよく分かる。

場違いな程の優しい時間だった。

だが、それもここまで。

ファームランパートの防護圏から移動しながらゲルトが目を開く。



「外に出るぞ」



ファームランパートの支えを失った建材が再び落下を始めた。

ギンガのウイングロードなどは紙同然で、下からは凄まじい音が聞こえる。

だがそんなものを意にも介さず、目を開いたゲルトは完全に何時も通りの彼だった。

表情に歴然と力が溢れている。

時空管理局地上陸士108部隊所属、“鋼の騎士”“アーツオブウォー”、ゲルト・G・ナカジマがそこに。

ギンガの憧れた誇りと力の形がそこにあった。



「しっかり掴まってろ。
 時間が無いからな、とばしていく」

「ま、待って!」

「うぉ!?」



しかし、いやだからこそギンガは待ったをかけた。

腕を回していた首を引き、無理やりゲにルトを引き留める。



「このまま私も救助に参加させて!
 邪魔にはならないから!」

「何ぃ!?」



言った。

言ってやった。

ようやく本調子に戻ったゲルトも目を丸くしている。



「ばっ、馬鹿野郎!
 お前さっき死にかけたんだぞ!?」

「分かってる!
 でも、そんな人が他にもいるんだから助けなきゃ駄目でしょう!」

「当たり前だ!誰が見捨てるなんぞと言った!?
 お前を送って行ったら救助に戻るに決まってるだろうが!」

「だから、私が一緒に行けばもっと早く助けに行ける!
 違う!?」



さっきまでの雰囲気は消し飛んでいた。

共に互いを強く抱き締めながら唾を飛ばさんばかりに捲し立てる。

ギンガの記憶にある限り二人がここまで強硬にぶつかりあった事はない。

それに、非はこちらにある。

馬鹿と言われても反論は出来ないだろう。



でも、譲れない。



何故なら。

何故ならば。



「今困ってる人を助けに行かないで、私は何の為に管理局に入ったの!?」

「な――――」



ギンガの啖呵にゲルトも一瞬鼻白んだ。

その隙にゲルトの腕から抜け出し、ギンガは新たに展開したウイングロードへと降り立った。

例えひよっ子でも、それ以下の卵でも、この信念だけは曲げられない。

ゲルトへの思いにも矛盾するだろう。

しかし局員たらんとするならば、たらんと望むのなら尚の事。

今逃げる自分を、誰かを助けられる救助の手を削ぐ自分を、決して許す事はできない。



「私はまだ走れる!
 お願い!連れて行って!!」



ペイルホースを吹かしたギンガがゲルトの瞳を見据えて思いの限りをぶち撒ける。

これ以上の問答こそ無駄にしかならない。

これでも拒否されたなら自分は諦めて外に連れて行ってもらうしかない、と分かっているからこそ、ギンガは必死だった。

力が無ければ無論自分とて諦めたろう。

覚悟が無ければそもそも言い出さなかった。

だから、自分は決して英雄的な自己犠牲に酔ったのではない。

ゲルトにも伝わった筈だ。



「ああ、クソっ!」



吐き捨てるように言ったゲルトは左手、ナイトホークを持たない方の手で頭を荒っぽく掻きむしっている。

悪いのは自分だが、どちらにもメリットはあるからだ。

自分が大人しく外に出れば、とにかく自分の安全は確定できる。

自分を供にすれば、もっと多くの人を助けられるかもしれない。

最初から自分を一人で外に向かわせるという選択肢が無い以上、ゲルトが選べる道は二つしかない。

もっとも、公人としてならそもそもこんな話は論外で無理やりにでも自分を連れ出すべきなのだが。

むしろ自分を大切にしてくれているから悩んでいるのである。

果たして。



「クソ!クソッ!
 減給で済めばいいけどな!」

「じゃあ!」



ゲルトは心底嫌そうな顔をしている。

ギンガとは全く正反対、不本意の極みという感じだ。



「通信本部!」

『は、はい!』

「こちら108-01、救助者リストにあったギンガ・ナカジマ陸士候補生を保護。
 ただ、本人の希望によりこのまま彼女には救助活動を手伝ってもらう」

『え!?
 いえ、それは――――』

「時間がない。
 責任については後ほど然るべき場所で聞く。
 以上!」



ゲルトは八当り気味に通信を切った。

後ろへ振り返りながら、やはり納得はいかないのか肩をいからせている。

背中だけですらそれが分かるのだ。

それにギンガとしても責任という言葉は自分の行為の愚かさを今更ながら痛感させるものでもあった。



「ごめんなさい、兄さん。
 その、迷惑かけて」

「――――黙れ。
 今更ごちゃごちゃ弱言を言うな」



罪悪感に打ちひしがられたギンガの言葉を遮るように、こちらを見ようともしないゲルトが片手でナイトホークを振るった。

ピッ、と風を切る音を立て、床と並行に静止する。



「まずは逃げ遅れた人を探す。
 その後は避難誘導だ。
 命に代えても守り抜け」



ギンガは即座に答えられなかった。

淡々と、訓練の時よりもなお低い声で話すゲルトの威圧感に呑まれていた。

圧倒されていた。



「返事はどうした!ナカジマ候補生!」

「は、はい!」



首半分だけ振り向いたゲルトの一喝が電撃となってギンガの体を駆け巡る。

ふん、と不機嫌そうに頭を戻したゲルトの右手の中でナイトホークが半回転。

ウイングロードを抉るように石突きを突き立てた。



「……背中を任す。
 後れるな」

「―――――はいっ!」



それだけ聞くとゲルトは崩落した階下へと落下していった。

翼のようにはためいたコートの裾が視界から消えていく。

そして、ギンガも。

彼女もその後を追って躊躇なく虚空へと身を躍らせた。

危険に飛び込もうというのにその顔に不安の色は微塵もなく。

力があり、誇りがあり、憧れがある。

髪を吹き上げる程の強い風の中、ギンガは輝いていた。





これが後に“ナカジマ兄妹”、あるいはその機動力から“騎兵隊(キャバルリー)”と呼ばれる事になるコンビの、最初の出動だった。









(あとがき)


MHP3超面白いよね!?

フォールアウトもレッド・デッド・リデンプションも最高だよね!?

いやもう本当参っちゃうなぁ。

どうしようもなく面白くて面白くて、



……殆ど三ヶ月経っちゃいましたorz



いや、もうほんっとすいません。

せいぜい週刊から始まった筈が気付けば季刊号ですよ。

しかし言い訳をさせてもらうと原作からして空港火災はオイオイという展開が多く、その辺に頭を捻ってたのも大きかった訳で。

例えば、何でギンガ達は夜に空港にいるの?(もし救助されるまでそんなに時間がかかっていたなら、それこそオイ、ですよ)

エントランスではぐれた筈のスバル探してギンガはどこまで行ってるの?(なんか地下?っぽいし)

つうか空港って何があんなにボーボー燃えてるの?(そこらへんに油でも撒いてんの?)

そういやエリオは空港で普通に魔法使ってたけど、それでいいんかい、などなど。

そのせいでほぼ出来上がっていた爆発前の、スバルとギンガ達がはぐれる時のシーンを丸々カットする羽目になりましたからねぇ。

次はそういう辺りの苦労は少なそうですが……どうなるやら。



ではまた次回!

Neonでした。


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