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No.8635の一覧
[0] 鋼の騎士 タイプゼロ (リリカルなのはsts オリ主)[Neon](2009/09/21 01:52)
[1] The Lancer[Neon](2009/05/10 10:12)
[2] I myself am hell[Neon](2009/05/10 20:03)
[3] Beginning oath[Neon](2009/05/13 00:55)
[4] From this place  前編[Neon](2009/05/17 23:54)
[5] From this place  後編[Neon](2009/05/20 15:37)
[6] 闘志[Neon](2009/05/31 23:09)
[7] 黄葉庭園[Neon](2009/06/14 01:54)
[8] Supersonic Showdown[Neon](2009/06/16 00:21)
[9] A Wish For the Stars 前編[Neon](2009/06/21 22:54)
[10] A Wish For the Stars 後編[Neon](2009/06/24 02:04)
[11] 天に問う。剣は折れたのか?[Neon](2009/07/06 18:19)
[12] 聲無キ涙[Neon](2009/07/09 23:23)
[13] 驍勇再起[Neon](2009/07/20 17:56)
[14] 血の誇り高き騎士[Neon](2009/07/27 00:28)
[15] BLADE ARTS[Neon](2009/08/02 01:17)
[16] Sword dancer[Neon](2009/08/09 00:09)
[17] RISE ON GREEN WINGS[Neon](2009/08/17 23:15)
[18] unripe hero[Neon](2009/08/28 16:48)
[19] スクールデイズ[Neon](2009/09/07 11:05)
[20] 深淵潜行[Neon](2009/09/21 01:38)
[21] sad rain 前編[Neon](2009/09/24 21:46)
[22] sad rain 後編[Neon](2009/10/04 03:58)
[23] Over power[Neon](2009/10/15 00:24)
[24] TEMPLE OF SOUL[Neon](2009/11/08 20:28)
[25] 血闘のアンビバレンス 前編[Neon](2009/12/10 21:57)
[26] 血闘のアンビバレンス 後編[Neon](2009/12/30 02:13)
[27] 君の温もりを感じて [Neon](2011/12/26 13:46)
[28] 背徳者の聖域 前編[Neon](2010/03/27 00:31)
[29] 背徳者の聖域 後編[Neon](2010/05/23 03:25)
[30] 涼風 前編[Neon](2010/07/31 22:57)
[31] 涼風 後編[Neon](2010/11/13 01:47)
[32] 疾駆 前編[Neon](2010/11/13 01:43)
[33] 疾駆 後編[Neon](2011/04/05 02:46)
[34] HOPE[Neon](2011/04/05 02:40)
[35] 超人舞闘――激突する法則と法則[Neon](2011/05/13 01:23)
[36] クロスファイアシークエンス[Neon](2011/07/02 23:41)
[37] Ready! Lady Gunner!!  前編[Neon](2011/09/24 23:09)
[38] Ready! Lady Gunner!!  後編[Neon](2011/12/26 13:36)
[39] 日常のひとこま[Neon](2012/01/14 12:59)
[40] 清らかな輝きと希望[Neon](2012/06/09 23:52)
[41] The Cyberslayer 前編[Neon](2013/01/15 16:33)
[42] The Cyberslayer 後編[Neon](2013/06/20 01:26)
[43] さめない熱[Neon](2013/11/13 20:48)
[44] 白き天使の羽根が舞う 前編[Neon](2014/03/31 21:21)
[45] 白き天使の羽根が舞う 後編[Neon](2014/10/07 17:59)
[46] 遠く旧きより近く来たる唄 [Neon](2015/07/17 22:31)
[47] 賛えし闘いの詩[Neon](2017/04/07 18:52)
[48] METALLIC WARCRY[Neon](2017/10/20 01:11)
[49] [Neon](2018/07/29 02:18)
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[8635] 背徳者の聖域 後編
Name: Neon◆139e4b06 ID:013289b5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/23 03:25
『私の娘、五番チンクだ。
 感謝したまえよ?彼女が術後も寝たきりだったあなたの面倒をみてきたんだ』

「…………」



ゼストは何も言わない。

少女、チンクもそうだ。

視線を僅かに下げたまま、黙って入口に立ちつくしている。



『この子にはこれからもあなたの世話を頼んである。
 なに、知らない仲ではないんだ。
 仲良くしてあげて欲しい』

「貴、様は――――!」



どこまで人を食った真似をすれば気が済むのか。

抑制しきれぬ感情を抱えたゼストは弛緩する体に喝を入れ、無理矢理にでも身を起こそうとする。

相手はここにはいない。

ゼストがここでどうしようと向こうには痛くも痒くもないだろう。



だが、だが……!



しかし、それも叶わないようだ。

先程にも増して襲いかかる激痛。

意図せず身を折るほど咳きこんだゼストには、スカリエッティを睨み上げる事しかできない。

無力。

あまりに無力であった。



「無理をしないで下さい」

「くっ……」



その上には近寄ってきたチンクに心配される始末だ。

すぐ傍にある彼女の無表情。

しかし微かに揺れるその瞳の奥から読み取れるのは躊躇い、恐れ、それでいて芯からこちらを慮るような、そんな様子。

一瞬は振り払おうとしたゼストも、彼女の瞳に宿るその光を見てはそれ以上何もできない。

内に籠ったやりきれない思いは同じ所を巡り回るだけ。

そしてそれは、ある男にとっては大層滑稽に映るらしい。



『ふふっ』



ウインドウの向こうのスカリエッティはニヤニヤと薄笑いを浮かべてこちらを見下ろしていた。

不愉快よりも怖気が走る、そんな笑み。

同じ瞳でもチンクのものとは全く違う。

一見冷たく人形めいている彼女よりも、ある意味では人間味に溢れると言えるのかもしれない。

しかし。

それが映し出すのは、どこまでも淀み、濁りきった愉悦。

そして狂気。



「何が……おかしい」

『いや、失礼。
 流石は騎士殿、紳士的だと思ってね』



スカリエッティはクックッ、と噴き出すものを堪えるように話している。

その台詞は無論言葉通りではない。

嘲笑っているのだ。

今の自分はまさにスカリエッティにとって格好の玩具なのだろう。

知らず食い縛った歯がギリギリと音を鳴らす。



『おや、あまり興奮すると体に障るよ?
 せっかく君の為に世話役まで用意したんだ、ゆっくり養生してくれたまえ』



白々しい。

もはやあの男の為すこと全てが癇に障る。

とはいえ、今のゼストにあの男をどうこうする力はない。

むしろ一々反応する事が奴を楽しませているのだと、彼は口を噤み、表情をも殺す。

あの男の言葉などに左右されたりはしない。

それが彼に出来る抵抗の限界だったのだ。



『ふふ、それではそろそろ本当にお暇するとしよう。
 お大事に、騎士ゼスト。
 頼みの件はあなたの体が動くようになってからにするさ。
 その時にはいい返事が聞けるものと信じているよ?』



これ以上はゼストから何の感情も引き出せないと気付いたらしい。

結局、あの忌々しい笑みを慄きに変えてやる事もできず、様々な火を残したまま通信は切れた。





**********





「…………」

「…………」



そして残されたのは幾つもの問題を抱えたゼストと、一見は無表情をこしらえたチンクのみである。

元より二人とも口数が多い方ではなく、また軽々しく話す気にもなれない。

彼らの間に特段会話は生まれず、ただ重苦しい沈黙のみが部屋に纏わりついていた。

故に、お互い相手の事は置いておいてそれぞれのすべき事へと没頭していく。

チンクはベッドの周りに立ち並ぶ機器の確認や、部屋の掃除を。

ゼストはゼストで自分を取り巻く環境への思索に耽っていた。



今しがたのスカリエッティとの会話の中、得られた情報を整理してみる。



一、 ここはスカリエッティのアジトである。
二、 この部屋には収束した魔力を拡散させる類の結界らしきものが張られている。
三、 ゼスト隊で生き残ったのはゲルトとクイントのみである。
四、 スカリエッティはゲルトが戦闘機人だと知っている。
五、 スカリエッティのスポンサーと思しき何者かはゲルトへの手出しを禁じている。



これくらいか。

引っ掛かりを覚えるのは、やはり五であろう。

ゲルトが戦闘機人である事は管理局のデータバンクにハッキングでも掛ければ分かるのかもしれないが、手出しを禁じる理由とは何だ。

あのマッドサイエンティストに命じて戦闘機人を生み出させているような人間ならば是が非でも確保させそうなものだが。



考えられる事は。



ゲルトが表にいる事で何らかの利益が得られる場合。

しかし表でゲルトが力を発揮できると言えば管理局のみ。

あいつが戦闘以外においてそこまで多大な影響を与え得るとは、残念ながら思えない。

しかしもしそうだとするならば、スカリエッティのスポンサーは管理局の人間という事になる。

それも相当上位の幹部だろう。



あるいは。



感情の面で躊躇ったか。

真っ当な良心が少しも残っており、それで見逃したのか。

もちろん、その可能性は限りなく低い。

だが、もし。

もしもこれらの推測が二つとも合っているなら。

一人、心に浮かぶ人物がいる。



レジアス。



あの時もそう疑ったからこそ突入を早めたのだ。

それが今、再びその気配を濃厚に強めて迫ってきた。

あいつならばこれほどの大掛かりな計画を遂行できる地位にいる。

また、ゲルトが戦う事で利、すなわち地上の戦力を保持できる。

戦闘機人関連の騒ぎを大きくしたくない、という理由も考えられるだろう。



いや、しかし……。



全ては推測。

何らの確証もない。

これだけの情報で結論付けるには早計でもある。

結局レジアスが関わっているような証拠は見つけられなかったのだ。

だが、そう考えると一本筋が通るのも、また事実。

認めたくはないが、今自分の持っている材料はその判断を推していた。



だとすれば、何故だ。



何故レジアスはそんな道を選ぶ。

私欲の為か?

流石にそこまで腐ってはいないと思う。

そう思いたい。

で、あるなら地上の為?

確かに、地上の治安は未だ万全とはいえない。

任務中に殉職する局員も、やはりある程度存在している。

だとしても、それは年々減ってきていたのだ。

それはしかるべき階級と権力を得たレジアスの政治的な改革によるものであるし、自分達地上の局員の努力の結果とも言える。

確かにレジアスは何か焦っているようではあったが、だからといって生命操作技術のような外法に手を出すほどの理由があるだろうか?

それにどうやって彼らを取り込むのだ?

分からない。

そこが引っ掛かったからこそ、ゼストはレジアスに直接問いただす事ができなかった。

そして今だからこそ思う。



やはり、問うべきだった。



少なくとも彼に黒い噂が広まり出した段階で話すべきだったのだ。

彼が何を語るにせよ、一度とことんまで話し合うべきだった。

そうしていれば今このように後悔など――――



……いかん。



ふと我に返ったゼストは頭を振るう。

どうも思考が弱気に流れている。

あるいは自分で考えている以上に追い込まれているのかもしれない。



気を張れ。



他人の手の平に乗せられている現状、己を保たなければ取り返しのつかない事になりかねない。

これ以上、あの男の思うがままになる訳にはいかないのだ。

その為にも、向き合わなくてはならない相手がいる。

思考を切り替えたゼストの視線は、ベッド傍のチンクへと向かう。

彼女もこちらを見ないようにしていたらしく、ゼストの視線には気付いていないようだ。



小さい。



単純にそう思った。

不可解な魔法干渉領域下とはいえ、とても自分を破った張本人には見えない。

誰が見てもそう言うだろう。



だが、中身は違う。



その事は三年近くもゲルトの傍にいた自分にはよく分かっている。

戦う為の骨格、戦う為の筋肉、戦う為の頭脳。

全てはその目的に沿って特化されている。

生まれた理由も、生きる意味も、それだけしか与えられてはいない。



俺は、憎めるか?



スカリエッティが後ろで糸を引こうとも、実際に部下を殺したのはこの少女達だ。

その罪を見逃す事は、仲間の死をも無かった事にすると同義である。

しかし、彼女らの境遇を知り、見事に立ち直ってみせたゲルトも知る自分が、彼女を心底から憎悪する事が出来るのか?



……無理な話だ。



苦々しくも、認める。

そんな事が出来るような自分であればゲルトを引き取ったりはしない。

先程彼女を振り払おうとする手が止まったのも、やはり心のどこかでセーブしていたからだと思う。

どこまでも甘いとは思うが、簡単に切り捨てられるようならそいつは治安維持組織に向いていない。

それにしても。



ゲルト、か。



思えば目の前の少女とあいつは重なる所が多い。

生まれも、育ちも……自分を殺しにきた事も。

思えば出会った時のゲルトも今のチンクのようにとても小さかった。

そんな彼らを分けた要因といえば……自分を殺せたか、否か。

それだけが決定的な違い。



「お前は……」



そう思うと、口を衝いて言葉が出た。

今まで黙々と作業をしていたチンクも、ゼストの言葉に反応して振り返る。

こちらを見上げてくる少女の右目を直視。

そこには何も無い。

本来あるべき筈の、左と同じ金の瞳がない。

黒い眼帯がその部分の欠損を隠すように鎮座している。

ゼストが奪ったからだ。

声を掛けた時に一瞬彼女の肩が跳ねたのもそれが理由なのだろうか。

この娘を助けられる状況ではない、殺すしかないと、そう決めたゼストが奪った。

それしかなかったとはいえ、些か心が痛むのを感じる。



「お前は、自由になりたいと思った事はないのか?」



深く考えての発言ではないが、重要な事でもあった。

いつかの時のために、彼女はこれをしっかりと考えておかなくてはならない。



「なぜ、ですか?」



だが、その問いにチンクが返したのは困惑の表情だった。

なぜそんな事を聞くのか、と本気で訝しがっているようである。



「命の遣り取りは理解したな?」

「……はい」



そんな彼女を見据え、ゼストははっきりと尋ねる。

触れたくない事ではあるが、目を逸らす訳にはいかない。

自分とこの少女は、確かに殺し合ったのだ。

そして彼女は手を血に染めた。

同意するチンクも、僅か緊張したような様子である。



「次はお前が俺のようになるかもしれん。
 それをどう思う」

「…………」



ゼストの答えに、チンクは少し視線を下げて逡巡する素振りを見せた。

考えなかった訳ではあるまい。

幾ら強化されているといっても、戦いとはそれほど単純なものではない。

現に、あと数センチもゼストの槍が入っていたなら死んでいたのは彼女の方だった。

言葉だけではなく、生の感覚として経験した彼女は、その上でどう考える。



「これからも人の命を奪い続ける事をどう考えている」

「私、は……」



この問いは酷か。

そうだろう。

何も彼女は自分の目的があって戦っている訳ではないのだから。

故に、



「私は、戦闘機人です」



それしか逃げ道がない。



「私達は戦う為に生みだされました」



だから、とそう言うしかない。



「私達はドクターの命令に従うだけです」

「……そうか」



予想通りの答えに、ゼストの声も重くなる。

チンクの言葉には絶望的なまでの諦観が滲み出ていた。

諦めは全てを見切らせる。

たとえ何処かに突破の糸口があろうとも手を伸ばさなくなる。

そんなもの、断じて十を少し超えた程度の少女が纏ってよいものではない。



「……騎士ゼスト」

「なんだ」



そうして渋面を浮かべる彼を呼ぶ声がした。

無論傍にいるチンクである。

こちらを見る彼女はどこか躊躇いがちな様子であった。



「その、あなたは……」



チンクは口ごもり、中々言いだせない。

それほどまでに言い出し難い話なのだろうか。

それとも単純に警戒されているだけか?



「今、お前に対して敵意はない。
 言いたい事があるなら話せ」



既にチンクへのわだかまりは制御できる所で落ち着いている。

だからこれは、ただ緊張を解いてやろうと言っただけの、何という事はない一言。



「なっ……」



しかし反応は大きかった。

彼女は残された左目を見開き、動揺したようにわなないている。

何か信じられない物を聞いたような、そんな様子。



「あなたは私を、恨んでいない、のですか……?」



呆然とした彼女の声でゼストは確信できた。

やはりこの少女は“まとも”だ。

心が死んでいない。

いつか彼女もゲルトのように人に混じって暮らしていける。

ならば、今は誤魔化しを口にするべきではない。



「確かに、仲間を殺された怒りはある」



故に正直な所を話す事にする。

抑えられているとは言っても、無論感情が全て失せた訳では無い。

意識が朦朧とする中で見えた部下達の無惨な死に様は、忘れられない。



「――――が、それをお前にぶつける気もない」

「な、何故……?」



ふむ、と一拍を置く。

何故……何故、か。



「お前は日の当たる所でも生きられると分かった。
 だからだ」

「……馬鹿な」



彼女はゼストの言葉を一蹴した。

そんな事、有るわけがないと言わんばかりの態度である。

何故か信じたくない、という色さえ窺えた。

それは彼女の中にある何かを守ろうとしての事なのだろうか。

今これ以上この話題に食いつくのはどちらの為にもならないように思える。



「どのみち俺は当分動けん。
 お前の世話になるしかない以上、どうこうするつもりはない。
 それで納得しておけ」

「は……」



話しはそれまでだと、ゼストは会話を打ち切った。

未だチンクは釈然としない様子であったが、ゼストの方の限界が近い。

今まで会話をする事で逸らしていたが、実のところ眠気も相当にきているのだ。

数年越しに目覚めた体である。

当然ながら衰弱もひどい。

身を倒し、呼吸を緩めれば世界はすぐさま歪んでいく。



「私は……あなたの知るタイプゼロとは……」



ふと聞こえた声は誰のものか。

夢現の狭間のいるゼストにはいま一つ判然とし難い。

しかしその声の主が戸惑っているようである事はなんとなく察せられた。



「ゼロファーストとは、違う」



その名で、呼ぶな。



朦朧としながらもそれは聞き咎めた。

自分の息子はそんな名前ではない。



ゲル……ト……。



限界だ。

彼の意識は電源が落ちるように闇の中へと沈んで行った。





**********





そうして、二人の奇妙な共同生活が始まった。

いつも決まった時間になるとチンクが現れ、適当に小間使いのような事をしてくれている。

彼女が来る事で一日が始まり、彼女が去る事で一日が終わる。

そんな毎日の中、これだけ密度の高い時間を共有していればチンクという少女の事も多少は理解できるようになっていた。

この少女、一言で言って真面目である。

細かい所までよく見ており、ほどほどに手を抜けばよいものをきっちりとこなしてくれる。

おかげでと言うべきか、日々の暮らしに不自由を感じた事は少ない。

その一方で融通の利かない側面もあり、自分を追い詰めていくタイプのようにも思われる。

また、このような環境にありながら一本筋の通した信念も抱えているようで、己の立脚点はしっかりと見えているようであった。

それを象徴するような、こんな話がある。





**********





「お前は、自分の名をどう思う」

「は、名前……ですか」



あれは自分が目覚めて四、五日後の事であったと思う。

ふと彼女の名前の由来について話した事があった。

確かスカリエッティは彼女を指して五番目の娘だと紹介していた筈だ。

十中八九、製造番号だろう。

そして彼女の名前が五の意味を指すチンク。

来歴を考えればぞんざいにも程がある。



「ゲルトはファーストという番号を嫌っていた。
 お前はどうだ?」

「私は……」



少し考える仕草を見せるチンク。

果たして彼女は何と答えたか。



「誇りに思います」

「誇りか」



はい、と頷くチンク。

驚くほどに淀みのない返答であった。



「この名前は、私が姉達の妹で、いずれ生まれてくる妹達の姉であるという証です」



そういう考えもあるかと感心した位である。

しかしこういう答えが即座に出てくるのはどういう理由によるものか。

やはり閉鎖された世界にいる分、仲間意識が強いという事なのだろうか。

他にも、スカリエッティはこれ以上に戦闘機人を生みだすつもりなのか、など思う所はある。

が、とにもかくにも、彼女は自分の名前について何らのコンプレックスも抱いてはいないようだった。



「しかし、あなたはご子息の話ばかりですね」

「そう……だったか?」



ふと思いついたような口調でチンクが指摘する。

気にした事はなかったが、それほどゲルトの話ばかりをしていただろうか。



「はい。
 ここ数日、あなたの口からゲルトの名前を聞かなかった日はありません」

「そうか」



振り返ってみると確かにそうだったような気もする。

無意識に引き合いに出していたのかもしれない。

つまりは戦闘機人が外でも生きていける証明として。

ならば、



「分かるだろう。
 お前も―――――」

「騎士ゼスト」



割り込んだチンクがゼストの言葉を止める。

彼女はこちらから目を逸らして一言を放った。



「そろそろ時間です。
 お体を清めさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「……ああ、頼む」



露骨なまでのすり替え。

だがゼストはそれに逆らわなかった。

明らかに彼女はこの話題を避けていたし、逆効果にしかならないと思えたからだ。



「それでは左腕から失礼します」



持ち上げた腕を、濡れたタオルが丁寧に拭っていく。

上の病衣を脱いでいる為、ゼストの如何にも男らしい裸身が露わとなっているが、別段お互い意識した様子もない。

ゼストはこのような医療行為で恥ずかしがるほど若くもなく、チンクもまた割り切っているのか作業然とした様子で淡々とこなしてゆく。

有る意味で似た者同士の二人であった。



「終わりました。
 気になる所など無いでしょうか」

「いや、ない。
 手間を掛けたな、“チンク”」



軽く謝意を伝える。

彼女もコツを掴んだのだろう。

特にかゆみが残っていたりという感じもしない。



「…………」

「どうした」

「は、いえ何でもありません」



不自然な間の空き方を訝しんで声を掛ける。

何か考えるようにしていたチンクだったが、ゼストに気が付くと手早くタオルを片して退出の用意を始めた。



「それでは、またいつもの時間に伺います。
 何かございましたら遠慮なく手元のコールスイッチをお使い下さい」

「ああ」



手慣れたもので、さしたる時間も掛からず彼女は部屋を辞していった。

空気の抜けるような軽い音と共にこの部屋唯一の扉が閉まる。

こうしてまたゼストの長い監禁生活の一日が終わりを告げた。




**********





定刻通りに目を覚まし、定刻通りに部屋を出る。

ゼストとの生活の中、チンクの側もすっかり一日のリズムが定着してしまっていた。

彼女は今日も今日とて廊下を歩き、彼の部屋を目指している。

そんなチンクの道を塞ぐように、一人の女が廊下の脇から姿を現した。



「はぁい、チンクちゃん」

「クアットロか」



そこにいたのは四番クアットロ。

ナンバーで言えばチンクの姉に当たる訳だが、稼働時間で見るならチンクの方が上という事になる。

その為か、彼女に対するチンクの話し方は他の者達とは少し違うもののように思えた。



「どうした、私に何か用か?」

「ん~、別に用ってほどでもないんだけど~」

「では何だ」



訂正する。

少しイラついたような様子のチンクを見るに、単にウマが合わないが故なのかもしれない。

生真面目かつ実直な彼女と、軽薄で裏のあるクアットロ。

思えばどうあっても気の合うタイプのようには見えない。



「最近チンクちゃんってば騎士ゼストの所に毎日出入りしてるじゃない?」

「ドクターの頼みだからな」

「それは勿論そうだけど~、それにしてもちょ~っと熱心過ぎないかしら?」



クアットロはいつものように芝居がかった仕草で話す。

が、解せない。

どうしてだか、彼女の言葉には批難めいた響きがあるようにすら思えた。



「騎士ゼストは客人として扱うように言われている。
 それが不満なのか?」

「い~え~。
 ただ、チンクちゃんってばよく自分が殺した相手に優しくできるわね~、と思って」

「…………」



いつの間にか、クアットロの笑みは微妙にその色を変えている。

何を思っての事かは知らないが、こういう時の彼女は普段の姿からは想像もできない程に蠱惑的で、眼鏡越しに見る瞳さえ妖しい光を放っているように見えた。



「もしかして情でも移っちゃったのかしら?
 そういえば前からちょくちょく気にしてたものね~?」

「お前こそどういうつもりだ。
 騎士ゼストに興味はないのだろう?」



チンクの声音も些か険を持ち始めている。

ゼストに関する事はチンクの中でも未だ決着のつかない問題であり、互いに核心に触れて話さないからこそ均衡を保っているのが現状だ。

均衡が崩れてどうなるのかは分からないが、それをどこかで忌避しているのは自覚している。

ゆえに、その事をとやかく言われるのは普段感情を表に出さないチンクといえど癇に障った。



「まぁ、そうね。
 実験も失敗だったし~、最高評議会は便利に使うつもりらしいけど私には関係ないわ」

「ならそこをどけ。
 急いでいる」



言いながら、チンクはすっと前へ出る。

道の真ん中に立つクアットロの横をすり抜け、ただ前へ。



「私達が何だったか忘れた?」



問いかけはこちらの背へ投げるように浴びせられた。

チンクの歩みもはたと止まる。

クアットロの言葉は少なかったが、言いたい事は分かった。

おままごとはやめておけ、所詮自分達に出来るのは戦う事だけだ、とそういう事。



「騎士ゼストに何を言われたか知らないけど、私達は旧型のタイプゼロとは違うのよ?」

「……分かっている」



振り返らず、視線も前に向けたままで答えるチンク。

そうだ、言われるまでもない。

すっと伸びた右手が眼帯をなぞった。

これが証だ。

これが思い出させてくれる。



「そう、それは良かったわ。
 じゃあ今日もお仕事頑張ってね~」



その様子を見て満足したのか、クアットロからの圧力は霧散した。

拍子抜けするほどあっさり態度を豹変させた彼女は、もう用は済んだとばかりにきびすを返している。

暫くそのまま止まっていたチンクも、その足音が遠ざかると共にゼストの部屋へ歩みを再開した。



「分かっているんだ、そんな事は……」



掻き消えていく言葉。

長い廊下を進むその表情は、いつもの無表情。

それは本当に顔に現れるものが無いからなのか、それとも内の全てを抑えたがゆえなのか。

もちろん顔色からは何も窺えない。

その答えを知るたった一人の少女は何も語らず自分の行くべき所へと赴いて行った。






**********





時は流れ、ゼストがスカリエッティの牙城で目を覚ましてより二月ばかりが経過した。

この頃になると既に彼は立って歩けるようになり、身の周りの事も大抵こなせるまでに回復を果たしている。

となればジッともしていられない。



「フッ……ッ……ッ……ッ……!」



全身から汗を流すゼストがベッドを支えに、もう何セット目だかになる腹筋を行っている。

我が身の事ながら驚くべき治癒力であった。

自然な治癒ではとても考えられず、まず間違いなくこの身に埋め込まれたというレリックという物の影響だろう。

なるほど、スカリエッティが言った蘇生はおまけという意味をようやく理解できてきた。

レリックウエポンとはまさにその通り。

要するにこれは戦闘可能な状態を保つために、宿主の体を改造するのだ。

死んでいては戦えない、だから生き返らせる。

筋肉が衰えては戦えない、だから補強する。

魔力が多ければ有利だ、なら与えよう。



でたらめも、いい所だ。



目標の回数に到達。

身を倒したゼストは大の字になって寝転がった。

天井を見上げて大きく息を吐く。

硬く冷たい床もこの時ばかりは心地よく感じる。

と、そんな視界を遮るようにタオルが差し出されてきた。



「どうぞ」

「すまん」



体を起こし、チンクの手から受け取ったそれで汗を拭う。

程無く立ち上がったゼストは何気なく自分の右手に視線を落とした。

グッときつく握り、そして開く。

そんな事を数度繰り返してみたがなんの違和感も感じなかった。

リンカーコアにはやはり違和感が残っているが、魔力そのものはむしろ強くなっているのが分かる。



「随分よくなられたようですね」

「ああ」



言いながら、握った拳を何もない中空へと突き出す。

踏み込みも何も無い、拳撃とも言えない程度の一撃。

しかし伸び切る寸前で止めたそれは風を打つ快音を鳴らし、腕に心地よい手応えを返してくれる。

もはやゼストの体調は万全と言えた。

そうなると浮かぶ思いがある。



もう、すぐだな。



恐らくもう数日中にスカリエッティから何らかのアクションがあるだろう。

あの男が自分に何をさせるつもりかは知らないが、それを期に全てが変わる。

そんな予感があった。

名残惜しいなどと言うつもりはさらさらないが、思う所が無いわけではない。



「私が、何か?」

「いや」



それは他でもない、目の前の少女の事である。

どうするべきなのか。

このままただ別れて良いのか。

この気真面目な少女は己を無感情に保とうとしているようだが、今は間違いなく苦しんでいる。



問題は……。



問題はそれを乗り越えてしまう事だ。

この娘は強い。

恐らく真正面から戦っても大抵の相手は倒してしまうだろう。

だがそれで終わりではない。

一人倒せばその次が、それを倒せば更にその次が。

彼女が身を置く世界というのはそういうものである。

そうして戦って、戦って、戦い続けて。

傷つき、傷つけ、殺し続けた先、様々な物を諦めた先に。

遂に彼女は本物の人形に成る。

成り果てる。

本物の殺人人形、キリングドールに。

ゲルトはまさにその境地へと手を掛けていたという。



俺は――――。



彼女をどうしたいのだろうか。

ただ憎みきれないだけなのか。

それとも……?

そんな事を考えるまでにゼストの心境は変化していた。



ゼストの元にスカリエッティから呼び出しがあったのは、その翌日の事である。





**********





「どうぞ」

「外に出るのも、随分久し振りだな」



チンクの案内の元、ゼストは生き返ってより初めて監獄の門をくぐった。

出てみればなんの事はない。



「それではドクターの元へご案内致します」



彼らの行く道には長く暗い廊下が続いていた。

長い、長い廊下だ。

この先に通じているのはまさに悪夢である。

待ち構えるのはマッドサイエンティストにして希代の犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。

それに恐らくはチンクを含めた護衛の戦闘機人も姿を見せるだろう。

今からそこへ飛び込む。

鬼が出るか蛇が出るか、そんな領域は既に遥か彼方だった。



「ここです」



足を止める二人。

眼前には扉があった。

重々しく開いてゆく、その向こうに――――



「ようこそ騎士ゼスト。
 お元気そうでなによりだ」



いた。

あの男。

スカリエッティ。

歓迎するように大袈裟な素振りで両の腕を開いている。

また彼の傍に侍るように数人の女性の姿も見えた。

襲撃の際に見覚えのある長身短髪の女の姿もある。



「おやおや、私よりもこの子達が気になるのかい?
 妬けてしまうねぇ」



ゼストが巡らす視線にスカリエッティも気付いたようだった。

相変わらずの底を見せぬ薄ら笑いでこちらを眺めている。



「まぁいいさ、それでは先に紹介しておこうか」



ふざけたように嘆息しつつ、最も傍にいる秘書然としたロングヘアの女を指す。



「彼女は一番、ウーノ。
 私の右腕でね、色々気の利く優秀な娘だよ」

「初めまして騎士ゼスト」



完璧な会釈。

場違いな程によく出来た礼であった。

意識せず、レジアスの補佐をしているオーリスの事を思い出す。



「三番トーレ。
 戦闘面の指揮を任せている」

「どうも、ゼスト殿」



この女は知っている。

ダガーのような剣を使う高速戦闘、近接特化型。

最も部下を殺した女だ。



…………。



噛み殺す。

感情を噛み殺し、抑制。

スカリエッティがつけこむ隙など与えてはならない。



「四番クアットロ。
 私の助手も兼ねているが、情報戦も中々のものだよ」

「はっじめまして~騎士ゼスト。
 クアットロで~す」



苦笑を浮かべたスカリエッティとは対照的に無駄に陽気な声が響く。

茶の髪を両サイドで縛った眼鏡の女。

戦闘機人のメンバー内では最も明るい性格のように見えるが、本当にそうか?

スカリエッティの言う助手がどの分野の事を言っているのかは不明だが、嬉々として参加しているならこの娘も十分に危険なように思える。



「残念ながら二番のドゥーエは今ここにいないんだが……まぁ、いずれ顔を合わせる機会もあると思うよ。
 楽しみにしておいてくれ」



スカリエッティによって生み出された、更に四人の戦闘機人達の名前が挙がった。

チンクも含めてこの場にいるのは計四人。

全員がチンク並の腕前という訳でもあるまいが、それでも十分に脅威。

絶望的といってもいい。

デバイスの無い状態では戦闘どころか逃げる事すらもままならないと判断する。

つまり。



「俺に何をさせるつもりだ」



今はこの男の話を聞くしかないと言う事。

業腹ではあるが、今無闇に暴れた所でどうにもならない。



「つれないねぇ、もう少し私との会話を楽しもうとは思わないかい?」

「お前と戯れるような舌は持たん。
 話しを進めろ」

「やれやれ、随分嫌われてしまったようだ」



取り付く島もないゼストの態度。

スカリエッティもお手上げといったように手をヒラヒラさせている。



「それではお望み通り本題に入ろう。
 と、言ってもあなたに用があるのは私では無くてね」

「では誰だ」

「私のスポンサーだよ。
 何故なのか、だとかは直接彼らに聞いてくれたまえ。
 ――――それではお越し頂こう」



言葉と同時。

スカリエッティの傍、ゼストの前に三つのウインドウが開いた。

それぞれが通信用。

向こうに通じているのがスカリエッティの後援者達なのだろう。



『さて、ゼスト・グランガイツ。
 まずはよくぞ蘇ったといっておこう』



特徴を掴ませない、機械混じりの声。

音声のみの通信ウインドウゆえに向こうの顔も分からない。



『ストライカー級の魔導師ともなれば失うにはあまりに惜しいからな』

『部下の事は残念だったが、全滅しなかっただけでも良しとするべきだろう』



しかしゼスト相手に正体を隠すという事はそれなりの理由がある筈。

よもや……。



「お前達がスカリエッティの支援を行っているのか」

『いかにも』



今一度確認を取り、ゼストは口を噤んだ。

目を伏せ、逡巡するように少しの間を置く。

そして目を開いた。

スカリエッティの前に浮かぶウインドウ、その向こうの相手を見据える。



「では、お前達の中にレジアスはいるか」



疑念を口に出す。

今日までずっと腹の中に飼い続けてきたその疑い。

レジアスが一連の事件に関わっているのではないかという、そういう思い。

果たして。



『この中にはおらん』



答えは否。

おらず。



『あの男も優秀ではあるが、我々の後釜とするには些か足りんな』

『まぁ、丁度良くはある。
 お前に頼みたい事というのもそれだ』



男達――――というのもはっきりとはしないが、の中に動揺はない。

レジアスの名前こそ出るものの、それが三人の中にいる訳ではないようであった。

ある程度信用できる情報だと思われる。

たとえ道を外れていたとしても、レジアスならゼストの問いに誤魔化しを述べる事はあるまい。

しかし“それ”とは?



「どういう事だ」

『何、難しい話では無い』



レジアスがいない事に一旦は安心したゼスト。

勿論、未だレジアスへの疑いが晴れた訳ではない。

とはいえそんな彼も次の瞬間には再び緊張を強いられることになる。



『管理局に復帰し、レジアスを監視せよ』

「何……!?」



予想外もいい所である。

つい先ほどまでどうすればここから逃げられるかと、そんな事を考えていた矢先。

いきなり相手側から解放するなどと言われれば戸惑って当然。

しかもその条件がレジアスを監視する事なのである。



「何を考えている。
 どういうつもりだ」

『言葉の通りだ。
 管理局に戻れ。
 貴様はMIA認定こそされているが、戸籍を復活させる事などは造作もない』

『そしてレジアスを見張れ。
 余計な事をせんようにな』

『お前ならあの男のすぐそばまで近付けるだろう?』



向こうの言い分は理解は出来ている。

しかし事態はあまりに混迷を極めていた。

今までの話を見るに、やはりレジアスも一枚噛んでいるのか?

しかし計画においてはこの連中より格下で、しかも危険因子と見られている……?



「一体、お前達は何者だ?」



思わず問い掛ける。

仮にも地上本部総司令であるレジアスより上位の者などそうは想像できない。

しかも恐らく相手は管理局の上級幹部である。

誰だ。

一体誰だ。



『ふむ、我々が何者か……か』

『個人としての全ては人の世の為に捨てたのでな。
 何者かと問われても困る』

『今は我らの役職のみが我らを定義する唯一のものだな』



つまり。



『時空管理局最高評議会、そう理解しておればよい』

『然り』

『我らこそ人類を守護する最後の盾である』

「…………!」



名前は勿論知っている。

管理局の文字通りの最高権力者だ。

だがこれならつじつまは通る。

確かにこの連中からすればレジアスですら格下であろうし、スカリエッティの後援としても申し分はない。

さらに言うなら自分達の情報が筒抜けだったのも至極当然だ。

なにせトップが黒幕なのだから。

嘘偽りの線もなくはないが、ここでそんな事をする意味があるだろうか。

ゼストは無いと判断する。

つまり本物、と。



『それでやるのか、やらんのか』

『無論我々の指示に従うのであれば息子にも会えよう』

『階級も上げてやろう。
 行方不明の局員が奇跡の復帰だ。
 理由は十分にある――――どうだ?』

「…………」



ゼストは沈黙。

その提案は、常識的に考えて魅力的に過ぎるものである。

この監禁生活から解放され、生き別れたゲルトやクイントとも会える。

レジアスに付くという事なら今回の件について問い質す事も容易いだろう。



だが、



「断る」

『ほう……』



そう、それは自分が全てを売り渡した果てのものだ。

これを受けるならば今後一切スカリエッティの逮捕へ動く事はできない。

つまりはチンク達を見捨てる訳である。

それは同胞を助ける為に管理局入りしたゲルトへの裏切りにも他ならない。



そして何より、レジアス。



評議会の言うがままスパイとなるのであれば、それはあいつとの友誼に唾を吐き、語り明かした正義を踏みにじる行為である。

それは出来ない。

絶対に出来ない。

たとえレジアスが道を外していたとしても、自分まで堕ちる訳にはいかない。



いや。



だからこそだ。

もしもレジアスが正道に背いたのなら、それを正す。

その為にも、これは到底受けられる話ではない。

例え、



ここで死ぬ事になろうとも、だ。



「…………」



誰にも悟られぬよう微かに体を整える。

相手の反応いかんによってはここが死線と相成るのだ。

背後の扉は開いていた。

ここもAMFとやらが働いていて魔法はまともに使えないだろうが、逃げに徹すればあるいは……。

厳しいがやるしかない。

ゼストの緊張は飛躍的に高まってゆく。



『まぁ、よい』



その気配を察した訳でもあるまいが、評議会は意外にも簡単に折れた。

拍子抜けというほどの引き際である。



『だが貴様を遊ばせておく事もできん』

『貴様にはレリック回収の任に就いてもらおう』



なるほど。

こちらが本命と言う訳か。

でなければこうも淀みなく代案が出たりはしない。



『こちらは頼みではなく、命令だ。
 これに反する場合は相応の罰則を受けてもらう』

「俺を殺すか」



この件に関し向こうは引く気配を見せない。

と、なれば今度こそ自分は用済み。

目の前の戦闘機人達の手で処分されるのが妥当な所だろう。



『お前は見てはならん物を見ているからな、それもありうる。
 しかしそれだけではお前は首を縦に振るまい?』

『我々はメガーヌ・アルピーノの子、ルーテシアの身柄を確保している』

『貴様の行動次第でどうなるか……分かるな?』

「――――ッ!!」



人質。



こちらが頷くと確信している相手の様子に予想しないでもなかったが、ここまで手段を選ばないとは。

自分が死んで三年近くが経過したというが、彼女はまだ四歳ほどの筈。

唯一の肉親たるメガーヌも無く、天涯孤独の身となってしまった彼女にこれ以上の苦難を強いる訳には……!



『揺れておるな。
 ならば背を押してやろう』

『お前が回収するレリック。
 その十一番を以てメガーヌ・アルピーノの蘇生を行う』

『無論、娘とも引き合えるように手配する。
 指揮官として、部下を死なせた責任の一端を果たせ』



歯の奥がギリギリと音を鳴らす。

実質、詰みだ。

ゼストは頷かざるをえない。

これは先のレジアスを監視するものとは違い、逃げ道が用意されている。

自己肯定の余地が残されている。

そしてゼストが拒否すれば、悲劇は死なせた部下の娘へ向くのだ。

頷かざるをえないどころか、ある程度の積極性すら抱きかねない。

早く見つけてやらねばメガーヌとルーテシアの時間のズレが大きくなってゆくのだから。



『ふむ、まだ決心が着かんか。
 ではさらに札を切る事にしよう』

『お前が心血を注いだ戦闘機人事件、その追跡情報の提供はどうだ。
 当然公表する事は許さんが、お前の中での決着はつこう』

『あの夜にレジアスがどう関わっていたか、気になるのだろう?』



鞭の次は飴。

今度はゼストへの利で釣ろうという魂胆か。



『しかもお前の身柄は我々の直轄となる』

『つまりはレリックに関する事柄を除き、ジェイルに干渉を受ける事はない』

『ジェイルもそれでよいな?』

「スポンサーのご意向とあれば仕方ありませんね」



肩を竦めるようにしてスカリエッティも評議会の決定に従う。

破格だ。

これ以上の条件は恐らくもう引き出す事はできない。



「く……っ!」



結論は一つしかない。

もう、その答えは出ているのだ。

しかし口にするにはあまりにゼストの信念から外れている。



だが。



その考えが部下達を殺した。

最早我を通せる身分では……ない。

これ以上、巻き添えを増やす事だけは避けなくてはならない。

ただ、気になる事がもうあと一つ。



「……ゲルトは、どうなる」



ゼストがようやく絞り出したのはそれ。

ルーテシアが引き合いに出されたのなら当然あれも、と思うのは自然である。

スカリエッティに手出しを禁じたのもこの為ならば頷ける。

だがあの悪夢の夜より生還した彼には裏の事など知らず、平穏に生きて欲しい。



『ゲルト・グランガイツ・ナカジマか』

『安心せよ。
 あれは既に地上部隊の旗印にも至らんとしている』

『局の内外問わず評判も鰻上りだ。
 今更、切って捨てる事はできんよ』

「……そうか」



今日一番の朗報だ。

ゲルトは裏の策謀に利用される事はない。

それを確認できてよかった。

もう、あいつに自分の手は必要ない。



『……して、返答やいかに?』



再度の確認。

その問いに、ゼストは―――――





**********





「よかったのですか?
 あのような誘いを受けてしまって」



ベッドに腰掛けるゼストに向け、正対したチンクが問い掛ける。

内容はもちろん評議会との取引について。

結局、ゼストは彼らの依頼を受けた。

第一級捜索指定ロストロギア、レリックの収集。

といってもそうアテがある筈もなく、非合法機関をしらみ潰しにしていけとの事。

その為、違法な研究機関やテロリストの拠点壊滅をも目的に含む危険な任務。

当然管理局法にも違反している。

本来単独で行うなど考えられない。

一騎当千たるストライカー級騎士のゼストだからこそ、という代物であった。



「よくは、ないがな……」

「すみません、失言でした」



ゼストの答えも歯切れに欠けている。

確かに余計な質問だった。

断るなどという選択肢がそもそも存在しなかったのだから。



「…………」

「…………」



沈黙。

お互い身動ぎもせず、ただ静寂が部屋を包んでいる。

いつもの事。

別に珍しい事ではない。

だが、今日に限ってそれは少し様子を異にしていた。



明朝には……発つ。



そう、出発は明日。

それも早朝と決めている。

つまりこの部屋で過ごすのも今日限り。



もう、話す機会もあるまい。



故に、決めなくてはならない。

はぐらかしてきたチンクへの態度。

自分はどうしたいのか。

恨むのか、憎むのか、憐れむのか、それとも……救いたいのか。

それを。

今、ここで。



(騎士ゼスト)



頭をよぎるのは二ヶ月の生活――――停滞、監禁、無感情を装う瞳。



(…………)



蘇るのはあの夜の記憶――――流血、死、血に濡れた瞳。

更に戻る。



(ゼストさん)



再生されるあの頃――――親愛、成長、憧れの瞳。



(死にたく、ない……)



出会いの日――――衝突、戦闘、恐怖の瞳。

脳裏に浮かぶ幾つもの金の瞳。

それらがゼストの頭の中で徐々に重なり合って、そして。

一つに……なった。

己の認識に苦笑が浮かぶ。



腹は、決まっていたか。



「チンク」

「はい」



おもむろにベッドから立ち上がったゼストが声を掛けた。

そして片膝を折り、チンクの目線へと合わせていく。

左の金の目も、右の黒い眼帯も、今度こそは正面から見据える。

そして右の腕を伸ばした。

広げた手を彼女の頭へ、被せるように。



「……ッ!」



触れる寸前で止める。

一瞬チンクが怯えるように身を強張らせたからだ。

しかし数呼吸を待ち、再開。



「な、何を!?」



撫でる。

困惑するチンクをよそに、ゼストはただチンクの頭を撫で付ける。

あるいは親が子に為すような所作。

そして手を下ろした彼はゆっくりと口を開いた。



「――――――――」



深く息を吸い、呼吸を整える。

決定的な言葉を発する為に。

無の数間。



「赦す」



僅かに一言。

だが意味は深い。

この二人の間において、それがどれほどの意味を持つのか。

それは大きく見開かれてゆくチンクの瞳が如実に物語っている。



「今……何と……?」



彼女がようやく声を絞り出せたのは、それからさらに幾呼吸もおいてからの事。

とはいえ通じなかった筈もあるまい。

分かった上で、耳を疑っているのだ。

まさか、と。

然らば。



「お前を、赦す」



確認するようにもう一度。

気の迷いではない。

この決断は自分の意思だ。

昼間とは違う。

この決断は強制されたものではない。

自分の内から来る感情と理性、その二つ共が承認した。



「チンク、お前を赦す」

「ッッッ!!」



震えが、彼女の動揺のほどが伝わってくる。

息遣いも荒い。

普段は凪も見せぬその感情の揺らぎは明白だった。

ゼストは言葉を続ける。



「お前は確かに罪を犯した。
 これから先も手を汚す事になるかも、しれん」



肩が跳ね、呼吸が詰まったのが分かる。

彼女もどこかで恐れていたのか。



「だがお前は外に出る。
 いつか、必ずだ」



そうだ。

悪夢はいつか終わる。

籠の鳥も、いつかは大空の広さを知る。



「それが俺によってとは限らん。
 外に出る事が必ず幸福に繋がるとも言い切れん」



今の自分は先の見えない身。

魔法を使えば蝕まれるこの体で、単身テロリストの拠点を叩こうと言うのだ。

いつ呆気なく死ぬとも分からない。

それに自分が彼女を許したとしても、それは司法とは関わりのない事。

明るみに出れば何らかの罰則を受ける事は必至。



だとしても。



「だとしても夜明けはやってくる」

「なぜ、なぜ……あなたは……」



チンクは呆然とこちらを見ている。

彼女が許容できる感情を超え、表現する術が分からないというように。

だが言葉にせずとも、表情を変えずとも、現れるものがある。

床に跡を残す滴。

パタパタと音を鳴らして滴り落ちるそれはどこから零れたものか。



「右の目の事も、すまなかった」

「そんな……私は、あなたを……」



頬を伝う涙。

それは眼帯に覆われた右目からも流れている。

彼女はそれに気付いていないのか拭おうともしない。

ゼストは鉤の形に折った指でそれを拭ってやった。

左の目をなぞり、右もなぞる。



「ならば死ぬな。
 死ぬ事を選ぶな。
 ……それでいい」

「は、い……」



別に感動的に抱き合ったりはしなかった。

これで何もかもが良くなったりする訳でもない。

むしろこれから先はどちらにとっても艱難辛苦の始まりだ。

その事はお互いに分かっていた。

しかし、だからこそ約束を交わそう。

この約定がより良き未来を導くと信じて。





**********





そうして時は再び現在へと戻る。

もうここはあの部屋ではない。

ゼストはようやく回収できた最初のレリックケースを抱え、一人で荒れ野を歩いている。

チンクとはあれきりだ。

彼女と話したその翌朝、生前から使用していたデバイスをウーノから受け取り、その足でスカリエッティのアジトを出た。

数日後に念の為と確認に戻ってみたが、案の定そこには何の痕跡も残らぬ廃墟があるばかりだった。

既に新たな施設で問題なく研究が続けられているだろう。



「…………」



ふと周りを見渡しても空虚な風が体を打つだけ

今は一人。

仲間はいない。

ゲルトもいない。

レジアスもいない。

かつて共に歩いて全ての者達は、皆違う世界に行ってしまった。



独りか。



周囲には何も無くなってしまった。

残されたのは肩に乗りかかる他者の運命のみ。

ルーテシア、メガーヌ、チンク。

そしてレジアス。

果たしてどれほど保つか分からないこの身で、全てに決着をつけられる日が来るのだろうか。

と、



「……む」



どこからか鳥の声が聞こえる。

拡散の具合からして恐らくよほどの高空から発せられているのだろう。

よく響くその音は耳に心地良く染み入ってゆく。

何の気なくゼストは上を見上げ、そして見つけた。

どんなものにも束縛されず、自由に空を駆ける一羽の鳥。



「そうか……」



意識せずゼストの口元に笑みが掠める。

異物の混ざらない、純粋な感情の発露。

前を見つめた彼は、僅かに力強さを取り戻した足で再び目的地へと歩みを進めた。



そんな彼を見下ろすように、鳥は悠々と大空を舞っている。

一羽の、夜鷹が。










(あとがき)


難産。

難産だった……。

喋らない二人をどうするかっていうのは本当に厳しかった。

チンクの敬語っておかしくないか?とか話の展開早くないか?とか悩み所は沢山ありました。

ともあれ!

ようやく、投稿できましたっ!!

待っていてくれた皆様、本当にありがとうございます。

本当筆が遅くて申し訳ないんですが、ここはどうしても手が抜けない場所だったので軽々しく妥協もできず、今日まで掛かってしまいました。



次回からはまた主人公をゲルトに据え、「鋼の騎士」本編へ戻ります。

少しはギンガ側も描かれる……かな?

乞うご期待!

という所でまた次回、Neonでした。


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