「すまない、俺達が遅れたせいだ」
ゼストが顔一面に申し訳無さをたたえ、少年に謝罪する。
首都防衛隊によって保護された少年だったが、研究員が持っていたデータを検証したところ、彼が4件もの殺人を犯していた事が発覚し、公務執行妨害、管理局員襲撃等の罪と合わせて裁判にかけられる事になったのだ。
今彼らがいるのも、拘置所ほどではないにしても中の者を閉じ込める為の部屋だ。
当然ナイトホークは取り上げられている。
「いえ、良いんです」
白い囚人服を着せられ、裁判を待つ身だというのに少年はむしろ穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「多分あのままだったら、俺はダメになってたと思います」
あの時、あの施設にいた時は間違いなく罪の意識なんていうものは麻痺していた。
保護されていなかったら本当に何の痛痒もなく、無目的に人を殺す機械に成り果てていただろう。
少なくともまだ、自分は踏み止まれている。
「だから……ゼストさん達には感謝してるんです。
本当に、ありがとうございました。俺を助けてくれて」
少年が頭を垂れる。
「そうか……不便を強いるが、公判が終わるまでだ。
それが終われば、少しはマシな扱いになる」
彼がまだ子供である事や、閉鎖的な環境で殺人を強要された事。情状酌量の余地は多いにある。
「さてと、それじゃあ暗い話はこの辺にして。
今日は君に会わせたい人が来ていまーす」
ひとまず話が終わるとゼストと一緒に来ていたものの、今まで黙っていた青い髪の女性が朗らかな声を上げた。
この人は……確かクイントさんだっけ?
ゼストさんの部下だって言ってたけど……。
「入って来てー」
クイントがそう言うと、新たに男が入ってきた。
あの人が会わせたいっていう人かな?
見た事もないけど……誰だろ?
全く見覚えの無い人物の登場に訝しがる少年。
いや、更に小さい影が二つ、彼の後ろに続いて入ってきた。
「あ……」
少女達だ。
一人は長い髪をした女の子、もう一人はその娘の後ろに隠れるようにしている短髪の娘だ。
二人ともその髪は青い。
「お兄、さん……?」
「お兄ちゃん?」
少女達も少年に気が付いたようだ。二人とも驚きに目を見開いている。
「私の娘のギンガにスバル、それと亭主のゲンヤよ」
クイントがそれぞれを指して紹介する。
「本当にお兄さん……ですか?」
「ああ。久しぶり、えっと……ギンガに、スバル」
ギンガが少年に近寄っていって尋ねる。
スバルも恐る恐るではあるが近付いてきた。
施設にいた時は二人を番号で呼びたくなかったので適当に口を濁して呼んでいたが、ついに名前で呼ぶことが出来た。
思わず二人を抱き寄せる。
「二人とも大丈夫だったか?辛くなかったか?」
「うん。お兄さんがいなくなって寂しかったけど、お母さん達が助けてくれたの」
ギンガの話では二人とも俺が施設を移されて程なくクイントさん達に保護されたらしい。
という事はこの娘達は手を汚さずにすんだという事だ。
「あ、ありがとうございますっ!
この娘達を助けてくれてっ……本当に、ありがとうございましたっ!!」
良かった……!
この娘達は大丈夫だった!
もしこの娘達まで手を汚していたら俺は……。
少年は先ほどの自分に関する事よりもなお感極まった様子でクイント達に感謝し続けた。
二人を抱き締め、ボロボロと涙を流す。
それに影響されたのかギンガとスバルまで泣き出してしまい、しばらく三人は抱き合ったままワンワン泣き続けた。
**********
「ギンガ、スバル。
俺はこれからちょっとやらなきゃならない事があって……また少し会えなくなると思う」
どれだけ経ったのか、ようやく三人とも落ち着いたところで少年は二人に切り出した。
「そんな……やっと会えたのに……」
「ヤダ!」
スバルは少年の服にしがみ付いて駄々をこね始めてしまった。
こうなってしまうと中々離してくれないのは分かっている。
しかしこればかりはどうしようもない。
「ごめんなぁ。
でもこれはしょうがないんだ。俺がスバルやギンガとちゃんと一緒に居るために必要なんだよ」
ぐずりだしたスバルの頭を優しく撫でながら言う。
「どう、して、も?」
しゃくり上げながらスバルが聞く。
「ああ。
でも絶対、全部終わったらまた会いに行くから」
「ほんと、に?
ほんとに、また会える?」
「もちろん。
ほら小指出して。ギンガも」
少年はギンガとスバルが立てる小指にそれぞれ右と左の小指を繋いだ。
「「「指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ますっ!」」」
指を切って誓いを交わす。
ようやくスバルも納得してくれたようだ。
名残り惜しそうにではあるが、服を掴んでいた手を離した。
「約束だ。
俺はできるだけ早く帰って来て、すぐに二人に会いに行くから」
「うん」
「絶対だよ?」
「ああ。
だから二人とも良い子で待ってるんだぞ?」
少年は悪戯っぽい笑みを浮かべ、二人の頭をぐしぐしと撫でながら言う。
ギンガとスバルもようやく笑顔を見せ、こうして三人は再会を誓い合った。
**********
――――4ヶ月後
「被告は四人もの人間を殺害しています。
これは子供とはいえ許容できるものではありません」
「だからといって牢に入れてどうなるというのですか!
彼は成長過程から劣悪な環境にいたのですよ?正常な判断ができたとは思えません。
ならばこそ外に出し、多くの人間と関わらせる事で自分の罪と向き合わせるべきです」
「しかし彼がまた暴れるという事も考えられます。
投降を促した局員にも襲いかかったとありますが?」
「そのために彼を制圧できる者に保護を任せるのです。
そもそも彼が四人を殺害したのも命の危険に立たされた上に強制されたもので、彼自身に害意があっての事ではありません。
現に彼が保護された後、暴れたという報告はありません」
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「分かりました。
それでは被告が正常な教育を受ける事が出来なかった事を認め、最大5年の間、嘱託魔導師として保護責任者の元での社会奉仕を命じます。
保護責任者は申告の通り、ゼスト・グランガイツに一任します。
よろしいですね?」
「はい」
「それではこれにて閉廷とします」
**********
「あの、ゼストさん……。
よかったんですか?
あれだけお世話になった挙句に、保護責任者にまでなっていただいて……」
「気にするな。
これくらいはどうと言う事もない」
ようやく裁判も終了し、晴れて少年は外に出る事になった。
ゼストの監視下に置かれる事となってはいるが、基本的には自由な行動が許されている。
今はギンガ、スバルとの約束の通りナカジマ家へと向かっている車の中だ。
運転はゼストが勤め、助手席に少年が座っている。
「むしろ、お前の方がいいのか?
俺の下につくという事は、首都防衛隊の一員として前線に立つという事だ。
……また、人を傷つける事にもなるだろう」
ゼストが気を遣うように言った。
確かに嘱託魔導師として働くならば罪の軽減にはなる。
人手不足に悩むこちらとしても断る理由はない。
彼は空戦ができる上に、荒削りながらも自分と渡り合ってみせたのだ。足手纏いにはならないだろう。
だが、彼は人を傷つけるのに慣れ始めた自分に悩んでいたのでは……。
「はい。
幸い考える時間は山ほどありましたから、何か罪を償う方法は無いかって考えてたんですけど……」
少年はようやく返却されたナイトホークをかざした。
ナイトホークは指輪型の待機状態で少年の右手中指にはまっている。
「結局、俺にできるのは戦う事だけだって気付きまして」
少年は軽く自嘲的な笑みを浮かべそう言い切った。
血は争えん、か……。
ゼストは思わず内心で嘆息した。
少年を保護した際の精密検査の結果と摘発した研究所のデータから、少年がゼストの遺伝子を用いて生み出されていた事が判明している。
少年にはまだ話していないが、ゼストが少年を引き取った背景にもそれが少なからず影響していた。
余談だが、拘束した研究員達は一様に移送中の事故に見舞われたり自殺したりで重要な部分について証言できる者は皆無となってしまっている。
間違いなく、管理局内部に戦闘機人について喋られたくない人間がいるのだろう。
「それにギンガやスバルとすぐに戻るって約束しましたし、俺達を助けてくれたゼストさんやクイントさんに恩返しがしたいですから」
寂しげな笑みは消え、今度は少し恥ずかしいのかはにかんで言う。
しかし決意は固いようだ。
葛藤にもこの4ヶ月の間に自分の中でなにがしかの決着を着けたのだろう。
発見した当初とは顔付きも変わったように思う。
これもナカジマのところの二人のおかげか。
「分かった。お前を首都防衛隊員に任命する。
それといつまでも名無しでは通らん。今日からは……そう、ゲルトと名乗れ」
「ゲルト……」
少年はついに手に入れたナンバーではない己自身の名を噛み締めた。
「はっきり言っておくが、首都防衛隊の任務は過酷だ。覚悟しておけよ、ゲルト」
「はいっ!」
少年は輝くような笑顔ではっきりと答えた。
レジアスにも礼を言っておかなければな……
あいつから直接聞いた訳ではないが、裁判に関してゲルトが懲役を課されないようにと方々に手を回し、影に日向に動いてくれたらしい。
そのおかげか裁判も予想よりかなり早く進み、実刑も免れた。
最近何かとすれ違う事が多かったように思うが、丁度いい機会だ。近い内に飲みにでも誘うとしよう。
**********
――――時空管理局・ミッドチルダ首都地上本部
「例の、公判中の戦闘機人の少年ですが……」
先の少年の裁判についての報告書を手にしたオーリスがレジアスに概要を伝える。
「ゼストさんの……失礼、ゼスト・グランガイツの監視の下、嘱託魔導師として首都防衛隊への配属が決まりました」
「ああ、分かった。もう下がっていいぞ」
「は」
オーリスが一礼して退室していく。
「……しかし、まさかこうも都合よく事が運ぶとはな……」
背もたれに身を預け、レジアスは一人ごちる。
ジェイル・スカリエッティに協力し、戦闘機人の製造にも成功したレジアスではあったが、その戦闘機人をいかに地上本部の戦力として取り込むかが悩み所であった。
以前の、クイント・ナカジマが戦闘機人二人を養子にした件だけでは不足なのだ。
あれでは苦心して生み出す安定した戦力が忌々しい“海”の連中に持っていかれる可能性も否定できない。
「それだけは、それだけはさせてなるものか……!」
自分は既に誇りも曲げ、友と誓った正義にすら背いたというのに……。
手元のコンソールを操作するとレジアスの眼前にウインドウが浮かび、問題の少年の顔写真が映し出された。
友の遺伝子を用いて作られたという、友の面影を持つ少年。
自分が己の理想の為に利用しようしている少年……。
レジアスが立てた計画とは即ち、戦闘機人の量産が整った頃に地上部隊で一斉にプラントを摘発。
“保護”した戦闘機人達を社会奉仕という形で地上部隊に組み込むというものだった。
ゆえにここで少年を前例にできれば今後の戦闘機人計画の大きな足掛かりとなる。
その為に色々と手を回して彼が首都防衛隊に入るように仕向け、執行猶予期間も出来るだけ引き延ばしたのだ。
本人の希望もあり、それは意外なほど簡単に叶えられた。
これが幸運と言わずしてなんだろうか?
とはいえ……
また、背負うべき罪が増えたな……。
しかし許しは乞わない。
自分は例え泥に塗れようと、誰に罵られようと、この地上の平和を守ると決めた。
椅子を立ち、窓際へと近付いてミッドチルダの首都、クラナガンを見下ろす。
「美しい……」
眼下に広がるのは自分が何を置いても守りたい、愛する街。愛する世界。
友と違い“力”を持たない自分が何とかこの地上の平和を守ろうと思えば、取れる道は限られていた。
もう止まれない。止まってはいけない。
この上でなお自分が彼らに出来る罪滅ぼしがあるとすれば……、
それは絶対にこの裏切りの対価を無駄にはしない事だ。
固く拳を握る。
必ず、必ずミッドは守ってみせるぞ!
この、私の手で!!
(あとがき)
第3話にしてようやく主人公に名前が付きました。
これからは首都防衛隊編。主人公にとって重要な期間となるので多少話数をとるつもりです。
ゲルトが戦う事を選んだ理由についても後々でもう少し掘り下げます。
裁判省略し過ぎたかな?
まぁ、裏で色々思惑が動いてたのでなるべくしてなった、という所。
ミッドチルダに指切りが有るのかは分かりませんが、そこは流して下さい。
子供の約束の形って他に思いつかなくて……。