「そうか、上手くやったか」
ミッドチルダを見下ろす管理局地上本部上層階、レジアス・ゲイズ中将執務室。
オーリスを前に置いたレジアスが満足の声を漏らす。
「はい。
映像の編集も指示通りに」
オーリスが言う映像、そして編集。
それは先日ゲルトらが遭遇した教会での模擬戦の模様に関するものに相違ない。
あの映像が世間に流れたのは彼らの思惑があってのことである。
元より教会騎士団内では何の制限もなく開放されていたものであり、手に入れるのは造作もなかった。
「反応の方はどうだ?」
「上々です。
既に編集に気付く者も出始めたようで」
単独による教会騎士団33人抜き。
これを公開するだけでも十分に世の反応は得られるだろう。
彼の戦闘にはそれだけの魅力があった。
しかしレジアスはそれでは不足だと考えた。
そこで考案されたのが今回の編集である。
まず模擬戦の中でも特にゲルトの能力際立つ戦闘を選び出し、それのみを先に公開。
その際に敢えて編集の痕跡が残るよう細工を施しておく。
映像に関わる人間であればその不自然な継ぎ接ぎに気付く程度の物を。
「33人抜きの映像も用意できています。
こちらは噂の広がりを見て流しますので恐らく三、四日後になるかと」
「それでいい」
そうして不自然な編集に気付く者が増えた頃を見計らい、33人抜きの映像を公開する。
当然彼が敗れるシーンは抜きで、だ。
一般人に与える影響はかなりのものになるだろう。
やはり市井の感覚では極論魔力に恵まれたものが勝つ砲撃戦よりも、個人の技量が分かりやすくものを言う接近戦の方がウケがいい。
努力や訓練の跡が見える為、嫉みの感情を受けにくいという所も好都合。
その点でもあの映像の効果は期待できた。
またゲルトの階級を一つ上げても問題あるまい。
それにしても、
「教会の連中め、そんなにゲルトが欲しいか」
教会がゲルトを取り込みたがっているのは知っている。
以前彼の引き取り手に名乗りを上げた事や、この度も教会に招いた事からそれは明白だ。
それがどの程度の意気込みなのかは不明だが、あのカリム・グラシアが出ている事から察するにそれなりのものと見ていいだろう。
「まぁ、今回はそれも裏目に出たようだがな。
いい気味だ」
「たった一人を相手に、騎士団がこの有様ですから」
レジアスのデスク上にもゲルトの模擬戦の映像は流れている。
シグナムやシャッハの戦いを除き、その全てがまさに圧倒的。
ナイトホークを携えた彼の暴風が如き戦いぶりに騎士団は翻弄されるばかりだ。
精強たるべき教会騎士団としては恥もいいところ。
映像として世に流れたならば尚更だ。
痛快の極みである。
「そういえば、例の犯罪者は省いてあるだろうな?」
「勿論です」
それと、33人抜きの前の局員との戦闘も削除する事になった。
映像としてはある意味最高のものであったのだが、レジアスが反対したのだ。
曰く、
「この映像は多くの人間が目にする事になる。
局の幹部は勿論、一般市民もだ。
ゲルトに注目が集まるのはいいが、そこに犯罪者まで加わる必要はない」
その一点に関して彼は断固たる態度であった。
過去に罪を犯している、という意味ではゲルトもそうではあるが、その内容には随分な開きがある。
この局員、シグナムとやらはオーリスが調べた限り特一級の犯罪者と呼んで間違いのない存在だった。
罪状は一つ一つ上げていくのも困難なほど多岐に渡る。
傷害罪、殺人未遂罪、公務執行妨害、無許可での次元世界間転位魔法の行使、魔法文化の確認できない管理外世界のおける危険魔法行使、希少生物への攻撃などなど。
局員に対しても複数回にわたって積極的に襲撃を仕掛けている。
執行猶予も未だ満了していないため、実際に今は犯罪者と言っても過言ではない。
「しかも教会の回し者だと?」
彼女は危険度で最上位の認識を持たれていたロストロギア“闇の書”の創造物であるとの事だ。
およそ十年の間隔で甚大な被害をもたらしてきた天災ともいうべき存在の、守護プログラム。
その手で奪った命が一体幾つになるのか見当もつかない。
今代の主が管理外世界出身であり、また未成年である事、一部管理局員の暴走、人並外れた魔法の才能。
それに土壇場で事態の収拾に協力したという事実も相まって飼われているというだけの存在だ。
古代ベルカの遺産を保存しておきたい聖王教会の意向も強く影響しているといっていい。
必然、彼女等は教会派閥の人間である。
「一体どこでこんな連中に引っ掛かったのだゲルトは」
眉間に刻まれた皺もその深さを増そうというもの。
レジアスにしてみればシグナムや、その主たる八神はやてなどは十分な危険人物である。
過去の汚点も含め、ゲルトの傍には居て欲しくはないタイプの人間。
悪い虫以外の何物でもない。
直接口を出して遠ざけられない事がなおさら忌々しかった。
現状、出来得る限りゲルトとの繋がりを悟られるような行動は避けたい。
「気に入らん」
その上で、彼女らの略歴に視線を向けたレジアスは不機嫌極まるという様子で鼻を鳴らした。
オーバーSランク魔導騎士の八神はやてを筆頭に、人道よりも主の命令を重視する高ランク騎士四名。
これらがこのミッドチルダを闊歩しているのだ。
不安にならない訳がない。
そもそも、だ。
「なぜこいつらは地上にいる?」
本局勤めならそれこそ次元世界を守っていればいい。
ロストロギア捜査が専門だというならそれこそだろう。
遺失物管理部ほか、地上には地上の機関がある。
そうでなくても広域殲滅特化型の魔導師などという扱い難い存在は地上に必要ない。
「魔法だけが取り柄の小娘が……」
レアスキル保持者は珍しさ故に大事にされているのではない。
管理局が欲しているのは使える人間であって、その能力自体を求めているわけではないのだ。
その点、カリム・グラシアご自慢の預言などは使えないものの筆頭に据えられる。
あんな占いもどきを本気で管理局幹部クラスが気に掛けているなどと正気の沙汰とは思えない。
ごく常識的に考えて彼女の能力は確実性にも欠け、そして信用性にも大きな疑問が残るのは明白であろう。
「内容など解釈の一つでどうともなる。
下手をすれば教会のいいように改竄される可能性すらあるというのに」
必要な情報であれば下から報告書の形で上がってくるのだから、わざわざそんなものを当てにする理由がない。
むしろ変な先入観を持つ方が厭わしい。
しかも、今回はその内容があまりにもひどかった。
「オーリス、お前は聞いたか?」
「はっ。
地上における何らかの事件が元となり、管理局システムが崩壊する恐れがあるらしい、と」
そうなのである。
今までもろくに取り合ってはこなかったが、その預言が出てからというもの方々から口煩く干渉されるようになった。
詳しく言えばその対策の為の新部隊の設立、引いては資金の投入に、部隊員の引き抜き、施設の建設、その他もろもろの提言である。
「ふざけた話だ」
「私もそう思います」
地上の危機など、幾らでも転がっている。
もし未確認のロストロギアが暴走でもすればそれこそ何が起きるか分からないし、オーバーS級の魔導師が市街地でテロ行為を行えば都市機能も落ちかねない。
例えば前述の八神はやて一団がそういう行動に走るなどと言われれば自分とて即座に対処するのだが。
ともかく、今更他人からどうこうと言われる事ではないし、地上の事は地上で片を付ける。
それも出来ずに、何の為の地上本部か。
「とにかく、今は手が足りん。
こんなあやふやなものに回す金も人間もない。
……むしろそちらの方が問題だ」
「陸士はまだしも、空士の数が問題と思われます。
今後劇的に増えるような事も期待は出来ませんので」
「そうだな。
だが、これ以上優秀な人材を死なせる訳にもいかん」
違法魔導師が飛行や、それに準じる手段によって逃走を試みた場合、緊急展開した陸士部隊員のみでこれを制圧する事は難しい。
また、要請を受けた空士の現場到着には時間が掛かる事も常だ。
逐次投入などという事態にもなりかねない。
この事実は地上部隊の構造的欠陥であり、今までも問題視されていながらどうする事もできずに放置されてきた。
記憶にも新しい首都航空隊員の撃墜事件もそれが元である。
とはいえ、いつまでもこのままにしてはおけない。
「急がなくてはならんな……」
軽く溜息を吐いたレジアス。
彼の視線は再び己のデスクへと向かう。
そこにあるのは地上の未来を担う、とあるプロジェクトの最新経過報告である。
連装式大規模魔力砲の建造による地上防衛用精密対空砲網の構築――――改称、アインヘリアル計画。
それが最高評議会の支援の下鍛造される地上守護の剣の銘。
特殊技能と超常の身体能力を併せ持った超人を生みだす戦闘機人計画が裏とするなら、これは晴々と表を担うべきプラン。
これにより一定高度以上を飛行する違法魔導師を威嚇、あるいは撃墜も可能になるだろう。
それも、極端に数の少なくなる空戦魔導師ではなく、代替可能な複数の凡人の手によって。
「変わるぞ。
ミッドチルダは変わる。
我々も護り手足り得る時代が来る!」
「はい」
話しながらも激してきたのか、徐々にレジアスの口調には熱がこもって行った。
無理もない。
管理局入局から数十年にも渡る宿願が、遂に形を得ようとしているのだから。
とはいえやや興奮し過ぎたという自覚はあるのか、言い切った彼は数拍をおいて呼吸を整える。
「すまんがまた忙しくなる。
頼むぞ、オーリス」
「はっ!」
レジアスの言葉に、完璧な敬礼で応えるオーリス。
それを前に置き、レジアスは未来へと思いを馳せる。
そうだ。
私達が護るのだ。
来るべき新たな世界を信じて。
**********
同日、ミッドチルダ北部、首都圏を遠く離れた山中。
時刻も夜半に至り、街灯も存在せぬこの一帯は静かな闇に覆われている、はずだった。
いつもならば。
燃え盛る炎。
立ち上る黒煙。
かつては何かの建物があったらしいこの場所は、現在ガレキの山がその跡を残すのみである。
動くものも全く見当たら……。
いや。
ある?
一向に火勢を緩めぬ火柱の、その向こうから何かが歩み寄ってくる。
近付くにつれ、段々と輪郭がはっきりしてくるそれは、どうやら人らしかった。
シルエットからして男、それも中々の体格をしている。
左手には何かのケースのような者を抱え、右手には長大な槍を携えていた。
右手の恐らくはデバイスだろう槍から見るに、彼が魔導師か、あるいは騎士である事は間違いない。
と、するならば、もしや彼がこの惨状を引き起こしたのだろうか?
「……………」
火傷の一つを負った様子もなく、その男は悠々と歩みを進めた。
右手の槍は既にその身を変え、待機状態の指輪として彼の右手の中指に収まっている。
と。
音もなく右側の空間が揺らぎ、通信用のウインドウが開いた。
それは相も変わらず歩き続ける彼を追いかけるように平行して浮かんでいる。
『御苦労さまでした、“騎士ゼスト”。
手際よく済ませて頂いてありがとうございます』
ウインドウから聞こえてきたのは女の労いの言葉。
20代の前半か、それより少し若い位か。
向こうの映像がなく、完全に音声のみの通信であるので判然としないが、恐らくその程度であろう。
いや、それよりも、である。
そう、炎の中から現れたのは、彼女の言葉の通り三年も前に死んだ筈の男。
ゲルトの師にして父、レジアスの部下にして友。
首都防衛隊隊長。
ゼスト・グランガイツ。
その人に間違いなかった。
しかし足元に長い影を引く彼が幽霊だとも思えない。
死んでいなかったのか、それとも……。
『お体の方は大丈夫ですか?
随分力を使われたようですが』
「問題ない。
今の所はな」
返すゼストの言葉は、元々無口な彼にしても素っ気が無い。
敵意というほどではないにしても隔意は感じられた。
どうも相手との関係は微妙なようだ。
『それは良かった。
あなたにはこれからも働いてもらわなくてはならないので』
しかし女の方も決して友好的という雰囲気ではない。
口調に似合わず、非情ともとれる文言をしれっと述べる。
流石に一瞬眉をひそめたゼストだったが、相手にする気はないらしい。
「レリックは回収した」
『今回は当たりだったようですね。
番号は何番でしたか?』
「三番だ」
『十一番ではありませんか。
では、回収に向いますので送った地点でお待ち下さい』
言葉と同時、新たなウインドウが開き次の行き先を指し示した。
それを目に収めたゼストは再び視線を前へ。
目的の場所へ向けて歩みを進める。
その姿はさながら罪科を背負った囚人のようでもある。
まるで手枷足枷を嵌められて、労働に服しているような。
だが、それでも。
それでも、彼にはやらねばならない事があった。
例え望まぬとしても。
無言のままで進む彼の心は過去へと逆行していく。
そう昔ではない。
ほんの数ヶ月前の事だ。
全てが始まったあの日。
自分が蘇った、あの日へ。
忌むべき過去を振り棄てるように。
**********
光があった。
白い部屋だった。
それ以外には何もない部屋だった。
ゼストがベッドで目を覚まし、最初に見たのはそれだけだ。
ここは、どこだ……?
病室、だろうか。
今自分が身に付けているのも入院患者が着るような病衣である。
体も痺れのようなものがあり上手く動かない。
自力で立ち上がるのにも当分かかるだろう。
だが、それにしては妙な事に、ナースコールやその類の物が見当たらない。
また窓もなく、あまりに殺風景なこしらえになっている。
隔離室か?
それが最も近いだろうと思われる。
現に、いつもは右手の中指に収まっているデバイスも見当たらない。
ここにきて、今自分が居るのが管理局の施設ではない可能性が飛躍的に高まった。
しかし、自分を捕える理由とは何だ。
どうにかして状況を掴もうと、記憶を探ってみる。
一番最近の記憶は何か。
最後の記憶で自分は何をしていたか。
そして見つける。
ああ、そうだ、と。
俺は、違法研究を行っているらしい施設に強制捜査をかけて……。
「……グッ!?」
頭痛が走る。
だが、取っ掛かりを得た事で記憶は一気に再生されていった。
肝心の記憶より少し前から順々に浮かんでくる。
何時からかレジアスに黒い噂が纏わりつくようになった事。
レジアスが自分の捜査に圧力を掛けるようになって来た事。
そのせいか、彼が戦闘機人の研究に関わっているのではないかと囁かれ始めた事。
極めつけに、レジアス自ら出向いて捜査を外れるように告げてきた事。
よりにもよって、ゲルトに養子縁組について話したあの日にだ。
そして疑惑の真偽を確かめる為、以前から当たりをつけていた施設への強制捜査を早めた事。
内部進入に成功し、ゲルトらと別れて行動を始めた事。
突如不意打ちを掛けられ、部下を庇って重傷を負った事。
身近の仲間全てを失い、半死半生の自分の前に立ち塞がったのが、年端もいかぬ少女だった事。
そして……。
「俺は……死んだ……?」
激しくなる頭痛の中、それを逃がすように息を荒げながら呟く。
あの、爆発するナイフを構えた少女を前にし、自分は敗れた筈だ。
他に術もなく彼女を殺すつもりでいったが、既に限界に達していた体では届かず片目を奪ったのみに止まり、自分は死んだ。
その筈だ。
致命的な量の血が流れ出た事は理解できたし、体温の低下も危険域を超えていた。
今も自分の胸にはその時についたらしい古傷の痕がある。
自分はあの場で死んだのだ。
なら、何故俺は生きている?
思わず、問い掛ける。
あの間近に迫るリアルな死の感覚が、錯覚だったとは思えない。
救急医療が間に合うような状況だったとも言えない。
では、何故……。
いや、そんな事はどうでもいい。
その疑問には蓋をしておく。
それよりも仲間はどうなった。
自分の側にいた部下達は……残念だが生きてはいまい。
もしかしたら今の自分のように何の奇跡か生きている可能性も無くはないが、希望的観測というものだろう。
しかし、ゲルトやメガーヌ、クイント達の方は途中で別れた為にどうなったかが全く分からない。
上手く逃げていればいいが。
今は祈る事しかできない。
気は逸るが、外に出るのもすぐには不可能だ。
ではこれからどうするかと、そう考えを変えたその時である。
『目が覚めたかい、騎士ゼスト』
突如として彼の前に展開したウインドウが声を投げてきた。
もちろん、正確にはそこに映し出された人物が、だ。
「お前は!」
ゼストにはその顔に十分すぎる程の見覚えがあった。
忘れるわけもない。
長い間この男を追って捜査を続けてきたのだから。
「ジェイル・スカリエッティ……!」
『初めまして騎士ゼスト』
スカリエッティはゆっくりと腰を下り、礼の形を取っている。
見る者が見れば優雅とも取れるかもしれないが、ゼストにはどうにも芝居臭く見えて仕方がない。
少なくとも、本当の意味でこの男が自分に敬意を抱いていない事くらいは分かる。
そしてこの男が現在自分の生殺与奪を握っている事も。
『どうかな、一度死んで蘇った感想は。
天国は見えたかい?それとも地獄だったかな?』
「ふざけるな。
死んだ人間が、生き返る訳がない」
『それがそうでもないんだよ。
まぁ勿論誰でも、という訳にはいかないがね』
言いながら、スカリエッティは意味ありげな視線を送ってくる。
その理由は、分からなくもなかった。
「俺がその内にいたと言いたいのか?」
『そうだよ。
古代ベルカ王家秘伝の技術でね。
レリックという特殊なエネルギー結晶を使うんだが、これに適合する人間は少なくて実験台には困ってたんだ。
実を言うとこれは人造魔導師製造用のもので、蘇生はおまけにすぎないんだよ?』
「…………」
ありえない話だ。
如何に人知を超える技術を誇ったという古代の遺産とはいえ、そこまで条理を超えた能力を持つものなど聞いた事がない。
だが、とも思う。
そうとしか言い切れない体験をした。
既に妄言の一言では切って捨てられない。
この男ならばそういう邪法をも成し遂げてしまいそうではある。
「分かった、それはいい。
ではここはどこだ。
俺の仲間をどうした」
自分が一度死んだかどうかなど、今はさしたる問題ではない。
気になるのは部下達の事だ。
『それはいい、か。
一体どれだけの人間がそれを求めていたか分かっているのかね?』
「質問に答えろ」
『やれやれ、どちらが捕まっているのか分からないね。
だけどまあ、いいとも』
期待はしていなかったのだが、あの男は教えるつもりらしい。
何が可笑しいのか、こちらが不愉快になるほど上機嫌な様子である。
とはいえ、聞かせてくれるものならありがたい。
勿論、スカリエッティの話が全て真実だとも限らないので、本当の所はここを出た後に自前で調べなければならない訳だが。
『ここは……そうだね、私の秘密基地といった所かな。
君の仲間は死んだ者もいるし、生きている者もいると言っておこう』
期待した自分が馬鹿だったか。
スカリエッティの話は殆ど要領を得ない。
生きている人数は?
彼らの消息は?
焦れる思いばかりが募る。
ゲルト……!
生きているのか。
あいつは。
自分の“息子”は。
「真面目に答える気はない、という事か?」
『いやいや。
しかし私にも言える事と言えない事があるのでね。
お詫びに生き残りの名前は教えてあげよう』
「誰だ」
『ゼスト・グランガイツ――――あははは、冗談じゃあないか、そんなに怖い顔をしないでくれないかい?』
ゼストの視線は嬉しそうにこちらを指差すスカリエッティを射抜く。
隠しようもない敵意を……いや、殺意を込めてだ。
肉体が衰弱していようと、その眼光は些かの翳りも見せない。
この男の戯れ合いに付き合うつもりなど、ゼストには毛の一筋たりとなかった。
『まぁ落ち着いてくれたまえ、約束は守るさ。
生存者は二人。
良かったね、二人とも外で普通に暮らしているよ』
二人……。
それだけしか残らなかったのか。
つまりそれは、ゲルトかクイント、メガーヌの内誰かが死んだと、そういう事。
『まずはクイント・ナカジマ。
それに……』
指折り数えるように告げるスカリエッティ。
それを聞いたゼストは少なからず安堵を覚えた。
ナカジマは生き残ったか。
あいつには夫も子供達もいる。
最も家族の多かったあいつが、生きて彼らの元に帰れた事は喜ぶべき事だろう。
しかし、ならば最後の一人は……?
『君のお子さんだよ、騎士ゼスト。
ゲルト・グランガイツ・ナカジマ。
今はそう名乗っているようだがね』
「…………!」
そうか。
生き残ったのか、あいつは。
あの危地を乗り越えてくれたのか。
クイントも、あいつの事を引き受けてくれたらしい。
それは喜ばしい事だ。
だが……だが、それは、つまり――――。
アルピーノ……。
死んだのだ。
彼女は死んだのだ。
まだまだ娘のルーテシアも幼いというのに。
死んだ。
過去に例のないほど巨大な後悔の念が押し寄せる。
俺が、事を急いたからだ。
レジアスの潔白を証明する為、あるいは己の手でこそ処断する為に。
その考えの元、“私心の元”突入を強行した結果が、これだ。
死なせた部下達は勿論、ゲルトやクイントにも会わせる顔がない。
あろうはずがない。
しかし、彼の地獄はむしろこれからだった。
『本当に、彼は素晴らしい!』
何か楽しかった事を思い出したようなスカリエッティが再度口を開く。
彼はゲルトを称賛していた。
それは、ゼストにして名状しがたい怖気を喚起させるものだった。
『せっかく作ったガジェットの群れもあっさり突破されてしまったよ。
それも背中に怪我人一人を抱えてだ。
あそこには相当強いアンチ・マギリング・フィールドが張ってあったんだけどねぇ』
スカリエッティの笑いは止まらない。
つくづく嬉しそうにゲルトの事を語る。
『流石はあなたの息子だ、騎士ゼスト。
ああ、どうかな?
あなたの目から見て、私の娘は彼の域に達していたかな?』
「何が、言いたい」
『別に、そのままの意味だよ。
あなたを殺した“戦闘機人”の娘は、“同じ戦闘機人”であるあなたの息子に比べ、どうだったか、と聞いているのさ』
「!?」
今度こそゼストの背が粟立つ。
知っている。
この男は知っている。
ゲルトがどういう実験を受けたのか、彼がどういう存在なのかを知っている。
研究所から保護されたという、それ以外には公表されていない筈の事実を。
そしてこの男は言った。
自分を襲ったあの少女もまた、ゲルトと同じ戦闘機人であると。
ならば、この男がゲルトに興味を持つのは道理。
「ゲルトをどうするつもりだ……!」
この男はゲルトを欲するだろう。
一人の人間としてでなく、一つの戦力としてでなく、ただ一個の実験素材として。
自分と同じようにだ。
許してはおけない。
ようやく日の当たる所に居られるようになったあいつを、再びあの頃に戻すなどと。
だが。
『どうもしないよ。
残念ながら彼への手出しは禁じられていてね』
「何?
どういう事だ。
お前は誰の命令で動いている」
ウインドウの中の男は心底残念そうな顔をしている。
しかし、解せない。
禁じられていると言った。
それはこの男のスポンサーがそう命じたのか。
それとも別口の何かがあるのか。
『そこは流石に秘密さ。
……さて、もっと君との会話を楽しみたい所だが、そろそろ君も休んだ方がいい。
三年近くも寝ていたからね、今話しているのも辛いんだろう?』
「待て、まだ――――!?」
無理に身を起こそうとしたゼスト。
同時に、肺を破るような咳がゼストの身を襲った。
呼吸にも苦しむほどの激しいものだ。
『無理はしない方がいい。
残念ながら君の実験は成功とは言い難くてね。
せっかく拾った命を縮める事になるよ?』
「失敗……だと?」
『良いデータは取れたけどね』
「では、俺は用済みか」
その事実に至り、頭の中が急速に冷めていく。
このままではただ殺されるのを待つだけ。
スカリエッティの返答次第では即座に行動に移れるようリンカーコアを活性化させていく。
体は動かずとも魔力がある。
デバイスの補助が無くても、この場所を外界に知らせる事くらいは出来るかもしれない。
そう思っての行動だったが、
「何……?」
魔力が収束しない。
強制的に結合を散らされている。
この感覚には覚えがあった。
あの襲撃を受けた際にも、これに近い干渉を受けた。
あの少女の攻撃を受け切れなかったのもそれが一因である。
だが、これは……。
何か別の違和感を感じる。
魔法への干渉も問題だが、ゼストの内側にも異変があった。
魔力が、制御し切れん。
そう。
リンカーコアから汲み出される魔力が、一部経路を無視して流れ出ているのである。
自身が疲弊しているにしてもこれはおかしい。
そして危険な状態だ。
最悪、フルドライブ使用時のような自傷にもつながりかねない。
『だから無理はしない方がいいといったろう?』
「どうなっている」
『あなたの場合、蘇生は上手くいったんだがレリックとリンカーコアの融合が不完全でね。
一応レリックが宿主を治そうとはしているみたいなんだが、総魔力も増えたことだし徐々に追い付かなくなっていくと思うよ。
ああ、とはいえ今日明日にいきなり、なんて事はないさ』
そういう事か。
確かに、戦闘用に調整しようというのに魔力の制御が利かないのでは成功とはいえない。
その上戦う度に壊れていくのではどうしようもあるまい。
「だから失敗か」
『そう。
だが君にはまだやってもらいたい事がある。
なに、動けるようになるまではここで面倒を見るよ』
「俺は、お前の言いなりには……ならん」
この男の頼みなど、ロクな事でないのは明白だ。
そうでなくても部下の仇である。
出来る事ならば。
そう出来る事ならば。
すぐさまその素首刎ねて無念に散った仲間の弔いにすべき所である。
後には自刃するつもりでもいた。
いわんやこの男の指図を受けるなどは論外の極み。
『ふむ、そうかい?
まぁ、その話はおいおいしていこう』
しかしスカリエッティはゼストの眼光を受けて怯んだ様子もない。
それでいてこの男はやけにあっさりと引いた。
いや、それとも自信の表れなのか。
絶対にゼストが言う事を聞かざるをえないような、何かがあるのか。
『それより今日は紹介したい子がいるんだ。
……入っておいで』
「!」
この部屋唯一の扉が開く。
その向こうには、スカリエッティの言葉通り一人の少女が立っていた。
金色の瞳。
ロングの銀髪。
子供そのものの矮躯。
ただ、失ったと思しき右目は黒い眼帯で覆われており、その端麗な相貌に異様を与えている。
言うまでもないだろう。
あの夜、ゼスト達を襲撃した少女がそこにいた。
言いかえるなら、他でもないゼスト自身の仇が。
スカリエッティの言葉を信じるとすればあれから三年が経っているというのに、あの時のまま、そこに立っていた。
『紹介しよう。
私の娘、五番チンクだ』
(あとがき)
遂にゼスト復活!
原作の描写ではゼストが蘇った時期が特定できませんでしたが、この作品ではstsの5年前になりました。
さらにおっさんキャラ追加でお送りする「鋼の騎士 タイプゼロ」
誰得にならないか心配ですが、今回に至っては主人公が一切登場しない舞台裏説明会になりそうです。
後編はチンクも増えて多少潤いが出るかな?
あ、あと別に作者は八神一家アンチとか教会アンチとかがしたい訳ではありません、念の為。
そんな訳でまた次回!
Neonでした。